手当
「…」
その笑みに思わず顔がひきつる
なんだよ、二人して演技して…
とオニキスを見るもこちらもひきつった顔をしている
「…おい、凹んでるんじゃなかったのかよ?」
問い詰めるオニキスに
「ん?凹みはしたけど…?」
だからなに?とばかりに言い放つラピス
「「…」」
オニキスと俺も言葉を失う
心配して損した…まあ腹も立つ……
騙すなら仲間からだよねーと呟きながら
ニコニコしている悪友を二人して見れば
「で、見せてくれる?」
減らない口まで利きやがる…
…本当に言い性格だな
自分を棚にあげて呟きが漏れる
オニキスがぐったりとしているのを見て殊更に思う
「…手を離してくれ、それに手当ならもうやったから要らない」
ラピスから手を引き抜き、使用人部屋に行く
昨日体を拭いた後、軽く洗って干しておいた布
それを裂いて巻き付けただけだなんて…
……オニキスが見たらただ事じゃすまない
制服から浴衣に着替え、羽織を引っ掛けて部屋に戻る
血で汚れた襦袢も破れた着物も…
机の上の襦袢に重ねて、そして血にまみれた木片も一見分からないように整えてある
触られた痕跡はない
それに安心して
クローゼットに制服を掛けて仕舞い
自室に戻れば…
何処から出してきた?
…その薬箱は何処から出てきたんだ?
オニキス…申し訳ないがラピスの気に当てられてもう少しぐったりとしてて良かったんだが?
とまで自身の保身のために失礼千万な事を考えていると
ここに来いとばかりに
隣を手で叩く
「…いや、手当ならしたって言っただろ?」
「なら見せられるよな?」
「…」
そうきたか…
どう見ても信じてないじゃないか
薬箱から次々に薬品やら包帯やら準備している様子に仕方なく隣に座る…
「出せ」
「…」
…とても不本意ながらも右腕を巻くって見せる
巻いた布を外し、黙々と手当していくオニキス
「これでいいな……で?左は?」
「…何ともない、大丈夫だ」
手当が終わったらしい…離された腕
右袖を戻しながら言う
「な訳あるか…腰帯にまで滴るくらいの傷がこれな訳ないだろ…
いいから大人しく出せ」
「…」
成る程…二人とも俺が夕食に行ってから気付いたのだろう
どの部分に血が付いていたのか俺には分からないが…腰紐だけはラピスが手にもったままだったから回収できなかった。
そこからばれたのか…
ばれないように血が滲んだ部分を二人の視界から
…目に映らない様に身体で隠して行動したのにこれでは意味がなかったな…
「俺が怒る前に出した方が良いぞ、あんなこと言ってるがラピスも気にしてる」
オニキス…
それは分かってるけどさ…
嫌なもんは嫌
……
…
「…オリゼ、出せ」
「嫌だ」
「…嫌だじゃないだろ、見せろ」
「…大丈夫だ」
「…お前の大丈夫は大丈夫だった試しがない。嘘も大概にしろ…今出せば許してやる」
感情を押し込めたような声が響き渡る
そろそろヤバイか…
…
「………分かった」
仕方ない
それをを聞いたオニキスが横から立ち上がり
目の前に膝をつく
渋々差し出された手に向かって左手を突きだせば
袖をゆっくりと捲り上げられていく…
雑に巻き付けた布を外せば
現れた肩口からすっぱりと開いた傷
「……よくも…良くこんなのを黙ってようとしたな?」
「許してやるって言っただろ…」
血の滲んだ布切れを袋に捨てている目の前のオニキスに向かって余計な一言が滑り落ちる
「てめえ…」
「…」
…怒気の混じる声に本当に言わなきゃ良いのにと他人事のように思う
出ちゃうもんは出ちゃうんだ
…仕方ないだろ?
火に油を注ごうと知らない振りをすればこっちのもん
絨毯やら床やら壁やら…
最近よく見るなあとも思いながらふいっと横を向く
「……まあいい、ラピス腕動かないようにしとけ」
「分かった」
快諾した声と同時
掴まれる腕
やけにしっかりと固定するな?
流石、体の構造を知るだけあるなと…
壁をから目を戻し、前を見たのがいけなかった
「オ、ニキス…なにしてる?」
「針の準備だが?」
…ウイスキーと大量の脱脂綿、包帯まではいい
なんで針を炙ってるんだ?
「…冗談だろ」
「冗談言ってるのはお前だ。
縫うに決まってるだろ、このままだと破傷風になる」
消毒を終えた針を脱脂綿の上に置き瓶を掴む
「…っ」
手際がいいというか…
有無を言わさず傷口にウイスキーをかけられる
これでも十分痛いんだけど?
オニキス?
「痛むだろうが動くなよ…」
「何…っう」
俺に構うことなく…
傷口を遠慮なく開いているのか
「よし、木片は残ってないようだな…三針だ、我慢しろ」
嫌がらせではなかったようだ…
それにしても慈悲はないのか?
消毒した糸を通しながら淡々と言い放つオニキスを窺うも
その身体から発せられる圧に、
出かけた言葉を飲み込んだ




