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侍従講習21




先程まで、

厳粛な面持ちで伯爵と当主役をもてなした場所


今はその時とは雰囲気は様変わりし、ざわめきが満ち溢れている

各々侍従服ではなく私服姿、

勿論セミフォーマルに準じた服装ではあるが査定も終わり、侍従としての評点ももうない。


…皆、査定も終わり

久々の解放感も手伝って気楽に談笑している





そんな中、

会話のトーンも表情も暗い一群は端から見れば目立つだろうに…

大半は各個人の雑談に夢中で気にならないのだろう、

目も向けられていない





「遅いな…」

「うん、来ないね3人共」



査定が終わった、

この場所でその時を知らせる鐘の音を聞いた。

そして自室で休息をとるようにと講師の一人から指示を受けて下がらせられた…


直ぐに戻ってくる、

そう思ったオリゼは待てど暮らせど帰ってこなかった。




やっと部屋に帰ってきたと思えば…それはラクターゼで。

オリゼはどうしてるんだ、

何故戻ってこないと聞いても大丈夫ですからとの一点張り

そんな気に食わない奴に、要求された

オリゼの私服を言われるがまま手渡した…


この打ち上げにはリゼも私服が必要になるからと…

楽な格好をさせたくないのかと、

そんな含みが込められたラクに押し通されて渡したんだ。





代わりに受け取った侍従服はリゼの使っているベットの上に、

…置いてきた


今、思えばその間…

オリゼは服を着ていないことになるのでは?

と変な考えも湧いてきたが…


まあ、

それはどうでもいいこと。




「リゼらしくないよな…何かあったのかもしれない」

「うん…でもラクターゼはオリゼは出席するって言ってたんだよね?」



「…鵜呑みに…するならな」

「キナーゼ、もしかして…ラクターゼに対して怒っているの?」


それはそうだろ、

コック長が言う通り…ラクに対して苛立ちを覚えてくるのは至極当然

このまま、

リゼが此処に来ない可能性が大きくなってきたからだ…




「ちっ…そりゃあそうだろ。

ラクは俺に何かあったのか説明無く、リゼの私服を俺に用意させるだけさせたんだぞ?」


「…つまり、さっき言ってた奴?」


「そうだ、

リゼは大丈夫だからって言葉だけで、納得させられて…今の今まで俺は待たされてる」



そう、

一番問題なのはもう開始時間迄…後数分で、

かつ査定が終わってからも一度たりとも姿を見ていないことだ。



「成る程ね…キナーゼは説明無く大丈夫だとしか言わなかった、

そのラクターゼに今…疑念が湧いてきたんだ?」



「ラクを最初から信用出来ないとは思わない、

が…リゼが予鈴がなって来なかったことなんて俺の知る限りでは、一度もない…

リゼの状況も姿も見ていない。

判断材料無く…この状況ならばそのラクの言葉を疑うのも当然だろ?」




そう…オリゼらしくもないんだよな

体調が悪かろうと、どんな状況でも時間厳守の奴らしくない。


五分前の予鈴もなって数分、

後定刻迄は2分を切っている…

ラクの言う通りにリゼが出席すると言うのならばもう来ないとおかしい。



ただでさえ、

査定の…いや此処にいる間の俺が知っているリゼは遅くても五分前には必ず準備して行動する奴だった



「まあ…気持ちが分からないわけではないけど。

オリゼは大丈夫だから任せてと信用させておいて、

その上この場にそれでオリゼが来なかったら…裏切られたってキナーゼが怒りも覚えるってこともね」



「ちっ…おせえ」



苛立ちも増してくる

コック長役の奴と話ながら…時間は刻々と過ぎていっていて、



遂には定刻迄1分



ホス、ラク、そしてリゼの3人が欠けたまま…

それ以外の全員は既に此処に揃っているというのにだ。




「キナーゼ、そろそろ座った方がいいよ?

ほら…周り」


「…なん…ああ、そうだな」


視野が狭まっていた…

会話しながらも視線はずっと手元の懐中時計と、

閉まったままの入口の扉の2点のみの往復



コック長に指摘されて気づく…

先程は主人役や侯爵役をもてなす側であったこの場、

そしてざわついていた先程までの空気も変わっている。


気づけば俺達以外は談笑を止め…皆既に席についていた

仕方なく、

定刻迄には座らねばならないという義務だけで身体を運んでいく



視線を仕方なく外し、

上位5席が空いたままのテーブルに向かう

そして、己の場所である2番手の席に着いた…


が、

視線は直ぐに扉に戻した…

後数秒で長針がてっぺんを指す。

遅い処ではないのだと、

何かリゼの身に起きて…もう来ない可能性の方が強いと思いながらも諦めが付かないのだ







「遅れてくることもあるよ…」



だから仕方なく俺とコック長に倣って俺も椅子についたが…落ち着かない。

そんな様子に宥める声が掛けられているのも、


俺が平常ではないと…

一見しただけで分かるからだろう



「遅れてくる可能性などない…リゼだけでなくホスもラクも来てないのはおかしい、いよいよ…食事してる場合じゃ…」


「…オリゼは…そんなにやわじゃないよ?

信じて、オリゼ達のことは座ってても待てるよ?」



が…一向に構わない、

リゼの安否を確認するのが第一

コック長も本気でそう言えていない、

リゼが遅れても来れると思い込めてすらいないのだから…


より一層不安も増してくる、

…何より、もう待つだけでなにもしないでなど居られるか!



「…本気でそう思えているのならば、状況把握出来ていないな」

「…そうであっても、信じないと…ね?」


…そう思って立ち上がりかけた、

そんな俺を再度視線でコック長はやんわりと押し留めてくる。


が、その制止にも座り直すこと無く、

また立ち上がろうとした時…




ゴーン


遂に…

定刻の鐘が鳴った


先輩役の講師が、俺らの代わりに壁際に控えている

その背後の重厚な古時計も鳴った…


無情にも…

長針が0を指した






「…来ないじゃないか…何でだよ…」


立ち上がろうとしていた筈だった

その筈だったのに…


椅子に座ったまま、

格好も気にすること無く姿勢が崩れていく…

力が、

力が抜けてずり落ちていく…





その時だった

ガチャン…扉のノブが鳴る音が響く



開かれた扉



そして…




「皆、悪い。遅れたみたいだ」

「お待たせしたね」


「ホス!…っラク!」


二人の姿が見えた瞬間、

立ち上がって駆け寄っていく…


身体は失った筈の力を直ぐに取り戻した。

椅子は立ち上がったその勢いで後ろに倒れ、

大きな音を立てたがそのまま気にせずに近寄っていった。



近付くにつれ

おれのこの様子にホスは呆れ気味だし、

仕方無さそうに肩を竦めているラク

それでも、

姿が見えないもう一人についての心配が増したのだからしょうがない





「キナーゼ…落ち着け」

「リゼは!?」


ホスの肩を掴み、

迫るように揺らしながら問う



「揺らすな、キナーゼ」

「リゼは何処だ!」



落ち着けるかよ…

そんな冷静になれるわけもない。

何処にリゼを置いてきた?

お前ら…

まさか危険な状態のあいつを傍目に…見捨てて此処にきたのか?



「安心しろよ…ほら、そこにいるだろ?」

「っ…どこに!」


居ないじゃないか、

何処にも!

ラクの隣にも、お前の隣にも!






「キナーゼ…心配しなくても此処にいますよ」

「リゼ…か!?」



…声が聞こえる

オリゼの声だ。

待ち望んだ…その同室の仲間の声がやっと耳の鼓膜を揺らした


が…姿は、

やはり見えない…何処にいる?





「正真正銘のオリゼですが…」


「っお前…心配するに決まってんだろうが!」



だが見えなかった

それでもホスを突き放すように放り出して…必死に辿った。

目を凝らし、皿にしたら…

その懐かしくも思える声音の方向を探せば…確かに、居た。




目が明るい場所から暗がりに順応していなかったせいで認識しにくかったのだ、

表情も、その姿もぼんやりとしてはっきりは見えない、

だけど…

それでも奥に開かれた扉に寄りかかってちゃんとリゼがいる


この雰囲気、

フォルムは…リゼで間違いない…




「冥府に囚われていたわけではないんですよ…キナーゼ?

確かに…心配掛けたことは謝りますが、少し落ち着いてください」


「…リゼ!」


笑いながら言うな、

大丈夫そうにはやはり見えない。

悪い冗談…そうも思えない程に存在が薄い


薄すぎる、不安定な存在である様にしか見えないのら

…暗さのせいだけではない、

きっと勘違いでも見間違いでもない



「…仕方ない御人だ」


クツリ…

笑いながら呟くオリゼを腕に納めた。

思わず手繰り寄せ、

その消えそうな雰囲気ごと抱き締めて確認するのくらい…そりゃあ仕方ないことだよな?


文句は言わせない、

凄く心配したんだから…構わないだろう?








「…っ」


黙っていれば…

キナの奴の力がどんどん強まっていく

これは絞め殺したいのだろうかと思うほどの腕力で。


確かに…

心配掛けただろうからと、

珍しく素直に腕に収まってやった。


まあ、単に回避反応するのも面倒で抱き締められていたのだが…


さすがに痛い



「キナ…痛いです」

「ん?そこまで強くしたつもりはないが?」


「…剛力であることの、自覚はないのですか?」



勘弁してくれ、キナ。

これ以上は我慢出来る範囲ではない


…痛い




「そう…か?」


疑問符ばかりの返答、

そして込められた力が弱まることもない…


このままでは困る

非常に、困る。

平時であれば…対策は俺にも出来る

力が敵わなくたって霊力も魔力でも使って引き剥がす術はある



が、

それは講師によって使えない手腕

どちらの力も発露するなと厳命が下っている


そして物理的に、

腕力では…こう抱き締められていれば無理だ。

今、もし俺が元気があり余っていようと抜け出すことは困難だ




「そうですよ…緩めていただけませんか?」


「だが…」



だが、

も、でももない!


この馬鹿力…

いい加減骨が軋む、傷が痛む




「キナーゼ…止めた方がいい、倒れるぞ」


顔が痛みに歪む

もう、力に訴えようか…


魔力でも使ってやろうか、

そんなことを思った時…

いつまでこうしているつもりだと頭に来始めたその時。

漸くホスが正論を言ってくれた



「…分かった」


おい…キナ?


俺が言葉を重ねたのに、緩まなかった腕

それがどうだ?

ホスの一言ですんなりと…解せない


ともあれ

ホスのお陰で急激に緩んでいく力。


痛みは無くなった…が、 

それはいいのだが



…何故か…完全には離してはくれない。





「…席に着きましょう?」


皆も待たせている、

定刻の鐘がなっている間にたどり着きはしたが…侍従としては遅刻

その上此処でキナに足留めさせれいれば、


更に…待たせることにもなる




「まだ見足りない」


「…何を、です?見るのは席に着いてからでも時間ならばありますよ…」



「何か…誤魔化すつもりだろ!」

「…隠しだてはしません」



なあ、キナ…

今でなくてもいいだろう?


どうせ白日に晒される、

包帯は衣服で隠しきれていないのだから…明るい場所に移動すれば直ぐに確認できる


それに遅刻した上、

どんどん時間が経っているんだぞ…?


それが分かっていても、

何故…腕を掴んで俺を繁々と観察し続けるのは何でだ?





「どこか悪いのか?」


「悪くないです、が…?」


ぐるぐると回され、

その後も始終…身体が揺らされる。

平行感覚が…

具合が悪くなるとすればそれはお前による揺れに酔うからだ!



「なら、隠しだて"は"しないってなんだ!」

「…そのままの意味ですよ」



力が入りきらないのにそう乱暴に振り回されては踏ん張る力さえ失われていく…

壁の支えすらない、

半身浴から時間が経てば経つ程に疲労と倦怠感で力は入りにくくなっている。


その上、

こんな荒い扱いを受ければ目も回る

安定も更に無くなっていく…




「止めろ、キナーゼ」

「ホス…止めるなよ!」


「落ち着け。力が強いお前が手加減なくそんなに抱き締めたらな…痛いに決まってる、粗雑に振り回したら目を回す」


「だからって納得できるわけないだろ、この包帯はなんだよ!」


「よく見える部屋の中で確認しても遅くないだろ、隠しだてはしないとオリゼも言っている。暗い此処より照明の下で見た方が確実だ」


「やっぱり…大丈夫じゃねえじゃねえかよ」


「それには俺も同意見だ、キナーゼは的を射ている。

全くどうしようもない奴だなオリゼ?キナーゼに嘘をつくな、繕ってる…今立ってるので精一杯だろうが」


「ホス…私は普通に歩けますし、そんな誤情報を与えないでください。

キナが勘違いするでしょう」

「嘘も大概にしろ、事実…此処まで肩貸してきたんだが?」





分かっているだろう?

自分の状態くらい、把握しているよな?


これ以上は誤魔化すな、

嘘をつくな。


そんなホスの圧力が込められた言葉が、

キナを嗜めていた筈の…同時に俺を庇っていたその口は…俺に向かって矛先を向けた




「…もう大丈夫です」


嘘、詭弁

だからなんだと言うんだ。

肩を借りたのもそれはそれだ…

席につくくらいの距離ならば歩ける


とそんな台詞を…口から出し掛けて、飲み込んだ。


ホスは手助けしてくれた、

それに仇なす事は流石に…と当たり障りのない言葉に言い換えたのだが…



おかしなことに、

…顔から感情がなくなっていく


ホスの表情が、

…温かみが消えていく




「…なら俺は止めない、席に着くまでは自力で歩くと無茶を言ったな?

倒れたとしても知らん。キナーゼが手を離して床に這いつくばっても、ラクターゼもキナーゼにも…絶対に俺は助けさせはしない」


「…っ」




ぞっとする、

そうか…最初はこんな感じで冷たい印象だったかもしれない。


己のことは己で、

他力本願など望むな。

自身の体調管理も、役割分担も自身で責任もてと…そんな奴だったな




「まだ足りないか。

壁に寄りかかって立っていたが、キナーゼが引き寄せたせいで手に届く支えは俺ら以外に無いぞ?

キナーゼが今、離れて支えがなくなれば…」



壁は遠い、

背を預けて凭れることも出来ない現実。


キナに支えられていればこそ立てている…

その支えが外されれば、床に崩れ落ちるかもしれない。

外されて倒れたとしても、

ホスも…多分ラクも


キナの代わりに手を差し伸べてはくれない…


確かに、

今すぐは踏ん張りが効かない位の自覚はある…




…誰に似た?

あのドSみたいなやり口…いや、元々ホスはこんな性格だったのかもしれない。

キナが言うように、そして本人がそう言っていたように

甘くないと…世話を焼くような性分じゃないと言っていたな

そして俺は珍しくその例外なのだと…



まあ、最悪見切られても構わないが…

今は困る。

非常に、困る…倒れれば

再び立ち上がるのは何分後だろう?

その上、席まで歩けるまでは幾時…直ぐに立て直せるなどと根拠無く言い張れる自信すらもうないのも事実





開始時間もこうして話している間にとうに過ぎた

皆も講師達も待たせている、

…これ以上遅らせるのは良くない

不様な姿を見せて同情を誘うことも、したくない



だからこのまま…キナに支えてもらうことが得策で、

席までの短距離ですら…自力で歩くことはどだい無茶であろうことも自覚している。


それは分かっている…感情が制御できればこんなこと簡単に済ませられるのに

口がその言葉を吐くのを拒絶する





「なあ…リゼ、本当にホスが言うように離して良いのか?」

「…」


止めだ…

脅すように、支えのキナの掴む手が緩んで離れていく


ホスがこう言えば…キナは俺の腕を本気で離す

俺が大丈夫であることを確かめるためにも…

ホスの言い分を信じて行動する。


 

「ホスの言う通りだ、リゼ…答えろ。

冗談じゃなく離す、今すぐ返答しないようならば最後の手も離すからな?」

「…キナ」


俺の体調を確認するような、

見極めるような…

そんな目をして俺を見てくるのだから、気まずくて目を反らさざる負えない


そうすることで不信感を増すことも、

大丈夫でない証であることも分かっていても体はそう反応するのだから…

これこそが皆の言う

素直でなくて、頑固で可愛いげのない素振りなのかもしれない




最悪…


…片手が殆ど離れた

と同時にその体が揺れ、殆ど支えにならないキナのもう片手に寄り掛かるように傾ぐ


此処までか…

言わねばならない言葉はわかっている

それを忌諱する…己のプライドを歯を食い縛ってへし折った




「っ…か…肩、貸してください!」




「あぶね…ほら、っと」

早口で言えば、

…しっかりと受け止められた

悔しい程に安心して体を預けられる程に安定していく…


崩れ落ちかけた体か素早く…

脇から腕を回されて、力強く支えられた。

先程痛みを与え、俺を立てなくしたその力は…

今は強靭な支えとして、安心してこの体を預けられるのだから皮肉なものだ。





「ホスの言う通り、やっぱりな…」

「オリゼの大丈夫だなんて、説得力ないからな」


冷や汗をかく

本気で手を離しやがった…


心臓が跳ねて鼓動している、

本気で床に叩きつけられるように倒れるかと思った。

近くにいるはずのキナの声がフィルター越しに聞こえるように少し遠く聞こえるのは…


自身のことで精一杯になっているから、

一瞬…周りへの視野を保てなくなるほどに追い詰められたからだ




「…それな、大丈夫であった試しがない」

「ああ、実際今となっては立つ力もほぼないな」



好き勝手言いやがってからに…

俺が黙って素直にその二人の会話を聞く余裕すらないと思っているのか?

…それとも、わざと聴かせているのか?


どちらにせよ、

拍動は落ち着かせられる。

…周りへの注意力も直ぐに持ち直せる精神力位は持っている


耳が痛い…

…正論だからだ





「ホスファターゼ、少なくとも立つ位は出来ています」


だが答えは否、

相手が正論だろうと無かろうと…自身の主張は崩さない

支えがなくたって…


きっと…立てる

キナに振り回された酔いはもうないのだから



「なあ…キナーゼ、再度…手の支えをはずしてやったらどうだ」

「本当…そうしたいと思っていたところだ、ホス」



…黒いオーラを二人して纏って、

そしてキナに至っては支えの腕をゆっくりと引いていく…


「…ぐっ、少し揺さぶられたくらいで…影響なんて大してな「なら何で支え直して貰った俺の手を拒否しない?力を抜いただけでぐらついただろ、今」…」


力を足に込めて踏ん張れど…、

強がりだと証明するようにキナの方へ己のかしがっていく躰駆


それを確認すれば即座に力が籠る支えの腕、

持ち直す己の姿勢


…どれも俺の言葉に被せたキナの追責が、

真だと証明するものだ。





「自覚できてるんだろ…今ぐらついたことも、さ。

俺の支え無くして立つことすら、数秒しか叶わない。それでも自力で立てると現状を表現するのは正しいか?」


「…正しく…ありませんね、認めますよ」


勘弁してくれ、

俺に非を認めさせたいのは十分に分かった…


希望通り、

認めれば良いんだろ?


「最初からそうしたらいい。こんな衝撃でももたないのに大丈夫だなんてもう言うなよ?」


「…」


キナ…


何を大丈夫かなんて、

それを測るその基準は…物差しは俺のものだ。

そこは譲らない、

立てると過信したことも、

痩せ我慢だろうが大丈夫だと思っていることにも…嘘はない





…嘘は


…ない


「黙り、かよ。懲りない奴…二人ともそう思わないか?」


呆れた声でキナが他の二人に同意を求める、

多数決でもないのに、俺が大丈夫でない方を3人にしても意味はない。


…3対1の構図でも作る気だろうか?




「思う。こうして無理矢理にでも、今のオリゼの状態を露呈させたのはキナーゼにしては良い手腕だったな」


「そうですね、

自力で歩いて席に着く等と…そんなオリゼの無謀な計画が頓挫して良かったと…私もそう思います」


…ホスも、

ラクも辛辣過ぎはしないか?

ホスはおいておいても、

ラクターゼならば折り合わず、遅刻していることを気にして早くこの場を納めてくれると思っていたが…そうではないようだ。


…味方はいないようだ




「で、二人にも散々な言われようだが…意見は変えないつもりか、リゼ?」


「勿論変えません。

…大丈夫に決まっているでしょう、キナ?」


大丈夫だ、

そんな顔をしなくたって消えはしないし死にもしない。




どこも痛くない…

体調とて少し怠くて力が入らないだけだ


立てなくて…

支えが外されれば…歩けなくなるだけだ



だから、

俺は大丈夫…



「やっぱり大丈夫って言うのか…

大体お前が大丈夫って言って、大丈夫だった試しがないんだけどな…」


「同意見だ」

「本当…これのどこが大丈夫なのですかね」



最初から素直に認めて助けを求められたら苦労しない。

無謀な計画が頓挫?

頑張ればきっと出来た筈だ…壁に手を付きながらでも自立して席に着きたかった

俺を思って、衝撃を与えてきたキナーゼを責める気持ちは無くには無いが…

それにしても味方が居ない…


3人共に散々言ってくれるが、反論する余裕も無くなる


故意的にも、

キナの歩くスピードが速くなったから…



「まあいい、そろそろ座って食べるか」


「っ…」





3人で結論が勝手に決められる…

席に着いて、

待たせているこの打ち上げの開始がなせるならいい


が、合図もなく先導するように引っ張られた支えのせいで

…歩行に意識を取られていく

俺を引っぱりあげるようにしてキナが歩いている…


まるで口を挟む隙を、

余裕を無くすためにしているような強引なやり方…


姑息な…

そして、とても効果的である…




「主にキナーゼが長引かせただろ…、まあいい、オリゼを座らせて俺らも早く席に着くぞ」


「…ああ」



「長らく皆も待たせたままですからね。

査定が終わった打ち上げだとしても、ここらが限度でしょう」


俺の混ざらない会話が勝手に進む中、

目の前に、椅子が見えてきた…





たどり着いた…

藁にでも縋るとはこの事だろう。


性急に歩かされた、

やっと座れる


そんな思いで、

キナに介助されるままに腰を下ろした…



三者三様…俺に対する粗雑な扱い

言いたい放題だ…


異論も、

異議も唱えたい会話が繰り広げられてはいるが

それに口を開く余裕は削がれに削がれている




「…リゼ、大丈夫か?」


「大丈夫…ですよ」


それでも口は達者らしい、

己の尺度上では大丈夫なのだと…そう紡ぐことくらいは出来るらしい自身のプライドに

自分でも笑えてくる


…キナに支えられるままに席に着いた

体の力を抜いたところで倒れる心配もなくなった、

そう、ほっとするのも束の間…


景色に違和感





右隣にホスがその隣にラクターゼ

左隣にキナ…キナの横にはヘパリーゼが…視界の隅で座っているのが見えた、


所謂…誕生席に

そこに己が今しがた座らせられたことに気づく



「っ…」

「リゼ、どうした?」


力を抜いた筈の身体に戦慄が走る、力が籠る


ここは…俺の座るべき椅子じゃない


一番手の座るべき椅子で、

ホスがつく席だ…



「惚けないで頂けますか…ホスファターゼ」

「何も問題はないが?」


疲労、

倦怠感…それを吹っ飛ぶようなアドレナリンが身体に満ちてくる

怒りの感情だ


そんなこと、ないだろ?

おかしい、

少し怒気の籠った声音にもなった。


それでも動じない、

…ホスはまるで俺が非常識でもあるかのように返事を返す…



「これが…何も、問題がないと仰いますか?」

「無い」



貴族でも…そして侍従の世界でも、

序列に従って席順は決まる。

爵位がない子息だろうが、見習いと付こうが…それは同じことで、

間違ってもそれに違う席に座れば正気が疑われる


…それが分かっていないホスではない筈

それが、問題ない…だって?




「ホスファターゼ、今私が座っている席が序列一位の…この席は、貴方の場所ですよね?」

「いや、今俺が座っている席が俺の席で間違いない」



…いよいよ異常だ。

ホスファターゼが血迷っている…

ホスだけならばまだ、

そう言いきれるし判断出来る


更なる危機感は、

この血迷って異常なホスの…この発言に誰も何も異論を呈しないこと


…心配の色が滲みだしていく

ホスだけでなく、皆…疲れて狂っているのかと…




「…間違っています」


「いや、違わない」


三度同じく否定された。


皆が狂った、

…そんな一抹の疑問すら湧いてくるホスの言い切る様子に、

次は別の不安を覚えてくる



…もしかして気が狂ったのは俺の方なのか?

と。


そんな風に自信すらなくなって弱くなる己の声に構わず、眼光を強め逆サイドのキナを正面切って見つめる





「キナーゼ…立たせてください。何故此処に私を座らせたのですか?」

「リゼが一番上だろ、何言ってんだ…」


「ホスファターゼも貴方も、先程から…何を仰っているのですか?」

「リゼ…事実だが、何かおかしいのか?」


おかしいのは俺…ではない、

…二人がおかしい

黙っているこの場の皆もおかしい。





査定前の俺の総合順位は4位。

それに基づいて班分けもリーダーや役回りも決めた筈だ



4位とて分不相応だと思っている此処での序列ではあるが、

それに従えば…今ラクターゼが座っている場所に俺が座るのが適切だ


だから此処に座るのは一番手のホスで…

今座っているホスの場所は二番手のキナが、座るべきで…

キナが座っているところに…三番手のラクが腰を落ち着かせているのが本来の姿


そんな光景が…

今ある筈なのに…何故キナは平然と俺を此処に座らせてもその三番手の席に座った?


何故?


それもごくごく自然に…




「私は一番下手で構いません、それにここはホスの席でしょう…」

「だってよ、ホス?」


もう一度聞く、

こうなったら…何度だって聞いてやる。

理解出来ない、

こんなこと…罷り通っていいはずはならない。


それ程に、

順位は…序列は大切な物であるから…



「全く理解できないな、先程も言った通り俺の席は此処でで間違っていない」


「…こんなこと、あってはならないことですよ?」



ホスで駄目ならばキナに聞けばいい、

そう思って聞いたのに…キナはその問いを意地悪くもホスに戻した…


そしてホスもそれに応じて口を開く、

先程の間違って…おかしなことを当然であると答えたのだ。


この異常を平然と正しい様だとばかりに言うホス、

俺の当然はホスが今俺が座る此処に座ることだ…だから特にホスに悪いと思って名前を出した…のに




「こんなこと?

何もおかしなところはないぞ?」


「間違って…います」


「くくっ…それとな、オリゼ…キナーゼに支えられて好きな席に座れるとでも思ったか?」


先程よりかは幾分温度が戻ったホスの声音

だが、ドSみたいなやり口で継続…か



何のスイッチが入ったのかは知らないが、

助力してくれないことは分かる。

それに、

好きな席も糞もない!


座る席は序列で決まっている!


それが分かっていて好きな席?

…ホスは楽しそうに俺をからかい続けるつもりで、

埒が明かないことだけは分かる。




ならば…




「…ならば、ラクターゼに聞けばいいだけの話ですよね?

ラクターゼ、私を貴方が座るその席まで立ち上がらせて座らせて頂けませんか?」


ラクは巻き込まれただけだろう、

ホスとラクがこの様子で…一番手の席は俺が座らせられた。


ならば座れる空席は一つだけ、

仕方なくその席にすわったのだろうから…



「お断りします、今座るこの席は私のものですからね」

「ラク…何言って「この査定で指示を飛ばし私達を動かしていたのはオリゼですよね?ならば、オリゼが一番手。繰り下がるこの四番手の席は私のものです」…動かしていませんし、皆が納得しないです」




嘘だ…ろ?


本来、俺は四番手だぞ?

だからラクが座る所が俺の席で…

ホスやキナが良いと言っても

格式に一番厳しい、そして序列も下がるラクならば分かってくれると思った…



何故、断る?

判断ミスした俺は四番手のその席に座る資格ですら無いのに…


…席が変わらない皆も納得しない

それほどに序列は厳しい世界だと、俺は知っている

此処にいる皆も…知識や経験でそれを痛いほど知っている筈だ







「リゼ、見てみろよ」

「…何を、ですか?」


キナが声を掛けてくる、

主語がない…今更何を見るって?


「良いから、面上げて皆の顔をちゃんと見ろ。誰もお前を責めてない、この序列に納得しているぞ?」

「責めるも何も、納得をする筈がな…」



仕方無く…

直視を避けていた皆の顔を、表情に目を向ける。


言いかけた言葉が途切れる、

この俺が一番手の席に着いていることに異論を言いたげで…すらない?


皆は口をつぐんでいただけではなかった。

怒りも、責める感情も浮かんでいない…

用意されている飲物にも料理にも手を付けず、此方の動向に注視している…



一番手でもない、侍従としても合格にならない俺が

序列を無視して…

ホス達を押し退けて此処に座っていても、嫌悪1つ出さずに。




俺に対する嫌悪感を読み取れない…のではない、

無いのだ。


更に悪いことに…

この状態を受け入れるように、

全員…一人も欠けることなくキナに同意を、納得するように頷いている




「…何故?」


「馬鹿だな、それくらい分かりそうなものだが」

「それが分からないのがオリゼでしょうね」


ラクとホスの毒舌…

…何を分かっていないって?


分かっていないのはどっちだ!

いい加減…茶番もいいところにしやがれ…無事で済まなくなる!


お前ら三人が優秀だからこそ一時的に納得させられているだけだ!

皆を煽動するのはやめろ、

空気に…流れに任せて丸め込んでいるだけだろ!?



「本当、馬鹿だよな。とっくに認めてる、今そこにホスが座ったら針の筵だぞ?」

「だろうな…」




「…何故です?」


呑気にキナもそれに応じている場合じゃない…

何故、

誰も何も言わない?


規律を乱せば、

例え査定が終わっていたとしても合否に関わるかもしれない事柄だろ?

此処は…

侍従になるために来ている場所だろ?




基礎中の基礎、

それが出来ていないことに誰も何も思わないのか?


三人が作った、

狂った判断…間違った空気にのまれてやしないか?




「何故ってな…オリゼ、この査定の陣頭指揮を執ったのはお前だ。俺でもなければキナーゼでも勿論ラクターゼでもない、

俺らは班のリーダーや補佐になっただけ、俺等や皆を纏めて指示飛ばしたのはお前だ」


「それは曲解です。

何故私をもちあげようとするのですか?

私は総代でもなく陣頭指揮を執った覚えもありません、事実上は不出来なリーダーで皆がサポートしてくれただけでしょう…」




何故だ、理解できない…

陣頭指揮?

ホスの上に立った覚えはない、

キナやラク、そして皆の上に立った覚え等もない。


やった覚えがあるのはリーダーとして足りなかった忸怩たる思いだけ…

俺が出来ないことを

負担を…皆に押し付けただけだ。


それは、指示でも何でもない

尻拭いをさせていただけで、誉められたことではない



昇華するな、

決してそんな綺麗なもんじゃない。

ただ…俺が侍従らしく行動できるように皆に負担を分配した





利己的に動いた…それだけのこと



例え、

例え一見そう見えたとしても…

事実上は違うし、

序列は容易に変わることなどない。



総代以外の序列は"役職"としてはあってないようなものだ


だからこそ、四番手でもリーダーになった…

それでも序列順でなく、

今回俺がラクを差し置いてリーダーになったのですら皆の総意があったからで、本来の序列に変更はきたさない範疇だ。



リーダーは役職ではない、俺が仮で設けた役割分担役の名前の一つにすぎないから。

三番手のラクが譲ったから形骸的なリーダーになっただけ、

そんなものになれたところで序列は変わらない


三番手にもならない、

ましてや一番手など変更がなされるわけがない






「切り口を変える…査定中に序列が変わらないと言いきれるか?」

「…なんの話、ですか」


ホスが、

また変なことを言い始める…





「今回の査定での見習い侍従の取り纏め役、その序列は?」


「見習い侍従のトップ…、勿論一位になるでしょうね」



今回の査定に限れば…

そのリーダーを取りまとめる役となれば、

まあ…少し意味は変わってくるか。



通常…

本来の見習いの総代なんて、

それと比べるまでもない、ただ見習いのお局様になるだけで序列に変更はきたさない。



「俺以外の奴が、その総代を担ったら?」


「その総代が一位に、…そしてホスファターゼの序列は繰り下がるでしょうね」


その、絶対にきたさない筈の序列は、

…不思議なことに今回の状況では簡単に変動するのだ。


通常ではない状況、

…動けるのは傍仕え一名と、見習いしかいない…この奇っ怪な査定条件下であれば、序列変動は起こる。


総代という、役割が役職に準じたものになる…



「役職がなかろうと、見習いであろうが序列が覆るくらいの役割を担うのを理解しているなら…」


「理解しておりますよ、これでも侍従の端くれです」



ホスが言いたいことは分かる。


ただの見習いの総代ですら補佐代理と同義

…今回に限れば

傍仕えの補佐代理=見習い侍従の取り纏め役、

その公式が成り立つ…ことも理解している。



稀で…

過去にも将来にも無いであろう状態に査定中陥った。

先程終わったそれ、

もしその間に見習い侍従の取り纏め役を担ったならば、それと大差ない役となる。

かつ…ホスがそれを担わず、

他の人がそれを請け負ったとなれば査定前の序列が入れ換わる。




ホス以外の奴がここの席に座る権利を得る、

そんな状況に変わってくる…


それくらいは理解できる、

馬鹿にするな…ホス。


論点はそこじゃない…




「なら「纏め役は私ではありません」…おい、いい加減」


「認めません。私は結局…リーダーですら…満足に担えませんでした、から」




…それにしたって俺には関係のない話だ


確かに俺が取り纏め役を担ったならばホス達を押し退けて序列一位に成り上がる。

此処に座っている正当性もある

順位に変更が出る可能性があるにはある…



が、俺は担えていない…

俺は纏めて指示を出せていたのではない、

力及ばない部分の負担を他のリーダーや…補佐役、

他…様々な役の人達に投げていただけの話




リーダーとしてすら、

周りの助力がなければ形骸的にも果たせなかった…


未熟だ、

叱責や懲罰を受ける程の見習いだ…

…いや、端くれですらない、

覚悟も矜持もないと言われた…既に見習いですらないだろう。

侍従の底辺ですら汚す、

そんな実力しかない俺にはこんな次元は縁のないものだ。




総代ならば、

ホスが…キナやラクの方がずっとふさわしい











こいつの表情を見れば分かる。

ホスの言葉が分からないと、全くもって理解できないと思っていることくらい…

本当、リゼは自己評価が低い


総指揮の役割を担ったことは分かっていない筈はないのに…それに実力が足らなかったとでも思って否定しているのだろうが…




いい加減にして欲しい。


うじうじと、自己否定に走りやがってからに…気に食わない

俺らが皆認めてるってのに、そのリゼが自身を肯定しなければ意味が無い…

功が沢山あるのに、

助けられた事も多いのに…何故認めない?

理詰めでとことん言いくるめないとやはり駄目なのか…


本当…仕方無いやつだ




黙り込んだリゼに釣られて言葉を止めた、

そんなホスに視線を送って…更に言えと促した



「そうか…なら何でリーダーになった?

ラクターゼから聞いた、どうなっても知らんと言いながら班の人員を采配して動かしたんだってな。

先輩侍従役が倒れて、首が回らないほど忙しくなれば俺等全員に無理を強いた、それも出来る限り平等に負担を…作業を割り当てた。

それでお前が楽してたらな、俺も皆も認めないし行動しない。

…オリゼが人一倍以上の無理をして背中を見せつけて引っ張ってきたからこそ皆付いてきたんだろうが。

それとな協力何て生温い、あれは命令に近いものだった…そんな強力な指揮権を持ったお前に付き従った俺がそこに座るわけにはいかないのは分かるな?」



「…ホスは私に付き従ったと言うんですか?」


「そうだが?」


「嘘も程々にしてください、

此処に座らせることで…侍従合格の目がない私に僅な光明を与えたおつもりですか?

ホスファターゼは角がたたないように私を立ててくれただけですよね」




「…ちっ、ラクターゼ」



「ホスファターゼ、なんでしょう?」


「選手交代、だ」


ホスが匙を投げる…

珍しいこともあるもんだ…


自分で納得させられないならば、

ラクに任せてみる。


確かにそんな考え方は間違ってはいないが…

頑固なリゼには…




「…左様で。

ではバトンが回ってきたので致し方ありません、オリゼ…違いますよ?

貴方はリーダー兼、総代を務めました」


「…ラクターゼ、どちらも私は務めてなどいません」


「いいえ、そのオリゼの主張は取り下げて変えて差し上げますね。

ホスファターゼの言う通りだと、私も思っておりますから」


「そもそも…ラクターゼが私にリーダーを譲った判断が間違っていました」


「間違っていませんよ、貴方は査定の前の演説で既に総代でしたから。

役割分担に序列や個人の得手不得手まで組み込んだ、

誰もが合格以上の働きを見せられる仕組みに班分けも分担もしたんです。

…そこまで御膳立てされて"貴方"でなく"私"が三人のリーダーの一端に居座れるわけがありません」



「…貴方が序列三位です。今思えば…本来ならばラクターゼを押し退け、私がリーダーを担ったことからおかしくなったのです」



「いいえ、おかしくはありません。

あの場で…誰もがオリゼを認めましたから。

己の上に立つ人として…ホスファターゼもキナーゼも…そして全員が、です。

そんな貴方にリーダーを譲らず私が従わなかったら、班だけでなく皆に爪弾きにされます」



「ラクターゼは認めていないでしょう?」



淡々と状況説明をしていくラク、

そしてそれを無表情で聞き流していくリゼ


このままでは、

リゼに効果はない…バトンを受けとるかと思ったときだった



「誰が認めていないと言いましたか?全員が認めたと、私は言いましたよね?」


「…その"全員"にラクターゼも含まれているといいたいのですか…」



「そうでなければ此処に座っていません、リーダーも本気で譲ろう等と思っていませんでした」


「…は、い?」



その表情が、

少し歪む…ラクの本音にリゼが動じている


まあ、

俺も…最初はラクが単にリーダーを譲ったのは皆の意見からだけだと思っていた

その皆にラクが含まれていると、

皆以上にリーダーとして適役であると認めて譲ったと…


そんな意外な本心、

俺でも動じない訳ではないから…当人のリゼは仕方ないのかもしれない


その証拠に、

完全に言葉を失っている…






「最初からオリゼにリーダーを譲って…単に補佐をそつなくこなし、評価を得る。端的に言えば…楽をしようとしてはいたのですけれど、それも上手く行きませんでしたね。

私らしくもなくオリゼをリーダーとして、総代として本気で…支える羽目になりましたから」


肩を竦めながら、

なんとでもない風にラクが語る…

いや、意外過ぎる


そんな性格だったか?お前…




「ラクターゼ、お前そんなこと考えてたのか」


「ホスファターゼ…なんですか?その目は?

オリゼが壇上に上がる前は10割…ですがあんな演説をされれば、譲る譲らないの次元ではなく…そもそも私はリーダーになれませんでしたよ」


「くくっ、言えてる」



ほら、

ホスも呆れている


…信じられないのが半分

そんな表情を浮かべながら半信半疑だろ?



「お陰で手抜きも、そつなくこなすことも叶わず…残念なことに身を粉にしないといけませんでしたが…これはこれでありでしたね。

自分らしくない判断をしたことに後悔はしていません」



「同意見…俺も次点に下るしかなかったからな、

くくっ…一番手を譲った筈なのに少しも想像していた通りに負担は減らない、オリゼが背中を見せるせいで…楽も手抜きも出来なかった」


少し、合点がいった。

たしかにそうだと、

半信半疑だったが…確かにラクがそう思ったのも致し方ないと、納得いくとホスも判断をしたのか


薄く笑いながら、

腕を組んだ


まあ…ラクがリゼを認めたのは、

俺とホスがリゼを認めた経緯…皆と大差ない理由だろうから

その型破りで頑固でもリゼが総代でリーダーだと、


自身の上に立たせる奴だと…認めざる終えなかった気持ちは、

俺にもよく分かる…から





「ホス…ラクターゼも…何を馬鹿なことを言っているんです?

私は皆に負担を皆に強い…圧政に似た強行を働きました。私の不徳と未熟さが原因で…力、及びませんでした


不適格だった…そう、言っているのですよ?」



あ、復活した

眉間に皺を盛大に寄せて。

言葉を失っている間に、

更に話が拗れて…悪化しているとでも感じているのだろう


不愉快だと、

馬鹿を言うなとでも思っている


リゼは、

怒っているんだな…



「総指揮を私が?

…冗談言わないでくださいよ、オリゼ。

あの状況下で誰も無理させずに何て無理です…でも、私なら出来たとオリゼなら本気でそう思ってそうだから怖いんですね」


「本気でそう思います、

ラクに限らず…此処にいる皆、私以外なら誰でももっと上手くやれた筈です」



対して、

悟りを開いたように淡々と話すラク


…普通ならば、

押し負ける構図ではないのだが…そこはリゼ


お手上げ、

そんな風にため息を一つついて…首を振った

ホスにお鉢をまた回そうってことか、ラク?



「はあ…ホスファターゼ、この分からず屋をどうにかしてください…」

「俺に振るな、もう俺も最善は尽くした…キナーゼ何とかしろ」


俺か…

ホスも白旗だと俺に投げた




…駄目だこれ


ホスに加え、

キナも説得してくれたが…この有り様。

溜め息と共に

俺に丸投げしてくる二人の視線に溜め息が俺にもうつった…


残るは俺だけかと、

最後の一人であることへの溜め息。

説得という…リゼ相手だと心や矜持…プライドを破壊しないと成し得ない作業に、

難易度が跳ね上がることへの溜め息だ








「お鉢が回ってくるのは…まあそうなるか

…リゼ、無駄な足掻きだ。性分じゃないと、認めたくなくても分かっているんだろ?」



「もし、役割として担った…そうだとしても失態で罰を貰ったのは私だけです。合格から一番遠い私が此処に座っていれば「リゼ、それくらいにしろ」…いいえ、それに当主への懐疑心を刷り込んで悪手を選びとらせようとしたのは私です。

その間違った思い込み通りに、皆が仮に行動に移していれば…評点処か合格の目も潰えていたのですよ?

責められはしても、此処に「いい加減黙れ、な?」…っ」



軽く質問してみれば、

激しい否定

口を挟むが…止まらない様子に声を荒げた


生温く、

優しく諭してたんじゃ埒が明かないのはもう知っている

此方が本気でそう思っていると、

リゼの自己否定に怒っていると示さなければ納得しない。


感情的に声が段々と低くなるのは仕方無いが

理性を保たなければ理詰めは出来ない、

深く深呼吸して冷静に言葉を纏め上げる…






「お前が楽してたらってホスも言ってたが…

そもそも俺らが懲罰も叱責も食らわなかったのはお前が先陣切って全部背負い込んだからだ。

人手不足の中、足止め食らった3人を浮かせて遅れた作業を巻いた上に諫言して当主役達に過度な作業を増やさせなかった…

それとグダグダ五月蝿い、皆当主を疑った。

書類を燃やす作業に皆係らされたからな。お前がどうにかしてみると、事が起こるまでは動くなと言ってくれなかったら各々浮足立って平静を保てなかった。ミスだって起こして評点も下がっただろうな」


「…キナ」


「話は終わってない、その目は結果論だって言いたいんだろ?

お前の判断が、当主を白と言おうと黒と言っても何の問題も責任もお前にはない。

作業を巻く時もそうだ…お前がしなかったら誰かが同様の、何らかの行動に移した。

…お前が動いたからこそ俺らは静視してお前に責任を押し付け、肩代わりさせて甘えられたんだ。

だからその責任はお前のものじゃない…俺等のものだ」





「私の責任です、皆は関係ありません」


「…リゼだけの責任だと?

侍従の仕事は皆でまわす物だと分かった上で、本気でそう言い張るのか?」



「私が己の意思だけで動いた事、皆の意見を求めずに動いた結果ですから」




ブチリ…

頭の何処かでそんな音がする

冷静にそう言い聞かせた。

深呼吸して冷却した思考が、脳内が沸騰する


「…あのなあ、本当に分かってないんだったら張り手でも決闘でも申し込んでお前の目を覚まさせてやるぞ?

そうやって何かあったとき先陣切って、下を守って責任取るのが…それがお前のやった陣頭指揮を執る総司令の責務だろうが。

…いい加減認めやがれ!だから、お前は今此処に座ってんだ!」



激情に赤く染め上げられた視界には、

気づけば俺の手が

その中に映る飄々と分からない振りを続ける奴の胸ぐらに手が伸びていた





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