赤4
…
…
オリゼがココアを飲み終わった頃、
そこから時を少し巻き戻し…
所変わったそこでは少々珍妙な茶会が開かれていた
ラピスとオニキスによって召集された、
ジルコンにカルサイト…そしてマルコの五人による情報共有会だ
場所の提供はジルコン、俺は実習の班が一緒になった縁で度々招かれることもあるところだ
相変わらず…子爵家とは格が違う
…伯爵家嫡男らしい豪華な内装だ
場所決めには紆余曲折あった。
カルサイトの部屋には入ったことはないが、その気性からすこし落ち着いた別荘向けのカントリー調を採用しているらしい。
殿下が来られるなら…とてもじゃないけど見合わないし無理だよ、と格が足りないと固辞したのも頷けた
勿論、俺の部屋でも駄目だ…
そもそも格や部屋の狭さ云々の問題ではない。
調合部屋からの薬臭は応接間にも至っている…
慣れなければ、
その匂いで気分を悪くするか酔うか…そうでなくても、紅茶や菓子の風味が損なわれると良く思われないことは必須
同様に…ラピスの部屋も、
宜しくない景観の物体がたまに転がっている…
気分が滅入るか、気に触るか…
まあ…カルサイトがあまり宜しくない塩梅になることは確実だろう。
ラピスの傍仕え、
…ルークは優秀ではあるが、
如何せん家に馴染みすぎてその特異さに鈍い。
その次期当主のラピスは、
言わずもがな…だ。
そして気軽に、
俺の部屋でも良いがと鮮烈な一言を放ったマルコ
即座にカルサイトがびびって、話しにならないと却下となった
百合と剣…月桂樹の豪華な刺繍が一面に施された、
ベロア生地張りの立派なソファー
堅牢な樫の一枚板のテーブル
そんな調度品に囲まれながら、4人
後は殿下を待っている状態だ
「待たせたな…」
少し疲れた、
外向きではない顔で入ってきたマルコに皆若干の疑問符が浮いている
「…マルコ、疲れた顔してどうしたんだ?」
「この場にいない、侍従に手を焼いてな…」
「っ…おい」
左隣に座っているジルコンの正面、
一番の上座に座ったマルコ
どうしたのかとこの場を代表して聞けば…
オリゼと何かがあったことを匂わせる
オリゼはマルコに挨拶しに行くと言っていた
養生しなければならない身体で…
外せない用事と分かっていたから、
止めることもせず…
ラピスと三人で行きたいと楽しみにしていた買い物も断念した
「いきるな、これでも手加減したんだ…明日の講義にも出られるくらいだから安心「ねえ、それって大丈夫なの?」…ラピス」
手を焼いた?
手加減?
その結果、あんな状態のオリゼを更に弱らせる様なことをしたと?
まるで抵抗も出来ないあいつを、
なぶったような…
大丈夫ではないだろ!と
ラピスが棘のある言葉で水を差す。
立場が上の殿下の言葉に割って発言することは無礼極まりないこと…
だがラピスがマルコの口を遮らなければ俺もそうしていただろう
言いたいことなら、山ほどある
山ほど…
「…オリゼならばどんな時でも大抵大丈夫だと言い張る、
無理を押してでも出席するそれを安心出来ると?」
「オニキス…、無理はさせないつもりだ」
は?
無理をさせない?
大丈夫だと言ったと思えば、無理はさせない?
馬鹿を言うな…
また今回の長期休みも、屋敷に遊びに行くことも出来なかった…
会えるには会えたが、それはオリゼの弟の誕生日会でだ。
時間も限られていたし
…何より公的な場で録に話せた気分にもならなかった
そして
長期休みが明けた今日も少し話せただけ、
明日からも暫く朝食すら共に出来ないだろう
唯一、平日に二時間程オリゼが設けてくれた剣の練習時間
その間もほとんど剣を振るっていて、
僅かばかり雑談出来るのは…呼吸を整える合間の休憩の時間だけ。
それですら暫く出来ないのだ
そんなに時間を切り詰めて、
勉強や選択講義…剣を振るっているオリゼ。
それの何処が無理させていない?
お前の友人であるために、お前に恥を欠かせないためにそれほどの努力を既にしている
それなのに
それなのに、
更に侍従としても見合うように頑張って…
マルコに仕えるために侍従査定を受けた。
それも…合格したらしいじゃないか
そんな満身創痍で帰ってきたあいつを…誉めもせず、労ることもなく
更に追い詰めたのか?
一風吹けば、
倒れそうなあいつを手打ちにでもして…
その足で此処に来たのか?
疲れたのは…疲れて辛いのはオリゼの方だろうに
「ならば何故「あわわ…」…ちっ」
そんな思いが、
堰を破って激情になっていく
大丈夫?
ならば何故包帯まみれで薬の臭いが、オリゼからする?
無理はさせない?
ならば何故…
何故傷だらけで疲弊するまで、
オリゼは熾烈な侍従査定に望まなければならなかった?
どれも…発端はお前のせいだろ?
と、言いたかったのだが
殿下の横に座っているカルサイトが必死に言葉を遮ってきた。
手振りで止めろと…
まあ…
睨むような視線までは遮れていないが。
「俺は…恨まれる事をしたか?」
「していないとでも?」
そのマルコの問いに
更に腹に溜めていた鬱憤までもが迫上がってくる…
頭に上った血と混ざりあって、
どす黒いものが自身の中で渦巻いてくる
「思い当たる節はない」
「…それは思い至っていないだけだろ」
何がそんな節はないって?
お前は週に2日間もオリゼと過ごせて良いよな?
俺以外の3人はクラスが一緒で会えるし会話も出来る。
だとしても…会話と言うより話しかければ申し訳程度の返答だけなされるだけだが、それでも無いよりはまし。
…そのやり取りも全て敬語で返ってくる
己は侍従であるからとその立場をおもんばかって、歓談などオリゼは公的な場所では絶対にしなくなったが…それでもマシ
だから、普通の雑談がしたいと常日頃から三人で話すことも多いとラピスから聞いている。
でも…もう少し余裕が出来るまでは我慢しようと、
きっと来年度はそんな時間も出来る筈だと…買い物や部屋に誘うことすらずっと遠慮してジルコンもカルサイトも諦めてきたのだ
今回も
それを…オリゼの身体を案じて回復するまでは、と…
ラピスが眉を下げて残念がっていた。
そして、俺はクラスすら別。
敬語で申し訳程度の変化にはですら、耳にすることもない。
だから俺は事の空、大切にしてきた…
唯一、此処半年何の気兼ねもなく駄弁ることが出来る貴重な時間を。
そのラピスと三人でやる剣の練習時間ですら…
延期に延期になるだろう。
その原因は誰だか明白だろう?
恨まれる事をしたか、だって…よくも言えたものだ。
しているに決まっているだろうが…
「おい、オニキスにラピス…殿下の家の話だ。
流石に口を挟むのは宜しくないのではないか?」
口を挟む、ね…
俺にとっては違う。侍従であろうがなんだろうが、オリゼはオリゼで
オリゼの役割としてマルコの侍従があるだけ。
侍従のオリゼではない、
オリゼは俺とラピスにとって悪友…
仕えていないプライベートの時間くらい、
腹を割れる俺たちの前では本来の姿を見せるくらいバチは当たらない…
こうして、
俺が単なる自身の悪友として扱ったとて…
その友の体調を心配するくらいも許されないのか?
「ジルコン…何のつもりだ?」
「お前を止めるためだ、オニキス」
腰を浮かせかけた、
その時…弁えろと隣に座るジルコンの腕が、それを阻むために俺の前に伸びてきた
今、鍛え上げたその腕は…
武を重んじる家系に相応しくソファーの背もたれに俺を容易に押し戻している
確かに俺も剣は得意だし…腕の太さも遜色ない
が、俺と筋肉のつきは違う。
薬草採取や
その調合の際…撹拌や粉砕で発達したものが大半だ。
だから単なる力比べや剣術では勝てはしない…
「ふ…」
そのジルコンの腕を押し退け、
立ち上がろうとしていた…そしてその甲斐もなく
まだ押さえつけられている俺の姿、
…ふう、と、
そんな俺の態度をみて浅く息を吐いたマルコ
「っ…」
突如、
何か咎めでもするのか…
そう冷や水が頭に被った感覚に、
俺の発言と行動を受け…怒りでも覚えたのだろうその感情を落ち着かせている様を見て
…我に返る
まずい、
流石に啖呵を切ることまでは許されていない…と
「…それがな、ジルコン
この子爵子息達はその情報提供の為に俺を出張らせたんだぞ?」
その様子を見て、
俺から視線左にをずらしたマルコ。
ジルコンに向かって何を言い出すかと思えば、咎めなどではなかった
俺とラピスへの当て付けか…
緊張が走った、
俺の体はそれを聞いて脱力していく
安心したのだ、
己の不始末は…無礼講という名目で流されたと
…
…
「少しは…落ち着いたか?」
「…その腕が必要無いくらいにはな」
目を伏せたまま少し経てば…
赤く染まっていた視界も、
聴覚も普通の色と音を取り戻している…
「オニキス、無礼講は何も無礼を働く事を意味するのではない」
「…ああ」
耳が痛い…
刃のような切れ味、効き目だ
その俺を嗜めるジルコンの言葉に完全に力みもなく脱力した四肢
俺が立ち上がろうとする抵抗力を、
その腕に感じなくなったのだろう…
押さえつけていた腕を、
俺が冷静さを取り戻したことを確認して引かせていく
「殿下…私は見知った顔が反逆罪に問われないか首筋が先程から冷えて堪まりません」
ジルコン…
俺から注意を切って、マルコに話しかける様子に
その会話を俺に聞かせるつもりだと察しは直ぐについた。
俺の腹の居所が悪かったからと言って、
暗黙に無礼講にしてくれている殿下を配慮をもう一度思い出せと言いたいのか?
主従関係として、
オリゼの主人として…
その立場から家に関する事だと?
自身の侍従の醜聞は家の面子を守るために秘匿すべき情報なのだからと?
「オニキスの心配する必要はない、ジルコン」
「私は殿下の心配をし「そのような発言は要らぬ…オニキスを咎に問わないようにするのには、俺の侍従はオリゼと定義しないことだ。オリゼは俺の友人で…そして侍従でもあると明確に言葉にしておかねば建前すら言えないだろ?」…建前、ですか…」
「ああ。皆オリゼを友人に持つからこそ、此処に情報共有するために集まった…違うか?」
「いえ、違いません」
確かに言う通り…だ。
どんな思いがあろうと、オリゼは俺の単なる悪友だけではなく侍従で…
理屈をこねた所で事実は曲げられない。
マルコの侍従はと聞かれれば、それはオリゼであるのだから…
"殿下の侍従オリゼ"
それが事実だ
…それでも、
マルコは来た。
誘いに応じて足を運んでいる…
オリゼを友人として扱う気がなければ、
その情報を提供する気がなければそもそも此処に来ないだろうことも。
この会話から汲み取れる、
確信を得られていく
「まあ…問うならとっくに首はないな…そこの二人は勿論、オリゼなら三桁以上胴体と決別している」
成る程、
俺の腹の居所が悪いからと言って、
礼を失しすぎてマルコがその気になれば…
確かに不敬罪でも反逆罪でもいい、
俺をどうこうすること等容易に出来ただろう
釘を刺すと同時に、
オリゼを槍玉にあげて深刻に受けとる必要はないとまで気を使われた…のか
例えオリゼを単なる友人として扱うとしても…それは温情で名目
実質は王家に関わる侍従の情報だと匂わせてくる。
勤務中でなくても
マルコはオリゼを侍従として扱わなければならない
対外的にそれは必然で…今この場をマルコの意思一つで特例と見なしている。
「なればそれは俺も同じ、
俺にとってもオリゼは友だからな?」
「…お疲れのところに、更に疲労が溜まられたのではないでしょうか?」
「…それを正直に言えば、オニキスにとって好ましくない」
「建前を、オニキスの為に…」
「皆まで言うな」
「心中御察し申し上げます…殿下」
疲れた、
そう顔に描いてある殿下の表情にジルコンが臣下の様に同意している
そうか…
それを忘れるなと、俺に注意を促すと同時に
ジルコンは口を出したのだ
マルコがその気になっているか…俺の発言を怪訝に思っているならば、
止めるにしても早めの対処が必要だ。
俺が罪に問われるようなことがあってはと…
そんな懸念から、
どの程度俺の発言が殿下の不快に繋がっているか…その確認を兼ねていたな?
「で、オニキスの心配だけではないのだろう?ジルコン」
「はい、カルサイトなどは…既にモルモットですので…」
ああ、
加えて…カルサイトが怯えるから止めろと…?
伏せている視線を少しあげて見れば、確かに小動物がガタガタ震える一歩手前になっている。
「オニキスのせいだな」
「ええ、オニキスのせいで間違いないでしょう」
ちっ、
流石に悪いことをした…
結局、
びびらせてしまったことに…
俺の荒げた声で威圧したのだと理解に至った
マルコもジルコンも…嫌味だな?
…言わなくとも、
それくらい分かったんだがな?
これでは場所選びをした甲斐がない、
場所の問題が些末だったと…
こうして落ち着けない状況を作り出してしまえば、
ラピスの部屋でも大差なかったかもしれないとそんな馬鹿な考えも起こってくる。
「オニキスは落ち着いたが、そのままだろうな」
「…そのまま、でしょうね」
嫌な流れだ…
俺に聞かせるように、いや確実に聞かせるためだけの会話になってきている
俺の身の安全の為にも、
そして流石に少し冷静にならないといけないか…
伏せていた…先程までは殺気を映す鏡と化していた眼を閉じ、
更に冷静さを取り戻すために簡単な調合手順を脳内で再生していったのだった
…
…
…やっと落ち着いたのかな、
オニキス?
怒りたいのは分かるけれどね?
俺もオニキスと同じ意見で、マルコに対して思うところは多いよ…
でもそうしたところでオリゼは喜ばないと知っているから、
出されたスコーンを齧って気持ちを落ち着かせていたんだけど?
暫く、
誰も口を開かず…無言の間が続いている
オニキスが落ち着くのを待っているのか、カルサイトのためなのかは分からないが…
マルコとジルコンが小休止とばかりにカップに口をつけて、
疲れを癒している
何で普段は出来るのに我慢が利かないかな…
頭に血が上れば
オニキスの傍若無人差が出てくる
そういう一面は、オリゼと似ているよね?
武道派でもない…
家柄でも及ばないジルコンの制止に直ぐに我に返るべきだったでしょ?
そのくらいの振る舞い、簡単だよね?
オニキスなら造作ない事。
それが出来ないことなんてある筈ないのに、
何でオリゼが絡むとこうな…いや、それは俺もそうか
そして…この情報提供する場を設けた原因も
オニキスだけではない。
皆、オリゼに惑わされているのだ…
ああ…
オリゼと言えば、今どうしているかな…
ちゃんと養生していれば良いけど
「…ううっ」
と考えを巡らせていればこんな空気を裂いて、
カルサイトの悲鳴が隣から聞こえた
んー、時間が経って
気をやっていたのが、回復したのかな?
「カルサイト?」
「ラピス…あ、あの…ごめんね?」
怪訝に思えば、
俺の方へ軽く頭を下げてくる様子に…
何故だか理由が分からない
「別に君は俺に謝ることなんてしてないよね?」
「でも、殿下と…ラピスも纏う空気が段々冷たくなっていっていたから…」
そう、
空気の変化には鋭いんだね…
過度に怯える性格はあまり好きではないけれど、
会話がそれによって出来ない程でもない。
家業的に、
適性があると言えなくもない…か
そして居心地の悪い
この場の空気をどうにかしようと、
カルサイトは自身が悪い訳でもないのに謝ったのだ…
「ああ…基本的に俺もオニキスと同意見だからね
ま、冷静さを欠くことはないけど」
「そんなこと言って…殿下の気が変わったら?
もし…ラピスが冷静さを失ったら、僕…嫌だよ?」
隠しているつもりだった、
そんな冷気が伝わったなら…俺もまだまだだ。
そして
俺の目にはカルサイトを挟んだ向こうから、マルコからそんな気配も兆候も感じられなかったが…
もしこの感性を判断基準にするならば、
オニキスを手打ちにでもする位には眉を潜めているのかもしれない
先程、
ジルコンが確認したように…再確認しておかなければ危険かもしれないね…
「マルコ、確認したいことがあるんだけど」
「なんだ、ラピス」
「…この程度の発言で気が変わる、
そんな狭量な友がオリゼに居るはずないよね?そうですよね?」
「言ってくれるな、ラピス
…先程のは例え話だ、今もその気はない」
へえ、
挑発を折り込んだ質問にも動じないとは…
オリゼの友であるなら、度量はあるよね?
…気が変わるようなことがあれば、
オリゼの友として俺は認めないよ?
とまで含ませたのにも関わらず取り合わない
…流石次期陛下の教育を受けているだけの事はあるらしい。
自身の揺さぶりに何の効果もなかったことはこの場では好ましい…結果
「なら良いけど…
カルサイト、安心材料になった?」
「んー…最悪の事態にはならないって事は分かったけど、
ラピスの発言が…怖いものは怖いよ?」
「そう…」
マルコの琴線に触れる程度の、
言い回しにした
だからそれが怖いとカルサイトは言う…
カルサイトの言う通り最悪の事態にはならないって事は分かった。
俺の無礼も何処吹く風だと流されたことに、
反応すらなかった…
そう、その筈なのに…
それは喜ぶこのなのだろうけれど
己の力量が、
相手の…それこそ狭量でなかったそれに敵わなかったようで
負けた気持ちになったのだった
…
…
オニキスもラピスも、そしてジルコンも
…普段通りではない。
ジルコンによって誂えられた、
この情報提供の場のためのフィナンシェやスコーンの焼き菓子は美味しそうだが殆ど手をつけられていない。
…一枚板の重厚なテーブルを楽しげに彩るもの、
その上部ではオニキスからの眼光と俺の視線がバチバチと不協和音が鳴るように交わった
そんなオニキスのとなりに座るジルコンは、
オニキスの怒りが向く俺に対して危惧している
交わされたそのやりとりから…
制止させる行動をとった
…だが、
それも手加減したもので
俺に対する失言を止めるものでもない。
らしくない…
この場を提供する者として、
問題が起これば面子が潰れる
上下関係や規律
特に爵位の序列を悪戯に破る相手には優しい一面等持ち合わせない、そのジルコンがだ。
伯爵家の権力でオニキスを黙らせるなど、造作はない
それでも、
オニキスに対してその力を使わず説得させた
説得させる間にも、俺に対する無礼を働くことを見込んだ上…この場を収める為にリスクある方を選んだ
まあいい…
端から見れば、こんな異常事態も些末だと諦めねばこいつらと付き合えはしない
それくらいの事は理解している…
さて、もうそろそろ本題に入ろうか。
情報交換をしていれば夜が更ける…遅くなる事は分かるが、
時間は有益に使いたい
「カルサイト」
「…はい」
「お前の心配する事態にはさせない、安心しろ」
隣座るカルサイト、
話しかければ直ぐに悲鳴以外の返答が返ってくる
大分、
落ち着いた様だ
「ですが…殿下に対してあまりの非礼ですよね?
ジルコンが言うように、無礼講の域を越えています…」
「前回の無礼講の記憶はあるだろう?
この程度の不敬も無礼も、その時のオリゼの態度と比べてどうだ?
あの時の俺は気が変わったか?」
「あ、そうですね…」
合点がいった、
手をポンと打つように…そんな仕草が良く似合う納得ぶりだ
これで、
危惧することは無くなっただろうと
安心して情報交換が中断されることもなく進むだろうと確信を得る
「カルサイトが即座に納得するあたり、オリゼという名は凄い単語にも聞こえてきますね…殿下」
「まあ、破壊力は凄まじいな」
そう、
ジルコンに対しての発言でもあった
カルサイトを怖がらせることにはならないと示す、
つまりこの場を断罪の場にはしないつもりだと同時に示唆したのだ
「で、情報提供してくれる?」
「お前な…」
漸く話が出来ると、
確かに俺も思ってはいたが…
それにしてもラピス、本題に入る場が整ったが良いことに即そんな発言をするな
一息つきたい、
それを阻み…その上少し毒のある言葉…軽快な口調で俺に対して口をきくのか?
「ひぃ…」
「カルサイト、この程度先程のオニキス…もっと言えばオリゼには及ばない」
「…あ」
「…まあいい、此処でのオリゼは俺が親友として得た情報と見なせ」
ほら、
カルサイトがまた震えて使い物にならなくなる…
非礼云々ではなく、
それを阻止するために毎度こんな台詞を吐かねばならなくなるなど、そちらの方が面倒…
話が進まないことも…
それくらい分かるだろうと。
それを、カルサイトに示すと同時に
あまり失言するなとラピスにも促した…
「んー控えれば良いんでしょ?了解、それで?」
「…先程部屋に"遊びに来たが"あれほどぼろぼろだったのは侍従査定で二度の懲罰を受けたかららしい。
傷と痣に関しても先程確認した、後遺症もなく直る。
悪いが…これ以上は俺の口からは言えない」
俺の意を汲んだラピス、
それを踏まえて本題に入る…
あの資料を此処で全て開示するわけにはいかぬ、
抵触するとしても此処が限度
「成る程…やはりな。
伝手で調べて貰ったが先程届いた侍従査定場の補填薬剤は包帯6巻きと軽症用の傷薬が2瓶、消毒液は1瓶だ」
「二度の懲罰ね…数が合う。
俺の傍流が一昨日メンテナンスに入った所は水牢と地下の懲罰房だからね」
「…うん、補足にしかならないけど
僕の"目"によると今回の査定で出た負傷者は一人だって」
「統合すると、
二度の懲罰ともオリゼが受けた。その内容は水牢と地下懲罰房か…
で、マルコ?」
三者三様、
俺が言えない資料内容を補足する。
予め、それくらいの事が分かった上で行動していた…
そしてそれを踏まえ
各々が持つ情報収集の伝と、それを利用するだけの力量を既にこいつらは獲得している
この学園でも優秀な部類に入ることは分かる
そして、滅多に利害関係のある家柄だからと上部の付き合いもしない定評がある面々
加えて、
その情報が正しいか確認して来る始末
「…ああ、筋は通るな」
頷けば、
俺が秘した資料情報までをも肯定する行為になると知りつつ同意する。
単に…俺の一部の開示情報と、
こいつらが調べた情報に齟齬はないと感じるかと、
意見を求められた形だったから答えられた
「悪いな、それで十分だ…で?
場所の提供は助かっているが、ジルコンは何かないのか?」
「オニキス、それで十分だって…既に一線をかなり越えてるんだぞ?
俺はこの手の話に伝手はない…気付いたことと言えば今日のオリゼからは強い薬の臭いがしたくらいだ」
ジルコンの言うとおり…確かに薬の匂いがした
俺の侍従として、挨拶に来た際には俺の傍に近付かず…最初は遠くに控えていたのはそのせいか。
それでもティータイムの最中、
俺が楽しんでいる菓子や紅茶の香りを阻むことの無いように憚った?
…思えば包帯をとることに抵抗しなかった、
傷も隠さず…俺の問いにも自己弁護もしなかった
それも、
魔力で感情の起伏を抑えることもなく…誠意を見せた
事務的に答えれば事足りた、
侍従としての報告には足るが…俺の気が晴れないと分かっていた?
友人として…心配した俺に対する、
オリゼなりの償いだったのか…と今になって思い至ってくる
…
「で、薬の種類は?」
「外服薬は傷薬と痣の手当ての湿布薬、
クラスが同じであれば断言出来たんだが…カリキュラムが終わってから僅かにした呼気から推測出来るのは催眠罪だけだ」
「…オニキス」
「なんだ、カルサイト」
「…朝、教室ですれ違った時ねかなり苦い匂いしたよ?
気付け薬みたいな…でも違うよね?」
「カルサイトの言う通り思い返せば、確かに苦い匂いとツンとした香りがしたな」
「…服薬して時間が経っても香りが残る、苦い匂いと刺激臭。
オリゼの体調から推測するに…考えたくないが可能性として残るのは取り扱い難の薬湯だ」
「えと?」
「簡単に言えば、漢方生薬の滋養剤みたいなもんだ。
あれは強いが…あの催眠剤なら飲み合わせも可能だ…ちっ」
「もしかして、あれ?」
「…ああ、お前のところも使うよな。たまに」
「ねえオニキス、漢方でそれって…でも記憶では刺激臭はしない筈なんだけど」
「あんまり言いたくないけどな、あの薬湯の効能を更に高めるに稀に配合するんだ」
「…あー、オニキス。
調合の秘匿でなければ答えてくれ」
「なんだよ」
「それって毒だろ…」
「ああ、剣先に塗ったりする代表的な毒だ…
秘匿じゃないけどな、その理由が調合出来る人が少な過ぎて公開しようがしまいが損益に大差でないからだった筈」
「あいつ、そんな劇薬飲んで平然としてたのか?」
「薬と毒は表裏一体、使いようによっては人を生かせもする。
ま…あの薬湯はそもそも元から劇薬だけどな」
皆の話を聞いていれば、
オリゼは相当に体調を崩していたとの証言が上がる上がる…
魔力を纏わずに挨拶に来たから、
…隠し立てしていないと安心していた、繕っていないと心の何処かで思い込んでいた?
あの時紅茶の香りを阻んだ、
オリゼからした薬の匂いは…そんなに強いものではなかった
飲んだのは…その後
そう推測すれば夕食の後に飲んだか今日の朝に飲んだか…の二択
そして催眠剤との飲み合わせまで言及したオニキスの言葉から、
眠る前…夕食時であると推測できる。
つまり…あの時既に疲弊しきっていた。
侍従査定の疲れも、
此処に来る馬車の疲れも重なった状態だったのか…
強い薬を、
嫌々ながらも薬嫌いのオリゼが飲む事態を受け入れる程…
衰弱していたとしたら?
見抜けなかった…
己の心の何処かでオリゼがそこまで消耗していないと、
信じたかったばかりに見落としたらしい。
ならば、見落として…
その上で挨拶しに来たオリゼを罰するとまではいかずとも問い詰めた俺に怒りを覚えても当然だ。
先程、オニキスが俺に対して常軌を失しるまでの失言が出てしまった事も仕方なかったのだと府に落ちてくる
「…オニキス」
「なんだ、ジルコンの次はマルコか?」
「あの野草茶より飲みにくいってことはないな?
オリゼが飲むんだ、効能はさておき…飲みやすい薬湯には違いないだろう?」
「比較するにも馬鹿馬鹿しい。
…試しに調合してきてやろうか?
お前の許可があれば毒込みでオリゼの飲んだ薬湯を再現できるが?」
「…アコヤ、控えろ。
オニキス、飲めた代物でないことは分かった」
毒にもなる、そんな薬草を配合した薬湯を俺に飲ませる…
そんなオニキスの発言がアコヤを遂に動かした。
その行動を強く抑えた、
それでも、納得していないのはわかる
魔力発現…もし何かあればとすぐに攻撃するための臨戦体勢に入ったままなのは俺にもどうしようもない。
しかし…
せめて、救いがオリゼにあればと、そして俺にもと思ったがそれすらなかったな。
取り扱い難、かつ配合する野草の香りがそれ程に苦くとも…一歩間違えれば毒にもなるらしい薬湯。
それでも、香りと薬効の強さと味は違うと…
それが飲みやすい部類に入る薬であればと信じたくて聞いた。
薬湯は総じて苦い物と相場は決まっている。
それでも苦いと言ってもオリゼが仕方ないと飲んだなら、
抵抗無く嗜好品として飲んでいた…あの野草茶位の苦味なのだろうと。
そして確認すれば、
オニキスはそれ程苦味が強くないと肯定してくれると…一抹の希望を込めた質問だったが…
どうやら、
踏んではならない地雷を踏んだようだ
「言わずにいたけどな…マルコ、
一年前くらいに一度飲ませる機会があったが、その地点で既に毒抜きでは効能は薄かった。
その味にオリゼは慣れた様子だったよ、丸薬すら毛嫌いしてはね除けてたあの頃でもな。
熊笹茶を比較に出す?…ふざけるな、あの劇薬に毒を調合した味はな、それが砂糖菓子をシロップ漬けにして蜂蜜とコンデンスミルクをぶっかけた位に感じる味だぞ?」
「…オニキス、決してからかった訳ではない」
先程の様に声を荒げ、
激情のまま俺に掴み掛かってくるような挙動もない
ただ、逆に不穏なほど静かに動かない
腕を組んで目を閉じながら…必死に理性を手繰り寄せている様に見える。
その証拠に
言葉を紡ぐにつれて…ひたすら低い声音になっていく
抑えは利いているものの、
ドスの利いた声だ…不愉快であると俺に対する敵意にも似た炎が渦巻いている。
…怒りが根幹にあることも隠しきれてはいない
が、
もしその劇薬を飲ませる一因に俺が…
いや一因ではなく原因が俺にあるならば、
その激情も怒りも…オリゼを同じ親友に持つものとして甘んじるべき物だと理解できる
「そうだろうな…だけどな、知らなかったでこちらの腹の虫が治まるとでも?
お前がオリゼの命を繋いでくれたことには感謝してる、だけどな役職付きにまでしてやる必要があったか?
そのせいでオリゼがどれだけ苦しんで、影で釣り合おうと努力してきたと思ってるんだ…親友か知らんけどなその隣にも見合うように磨り減らしすぎて体調を崩す度に服薬してきたお陰で此処まで効かなくなったとは考えられないのか…
あれから一度二度飲んだくらいで…
簡単にあの薬湯が効かなくなるなんて…考えられない。
それとな、あれは冷める前に一匙ずつ…椀一杯分を服用しないといけないんだ」
「そうか」
「何か言い分はあるのかよ…あるなら言えば言い、マルコ」
「…ない」
俺がオリゼを害したと?
それも…
オリゼの心身の状態の程度を見極められず罰を下してきたと…
まるで
オリゼの主人としてだけでなく、親友としてもその資格がないとまで責めるのか。
そしてそれは…今回だけでないと言いたいのか。
確かに今回は見逃した、
過去に何度かその兆候を逃しかけたこともある。
それを知って…
今回ついに、オニキスが俺への信頼が失望に変わったと…怒りを覚えるのも分かる。
そして…
オニキスの知識と状況を合わせ見れば…
オリゼがその劇薬ですら効能が薄れる程に繰り返し飲まねばならない程に、
薬の耐性がつく程に…無理が祟り体調を崩し体を磨り減らしてきた。
その度に、
俺が把握出来ない様に…
そして劇薬だとも勘づかない様に服薬してきたのかもしれない
…いや、それもきっと事実だろう
「この中で一番オリゼと過ごしているのはマルコ、お前だ。
俺なんてこの学年になって録に話せてもいないのにな…」
「そんなに羨ましい…か」
確かに主従関係の俺とオリゼは、週の3割程の時間は共に過ごす
オニキスのように録に話せていない、
そんなことも確かにない。
当初の目的はオリゼの自殺防止、
だから侍従としての働きも態度も形骸的な物でも良いと思った。
だが…
オリゼが侍従として仕えると言った、
そしてそれに対するために俺も情を抜いて主人として対応している
…そうしなければ侍従としてのオリゼを認めていないことになる。
そして、
オリゼの友人として甘くすれば…
侍従として仕えると覚悟を決めた友であるオリゼ自身を侮辱することになる
何も…毎週、
主人の立場で接したい訳ではない…
言葉は交わせど、会話といえはしないのだ。
それは指示と命令…返ってくるのは尊敬語に謙譲語、丁寧語を踏まえた形式的な侍従の返答
ただそれだけの、
楽しいものでも何でもない代物だ…
加えて、
役職つきにしたのも理由がある。
何もオリゼを追い詰めるためにした処置ではない…
侍従として失態した際の待遇は契約に沿った適切なものだ
「おい、マルコ」
「なんだ…オリゼのことなら全責任を追う義務があるが?
責めたければ責めれば良い」
そもそも、
今回のようにオリゼが疲弊しきっているのも
長期休みの間に起きたであろうオリゼの色事情も多く絡む。
前期の今頃根を詰めて熱を出して倒れたことも、
普段寝る間も惜しんで何かに追われるように勉学に励んでいる理由も、起爆剤は俺ではない。
全て俺のせいではない、
侍従として苦労させていることも…友として負担があることも承知だが…だからと言って此処まで悪者扱いされるか…
「なら認めるんだな?」
「…そう、最初から言っている」
まあ、そう言う意味でオニキスが責めたのではないと理解している。
が、確かに事実だろう…責任があるのは俺だ。
直接的に関与してなかろうが、
オリゼは俺の侍従であるなら、
たとえそれが友として…一学園生としてのオリゼの行動や行為であっても
把握する義務がある。
俺の侍従であるならば、
その責任を万が一とるのは俺だ…
…ただ、単なる侍従ではない。
正式な契約はしているが…限定された時間のみの雇用
男爵家次男として学園生としても過ごす、
オリゼは俺に対して気を配っているが…そのために、
基本的に学園外ではオリゼの生家である男爵家が担っている。
それでも、
本来ならばそれら全ても俺に責が及ぶ物だ。
男爵家との責任の分担、領分を弁えて…
オリゼの一挙一動まで、そんな監視をする様なこともしていない。
最低限の事はさせているが、そのアコヤから異常がない限りは報告をあげさせはしていない。
そう…友として見るため、甘い判断もしている。
そしてその結果、
オリゼの一挙一動から導ける事象を見逃したと言うならば…
結論だけ見れば…
オニキスの言い分は正当なものになる。
俺の友として、
そしてオニキスが俺に提言したと見なせば…な
…
…殺伐とした空気、
俺がそれ以上の言葉を発しなければ静寂が支配する
アコヤの臨戦体勢も、維持したまま…
オニキスが直接的に俺に手を上げることを懸念しているのではない
更に悪い状況、
オニキスの俺に対する今度の発言は非礼や無礼では収まらない。
愚弄したと評しても過言ではない…
そしてそれを俺が問えば、
直ぐにでも手を下しにいく体勢は整っていると示しているのだ
「オニキス、言い過ぎ…
あの時あれを飲ませる羽目になったのは、俺がオリゼを必要以上に追い詰めたから。
請け負った仕事の内容開示になるからはしょるけど、その件でマルコを責めるならその前に、俺を責めたら?」
「ラピス…」
「それと、オリゼを侍従として扱うなと言ったのはオニキスだよね?今、マルコにしているのはオリゼの主人としての詰問も含まれていないと思う?」
「…いや、そんなつもりはない」
「無くても、したよね?
そもそもマルコがオリゼの主人としての立場も顔も見せなかったのに…オニキスが激昂してその立場もろとも完全否定させた。
友として此処に居るとまでマルコの口から言わせた上で…その立場を思い出せと、全責任を押し付けるの?」
「全責任って…」
「侍従と主人の関係くらい分かるよね、
確かに此処にいる俺の傍仕えは俺の侍従だよ?責任だって負うこともある…でも厳密に言えば当主である父上の侍従、追いきれないものならそれは当主のものになる。
だけど、その俺らとマルコは違うでしょ?」
「皇太子と時期当主の俺らは…違うか?」
「爵位や身分の問題で言っていないと分かってるよね、
いい加減殴るよ、
オリゼは陛下の侍従ではなく、殿下の…マルコ自身の侍従だと…本来全責任を追う義務がある立場であることも忘れたの?」
「確かにオニキスの言い分はあっているところもある、
だけどね…それは一面に過ぎない」
「…」
「オリゼに対する責任、友としてではなく主人として振る舞わざるおえないマルコに対して…親友である俺らは感謝すべきだよね?
なんだったら、あの時オニキスがオリゼの主人になれば良かったんじゃないの?」
「っ…悪い」
クラスが一緒で会えたとしても…会話は敬語で歓談などきっとオリゼはしない、
唯一此処半年何の気兼ねもなく駄弁ることが出来る貴重な時間
それを…オリゼの身体を案じて回復するまでは、ラピスも俺と同じく諦めたのだ
それに対しマルコは週末2日間、オリゼと過ごしている。
そう思って、
マルコに対して怒りをぶつけた
だが…
ラピスによって此処までの覚悟でオリゼの主人となったマルコが、果たしてその週末友としてオリゼと過ごしているのか…
そんな疑問すら浮かべる余地もないと思い至る
そして、
その代償も…俺らの代わりに負ってくれたというに
「オニキス?」
「あー…我に返ってきた…ラピス」
「声を荒げはしなかったけど、
それで平静を保っていると言えるの?
先程のはお目こぼしされたけど…その非礼を二度目も見逃される保証は無いよ?」
「…ないな、その場合は骨は拾ってくれ」
「拷問の末でなら良いけど?で、マルコどうするの?」
「聞かなかった振りが最近、得意になってな…
常日頃からこれでも相当の目溢ししてるのだが?その都度、ジルコンとアコヤを抑え、
カルサイトに気を掛けなけばならなくなる俺の身にもなれ」
「…その心労は推して計れない程だよね」
ラピスが言うように…拷問されても仕方ない発言だった
そう言えば、と。
侍従関係になることで…友人の立場が消えることも覚悟の上だったと、
オリゼがこの世から居なくなるよりは断然良い事だと判断して
自身の侍従見習いとして現に繋ぎ止めたのだと
…マルコは俺に言ったことがある。
雑談等出来ていないだろう事も察しがつく。
侍従として仕えると覚悟を決めてきたオリゼに
俺も主人として振る舞うと心に決めた。
毎週休日2日間、侍従として扱わなければならない苦痛はどれ程のものか?
オリゼと茶でも優雅に嗜んで遊んでいるわけではないと…
そうしたい気持ちを抑えて、主人として振る舞っている
何故失念していたのだろう…
俺がオリゼとの、
悪友と遊ぶ時間が奪われたという嫉妬は御門違いだ…
それでもたまにはそれを解除して友人として関わってもいると聞くが、
友人として扱うと毎度オリゼに示し…時には友人に戻れと侍従に命令する羽目になると…
こんな会話をしたと、
楽しそうに俺に話した後には…
最後には毎度そう哀しそうな言葉で締め括られる。
そういえば…
長期休み前に話したときは更にその締めの言葉が悪く、
何か慰めの言葉でもと思ったが何も言えず別れた。
そうだ、その後ろ姿を放置したまま
屋敷からの馬車の迎えが来たとその場を後に休みに入った。
後ろ髪が引かれる思いがしたっけな…
…命令したところ所で
最近は滅多に態度を崩さなくなったと…
敬語は抜ける、
雑談も出来るが…昨年度迄のように元のように居ずまいも羽目も何処か保ったまま。
…何か霧がかかった様に釈然としない溝か壁が感じられるのだと、
友人として笑いあっている時でも…ふと話を受け入れているだけだと、聞き役になって友人として振る舞っているだけに
俺が命じたから…
友人のように振る舞っているだけでに見えたと、
仮面を被ったままに…本物の侍従として傍に仕えているのではないかと感じる時もあるのだと、
そう悲しそうにポツリと溢していたマルコを思い出していく
「オニキス、流石に殿下に謝れ。この扱いは破格すぎるぞ…」
ジルコン、
後れ馳せながら…それに今思い至った所だ
見れば…
一見すれば分からぬ程にマルコが肩を落としている。
それは此処までの俺の言い分、全て
飲み込んだ結果で…
俺の無責任で、酷いなぶり様にも怒りすら発現させない様に…
皇太子としての顔を覗かせていた
「殿下…大変申し訳ございません」
「因みにラピスが二度はないと言ったが、
これでもう三度目だ」
「あの件ですか…」
「その件だ」
俺の傍仕え、
ビショップが引き起こしたこと。
その件について言及した…掘り返すつもりはないとあの時言ったことを持ち出した意図は、直ぐにでも察しがついた
「…申し訳「オリゼが原因だ…」…っ、私の非礼をオリゼに背負わせるわけにはいきません。」
「流石にそれぐらいの事は分かっているか…」
ビショップの責任をとろうと、
あの時俺は動いた…
だがその覚悟はオリゼに免じて、
軽い罰でマルコは事を納めた事で過分な物となったが…
今度のこれは、
ほぼ俺が悪い…オリゼに責を被らせる事などあってはなら無い
それを俺が理解しているか、
確認したのだ。
己の責は己で償えと…俺がオリゼのせいだと押し付けないことを。
そして今の状況は
あの時、マルコが俺を責めた行為と同じ。
俺の無責任な怒りを受けても、何も反論せず飲み込んだのはマルコがオリゼの主人としてとった行動だ
あの時、
ビショップの主人として俺がマルコに頭を下げた事と同じで…
主人としての覚悟を思い出せと示したのだ。
そう、
無礼講でも庇えない…一線処か踏み込んではならない領分まで
俺は荒らし尽くす言葉を発したことも…
「…はい、なれば責は私にお願い申し上げます」
「何もオリゼを罰するとは言っていない。
その責を己の物だと逃げもせず受ける気があるならば…後で、お前がこれまでにオリゼに使った薬の種類と回数を提示しろ。それで手打ちにする」
「また甘い処断ですか…」
そうか、今
本当の意味で分かった…
単にラピスが俺に言ったこと、
主人としてマルコがオリゼに対して成さねばならない諸判断も覚悟もあると…
あの時の俺とビショップの例を挙げて理解させたかっただけ…か
「文句を言う立場にあるのか、オニキス」
「いえ…その様に致します」
深々、頭を下げた。
これ程の発言が無かったことと等しくなるような沙汰に、
その温情に…
それ以上の沙汰を俺が求める権利はないと。
例え、この身に渦巻く後悔と
忸怩たる思いもあれど…それを解消するために罰が受けたい等と…
甘い処断、
それをその為に引き上げてくれなどと厚かましいにも程があった
「オニキス、頭をあげていい」
「いえ…無礼千万の数々「オニキス」…はっ」
申し訳なさと、自身の未熟さに苛まれながらも…
身がすくむ思いで頭を上げれば…
気にしないと…
既に殿下の顔を脱いだマルコがもう仕舞いだと示していた
しばらくすれば、
この場に充満した魔力と…俺に向けられる殺気が落ち着いたのだった
…
…
「殿下」
「…なんだ、ジルコン」
「俺も2年後にはこうなるのでしょうか…」
「これ以上不安要因が増えて貰っては困る、せめてラピス位にしろ」
「…そのラピスについて、問題のオニキスが自身より酷いと評しておりましたが…」
「…確かに大差ない場合が多い」
「…」
「なに、多分…大丈夫だ」
「確証がないと思われていますよね?
それに…既に正気を保てているか自信がありません」
「それは俺も同じだ…」
暫くすれば、この落ち着いた空気を
更に解そうと…
こんな俺をネタにジルコンとマルコが会話をし出す…
その一方では、
ラピスが目が笑っていない笑顔をこちらに向けている
「ラピス…」
「良かったね、オニキス?
俺としては少し残念でもあるけど…」
本気か…
俺が罪に問われたなら、
ラピスは俺を拷問にかける気であったらしい
それはラピスの家業として当然だが…
そうなれば少しは楽しめたのにと残念がっている感情もある
「残念だったな…もしそうなっても、神経毒を煽るからお前を楽しませる前に死ぬな」
冗談じゃないと真面目に返せばいい…
償うにしてもお前にだけはさせられないと…
だが、漸く氷河が溶けたこの場の空気を凍らせる等
流石に気が引ける
「おかしくない?」
「…悪かったって言っただろ」
責から逃れ、
楽な方に逃げるのかと…
そう言いたいのだろうな
だが、反省も償うつもりもあるのだと示せば、
仕方ないなと
その冷たい目の温度を見知ったラピスのものに戻してくれていく…
「ま、収まったから良いけどね…マルコに感謝しなよ?」
「分かっている」
…そんな会話を聞かれていたらしい
とっくにジルコンとのやり取りは終わり、マルコとジルコンは俺とラピスの会話を聞いていた…
…
「…で、お前らの気はこれで済んだのか?」
気が済んだ?
そのマルコの言葉にはっとする、器が違う…と
マルコは俺らの鬱憤まで受けるつもりでこの場にきていたとすれば…
度量から何から何まで、負けている。
大敗だ、
俺らの為に矢面に立つべくして此処にきたらしい
「済みましたよ、ね…オニキス?」
「ああ…」
頭が下がる…
此処までの人間としての大きさを示され、
恐縮しないなど…そこまで落ちぶれていない
唇を思わず噛み締めれば、
気にしなくていいと軽く頭を横に振ってくるマルコにもう一度頭を垂れた
「…そういえば、カルサイトは大丈夫?」
「そう思うのか…ラピス、
そもそも俺に聞く時点でカルサイトの返答が可能でないと察してる筈だが?」
そんな俺にラピスの視線が刺さる
もう終わったことと、
俺の悪友として少し口角を上げて安心しなよと言わんばかりに…
「…まあね、
此処にオリゼがいたらな」
「もう少ししたら元気になるだろ…
オリゼがいたら確かにカルサイトは直ぐ復活するだろうがな」
なんだよ、
ラピスにも器が負けている…
このまま立ち直らず、しおらしくしているなと含んだそれに、
ジルコンのその呟きを拾う
「…オニキス、
聞き捨てならない」
「お前らの仲は認めてる…だけどなジルコンとオリゼの役割は違うだろ?」
「…言えてるな、居るだけで緊張感が無くなる」
「それだ…ジャスミンみたいな、ああそういえばオリゼからそんな香りもしたか」
オリゼが此処にいたら、
俺がこんな羽目を外すことを許しはしなかった
そして…先程の殺伐とした空気になったとしても、
独自の理論と持ち合わた器量でカルサイトですら笑わせられる
それをジルコンも分かっているのだろう、
緊張感が抜けていく…
まるであのジャスミンの香りのように…
普段はそんな素振りすら感じないあいつがたまに見せる癒しの波動を思い出した
「鎮静効果か?」
「ま、飲んでいたとしても気休め程度だから気にしなくても良い
あ…ジャスミンティー飲ませたらどうだ?」
そんなオリゼはこの場にいない、
ならば代用品でカルサイトの肩の力を抜かせてみてはどうだと提案すれば…
ニヤリとジルコンが悪いことを思い付いたとばかりにニヒルに笑った
「成る程、
ついでにお前も飲むな?…オニキス」
「…ああ」
とりあえず気休めでも、
俺に飲ませて鎮静効果を俺に付与したいらしい
此処まで釘を刺されたら、
完全に頭が冷えた
俺があまりハーブティーを好まないと知りつつの提案、
もとい嫌がらせ
「いい加減、控えろ。
殿下への無礼の数々に俺の我慢も利かなくなっていた」
「…確かに、伯爵家の権力を使わないお前も珍しいな?
どうしてだ、普段はそんな行動をとった輩に制裁を下しているのにも関わらず…」
強い言葉、
それでもジルコンが既に俺を本気でそうしないことも苦笑していることから察しはつく
そして…忘れていたが、
ジルコンのそんな性格も思い出してくる
「殿下が許されて、
俺が許容しないわけにもいかない…」
「許容する前にも、
俺を庇っていた気がするが?」
「…この場を収める為に不可欠だった」
「へえ?それには家柄が手っ取り早くないか?」
「非公の場でお前にそれをすることはない」
「くくっ…堅物の癖に、らしくないな…っは」
「黙れ…」
「どうせオリゼに嫌われたくないか「オニキスがオリゼの親友だからといって、俺は手を緩め等しない」…成る程、はっきり言えよ?」
「ちっ、お前も友人枠に入っていると言えば言いか?
言っておくが…かろうじていれてやっているだけ、思い上がるな」
「…ああ、感謝していますよ。
くくっ…俺は伯爵家子息のご友人か?その地位まで押し上げて頂けて光栄極まりないな?」
「…ワイン樽一杯程の、ジャスミンティーが飲みたいか?」
「そんなには飲めないな…それと、俺は冷静で不要だ」
「冷静でそれか。
俺がどれ程矜持を曲げていると思っている…それでも友に信頼されないとは、苦痛以外の何物でもない」
「悪い…それくらい分かった上での軽口だったんだがな…」
「非礼ではなく、軽口…そういうものか?」
「悪ふざけでからかってもそうでないと分かるだろ?
だから許せるし、
そして身分差があっても公の場でなければ手打ちにする事もない…非礼ととらないしとられない。
その暗黙の了解と信用、お互いの信頼があって成り立つ軽口だ。
…ジルコン、本当の友人ってそういうものだぞ?」
「…そうか」
「ジルコン…既に分かってんだろ?
俺を庇っていたから何となくは。
それは…畏れ多くも殿下が俺らを友として扱っているから許していると。何も…オリゼの友だからだけで此処まで情報を渡したりしない、足も運ばない」
「…ジルコン」
「なんだよ…」
「つまり、俺らが殿下の直接の友にして頂いているというのか?」
「…それ以外の何がある、
マルコが己の友だからと…信をおいて俺らに話した。俺ら共通の友人のオリゼの情報を渡したし、過ぎた無礼も見逃された」
「…何度も見逃して頂けると、だから非礼を繰り返しても大丈夫と思うか?」
「親しき仲にも礼儀あり、それくらいの礼節は踏まえている」
「ならば良いが…」
「ジルコンが友だからと俺に対して矜持を曲げた、程度は異なるが…マルコも同じことをしてくれたとはいえ通常は有り得ない温情だと理解している。
…これでも礼儀作法に定評はあるんだが、あいつが絡むとこうなってしまう」
「…それ程大事な親友なのだろう」
「ああ…そう言ってくれると助かるな」
「ふっ…感謝してくれて構わない」
「くくっ、恐悦至極に存じます…これで良いか?」
「言ってくれる…くっくく」
ジルコンとのやり取り…
そのお陰で様々な記憶が思い出され、
完全に溜飲は下がった
その後は…茶会に相応しい穏やかで、
笑いの絶えない歓談の場となったのだった…




