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赤13




着流しを着替える玄武を引き留める、

そんな有効打になる記憶や引き出しは見つからなかった


そして…策もないに等しい



「貴台…そろそ「あー、それにしても…そう!プレゼント!

あれ皆、予想以上に喜んでくれていたよね、玄武?」…」



それでも…

遂に部屋を辞す、

そう言い掛けているであろう玄武の言葉を阻む





遂に稚拙なこれしか出てこなかったが、仕方なく断行した…


俺の言葉を遮ることは侍従としてしない、

それを卑怯であると知りつつ利用した。

そして…わざとらしいにもほどがある、

上ずってしまった声で急いで話題をそらしたのだ。


本気で着替える気になられたら困ると、

焦って…不自然な程に話題を急転換させれば…

何故か退出する気配はなくなっていく。




「くすっ…それはそうでしょうとも」


そして吹き出すように笑う声

どうしたのかと、玄武のほうを伺えば

…仕方ないと幼子を見るような穏やかな視線で眺められていた


失敗したと、

話題を変えるにしてもその選択を大きく間違ったと直ぐに察しが付いた…





「玄武、笑うな」


まるで物事の良し悪しの判断がつかない子供のおいたを、

見守るような雰囲気に膨れる頬がフグのようになっていく


そうすることで、

子供であることを更に晒すと分かっていてもむくれることは止められない






「申し訳ありません…

それにしてもあのプレゼントは良く考え付いたものだと感心しておりました。御友人方に喜んで頂けたようで何よりでしたね」



「いつも世話になってるからな…せめて彼処にいる皆には、お揃いになるような物を送りたかった」



そんな俺の様子を、

先程までの目は見間違いであったと思うような…優しい光を湛えた視線を俺に向けてくる


俺がプレゼントしたものは、

普段は殿下の侍従として半歩後ろを歩き、敬語を外さないとしても…

同じ貴族に連なるものとして…皆を友と認めるものだったからだ。



俺が己を卑下することなく、男爵家次男としての立場を利用し尽くしたものであることも

ジルコン達ならば一目見て分かったからだろう





彼奴らと今後も関わると示す贈り物だと…

玄武も、その中身の意味も分かってくれたからな。





「消え物や一般的な品物であれば、いくらでも候補はおありだったでしょうに」



「いや…彼奴らが欲しているのは形に残るものだ、それくらい察している。

だがそうだとしても各々家柄が違うから…全員に格の合う美術品やまして身につける物などは無理だった」



御菓子や珍味等、

流行りで手に入りにくい代物だろうが、珍しくて見たことのないものだろうがきっとそんなものをあげたところで

あの様に飛んでまで喜ぶ奴等ではない。





何であっても俺がプレゼントをすれば、

喜んではくれるだろうが…それでは意味がないと

ならば別々のものをと…考えたこともあった。



例えばジルコンには和の国の刀の指南書とか、

オニキスには珍しい薬草を…とか喜んでもらえるものは別々ではいくらでも思い付いた。


だけど…それでは差がつく。

プレゼントは気持ちが全てで、値段は全く関係はない…なんて俺は思わないからだ






「それでも彼処まで貴台が力を注がれた贈り物です。

喜ばないほうが不思議でしょう、実際…見せていただいた品はどれも見事な物でした。

各御友人の家の家紋が入った、お揃いの木型でしたね」



「心血注いだ…

二年あまりの歳月をかけて、無い時間を縫って用意してきたものだからな」




そう、

俺がマルコ達のプレゼントに用意していたのは落雁の木型。



その和の国特有のお菓子を作るための型は、

職人の手によって一つ作り上げるのに簡単な模様でも3日3晩かかる代物。

そして同じものは無い一点ものだ


だからこそ老舗の菓子店では、

それは財産の一つ一つになる程の菓子道具だと母上から聞いた。

普通は波や菊、梅や桜など草木や花を象った風流な四季を表現した物が多い…

屋敷で見たことのあるものそういった類いの木型が大半





だが、

今回俺が皆に用意したのは各々の家紋の木型…

ただでさえ、

手間暇かかる季節の花や意匠を模した木型よりもっと時間と労力が掛かった…



別次元の代物だ





「貴台の発案が、各貴族家の家紋を使用することでしたから…苦労されましたね」


「ああ…昔、

俺が母上にお願いして男爵家の家紋の木型を作ってもらった時とは勝手が違いすぎた。失念してたんだよ…」



「貴台が男爵家の家紋を使用されることは、当然のことです。

家紋が刻まれた木型であろうとも、当主である御屋形様は当然快諾されましたし、業者も信用のある大棚。奥方様の御用達でしたから…」



「それがあったから…

家紋の木型なんて、問題なのは職人の腕と掛ける時間次第だって思い込んでたんだよな」


「貴台…」



物言いたげな声音

他家の家紋の使用許可を取ることを忘れていたわけではない


ただ…

あんなに苦労するものだとは知らなかった




あの時、

すんなり木型が出来たのは玄武の言った通りだから。

俺が母上にお願いしたのは

男爵家次男である俺も使える…男爵家の家紋だ。

そしていつも母上が懇意にしている、

大棚の問屋と職人に母上が注文してくれたからだ


家紋の使用許可を出したのは父上

注文も伝手も母上が全て取り仕切ってくれたから、1ヶ月後には俺の望む落雁の木型が手元に…

何の苦労もなく俺は手に入れることが出来た




「全く…失念していたわけではない」


「…左様に御座いますね」



どう見ても、玄武は俺の言葉を鵜呑みにしてはいないだろう

実際…

失念していたようなものだったからだ仕方ないとは思う。





少し考えれば

1ヶ月そこらで出来上がる事など無いと分かること。


そう、目測が誤ったのは、

その家紋を彫ることの許可を各家の当主に取り付けるまでの時間が一つ目だった。





プレゼントされる皆は、

その家紋を背負う次期当主だとしても…

それを作る俺はその"他家の"家紋を描くことも彫ることも本来許されない


無許可で貴族の家紋を描いたり、

使用することは禁じられている。


例外は業者だ。

貴族からの注文で、家紋を描いたりしなければならない屋敷、調度品や正装の刺繍等々…

組の大工や、商家、仕立屋等の職人は注文と同時にその家紋を描く許可を得る


だが、何処の業者でも良いわけではない。

各々その貴族家に依頼を受けてきた関係があるから、

その信頼をもってして貴族は家紋を刻まれた物を依頼し、一時的でも預けるのだ。


業者でもない、

学生として俺が親しくしてきた仲だとはいえ許可を取ることは難しかった。

今まで、

ラピス達のどの家とも俺の男爵家は殆ど…

家としての繋がりや親しく交流をしてきた事は無かった…


繋がりがあるとすれば、

王弟であるラクーア卿と父上

その関係から陛下と男爵家は親しくさせていただけている…

だからと言って、

王家の家紋…それをおいそれと他国の職人に刻ませるなど、

外注するなど許可を出せるわけもなかったのだ。





結果…

それに気づいた時には既に退くに退け無いところまで来ていて、

結局、

父上の権限と母上の伝手…そして兄上の知恵と手を存分に借りる大事になってしまったのだった






「家紋と、それを背負う当主の威厳を嫌でも知ることになったが…」


「全ての許可を取り付けるまで、

一年半あまり…貴台が唯一といって良い程に、勉学以外で時間を割いていたことでしたね」


各家の当主へ、

使用許可を出したいと父上に話を持っていったところから…

そんな初めから事は頓挫した。


すんなりといかなかったのだ…






「…棘があるな」


「お気に障られましたか?

不肖は貴台に少しでも、身体を御休めになっていただきたかったものですから」



確かに兄上のFクラスへの期待と言う圧力や、

殿下の傍に立つ為にと少しでも上のクラスを目指さなければと時間を惜しんで学園の勉学に励んできた。



夜、菓子や紅茶を片手にラピスやオニキスと談笑していた時間も削った。

せめて顔を付き合わせる時間は欲しいとの希望から、

俺が代案として提案したのは剣の練習時間の相手としてなら一緒に過ごすと言うものだ。


今も…話をする時間もほぼなく付き合わせている





そしてジルコンやカルサイトに至ってはその時間すらないし…



殿下とは顔を付き合わせる事はするものの、

それは侍従としてだ。

…友人として関わることも…マルコと呼ぶことも今日までほぼ無かった。





だから、

せめて気持ちを込めた誕生日プレゼント位送ろうと考えたのだが

それすら俺は誰一人にも一昨年以来、今日まで送ることが出来ていなかった




「それでも手伝ってくれていたよな?」


「貴台のお心に添うのが、不肖の役目です」


玄武とて眉を潜めた

ただでさえ体調を崩すこともあった俺が、更に時間を切り詰めるようなことをすると分かったから…



傍仕えとして命令や指示を出せば従いはする。

だけど、俺はそうしなかったし…したとしても義務以上の事は玄武はしない。


無理矢理に強要しなかった、

それが功を奏したのか…俺が考えが至らないことも助言や見本を示して協力してくれたのは、

単に玄武が俺の侍従だからだけではない筈だ。





俺が家紋の使用許可を得るため、

その段取りを玄武は俺に手取り足取り教えてくれた。


その手順1つとっても、初めてで慣れない物ばかり。

加えて必要なおびただしい書類の数々は、

確かに事務処理能力が必要で…公的な文章を書くことも俺の力になった。



他家に家紋の使用許可を願う旨を通して貰う、

その前段階が

当主である父上に突きつけられた条件。


…手続きや、

必要な書類や手筈を全て揃えて来ることだった




「それだけで、あんな面倒な事を積極的に協力してくれる傍仕えではないだろう?本心を言えよ…玄武」


「辛酸を舐められると知りつつ、

不肖が楽な御提案をしなかったのは全て貴台の為です」



そう、

抜け道はあった

俺ですら考え付いたそれは、

父上に友人の誕生日プレゼントを…ただ用意して欲しいと頼み込むというもの。




「例え立場を利用したとしても、一人で準備できなかったとしてもだ。

俺が父上に頼って何もしなければ…あれらが俺からのプレゼントにはなりえない事ぐらい分かるだろ…」



「それでこそ、

不肖が御仕えする方です」



「馬鹿を言うな…」


玄武はそうやって誉めてくれているが…

そんな立派な人間でない事は、己が一番に分かっている






未熟な俺が苦労した、

その原因は家紋だけではなかった。



母上に伝手を頼ること…

大棚に話を通して貰うことはともかく、注文すること自体から頓挫したのだ。


各他家の信頼がある業者でなければ、

家紋の図案は職人の手元まで送り届けられない。

使用許可を父上が他家と取り付けたとしても、

これは別問題だと厳しく諫められた。






その家紋の図案1つから責任を持たねばならないと、

そして発注して出来上がったとしてもそれを運ぶ道中や業者はどうするのかと…

盗まれれでもすれば、悪用される


俺が木型に彫ることを望んだのは正式な物、

簡略化した家紋ではないのだから…菓子の木型と侮ってはならない

一歩間違えば、

使う側が変われば…家紋の鋳型にもなり得る、と




「悪用なんて…考えもしなかった」


「貴台ならば、そんな事を考え付かなかったでしょうね」




先方が納得される業者かつ、人選…

加えてそれは大棚やその職人が納得し得るものを

前例がない取引の為に1から考え、お願いしなければならなかったのだ。


更に言うなれば…父上の承認も必要だと、

何度も肝に命じなさいと普段は穏やかで甘い母上に強く言い含められた



他家の家紋を使用することを願い出ることも、それを得る立場も信用も権限も…

何もかも1つとして俺にはない…

図案や出来上がった木型に何かあれば

当主である父上が俺の代わりに責任を持つことになる。



業者や木型を作った大棚や職人にすら、

その余罪が及ぶから…






そもそも、

この話が進んでいるのは…

父上が当主としての権限と、磐石な信用を他家の当主に認めさせているからだと…


木型が出来上がって、

それを確認のために見た時

…その最後の最後になって俺はそれに気づいたのだ




…本当に馬鹿だと、思った。

それ程のことをしてくれたのは…親の愛情があるから。

そして迄に俺を男爵家の一員として扱ってくれているという証拠だと、

父上が単に父親としてだけでなく当主として男爵家次男としても俺を認めてくれていると心底感じたのは…


木型が出来て手元に届いた…

つい最近、たった一週間前のこと







「それ、誉められてる気がしないよ…玄武。

悪意も…父上がどんな方かも俺は知ってたはずだから」


「それでも貴台は無垢で居られますから…」



無垢ね…

そんなものを誉められるのは乳児までだろう


他家の家紋を一時的とはいえ預かる、

使用することを望んだ俺が考えなしの無垢では駄目に決まってるだろうが…


親が子に何でも与えることは当然じゃない…

悪意ある人たちがいることも、俺は身をもって経験したことがある




それを教えてくれたのは、

昔から諭してくれていたのは玄武もそうだっただろうに…




「玄武は俺が今回何も学ばなかったと?」


「いえ、それでも貴台が清い事に変わりはありません」



「…はぁ」


否定する言葉を言ったところで、押し問答になるだけ。

そんな言い合いにもならないことに俺は無駄骨を折るつもりはない、

何を言っても無垢だの清いだの…そんな人間でないと否定したところで玄武は頷かないのは経験から知っている。



まあ放っておこう…






馬鹿だったのは

家紋の許可と業者、この二つを軽く考えていただけではなかった。



熟練の職人とはいえ、

和の国の人たちだ…帝国の貴族の家紋を一度の例外を除き、木型に彫ったことはない事。


その家紋の細かさ故に

…落雁にその模様がしっかりと出るまで何度もサイズと彫りの深さを試行錯誤したという…

完成予定がそのお陰で遅れたせいが三つ目だ。





俺が5つ同時に頼んだことで、更に目測がずれたのだったんだよな。


自身では余裕をもって依頼した筈だったのだが…

それも甘かった。


依頼したのは5つ、納品も5つ同時になるのは当然の流れ。

それでも半年あれば十分間に合うと思っていたし、

プロに任せたのだからと思っていた。



納品を急かし、

半端なものが出来ては困ると…

大体の〆日、納期すら定めなかった。





その結果…

すべて出来上がるまで、

俺の一つ当たり1ヶ月という誤った目測が2倍、

5つが半年で出来上がる予定が結果1年あまりかかり、年を跨いだ。




つまり…オニキスやラピスたちの去年の誕生日のから大きく出来上がりが遅れ、


そして更には…

間に合う筈だった、今年の誕生日にすら間に合わなかったのだ。






「…間に合わなかった。

なのに彼奴らはそれに一言も俺を責めもしなかった」


「間に合う事だけが重要ではありません。

…貴台が納得された品を、良い出来のものを差し上げられたのではないですか?」



俺が母上にお願いした木型が1ヶ月で届いたのは、

からくりがあったから…


俺が木型が1ヶ月で出来ると見込んだ土台が崩れたのは当たり前だった。

職人から届く報告、

その進捗が遅いのは何故だと疑問を母上にぶつければ至極全うな答えが返ってきた



甘かった…

考えも何もかもが



母上はあの時期が

職人の繁忙期でないことを知っていた。

そしてそれを念頭にいれた上、

通常よりも納期を短くすること…つまり〆切を早めて注文した。




そして配慮も忘れなかった…


短い期間かつ、

難しい家紋の木型を彫らせる職人へのチップと…

他の顧客を抱える大棚への礼儀として、

優先的に仕上げさせる無理を通常の受注金額に色をつけることで可能にしていたのだ




それのどれも俺はしなかった、

その上で…俺は2ヶ月経っても1つとして出来ていないようだと、

このままでは全て出来上がるまで見通しが経たないと…

誕生日に間に合わなくなる、

納期が遅くなるのではないかとその不安をそのままに母上にぶつけたのだ




「だが…」


「何事も初めてで失敗することはあるものです。

失敗した原因を貴台が踏まえるならば、次回は今回と同じ轍を踏む事は無いと不肖は考えます」




「…まあな」


「遅れた分、御友人方に対して貴台は工夫もされましたね?

目測が誤っていた件については、

そこから学び…今後防止出来るようになれば良いのです」



…聞けばそんな答えが返ってくる


失敗すること自体は悪いことではない、

そこから何も学ばず同じ過ちを犯すことや、

失敗を恐れて何もしなくなることこそが本当の失敗であると玄武なら言う


あからさまに言葉にして言うことはないが、

そんな考えが、

玄武の発言の後ろには隠されている。




俺にしては…

良くできたと誉める様にすら、聞こえてくるようだ…

だから、

そんな評価に甘んじて嬉しくなることなどない





「初めから出来る奴もごまんといる…

失敗から学べたとしても、俺には能力が足らないとは思わないのか?」



兄上なら初めてだろうが上手くやるだろう…

初めてであろうがなんてあろうが、

目測や算段を計り間違える事はない。



殿下やラピス達でも、

想定から外れると分かった地点で何らかの手を打つ。

俺の考えが至らないだけで、

巻き返す手段数多にある筈なのだ…

俺のように、此処までの体たらくを晒しはしない




俺は今回の失敗から、

少なくとも次に活かす事は出来るだろう。

だが、それは玄武にとっては最低ラインの筈

出来て当然…



その周りに比べてどうだ?

俺の器は小さい、

判断能力や出来も悪い事は…この出来が良い傍仕えには明らかだろうに…


気付いていない筈はないであるだろうにと、

何故此処まで甘い評価を俺に下すのかと感じて聞けば、

俺の傍仕えはより一層大人びた顔つきになっていく






「…何をお考えかは察しがつきます。

今回の件、力量が及ばなかったとお思いなのでしょう…

ですがそれを認めた上で少しでも是正しようと行動をなされた貴台を、不肖はそれを未熟で恥ずべき事と判断することはありません」



ちっ…

まさか此処までフォローまでしてくれるとは…

正攻法ではないだろう、

俺の対応も間違ってはいないと言い切った。


目測を間違ったこと、 

気付いたところで対策を考える…遅れを埋めることに俺は尽力出来なかった。

是正しようと動いた事は事実…

だけれどそれは本筋ではない上、俺は根本的な対策を打てなかった


これが仕事であれば許されることでないと知りつつ、

玄武は甘い評価を改めない。



…らしくない






そう、確かに遅れた分工夫はした。

母上に木型が届かない理由を教えられた後、

彼奴らの誕生日には到底納期が間に合わないのだと…


それ自体をどうにか出来はせずとも、

分かった時点で他の手は打つには打っていた。




この国の人達、

他国の情勢や文化をマルコがちしきではしって馴染みのない道具に知らない菓子だろうと、

詳しいレシピを同封することにした。



そして俺のティーブレイクの次いでだと、

念のため多めに寒梅粉と和三盆は取り寄せておけと玄武に言い含めていた


1から俺が注文することは出来ないと、

出来たとしても木型が届くまでの期間では無理だと…

それくらいの事は分かっていたから。

父親と母上に、

同封する旨を伝え…品質と安全性の証明を他家当主陣に確約することを。

…恥を忍んで頼った



そうして彼奴らに今年も遅れる…プレゼントに、

せめてもの詫びとして…

同封するための、

数回分作れる材料分を用意していたのだ





そして玄武は

今回の集まりで俺が皆に渡すかもしれないとそれをプレゼントに同封して、

更には見本として各々の木型で作った落雁も…

俺が指定した漆塗りの菓子入れに入れてくれていた。


…指示をしたわけでもないのに、

俺の事を考えて、準備してくれていたのだ





「それについても俺は立派なことなんてしていない。

是正しようと動いたとしても、それも全部父親と母上に…玄武に頼って出来たことだ」


「間に合わなくなると判断がついたことも、

それを間に合わせるために御屋形様方に頼ることも成長なされたからこそ取れた行動でしょう。

そして貴台…利用できるものを利用することも能力の1つです」



至らないことを認める強さがあるならば、

俺は周りに比べて劣ることを恥じる必要はないと…言いたいのか?


それは間違ったことではないが、

俺がそれを認めていいのは俺自身が最大限努力して出来るようになってからの話だ




だが、玄武は俺がそうなることを前提で話している。

どれだけ俺を買い被るつもりだろうか、

此処まで言われれば…おれも卑下する事を諦めなければならなくなる



「帝王学か…?」


「上に立つものが誰よりも優秀であることは必然ではありません、

優秀であれば更に良しとされましょうが…」




そう、上に立つものの心得

それが帝王学の真髄


どれ程魔力を持っていようと、

剣の腕が立とうが…そんな優秀な人間でも全てを一人でこなすことは出来ない。

人一人が成せることは上限がある、

当主や陛下であってもそれは同じこと…


確かに人の上に立つものに、

ある一定以上の優秀さや能力が必要であることも事実。

だからと言ってそれが抜きん出て他に追随を許さない程である必要はない…




なにも必然であるのはその個々の才覚ではないからだ。

その一段階上、

上に立つに相応しい人間は、己の力量や限界を認めて傲り高ぶらない。

人に任せたり頼る技量をもたねばならない事を知っている…


自身が持てる伝手や部下、人材を利用して事を成す。

己の下の立場にある侍従や、部下であろうと

事に当たる際、

それに必要な能力や優秀さが己よりも秀でている場合…それを潰さず、妬まずに認めて活用する



その度量こそが上に立つ人になる必須条件だと、

俺は既に知っている




「俺に、その才覚があるとでも?」


「今回だけではありません。

御命令や指示がなくとも不肖を動かされた…それはまごうことなく貴台の才覚で御座いますよ」



成る程

菓子の算段をしてくれたのはそれを示す意図もあったのか…

俺のためになると予測して動いたのは

優秀な侍従としてだけでない、と。



その行動を取ろうとする根源は、

俺を認めて付き従う意思の現れの1つでもあるのだと。

判断や能力…力で劣っていても、

玄武が俺を主人として己の上に立つものとして認めるのは"その才覚"があると確証を得ているかららしい…



過分な評価…

それでもこの優秀な傍仕えに認められて、

嬉しくならない筈がない



「…ありがとう、手伝ってくれて」


「その御言葉…貴台の傍仕えとして、誉れに御座います」



本当に出来た傍仕えだと、

肩の力を抜いて…

姿勢を崩し、ベットのヘッドサイドに身体を少し預けたのだった。









…それにしても、

ここまで話が弾めば喉も乾いてくる


直ぐに寝るつもりで、

頼むつもりはなかったのだが…



「玄武」


「何か御入り用ですか?」



渇きを癒せるならなんでも良い…


いつものティーセットや、

高級茶葉をその姿で運べば…

俺の給仕を侍従服で行っていないとばれるだろう。


だからこそ、

給仕をさせるとしても目を欺く必要がある

玄武が自分の飲む水を自室に運んでいると思わせる、

それならその着流し姿でもそこまでおかしいことはない。




ならば





「悪いが、お前の私物で白湯か水を持ってきてくれ」


「…貴台」




一転して、

先程迄の柔らかで甘い対応は何処に消え去ったのだろうか…

空気が一転して冷たいものとなる。



侍従として俺に主人としての自覚を持てと、

玄武は頑なにそう嗜めている。


現状玄武は俺の前に立つのですら、

この着流しは相応しくないと思っていること…

そして何とか誤魔化して着替えさせることは辞めさせたが、それは暫定的なものであることも、


俺は承知している。




… 


そして俺に給仕するのであらば、尚更相応しくない。

侍従として仕事をするのであれば…

部屋着に相応しいその服装のままでは、玄武の侍従としての矜持に抵触するだろう。




その上で俺は今…

玄武の立場を鑑みて、装飾1つない茶器や好みにそぐわない飲み物を要求している。


ましてや、

白湯や水を俺が本気で所望していないことも…

玄武ならば気づいている


通常であれば俺が就寝前に飲むのは、

甘いミルクティーやカプチーノ

体調が優れない時や激しい運動後以外、

…好んで白湯や水を頼んだことはないからな…



だから…玄武の我慢出来る範疇を軽く越えていくであろうことも分かる




「あー、どちらかと言えば白湯がいいな」


「なりません、然るべきカップで貴台が欲している砂糖とミルクをたっぷり入れた

甘いものを御持ち致します」



惚けてみても無駄、か

白湯に砂糖やミルクなど必要ない


そして、

それを入れることで俺が態々白湯を頼む意義もなくなる

侍従が砂糖入りの飲み物を飲むことは、

先ず無いからだ




「玄武…俺が望んでるのは喉の乾きを癒すもの、そしてその為に過分にお前の傷に障ることをさせたくはない」


「…主人に気を使わせることは不名誉で御座います」



疲れたときに欲しくなる"甘いもの"

喉の乾きを最低限癒すものではなくミルクティーを俺に給仕すると、

玄武は譲らない。


どうやら、

白湯が欲しいと言う俺の言葉には…

提案した最低限の侍従の働きに、

頑として受け入れる気も、誤魔化されてくれる気もないらしい





「ならば俺が自分で取りに行く、

それが嫌なら折れろ…ついでに川獺の様子も見てこい」



「どれも必要ありません」


考える事もなく

きっぱり、断るか…


脅しにも屈しない、

俺が本気でそうしないことを知っているからだな…?




俺が疲れていること、

そして殿下に直ぐに休むと言ってしまった手前…せめてこれ以上の無理をしない為にヘッドサイドに持たれて座っている現状を見透かしている。





「その格好で嫌だと分かっているが、他意はない。

…必要な事だからお前にこの条件で飲んでくれと言っている」



俺が完全に玄武を無視すれば白湯すら頼まない、

喉が渇こうと傍仕えである玄武の立場も意思も尊重することなくこのまま寝るだろう。

言葉に出すこともなく、

主人である俺が求めることをさせないことも出来る

下がれと、

命令をすればすむだけ。





その着流し姿で、

川獺の目の前に立つことも拒絶している。

玄武としても昔の仕事着姿で川獺の世話をすることは論外、

侍従服でなくとも最低限の服装に身を包みたい筈だ。


その玄武の意思を無視すれば…

諫言も異論もさせずに従える術も俺にはある。




…そんなことは分かった上で、その強権を振りかざさないのは…

ただ単に強制はさせたくないそれだけのこと。



着流し姿を強要されているのは、

主人の俺に侍従である己が心配されて気遣われるから。

そのせいで疲れている主人を労るミルクティー1つ、

満足な給仕も要求してて貰えない


玄武から見れば、

理不尽以外の何物でもない現状。

そんな侍従としての行動を縛った上での俺の指示なのだから、

これ以上の理不尽を強いることはしたくない。







「貴台自ら給湯室に足を運ばれる道理はありませんし、

そして川獺に関しても取り急ぎお気に為さる事項はあり等いたしません。

あれは…罰であるにも関わらず、川獺は貴台の恩威を既に過分に頂いている身です」



…その気持ちがなければ


こうして、

再三に渡る…俺の意思に従わない言質を水に流して聞き流すこともない




「…俺の考えが汲めない玄武ではない筈だ。

何も正しさは常に普遍ではない…それは傍仕えとして侍従の規範に反した行為にしても、同じこと」



折れろと、

飲み込めと説得に言葉を重ねることも、

玄武の矜持が許さないとしても譲歩してくれと言いはしない。





「侍従規範に反したことが、常に誤りとは限らない。

状況が変われば、主人の意向があれば誤りも正しくもなるのだから…と貴台は仰られるのですか…

そして意向に従って行動することも、傍仕えとして後ろめたいとこではないと?」



その通り

至らない給仕であろうと、

そぐわない身形で仕事をしようとも…

それが規範から逸れたとしても、相対的に侍従として至らないことにはならない。




俺が望むなら、

規範に反したことでも正しくなる…


立場や力を使ってまで望みはしない、

そして玄武の考えや気持ちを否定してまで烏を白と言い切ることもないが

俺が今本気で欲しているのはミルクティーや規定通りの侍従の振る舞いではない。




やはり分かってるじゃないか…



「…心配せずとも机に向かわないし読書もしない。

こうしてベッドで楽にして待っているから行きなさい」


「其れについては懸命な御判断でありますが、

貴台が心配なさるような問題は「それを確認するために様子を見てこいと言っている」…」



「貴台が湯浴みされる前、扉越しに確認しました…ですのでご心配には及びません」



この頑固な傍仕えは漸く…

俺の意向にしたがって、

満足な給仕をさせて貰えないことは納得したらしい。




だが川獺の件は別だと、

語気を強めた俺の言葉ですらもはね除けやがった…


様子を見てくる間、俺を余計に待たせること。

その報告をするために、

俺が休む…横になる時間が先延ばしになることを忌諱しているのだろう




「悪いがこれ以上は…」


「…っ、貴台」



玄武の俺の身を案じる気持ちは汲んでやりたい

だからこそ最大限、

この傍仕えからの諫言や異論も受け入れてやった。




だが、

川獺に関する俺の責任は放棄できない。


絆されて、川獺の様子を見なくて良い等と…

玄武の俺に対する配慮を汲んで己の身を優先する理由にはならない


立場や命令をしてでも、

玄武を動かさなければならない事だからだ




「心配からでなくとも、川獺は俺の侍従だ…立場上管理の義務がある。

声だけで判断するのは不十分だ。ちゃんと目で確認してこい」


「…畏まりました」



不満、

不服…異論、提言


それらを飲み込むためだろう… 

奥歯を噛み締めるようにして、承ったと言った


そんな目の前の玄武の有り様に、

我慢することなく溜め息をついたのだった…










「失礼します、貴台」


「…ん」



もう朝か、

学園に行く支度をしなければと起き上がろうとすればそれを留められる


どうしたのかと思えば、

目覚めの珈琲の香りは部屋に充満していない

玄武も、

侍従服姿ではなく着流し姿



そうか、

先程玄武に白湯と川獺の様子を見てくる様に頼んだったと…

それを待っていたのだと頭が覚醒していく。


俺は川獺の様子を見に行けと指示して…

それから退室していく玄武を見てから、

ヘッドサイドに持たれていた身体を横たえた。


掛布をしっかりと被り、

柔らかな枕に頭を沈ませて待っている内に微睡んでいたらしい



「起きて居られますか?」


「ああ…」



目をしばたいて、

意識を覚醒させていくと玄武が俺の身体を起き上がらせてくれる


何故そんなことをするのかと、

そう疑問を玄武に向かって口にしようとして辞める。


そういえば白湯をたのんだんだったと、

それを飲ませるためにだと、思い至ったからだ




「報告…川獺は?」


「…先ずは白湯を御飲みになってください」



目も頭も覚醒した


ならば早速報告を聞こうと、

口を開けば先ずは白湯を飲み終えてからだと釘を刺され…

目の前に差し出された白湯


飲みながらで良いと、

玄武に異を唱えようとして言葉に詰まる



「っ、分かった…それ、まだ大事に使っていたのか」




目に映った白湯の入れ物


深緑で重厚…俺好みのその織部焼の湯呑みは…

玄武の私物のそれに、見覚えがあったからだ



懐かしい…な

玄武にあげようと選ぶ時に、苦心した記憶がある



その記憶に、

川獺の報告に際して切り替えていた姿勢を忘れ…ふわりと柔らかなな感情が俺の口元を緩めていく



「ええ、この湯呑みは…これまで貴台から頂いた中でも特に大事な物の一つです。

作りも良く、良い品ではありますが…今の貴台には重くて手首の負担になります。許されるのであれば…お手伝いさせて頂きます」



やはり、

気付いているのか…

それとなく匂わせるだけに留められる言葉に苦笑する。


手首の負担は、

今は左だけにとどまらない。

利き手である右も痛むのは、

先程玄武の背中に…手加減なく鞭を振り下ろした代償だ


握力も完全に戻っているとは言えない

そんな状態で重い織部焼の湯呑みは俺には落とさずにいられるかと、

そして大切にしている物であると言われれば…


俺の安いプライドや自尊心など、

その前では不要になる




「間違って割ってはいけないからな…

飲ませてくれるか」


「畏まりました」



玄武は狡い

俺が玄武が大切にしている物を破損させる行動は慎むと分かっていて、

あえて言ったのだ。


その証拠に…

俺の返答に満足げな、少し危険な光が混じる笑みを浮かべていくのも…

薄く細められた眼に、

先程の俺に対する意匠返しの意思を感じながらも遺憾に思わない



前提として玄武には俺の身体を労る気持ちがあるから、

だから…仕方ないと思えるのだ


その思考も、

折り込みこんな不遜な表情を…俺の眼下にわざと晒しているのだから


…指摘するだけ負け戦になる。




「はぁ…」


「如何しました?」


俺に近づく玄武に、

留めた筈の溜め息が漏れ…異論があるのかと聞かれる


言葉自体は丁寧でも、

それが表す玄武の意図は明らかだ…



「…飲ませろ」


「御意」



こういう時は、玄武の好きにさせたほうが痛手を被らない

そんな傍仕えによって、

口元に運ばれる湯呑み…諦め混じりに、薄く唇を開いて口付ければ


更に玄武の笑みは深まっていく気配がする…


物言いたげな視線に気付きながらも、

口が利けないことを良いことに断行される…

ゆっくり、

俺の飲み下す速度に合わせて湯呑みは傾けられていく




まあ、

色々言いたくもなるが玄武が俺を蔑ろにしているわけでないと分かっているからな。

こういうところは流石…

白湯といっても、

ごくごくと飲めるような適温にしてくれている様だった







「…御代わりは御用意致しますか?」


「今は不要だ…」


一息に飲み終えれば、

否、飲み終わらせられれば…


呼吸を整える俺を傍目に…あえて間髪入れずに御代わりはとこの傍仕えは聞く



「御満足頂けたようで安心しました」


「…お前の気が済んだならそれでいい。

で、川獺は?」



あっけらかんと…


意地の悪い奴だと少し睨んでから…

俺への気が済んだなら要件を聞くぞと意思を示せば、

流石の玄武も心得ている。


私的な感情を内に収め、

真面目な傍仕えの顔に変化させていく





「昨晩からは膝を抱え、部屋の隅で蹲っていました。

そのまま寝てしまったようではありますが、睡眠と体調に影響は御座いません」



「…食事は?」

「朝昼夕共に食事も問題なく食べておりました」



俺も玄武に合わせるように、表情を切り換えて報告を聞く


何かあっては困る

禁足させている間は、川獺の意思や自由な行動は認められない。

完全に俺の管理下に置いているからだ、

だからこそその川獺の身に何かあれば俺にその全責任を負う必要がある




まあ、

厳密に言えば川獺は俺の侍従ではないし

俺の担当侍従、父上がそう命じているから俺に侍ってくれている形になる。

当主である父上の侍従の一人、

そして川獺に何かあれば責任を取るのは実際、俺ではなく父上となるのだが…




それを言い訳に責任放棄はしたくはない

そして、何かあればなんて事は絶対に無いようにする


川獺が俺の担当になりたいと、

そして世話をしていてくれることを知っているから。

俺はそれに応えるだけの、仮の主人で足り得なければいけないから




「そうか、だが一昨日はベットで寝ていたのではなかったのか?」


「はい、しかし川獺も思うところがあったのでしょう。

…夕食後には床に膝をついておりましたし、今も頭を垂れてその姿勢を保っておりました」




はて…?


ぬくぬくと、

拗ねてベットに潜り込んでいるのではなかったか?


昨晩様子を聞いた時には、

川獺は反省の色1つ見せていないと…そう確か玄武は怒っていた。




それが一転して、

罰を受け入れる姿勢を保っていると来た


何があったのか、

何となくは察しがつくが…



「それで川獺が反省したと、お前は見るのか?」


「貴台の御命令に背いた事に関しては、深く反省していると言っておりましたが…それでは不十分でしょう」



やはりな、

正座の1つでもするのが最低限

そんな玄武からみればまだまだ許すには至らない基準だと、


そして反省するにしても、

命令違反に関してだけでは…





「まあ、玄武なら反省が足りないと見なすだろうな…」


「左様に御座います」



当然。

そんな声が聞こえてくるように断言する玄武の表情は固い


慈悲や甘さを

俺が川獺にあげることがないように、喚起させるためだろう…

主人としての立場を示せ、

舐められることが無き様にして下さいと言っているのだ



…先程、

散々俺を翻弄してくれた当人がそれを言うのかと

少々説得力にかけるなと思いながらも茶化すことはしない。



川獺には今、罰を下しているのだ。

先程俺が玄武を許した状況とは違う、

雑談の体裁もない上で過ぎた諫言を…情で看過する場面でないことは百も承知


川獺に甘くするな、

過ぎた情に絆されて判断を見誤るなと…

真面目に、

玄武がそう俺に忠告していることを知っている




「だが…川獺がそれだけでも反省出来れば俺は十分だ。

で、仕向けたな?」


「川獺が知りたがっていた情報を、

不肖が口を滑らせて提供してしまいました…申し訳ありません」



「お前が口を滑らせる事などない、謝る必要も…俺が許可すると察していて行動したことも分かっている。

どうせ川獺が反省出来るように誘導したんだろう…お前も大概丸くなったな」


「貴台が望まなければ、致しません」




望んだところで、

一昔前の玄武なら許さなかった。

己の身への酌量を毛嫌いした…

他への情状酌量等あってはならないと頑なに否定してきた




ましてや俺が川獺を許すレベルにまで、

川獺を誘導する等…


そんな反省を促すための何かを、

川獺が望んだからと言って…俺の許可無く故意的に口を滑らせることもしなかっただろうに



優しくなったね、

玄武




「…そういうところだよ、

だって玄武は川獺が豪華な食事する事や甘い対応に反感は抱かなかった」




「禁足を受けている侍従に過ぎた扱いはお辞めくださいと、

不肖は何度も諫言致しましたが…」


「それはそれ。

玄武は川獺との扱いの差を不満に思わないよねって話だよ…

昔と違って玄武が不要な遠慮も己を卑下することもなくなったにも拘らず嫉妬しないのはどうして?」


「…お忘れかと思いますが、

川獺と不肖の役割は異なります」




川獺を許す方向性は決まっている、

そう論点を少しずらすことで玄武に示せば物言いたげな目を閉じ…

そのずらされた話に乗ってくる俺の傍仕え


その俺の判断が甘くても、

甘過ぎることはないと考えたのだろう。



「川獺は侍従ではあるが、兄弟のように共に育て?

そう仰った父上の意向がある…から、か」


「…それもありますが、貴台にとって川獺は大事な侍従であるからです。ですから貴台が主人として過度な優遇や差別化をされないのであれば、忠告は致しません…まして嫉妬等致しませんよ?」





「何故嫉妬しないの?」


「求められる事柄が違うからです、

…その証拠に烏に嫉妬はしております」


「ふーん?」


「何か…不肖の返答に御不満がありましたでしょうか?」


「む…諫言はするじゃない」

「指摘した上で、貴台が良いと思われるのであればその決定に不肖は従うのみです」


「…忠告は?」





「目をつぶるには逸脱した判断と行動をとられるのであれば、

貴台の為になりません。主従の一線を越えても止めて差し上げます」



そう、

川獺に俺が甘いのは…

侍従と仕える相手の関係があろうとも、

その枠を逸脱して兄弟のように過ごした時期があるから


その事を踏まえて、

玄武は俺が川獺を今回許すと決めたことに…

甘くても、

不適切であろうとも


許容範囲であると見なし、目を瞑ると判断したのか?



それにしても…

好戦的だな





「…玄武?」



「失礼しました…ですが何故、その様な目で見られるのですか?」


「あー、ちょっと殺気?みたいなの向けられたから?」



一言言えば、

そんな圧力も霧散する…


気に障った訳でもない、むしろ好ましいとワクワクしていたのに残念


いつもと少し違った圧力

着流し姿に、

似合う風格と気配に近いものを感じたのに…




「何を期待されているのか分かりたくもありませんが、その程度で殺気とは呼びません。

…貴台を守るために敵に向けるのであれば、侍従服に身を包もうがこの格好であろうと本領を発揮します…が、貴台の御命令であろうとそれを御身に向けはしません」



「違う…少し玄武らしいなって…

優しくて、爪を隠した玄武も好きだけど…だって止めてくれるって…額面以上に覚悟があったし、侍従としての言葉じゃなかった。

だから、嬉しかっただけ…後、あんな殺気向けられたら俺色んな意味で泣くよ?」




「…でしょうね」



少し遠い目をした玄武が、

俺と同じことを考えていることは分かる。

俺が拐われて助けに来た時、

相手に向けた殺気は生半可なものではなかった…


これが本来のスパイとしての玄武なのだと、

その鱗片を見ることが出来た唯一の機会


あの時、

そんな殺気に恐れは微塵も感じなかった…

俺を守る為に発せられている物だと、

その禍々しい物が向けられているのは誘拐犯達だと認識できていたからだ




侍従として、

玄武が俺を嗜める際に感じる気とは別物

あんなのは幼児向けであると思う程に、あの時の玄武の気は凄まじかった。


万が一今後…

それが、

俺に向けられることがあれば…

 





「身の危険はバシバシ感じそうだ…怖いなあ」



「っ…」



俺が何となく言った言葉に…

玄武は悲しそうに顔を歪め、俺の傍に立って控えていた姿勢を崩していく。


少し俺から下がって、

片膝を折って跪く…頭も下げて急所を晒す、

俺に首筋を見せているのだ。



反意は、

その意思はないと示す…

その行き過ぎた玄武の行動に、俺は眉を潜める




「…不肖が貴台を裏切ると、そう思っておられるのですか?」


「いや、全く?」


「ならば何故、そのような事を考えられるのでしょう」




その様なこと、ね…


玄武に脅威を感じているわけではない、

反意があると危惧しているからそんな考えが生まれるのではない



玄武から殺気が向けられる理由、

それは裏切るからではなく…多分俺を止める最終手段として用いられると思うから





「命の危機を感じて、恐怖を感じるのは予想がつく。

だけどまあ…それは置いといても、凄く怖いだろうな…だってそれ、最終勧告も終わって玄武に俺が見切られたって証拠でしょ?」



「では貴台に向けることはありませんね。

ですが、もしそうなったとしても…貴台は不肖相手に命乞いすら為さらないと?」



「んー、今後俺が道を踏み外さないかは分からないし、命乞いもしてしまうかもしれないね。だけど、分かることは一つだけある」


「…不肖を排除されるのですね」



馬鹿を言うな…

己の身の可愛さからそんなことをするとでも?


救いようがないと見切られて、

それでも俺がそれ以上恥を晒すことを阻止するために行動してくれる玄武を…

排除するわけがない



いくら道を踏み外そうと…

理性や判断が、それを止める筈だ。

そんなことですら…思考できなくなるまで落ちぶれる事はきっと無い




「いや、例え将来…俺が玄武より強くなって、それが可能になったとしても排除はしない。

多分ね…どんなに下道に落ちたとしても、最後は命が惜しいからじゃなくて俺は玄武に認められる人でありたいと願う。

手に掛けられる事を望む…人としての心が少しでも残っていたらそうすると思うよ?」





「残っておられなければ、どうなさると?」


「玄武を殺そうとするか、

敵わなければ命乞いをすると思う…そんな風になったら遠慮なく玄武の手に掛けてね?」



どんな顔をしているのか、

その伏せた頭では俺の位置からは表情1つ窺えない


だけど、

きっと俺から見えないことを良いことに…

こんなことを俺が憚り無く言えば、眉を上げるだけで収まらずに

怒る事くらい容易に想像出来る…




「お前を…俺に殺せと、そう言うのか」




「玄武?」


「…そんなことは許さない」


あれま…

侍従の身であることを忘れたらしい。

怒る事は予想していたが、

諫めるのではなくそのままぶつけてきた…


何とか一線は越えずに抑えているものの、

これはどう見ても俺の傍仕えの玄武じゃない




下げていた顔も跳ねあげ、取っていた距離も縮め…

そして片膝も腰を上げることで既に床には付いていない。

そう、

玄武は…俺の胸倉に手を伸ばして襟袖を掴んでいるのだ


主人としてではなく…

単に俺を人として見て、怒っているんだね…





「…玄武、聞こえてる?」


「は…申し訳ありません」


対等な人間として、

玄武は俺の言葉に怒った


それに関して俺は何も咎めはしない…寧ろ嬉しいとさえ感じたのだから…

今度こそ声が届いた、


そして己の振る舞いに…

冷静さを直ぐに取り戻した玄武は侍従として謝罪をする。

そしてそれに相応しい姿勢を、

握りしめていた俺の襟の皺を丁寧に直してから

今度は両膝をついて…居直ろうとする、そんな玄武を止めるために…



今度は俺がその黒い着流しの襟を左手で軽く握る




「何故謝る?」


「はい?

…何を仰いますか、不肖は貴台に手を上げたのですよ?」



軽く握るその手を

玄武は払うことなく、

目を見開いて耳を疑う反応を見せていく…



信じがたい、

気でも狂ったのかと…

玄武は俺にたいして思っているのかもしれないが





俺としては全く気にしていないのだから、

玄武に俺は膝をつかせなどしない


侍従としての謝罪も要らない





「今は"人"と"人"との会話。

不肖も貴台もない、当然侍従も主人も居なかった…二人の人間による、取り留めもない雑談だったよね?」


「…何を」



「多少言葉が崩れても気にしない…だって思った通り、玄武は俺を一人の人間として認めてくれていたし

だからこそ…こうして怒ってくれているんだろ?

ならば、見限る権利もある…そこまで堕ちきったなら止めてくれ、見損なったと怒った玄武に殺された方が俺は幸せだよ」




「…貴方らしいですね、本当に。

そしてそんな人柄に心酔した当時の判断はやはり間違っていなかった」


「そんな大層な人間じゃないけどね…」


「不肖こそ、

…貴台にそこまで言って頂けるに足る人間では御座いませんよ」


「謙遜は要らないよ」


「貴台…」



お互いにお互いを誉めそやす

否定しながらも、満更ではないと俺も玄武もニヤリと口を歪ませていく

その表情は、

きっと貴族子息ではないし…目の前にもそれに仕える傍仕えの面影はない


旧知の仲、

そんな間柄で互いを認め合う表情だ




そして暫くすれば…目の前からは膝をつく気配は消える。

それを確認しても

玄武から手を離そうとしなければ…




「離して頂けますか?」


遂に視線だけでなく、口にまでしやがった…

侍従であれば不遜どころじゃないと知りつつ、まだ侍従ではないから許されるだろうとでも思っているのだろう



大した力を込めてもいなかった、

先程浴場で巻かれた包帯が見えるその左手をスルリと掛布の上に落としていく


多分…玄武が微動だにしなかったのも、

襟から外そうとしなかったのも…きっとこの手首をおもんばかってのことだったと気付く





「…まあいいけど、

後少しそれ飲んでいい?」


「はい」


これだけ喋れば、

一気飲みした先程の白湯も役目を終えている


そもそも少し怖かった、

玄武に胸倉を掴まれて…その上対等な人間として言い合う羽目になった

虚勢も張ったし…

かなりの背伸びと、無理をしなければならなかった




何で早く休むつもりがこんなことになっているのか…


目についていた水を満たしたピッチャーを流し目で示せば、

玄武は先程の湯呑みに半分程注ぐ


…そして今度はゆっくりと、

何回かに分けて水を含ませてくれた



「玄武…明後日の朝になったら川獺に俺が許したって禁足の終わりを伝えてあげてくれ。

あ、水分不足になってるだろうから…引き続き玄武の私物を使わせて悪いけど、この後にでも川獺にそのピッチャーに水入れて持っていってくれるかな?」


「畏まりました」


「…玄武はそれでも川獺の罰が足らないと見なす?

俺としては許すのは今でも良いんだけど…玄武の手前、流石に甘いと考え直した」



「ええ…まだ甘いです」


「駄目か、ならその不平等を是正するには…杖でも打つか?」


「今の川獺には得策では無いでしょう…

ただでさえ今回、初めて貴台に禁足を賜ったのですから…既に負担は大きい筈です」


「ならどうしろって?

既に川獺にとっては負担が大きいその禁足期間も1日伸ばした、

それでも甘いという…杖でなければ鞭で打ち据えるほうが得策とでも言うのか?」



理解出来ない、

甘いと言うから禁足期間を1日伸ばした。


だが、玄武はそれではまだ甘いと言う一方で…

既に川獺にとっては相当の負担である禁足を1日伸ばしたのだから限界でもあると言う。


杖で打ち据えるのは、

更に負担が大きく不適切であると…?

…定石では罰としては軽いそれですら重いと。




「いえ。不肖であれば明日から復帰を、

…貴台の御朝食の用意から通常通り業務に当たらせます」



「…怖いね、玄武は。

身体は十分働くに支障がない状態だから、1日休ませることもない。

そしてその意図は…主人の俺のメニューが簡素であることを、常食に戻りきっていない事に気付かせるつもり?」


「はい」





成る程、

体罰は止めろと…

するのであれば禁足同様、

罰を精神的な物に統一しろと言いたかったのか


だが、玄武のその考えは酷烈だ

ただでさえ禁足で精神的に追い込んでいるのを、

更に詰る事になる。



「…そんなことをして川獺の食が細ったらどう責任とるの?

禁足中であるにも関わらずあれだけ豪華な食事にありつきながら、その指示した主人がそれに満たなければ気に病むでしょ?」


「食が細くなることはのぞみませんが…それが目的です」



玄武は、

川獺が身体的な痛みより精神的な痛みに耐性があると見出だしたらしい


だけど、

もしその推察が正しかったとしても

俺は玄武のこの提案を採用する事はない。



「勿論、これだって玄武なら耐えられるんだろうけど…

でも…川獺にはそれこそ、杖よりまだ早い仕打ちじゃないの?

禁足されてるのに、横になって寝たことも咎められず…その上豪華な3食を食べるのですら気が引けて気に病んでる。

それだけで精神的な負担は既に大きいんだろうって玄武も言ったよね?」


「はい、しかし耐えられると不肖は考えます」




「あのね…玄武が口を滑らせたことで得た情報で反省したんでしょ?

明日、そんな光景を実際目の当たりにしたとしても…後悔から川獺は気丈に振る舞うし仕事もする。

…そして割り当てられた食事なら、無理矢理にでも食べるだろうね。

そう言った観点から見れば、玄武の耐えられるって意見もある程度俺も認める」



初めての罰で、

川獺にとってかなり負担が大きくてもだ。


それでも命令違反の罰としては甘い、

それに…川獺はまだ耐えられる。

限界や上限に達していないことは俺も分かっている…



痛みに強い玄武から見れば、

川獺が痛みに耐性がないと判断したことも…

追加するならば精神的な罰を提案してきたことも、理解出来なくはない



…が




「でしたら…」


「話は終わってないよ。

けど…俺の言いたいことは其れじゃない、禁足を解くってことは…つまり罰の終わりを意味するよね?

…許された後でそれを故意に見せる事は川獺から見れば制裁以外の何物でもないだろう。

そんなのはもはや罰ですらない…川獺のためにならない提案をする、玄武の意見は聞き入れる気にもならないな」



「…出過ぎた真似を致しました」



成る程、

出過ぎた真似ね…

制裁になると知った上で提案したのか


優しくなったなんて、

やはり思い違いだった。

俺の甘い処断に、最近は一定の理解を示してきたことから俺がそう勘違いしただけだった

玄武が本来考える罰は、

酷烈なのは変わらなかったのだ…


そしてその一端を俺に担わせる事をしようとした、

玄武個人の罰への考えを否定するつもりはないがこれとそれとは別問題。

許す気はない、

そしてそれに関して…此方にも考えはあるにはある。



俺にどんなことをさせるつもりだったか、

その罰は重くする。

玄武に受けさせて悔い改めさせ、今後そんな気を起こさせはしないように…甘い譲歩などしない


気付かなければ、

俺はまんまと玄武の口車に乗せられ…川獺に不本意な苦渋を舐めさせることになったのだから




「玄武に考慮して杖を打ってやることも考えたけど…それはやめる。

だが、処断が甘いと俺自身が認めた事に変わりはない

…川獺の明日1日の禁足延長の決定は変更しない、これで納得出来るな?」



「…御心のままに」



少し疑問符を浮かべる玄武

俺が怒っていないのかと、不思議に思ったからだろう

姿勢を変えることもなく返事をする



「それと…俺が許したその後、更に責め立てることや罰を与えることはない。

俺の来週からの食事は常食にしろ」


「状況次第では出来かねます」



明日を過ぎれば、休日に入る

禁足が解けたとしても…

その休日に川獺や玄武が俺の食事や世話をすることはない


俺が殿下の侍従として、

部屋を空けるから…玄武によって胃に優しい食事が給仕されることも、それを川獺が見る可能性もない


問題となるのは、休日の後

だからこそ来週からは常食にしろと、あえて指示をしたのだ…が



やはり、

抵抗するらしい…




「玄武…聞き入れろ」


これは、

ただの食事の指示ではない。


罰だと言葉にはしないが、

玄武にとっては相当の罰になるだろうことを、

俺は知っている。

今ある傷や疲れは明日にでも取れる…

だからと言って休日明けの来週、俺が元気であるかと言えばその可能性は低い。



浴場やジルコンの部屋で察していたであろう…

殿下に対する俺の態度、

違和感のあるアコヤさんの俺への視線


それから考えれば、

休日の2日間…何事もない可能性はないと、

来週は俺の体調を考えて粥でも食べさせようとしていたのにと、

そんな考えは読めていたのだ。


普段なら玄武に配慮して、

その心配を汲んでやりもするが…今回はしてやらない。


「不肖の…侍従としての意見は、

聞き入れて頂けないと言うことでしょうか」



雲行きが怪しい、

流石の玄武もそれに感付いた。


声を荒げることもなく怒りの感情も示していない、

罰を与えるとも言っていない

それでも俺がどんな意図で、

単に気まぐれで常食にしろと言ったわけではないことに…



「なあ玄武…何なら食堂で摂っても、俺は一向に構わないんだ」


「…貴台、それだけはお許しを」


ゾッとする…

それが意味する事に重い至った玄武は、

先程俺は阻止した姿勢を取る


両膝をついて乞うている…

それをただ見れば、それでも足りないと思ったのか玄武は平伏までしていく


そんなことを俺は求めてないし

そもそも体裁としては、これは罰じゃない。

罰として責め立てれるならば、

これが甘露に思える程の…更に酷い沙汰を下さないといけなくなるから…




「何してるの」


「お怒りはごもっとも、不肖はどんな罰でも受ける所存です。 

ですが、罰であろうと貴台の体調を損なう様な事はお許し願えないでしょうか…」



「不愉快だから立って。

何を勘違いしてるのか知らないけど、玄武が俺に許しを乞うことなんて無い、

俺はただ来週からの食事の話をしてるだけだ」



「…っ」



まあ、

甘さは残している。

常食の範囲内では玄武に献立の余地を残してやっている、

病人食の粥や

精進料理でなくとも、俺の体調を考えて用意することは出来るだろう


対して、食堂で摂ることは…

最低限であろうとも、俺の必要な世話を焼けなくなると言うこと。

甘さが要らないと言うのであれば、

完全に玄武を突き放して食事の世話すらさせはしない。

もし俺が疲弊していて、

工夫もない常食を口にすることが困難であれば…

それは必要な世話を、

玄武にさせない事になる…

つまり侍従として見なさない、扱わない行為になる。


何よりの精神的な罰になるだろう

  


「…で、どうしたい?」


決定は覆らない、

罰であることは確かであるのにも関わらず俺はとりあわない

そして謝罪も許しを乞うことも許可されない。

玄武から見れば、

とりつく島もないこの状況は辛いだろうな…


立ちあがった玄武は、

頭を下げることも不要だと理解している

そして俺の視界に映るその顔は、

すっかりと血の気が引いて青ざめた…無惨なものだ




甘さが要らないのであれば、

それでも俺はいい。

選ぶのは玄武だし、

厳しい物になったとしても…手加減なく執り行う意思がある。

あの玄武の提案には、

川獺を罰するために…俺を欺く意図があった。

なかったとは到底思えないからな


だからこそ、

俺は無情だろうと今回の件に僅かな余地は与えたが…酌量は用意していない




「常食を、御用意させて頂きます…」


「そ、美味しいのを宜しくね?」


「はっ…」



さて、

一応これで川獺の処断についての玄武への考慮と、罰は終えられたか…

一礼した後、

その顔を上げる気力もないのだろう。

そのままの姿勢から動くことも叶わなくなった傍仕えを見て…小さく息を吐いた







「ねえ、話は変わるけど。

玄武は明日1日、俺の手当てが快く受けられるね?」


「はい」



「玄武…俺は"話は変わるけど"って言ったんだよ?」


「先程の件でないのであれば…」




「…馬車の鞭を打って上げた罰だね」


「お許しになられたと…

手当てを受け入れることは不肖にとっては罰、

いえ…貴台が仰られた事を鑑みれば、罰ではなく制裁になるのでは?」




罰が終われば、

その後それを問うことをしない。

川獺の件にはそう言ったにも関わらず…と、

異論も提言もしたくなるだろうね?


だって、

玄武への罰も鞭を打って手当てをして…着流しを着させたことで終わった筈だから。

だけど…そうしてやりたいのは山々だけど、

できない理由がある


玄武の傷の経過を、

当人以外の口や目から…俺は知る必要があるから…

川獺と同じ、

玄武だって俺が責任を持つ侍従の一人だ。





「継続してるけど?」


「…はい?」



…だから玄武自身に処置させて報告をさせることは出来ない


当に許していたとしても、

川獺が禁足の今…罰だという体裁がなければ俺は玄武の手当てや傷を見ることが叶わない






「あー、もう良いよって言ったのは言ったよ?

でもそれは謝罪も反論も自由に言って良いし、動いて良いってだけの話。

玄武の感謝にもどうしたしましてって言ったけど…間違っても終わりだとか、許したなんて言ってない。これで…筋は通るね?」



「…罰の途中ならば、先程の崩れた口調は雑談等で許される余地はないではありませんか」



全くもって、

痛いところを突いてくるよな…



俺が与える罰の途中で、

玄武が己の考え等示す資格はないのだ。

…諫言や提言等利くことは許されないのではないかと玄武は指摘する

つまり、

罰はもう終わっていると察しているし、

俺もそう振る舞っていたではないかと…





そしてそれでも俺が最中であると言い張るならば、

体裁としてもあまりにも御粗末だとも


…そんな感情、

俺を少し非難する色も声には滲んでいる




「聞こえない。

罰の最中で玄武が雑談したことも、

失言したことも…都合の悪い事象は全て俺の記憶にない。

追加の罰等したくはない、かつ玄武が嫌がろうと手当ては受け入れさせ為にこの詭弁は通るようにする…許すとは今と言えないからね?」



「貴台…」


「だって玄武の手当てはしないといけないから…だから罰の途中である体裁は解かない。

記憶にあるだろうと俺を認めさせるなら…玄武の望む選択肢は無くなるね…

罰が終わったと勘違いしたことも、

反省が足りていないのも…

俺が罰として強要した雑談の最中に、何度か俺の機嫌を損ねた事もどれも責め立ててあげよう。

そうなれば、俺は日が変わろうと…何時になっても身体を休めることができない、それを望むならそれでも良いよ?」



「…そんな御無体な話がありますか?」



先程は立場も力も振るいたくないと考えていた、

理不尽なことも、

烏を白にすることもしないと…そんな気持ちに変わりはない。


同じ理不尽でも、

先程とは別だ…


玄武を必要以上に罰しないための方便だから、

不都合なことは無かったことにして…玄武が形だけでも納得できるように筋を通す



「何が無体だ…

で、俺にはそんな記憶があるのか?」

  

「…不肖の記憶、違いでした」




ほらね、

記憶があると言い張れば…

そんな無体な話があるかと再び口にすれば、俺がまた身体を張らざる負えなくなる。

ベッドにこうして留まることもないと、

玄武としては俺に休んで欲しいという希望が叶わなくなるから…



そんなことは無かったと、

玄武は自身が勘違いしていたと…無理矢理納得して見せたのだ





…まあ、

実際はどう見ても納得していないのだけれど



「…だから我慢してねって、俺は言ったんだよ?

俺の信頼する傍仕えなら、それくらい耐えられるって信じてるけど…もしかして俺の過分な評価だった?」


「いえ…有り難く手当ては受けます」


「明後日に川獺が復帰したら、許すから…そんなに怒らないで。

…川獺に手当てして貰ってね?」


「畏まりました」






「そ、ならもう寝ようかな…もう辞して良いよ?」


「それにつきましては…貴台、条件が御座います」



部屋を辞すに際しての条件?


掛布に潜ろうと、

起こしていた上半身をベッドに滑り込ませようとしていた時だ。

変な事を言い出すものだと…

視線を玄武の方にやれば、

先程までの面影はすっかりなくなっていた


不満げではなく、

寧ろ何か俺が何か悪いことをしたみたいに…

叱る一歩手前の雰囲気すらする



「…ん?」


「いつ言ってくださるかと御待ちしておりましたが…右手の筋を痛めましたね?

…出してください」



あ…

もしかしたら玄武は気付いているかもしれないと、

そう思った時から、いろいろと話し込んだ。


だから

あわよくば忘れ去ってくれているものだと信じていたのに…

俺に向けて掛布から右手を出すように催促する、

その玄武の大きな手が俺の方に差し出されている





「まだ許してないのに、手当てさせると思う?」


「詭弁だと認めましたね、本来とうに貴台は不肖を許されている筈です…

そして、明日不肖を手当てすることを受け入れること、そして今から部屋を辞す条件は

…貴台の治療です。

そして貴台がお休みになるのも…それが終わってからで宜しいですね?」



「玄武、何故俺が今でも着替えを許してないか分かるか?」



その差し出されている手を、

ただ見ながら俺は手を出す気配も見せない

そもそもこれは玄武を罰する最中に生じたもの…

痛めていることに気付いたとしても、玄武に手当てをさせる気はなかった



放置する気はない…

治療は明日にでも、

オニキスに頼み込もうと思っていたのだが




「罰が継続している体裁を保つ為と、今では理解をしております」


「なら治療は不要だ」




俺はベッドに入って座っているが

まだ、羽織を脱いだままの着物姿

普通なら玄武がそれを許す事はないが、

何も言わず看過しているのは俺が着替えをさせなかったことが念頭にあるだろう



此処まで言えば、

何も言えまい…そう思って玄武に背を向けようと寝返りを打とうとした


それを、

軽く肩を押さえられて留められる



「…貴台は主従の垣根を踏み越えて侍従の心配をされます。

先程も、不肖の過ぎた言動や行動にも不快を示す処かお喜びになられたことは…

"俺"が一人の人間として貴台の前に立つことを許されていると判断するに足る事象でした。

貴台…不肖がこの一時、"貴方"を案じて治療させて頂ける理屈になりますか?」



「…理屈は理屈でも屁理屈だ」


「貴台、それは許可と受け取っても宜しいのでしょうか?」


「ちっ、わかって聞くんだから始末が悪い…

そもそもさっきから疑問符が疑問文にさせてないんだよ」



「では…テーピングして、冷やしますので。

…これでも待ったのです」


「分かった…」



何のつもりか、

そう思って聞いていれば玄武らしくない暴論で畳み掛けてくる


諦めが悪いと…

聞き流そうとしたが、

とても出来る内容ではなく…



仕方なく、

掛布から右手をゆっくりと出してやったのだった






「…」


「…」



…先程俺が玄武の背中を手当てした、

その救急箱は片さずにテーブルの上にそのままにしていたんだったか


俺の手首の状態をを少し見た後に、

必要なものを取りに行って帰ってくる間が殆ど無かった

そして、

手当てし始めた今…何故か玄武はずっと無言だ…




「…」


「酷い…?」


「…申し訳ありません」


筋を痛めた自覚はある…

それでも軽症だと、

そう思っていたのだがどうやら違うらしい。



患部を冷やすと言われたことと、

今…緩くテーピングがされていること…

そして無言で処置をしている玄武の様子をを鑑みれば、


少なくとも腫れはある、

筋を少し痛めた程度でないことは嫌でも理解できていたものの…




「そう、明日中には取れないんだね」


「不肖の不徳が「あのね、俺は玄武に気にする権利は与えないよ、責任も譲らない。俺が俺の意志でしたことだ…たとえ、これでマルコに見咎められてもお前のせいじゃないし、玄武に領分を弁えろとしか言わない」…ですが」



俺の体調や、傷を気にしていた殿下が

これを見咎めれば…

そんな懸念を示した玄武に心配するなと言うしかない


これ以上は越権と、

そう示しても言い淀む様子に…仕方なく頭に浮かんだ格言でも説得に利用しようかと思い付く






「なら引用しようか…

昔の…ある和の平民の格言だ。躾のために親が手を上げるなら、素手のまま平手で打て。

その理由はなんだと思う?」


「子の…安全のためでしょう」




「まあ。それもあるけど…不正解。

この格言では子が感じているように、親の打つ手も痛むようにだよ」


「…その心は」



何故躾る側の親が、

痛みを態々感じる必要性があるのかと

子の安全性の為もあるが、

それは格言としては不正解であるならば何のためであるか…


全く、

玄武には思い付かないようだ



「それによって子の気持ちに親身になること、寄り添って理解することが出来る。


その人は…子を正しく理解してやれず導けなかったらしい。

終いには最終手段で手を上げざる負えなくなったが、それでも親は子を責めはしなかった。

責任があるのは親である自身だと感じて、

これでも駄目ならと泣きながらと本気で叩いたそうだ。


そして痛みを与えるなら…

せめて与える側も同じ痛みを感じるべきだと。

そう考えたのは、

最後の最後ですらこうすることでしか対処できない己の力量を嘆き、子に痛みを与えることにせめてもの贖いをって気持ちから…らしいよ。

結果、その親の決死の思いが通じた子は…人徳溢れた地方豪族の長になったってお話だね」



「…それと今回の貴台の手首は、何の関係もありませんよね?」



呆けている様には見えない、

素で分からないのか…


玄武は俺がこの格言を持ち出した意味を図りかねている


確かに格言は親と子

俺と玄武はそうではないし、年齢差も逆だ。


だけど…



「あるよ。

勿論玄武の方が俺より大人だし、俺の子でもない。

けどそれでも引用したのは…打つ側も痛みを伴うのは当然であること、

格言の元になった親の心情だって年端のいかない俺でも、推し測る事はできる。

つまりね…

鞭を振る前から手首が無事で済まないことを、俺は百も承知でした…ってこと」


「…申し訳が立ち「だから、玄武は手首に関しては何も負担に感じることはないよ」…貴台?」




「俺は当然のことを当然に執り行った、その結果なだけ…

玄武が負担に感じるべきなのは…別のところだ」


「…左様で御座いましたか」






「そうだよ。


後…川獺が泣いてるのは、俺のために起こした行動が認められないから。

侍従として当然の事をしただけなのにと…

その一方で、命令違反の観点から考えれば己の行動が間違ったものだと納得も反省も出来る…

だけど、

まだ玄武達のように割りきれない内に、気持ちの面から俺が罰を与えたり鞭打って否定する様な無用な真似を俺はしない

感情を抑えることが時に侍従の立場として必要だとしても…

それが必要だと受け入れることも、抑制することの是非も川獺自身の意志ですべきだ。

玄武の意見が全うなら、例外はみとめるけど…

俺が俺の意思や判断で川獺を鞭打ったり玄武達と同じ扱いをするのはそうなってからと決めている

…人として成熟する前にそこまで求めることがそもそもの間違いだ」



「叩くことも、鞭を振ることも…その格言の意味をなさない相手ならば、貴台はそうなさらないとお考えなのですね」



「ん?」


「…いえ、」


「あー、大体合ってはいる。

例え受け入れることも抑制もしないことを選んでも

俺の侍従としているためには川獺なら仮面を被ることくらい出来るようになるよ?

俺からの罰を覚悟でその選択はするだろうね…」



格言では叩くことが最終手段

まだその段階に川獺はいないし俺が手を痛めるまでは至っていない


禁足にしたのはそんな理由から。

一般的に杖打ちよりも重いそれを川獺に命じたのは、考えさせるためで…

川獺はまだ理不尽なそれを受け入れていないのに、

その反省を強制的に促すための杖打ちなど俺はしない


玄武に甘いと言われても、

川獺の反省は命令違反に対するものだけで良いと判断しているのも

それが理由だ



「…貴台は何故その様な事を考えられるのですか?」


「ん?冗談で言うなら、玄武に甘いって責められたとき用の言い訳」




「真面目に答えるならば、どのようなお考えですか」


「俺が父上や玄武達にそうさせて貰ってるでしょ?

大人の都合上の不条理を押し付けていいのは、それが理解出来てかつ、する側になる大人になってから。

俺も最近まではそうさせてもらっていた…

だから俺も極力…他の人にそれまではそれを押し付けることをしたくはない。したところで良いことはない、歪むだけだ」


俺は…

まだ理解出来ないことを、

反省出来もしないことを…大人の都合で責められた事はない

勝手な言い分で叱られたこともない


だからこそ、

頑固で天邪鬼であろうと

こうして道理を踏まえられる様にはなっていているのだ




川獺も、

俺と同じ年頃だから


辛酸や不条理に溢れた世界に身を置いてきた、

大人じゃない




「…成る程、理解出来た気が致します」



「…そ、なら眠っていい?」



手当てが終わった、

話もこれで済んだと見なせるだろう


そう思って

マットに手をついて掛布に潜ろうとする俺を止める…

負担が掛かると見かねたのだろう玄武は、背中を支えながら横たわせてくれる


そして俺の手を壊れ物でも扱うように…

玄武は掛布の中に入れてくれた後、しっかりと寒くないように掛布をかけてくれた




「処置も終わりましたので…存分にお休み下さい」



「うん…玄武も休んでね?」


「ええ、良い夢路を…」



やっと長い1日が終わる…

柔らかく気持ちの良いベッドの心地に揺蕩いかけながらも


満足したのだろうか…

今度こそ玄武は部屋を辞していくのを見やったのだった


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