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赤5




仕事すらもうしなくていい、

部屋に下がって自粛していろと己に向けられた大人びた貴台の顔は…今も脳裏に焼き付いている

烏さんや玄武さんに責をとらせる時に、

そんな顔は何度か見てきた。


だが、それが己に向けられて処断を下されたのは…

初めてだった

いつも…我に対しては目溢しと、甘い処断で…

同年代のよしみだと、

一緒に育ってきた兄弟のように扱って下さっていた。

それもこれも…

我が主従関係に、

侍従としてあまりいい感情を持っていないと知っているからで




それでも今回は、流石にそうはならなかった

そんな貴台でも許せない領域

琴線に触れた…

侍従としてあるまじき行動をとった。

こんなになった原因は差し出がましい事をしたからだと分かっていたのだけれど…

己の侍従としての本分を忘れ、

個人的な感情から動き…終いには主人である貴台にそれを無理強いする羽目に…



それでも、

後悔はしていない

反省すべき点だと、恥ずべき行動だったとしても…

貴台に単にここの学園生として…

その誇らしい貴台を、仕える相手を周囲に示したかった

それに値する御人だから、

我にとって仕える相手として過分であるほどの方だから…




周りから殿下の侍従として一歩引いた態度を取られるのは分かります…

ですが、それを格好の的にする頭の足りない輩が…

…貴台に手を出しても大丈夫だとそれを勘違いして理解した能無し共が…


貴台の陰口を叩く場面に何度も遭遇した


この度に我慢してきた…

あちらからも我の存在を認めながらも、その悪意ある口を塞がなかった

此方の耳に入れさせてきた。


どうせ何も手出ししてこないのだろうと言わんばかりに、

そう…

馬鹿にした表情と罵声によって…





限界だった、

貴台が何も知らない馬鹿どもに勝手に貶められ評されるのは。

どいつも貴台の足元にも及ばない成績に器量、

人の器としても矮小で…


だから我慢ならなかった

貴台にその事を知らせることはない、

気分を害することも憚られる。


そんな無駄な奴らの言葉を耳にいれられる時間等ないのだと、

玄武さんとも…

貴台に聞かれるまではその件について口にしないようにと決めている




悲しい…

悔しい

許されるなら報復だってしてやりたい

出きることなら、

我の力を全て発揮して貴台の名誉を示したい



冷たい

布団にくるまっても、

暖かみは訪れない

情けなくも嗚咽を漏らしながら…そんな事が頭を巡って巡って、

貴台にもう合わせる顔がなったではと寒気が襲う。

怒りによる業火に、

身体の内から燃える様な怒号が…

冷気と熱気


代わりがわりにこの身を苛んでくる





…朝


あろうことか

そんな状態でも、

身体は正直で…我はいつの間にか昨日は良く眠れてしまったらしい。


先程起きた…

何事も無かったように、自己防衛の為にかその記憶を消していた…

起きて、

侍従服に袖を通し…

何時もの癖で朝のコーヒーをいれようとして、動きが止まった

今は自粛の身であると。


貴台の部屋に続く扉は

我に今開ける資格もないことを…思い出して



スツールに、

座ることも出来ず…壁に持たれるようにずるずると床に座り込んだ


何も出来ない、

朝のコーヒーを淹れて貴台を楽しませることすら…

そんな小さなことすら出来ない、

己が身を恨む




「川獺、入りますよ」


「…どうぞ」



「朝食を持ってきました」

「食欲等…」


何処にいるのかと思えば…そこですか?

部屋の隅に体育座りで、

床に縮こまるように頭を抱えて蹲っている


全く…

スツールにも座らず、何をしているのです…?

川獺、反省するにしてもまだその体勢は整っているとは言えないですが


まあ…昨晩よりは幾分…



「食べるようにとの貴台のご命令です、それを不肖に履行させないつもりか?

貴方が食事を抜いたところで、貴台からの罰にはなりえません。

食べねば命令違反を繰り返すだけです」


「…う」



「川獺、食べなさい」

「命令違反…」


違反は嫌だと…

そんな事は出来ないと、横に頭を振っている

が、暫く待っても食べようとはしない


命令違反

やだ

食べたくない

聞き取りにくくも

その単語を小さく呟き震えていく川獺にやり過ぎたと我に返る


川獺を脅すなよ…

貴台の言葉が頭の中に過る…

これではそれに反する事になりますかね。


仕方ありません…




「はあ…何も、貴台はそのような言い回しはされませんでしたが」

「っ…何と…」


「昨夜はちゃんと眠れたようで良かったと、

吐くことも嚥ずくことも無く夕食も食べれたのなら安心だと川獺を案じるだけでした」


「…貴台」


「川獺に美味しく食べて欲しいそうです、

食事を罰にすることはないと…食べたくない気持ちは分かるが、食事を抜くことで川獺の身体に負担が掛かることはしないとも」



「何故…我をそこまで」


「川獺、貴台の優しさは受け取りなさい。

それが不肖達の仕える主人です、川獺もその様な方だからこそ担当侍従になりたいと頭を垂れたのでしょう?」


「優しさが…痛いです、

この我には相応しくない…」



その心中は、

似た状況を経験した不肖にも分かりますが…


それでも貴台から与えられたもの、

口が裂けても要らぬなどとは言わせません


「それでも受け入れなさい、

ほら…スツールに座って…」


「はい…」



命令違反をしないためではない…

そこまでの心配りをされて、拒否など出来ないと川獺も思ったのか、

蹲っていた塊は壁に手を付きながら立ち上がりスツールに座る。

ぐずぐずと、泣きながらも

そこまでは良かった…



机の上の朝食を見るまでは


食べるまでは此処にいるつもりだが…

川獺はそこから身体を硬直させ頭を振って手を伸ばそうとしない



「…食べれませんか?」


「何故、我の好きな食べ物ばかり…何故っ」



甘じょっぱいパニーニに、

甘いデニッシュ…洋梨のジャムと果糖のヨーグルト


そして駄目押しに、

甘いロイヤルミルクティーだ。



それも川獺カスタム…角砂糖二個添えで用意するようにとの指示通りに

そもそもバターに砂糖と高級茶葉をふんだんに使用したメニューは、

朝早く城下の貴族向けの店で買ってきた代物


朝早くに朝食は彼処のパンが良いなあー等と言われて…

貴台の指示で買ってはきたものの、指示された内容が気になった。

…量も一人分ではなく嫌な予感がした。



そしてそれは的中する、

…貴台には角切りのプロセスチーズが沢山入った気に入りのハードブレッド数枚といつものコーヒーだけ。

他の物は、不肖と川獺のための物

主人より豪勢な食事を2度に渡って不肖も食べている。



流石に身に余る…と顔をしかめれば

ニッコリと、

もちろん玄武も後で楽しんでね?と貴台の指示が即座に下され、

甘党である不肖にも好物であるこの甘い朝食をあてがって頂いた…



「今朝、コーヒーを御持ちした際に再度不肖に脅すなと釘を刺されました。

本来であれば、川獺の想いに応えられたのにと。

確かに川獺のあれは命令違反ではありましたが…傍に侍り主人の面子を立てることも侍従の仕事の内であると貴台は理解されています、そしてそれをさせてやれず我慢させているから…とまで仰って下さっています」


「…貴台は、

それを気にされて我にこのような朝食まで御用意になられたのですか?」


「不肖にも、川獺と同様に要らぬ我慢をさせたと言われ

その豪勢な食事を…先程頂いた次第です」




「…貴台は、単に命令違反についてだけ咎めるおつもりですか?

我の侍従としての越権行為その物については…」


「いいから食べなさい」


「…頂きます」


「どうぞ」


一口、

口にすればそれはもう速かった。

美味しそうに頬を緩めながら、川獺は次々に食べ進めていく


たださえ甘いガナッシュがかかったデニッシュをちぎり、

そのちぎった一切れずつにたっぷりと洋梨のジャムをつけて食べ進めていく

美味しいですよね…それ。


次にカリカリのベーコンとスクランブルエッグ、

トマトにトロリと溶けたチェダーチーズ

それを薄いパニーニに挟んである…

これまた美味しいんですよ、先程食べましたが

パンのもっちりした食感と塩味と小麦の甘味が…口のなかでその具材を纏めあげるんですよ…


角砂糖二個を溶かしたロイヤルミルクティーと、

交互に食べ進めていく様は…至福そのもの。




まあ、これ程迄に美味しいのですから、

川獺も先程までしのご言っていたことも忘れているのでしょうね…

貴台の侍従だからと言って滅多に口にすることはない、

そんな…高級品ばかり。

自粛の部屋にいることも忘れるような紅茶の甘い香りとデニッシュの香ばしい匂いがここには漂っている


そして、

不肖の部屋にもその残り香が今も残っているはず

それだけで、

幸せになれると言うものです…



「…あ」


もうない…そんな言葉が続いて聞こえてきますよ、川獺?

食べたり無くともおかわりはありませんが、

いくらでも食べられる気分になっているのも共感出来ます

すっかり空になった、

盆の上の食器達

小さな瓶とはいえ、一瓶まるごとジャムも消え去り

砂糖で甘々のロイヤルミルクティーも既に川獺の胃の中に消えていった




「堪能しましたか?」

「っ…はい」


「美味しかったでしょう?」

「はい…とても」


「…昼にはまた来ますが、何かありますか?」

「貴台に…ありがとうございますと…許されるなら伝えて頂けませんか?」


「良いですよ、では不肖は他の仕事を済ませてきますね」

「…っ」



「川獺?」

「宜しくお願いいたします…我の分も…申し訳ございません」


「…分かりました」




…スツールに座り、

不肖に対して頭を下げる姿

最後にそれを確認してから部屋を出ていったのだった



コンコン…


「入れ」


「…貴台」


「ああ、話しは後で聞く。そろそろ講義に行く時間だな?」

「はい…御戻りは遅いのでしょうか…」



取り急ぎの仕事だけ終わらせ、貴台の元に戻れば…


お気に入りのソファー、

ポットに淹れて置いたアールグレイを飲みながら講義の予習をしてる貴台が此方に気づく


先程部屋を一旦辞した時と変わらないその姿、

立ち上がり出発しようとする挙動に…机の上の物を纏め、肩掛けに入れて差し上げる




「気掛かりは…薬か?」

「はい」


制服のよれを直し、

肩掛けを差し出せば…先程の不肖の問いに応えてくださるようだ。

貴台の体調は回復に向かってる、

だからこそ無理されるのではないかと同時に不安でならないと…

昼食も、薬も…

出来れば此方で済ませていただければと

そんな提言を言い出す訳にはいかず、濁したのにも関わらず察していただけた…





「昼に一旦戻る、

薬を飲めば…その後の選択講義と図書委員の集まりも安心するだろう?」


「…貴台」


「言いたいことくらい分かる、前期のように寝込みはしない。

…行ってくる」

「行ってらっしゃいませ、貴台」




少し玄武の様子に後ろ髪を引かれながらも、

寮を後にし基礎講義に向かう


少し過ごしやすくなった、

秋晴れの中歩いて教室に入れば



「おはよう、オリゼ」

「ラピス様…おはようございます」


席に肩掛けを置くなり待ち構えていた…悪友、

隣の席に座っているラピスが声を掛けてくる



「なんだ、少しは元気になったな」

「お陰様で…」

「んー大丈夫なの?僕等…心配してたんだよ」


「…ジルコン様も、カルサイト様も…ありがとうございます。

ご心配掛けたこと…お詫び致します」


そして、

その悪友の机の周りに集まっていた二人…

軽く腰を折って謝れば、

少し不満そうな気配が漂ってくる


「頭を上げてよ…何も僕等、そんな謝罪が欲しくて聞いたんじゃないんだよ?」

「申し訳ございません」


「…それとね、落ち着いたら手紙出すから…良ければ良い返事欲しいな」

「?…畏まりました、出来る限り色良い返事を心掛けます」



「んー、これでいい?ジルコン」

「ああ、気が済んだ」


なんだろうか…

落ち着いたらと、カルサイトが言ったのは俺の体調の話だろう

だが手紙で…かつ色良い返事をと、言うのは…?

気が済んだと言ったジルコン

そして俺が出来る限り心掛けると言えば、あからさまに機嫌が良くなった悪友


まさか…

ここに居ないオニキスも含めて何か画策しているのか?


そんな疑問にも答えること無く…

満足げに、

三者三様…各々の席についていく



なんだったんだ…

そう思いながらも、時間がないと切り替える

俺も席について少しでも予習をしなければと、学期初めの講義内容に目を通していったのだった







算術と礼儀作法については何とかなった…

歴史学については、

予復習がもう少し足りない。

あまり玄武に心配掛けられないけど…今日中に巻き返しておきたいなと

昼休憩…皆が食堂や寮へ戻っていく中、

俺は教室に留まる


午前に三講義しかなかったから…一講義分の余裕がある。

記憶の定着は早い方がいい、

その時間を活用しようと…

午前の講義内容の復習と少し予習をしてから…人気が無くなった教室から外に出た





朝とは違い、

日が出て気持ちがいい…

少し遅くなってしまったと、寮へ戻っていく足を速める



「ただいま」

「…お疲れ様でした」


「ん、それで昼食は何?」


肩掛けを半場、

玄武にむしりとられるように預けさせられ…ソファーに座れば

テーブルには既に用意が出来ている。

それも出来立て…


玄武、

俺が空いた講義分早く帰ってくることはないと見込んでいたな?



「メインは雲丹のクリームパスタ…はばのりと青じそを添えました。

前菜とスープはお好きなスモークサーモンのマリネにオニオンスープです」


「…うん、豪華だね

なんとなく理由は分かるけど…クリームパスタとルッコラのサラダは美味しかったの?」


これなら食堂で食べるより豪華、

多分デザートは…薬の後かな…

それについて了承したから文句はないけど、

てっきり俺の胃を心配してあっさりした和食か精進料理かと思ってた…




つまり、

玄武が耐えかねたんだね?

昨晩から続く手当て代わりの…俺が豪華にした料理に


俺が玄武や川獺よりも絢爛豪華なメニューを食べていれば、

心苦しく思うのもまだマシになったのだっただろうけど…

俺は薬飲んでたし、

胃への負担と飲み合わせを考えて…侍従である玄武達より格段に簡素な食事をとってきたわけだから

二食で既に玄武の許容範囲を大きく越えたらしい




「美味しく頂きました…そこまでお分かりならば、貴台も熱いうちにお召し上がり下さい」


「ん」


やっぱり、気に病んだのか…

気にしなくていいのにと

少し棘のある言葉に、そう確信した



スモークサーモン、

やっぱり美味しいよね…少しオニオンと酢が控えめなのは残念

胃の負担を少し懸念した玄武の事だから…これが限界なのは分かるけど…


…ん!

隠し味は発酵バターかな?

雲丹の味を邪魔しない程度のクリームの深み、あっさり目でも味の奥行きを出したかったのか…

そしてさっぱりさせるための青じそにアクセントの風味づけにはばのり


オニオンスープは、

黄金色…控えめにチーズがかかったフランスパンが良い具合に浸っている


うん、美味しい

…美味しいけど、

食べ進める度に…ちょっとね?

…玄武の心配が端々に垣間見えてくるよ



「それで?」

「先ずは此方をお飲みください」


食べ終われば、

二段階程ランクが落とされた丸薬と白湯

加えて…

一口サイズのピスタチオのアイスクリームに赤ワインのゼリー、

パンナコッタのデザートプレートが出てきた

勿論紅茶の準備も…

蒸しているポットから、ダージリンの良い香りももう既にしてきている



「ん…」


昨年度飲み慣れたあれの上位版だろうな、

少し配合を変えて効き目を出しているのだろう…


さて、

好物のパンナコッタは…うん、何時も通り美味しい


それから…最近流行しているらしい二つか

どれどれ…


んー、これいいな

ブドウのゼリーより独特の渋みが深みになって美味しい、

アルコールは飛ばしているだろうから何時でも食べられる


緑色の小さな半円…は

最高だ。

木の実独特の風味に、油脂成分がまったりとバニラアイスのクリーミーさを格上げしている



「玄武」

「どうされました?」


すっかりからになったプレートを下げ、

紅茶をサーブしながら聞いてくる玄武に意地悪だなあと感じる


「…どれも美味しかった、

後…たまにこのデザートプレート出してくれない?」


「畏まりました」




「…なんか、たまにしか出てこなさそうだけど?

玄武、俺に言いたいことでもあるの?」


少し固い声音で、

返された返答に…腹に何か溜め込んで怒っているのかと勘ぐりたくもなる




「…三講義が終わった後、何をなされていたのですか」


「無理はしていないよ…一講義分座学の自習をしただけだ。

他には?」



「この後、休憩されずにまた教室へ早くに向かわれるのでしょう?」


うわあ…

怒ってないけど不満爆発手前…

信用していないな…


「いつもより…少し遅く行くつもりだったけど?

川獺の話を聞いてから…10分位横になるつもりで」



成る程、玄武は俺が

昼食と薬、

それだけが済めばまた出掛けてしまうと思ったらしい…



「左様で御座いましたか、

して…肩掛けの教本は選択講義の物と差し替えても宜しいでしょうか」



玄武…?


貴台、ここで少しゆっくりしていくのならば、

その時間分予復習する時間も減る…既に一講義分してきたのだから要りませんよね?


ってそれ、言ってるよね?

そういう、圧力だよね…?



「はあ…」

「…貴台」


…まあ、置いていっても帰ってきてやれば問題はない

…選択講義の前に出来るのはその予習だけで精一杯、基礎講義のそれと無理やり短時間で詰め込もうとは思っていない。


加えて、肩掛けが重たくなることも気にしてるんだろうな…

全く…

心配性が過ぎる



「差し替えて良い、これで満足?」

「はい」



「…気が済んだならいいけど、で…川獺は?」


だけど、

俺が過去に寝込むこと数回…いや数十回

玄武の心配性は俺に起因すると自覚しているから、

少しでも俺の負担が少なくなる事を強く望むのも道理だと分かる…


だから…

差し替えを許可した


そのお陰で…

先程の鬼の化身は何処へやら。

何時もの玄武へと表情が和らいでいく…




さて、

薬と食事の用事は済んだ

本題に入ろうか…と川獺の名前を出せば、

折角和らいだ顔に影が落ちる


なんだ?

なにかあったかと玄武を注視する



「今朝は、部屋の隅の床に膝を抱えて蹲っておりました。

朝食は食べたくないと最初は言いましたが…言葉を重ねれば、頬を緩めて頬張っていました」


「そう?それで?」


「先程様子を見た際にも床に蹲っておりました。

が、朝食時とは違いすんなりとスツールに座り、美味しそうに食べておりました」


「他には?」


「許されるならば貴台へ伝言をと、頼まれておりますが…」

「聞く」


「朝食後に何かあるかと聞けば、

貴台へ…ありがとうございますとお伝えください、と言っておりました」


んー


取り敢えず川獺の心身は損なわれていなさそうだけど、

何点か気になる単語が含まれているよね?

玄武?




「そう…言葉を重ねたってなに?」

「貴台の昨晩と今朝方の御言葉の概略を…伝えてはいけませんでしたでしょうか?」


「…玄武?」

「申し訳ございません…

不肖流に伝えたところ、泣いて怯えて動かなくなりましたので…ほぼ原文のままの御発言を引用させて頂きました」



俺の言葉をほぼそのまま伝えれば、

かなり自粛の効果が薄れるだろうな…


あまり甘やかしたくはなかったけど、

玄武がそうせざるおえなかったということは

そこまで川獺が取り乱したのか…



「そう…怖がらせたのか」

「…はい、その通りです」


やはりね…

玄武の事だ、

相当に強い言葉を放ったに違いない…


「まあ…宥めたとするなら許容出来る。

また帰ってきたら様子を報告してね?」



「その様に致します」



何も心身衰弱に迄に追い詰めて反省させたい訳じゃないからね…

と、自身を納得させた後

ソファーから立ち上がって…仮眠するためにベッドへと向かったのだった








選択講義

久々の生活魔法陣


もはや前期は

本来の講義…生活魔法陣の勉強をしつつ、

その後何故か現れる戦術学の教授も加わり…攻撃魔法陣の発現を目標に練習を重ねてきた。


その効果も徐々に顕著に現れてきたのが、

長期休直前だったか…

今回の長期休みも…弟の誕生会に侍従講習と査定で満足な時間は取れなかった

だが、魔力操作に関しては講習と査定で多用したお陰で腕は鈍っていないし…

体力的にも成長出来た部分がある。

魔法陣と剣術の課題であったそれらは少しましになったはず…




だが、それに対して座学に関しての

予習は…あまり出来ていない

というか、ほぼしていないから…

少しずつ講義と平行して進めなければ、そう思って玄武が許す限り早めに特別棟に来た…


少し懐かしくも感じる引戸をガラリと開ければ、

締め切られていた部屋の空気がもわりと匂う。

古びた木造建築と、埃…換気されていなかったせいだろう…


見れば定位置の窓側一番前の机にも、

うっすら埃が堆積している




侍従方式で手で拭き上げてもいいが、時間に限りがある

黒板の溝に置かれた石灰を手にとって…今では書き慣れた浄化魔法陣を描いて魔力を注いでいく


うん、良い感じ…

範囲増強の文字を応用で盛り込んだ中級生活魔法陣だ、

なんなく発動し、陣を起点に次第に教室全体が清められていく


さて、後は少し窓を開けておけば良いと

定位置の机に座る前に…その一つ先、よくあの教授が腰掛ける窓枠を開け放った



さて、少し勉強をしておこう

身体の負担がと…基礎講義の教本は玄武によって部屋に置いてくる羽目になったから、

出来るのはこの生活魔法陣の講義の予習…

静かなこの教室は、

やはり落ち着く…



確か次の課題は…





…ガラリ


「…もう来てたんや」


「はい、お久しぶりです」


時間が経つのは早い…

引戸の音と、教授の声に机から目線を上げた。


先程予習を始めたばかりだと思って時間を確認すれば既に一時間程経って、

講義まで後15分だと…針が指していた



「そうだね、じゃあ少し早いけど始めようか」

「はい、お願いいたします」


「じゃあいつもの、あれからやろうか」


そういって、

久々のいつもの講義始め儀礼になりつつある魔法陣を隣の机に描いていく教授

そう、火の魔法陣


これも侍従講習と査定で多用したお陰で、

少しましになっているはずだ…


「…いきます」


適正量の魔力を練り上げ、

一気に注ぎ入れていく…火ではなく殆ど炎といっても過言ではない大きさ

加えて、

課題だったその炎色もほぼ赤の部分はなく…青白い物となっている



「…いいね、もう消して良いよ」

「はい」


「あと少し、燃焼効率を高められれば赤い部分も消えるやね…

そうすれば攻撃魔法も発現確率が上がる」


「ええ、前期に戦術学の教授に教えていただいていた初歩の物はまだ…確実に発現出来ていないので…それが出来れば嬉しいです」


「あいつも誉めてたからね、攻撃魔法陣の中級クラスも教えたいって言ってたから」

「っ…」


「どうしたんや?」

「いえ…頑張ります」




「無理な気負いはしなくて良いんだよ?

オリゼ君が…今迄の速度で努力していればたどり着けるとあいつが評価しただけだ」


「…ありがとうございます、一層精進致します」




「気負わなくて良いっていっても逆効果か…ま、身体を壊さない程度にね?」

「…善処致します」


「さて…予習はしていたみたいだから安心安心、今日は前期の内容の総テストから始めるよ?」

「…っ」


総復習のテスト…

その言葉に、

血の気が引いていく…



「やるよ?」

「っ…はい」


しまった…予習は先程したが、

復習は前期終わりにしてからしていない…

冷や汗が滲みながら机上を片しながら俯いていると、

まずは筆記からと用紙が机に置かれていく。



「始めていいよ、時間は20分」

「…はい」


開始と言い放った声にガラスペンにインクをつける

伺えば…開け放った窓枠に腰掛けながら涼しい顔をした教授、が

そんな俺の顔を見ていた…


視線が合えば、

早くとりかかれとばかりに表情を少し変えていったのだった






解答用紙に目を落とせば

…先程使った浄化魔法陣の範囲増強と、

乾燥魔法陣の応用について問われている



昨年度習った乾燥魔法陣の基本形は完全に乾燥させるまで失効しない

だから水分量を調節するには、

魔力供給の中断による手法しかない。

…つまり水分量の正確な調整をするのは難しいが、

応用では違う。


生薬や食材に合わせた乾燥度…

そして高級なシルクやベルベット等の衣服を繊維を痛めずに乾燥させられる

回答していくうちに、

そう講義で習ったと記憶が蘇ってくる



其々について、

乾燥度合いとそれの魔法陣を描く問いが続く

人体に使う場合も、

少し勝手が基本形とは違ったと記憶している…




最後は召還魔法陣…


定めた規定量が召還されれば失効する、

状況に応じてその条件づけをする応用を習った…な






「はい、20分経った…ペンを置いて」


「はい…ふう」


全力は尽くしたと脱力していれば

教授が、

必死に俺が回答した答案を机の上からかっさらっていく…



先程使った浄化魔法陣は、

多分大丈夫だ



乾燥魔法陣の、

人体や衣服、食材項目については

日時的に利用しているから安心して掛けたからいいものの


どうしても生薬の残存水分率が何個かうろ覚えで思い出せなかった…



召還魔法陣についても、

前期に条件づけの応用を習ってからは…

使用人の湯屋で湯を張るために繰り返し練習してきた。

魔法陣にミスはない…

実践するとしても、少し自信はある



「どれどれ…?」


「申し訳ありません…復習が足りておりません」


だが、

俺がしっかりと復習していれば答案にわからない問いは無かった筈。

だからその答案を見る目が鋭くなっていくのを見て、

復習しておけば良かったと後悔が募っていく。



受講者のやる気がないなら此方も講義を録にしない、

そう期が始まる度に、

最初の講義には…この教授に毎度言われてきたことだ




不勉強で…やる気を疑われたとすれば、

今後この教授は俺に講義をしてくれなくなる…

復習していないなと、

やる気がないなら後期は受講しなくて言いと言われるかもしれない。


そんな恐怖感から、

そう受け取られれば俺の謝罪等意味をなさないと知りつつ…

思わず自己弁護のための言葉が口から出てしまった





「そんな風に受けとる事にはならなそうやけど…

あ、そうや。採点と次の準備をする間、少しうつ伏せになって休んでてもいいんやで?」


「へ?」


思いもしなかった、

教授の言葉にすっとんきょうな声が漏れる

やる気や努力をしない生徒には

此方も真面目には教えないと前期に言われてから緊張感をもって講義を受けてきたが…

その講義中に、

寝ててもいいよ?とは…一体?





「疲れてるよね?この後実技の方もやるよ?」


「…そうします」




成る程…


疲れた状態で

実技のテストを受けるつもりかと…

実力を発揮出来ないならば、やる意味がないという意図だろう

少しでも回復しておけとの指示に大人しく従って、

机の上に臥したのだった…



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