侍従講習28
俺が…
いや、僕が3歳になる前か
玄武がメンテナンスと言う名の手順を踏んで使用人として着任して1年あまり経ってから、
漸く僕の侍従になった。
嬉しかった…
まだ鋭さは残っているものの、
僕の意を良く汲んでくれて動いてくれる
傍に置いておけると喜んだ
だから、何不自由無く他の皆と同じく…
玄武が幸せに過ごしてくれているとさえ思っていたのに…
そう勘違いしていた。
これも八咫から報告を受けるまでのことだ。
休みを取らず、食事も休憩すら取らない…
献身的と言えば聞こえは良いが、あのままでは体を壊すと
それを受けて、玄武に直接
そんな酷使するような働きを求めた覚えはない
何度か、休むように言った…
…
命令であれば聞きますと…
そうではなくてそうする権利があると諭した。
自発的になって貰わないと意味がないと
その都度命令して休ませることも難しいと思って泳がせていれば
…何も変わらなかった
かましくも思慮も足らず…
与える側の貴族子息として驕っていた。
それは何の解決にもならないと、
無理矢理救ったと偽善を振り撒いただけだった
だから、
今はベッドに張り付けて言い聞かせている
偽善をしたならば、
与えたならば放り出しはしない。
そう心に決めて、
自愛しろともうすこし己を労れと言うものの
御気遣い要りませんと繰り返すだけ。
とりあえずこのまま…
健康を害してまで仕えさせることは僕が許せなかった
「玄武、気持ちは変わった?」
「…いいえ」
…そう、聞き入れもしない。
だからここ2日
仕方なく痛みを与えて、
酩酊させて言質を取ろうとしたが折れることはなかった
僕が見てないときは
働かせてくださいと、
拘束具を引きちぎろうとするばかりらしい…
「なら、まだそれは外せないね」
「…どうか…っ」
「だめだよ、玄武?続けていいよ八咫…」
「承知…」
「…オリゼ…様、どうかお許し…っぐぅ…」
…
八咫は強いからな
容赦も手心も加えるなと言えばそうすることも出来る
だから、
この仕打ちは厳しい方だと思うのだけど…
何せ玄武も間者だったらしくその手のものに耐久力はあるのか、
堪えていても限界にはほど遠そうだ…
拘束具を軋ませて
辛そうな叫びをあげるも抑える余力もある
僕に聞かせないようにする為か、
その理由までは分からない
「ぅ…っ」
「そろそろ、反省した?
もう二度としないと誓える?」
「…申し訳、御座いません」
「何故手当てを受けなかった、傷はないと僕にほのめかして放置したのはなんで?」
「不肖…は、その様な恩恵にあやかる身でありません」
「そ、また同じことをするつもり?
可哀想だけど…頷くまで八咫続けて」
「…承知」
…
一週間後
また、訪れた
状況は知っていたけれど…希望をもって八咫に聞いた
「…どう?」
「言わないかと思われます」
「そう、なら腕の物を外すしかないね…」
「嫌、です…それだけは…お許し下さい」
「休まないし、
治療も食事も要らないってどう言うことなの?
僕の侍従になったんだよね?そんな酷使するような主人になった覚えはないんだ…そんな風に僕を仕立て上げたいのなら、卿の屋敷にお願いして放り出すよ?」
「…っ彼処だけは」
「どれも聞けないって?
我が儘だなぁ…あれもこれも嫌だって言うの?」
「…給金は、頂いてます。
破傷風にもなっていませんし、食べるものにも困りません。
休みなどなくたも業務に支障もきたしません」
「僕はね、そう言うことが言いたいんじゃないんだけど?」
「…不肖は」
「あんまりしたくないけど…八咫、残らず爪剥いで」
「坊…」
「玄武なら耐えられる…これでも甘いくらいだよ」
「…心配しているのは坊の心の「烏、それ以上は口出し無用だ」…はっ」
「それと、玄武?頷くまでこのままだから。
僕の世話も侍従として何も出来ないまま、ここで拘束されて…手当ても食事も無理矢理受けさせられ続けたいなら好きにすると良いよ?
2ヶ月、それ迄は待つけど…それを過ぎれば父上の陣も僕のブレスレットも取り上げて卿に身柄を引き渡す」
「…この身を思いやれと言いたいのですか?」
「そうだよ、
美味しいものも気持ちいい布団も何のために用意してると思ってるの?
仕事の対価の1つとして提供してるんだから、受け取る義務があるよね…
僕の心遣いを無下にする担当は要らないんだよ?」
「温情が過ぎます…不肖は…他の侍従や使用人と差をつけるべきです」
「してるでしょ、陣も父上が刻んでやった
ブレスレットだって嫌だけどあげたじゃないか!」
「待遇でも…「少し黙って?」…」
「奴隷は要らない、イエスマンも要らない…かしずくだけの飾りなんて要らないんだよ。
それ以上に許せないのは救った筈のお前が、僕が原因で自身を卑下させ続けることだ…そんな者に仕えさせるなんて一番己が嫌いになるよ」
「…オリゼ、様?」
「後は宜しくね、薬や手当てはちゃんとしてやってよ?」
「我にお任せを」
…
2ヶ月後
少し忙しくて構えなかったのもあるが、
突き放すのも手であると兄上に言われて最後の日まで訪れはしていなかった
「久しぶり、顔色悪いね…玄武?」
「…申し訳ありませんでした」
「良い答え、出してくれた?」
「ええ、同待遇も受け入れます。福利厚生にも従います…ですから、これを外してくださいませんか?」
「…まあいいかな、
心はついてくるだろうし、玄武にしてはかなりの譲歩だろうからね」
「これで、ですか?
どうみても本心から納得はしていない様に見受けられます」
「それでも受け入れると言ったんだ、反故にしないだろうしここらで手を打つよ?」
「御優しいですね、坊は」
「ふふっ…知ってる、誉め言葉じゃないこともね。
…甘いって言うことだろう?」
「承知していただけているならば、有り難いですが…」
「で…何で玄武こんなに弱ってるの?」
「…」
「八咫烏…答えて」
「坊に仕えられないのが、この2ヶ月何の働きもせずに給金や食事を取ることが余程効いたようです。
体は…筋力低下だけで他の処置は抜かり無く行いましたが、我に不手際があったと感じられるならば「八咫、僕の方こそ疑って悪かった」…いえ」
「気に食わないって言ってたからさ…
八咫はそうしないって分かってたんだけどつい。
それ…ほどいて、マッサージしてやって」
「是…」
「それから玄武、明日から働いても良いけど…ちゃんと八咫の指示にしたがってね?」
「…畏まりました」
…
なんてことがあったんだよなあ…
あの時注意してた俺が、あの頃の玄武みたいになるとは思わなかったし…
川獺がなにか言いたそうな目をしているのは、
兄上との差に腐ってからは…
散々俺が俺自身を粗末に扱ってきたのを知っているから
卑下して、手当ても拒絶して…
皆の世話を遠ざけてきたからな
「…あの時の貴台は厳しかったですね」
「福利厚生外であると、皆が受け取っていないならば頂けませんとかいって…
思い立ってあげたおやつ1つ食べようとしないのが悪いんだろうが…」
「同待遇ですら、あの頃は自然にこなせませんでしたから」
「…今では除け者にしたら怒るくらい図太くなってくれたが…
八咫ばかり構うと怒るだろう?」
「それは…その」
「…ふふっ」
「川獺?」
「いや…ごめんなさい、でも玄武さんも嫉妬するのだなと…ふふっ」
「川獺もするのですか?」
「しますよ、四番手ですからね…貴台からお呼びが掛かることは少ないんですよ?何かあれば呼ぶのは玄武さんですし…」
「なんだ、そんな風に思っていたなんて…
余計な仕事が増えるより良いだろうと思わないのか?」
川獺…
そんなに仕事が欲しいのかと呆れる
飛び入りの…まあ、俺の要求だが
予定外の雑務が増える事は業務の流れを算段が狂うこと
決して好ましくないと、
侍従ならば思うのではないかと…
「貴台、川獺が言いたいのは…
呼びつけられないのは頼りにしていただけてないって事と同義だと言うことですよ」
「玄武?何で分かるんだ…?」
「不肖もそうでしたから…侍従になってからもお呼びが掛かることはありませんでしたね。
傍仕えであった烏が慰労のための休暇を…渋々休みを取ったとき以外は…」
「え…烏さんが?え…」
そうか、
川獺が来る前だったか…
「厚かましくもこの座を奪い取りましたから…今でも隙を見せれば奪われそうになりますが死守しています」
「確かに八咫は許さない、
もし玄武がしでかせば引きずり落とすって言うからな。
まあ、玄武を今では認めてるんだろうけど…」
「…そうですね」
「この前も怒ってたしな…良く八咫は納得したな?」
「…烏はそれどころではありませんでしたが…」
「ん?」
「貴台自ら…褒美を頂いていたので、何も不肖に言えなくなったのですよ」
「そんなに凹んでたか…まあ、仕方かったんだ」
「ところで、貴台…?」
「…なんだ?」
「貴台は自愛してくださるのですよね?
不肖にそれを教えた張本人が、出来ないとは思いたくはありませんが…」
「…川獺、助け船」
「え、あの…その」
「貴台…川獺を盾にしても無駄です
まあ御安心を、不肖にされたような手出しは出来ませんので」
「…こんなに厳しい目付になるまで、
俺は求めてなかったんだけどな…分かってる、最低限はする」
「最低限…ですか?
他のご子息様方と同待遇の過ごされ方をして頂かなければ納得出来かねます」
「…無理だし、必要無いだろ」
「貴台?」
「あんな無駄な茶会や令嬢相手の遊びにかまけてる暇はない。
…お前の言いたいことくらい飲んでやるから、それは求めるな」
「お心のままに…」




