赤2
…朝か
成る程、人の気配で目が覚めたと思ったら川獺だったか
うっすらと目を開ければ
視界に映ったのは木が剥き出しの簡素な天井ではなかった。
寝ているのも固いマットレスではない…侍従査定で長らく見慣れた景色ではない
ここは学園の自室の天井だ…
まだぼうっと…眠気が残る目をしっかりと開けて、横を見れば
川獺がカーテンを開けて、
朝日を取り込んでいる
「お目覚めですか、おはようございます!」
「…ああ」
掛布とタオルケットの衣擦れの音に気付いたらしい、
振り返って俺が目覚めたことを認めたのだ
「今、玄武さんがモーニングを準備しております」
「ここで、か?」
「あの…学園の食堂の物は…今の貴台にはお口に合わないかと思うのですが」
申し訳無さそうに、
だが明瞭に川獺が釘を刺してくる
ちっ…久々に学園の朝食を楽しもうと思っていたのだが、
先手を打たれた。
既に俺に伺いもなく作り始めているなんて…仕組んだな?
玄武も、そして川獺も俺の事を良く知っているお陰で…行動は予測していたらしい
残念だ…
身体の疲れも、昨日の薬のお陰か無くなっている。
体調も戻っている
筋肉痛は…まだ少し残っているもののほぼ回復したと言って良いだろうに
「分かっている、
昨日の夕食も…薬で痛めた胃を気遣ったメニューにしたことも」
「…常食とまではいきませんが、玄武さんには粥は用意しないように我からもお願い致しましたので…」
へえ、
一応俺への救いは用意してくれていたらしいな
強い薬を飲んだお陰で、
胃に優しい物を用意するのは分かっていた。
昨日の夕食からもそれは窺えた、
今日の朝食もそうなることは予測の範疇…だった
仕方ない、諦めるしかないか
もし玄武が川獺の進言を汲んで粥ではないものを作っているのであれば、
双方の心配りを無下にすることになる
「合い分かった、
川獺、朝食前で悪いが手当てと着替えを先にしてくれるか?」
「畏まりました、貴台」
何故、
このまま寝間着のまま朝食を済ませたくないか…
それは川獺も薄々感づいているだろう
このままベッドの上で済ませたなら、
一悶着が一悶着で収まらなくなる位の事は…
お前らが俺の行動を予測出来るように、
俺だってお前らの行動や考えは予測可能だぞ?
玄武の事だ…
もう少しお休みになられては?などと言ってくるに違いない
…俺を安全策として、今日休ませる気だろうと言うことがありありと今ひしひしと感じているのだから
…
…思った通り、部屋着を用意してきた川獺
制服に着替えると釘を刺せば
…少しの反論
それもねじ伏せ、手当てと着替えを済まして…
昨日は叶わなかったお気に入りの1人掛のソファーに沈み込んだ
コンコン…
「入れ」
「…貴台」
革張りの座り心地の良い感覚、
前期の半年余り使ったお陰でこれも身体に馴染んできたかと思っていれば
程無くして玄武が朝食を携えて部屋に入ってきた
俺の姿を一目みて、
怪訝そうな顔を隠しもせず…近付いてくる
「なんだ、体調なら戻った事くらい察してるだろ?」
「ええ、ですがお勧めはあまり致しません」
気が進まない、
そんな態度を崩さない玄武
それでもカリキュラムに出席する事は禁止はしないと言質は取れた
俺がこうして制服に既に着替えて、
ソファーに座っているとは思わなかっただろうから…
休まないと俺が意思表示していること
加えて、川獺に目配せして手当ても済んでいるのも確認して…小さく嘆息したからな
諦めたのだろう
俺を安牌で休ませることは…
「で、粥ではないんだろうな?」
「…川獺の進言から、取り止めました」
目の前のテーブルに朝食を並べていく玄武の手付きを見ながら、
流石色つきの侍従の手さばきは違うと…
俺の給仕のレベルはまだまだ未熟であると頭の片隅で考えてしまう
ほう、
確かに川獺が言った通り、
粥ではない
美味しそうな香りが湯気と共に上がっている
少し時期は遅いが鱈の雑炊に、しんじょが入った吸い物
ほうじ茶と、
少しでも腹持ちを良くするためだろう、
小さな椀の蓋を開ければ具沢山な茶碗蒸し…か
まあ常食と言っても良いだろう
胃に優しい献立ではあるが、玄武としてはかなりの譲歩をしたメニューだな
「…後期のカリキュラム説明が終わったら遊ばずに帰ってくる」
「申し訳ありません…御学友様方とお遊びに行かれると、思っておりました」
ならば、
こちらとしても玄武と川獺に報いなければならない…
心配をこれ以上は掛けないように、
そう口にしたのは遊ばずに帰ってくるとの確約
確かに、
学期始めのカリキュラム説明だけで今日は終わる。
その後仲の良い仲間で買い物や茶会を開くのは通例で、
俺だってオニキスやラピスと遊びに行きたい気持ちもある。
が、
前回無理している自覚は無かったが…
一週間後には計らずも張っていた気が緩んで熱を出して寝込んだ前科もある
今回もそうだと思って心配していたのも当然か?
「はあ…前回みたいに無理はしない、熱を出すまで体調を誤魔化したりしない。
外せない殿下への挨拶が終われば、帰って部屋で横になる…それで納得しろ」
「畏まりました」
大人しく床につく心積もりはあると示せば、
玄武と…そして少し離れた場所で控えている川獺の空気が落ち着いたのだった
…
…
カリキュラム説明も終わり、
皆が教室で久々の会話に花が咲いている中
俺は帰ろうと、
仕度をしていたところだった
「…はあ」
まあ…すんなり帰らせてはくれないと思っていた
同じクラスのラピスは俺の席の隣で…
俺を監視するようにずっと此方を見ているからだ
このまま立ち上がって、
帰ろうとしても…引き留められることは分かっている
それを振り切ったところで教室を出られないことも…
溜め息位つきたくもなる
何故か、これまた同じクラスのカルサイトとジルコンが…
教室の出入口二つに各々立っているからだ。
まるで門番のように、
そして二人の視線はラピスと同様…俺に向かっている
此処までの包囲網を敷くなんて、
あんまりではないか?
お前ら…
流石にたちが悪いぞ?
…
…さて、何時帰してくれるのだろうか?
帰り支度も終わったが、席を立つに立たれず
そうこうしていれば、
入り口からオニキスが入ってきた…
「オリゼ!」
「…オニキス様、にラピス様も…お久しぶりに御座います」
…急がなくても逃げられないから安心しろ、
此方に一直線で向かってきたオニキスに心のなかでそう呟く。
成る程…ラピスはこのために俺を此処に留まらせておきたかったのか
「久しぶりだね、オリゼ?
元気に…はあまりしてなかったようだけれど?」
「何したらそんなに薬臭くなるんだ?」
隣に座り込って監視していたラピスも口を開く、
二人に詰め寄られて帰りたい気持ちは膨らんでくるものの…
説明しなければ帰す気はないらしい
その証拠に視線をずらして入り口を見るも、
…未だに門番は健在だ
「…筋肉痛ですよ、過保護な方がいるもので手当てしていただけてるだけです」
「ああ、お前の傍仕えか」
「ええ…ですから、暫くは養生しなければならないようでして」
「分かった、
お前が自身を労るなら我慢するか…なあ、ラピス?」
「仕方ない…どうやら筋肉痛だけでもなさそうだし」
労るならば、か…
オニキスにはお見通しらしい、
いくら俺の侍従が養生を進言したとしても俺にその心積もりがなければ
俺が養生などしないということくらいは
そして、
ラピスも俺が嘘はついていないながらも…
筋肉痛だけで俺が養生すると思っていないらしい。
…見事な洞察力だ
「申し訳ありません…殿下に挨拶して休みますので、またの機会にしていただけますか?」
「はいよ…多分その挨拶は長くなるだろうけどな」
「だね、それについて…根掘り葉掘り聞かれるのは分かってるんでしょ?」
「…ええ、承知した上で参るつもりです」
「そうか、まあ…この分だと当分朝食は無理そうか?」
「夜の語らいもお預けかな?」
「ご期待に添えるかは…今朝も手製の物をと言われましたので…」
オニキスが残念そうに、俺に確認してくる
どうせ玄武のことだ
暫くは自室で俺に食事を取らせる心積もりだろうし、
今のうちに断っておいたほうが無駄な期待をさせずに済む
そして、
剣の練習等…言語道断だと止めるだろう
ラピスの要求にも暫くは応えられそうもない
「そっか…城下町に遊びに行こうと誘おうと思ってたんだけど残念、でもまた明日…僕はオニキスと違って授業で会えるからね」
朝食が今後も暫く一緒にできないなら、
当然遊びにも行けないことを理解したのだろう…
若干のオニキスへの優越感発言と共に、ラピスが結論付けてくれる
「ええ…では、失礼させて頂きます」
さて、帰り時だ
此処を逃せば長引くことは必須
そんなラピスの言葉に、
オニキスが何か言いたげにしていたが…聞いていれば長くなりそうだと判断して立ち上がる
一礼してから足早に…
てっきり呼び止められるかと思っていたが
カルサイト…もとい門番はすんなりと通してくれたのだった
…
…逃げるように帰って行った親友、
その背中が教室の出入口から消えていく
協力してくれたオリゼの足止め役、
カルサイト達に話は終わったからと…後で詳細は話すと視線に込めて、
見やれば後で部屋にいくとばかりにジルコンも出入口から立ち去っていった
「お前は良いよな…ラピス」
目の前のオニキス、
怨み節を炸裂させてくる悪友に向き直る事もなく立ち上がる
この後…オリゼと三人で買い物に行こうと算段していたが、オニキスとの二人になった
「去年はオニキスがそうだったんだよ?僕の気持ち分かった?」
「…まあな、言ってたことは前期で充分に分かったよ」
そう…前期と同じであれば、
クラスが違うオニキスはオリゼと合う時間も限られる
最近のオリゼは、
根を詰めて講義以外の時間も勉強して遊んでくれない
それは剣の練習を兼ねた僅かな時間を除いて、
話す時間もないからな…
「で、筋肉痛だけじゃないって?」
「湿布の匂いが強いが…消毒薬の匂いと、袖口から覗く包帯…それに呼気から僅かに煎じた薬草の香りもする」
「オリゼの弟君の誕生会の時はまだ元気そうだったよね」
うん、
湿布の匂いは隣の席に座っている時から気付いていた
オニキスがしかめ顔で口にしたのは、
それ以外にも手当てされていたという事実
…前期のように、
また熱を出して寝込むかもしれない
そんな危惧がオニキスの中でも沸き上がってきているのだろうね
「ああ…なら、その後の侍従の査定で何かあったと考えるのが道理だろ…」
「…そうだよね、侍従の査定ってそんなに厳しいものなのかな?
ねえ、ルーク?」
「…私が受けたのは十数年前の事ですので、昨今の査定についてははっきりしたことはお教え出来かねます」
なんと無げに聞けば、
思っていた反応が返ってこない…
「ルーク」
「…時として、そうなる可能性もありますとしか申し上げられません」
「それって?」
口が重そうな返答を促し…
後期からの教材が配布されたせいで重くなった荷物をルークに渡しながら、
立ち上がる
「聞かれたいのでしたら…お帰りになられてからお話いたします」
「…へえ」
そう、この場で話せないような事?
それと…あの身体で重い荷物を携えて出てったオリゼは大丈夫だろうか?
ふらついてはいなかったが、
オニキスが言う通り袖口から包帯が覗いていたなら…手首に負担が掛かるのではと心配になってくる
あのまま帰さなければよかった、
嫌がってもオリゼの部屋まで付き添えばよかったかな…
「なんだその含み…、ビショップの時はどうだったんだ?」
「…俺は…いえ、私は不出来な方でしたので…厳しい物だったと記憶をしておりますが…ある程度そつなくこなされる同期も居たことには居ました…」
声を抑え、
ルークが言葉を控えた事にオニキスも違和感を感じたらしい
自身の傍仕えであるビショップに聞くも、
詳細は省いた…小声での返答
それも、
歩きながら周りに会話が聞き取れないように配慮した上でだ
「おい、そんなヤバイ試験だとは知らなかったが?」
「…主のご友人であれば、優秀であられるかと」
ルークと同じくオニキスの荷物を持ちながら付いてくるビショップを責めるように、オニキスが見やっている…
ビショップ…
そのフォローは役に立たないと思うよ?
ビショップが不出来であったかは定かではないけれど…
もし不出来な見習いにとってその査定が酷烈であったなら…
実際包帯と薬臭を漂わせているオリゼが、
不出来で査定が厳しく感じられた側であったことは間違いないのだろうし…
ルークが濁したそうに明言を避けたのも気になるしね?
…優秀でもそつなくこなすことが限界の試験であれば過酷であることは想像がつくよ
「そんなことなら止めたかったね…オリゼなら聞き入れなかっただろうけど」
「ああ、聞く耳は持たなかっただろうな」
「…要り用の物買って、
各々部屋帰って聞くか…流石に言わせるとしても、な?」
「そうだね…流石に互いの傍仕えの個人的なことは配慮してやらないとか。
家にも関わることだしね」
聞きたい気持ちはあるが、
互いの傍仕えに関することだ…
家が雇っている侍従の醜聞など、廊下で言わせるわけにはいかない
仲がよくとも、
オニキスにも聞かせられないし…オニキスも俺に聞かせる訳にはいかないだろうと、互いに納得した
…
「…そう言えばあれだよなあ」
「なに?オニキス」
寮に戻ってきて、
何か思い出したとオニキスが口を開く
「オリゼは殿下…マルコに挨拶しに行くって言ってたよな?」
「…あー、あの姿でね?」
「隠しきれないだろうな、あの方には」
まあ…隠したところで更に怒られるのは必須だと思うけどね、オニキス?
それに、
侍従査定を通ったのか不合格になったかも…教室で人の目があったからあえて聞かなかったけど
合格していなければ、
かなりの失態で怒られるのは仕方ないだろうし…
合格していたとしても…あの身体では叱咤されるのは回避できなそうだよね
「まあ…良いんじゃない?
灸を据えて貰わないとオリゼは突き進むんだから、丁度良いよ」
「ま、酷いものじゃないと良いが…怒られるのも利点はあるな。
俺らと同じでマルコはあいつが傷つくのを嫌うからな」
「だねえ…」
オニキスは合格している前提で考えているようだけど、
…していなかったらオリゼは更に自身を追い詰めるように努力するだろうし
あわよくば、不合格の場合…
傍仕え補佐として不出来だとオリゼが殿下から首にされて、
ただの学園生としての生活に戻れたらなという希望もあるのだけれど
そうなれば、
公の場で常に一歩引いたオリゼとの会話も…
昔のように戻るのではないかと
そんな淡い期待もあるにはあるけれど、
合格していて欲しい。
せっかく立ち直りかけているあいつが、
また自責で殻に閉じ籠るかもしれない。
…身を削って、ぼろぼろになりながら努力する姿も見たくはないからね
…
…その後、自分の部屋についたのでオニキスと分かれた。
互いの部屋に一旦戻ってきて城下に買い物する支度をしたのだった
…
…俺が去った後、
ラピスと門番二人の密約が交わされていたことも
オニキスが心配していることも知らぬままに重い荷物を抱えながら自身の部屋まで戻ってきた
「…ただいま」
「お疲れ様でした、貴台…お荷物御預かり致します」
「あ、あ…頼む」
ビッタリとずっと扉の前で待っていたのではなかろうか、
扉の前で直立していた川獺に少々気圧されながらも
荷物を明け渡す
そんな様子だから…嫌な考えが脳裏に張り付いて仕方がない
せめても、
部屋についたら直ぐに…早く荷物を持ちたかった等と川獺が思って行動していたなら…
まさか、
そんなずっと扉の前で…と玄武を見やれば軽く頷くのみ
少なくとも…カリキュラム説明が終わる頃合いから外で待っていたらしい
はあ…
気持ちは分からんでもないがやりすぎだ
「川獺、命令で俺は何て言った?」
「…部屋で待機と御命令下さいました」
…言い間違いはしていなかった、
川獺にちゃんと伝わってもいた。
その上でこんな事をしていたなら…
「ならば俺が今言いたいことは分かるな?」
「…部屋の"外"でお待ちしていたことは、命令違反だと重々承知の上での行動です。罰を受けることを覚悟で…貴台の権威を少しでも示したかったのです」
…権威ねえ?
そもそも俺は侍従でもあるんだ
大それた権威や箔は殿下の侍従として宜しくない
オニキスも、ラピスも自分の傍仕えに荷物を運ばせるために教室に呼んでいたのだろう。
傍仕えや侍従がいるならば、
自身で重いものを運ぶ道理はないし…家の権威を示すためにも通例になっている慣習だ
が、俺は川獺達に俺の自室で待っているように指示した。
玄武も勿論、良い顔はしなかったが…
川獺が食い下がってまで教室まで来ると言って聞き分けなかったのは意外だった。
そして命令して行ったものの、
結果は部屋の外…廊下でこれだけ長く待っていたのなら
ラピス達に足止めされて帰るのが遅くなった俺より先に此処を通った同級生達の目には少なくとも俺が侍従を従えるだけの権力があると示すことになっただろう…
俺の事を思った川獺の行動、
そうだとしても命令してまで俺は部屋で待てと言ったんだがな?
「…川獺、そんな顔をするな。
悪いとは思うが…違反は違反だ、その荷物を片付けたら自室で自粛していろ」
「っ…貴台の権威付けが出来ない事を…残念に思わない担当侍従がいますでしょうか!」
ああ…可哀想だとは思う、
俺を想った行動であることは重々承知
俺が川獺の立場だったとしてもそうしたい気持ちになるだろう
普通の学園生活が俺が送れていたならこんなことにもならなかった。
川獺や玄武にこんな事で我慢などさせずに、
普通の侍従として俺に侍ることも叶っただろう
だが、そうはいかない。
それを分かった上で学園に川獺はついてきた筈だ、
ならば…悔しくたって歯向かうのは如何なものだろうか…?
俺の荷物が強く握りしめられ、
皺がよっていくのが見える…川獺、これはダメだ
「そんな侍従が居ようが居まいが問題はそこではない、荷物も片さなくていいから…部屋に入れ」
「…貴台…」
川獺、情けない声を出すくらいなら初めからするな。
俺だって川獺の意を汲んでやりたい…
汲めないその点に関しては俺が悪いが、
だけども此処で何も罰を与えなければ我慢していた玄武に申し訳がたたない。
玄武とて、
そうしたかったのはこの冷えた空気から分かるから
そして、
命令違反した上で歯向かうた侍従に何の手打ちも与えなければ…
それこそ主人の権威がなくなる。
そう、川獺
お前が気にしていた俺の権威が…な
「玄武、川獺を部屋に連れていけ」
「…畏まりました」
肩を落としきって、
俺から預かった筈の荷物もだらりとした腕に辛うじて引っ掛かっている状態
そんな川獺から、
皺のよった荷物を丁寧な所作で奪った後、
部屋に押し込めていく玄武の姿を無言で見守った
…
「…貴台」
「なんだ?」
「川獺は如何致しますか」
「…暴れているのか?」
「いいえ…ですが布団にくるまっていじけてい「ならば好きにさせておけ」…貴台?」
…川獺自身が暴れて怪我をする危険性がないならいい、
自傷行為もないなら暫くはそのまま様子見にしよう
そう思って玄武に伝えたつもりだが…何が不満だ?
「何も部屋の中で正座でもしておけ等と迄は言わない、それくらい言わなくても玄武なら分かるよな?」
「…ですが反省させませんと…」
成る程、
玄武は俺が川獺に目溢ししてやると思っているらしい…
確かに俺は玄武より川獺に甘い、
それは自覚しているが…決断するときはするぞ?
布団でいじけたまま過ごしている内に、
自粛を解く気などない
俺の権威は…川獺が守りたかったがために、その川獺によって蔑ろにされたのだから
俺自身は内心…権威などどうでも良いと思うのだが、
川獺の俺への態度一つ悪ければ…兄上や家にも関わる事になる。
侍従としてやってはいけない行動だ、
それに気付けない様だと川獺自身のためにならないからな…
「甘い処遇だと?
…俺の命で正座させたところで格好だけだ、それで心から反省させられるとでも?勘違いするな、川獺が自主的に正座するまでは出すなと言いたいだけだ」
「…っ、御意」
…
…
「…で、玄武?」
「はっ」
荷物を片づけにいった玄武が戻る間、
自身で制服を脱いで…侍従服に着替えていたが
戻ってきても、
何も言わずにそうしているつもりか?
背中で感じる気配は、
中々に物騒なものだが…
「俺は殿下に挨拶に行ってくるが…帰りが遅くなっても心配してくれるなよ?」
俺が侍従としての身だしなみや仕事に関する準備に関しては玄武達に手伝うことを禁じている、
だから…今、玄武のその立ち位置は確かに正しい
が、雰囲気は好ましくない
それは俺の衣服の着脱を手伝えないからというだけではないだろう…
「…心配でなりませんが」
「まさか…玄武まで、命令違反をするのか?
そうなればその間、俺を世話する人がいなくなるよな?」
「…その様なことにはなりません」
命令違反する気か…
川獺ならまだしも、玄武まで?
「罰を受けてもか?」
「…はい」
勘弁してくれ…
玄武は、
自身が罰を受けても鞭程度…川獺が自粛しているから己は自粛にはならないと思い込んだか?
少なくとも…俺の世話はさせて貰えると睨んでいるな?
「玄武、もしそんな行動を取ればお前も自室で自粛させる」
「…貴台」
馬鹿だな…
玄武は考えないようにしていたのだろうが、
川獺と同じ様な状況で命令違反をすれば同じ自粛の罰になるだろうに
「己一つの身支度位一人で出来る、
俺が世話する侍従を確保するために罰を不平等にすると思ったか?」
「…っその様なことは決して」
「本当にそう思っているのならばいい、
だがその理論でいけば…疲れて帰ってきた俺にお前の処罰までさせるんだな?」
「…申し訳ございません」
「もしも…俺が疲れて体調を崩して帰ってきてもだ、
腰を落ち着かせるどころか手当てして貰えるどころか、その上で自粛させているお前や川獺の世話を俺自らの手でさせるつもりなら…それはそれで良い。
懐にいれた自身の担当侍従の世話くらいして見せよう」
「っ…必ずや部屋の"内"でお待ちしております」
やっと脅しが脅しとして成立したか…
膝を付いてまで低頭するくらいなら、玄武も己の発言を省みれている。
…こらならば命令を聞いてくれそうだ
玄武が俺に罰を貰えば…その間の自粛させている川獺の世話は俺自らする事になる
玄武にとっては更に辛い罰になるだろうが、
…きっと川獺にとっては自粛の効果が薄まってしまう
放置して済む数時間ならば良いが…
流石に1日2日で川獺が正座してくれるとも思わない、
その間何も飲まず食わずにさせる程俺は鬼畜じゃない…その辛さは知っているからな
「ふっ…ちゃんと食事も世話もしてやれ。
俺が戻るまで、川獺のことは頼んだからな?」
「…御命令ならばその様に致します」
…全く、
川獺に厳しすぎるだろ
命令無しでは世話もしないつもりだったかと、玄武の怖い1面をまた垣間見た気がした
…
…さて、手間取ってしまった。
早く向かわねば、
もし殿下が御忍びで城下に下るのならば挨拶が出来なくなってしまう
足早に
そんな姿のままの玄武を置いて、部屋を出る
…これからが本番、
そうである筈なのにもう既に疲弊している
朝起きた時は疲れなど全て取れていたというのに…
ラピス達から始まり、
それが終わればまさかの川獺の命令違反
そして玄武の暴挙とも言える発言をいなしてきた
疲れもピークだと、
精神的にいっぱいだと言ってしまいたいが此処からが正念場だ
泣き言など言ってはいられない
どれも俺の…侍従の私生活の問題だ
殿下の前でその様なことは悟られて気を使って頂くわけにもいかない
…もう、
見習いではない。
殿下の紋章が刻まれた侍従服を纏っている…
それくらいの侍従としての覚悟は持たなければと、使用人通路を歩きながら気を引き締めていく
…蛍光のパラコードが結びつけられたノブ
考え事をしている内に既に自身の使用人部屋に着いてしまう
ガチャ…
「え…埃が…ない」
最後に掃除したのは…
長期休みの前だ
埃が被るほどの期間でないにしろ、塵一つないなんてことは起こり得ない
簡素な床や机に至るまで、磨き上げられて光っているなど…
…まさか、
アコヤさんに俺の部屋の掃除までさせた?
ならば…俺は補佐役以下ではないか、
侍従として合格は辛くもした筈…それなのに現実は補佐する筈の相手に掃除までさせる程の体たらくか
無理してでも…
学園について直ぐに掃除しに来るべきだった
体調が悪かろうがなんだろうが、
殿下には関わりのないこと…
アコヤさんにも侍従として体調管理は基本だと言われ続けてきたことなのに…
コンコン
「っ…はい」
「気配を感じましたから…オリゼ、主人に挨拶しに来たのですか?」
考える暇も、
落ち込む暇も与えてはくれない…か
俺の気配がしたのに気付いたのか、有り難いことに声まで掛けに来てくれたようだ
「はい、長らく休暇を頂いておりましたし…挨拶だけでもと思いまして」
「そうですか…ならば今丁度お茶を差し上げに参るところでした。一緒に付いてこられますか?」
「…そう致します」
何から何まで…手取り足取り、
アコヤさんはこうして気を配って指導や手を差し伸べてくれる。
これでは見習いだった時と何一つ変わらない…
「オリゼ?」
「…ありがとうございます、参ります」
だからといってそれにめげて、
顔を俯かせている暇もないだろ…これ以上手間取らせてはいけない
此処でアコヤさんの足を止めれば
紅茶の温度も下がってしまう、殿下をお待たせすることにも繋がると
見習い以下の働きや行動を取るわけには行かないと、
歯を食い縛って面を上げる。
「…そうですか」
少し考えるような顔をしながらも、背を向けて歩き出した大きな背を
…自身を鼓舞して追ったのだった
…
「殿下、紅茶をお持ちいたしました」
「失礼致します…」
「ああ、ここに」
「畏まりました。夕食も近いので軽い焼き菓子に致しましたが、御賞味されますか?」
「…カヌレか、これくらいなら良いだろう」
何てことはない…
殿下とその傍仕えの会話が数十歩先で執り行われている。
目線を下げすぎることなく、
遅いティータイムだろうその時間に水を差すことのないように壁際で待機する
焼き菓子に手をつけられ、
アコヤさんの淀みないサーブで紅茶がカップに注がれていく
「…で、アコヤ」
「ええ、オリゼが御挨拶に上がっておりますが…」
「飲みながら聞く、オリゼ何かあるのか?」
ウバの茶葉だろうか、
部屋に充満した芳香は殿下がたまに好まれて飲まれるものだ
それに一口口をつけた後、
俺に視線を向けてくる…
「ティータイム中に失礼致します…重ねて挨拶が遅れたことをお詫び致します」
「続けろ」
「殿下…長らく、休暇を頂き有り難う御座いました。今週末からまた御仕えさせて頂きます」
深々と、
腰から折った最敬礼
言わなければならない事を漏らすことないように、
頭のなかで反芻して練習していた文言を口にしていく
「…まあいい、
それでその刺繍から見て査定には、合格したようで何よりだ」
「有り難う御座います」
…どうやらここまでは合格点のようだ、
殿下も一旦止めていた手をまた上げてカップの紅茶を飲んでいく
残りのカヌレにも手を伸ばし、
ゆったりとした空気も流れている
…さて、
此処からが正念場
査定の内容が問われれば、口にし難い事実を申し上げなくてはならなくなる
挨拶が終わった後、
退室しろと命じられないのは
十中八九、まだ何か俺に話があるからだろう…
「侍従紋も見せろ、確認したいからな」
「っ…」
「なんだ?その刺繍は見てくれか?偽証なのか?」
「…詐称等出来るわけがありません」
「なら見せるくらい良いだろう?
近くに寄ってこないのは…何か隠しだてすることでもあるからか?」
…こう来られるとは思いもしなかった
近くに寄らなかったのは、隠しだてしたくてしたことではない。
己の体調が芳しくないことも、
問われれば詐称なく答える心積もりでこの場にいる
「いえ…近くに参ります」
…挨拶するために参じた、
その為に午後の一時を邪魔立て出来ず壁際で待機していた。
そして挨拶が許可された後でも、別の理由から近くに寄ることは憚られた。
己の身体は湿布や傷薬の匂いがする…
その俺がティータイム中の殿下の近くに侍れば、
せっかくの紅茶の香りも…カヌレの美味しさも損なうと考えたからで…
だが、
それも近くに寄れとの命令ならば…
寄らざる終えない
「見せろ」
「…畏まりました」
ソファーに座る殿下、
その肘置きの横に膝をついて左手の袖口を捲っていく
包帯で覆われていない大部分の一つ、
それが左手の紋が刻まれた部分だ
手首や
紋が無い部分の肘から上は漏れなく包帯や湿布で覆われている
そんな御前に晒すにはあまりにも酷い代物、
それでも見せろと言われるならば…命に従うだけだ
「で、この包帯は?湿布は?」
「自傷行為ではありませんので、御安心を「…オリゼ」…っ」
殿下の眼下へと差し出した腕、
それを見た声音は不愉快だと言わんばかりに低くなっていく
薬の臭いも…気に触ったのだろうか…
「…何故傷を負った?」
「己の未熟さによるもので…殿下がご心配なさる程の物ではございません」
それならば早く手を引かせてくれはしないかと、
紅茶のカップもソーサーに置いて飲むことを諦めた様子に…壁際まで引かせてくれはしないかと思ってしまう
「心配する程度のものかは俺が判断することだ、
で…言えない事か?」
「いえ、査定に当たり生じた物で御座います」
「まあそうだろうな、アコヤ」
「はい、只今」
何が只今なのか…
そう思う暇もなく、アコヤさんの手によって俺の腕がソファーの肘置きに乗せられていく
抵抗など出来ない、
許されてもいない…軽く押さえられただけで痛む腕の包帯が、
一番酷い痣を隠しているそれが
アコヤさんの手によって解かれていく
「っ…」
晒される…
詐称や隠しだてをするつもりはない
だからといって
事実を述べることはその傷や痣を見せる事ではない
「ほう…手酷くやられたもんだ。侍従査定はここまで傷を負うものか?」
「そうですね…厳しいものではありますが、
このような外傷を負うとすれば、規定違反や命令違反をしない限りこうはならない筈です」
「それをして、通常査定の合格は叶うものなのか?」
「…通常、評点が大きく下がり合否のラインに浮上することは稀でしょう」
…無様だ、
何も此処まで晒し者にしなくても良いではないか
自傷でつけた傷でもない、
だが見せて恥ずかしくない傷でないことは同じだ。
査定で足掻いて…合格の糸口を掴もうとして負った痣、
考え抜いた結果…至らず、間違った手法で対処しようとして罰を受けたもの。
誉めて貰うものでもない、
…勲章でもない。
努力と言うにも憚られるそれは…己の主人に見せられるものでは本来ないのだ
「で、違反をしたんだな?」
「はい」
「…はあ、よくそれで受かったものだ
アコヤの言う通りであれば決定的に失格になるものらしいではないが…それでも濃い痣が二重、少なくても二回罰を受けたことは分かる」
「…その通りで御座います、殿下」
痣は
どちらも手枷の跡だ…
何故合格出来たかも俺には分からない、
よく受かったものだと疑問に思っているのは俺も同じ
「違反も二回か?」
「はい」
一度目は後ろ手で水に沈められた時
二度目は房に入れられ、吊り上げられた時についたものだ
二重になったのは、
負荷が掛かる場所に違いがあるから…
その証拠に殿下の目にも明らか、
二重に痣がついているから二種類の罰を受けたと判断できたらしい…
「その結果受けた罰は…水牢に懲罰房だな?」
「っ…何故、それを…」
聞き間違い、
そんな信じられない単語が耳に入る
殿下の口からまるで査定期間中のことを事詳細に知り得ているような言葉が出てきたことに疑問が湧いて止まらない
いくら痣の証拠があれど、
そこから水牢と懲罰房が罰の内容だなんて推理できる筈無い
「父上から先程送られてきた内容だ、査定結果と内申点だ」
「…っ不出来で申し訳ございません」
目の前に掲げられた一枚の紙、
カップを置いて空いていた殿下の手には俺の罪状が書かれていた
一瞬、
目に入った単語や文面は…
他の同期の名前こそ仮名になってはいたが俺について書かれたもの
紛れもなく査定期間に命令違反を繰り返し起こしたこと
それが書かれていると直ぐに理解できた
直ぐに目線を逃がしたが
それくらいの情報は得られてしまった…理解、出来てしまった
「頭を下げるな…内容が間違っているか、確認しなさい」
「…申し訳ございません」
「しかと確認しなさいと、言っているのだが命令が聞けないのか?」
「いえ…」
この状態下で命令違反をおこせると?
二度の失態、
それの事実すら目を背けるようであれば、
三度目の違反だ
仏の顔も無くなり…懲罰でも頂いて首にされるという明示だろうか…
内容を記した文面を読ませる理由は…
単に、失態を繰り返した殿下の見習い侍従、傍仕え補佐役として不適格だと自覚させるためならばまだ良い。
殿下の傍仕え補佐役としては不適格で出来損ない、
それは事実だ
だが…二度の失態から何も学ばない侍従がいてはならない
合格したことには変わりはない
己がそれに納得していなかろうが、
自身が見習いではなく侍従となったことだけは事実。
他の同期に顔向けが出来ない、
こんなことすら履行できない者と同じ合格であった等と評価されてはあいつらの努力も才能も踏みにじることになる
必死に面を上げて…
文面を目でなぞっていけば
査定での命令違反や規律違反の根本の原因は、
使える主人を信じきれず忠義を尽くせなかったこと…だと評価されている
「っ…」
一度目は主人を信用せず進言すらしなかった
犯した無様な行動を省みろと仰りたいのか…
二度目は…更に悪い
主人を信用せずに黒だと弾じて裏切った、
その上国に仇なすことも仕出かした…
そんな己の行動が記載されている
ならば…殿下にとってこの合格等何の意味も持たないという宣告であろうか?
侍従としての欠陥、
そしてその上で国に…殿下や陛下への反意があったと認めろとの断罪だろうか
俺は…今度こそ、
罪人として死ぬのであろうか…
「っ…ぐ、…その、文面に間違いは…ございません」
「やはりな、何も嘘は含まれてはいないようだ」
「…私を調査されたのですか」
そうか、
見習い侍従ならば痛手になる前に棄てれば良い。
王族と言えど知らぬ存ぜぬとまではいかないが…
仮契約として雇っただけだと言い切れるのかもしれない。
きっと…面子に泥や傷がつくことも回避する術があるのだ
仮契約していた見習いが侍従になった。
だからといって無条件に本契約する訳もない…
その前に雇う侍従として適切か、
調査するに決まっている
そして、その調査結果がこれだ
ならば…俺は本契約などされない
そういう次元ではない、
直ぐに裁判にかけられて断頭台行きか…
慈悲があるならば
裁判前に一旦家に戻される、
だがその道中で事故にでも逢うのだろう…
父上に死亡書類を提出される…実際に殺されるか良くても彼処に一生幽閉だ
「調査などしていないが…ああ、お前は知らなかったのか。
…これは侍従として合格した者の履歴書であの査定機関から発行されるもの
本来は主人を探す為に必要な書類だ。既に主人がいるものは主人宛に送られる…オリゼは父上の侍従、書類は主人に送られた。
俺の手元に今あるのは…父上が気を利かせて俺の担当の侍従だからと知らせてくれたんだが…」
「…申し訳ございません」
「分かってるなら良い、
体も全快ではないのだろうから辞して良い」
全快でないほうが、宜しいでしょうに…
何故謀反を起こすような人物を前に平然としておられるのか
何故、この文面を読まれた貴方様の父上である陛下が
私をこうして野放しにしてらっしゃるのか…
何もかもが理解できない
「…何処に収容されば、宜しいでしょうか」
「オリゼ…大罪人にでもなったつもりか?」
「反意があると判断されたならば、何故罪に問われないのです…」
「問う必要がない。問いたかったのは単にお前が要らぬ負傷したことについてだけだ。…お前は俺の傍仕え補佐役だ、次の勤務時まで学園生として生活を送りつつ身体を休ませろと命じているだけだ」
…全容は把握出来ていない
だが反意はないとのご判断…か。
あの文面をどう好意的に読み解けばそうなるのかは理解に苦しむ
そして今まで通りの生活も送れとのこと。
その言葉をそのまま受け取れば…
殿下が問われたのは、
私の査定での無様で不出来な行動で、反逆罪ではないらしい
それを裏付けるかのように、
軽く押さえられた腕が下ろされ…
解かれた包帯もアコヤさんの手によって元に巻き直されていく
「…それが御命令ですか」
「そうだ、今日は早く就寝しろと言っているだけだ」
そして傍に置き続けるつもり、
御自身の侍従として私と本契約もなさるおつもりで…すか?
通常査定の合格が消し飛ぶ様なことを、
一度ならず二度も犯し…きっと首の革一枚で合格となった侍従と
「他の優秀な侍従を据えられるおつもりも…無いということでしょうか」
「…ない」
最悪だ…全て理解した上で
殿下は本気で傍に置き続けるつもりだ。
その決定事項に、
辞退させて欲しいと匂わせた…私の意思は寸分も反映もされなかった
何故自身の権威に傷がつくことも、
面子に泥を塗られるリスクも回避為さらない…
私が不出来であることは、その査定の内容から十分に分かるだろうに
「…畏まりました、御言葉に甘え…自室に辞させて頂きます」
その上で…
傍に侍るに足れと要求されるのですね
…そして傍に置く以上、
これ以上の失態は許さないと釘を刺し…
更に努力して最低限…侍従として眉を潜められない程度の技量と色を得ろと
…命令ならば
出来る限りの事は致しますが。
身体を休ませろといわれ、努力や研鑽も怠るなと…
右を向きながらどうして左に首を回せようか…
何か策等あるのだろうなと、
自棄になった考えを巡らせながら退室させて貰ったのだった




