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暑い

日差しがジリジリと上から炙ってくるような真夏日

雲一つない快晴だ



「まだ始めたばかりではありませんか」


「…」


「聞いておられるのですか?オリゼ様」



「…聞いている」


見知った鍛練場

屋敷の裏庭は整地されてそれ専用にしつらえられている


そこに膨れて…不機嫌そうな表情を浮かべた

一回り小さい自分がそこにいる


投げ出した練習剣

脱ぎ捨てた防具




「…続けましょう?

アメジス様の弟君ならば、必ずや素晴らしい剣の使い手になるでしょう」


白々しい

兄に向ける目と、今自分に向けてくる眼差しは全然違う

一欠片もそんなこと思っていないじゃないか




「…もういい、気分が乗らない」


「オリゼ様」



「…仕方ありませんね、今日はこれで終いにしましょうか」

咎める声にも答えず無視すれば

更に悪化したその目の講師が言った





………


場面が切り替わる

此処は…屋敷の中か…



「兄上!兄上!」


「…オリゼ?入っていいよ」

侍従に開けてもらった扉

机に向かっている兄に向かって走る


「…兄上!これ見てください!」

机上に鉱石図鑑を乗せて見せる


「これ?鉱石図鑑か、見ても良いのかい?」

目を上げて置かれたそれを見る兄


「うん!」

キラキラとした目で兄を急かす


「少し早いけど休憩にする。

…茶菓子でも持ってきてくれ、弟と食べる」

手元の書きかけだろう何かを脇に寄せて、ペンも置く


御意…

後ろに控えていた侍従に目をやって指示を出した兄



「僕も紅茶!」

自分の…いや自分担当の侍従を振り返って無邪気に命令する俺


…畏まりました

そう言って下がった侍従が出ていったのを見計らって自慢する



「父上に買って貰ったんです!初版本!そこにサインもあるんです!」


机に乗り出しながら表紙の裏を開いて指差す

興奮した俺を目を細めながら笑う兄


「本当だ、ずっと欲しがっていた本だね?よかったね、オリゼ」

乗り出した俺の頭を撫でながら言う様子は

すっかりと忘れていた穏やかな日常


なんの引け目を感じることなく

兄に甘えられている自分


ただ、何でも出来る兄がかっこ良くて

…そして追い付きたくて天真爛漫に言われるまま勉強も頑張った…


算術の講師が出した課題

…何回も何回も繰り返し練習してようやく解けるようになった


その褒美に買って貰えたそれは

…兄に誉められたいがために持ってきた証明書



ノック音

入れと返す兄


無視して話続ける様子に

嗜めようとする侍従


「今は…」


手でそれを止めてくれる兄に更に調子に乗る

茶菓子と紅茶を挟みながら

何を習ったとか、出来るようになったとか…

微笑ましく耳を傾ける兄に捲し立てるように話し続けた



そこには…

飾らない何のひねくれさもない俺が確かに存在していた






…………


ここは…次は

賓客室か…



「此方がラクーア卿だ、オリゼ挨拶しなさい」


「…初めまして、オリゼです」


「他領に行って見聞を広めてきなさい、ラクーア卿…どうぞよろしくお願いいたします」


深々と頭を下げた父の広い背中越しに

朗らかに笑う卿



場面がまた変わる…

馬車を降りて大きな屋敷に降り立った


自分の屋敷よりも大きく荘厳な様式

出迎えの侍従や、使用人の数も多い…


そんな中手を繋ぎ引かれてきた、

これまた格式のある部屋…重厚なオークの本棚に囲まれた書斎


その部屋の…

卿の机の横に座っている俺

何やら囁く声に目を向ければ

耳元で侍従は何を言ったのか、手を止めた卿




「頑張っているね…どれ」

此方に向かってくる卿を何事かと見ていると

書いていた収支の計算式を拾い上げる



「良くできているじゃないか…

そうだ…先日城下で流行っているという菓子を貰ったんだ」



私は食べないから食べなさい


優しく落ちた言葉と

運ばれてきた見たこともない砂糖菓子の味は…


…とても甘かった





霞んでいく…

微笑ましい光景…


そう言えば

あの頃は…

努力すれば兄上や、父上に追い付けると

そう何の疑問もなく信じていたな…


決して戻ることのできない幸せに満ちた時間

それが靄にかかって

遠く遠くに消えていった…




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