溶
「…すまなかった…だから離してくれ」
何か言葉をしなければ、
何も変わらないと言いたげに手は緩まなかった
だから、
仕方なく下らない思考を切って口を再び開いた
そう絞り出した…
俺が言い放った言葉には何の効果も見られない
更に少し緩められたが一向に解けない拘束
「…他に言うべきことは?」
「…っ…心配させた」
「…他には?」
「……勝手に考えて、友人としての気持ちを踏みにじった」
「…はぁ…今度やったらこの程度で済まさないから」
手が離されると同時に落ちる体
座面に尻がつくと同時に傾いていく…
…
体勢を持ち直そうと、維持しようと体幹に力を入れようとするも強ばって動かない
そのまま斜めに流れていく
横に、
傾いていく…
「オリゼ、危ないから急に動こうとするな」
肩を持たれかけるように言葉と同時に制止させられ
…支えられた体
肩と腕にかけて揉みほぐしながら傷んだところを治される
無理に伸ばされた首筋にも緊張を解くように手が滑っていく
段々と引いていく痛みになされるがままになる
その様子を呆れたような顔でオニキスがずっと見ているのを無視しながら…
どうせ二人には敵わない
今だって手加減してやれって…癪に障るが…
「動いていいよ、オリゼ」
…
「…もう行く。選択講義がある」
暫くして動けるようになったのを確認して立ち上がる
時計を見ればもうギリギリだ
「選択講義なんかとったのか、俺はとってないがラピスは?」
「…俺もとってないなあ」
普通ならそうだろうな
部屋に留まったまま出ていこうとしない二人に鍵を投げつける
どうせ戻ってくるまで居るつもりだろう
「…」
バックをひっつかみ
踵を返して部屋から出ていく
こんな状態では城下にも行けるか際どい所だ…
もっと下町に近いところで石鹸と紙、
小麦…は無理としてライ麦粉は買いたかった
確実に出来ることは…
寮監に文句を言うくらいか、と控え室を流し見ながら寮の外に出た
明日は休日だ
…空腹に構ってられないほどなら都合がいいな
こっちの気も知らないで晴れ晴れと広がる空に心の中で悪態をついていれば
特別棟が見えてくる
そう言えば朝確認した資料の教室番号は全部同じ…
変だと思ったが…まあいけば分かるか
確か三階だったな…
入り口から伸びる階段を上がって直ぐの扉を引く
…開始時間まで数分
ギリギリ間に合ったのは良いが…誰も居ない
教室番号を再確認して扉を閉める…
…もしや一人か?
箔をつけるだけなら基礎講義だけでいいし
…取るとしてもこんなマニアックな選択講義を選ぶ人もいないか
…
取っておいてこんな失礼なことを言うのもなんだがな
埃の被った机とイスを手で払い座る
窓側奥の最前列
一対一だとしたら一番奥の列には流石に座れない
アンティーク硝子の窓越し
悪態をついた晴天は暗く見える
これくらいが丁度良いなと思っていると来たようだ
ガラリ
扉を見れば教授五人
「…」
なんだこれ?
此方の理解も追い付かない内に
順に講義説明が行われ始める…
教壇など用を成していない
俺の周りに五人
…リンチですか?
矢継ぎ早に渡される資料と各講義日程と時間の用紙
「それで、質問はありますか?」
「以下同文」
「以下同文」
「以下…」
「以下…」
…
…
「…教科書は古いものを書庫で借りています。新しく買わなければなりませんか?」
持参項目に唯一ある教科書
そんな金もない
「皆はどうだ?……ああ、それで構わないそうだ」
一瞬の目配せ
そして結論纏まった…のだろう教授陣
それで本当に分かったのだろうか…
もし分かったのであれば、特殊な何かの魔術だろうか?
…
今、疑問符が自身の頭の上に浮かんでいる気がする
…ともかく
「助かります…それと講義代です。まとめてですみません」
ともかく、だ
講義代だけで精一杯だ、有難い
そしてやることは一つ
一番手前にいた教授に代表して講義代を払う
あまり良い顔はされなかったが、
差し出された4ルースの差額を受け取り小銭入れにしまう
「これで今日は以上だ、帰って良い」
「有り難うございます」
「もしわからないことがあれば、各教授部屋に質問に来れば良い」
「…分かりました」
することは済んだとばかりに去っていく教授陣を目で見送る
…疲れた
時計はまだ一時間も経っていない
早く終わったのは良いが…なんだったんだ?
これで先行き不安な事が増えた…
配付物をバックに詰め込みながらそう思う
さて、待っているだろう悪友達の元に帰るか
軋む扉を開けて教室を去った




