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抹茶




…離れがたい布団から出る

梯子を下りて腰を下ろす


眠い目を擦りながら

引き寄せた"入門書"と嫌味のように主張する表紙

…きっとそう思うのは自分のせいだ、


著者にも本にも罪はない…

隠すように表紙を捲り頁を開き、

走り書きしたメモと見比べながら読む






ベットメイキング…

リネン、整え方


…サーブの仕方

姿勢、持ち方…紅茶の注ぎかた


メモに関連する項目を読み進めていく

 


まあ、こんなもんか

後二時間ほどはある…

本を閉じ、バックパックから木の板を取り出す

簡易まな板だ



確か

古くなった抹茶があったはず…

引き出しを幾つか開けると棗と茶杓、

ふくさ…懐紙、茶碗、茶筅

そしてシェラカップをまな板の上に乗せて立ち上がる


水ばかり飲んでいても飽きる

野点にも劣るが…まあ自分で飲むだけだ


鉄瓶もない

柄杓もない

掛軸も花もない


見立ても…面倒だししない




給湯場に向かって歩く

昨日と同じ静まりかえった通路を通り足を踏み入れる


…なんでいるんでしょうね?

昨日より時間はずらしたはずなんだけど…と

アコヤの姿を認めて溜め息が出る



「…お疲れ様です」


「また早いですね、オリゼ」

また紅茶を入れているのかと思えば、

アコヤも何か飲みに来ただけのようだ…



「たまたま目が覚めただけです」


今度はティーセットはなく、給仕の準備をしている訳ではないようだ

殿下が寝ているならそれで良い…

そう思って、

脇にある腰掛けに座って飲んでいるアコヤ

それに構うことなく

シェラカップに水をいれて沸かす


風情もなにもないが、棗から茶杓で椀に抹茶をいれる

畳んだふくさで棗と茶杓を清めて沸くのを待つ



沸いたか…ふくさで取っ手を掴み椀に注ぐ

右上に置き直した茶筅をとり

点てていく…



シャ…ャシャ…

なにも言わないアコヤと俺

点てる音だけが響く


本当は庭でも見ながら

茶菓子を含んでから飲みたいところだけれど…

トウモロコシ粉を練ったものなんて気分じゃないし、生菓子の見立てにもしたくない…


のの時をかいて

泡が一面を綺麗に覆う…


玉露もいいがたまに飲みたくなる抹茶

母上は春先になると西洋の庭を見ながらよく点ててくれた

…何してるんだろうな

今頃は父上とでも飲んでいるのだろうか


三口半が終わる

縁を指で拭い、懐紙をつまむ


残ったお湯を注いで茶筅をすすぐ


椀を最後に水をいれて軽くすすいだ後

さっき使った懐紙で拭いて…



「オリゼ」

忘れてた


「…ああ、お構いせず申し訳ないです。一服…いえ、一杯いかがですか?」


「…では折角なので頂きましょうか」


え…

飲むのかよ…勧めた手前何も言えないけどと

…先程と同じ様に点てていく

少し抹茶は少な目に…

粉を決してけちっている訳ではない、

慣れない抹茶は…薄茶であっても苦く感じる物だと知っているからだ



俺だけ飲むのなら要らないが…

濃茶ではないが胃の保護のために甘味を用意してくれば良かったか

そうは思っても用意するには遅すぎるし、

遣わせる侍従も学園に連れてきていない上…金もない。


今出来るのは…

気持ちを込めて丁寧に点てるだけ…

よし、泡が綺麗に出来上がったな…これなら自信を持って振る舞えると、

椀を持って座っているアコヤに差し出した



「どうぞ、お好きなようにお飲みください」


「では遠慮なく…」


隣に座り、飲み終わるのを待つ


俺も…もう一杯御相伴に預かるか

飲み足りないなと、思いながら飲む様を横目に思う


「…苦い、ですね」

椀を渡してくるその顔は

渋い表情…



「これでも薄めに点て…淹れたのですが…すみません」

慣れないと苦いものだ…


「…なぜ淹れていただけたのですか?」


慣れない味と半場分かっていて何故と…

間髪入れずに返してくる





「…嫌味で淹れたのではありません」

思わず苦笑が漏れる

…本当に答えづらいことを聞く

端的に答えるも…


「…では何故です?」

ほら、こう来る


「…昔は薬として飲まれていたそうです。勿論明確な薬効があるわけではありませんが病は気からとも言われますし…」


「…」



「…そしてその場は社交場としても会議の場としても利用されてきました。今でもそれに通じるところはありますね」


椀を手に、それだけを言うと立ち上がる




もう一服いれる

…この棗も久しぶりに出した


アメジストの結晶が螺鈿で綺麗に表現されている

見るのも無意識に最近は避けていた…か

先程とは違い少し濃いめに点てたそれ…



振り返ってみても苦い顔をしたまま…

きっとおかわりは要らないだろう…


「御相伴に預かります」

無言のままのアコヤに一言断ってから


3口…

そして半


ズッ

最後まで飲み切った





椀を回し見ながら暫く



「…つまり、杖の傷を心配しているのですね?そして私に罵倒でもしてくるならすればいいと言うのですか?」


背後から

静寂を破って響いた声



「…好きなようにとってくれて構いません」


言いたいことがあるなら好きなように言ってくれたらいい

抹茶を振る舞った一番の理由…

そういう場としてこの時間を作ったんだから




傷を心配してどうこう言ったって断るだけだろう

謝ろうにも、

まだ成長していない俺が言えることじゃない。

それは教育不足の自己責任だと言って庇ったアコヤを愚弄するだけだ


気持ちだけ伝わればいい

それも自身の保身と可愛さの為だけだ…


いつもより苦く感じる後味に、

空になった椀を置いた





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