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赤7



何だったんだ…?

先輩から示された通用口より出れば、

それは直接外に繋がっていた…



普段の出入口が正面なら、建物の横


多分荷物や、

本の搬入出に使われるのだろう

間口が大きく

正面の道に続く反対側、建物奥の方に少し足を向ければ

開けた場所に出た。

風通しの良い場所…日を避けるための大きな軒もあった

今は暗いが…日中は日当たりも良さそうだ、


彼処の用途は虫干しするためであろうな…







しかし…

最初からおかしかった。



閉館業務を手伝えと付いてこさせては、

何か観察していると感じた。


集まりが終われば、

カウンターに留まさせられ絡まれた。

と思えば、距離を強引に詰めてこられたな


それもこれも俺を後輩として可愛がりたいから?

それにしてはやれ見定めだ、

やれ本性が見たかった…何処まで俺が怒らないかまるで試すようなことをしてまで…





ただ、

他意がないことは目を見れば分かった。

兄上に関しての言及、

俺が剣を抜く様に…魔力を発露させて軽く当てたと言うのにも関わらず、

何もしなかった。

爪を隠していたのだと、ただ一言言っただけ。

そして謝罪まで…



座った席も…

直ぐにカウンターの外に出られる位置

出入口を塞ぐ位置取りを先輩方はしなかった…


気に入らないと俺を袋にするつもりであれば、

奥に続く扉も出口もないカウンター奥に俺を座らせたはずと…

それくらいのことは気づいていた。

通用口を知らずとも、通常の出入口から出て帰れもした

鍵がかかっているとはいえ…内鍵になっているからだ



食事の誘いも…

俺が断ろうとすれば寂しそうな顔をしたものだから…仕方なく了承しただけ。

日程についても、擦り合わせでいいと…

俺が引き延ばし何時になるか分からなくとも俺の予定を優先して考慮に入れてくれる雰囲気もあった。

まあ…あの場で断れば、

無理やり誘うことも控えただろう…位の感覚だった




総じて判断すれば…

多分…柄は悪いが、

人は悪くない…と思う



…さて、

すっかり日も落ちて肌寒い程度を越えている

玄武も此処まで俺の帰りが遅くなることを見込んでいなかったからだろう…


本当に厚手の秋物に外套を変えて貰おう、

小言は言われそうで嫌だが…

これで風邪でも引けば、小言は大言になり面倒になる


「っくしゅ…ううっ」


寒い…

早く帰ってソファーに沈み込もう

予習と、今日の復習をしてから…出来ればベットに潜り込もう



くしゃみまで出た、

その急な寒気に体を震わせながら足早に寮へと足を向けたのだった。






「…お帰りなさいませ、貴台」


「っくしゅ」



暖かい…そう油断したのがいけなかったか、

玄武に言葉を返そうとすれば…

代わりに出たのはくしゃみのみ


…ただでさえ低音の迎えの挨拶なのに、

更に機嫌が傾いていくのが分かる

コートを脱がせてくれるものの、その動作にかこつけて…手首の確認をするのは傷や痣の具合を見るためだけではない。


しっかりと

俺の手に触れてくる

…つまり、俺の手が冷えているかも確かめている





「…湯浴みされますか?」

「足湯で…いや、少し暖まったら下で済ませてくる」


ほら、来たぞ…


足湯でと言いかければ更に機嫌が底迄落ちていくのが分かった

制服の着替えとして、

部屋着を用意していないのは…

足湯では足りないと?


少なくともお湯に浸かれと言いたいか…

ならば、

と湯船に浸かると示したのだが…



「使用人用の外気に当たられる場所に行かれると仰有るのですか?

湯冷めされます…」


「…しないようにする」


更に玄武の心証が悪化した…

寮内を出歩ける様に、

小紋の着物と羽織を着付けられていく



心配するなと、

ならばついてこいと言いたいが…

残念なことに彼処の洗い場と湯船は人1人の広さしかない。


そもそも学園生向けの浴場とは違い、

侍従や使用人用の造り。

つまり1人で入る、貴族子息が侍従を侍らせて世話させることを想定していない…

だから玄武に心配ならついてこいとは言えないのだ





「成る程…その魔力操作で満身創痍、一時的とは言え魔力をほぼ空にされお疲れになった御体で、お湯を張りなさる。

不肖を侍らせず…お湯にお浸かりになると?」


「魔力は補充した…操作による負担も慣れた魔法陣を数回発動させる位ならば影響はない」


何故バレている?

選択講義の科目は把握しているだろうが…

玄武を棟に来させていない。


残量が空寸前まで行ったのも、

魔力操作で疲れきったことも見ていないはず

長年の勘なのか、

例えそうだとしてもそれで今の俺は疲弊しきっている訳ではない…



「では、まだ癒えきっていない御体はどうされるのですか?

此処のところ、傷や痣が原因で清拭で湯に浸かることも避けてこられたはずですが」


「…玄武」


駄目だ、

どうしても浴場に連れていくつもりだな

外堀を順繰り埋められていく感覚、

玄武の気持ちも分かるが…俺は行かない。

意地でも何でもない、

お前なら俺がここまで頑固に浴場を避ける理由は分かっているはずだろうと釘を刺す





「…浴場にお連れします」


「玄武、噂になったらどうするつもりだ。

浴場は俺が普段より…ただでさえ避けてきた場所。

…その上この状態の素肌を晒すとなればどうなるか分かっての進言か?」



釘を刺した、

それにも関わらずその禁句を玄武は言葉にした…

いくら俺が甘いからと言って、

一線は存在する


それがわからない玄武ではないはず、

そして腕に嵌めてやっている従属紋も痛みを与えているはずなのに動じない




「18時30分より1時間、殿下の貸し切りになっておりますので御安心下さい」


「今何と言った、侍従でもある俺の為に主人を動かしたと言うか!」


ただでさえ、

殿下には迷惑をかけている。

それなのに、侍従のために主人を動かしたと?

あってはならない…


玄武が俺のために行動したと、

そう推測できる言葉に怒りが留められない…



何をしてくれているのだと

何故勝手な真似をしてくれたのだと…

玄武への信頼を裏切られたと感じて怒号のような感情が溢れだしてくる




「不肖では御座いません…"俺の友人であるオリゼへ必ず来いと"と伝えるよう言付かっております」



…なんだと?



そうか、

それならば…

彼方からの申し出ならば大丈夫だ


普段ならこう返せる…が、

今はとてもではないが行けない。

自身が危険分子として見られている認識がある




殿下がそんな相手と丸腰で湯船に共に浸かることのリスクは大きすぎる、

そしてこの誘い…

友人として乗れば更に疑いを深めることになる


俺はその危険分子である侍従でもあるのだ



自らの存在は…

反意がある人物として今やそう認識されている…





「行けぬ」


「貴台…」


殿下は私の反逆を疑われる侍従評定表を手にしているのに、

真偽を確かめること無く下がらせ休めと迄言って下さった。

その上、

明後日の週末には仕えに行ける…それだけで十分な処遇


主人である殿下がリスクを承知だとしても、

殿下の身に危険があるならばアコヤさんに遠ざけられるのは道理だ。

今後は身辺のお世話や、食事などもっての他

…させては貰えないと…常に一挙一動が監視されることを覚悟している




そんな状態で、

俺を浴場に誘う?

どう考えても罠だ、疑いを確信にするための…

誘いに乗れば取り返し処かそのままの意味で首が飛ぶ。


この温い暫定措置は、

温情によって成り立っているのだから…




「ならぬものはならぬ」

「貴台の御体は…」



「分かっている…お前が俺を世話つきで湯船に入らせたいことはな。

玄武、そんなに俺を湯船に浸からせたくば…街まで降りて貸し切り風呂でも手配しろ。譲歩出来るのは此処までだ」


玄武の心配も分かる。

俺の身体をいち早く温めて寝させたいことも…

街に降りれば外気に触れる。

どれ程着込ませられたとしても、冷えたままの身体が更に冷やされることも承知


…だが、それでも俺を湯船に入らせたいのであればその意を汲む気はあるのだと

心配していることは分かっていると…

だからこそ城下に下りて貸し切り風呂に入らせろと言ったのだ




まかり間違うことはあってはならない。

殿下にはアコヤさんが侍っているとはいえ、危険分子と二人きりになる

更には俺は友人扱い…つまり玄武も連れてくることを認可しているような雰囲気


…玄武は俺の侍従だ。

それも…元スパイ、その手の技術は垣間見させて貰っただけでも高度な域に到達している

危険分子がその様な侍従を侍らせて、

無防備の最たる場所である浴場に来たならば…


反意が確定したと見なされる





「分かるが、駄目だ」


「何故…何故故そこまで固辞されるのですか?」


玄武を守るためにも、

俺を案じる気持ちは切り捨てさせる。


夜に城下に外出することですら、

この状況下では素行が悪いに留まらず…何か後ろめたい事があると疑われることを知っているが…

玄武の気持ちも分かる、

だから最大限の譲歩をした…それでも納得がいかないらしい


もう何も言わない、

首を振るだけで否定の意思を示した…






「"あれは抜粋だ。危険思想がないことは別紙に記載されている、払拭されているから安心して来るといい"と拒否するならば付け加えろと仰いました。

…貴台、意味がお分かりになりますか?」


「…分かった」


分かる…

分かりたくないが、

殿下の考えも分かる。


これを懸念して俺が断ることも見越して、

玄武に、言付けを残した。

自らの侍従に関する情報を玄武に渡ることを知りながらも…


俺だけでなく、

玄武への信用も示す行動だと

だから玄武を伴って浴場に来てもいいのだと言っているのだ




「貴台、危険なことはされていませんよね…」

「脳裏に掠めた考えを捨てろ、時間がない…さっさと浴場に行くぞ」


「ではお支度を…続けても?」

「好きにするといい…声を荒げて悪かった」


「有り難き御言葉…」


俺に選択の余地はない、

此処までされて行かない理由等…俺には提示出来ない


出来れば、

殿下が現れないことを…

1人で入浴できるといいなと、

そんな一抹の希望すら持てないことを考えて玄武に身を任せたのだった







…はてさて

何故先程角で見たことのある侍従が立っていたのか

そして浴場の目の前には、

これまた見たことのある侍従が控えている


どちらもアコヤさんではない、

見たことのある場所はジルコンとカルサイトの半歩後ろ…

あいつらに二人居る侍従のうちの1人ずつだ



「…玄武」

「はい、どうなさいましたか?」


「殿下が俺のために貸し切りにした、そう言ったよな?」

「…殿下の貸し切りであること、そして御友人である貴台に来られるようにと貴台には御伝えしました」


「つまり…殿下の貸し切りではあるが、俺一人が利用するのではない。

そして殿下と俺の二人でもない?

殿下の許可した人は利用できると?」



「左様に御座います」


入ること無く、

入り口手前で確認する


何故主人であるカルサイトとジルコンの姿が回りに無いのかと…

何故侍従だけがこの浴場近くと入り口に立っているのか


確認したくない、

確証を得たくないと思いながらも玄武に問えば…

否定して欲しかった事実がやはり現実であると認識出来た





「騙したな…玄武」


「快諾の御言葉と…好きなようにと、仰られましたので…」

「…俺が勘違いするように言葉を選んだか?」


何故こんな勘違いを俺はした?

その考えに至って…

もしかしてと玄武を睨み付ける



「意に介されたのであれば…」


当たりだ、

意に介されたと言うことは肯定と同じ返事をしたことになる


「玄武」

「申し訳ありません…」


何故そうしたのかも分かる、

だが俺を騙すような真似をこの件でしたことは許しがたい

そう意思表示すれば、

腰を折っていく玄武


他家の侍従である2人の目がある中で、

叱責されているにも関わらず…

隠しだてはしないらしい


床に膝をついて、

頭を垂れきった様子に溜め息が漏れる



「いい、それで不問にする…そんな廊下で跪く真似は許さない、入るぞ」

「…御意に」


玄武は流石だ、

殿下に挨拶しにいってからどこか俺の様子がおかしいことを察していた。

だが領分を越えることはできない…


俺の侍従として、

主人である俺がどこで何をしようとそれを止めることはできない。

基本的にその点に関しては緩くしているし甘い


が、

殿下の侍従としての範囲は違う。

探りを入れることすら許す訳にはいかないと昨日も念を押した…

ならばと、

策を練って俺から明瞭でなくともその情報を得ようとした


そしてそれは成功して、

かつ一昨日の雪辱も果たしたらしい





例え侍従に守秘義務があるとしても、

それは主人に対するもの

今目前に居るジルコンの侍従の口は、俺に関して閉じる義務はない

同様にカルサイトの侍従にとってもそう言える


川獺が、

そして玄武が一昨日…

俺の権威付けが出来ないと臍を噛んでいたのは分かっている

我慢させたことも…


だが、

川獺のように簡単には御せなかったらしい。

玄武は此処にも知略を巡らせた


俺が今まで学園内で玄武達を侍らせたことはない、

部屋で世話を焼かせるくらいで…

寮でも人の目のあるところで侍従を付き従わせるなどしてこなかった。




…それがどうだ?

俺が叱責すると玄武は見込んだ。

そしてその予想は当たり、此処で膝を折った…その玄武の行動は俺の権威付けになると知った上で。



ましてや、

伯爵子息のジルコンの侍従と

子爵子爵のカルサイトの侍従だ…影響力は凄まじい


これに関して、

ジルコンとカルサイトから噂にならないように言って貰わねばと溜め息を付きながら漸く暖簾をくぐって中に入る





浴室との温度差を無くすためか、

脱衣室も暖かい…

久しぶりの景色が懐かしいと、

何年前かに良く利用していた場所を懐かしいと思って直ぐに足が止まった


そして予想通りの面々が中で俺を待ち構えていた…



「おい、漸く来たぞ」

「オニキス…これで満足だな?」


藤の長椅子に座るオニキスと、

殿下の姿



「ああ…ってオリゼ?

どうしてそんなに顔色が悪い…」


「んー、今日は寒気が襲うって言ってたから…オリゼが遅い時間まで部屋に帰らなかったってことでしょ?」

「ラピス…つまり?」



そしてオニキスの真横に立っているラピスに、

殿下側にはジルコンが半歩下がった位置で仁王立ちしている。


…此方に向けてくる視線も迫力が凄まじい

ちらりと寄越されたラピスの目が優しく見えてくる程に…





「…日が落ちて寒気が襲い始めた時刻は18時…少なくとも30分前迄オリゼは寮に帰らなかった。此処に来るのもほぼ直でかな?」


「ラピスに補足するなら…」

「なんだ、カルサイト」


あと1人は?

と思えば声が聞こえてくる


ゆらゆらとハンモックのように釣られた卵形の藤の椅子が揺れている

カルサイトらしい姿

揺れが心地よいのだろう、

頬が緩んでいる…

殿下の前でもうまくリラックス出来ている証拠だ



勿論、

皆各々侍従を1人ずつ侍らせている



「今日の選択講義の教授は、

厳しいことで有名だよ…僕の調べでは学期初めの初講義では総復習のテストをさせるらしいよ?」


「…今日の選択講義ってなんだ?」


「生活魔法陣…

や、やっぱり前期に習った魔方陣を総復習?

…オリゼはどうやら魔力消費に操作を何度も繰り返しさせられたみたい…に見えるよね」


「で、オリゼのことだ。

どうせ委員会迄の時間も予復習していたんだろう…、な?」



お陰で口に出して欲しくない情報も、

すらすらとカルサイトの口から告げられていく

そしてそれを受けたオニキスの推測も、

正しく導き出される結果に…


そしてオニキスは

俺の方を見て、

確認は取れたと言いたげに口を閉じた

予復習していたのが事実であると、

やはりな…と眉間に皺を寄せていく様子に


納得されたと知れた…




「…司書から聞いたが、

委員の集まりにギリギリ来たらしい。

集まりを解散させたのは17時40分…それから少し1学年上の先輩方と親交を深めていたそうだ」



そして、オニキスが納得したと思えば次の一手


カルサイトに遠慮する必要はないと察したマルコも口を開く

…司書は殿下の従兄弟、

仲が悪いと聞いたことも感じたこともない

情報網が確立されている事実に、

これからの委員会への気持ちが重くなっていく。


下手なことが出来ないと…





「休憩…してないな」


オニキスはまだ納得していなかったか…

更に眉を上げながら、隣に座るマルコの言葉を受けて言葉を発している


「昼休憩あるだろ…それも今日は基礎講義は3つだった。

1講義分休む時間は…まさか」




「そのまさかだよ、オニキス」


「うんうん…僕らが教室を出ても、

オリゼは机に付いたままだった…多分その空いた時間はこれ幸いとでも思って勉強してたんじゃ…」



同じ組であるラピスがオニキスの疑念を全肯定していく…

それまでは分かる、

追い討ちをかける言葉に視線が落ちていく…


完封なきまで、

打ちのめしてくれるじゃないか…カルサイト

仕方なかったとか、自称がオリゼにもあったんじゃない?

とか付け加えてくれるならまだしも…

これ幸いとでも思ったんだろうと言いきりやがった


カルサイト…

まだ擁護してくれるかもしれないと信じてたのに…そっちの味方か?




「昼食は食堂で食べないとしても…

基礎講義から寮、寮から選択講義へ行き来と、薬と飯を食べる時間を差し引けば一時間程しかない」


「で、オニキス…

その時間オリゼがゆっくりと休んでたと思う?」

「思わないな」


カルサイトのそれは

俺へではなくオニキスへの問いかけ。

まるで分かりきった愚問だよね、と軽い口調でなされたそれにオニキスが口角を上げた。


視界の隅で…、

此方に向き直り、悪どい笑みを浮かべていくのが分かる




「…」


「オリゼ、身体を労るんだったよな?」

「仮眠ならば取りましたよ…オニキス」


「一時間か?」

「…」


オニキスのことだ、

一時間位は最低でもとっているよな?と聞きたいことがありありと分かる

先手を打たれた、

仮眠をとったことは身体を労ったことと見なさないらしい。

それも一時間位とったところで、最低限だと口にしてきた


15分などと言えない

言葉を失してしまったお陰で…俺の言い分は既に言い訳に成り下がったことを肌で感じる




「あー、あまり言いたくないが…オニキス」

「なんだ、ジルコン」


「昼食後、ちょっと用事で外に出たんだけどな…」

「なんだ、それがどうした」


「特別棟に向かってるオリゼを見かけた…

オニキス…選択講義開始時間は確か、14時開始だったな?」


「ああ、基本的にはな」

「随分前に見かけたが…」


「何時だ…ジルコン」

「13時時過ぎだ…」


「つまり…ジルコン?」

「昼休憩間にオリゼが仮眠したとして、最長でも10分そこらだと叩き出せる」



「だそうだ…オリゼ」

「…15分です」


ジルコン…

これ以上余計な情報の上乗せをしてくれるな

ただでさえオニキスの顔が怖い


「敬語要らないぞ…なあマルコ?」

「そうだな。それでオリゼ、…5分増えたところで何が変わる?」


マルコの形相も…

とてもじゃないが直視できないレベルに達している

だが、

10分ではないとそれだけは訂正せねばと自身を奮い立たせる



「っ…睡眠サイクルは15分か30分、

10分と15分では大きく違う…それに30分は夜の話、昼寝には15分が最適だ」


「ほう…ならゆっくりと部屋で休む時間は?」

「…」



即座に止めを刺された


睡眠とは違い…休憩に最適なサイクル等ない、

あえて言えば集中力の観点から一時間に10分程度の休憩を挟むことは推奨されているが…


そして単なる休息に、その指針はない。

疲労や消耗度合いによって休む時間は変動するからだ…

それをオニキスは知っていて…聞いてきた


俺の身体状態、そして連携した情報網から叩き出した今日の俺の少々の無理の数々を突きつけた上でだ。



「お前の今の状態なら、いくらゆっくりしたところで足りないだろうが?」

「…いや、それはだな」


オニキス…

どれだけ俺が休んだとしても、納得しないだろ?

不十分だと…

例え全快している状態でも少し無理をしただけで怒ると言うのに…



「…それは?」


「…」


完全に閉口する

…詰んだと分からされたからだ。




静かになった…

俺が黙り込んだところで、話は流れていかない。

話題は変えさせないとオニキスの考えがいたい程に分かる



「オニキス、そう過ぎたことを問い詰めても仕方ない」

「マルコ?」


静寂を破ったのはマルコ

まさか…

オニキスが何故俺を庇うのかとマルコを睨む


過ぎたからと言って、

同じことを繰り返す恐れを危惧して釘を刺している最中だと。

それに水を何故刺すのかとマルコに不満を示していく




「そう怒るな、今からの行動を止めた方がいいだろ?」


「…そうだな…ん?

これ以上オリゼは何をするつもりなんだ?」


「その身体をおして机に向かうつもりだ」

「…嘘だろ?」




「なら確認しよう、オニキス。

オリゼ…書庫で初版の教本を借りたらしいじゃないか、

新訂版の教本を持っているにも関わらず…まるでこれからその見解の差異を見比べて勉強でもしそうな行動に見て取れる」


「…借りましたがそれが何か?」


「何か?…オリゼ、俺の見解は間違っていたかって聞いてるんだ」

「そのつもりだった…だが早めに寝ようとは思ってた」



「…させないからな、

オニキスにどれ程俺が責められたと思ってる。

今日はゆっくり身体を温めて、夕食も皆でとるぞ…少し雑談でもしてから部屋に帰すが…分かってるな?」

「…」



「分かっているよな?」


「…直ぐにベットに入れと?」

「しないつもりか…」


「…」


出来る筈もない、

個人的に進めておきたいと言うだけではないのだ。

長期休みに時間がとれなかった分、

必要な分を進められていない…


言いたいことは分かる、

早く寝れば寝る程…回復も速くなることは。

だが…折り合いをつければ、

日が変わる前に寝られれば良い方だと…そんなことは言えない



「しなければならない。

復習も予習も足りない、書庫で借りた本と新訂版の差異については来週に見送る」


週末の明後日まで俺がしなければならないのは、

基礎講義全教科の今週3日分と来週一週間分を完璧に…


とてもじゃないが、

今日最低でも4時間程しなければ計算上間に合わない…



「…俺が週末勉強するのは、算術に中級魔方陣だ」


「っ…」


思わぬ言葉に頭が下がる、

こんなことを言わせた自分に腹が立つ

此処まで言わせた…


何て様だ

体調回復も録に出来ていない

必要な知識の準備も出来ていない

全部、言い訳だ

長期休みに時間がとれなかったなんてことはない

工夫すれば二週間分の予習位出来ただろ…


俺の過失だ


「分かったなら他の講義の予復習は最低にしろ、分かったか?」




「殿下、お心遣いありが「オリゼ、独り言だ」…分かった、マルコ」


口調や雰囲気は友人である俺に向けた物に似ている

がそうでないことは内容から、直ぐに分かる

侍従である俺に向けた言葉だ、

算術と中級魔方陣以外は週末勉強しないと言いきった


だから今日は無理をするなと、

早く寝ても良いのだと心遣いをくれたのだ…

情けない


侍従らしくない

完璧にしなくても良いと、主人に遠慮させるなんて…何て情けない


何も出来ていない…





「…さて、湯浴みするとするか。

早く芯まで体温を戻さないといけない奴が1人居るからな」



嫌味混じりに言い放ってから、

俺の表情を一瞥して入浴準備に取りかかるマルコ


やり込められた…

此処まで言われれば借りた本など開く等出来る筈もない

唇を噛んで堪えている俺を見て、

今日は机に向かわないと確証を得たらしい…





「何年振りだろう…ね、オニキス?」

「1年の始めか、俺らと浴場に行ってたのは…つうことは2年半近くだな」


「オリゼが引きこもって出てこなくなった…

出てきたと思えば2年次からは使用人用を利用するようになった。

此処には足を踏み入れようとしなかったよね…れっきとしたここの学園生だって言うのに遠慮してさ」


「こうして貸し切りにすればいいのにな」

「それもしなかった理由は分かるでしょ、オニキス」


「侍従は権威を振りかざすような真似はしない、そんなところか。

どうせマルコに遠慮してるんだろ…常日頃、オリゼはただの学園生としての行動も極力控えているからな」



「俺らに言えばいいのに」

「それも知ってるだろ?」


「利用するような真似はしたくない、俺の親友であるからこそ…かな?」

「くくっ…そっくりだ、絶対殆ど似た言葉を吐くに決まってるぜ」


「…」




…固まった空気を、

マルコが和らげた。


続いて、

ラピスもオニキスも少し此方に気を向けながら軽口を叩いて俺を心配している

言動は…俺をなじるものばかりだが…


はあ…

帰りたい


まあ、帰れないだろうし

俺も準備し始めないとと覚悟を…



「玄武」

「失礼します」


「ああ…」


あーやっぱりな。

やだ、

もう帰りたい…針の筵じゃないか

唯一味方である筈の傍仕えが冷たい声を発した



此処は部屋ではない、

人の目があるからこそ黙殺等せずに最低限の返答はしてくれる

…世話も丁寧だが、羽織を脱がせていく玄武は鬼のようだ。



無表情に

事務的な対応を極めている…


…優しくない

寧ろ怖い




「…ありがと」


「まだ終わっておりません」

「…なにがだ」


襦袢姿にされて、

足を進めようとすれば止められる

どうやら包帯までとるつもりらしい、

確かに湯に浸かるなら傷の保護の意味をなさない


確かに傷口はもう治りかけているから

細菌が入る危険も少ない

だから湯に入るのだけれど…




そう言う問題じゃない、

襦袢では手足首までは隠れない…

つまり包帯をとられれば、目隠しとして機能しない


あいつらの目に映る…



「朝から代えておりません、

その上このまま浸かれば…薬剤が湯船に染み出します」


「…分かった」



不潔とまでは行かないが、

洗い立てでもない包帯を巻いたまま湯船に浸かれば…

薬剤で湯を汚すことにもなる。


…確かに迷惑以外の何物でもない


だけどな、

意図したことであることは理解しているぞ?



「では」

「…なあ玄武、後で聞くことが三点程増えたんだが?」


「今、お聞きになられないのですか?」

「…」


脅しにもならない、

何故昼休憩や、此処に来る前に替えなかったのか…

此処に来る前に薬を塗らずに包帯だけ巻き直してくれても良かった


どうしてそうしなかったんだと…

そう言いたかった


そして言ったところで、その時間も猶予も俺が玄武に与えていなかったことに気付く




そして洋装にすれば、

襦袢で入ることにもならなかったと指摘したかった…

それも玄武が、

着脱が楽で…痣のある部分に負担をかけないためだと直ぐに分かったから留まった。

和装に比べ洋装の細い袖に腕を通すこと、

それを玄武が回避していることは明白…

過去に腕を負傷していた時も同じ、和装を着させて俺の身体の負担軽減にと…

そんな対応をしていた記憶が思い出されたから…




「聞く気もなくなった」


「…左様で御座いますか」



三点目は、

何故勝手に此処に来ることを了解したのか。

俺の意思を確認することなく、予定に組み込んだ…


だけれど、

それを問えば二枚舌となる。

先程湯には浸かってやると、玄武の諫言に許可を出した



多分玄武のことだ、

マルコ側には行きますとは言っていないが…

俺から了解を取り付け、

参加するとの匂わせはしていたに違いない



そして俺から言質をとって、

此処に連れてきた…

だから、

侍従としての領分はギリギリ越えていない。



ただ

注釈として俺の担当侍従としては、だ

一般的にはアウト。

当然主人の不興を買って責を追うだろうが…

残念ながら…俺は玄武達に諫言もある程度の行動や発言も許している。



完全に、負けているのだ

手は打たれている



「貴台」

「なんだ…」


「湯に先に浸かろうと、皆様が湯船に入っていかれておりますが」


「はあ?

和の国でもあるまいし馬鹿なことを言うな。

この国ではサウナで汗を出してから身体を洗って、最後に浸かるだろ?」


「…本日は和の国方式で入ってみようとの御意見でその様に」





「マルコ!」

「なにかな…オリゼ?」


「何故こんな真似をする…」

「さあ?異国の文化への理解を深めることも重要だと考えた、とでも言えば納得するか?」



「呆れた、体裁にすらなら「本気だったら?」…体裁だろ」


「まあしないだろうとは思っていたが…」


「そのくらい気付かないとでも思ったか?

…俺の身体が温まればそれを言い分に、襦袢を脱がせるつもりだろ」



「良く分かってるな?」


「…まさか裸の付き合いをしたい等とは言わないよな?

それだけは絶対に言うなよ…マルコ」


「それを教えてくれたオリゼが言うのか?

腹を割って話を聞く為に行うと、それは信頼する間柄でしか使わない言葉でもあると」


「っ…」

「信頼する間柄ではないのか?

俺はオリゼを友人だと思っているし信じている」


「悪かった…俺が悪かった。言いたいことは分かったから実践しなくてもいい」

「…此処が和ではなく王国だからか?」


「そうだ」


「成る程…」



…これ以上は無理だ、

歯が立たない。

殺し文句まで言われれば、阻止できる決定打は打てない


此処が限界、

後は何の手立ても俺には残されていないと試合放棄し…

ぶくぶくと口の上まで水面が来るまで沈み込んだのだった





「…おい、オニキス」

「なんだよ」


「これ、脱ぐのか?」

「脱ぐだろうな…ジルコン、諦めろ」


「いやいや、あり得ない」

「和の国ではこれが普通らしいし、

まあ…やってみれば分かる。むしろお前様な貴人の方がその真価をよく知ることが出来るかもな…」


「オニキス…やって見れば分かるって…まさか」

「残念ながら経験済みだ」



「…」

「それと、先程のオリゼの言葉から…多分マルコも経験済み。

オリゼが今必死に止めようとしているが、多分無理だ」


「…つまり」

「この場で1番位が高い人が、一糸纏わない姿になる。

俺らがこのままでいられると思えるか?」


「…いや、それは流石に出来ない…だが…」

「まあ、固く考えるな

考えたら終わりだと言い換えも出来るが…オリゼが絡んだら大抵のことは動じなくなる、マルコがそもそも和の国方式にするって言い出したときから俺は諦めたぞ」



ジルコンがオニキスに相談している…

俺とマルコの不穏な会話を聞いていたのだろう、

オニキスに藁でも掴むようにどうにかならないかと詰め寄っている


対してその藁であるオニキスは、

湯に肩まで沈みきっている…




まあ、俺ですらあれが限界


マルコが静かになったのは俺がやり込めたからではない。

何かしら考えを巡らせているから…

そしてそれは真面目な施政に関することではなく、裸の付き合いについてだろう。

そう、多分まだ諦めていないのは隣のマルコをうかがえば明白だ。



何か考えているのもオニキスは察しているし、

そして防ぐ手立ては今度こそ残らないと本能的に分かっている。


だから…匙を投げるだろうと聞いていれば案の定だった



「何で諦める…」

「無駄だと経験から分かるからだ」


「だとしてもだ…」

「無駄だと薄々分かってるんだろ、ジルコンも」


それでも諦めきれないらしい、

オニキスの肩に手をおいてどうにかしようとするジルコン



無駄だと思うのは…

俺もオニキスと同じだ、そしてそれはジルコンも…


時には諦めることも…




「…諦めるな、オニキ「ジルコン」……殿下?」


「今一時的に此処を和の国と見なしたいのだが、異論はあるか?」

「…いえ」



あ、終わった。



オニキスに諦めるなと…

とっくに沈んだ藁を掴んで浮けと説得しようとしていたジルコンの言葉に


マルコが…言葉を被せた。

それだけでもかなりの圧力になるというのに、

異論があるかと聞いた…


そんなこと、答えは分かっているだろうに…


ジルコンがマルコ相手に異論など唱えられないと知りつつ

マルコは聞いたのだ


鬼畜め…




「それと、俺達は王国の貴人であっても

今は…その和の国で彼方の流儀でもてなしを受けている設定だ」


「…畏まりました」



「さて、一旦上がるか…」

「ん、次は洗うんだっけ?」


「そうだ」


マルコがカルサイトと肩を組みながら湯から上がっていく

敬語も抜けたカルサイトの姿


…異様すぎる



「ジルコン、湯あたりするぞ?」

「はい…殿下」


撃沈しているジルコン

それを振り返ったマルコ…


無理矢理に上がれと促され、

肩を落としきったジルコンが重そうに身体を湯から上げていく



可哀想に…



「オリゼ、何か言いたそうだが?」

「マルコ…脱ぐなら俺1人でいいだろ…ジルコンを丸め込んで満足か?」


ジルコンを振り返ったとき、

俺を視界に収めたのだろう…形無しのジルコンを眺めていたのを、

マルコを心の中で鬼畜野郎と詰ったのがばれているようにも感じる



「裸の付き合いとは1人がそ「マルコ、もういい…十分心意気は認めたから解説はいらない」…そうか、オリゼも上がれよ?」



「分かった…」


渋々立ち上がり、洗い場の方へと足を向ければ

玄武が背中越しについてくるのが分かった




もういい…

ジルコンとその侍従の方は一旦放っておこう。

心配したオニキスがそちらに行ったし…任せておけば問題無さそうだ


うちひしがれた主人を守るように

反対側の洗い場に消えていった侍従は、俺を殺さんばかりだったし

多分ジルコンのためを思って、

脱ぐとしてもせめてあまり目につかないようにとそこを選んだのか…



奥を見れば、

マルコとカルサイトが肩を並べている。


何を話しているかは声を押さえていて、響くこの浴室でも聞き取れないが…

カルサイトは…何故かすんなりと受け入れている。

隣にいる殿下に聞きながらも…こくこくと頷いて紐を解いているからだ


怯えていないし、会話も弾んでいる


だからといって俺はそれをよしと出来ない、

カルサイトの様子が芳しい…これをいいことにマルコが、

同様の動作…そしてその貴人の肌を惜しみ無く晒したからだ






なんで過去の俺はこんなことをしでかしたのか…

何故和の国の異文化等、あの時マルコに教えてしまったのか、

そう後悔苛まれても

過去の訂正など出来ようもない



そんな思考をしていれば、

ラピスは諦めながらも、

何処か楽しんでいる…慣れた手つきで衣を脱ぎ捨てて此方に向かってくる…




仕方ない…

このまま洗い場で立ち尽くしているわけにもいないな…



「玄武」

「…よろしいのですか?」


「今更だ、ジルコンが脱いで俺が脱がないわけには行かない」

「…はい?」


「何故殿下ではないかって?…マルコはしらん、好きで脱いだ奴に義理はない」


「…貴台はそう考えられるのですね。

では…失礼します」



隣に既に座り、

ルークに身体を洗って貰っているラピス

それを見ながら、

ゆっくりと丁寧に俺の襦袢を脱がせていく玄武に身を任せる


…本当は自分で脱ぐべきだったし、

そうしたかった。

だがそれでも玄武に脱がせろと指示を出したのは、

ひとえに俺の心の平穏のため…


着脱の際に、

貴台の手首に負担が掛かりますだの、どうのこうのと学園についてからとても口煩いのだ。

これくらいなら良いだろうと、

少し部屋を玄武が空けていた時…少し暑いからと部屋着の上を脱ごうとした昨夜。

丁度間の悪いことに、

ティーセットを持って戻ってきた玄武に怒られた…そはれも小言で済まなかった…



だから…任せた。

濡れた襦袢を乱暴に脱ごうとすれば、

玄武は止めるだろう…


それに此処では控えるだろうが…

部屋に帰れば…折角傷口が治りかけていたのに、とか瘡蓋が剥がれて痕になるとか…多分すごく怒られる。

…いや、確実に小言でなく大言を貰う羽目になるのは目に見えている




「貴台」

「…」


「…大丈夫ですか?」

「ああ、案じるな」


「そう、ですか…」


漸く終わったらしい、

少し俺を案じる声音になっている。

それは俺があまり触れられるのを好まないことを知っているから…

風呂に浸かるのも昔から1人を好むと分かっている上、

この状況だ。


玄武の声に座ればラピスだけでなく

…何故かオニキスが反対側に座っていた



「はあ…何で隣に座るんだ」


「え?昔もそうしてたじゃない」

「此処が定位置だっただろ…忘れたのか?」


「…いや、

だが悪意しか今は感じないんだが…特にオニキス」


「…」

「ジルコン放置してどうするつもりだ、あのままだと更に悪化する。

それを分かっていてこっちに来たのか?」


「いや俺も流石にと思って…近くに居たが、追い払われた」

「どうせ湯船に浸かるんだぞ…」



「まあな…てか、あれはいいのか?」


「カルサイトが楽しそうならいいだろ…あの組み合わせが珍しいのが悪いのか?」


オニキスの示したマルコとカルサイトの様子、

楽しそうになにやら話が盛り上がっているようだ…


裸の付き合い、

これこそ真価を発揮した事例だろうし…

真髄を体現したらならばこれで良いのではないかと思うが?


何が問題なのだと、

オニキスに目を戻して聞けば…


…なにやら愉快そうに俺を見て笑っている



「お前にとっては混ぜるな危険…だろ?」

「っ…」



そう言うことか…

話題は俺、

先程から僅かに聞こえてくる単語に気付かない振りをしていたが…

今一度注意して聞いてみれば、

身に覚えのある言葉をカルサイトが言っている。


情報交換でもしているのか…



「ま、オリゼはそう言うことで仲を引き裂きはしないだろうな。

多分オリゼネタで盛り上がってるだろうがいなかろうが…な?」



はあ…するわけないだろ、

てか出来ない。

マルコのことだ、

俺が何を聞き出していると首を突っ込むだけ徒労に終わるし、

何か問題でもあるのかと聞かれ痛手を被るだけ…


それに…

カルサイトが楽しそうにしてるならそれで良い


問題は、

今どうにかすべきは己の保身ではない


「さっさと洗って、

ジルコンをぶちこむぞ」


「お前…本当に怖いもの知らずだよな。

放っておいた方が良いんじゃないか?」



「放置する方が問題だ、殺される。それに此処までやって退けないだろ?

マルコのここは和の国で裸の付き合いするって発言…ジルコンだけ不参加にさせるわけには行かない」


「ジルコンのためか?」

「それ意外何がある…」


ジルコンは俺を案じて此処に来た筈だ、

それなのにあちら側に隠れ、輪にも入れず…辱しめを受けたのだと感じているなら

あまりにその気持ちを無下に扱うことになる

こうなったのも、心配かけたのも

…全部俺の責任だ。



何やら皆で画策して俺を此処に連れてきたのは分かるが…

何も俺をいたぶる為にしたわけではないだろうし。



「玄武」

「…畏まりました」


丁寧に俺の身体を労るように洗っていた玄武を急かせば、

少し速度を上げてくれる。

傷と痣以外の部分だけだが…


久しぶりだ、

こうして豊富な湯で髪を櫛削りながら洗われていくのは…

惜しげもなく使われる最高級のシャンプーにリンス、

傷に触らないよう選んだらしい刺激の少ないボディーソープはどれも香りが控えめだ。

普段ならこんなものは使わないし、

玄武も選ばない。

香りを纏うにしても、

僅かに香る位に押さえた…香を焚き染めた服を持ってきてくれる。


そうすることで、

俺の身体にも匂いが移る…



だが、今は無香料とはいかない。

こんな場所でも

香りを纏うのは嗜みだから…

1人きりではない、気心知れた仲ではあるものもの他家の目がある。


まあ…玄武も最低限にしてくれたらしいし、

気になる程でもない。

科学的で人工のキツイ匂いが苦手な俺にはこれくらいが丁度良い

これで充分なのだ…



「貴台」

「…問題ない」


途中で、

匂いが強くないか案じる玄武に声を返せば…

どうやら安心したらしい。


そして、

本調子となった玄武が俺を清めていく手に自然と身体から無駄な力が抜けていったのだった





「…さて」

「行くのか?」


「オニキスとラピスは先に入ってて良い」

「…そうするよ」


「あー、健闘を祈る」




「そこで何してるんだ、ジルコン」

「お前…オリゼ」


「俺に対する阿鼻雑言なら察している。

言いたいことは飲め、マルコを待たせることの方がジルコンにとっては良くないだろ?」

「だが…」


「マルコがそうしたいって言ってるんだ、そうするしかないだろ」

「そもそもお前が…」


「煩い、いつまでもそこに居られると思うなよジルコン」

「おい、喧嘩なら買うぞ」


「…なら買えば良い。行くぞ」

「ちょ…オリゼ、待て!」





…カポーン


「…」

「んー」


一仕事終えた風呂は気持ちいい…


伸びをしていれば、

その達成感を阻む…近距離からの敵意



「おい」

「…ん?」


無理矢理ジルコンの腕をとって、湯船まで引きずり込んできた

まあ不満に思うのは仕方ないけど…

納得して着いてきたんでしょ?


だからこうして湯に浸かってる…


「…満足か?」

「まるで俺がジルコンを無理矢理引っ張ってきたみたいに言うね?」


そう、無理矢理ジルコンの腕をとって湯船まで引きずり込んできたというのは比喩表現


勿論こんな状況でも

ジルコンの力に俺は叶わない。


後ろに腕を引かれ抵抗されれば、

俺は転ぶだけでは済まないと知りつつ…断行したのだ。




「違わない」


「…そう言い張るなら、少しは抵抗してから言わないと真実味がないよ。

手を払うのも、俺の腕を引っ張って床に転がすくらい簡単だよね?」



「…しようとすれば出来た」


「なら何でしなかった?

俺の身体を気遣って抵抗しなかったのは理由にならない。

それを織り込んで俺が動いたことにも気付かない程ジルコンは馬鹿じゃない筈だからね?」


「憶測で物を言うな、オリゼ」


「事実を言っているだけだ。

抵抗しなかった、俺を阻止しなかった…つまりどんな理由であれジルコンが此処に来たのは自身の意思だよね?」



否定してはいるが、

今更口先で足掻いても無駄な努力だけどね?


端から見てもそう見えただろうし、

証人は俺を除いても最低3人はいるのだ



俺の身体状態を逆手にとった、

素肌を晒すことに一瞬怯んだこともあるが、

思惑通り…ジルコンは俺の身体に負担を掛けまいとしたらしい。


俺の腕を引っ張ることすらせず、

抵抗もしなかった。

ジルコンは自身の意志で俺に付いてきたと言っても過言じゃない。




「…他に選択の余地は無かった、

それを強制と言わず何と言うか知っているか?」


「ん?選択の余地?

あの時権力がどうのって俺を脅したけど…ジルコンが伯爵家子息なのは去年と変わらないよね」



「…あの時とは違う」


「んー、それはそうだろうね」


「何て気持ち良さそうに…お前、後で絶対絞める」

「好きにすれば?でもジルコンは出来ないと思うけど」


「何故出来ないと思う」

「あの時と違うのは…俺が友達だからだって言いたいんだろ?」


「…」


「ほらね、

あの時敬語は抜けとは言われたけど…それ以上のことをしてもお堅いジルコンは無礼がどうの言わないし?」






「ぷくっ…」

「おい、ラピス」


「だって…ジルコンが黙るなんてさ…」

「オリゼだから出来るんだよ、俺らがジルコンにやっても有効じゃないからこれ以上笑うな…怒りを買うぞ?」


「そうなったとしても、オリゼが止めるよね?」

「…そうだな」


「何話してんだよ…ラピス」

「聞こえてるでしょ?…ジルコンに俺が虐められてたらオリゼはどうするかって話」


「…まあ間違っちゃいないが、止めるのはジルコンだけじゃなくお前もだからな…ラピス」

「えー?」


「今…ジルコンが怒る原因はお前の方にあるだろうが…」

「まあね…ま、止めてくれるならいいや」



まあ、

ジルコンが今ラピスを構う余裕はないから良いけど

ラピスも何故かそれで良いやと納得したらしいし…マルコはカルサイトと楽しくやっている。


ならば、

俺がまったりしてもそれを阻害する言葉が此方に向けられることはない。

漸く力を抜いて湯に浸れると

今度こそ背を湯船の壁に預けて寛いだのだった






「はあ…で、オリゼ?」


「…なんだよ」


気持ちよく揺蕩ってたのに、

何だ?

…オニキスが折角浸っていた浄土を踏み荒らしてきた




「裸の付き合いするって言ってたよな?」

「…」


何を言い出す?

既に一糸纏わずこうして湯に浸かっている。

それで充分だろうと、

オニキスに対して馬鹿なことを言うなと目で牽制したが…


…ニヤリと笑われた



「手、出せ」

「…そう言うことじゃないだろ」


「ラピス」

「はいはい…じゃあ俺は足ね」


ラピスに足を触られる、

いや…押さえつけられているとでも言った方が適切か?

オニキスの声によってラピスがその意を汲んだ行動だ…


冗談抜きで、

本気でやるつもりらしい…



「止めろラピス、和の国では…湯船でマッサージなんてしない」

「誰も気にしないけど?」


湯が垢で汚れる…

例え垢で汚れないとしても、眉を潜める行為だとラピスも分かっている筈


俺がそう教えたのだから…




「そうじゃない…」


「和の国設定だけどさ、同時に王国の貴人であることも設定だよね?

だから多少の無作法はゆるされるでしょ?」


「ラピス…問題はそこじゃないだろ…」


「ん?ああ…湯を張り替えるよ?」


「…なに?」

「掃除もするし」




「…誰がするんだ?」


これだけの広さの浴室、

魔方陣を使ったところで少なくない魔力を消費する

疲労は避けられない、

…負担がないとは決して言えないだろうに



「私が致します」

「…っ」


…まさかアコヤさんが?

此処の湯の張り替えに掃除まで?




信じたくなくても…

聞こえた声はまさしく俺の上司


確認も出来ない、

怖くて振り向けん…

ただでさえ、俺を危険人物扱いするだろうと分かっていたのに…


監視する視線はずっと感じていた、

先程から刺さっていた視線には、

録に殿下に仕えもせず風呂に浸かっている部下…

例え俺がマルコの友人であっても侍従の本分を疎かにした奴のその世話を

…何故そんなことまでしなければという不満も含まれていたのか


動けない…


暖かい筈の湯が身体を温めていた筈なのに、

身体が寒さで硬直していくようだ





「てなわけでだ、

オニキス…片腕寄越せ」

「いいぞ、右でいいか?」

「ああ」


「ラピス」

「なに、ジルコン」

「背中は任せろ」

「…いいよ、多分肩甲骨回りは凝っているだろうから念入りにしたほうがいいよ?」

「念入り、にな…分かった」




「…僕は?」

「カルサイト?…あー、右足でいいなら譲るけど?」


「ありがと、ラピス!」



腕を取られ、はたと気づいた、この状況

オニキスが俺の左腕を掴んでいる


抵抗しようとしたが、

既に手遅れ…だった


右手は何故かマルコが握っているし、

目の前にはラピスだけでなくカルサイトがにじり寄ってきている…

そして背中が壁から引き剥がされたと思えば、

柔らかい肌が当たって肩を押さえられる


どうやら壁と俺の背中の間にジルコンが身を滑り込ませたらしい…

復活が思ったより早かった、

怒っているのか…

そう恐る恐る振り返って確認すれば…悪魔の化身でも見た気分になった


怖すぎる…

どうにかして逃れられないかと考えていれば玄武の足が目に止まる




「玄武…」

「貴台…っ、申し訳ありません」



助けを求めて見上げたが、

駄目だった…


俺がマルコと近づいた…

いや、殿下が俺に近付いたことで脅威判定が高まったのだろう。

アコヤさんの視線が鋭い…


そして

玄武が俺に近付いてこようとした、それも当然許されなかった

アコヤさんが、

その挙動を見て即座に玄武の肩を一叩きした。




…そうだよな、失念してた。

俺の射程圏内に殿下がいる、

その上玄武がこの場に居れば…警戒されて仕方ないか



「玄武、水。

…キンキンに冷えたやつ持ってきてくれない?」


「ですが…」


俺をこの状態で置いていくことに抵抗を感じたのだろう、

躊躇して言い淀んだが…

俺より格の高い子息の侍従だ。

此処に居たところで玄武が俺を助けることなど出来ない


実際、

アコヤさんに肩に手を置かれただけで動けなくされているのだから…




「玄武、命令」


「…畏まりました」



ならば、

俺の心証を良くし、玄武に仕事を与えることで俺への引け目を軽減する方が生産的と言えよう…

例えこの身に災厄が振り掛かると分かっていても。


そう思ってこの場から玄武を追い出したのだった…








「…ん」


アコヤさんの監視がある以上、

下手な真似は出来ないと我慢した。

なされるまま、

四肢と背中を預け手いれば眠気が襲ってくる


体温が戻ったことと、

湯に浸かり続けることでの疲労とが重なって…

殆ど意識が朦朧としている




「もう半分寝てるよね…?」


「呑気なやつだ」

「まあな…諦めたんだろ」


カルサイトの言葉にジルコンとオニキスが答えている

霧が掛かったように遠くに聞こえる会話に、

口を挟む気力すらもう殆ど尽きている


眠気と倦怠感だ…



「ねえ…そんな気持ちいいものなのかな?」

「筋肉を解して乳酸を押し流したから、気持ちいいだろうけど。もう少ししたら一時的にぐったりなるよ?

冷えもない、ツボを圧して血行も良くなったし疲れも今晩ゆっくり寝れば寝ればとれる」


「ん…オニキス」

「なんだよ」


もう充分、

既にぐったりしているとオニキスに言いたい

だが言ったところで何の甲斐もないことだけはこの頭でも判断できる…


ならば…



「そこ…の一個、前」

「オリゼ…軽くした理由は分かるだろ、痣の近くだ」


何故か避けられていた、

凝っている場所を圧してくれとオニキスに言えば…

どうやら…痣を避けていたらしい。


でも…


「ん…もう少し…」


「ちっ、痛いっていうなよ?

ラピス…足もやってやれ、半分程度の力でいい」


「分かった…いくよ、オリゼ」



何故か足も同時にされるらしい、

そんなに痛いものなのか…

そう心づもりをする前に、痛みが襲ってきた


「っ…う」


痛い…

予想以上の痛覚に思わず身動ぎすれば、

ジルコンが後ろから羽交い締めにしてくれる


動けない…

自由になる右側の手足を動かそうとするも、

それも何故か強めに押さえつけられて動かせない


もういい

終わったなら解放してくれ…



「後はここか、やるなら全部やるぞ」

「了解…オニキス」


「や…やめ、いっ…」


目がお陰で覚めていく、

湯あたりしてぼうっと頭がするのは仕方ないが…

痛みで閉じ掛けていた目がバッチリ開いた



「ほらね…」

「言わんこっちゃない」


「オニ…キス」


「ああ…もうこれ以上はやらない、お前の侍従が戻ってきたし…何言われるか分からないしな」

「?玄武は…オニキスにはなにもしないけど?」


何言ってるんだろう、

オニキスに手出し何てさせないし…

そもそも分別が玄武にはある。


「…怖いんだからな、今だって視線だけで鳥肌立ってるんだよ」

「うん?」


アコヤさんに比べれば、

今の玄武は怖くないと思うけど…


それでも、オニキスがそう言うなら何かあるのかと…

そう疑問に思って確認してみれば、

水を持って立っている玄武がそこには居た。



確かに…

表情は変化しているけど、

そこまで怖くはない。


変なの…


「貴台…」

「そう…戻ってきたの?

オニキスが怖いって…怒るのやめてやってよ」


「…貴台がそう言われるのでしたらそういたしましょう」

「ん」


ほら、

すんなり退くじゃないか

何を懸念しているのか全く分からない




「はあ…強く圧したところは後で赤くなるから、湿布薬塗って貰え。

本当お前の侍従は怖い…」


「…叱責、しようか?」


嫌ではあったが、

オニキスの号令で俺の身体を気遣ってくれたのだ。

それに忠告された上で、

強く圧せと言ったのは俺だ…


静止を無視したのは…まあ、愛嬌にしておくとして。

そこまで言うなら、

鞭でも打とうかと提案したが…



「いやしなくて良い。

目、覚めたんだろ?」

「…うん」


その俺の提案にも血の気が引いた顔で、

しなくて良いと断る

頭を大きく横に振るオニキスに頭がかしがっていく。


そんな怖いこともないだろうに…





「…皆もう上がるぞ、

オリゼも水飲んだら急がなくていいから来いよ?」


「ん…」


逃げるように、

オニキスが手を離して立ち上がる

それを皮切りに…

皆湯から上がって脱衣室に消えていく。



…置いてかれた。


多分待ってくれるだろうけど

と、

急ぎもせずに1人見送ったのだった…



「貴台」

「玄武…水は?」


「…御持ちいたしました」


「分かった…ん、んく…」



玄武から受け取ったグラスは

キンキンに冷えて冷たい。



ごく


ごくごくごく…


と、熱くなった身体を内から冷やす水が喉をならす。


一口飲めば、

止めることなど出来ずグラスを大きく傾けて一気に飲み干してしまった



「ぷはっ…旨い」


水の冷たさで

頭の靄が晴れていく、


眠気も残っていない。

お陰で…思考も戻ってきたようだと

空のグラスを玄武へと渡し、浴槽の縁に手を掛けて立ち上がろうとした



「貴台」


が、

その手に力を入れる前に阻まれる。

肩を軽く押さえつけられて、

挙動を止められた後…何故か玄武が手を湯の中に差し入れてくる


「…なに、その手?」

「御立ちになられるのですか?」


まるで、

俺を掬い上げて抱き上げるような…



「すっかり目も覚めたし…水も飲んだ。

1人で歩ける」

「湯あたりされておりますし、脱力されていますよね?」


「…分かった…分かった、

そう急くな、玄武」


笑みを深くした玄武が、

手を更に進めてくる様子に…

確かに少し怒っているのかと勘づいていく


まあ、

オニキスに対してではなく

俺に対する物だろうけど…




「…ではどうなさるおつもりですか?」


「肩を貸してくれ、それでいいだろ」

「抱き抱えた方が確実です」


俺以外に誰もここには居ない。

他の目がなくなったことで、次第に玄武に遠慮がなくなっていく…


ならば

譲歩してくれる手立てもある。


…何時も通りにすれば良いのだ





「玄武…俺の手当ては脱衣室でやっていい」

「当然させていただきます」


「マッサージで肌が赤くなったのは、俺がそうして欲しいと言ったからだ」

「お聞きしておりました」


「あー…それと、心配かけて悪かった」

「…いえ」



「…だから貸すのは肩だけでいい」

「御随意に…貴台」


そう、

玄武が納得するラインまで譲歩する。

そして心配掛けたことも謝れば、

ゆっくりと俺の脇を抱えて持ち上げた後…支えながら歩かせてくれたのだった




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