寮監
書庫から一歩外に出れば強い風…
思わず目を細め、
足を止めるもそれも一瞬のこと
歩いていれば更に体が冷えていく
そして
緊張からかいた汗が引いて冷えて…気持ちが悪いほどだ
今日は早めに寝ないと明日に響くな…
そう思い足早に、
歩幅を大きく変えて歩きはじめる
程なく、
寮の入り口へとたどり着いた
体感温度が低かったのだろう、
建物に入れば風は無くなり温かく感じられる
普段なら何も気にせず通る入口
が、今回は用がある
寮監の控えている部屋に足を向ける
コンコン
「どうぞ」
「…失礼します」
返答に遠慮なく入室する
「少しそこで待っていてください」
書き物をしていたのだろうか、
机に座りながら手を止め、こちらを振り返る寮監
目線で来客用であろうソファーに促される
「…」
疲れてはいたがここまでだったとはな…
包まれるように沈む座面と背中
座った後、どっと出てくる疲れと眠気に抗いながら
本を脇に置く
待つ間には
万年筆の紙を掻く音
耳を傾けていれば、
紙ずれの心地いいリズムも相まって瞼も落ちてこよう…
「お待たせしました、良いものではありませんが飲んでください」
切りがついたのか
落ちた意識と瞼を持ち上げれば
向かってくる寮監
テーブルに置いたのは紅茶か
喉がカラカラだったのを思い出す
「…頂きます」
一口、二口…
人心地ついて再び眠気は増していく
「…それでどうされましたか?」
一息着いたのを確認したのか、
喉が十分潤うまで飲んでから
カップを机に置くまで話しかけるタイミングを計ってくれていたようだ
…声をかけてくる
そうだ
当初の目的を忘れかけていた
居直ってから、
寮監の方を見据えて口を開く
「使用人の給湯場と湯あみする場所を教えていただきたいのです」
「使用人の…ですね。…給湯場ここ、各階の奥にあります。
湯あみは…、浴場なら学生のものを使えば宜しいのではないでしょうか?」
テーブルの引き出しから取り出した紙
折り畳まれたそれを開く
寮の間取り図だ…
それを指し示し、そしてな口ごもった
「…」
無言で半開きになった目で促す
もう瞼も重い
態度が悪くみえようが仕方ない
はぁ…
「…浴場などありませんよ、湯あみするといっても水瓶がおかれた場所があるだけです」
根負けしたのか溜め息と共に教えられた言葉
冷えた体には酷か…
今日は簡単に清拭で済ませばいいが今後は困る
「…それでも構いません」
「…一階の給湯場の隣にあります」
根負けしたのだろう
物言いたげな視線を向けられたが
指は再度見取り図を指し示す
示された場所を確認すれば…
成る程、
ほぼ外にあるな
…言い渋る理由は分かった
「有り難うございます…
…用件はこれだけです。紅茶、ごちそう様でした」
残りの紅茶を煽り、
脇に置いた本を手に退室する
何か言いたげな寮監に引き留められる前に。
急いで9階に向かい使用人部屋を探す
今度こそ迷うことはない、
パラコードを括ったドアノブはすぐにわかった。
暗闇でも発光する繊維が織り込んであるパラコードを利用したのは我ながらによかったと、
そのノブをひねり開けながらそう思う
一歩部屋に入ればそこはもう机
狭いのも、
まあいいものか?
無駄に動かなくてもほぼ手の届くところに全てのものがある
掃除も直ぐに済むだろうな…
本を机横に置く
案外重かったな…
一息つき
クローゼットから簡素な浴衣と羽織、布地を手に取る
それとシェラカップも
さっさとしないとこのまま布団に向かいたくなる
足早に部屋を出て一階へと降りていく
給湯場にも数人の侍従
皆給事のためかあまりこちらに気をやっていない様子
ここでまた面倒が起きればもうもたない
目を向けた侍従に会釈をして
給湯場から続く扉を開ける
「…」
寮監が口ごもった理由が更に分かる
更衣場から出れば
そこには簡素と言えば聞こえがいい
水瓶と柄杓
横には盥と洗濯板
ただそれだけの狭い空間が広がっていた
柄杓で掬い
布地に水を含ませ固く絞る
体を拭けば幾分かましになった
簡易的な洗濯なら出来そうだが
流石に明日に回そう…
汗で重くなった着物を片手に扉を開ける
使用人通路から102に向かう
が…そうだった
ドアノブにこっちも目印をしないと…分からないんだった
二の舞にならないよう
回り込んで表から入ろう
表を歩くとしても2部屋分の距離だ
目立ちたくはない
面倒事も今は要らない…
通路から人通りがないことをしっかりと…
しっかりと確認して
表通路を通り、体を滑り込ませるように部屋に入った
誰にも見つからなくてすんだ…
張った気が安堵と共に緩められる
気力を振り絞る
…
着物を腰帯に通して陰干し、
襦袢は何もない机の上に放った
さて、もう一息だ
使用人部屋を通り通路に出て
…腰から帯を引き抜きドアノブに括る
心許ないが袷を押さえながら9階の自室にたどり着く
入ってすぐにクローゼットから出した帯を腰に巻いて
一直線に掛けられた梯子を昇る
ようやく休める…
アコヤがメイキングしたであろうシワひとつないシーツ
そして布団へと潜り込んだ
何日ぶりだろう…
自身の匂いが付いたタオルケット
肌触りのいい毛布
そして頭を乗せればしくっくりと馴染むように沈んでいく
枕代わりの愛用の熊のぬいぐるみ
夢にすら見た自分の布団にすぐに夢に落ちていった




