赤11
…
…いい加減にして欲しいな
オニキスの怒声は紛れもなく殺気が混じるもの…
目を向けなくてもわかっていたけど、
改めて見てみれば見慣れた俺でも恐怖心が駆られる程
ラピスは疲弊しているし…
カルサイトはそのスイッチが切り替え切れていないのだろう。
怯える事もなく…
オニキスの怒りを真っ正面から受けている上、
受けて立つよとばかりに…カルサイトまで立ち上がってバチバチと火花を散らし始めている
ジルコンはオニキスの迫力と、
カルサイトの行動に呆気にとられている…
マルコは現状を見守るだけで今回も何も手出しをしないようだ
そう、
止める役は…
俺しかいないのだ。
だからと言って嫌なものは嫌だ…
そもそも仲裁役は性分じゃない、
その上今日この場で何度もその役回りを演じてきた
先程小康状態になった、
今度こそとこの場の空気を入れ替える為にオニキスとラピスが始めた
軽い言い合いが、
こうして本格的にぶつかり合うことになっては本末転倒だ。
そもそもラピスから始まって、
ジルコン、カルサイト…そしてオニキス
その度に代わるがわる仲裁に誰かが入って、
やっと収まるかと思ったのに…またこれか?
この場が楽しいものになるようにと、
ジルコンを収めたオニキスが遂にこうなったのだ…
面倒だ…
その原因がラピスを愚弄されたことが我慢ならなかったとなれば、
俺が下手に仲裁に入ったところで
オニキスはラピスをどうも思わないのか、
カルサイトの見方なのか、
と激昂されても困る…そうなれば誰の言葉も耳に入らなくなるだろう
さて…
しのご言っても状況は悪化の一途を辿るだけ
カルサイトがラピスを揶揄しているのだ、
秘密にしていたことを俺に知られた事でラピスが俺にどう思われるか不安に感じていることを利用した卑怯な方法だ。
そして同時に俺の反応と…器を試す気でもいるらしい。
お前を牽制するラピスを処断したことは、
お前がラピスをいびるのを許可したのではないと分かった上でだろうな…
面倒だ、
だが現状は悲惨に見えるものの、
まだそれほど深刻にはなっていない。
完全に二人の耳が聞こえなくなったわけでもない…
まだ打つ手は原因のカルサイトによって残されている。
つまり俺が止めるのは、
手始めは
激昂しているオニキスでなく…
「…カルサイト」
「ん…どうしたの、オリゼ?」
「俺を試したいなら他の方法をとってくれ、
詭弁を使わないなら…ラピスのあれこれについて関知していなかった事を俺は悔いているし、カルサイトやジルコン…マルコにも悪いと思ってる。
こんな風にフラストレーションを溜め込むまで、皆に我慢させてきたことを後悔している」
「…そうなの?」
「…そうなんだ。
それとな、
悪友共の餌食になった奴には悪いとは思うが…どんな非道を働いたと知ってもラピスとオニキスを俺が遠ざけることはない。
それを正当化する気はないが、根幹が俺を想った行動だからな…
その矛先が万が一にも俺自身に向けられると警戒したり、怖いと距離を取ろうとも思わない」
「へー、ならラピスがオリゼに秘密にしてたんだってことは?」
ニヤリと笑うカルサイトに、
オニキスが怒る理由が改めて分かる
傍目にみるだけでも頭に来たのに…その悪意が自身に向けられれば程度が段違いだ
だが…俺まで怒っても仕方ない
怒る役はオニキスに任せてあると理解しなければ。
…俺まで理性を飛ばすわけにはいない。
そうなればラピスが浮かばれない、
本来怒るべきラピスが仲裁役になることだけは避けなければならないと
…感情が高ぶらないように強く意識していく
「あのなあ、親友だから全てを言わなければならないなんて事はないだろ…
秘密だってある、言う必要がないって親友同士のために口をつむぐ事も不思議じゃない。
背中を預けられる奴等だからな、
だから今回の事も隠し事をされてたと知っても…ラピスに信用されてないなんて思わない」
「…さっき気を抜きすぎだとか、
心を許しすぎるなとか僕達に注意喚起した口でそれを言うのは…」
俺の発言が理解出来ないのか、
ニヤケる事を止めたカルサイトの顔は不満そうだ…
俺の先程の発言を踏まえて指摘してきた。
何処かで一線を引かなければ、
気を緩めすぎだと言ったことと今の発言は真逆
その上で俺は大丈夫だと言いきった
…だからカルサイトには納得しかねるのだろうことも分かる
だけど…
「俺は当主にも陛下にもならない、
…貴族社会とは無縁の平民に下るからお前らの驚異にはならない。
だから俺はいいんだよ」
「…えっと、飛躍し過ぎてない?
この際言うけど…ラピスにこれがオリゼの親友だって見せつけられたみたいで僕悔しかったのにそれも吹き飛ぶような理論展開されると、僕も困惑するんだけど…」
不満そうな表情が、更に変化する
…遺憾だとばかりにカルサイトの顔が歪み始めても手は緩めるつもりはない
飛躍しようが、
お前が納得出来なかろうが俺の考えは変わらない
お前らと俺の立場は違う、
俺の先程の言葉は将来当主や陛下になる奴らに必要なことだ
貴族間の軋轢に発展すれば、
単に不仲で済まされない…家の事業に関われば屋敷に勤める者に影響する、領民への負担が大きくなることもある
そして…国の運営に響くのだ
対して…
平民にそんなものは必要ない、
お前らを信用して裏切られようが痛むのは俺の心だけで済む
「平民になる俺は俺がいいって言えばいいんだよ、
カルサイト…ラピスを虐めたことを不問にしてるんだから飲め」
「…う、暴論過ぎるけど…一理ある。
それと…そう言うってことはやっぱりラピスのこと、オリゼも怒ってるの?」
何を当たり前の事を…
と言ってしまいたい気持ちを押し留める
普段のカルサイトならば分かること、
切り替えが出来ればそう怒る事も正しいことになるだろう
だが、今相対しているのは見知ったカルサイトではない…
通じて当たり前ではないし、
通じないことに苛つくことも間違っている
だが、
これもカルサイトの一面であることは変わらない
カルサイトであることに違いはない。
それを否定することはないが…
それでも気を緩めれば、直ぐに癇に触ってしまうのは仕方ないな…
全く、面倒だ
それでも…
ラピスの別人格よりも情緒面を抜けば話は一応通じるらしい
不幸中の幸いだと、
思うしかなさそうだ…
「オニキスが俺の分も怒ってくれたから、
それで済んだことにしてる…こんな状況じゃなきゃオニキスが俺を止めてるだろうな」
「今からオリゼが激昂するとして…あの切れたオニキスの状態から、どうして止める立場になれるの?
オニキスは冷静ではなさそうに見えるけど…」
どうしても何も…
俺はオニキスより切れるのが早い
三人で切れる場合も、
俺がいち早く理性を手放す事が多かった
そして誰がマジギレすれば、
それを見た誰かは冷静とまではいかないが理性を取り戻す
俺らの場合ではオニキスかラピス、
そしてラピスは平静を取り戻したところであまり止めることはない
つまり止め役はオニキスが多かった…
俺らが特殊なわけではない、人間心理や行動学の観点からも統計的にそれは立証されていることだ
自分より激昂している姿は、
客観的な視点を取り戻す助けになる…
自身の状態や怒りを端から見る事が出来る、そして冷静になれるのだ
…が、
これを理論立てて説明しても意味をなさない。
心理や感情の事が疎くなっている目の前のカルサイトには、
理論の前にいまいち分からないだろうから…
「なるからなるんだ…
説明したところで今のカルサイトには分かりにくいだろ?」
「うん…あんまり分からないかな」
反芻している、
首をかしげながら一応考えてみたらしい
「なら、そうなるって事実だけ頭にいれて置いておけばいい」
「分かった…」
分からないまでも、
感情に疎いことは認識しているようだ
俺が言葉に出さないことも、説明しないことも…それが理由だと理解したのだろうか
俺の暴論を受けた反応とは
180度変わって納得している…不満そうな顔にはなっていない
「それと、後で感情が分かるようになったら…改めてラピスに謝ってくれ」
「…何故?」
「なんでもだ…切り替わったら多分俺の言いたいことが分かる。
今の状態でもなんとなくは分かるんだろ、俺の言いたい事が」
「分からな…っ」
途中で言葉を止めるカルサイト、
目をぱちくりとしばたき、
状況を素早く飲み込んだらしい…
眉が下がっていく、
瞼が落ち…視線と肩が落ちていく
魔が落ちた様に邪がないその様は…
まるで…
普段の通りのカルサイトのように見える
「どうした」
「…ごめん」
「完全に切り替わったのか…」
確認すれば、
声が揺れている…
先程の謝罪の言葉とは違って、
感情がしっかり含まれた弱々しいものが返ってきた
「ごめん…オリゼ」
「…ラピスに謝ってくれ、その気持ちがあるならな」
やっとオニキスとの衝突を避けることが出来そうだ、
そう人心地ついて
放置していたオニキスを伺えば…
やはり落ち着いたようだ
一文字に口を引き結び、
眉間に皺を寄せてはいるもののカルサイトに掴み掛かるような勢いはない
暫く見つめていれば、
俺の視線にも気付いて…ソファーに座ってくれる
此処まで来れば、
完全に仲裁出来たと思っても構わないだろうと
安堵のため息をついてソファーに背を預けたのだった…
…
…緊張と、
仲裁によって喉がカラカラ
玄武が控えている後ろを見れば用意してくれていたようだ
落ち着く…
一口飲めば、
このお代わりの玉露は
先程よりも温く飲みやすくしてある…
旨い…
枯れていた砂漠に水が染み込んでいくように癒されていく
冷えきった空気に
キリキリと痛み始めていた胃が、
優しい温度で内から暖められていく
…
…
オニキスとカルサイトの衝突
その原因である俺が仲裁すれば更に拗れるとおもったのか、
単に俺を思って仲裁役にするべきではないと重い腰をあげたのか…
どちらであっても、
オリゼは俺のために2人の間に入って見事に終息させて見せた
傍使えも気が利いている、
緊張を解すためだろう…湯呑みに入った緑色のそれはオリゼの好物で
香りも良い玉露だろう
オニキスと、
カルサイトの様子を確認して…
後は自然に任せても大丈夫と仲裁役から降りている
まったりとお茶を啜るオリゼは、
だんだんとソファーに沈み込んでいく…
性分じゃないと言いながら、流石は俺達の要
見事に役を果たした
今はその影も感じられぬほど…
先程の気迫と判断、
2人を抑えきった姿は何処にもない
…ほわほわと茶を楽しんでいるが、
これもオリゼの一面だったと久々の呆けた顔を眺めて此方も和んでくる
俺も紅茶をいれて貰おう、
そうソファーの後ろで控えているルークに目をやっていた時だった
「本当ごめん、ラピス…」
「いいって言ったよね…もう謝罪は貰った」
カルサイトの謝罪が聞こえてきたのは…
俺のオリゼの玉露に向けた視線から、
何か飲みたいと言わなくとも察したらしい
俺がカルサイトに返答したことから、
俺らの会話に割ってはいることの無いようルークが一つ頷いて、下がっていく
そして…横を確認してみれば
隣から項垂れて、
膝に白くなるまで握り締めた拳をおいている
「…でも」
「あのね、カルサイトは知らないだろうけど俺には別人格がある」
「え…急に何?それに…そんなこと言っていいの?」
言い淀むカルサイトに、
将来当主としての資質に関わる秘密を晒す…
オリゼは線引きをしろと言ったが、
それでも構わないだろうと承知した上で暴露してみれば
その衝撃から、
カルサイトの頭は上がり大丈夫なのかと
此方を見つめている…
これで話がしやすくなる、
項垂れてごめんと繰り返す気持ちも分からないでもないけど…
話が進まない
それを思惑通り、是正できた事を認めた
「…一般的には当主として欠損事項になるだろうね、まあそれは今問題じゃない。
で、それを見たオリゼは何て言ったと思う?」
「ん…分かんない」
人格破綻があれば、
爵位を継ぐ当主…施政者として相応しくないと見慣れることが多い
だが俺の多重人格は
副人格が出てくる場面は都合の良いことにある程度の傾向がある
そして、
主人格の俺が譲らない限り…
調整していればあまり無理に出てくることもないし、表に出てくることも容易だ
加えて一つの人格を除き、
記憶の共有も出来ているからこそ跡継ぎとして父に認められてもいる
…が、
今こんな話は必要ないよね?
何故この話を持ち出したのか…
それはカルサイトも似たような一面を持っていて、
そして…
それを今非常に気に病んでいるからだ
「別人格だろうと、ラピスはラピスだろって…
だから俺もカルサイトにもう謝罪は貰ったって言ったんだよ、あのカルサイトにとってはあれが最上の謝罪だった筈だから」
「分かった…そう、ラピスはそうなんだ」
オリゼは別人格であろうと俺は俺だと認めてくれた…
その経験から俺も先程のカルサイトもカルサイトであると見なす、
つまり先程のカルサイトの謝罪もそれ足り得るし、
俺はもう気にしていないと言ったのだが…
何故か持ち上がった筈の頭が垂れていく
ラピスはそうだって…
急に落ち込んでいく様子に何故だろうと原因を考えていく
と、
オリゼが言ったことを勘違いしているのではと
思い当たった…
「ねえ、まさかオリゼのさっきの言葉を気にしてるの?」
「だ、だってオリゼは切り替わったらまた謝れって言ったよね、
それって…僕とラピスの場合は違うって事にならない?」
ラピスの他人格ですら
オリゼはラピスに変わりないと認められても、カルサイトは自分は認められていないと思っている
先程のオリゼとの会話、
カルサイトが普通に切り替わった事を確認したあと…
俺に謝る気持ちがあるなら改めて謝れと言った発言
…切り替える前のカルサイトの謝罪は認めない、
つまりスイッチが入ったカルサイトはカルサイトとして認めないと受けとることも出来る
案の定、
その思考に至っているらしいカルサイトは
ラピス"は"そうなんだ
僕は違うって言われた
そう…結論に至ったと考えれば、悲しそうに俯いている事にも説明がつく
だけどね、
オリゼはそんな奴じゃないんだよ…
「ならないね…
あれはオニキスを納得させるために言った言葉だから。
オニキスだってオリゼ程じゃないけど…自分に対してならあれでも納得したと思うよ?でも…傷付いたのは俺だったからね」
「つまり…」
「オニキスを止めるために、
感情が分かる方のカルサイトに謝って欲しかっただけだよ…
…これで納得したんでしょ?」
静かに
俺とカルサイトの会話を聞いていたオニキスを見れば…
「ご名答…」
短く肩を竦めて答えるオニキス
オリゼが現を抜かし始めたときから、
既に溜飲は下げていた…
そして今は、
足を組みながら珈琲を飲んですっかり落ち着きを取り戻している
「あの…ごめんオニキス、僕…」
そんなオニキスの様子に、
いつも通りのカルサイトですら話し掛けることが出来た
…落ち着きを取り戻している
そう思っていたけどオニキスにしては少し寛ぎ過ぎている、
そう今違和感を感じる
…なんだかんだ怒っても、
そういうところは大人だね
話し掛けやすくしていたのだと、
カルサイトに視線を合わせたとなりの俺も目に入ったのだろう
目が弧を描いていく俺の目に
ぴくりと眉を上げて止めろと言ってくる…
過度に表情に表さないところも、
カルサイトに配慮しているらしい…
「もういい、分かったならそれでいい…俺がこれ以上怒る理由はないしな」
「…ごめん」
「済んだことだ」
そうカルサイトに言い放ち…
俺を一別してから、視線を手元に落とした
へえ、オニキスが好んで
あまり食べないであろう甘い茶菓子だ
それでもあいつがバターと砂糖をふんだんに使ったフィナンシェを食べるってことは…
玉露を啜るオリゼと同様に、
オニキスも気疲れしたらしいね…
カルサイトに気付かれない様に、疲れを癒している
そして俺も…少し疲れたみたい、
酸味が欲しいと思っていればルークがレモンティーを目の前にサーブしてくる
…流石、
分かってるね…俺の傍仕えも負けてはいない
各々小休憩とばかりにティーブレイクをしている、
今度こそ穏やかな空気がこの部屋に満ちていくのを肌で感じ取れる
殆んど解決した、
隣でカルサイトが落ち込んだままであることを除けば…だけどね
まあ、
どうにかなるかと…
酸味を求めてティーカップを傾けたのだった
…
全く、
皆して何してるんだか…
…オリゼが仲裁には言ってくれたお陰で、
冷静になれた。
カルサイトが謝ってラピスも許した、
俺に対しても謝罪してきた様子に…
カルサイトへ掴み掛かるような感情は今微塵もなくかき消えていった
…甘い焼き菓子、
普段なら好んでてを伸ばさない代物
それでも疲れに効くのは甘味であると、
冷静になって上げた腰を下ろしてからは…
やり取りを聞きながら…
先程から摘まんでいた代物に
ラピスの疲れたんでしょ?
と思わせ振りに寄越してきた視線
…煩わしかったが、
カルサイトとの会話を終えたお前だってレモンティーを飲んで一息ついてる辺り…
お互い様のようだ
甘ったるいバターと砂糖の甘さが鼻を抜ける、
それを苦味の強いブラジルコーヒーで口内を洗い流せば…
一時的に疲労軽減になる
が…ラピス
場は収まったからと言ってそんな状態のカルサイトを放置したまま
一仕事終わったとばかりに休むのはどうかと思うが?
俺が言える立場
ではないから…口に出すことを控えているが…
あー、
どうしたものか
適任はいないのかと周りに視線を泳がせれば、
オリゼが視線を合わせてきた
どうにかする、
そして合いの手はいれろと言う事か…
「ジルコン、
後は任せる…カルサイトをどうにかしてくれ」
「オリゼ?」
どうする気かと思えば、オリゼは適役を定めていたようだ
完全に不意を突かれた、
少し上擦った高い声を出して反応するジルコン
「何だ?
俺にしては上出来だ、それに一生分やった」
「…主語は何だ?」
「…んー」
まさかな…
橋を渡しただけで済ませる気か?
その嫌な予想を裏付ける様に…
何処から出したのか、オリゼは自身の傍仕えから差し出された大きな鼈甲飴を口に含む
理解できないと、
簡略化しすぎた己の言葉にムッとしているジルコン
主語は何だと聞かれても、
当人のオリゼは口一杯に広がる甘露にかまけているまま…
「おい、オリゼ」
「あと…ん、よろしく」
いくらなんでもと、
オリゼに突っ込むものの暖簾に腕押し状態
ということは…
オリゼの考えは、ジルコンと俺に丸投げする作戦だな?
「はあ…ジルコン、主語は仲裁役だ。
…まあ頑張った方か、オリゼは仲裁役は苦手分野だろうしな…」
「あれで苦手か、得意の間違えだろう?」
オリゼが自身で説明しなかったことを、
ジルコンに説明すれば予想外の返答が返ってくる
確かに先程迄のオリゼは
失敗することなく危なげなく仲裁をして見せた。
まあそれを材料に
ジルコンがそう判断するのも分からんでもないが…
「はあ…今でこそ大人しくしてるが、
初年度の前期こそがオリゼの気性だぞ?
…その時はカルサイトやジルコンと直接面識や関わりがなかっただろうが、二人ならその程度の情報なら知ってるんだろ?」
「オニキス…ごめん」
「もういい…」
「不名誉な物だったことは記憶にあるが…カルサイト、覚えているか?」
「色々あるけど…んー、暴君や封建政治って渾名のこと?」
俺とジルコンの会話に、
カルサイトを混ぜて引き上げていく
噂の情報収集くらい、
カルサイトなら朝飯前
ジルコンもそれを知っていて…オリゼの情報を忘れた振りをしてカルサイトに聞く
「いや、凶刃の方だな…
最近は鞘の方がやはり強かったのかと今は噂も落ち着いているが、あの頃は鞘になるのはあの殿下ですら難しいとまでまことしやかに囁かれていた。
そんな奴が仲裁役何て似合うものか…ましてすると思うのか?」
「…ん、それ本人の前で言っていいの?」
「構わないだろ…
まあ、今では鞘のほうが強いと見えるが…
凶刃が品行方正に勤めようとしているお陰か、単純に鞘がそれより力を増したなのかは知らないけどな」
マルコの方を気にするカルサイトに、
そんな遠慮は必要ないと話を続ける
鞘として力が及ばない…
つまり皇太子である自身が、
将来貴族と国民を取りまとめる立場になるにもかかわらず…友の男爵家次男一人御しきれない等と不名誉な噂ならば把握している筈
それに、
俺がマルコを中傷するために言ったことではないと…
そしてその噂自体取るに足らない事と分かっているから俺の口を止めない
「ん?普段は剥き出しじゃない?
それはマルコが対等にオリゼを扱って、許してるからだと思うんだけど…」
「その通り…
噂を信じるか信じないかで見る目がない奴かどうか選別するためにマルコはそれを放置していたのか、派閥の兆候を探るためだったのかは知らないが…
まあ、事実は異なるからどちらにせよ問題はない」
噂がまことしやかに囁かれていた、
オリゼが傍若無人な時でさえも…
マルコに近しい人間は、オリゼは収まるべき時には必ず鞘に収まる事を知っていた。
そして見る目がある奴なら、
馬鹿馬鹿しくて噂を信じ広げる真似はしない…
また…敵意とまではいかないが、完全に1枚板でない貴族。
噂を支持するかしないかで王族寄りの派閥か否かを分別する好機にでもしただろう…
「…初めて聞くんだけど、何?
あと鞘に収まらない刀身などない」
眉間に皺を寄せて話に割ってきたオリゼ
自分の渾名は知らなかったか…
まあ、
オリゼの事だ。
単に興味がなかったのだろうが、
耳にした今不愉快に感じているようだ。
…己の悪名や悪口、陰口は気にしない
だが、それが自身が大事にしている友を貶めることになるならば別
…だから怒っているのだろう
「それはお前が俺達を懐に入れてるからだ、
身分や権力は…頭に血が登ったお前には無効なことくらい承知」
「…最近はちゃんとしてると思うけど?」
「…お前、仲間には甘いよな?
だからある程度は噛みつく位で収めるし、抜いたとしてもある程度気が済めばその刃を折ってくれる。
マルコのことも侍従だからだけで付き従ってるんじゃない…友だから丸くなってるだけだろ?それに付随して品行方正に勤めてるだけで、それがなきゃ今でも階級や身分なんて薙ぎ倒している筈だ」
「…俺が丸くならなくとも、
折れなくとも簡単に封じることは出来るだろ?
止めて来たオニキスがそれを言うのは納得できない」
「…よくもそんなことを言えたもんだ、マルコですら現状手に余ってる。
どんなお前でも簡単に扱えるのは男爵家嫡男様だけだろ」
「…兄上のこと?」
「まあな、手懐けられてるだろ…お前」
それくい端からみていても分かると、
そしてオリゼがむき身の刀身になれば…本気であってもあのアメジスト様であれば膝を折るのだろうことも。
好きな兄に嫌われたく無いために、
己の非ですら自己弁護も隠し立てもなく口にする
そして…きっと反省までさせることが出来る…
「兄上が優秀だから尊敬して俺が兄上の言葉に従ってるだけの事、
やろうと思えば兄上は何でも出来るだろうけど…人聞きの悪いように言うな…」
「悪く言うつもりはない」
「ならなんでそんなことを言う、オニキス」
物理的、
一時的に止めることは出来ても
そうなれば…俺やラピスでも止めることはかなり厳しい
それでも今までオリゼが止まったのは、
オリゼが制御していたからに他ならない…
悔しいのだ、
俺達に…俺に出来ないことが出来るのだから。
オリゼが何処かでセーブをしているのは、
俺らが頼りない証拠
…例えオリゼは頼りないなんて俺らの事を思っていないと知っていても、
意識に無くても自制させてしまっている。
だから…無意識下での信頼も欲しいと、
そんな状況、
あったらあったで面倒なのは分かっている。
だけど、オリゼがそのリミッターがなくなるほど、
理性を全てかなぐり捨てられるほどに…
そんなお前の兄に対する全幅の信頼感に、
俺はそれに嫉妬心を覚えるから…
だから…
少し言葉に棘を含ませてしまった。
あの兄がオリゼを傀儡にするような、
操るような事はないと知りつつそんな風にも受け取れる言葉が口から出てしまったのだ…
「お前の兄に対する嫉妬からだよ。
親友の俺らでも本当の意味で止めるのは無理なのにな…
この、ブラコン。
あの人がどうこうする前にお前がただ懐いてるだけなんだろうけど、本気になればあの優秀な人の事だ…オリゼを御すくらい朝飯前だろうなってことだよ」
「…オニキス」
「なんだ?」
「やっぱりカルサイト殴って良い?」
「…はあ?」
俺があれこれ、
ブラコンだと言ったから、
気を損ねている振りをしているらしい…
本当は兄が大好きで、
俺がその兄を誉めたことににやけ顔になっているのも隠しているつもりか?
そして…
オリゼが素直でなくても従っているくらいだと俺に指摘されるのが恥ずかしい。
だから…照れ隠しに、
そんな攻撃的な事を口にするのかと…
天邪鬼のうえ、
そんなんで隠しきれると思っているなら馬鹿だなと、
そう冗談交じりの言葉だと受け止めて気を抜いていたのは間違いだった
「と言うか…マルコ以外…たこ殴りしていいか?
我慢してたけどさ…こう、もやっとするんだわ」
「…それ、俺も含まれてるのに許可すると思ってんのか?」
オリゼの言うもやっとした感情、
それを発散するため…タコ殴りしたいと目がキラリと光っている
傍若無人な発言は本気だ…
俺は…
既に疲れている。
そして当然、オリゼに殴られたくもない
「ああ」
「なわけねえだろ!
どんだけ仲裁と代弁したと思ってんだよ!
肝は冷えるし、大変だったんだぞ!」
「オニキスも切れたじゃん…」
「それは…お前の分も切れたってことにもなってるからいいだろ?」
「俺がオニキスの分も切れたかった…」
「止めろ…俺の方がまだ平和に終わる…」
「…え、やだ」
「やだじゃないだろ!」
「なんで楽しむどころか、
喧嘩の仲裁しないといけないのか…段々腹立ってきた」
「…オリゼ」
「ん?…マルコ?」
「とりあえず俺が殴るから黙ってろ」
「…え、マルコが誰を何するって?」
「全員殴ってやるから、そこに並べ」
「なんで…マルコに殴られるの?」
「全員悪い、この場を楽しみにしていたのにどいつもこいつも我慢が足らない。それに原因はオリゼが言っていたことだ」
「皆に我慢させてたってこと?」
「…分かってるならさっさと並べ、お前から殴ってやる」
「やだ…」
「…そもそもお前が原因だろ?」
「ラピスが詰られたのも…俺のせいって言いたいの?」
「…一因はある、
それで痛み分けだとしても殴り合うことになる。
一番利口なやり方は切れていない俺が一人ずつ殴れば平等でお前のもやっとしたのも解決できる」
「…む、俺も切れてない」
「諸悪の根源だ…そもそもお前と遊べないのがいけない」
「それは謝るけどさ…」
「それと、カルサイトの荒療治のために俺を巻き込んだ対価は後で貰う」
「…無理難題を吹っ掛けるつもり?」
「オリゼはオニキスとカルサイトと揃いの意匠のものを身に付けてるだろう、
俺もそういうものが欲しいと常々思っていた」
「いつか言うと思ってた」
「分かっていて何故知らぬ振りをしていたのだ?」
「去年は自分の事にかまけて、誕生日祝いも遅れてなかった…だから色々考えてた。
流石に身に付けるものは選ばなかったけど、用意はしてある」
「え、貰ってないんだけど…オニキスも俺も誕生日過ぎたんだけど?
酷い…まさかマルコだけなの?」
「確かにずるいな…」
ラピスの言ったことに本音が溢れる。
俺とラピスの誕生日プレゼントはないのはまだ我慢できたと、
だが俺らに無くて…
催促されたからと言ってマルコだけにあげると目の前で言われれば、
正直面白くないし俺らにはないのかと嫌な気持ちにもなる
「悪い。
俺の目測が誤っていて先日出来たばかりなんだ、だからお前らの誕生日に間に合わなかったし、公平を期すために来年度皆に渡そうと思ってた。
だけど…
玄武…お前の事だ、想定外も予想して準備はしてあるんだよね?」
「…御持ち致します」
…そういって戻ってきたオリゼの傍仕え、
開けてみて良いかと皆で開ければみたことの無い木製の板と各々の家紋を模したお菓子みたいな代物が入っていた




