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洗濯




さて…



二人を見送った手で鍵を閉め机に散らばった物を手に取る

シェラカップも忘れずに…


給湯室に向かう

シェラカップに水を満たし沸騰させる

洗濯物を脇に抱える。


沸騰したのを見計らって

布切れで取っ手を包み更衣場に…


水瓶から柄杓で盥に注ぐ

お湯を注ぎ入れぬるま湯にして…石鹸を泡立てる


腰帯と襦袢を放り込み浸す





襦袢の袖口は真っ赤に染まっていたそれから

じわりと透明なぬるま湯が…次第に色付いていく


折角…

折角、洗濯の手間も頭の隅に押しやって…

二人に気づかれないように床に垂れた血を拭った


腰紐が誤魔化しきれなかった要因

それは重々承知の上でだが





ベットの木枠

ただ凹んでいただだけじゃない

何度も椅子を打ち付ける内に…

運悪くささくれた部分に全体体重が乗った腕が当たった

…だから木片が腕に深く刺さるまで押し付ける形になったのだ


そして椅子と共に…そのまま自重で滑り落ち

裂く形になったのだろう…


床に落ちた血の跡


自由の効かない腕で必死に床を拭った

刺さったささくれも…

色がついた部分を歯で咬みきって、

処理をした




抉られた傷口を隠しきれれば

腰紐に関して詰めが甘くなければ…

隠蔽工作の苦労も、そして今の洗濯の手間も報われた筈なのに

ただ、徒労

それ以下になっただけだった



じわり

じわりと滲み出ている朱を眺めながら

…記憶を辿る






2、3年前か

実家の使用人をからかおうと家中を走り回った

父の指示で俺についた侍従を振り払って使用人のエリアまで逃げ込んだ…

その時に入った洗濯場で見た光景



ただ、毎回剣術の講師が来る時間が嫌だった…

きっと才能がないのだ

軸もぶれるし直ぐに息も上がる…


その度に侮蔑とも見下しとも取れる雰囲気が。

…口調も行動も丁寧

繕えていると思っていたのか、隠そうとはしなかったのか…

言いはしないがその目がありありと語っていた



時間だと告げに来た侍従に八つ当たった

困らせようと、

…追ってくる侍従の必死さを嘲笑った俺は…


もしあの後、アコヤのような責を負ったなら…





いや、後悔してもやったことは消せない

もし…もしその侍従がまだ俺付きだったなら詫びよう…



思考を切り替え、目の前の盥に目を落とす

見よう見まねだかどうにかなるだろう

自分の普段着…それもほぼ下着だ


血と汗が落とせれば上出来だ…

浸す間に布切れを冷え始めた残りのお湯を掛けて絞る



湯あみは

…いや、水浴びか

出来る日までは清拭するしかない

拭き終わったそれも盥に突っ込みジャブジャブ洗う





洗濯板は…

あのとき使ってるのを見なかったから放置だ


血と汚れをもみ洗いして柄杓の水で流しきる


何とか落ちたな…

水を絞ったそれを持ちながら自室に向かう…



ドアノブを回し入る

この腰帯もパラコードを切って外そう

…洗濯する機会も減るしこれひとつ取っても替えはギリギリになる筈

洗濯に気軽に出していた去年の自分が羨ましい

…金がかかる。



パン…

シワを伸ばして腰帯に吊るしかける


…これが仮にも貴族の部屋だろうか?

すっかり物干し場と化した光景に溜め息がこぼれる

まあ、俺らしくていいか

ただ、

あいつらにまた呆れられそうだ…



あいつら…

オニキスか…無事にラピスを部屋に送り届けただろうか…


あんな状態で部屋につけば侍従が心配するだろうな

確かあいつの侍従は気の良さそうな男だった


朧気だが、去年3人で悪巧みをしたとき

オニキスと部屋から出る瞬間聞こえてきた声は…

…その諌める言葉は厳しくも親愛が籠っていた記憶がある



きっと今の俺なら尚更

友達付き合いも、部屋に訪れることも賛成なんてしていないだろう…

名前すら覚えていないが…今後、通路か何処かで確実にすれ違うことになる

会う時が怖いな…

剣術の講師の目付きがフラッシュバックする…


オニキスの侍従は…

そしてラピスの侍従も俺を良く思わないだろう

会うたびにそんな視線に晒される今後を想像してゾッとした





置いていかれた包帯と瓶

シェラカップを持ち

薄く光るパラコードまでたどり着けば

どっと疲れが出てくる



まだだ。

まだやることがある


布団に向かう気持ちを押さえて

手に持った物を置く



熱を持ち始めた左腕を庇いながら

机横に置いた侍従の入門書を紐解いて机に乗せる



右手でパラパラとめくる…

目次と項目、振る舞いに関する本文だけ軽く目を通して本を閉じる


早く寝よう

時計をみればまだ九時過ぎ…本来ならもっと予習しとくべきだろうが…

包帯だけ引き出しに仕舞って梯子を登る





…せめて夢見だけは

そう思って布団に潜り込んですぐに落ちていった



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