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侍従講習15





水だけでよかったのに…

ホスファターゼのせいで久し振りに感じる満腹感。

体が温まったのは事実だが、

疲れが少し…眠気まで出てくるとはやはりありがた迷惑だった。

食事を無駄にする信条はない、

それもこれは俺のために作ってくれたものだ…


…世話焼きめ、

食べる選択肢しか用意し無かったのだから…

ホスファターゼを少し恨んでも構わないだろう。



食べ終えて少し胃が落ち着くまで…

そして漸く解放された。

心配そうに、かつ監視するような目から時間だと言って居室を出たのは先程、

キナーゼを待つためにここで待っている…





「リゼ」

「お疲れ様でした」


「体調は?」

「お陰様で」


扉の開閉音

目をそちちに向ければキナーゼが入ってくる


いたく疲れた様子…

乱雑に椅子を引いて座り込む。

余程俺よりもキナの方が体調が優れなく見えるほど…

何が動きがあったと見るべきだ、

そしてその情報共有の方が優先度が高いと…



俺の心配をしているが、そんな場合ではない。

動けるのかと体調を聞いてきた色が強い…


そう、

何か続けて言いたげなキナの目に、視線を強める。




「…そうか、良くなったならいい。

動きがあった、関わりが薄い侯爵から手紙が来たそうだ…あまり良い感じじゃないな」

「…喜ぶべき事ではありませんか?

侯爵家の繋がりがあれば後ろ楯にもなります」


「先触れにしては急すぎる…礼は取っているが此方のことを考えるならばあと数時間で伺うなんて言うはずがない」

「…キナ?」


査定の期間は今日1日

暗殺予告ではなく、これが最終課題か…

警護ではなくもてなしが試される

準備が間に合うかどうが…それを心配するにしては暗い顔をするキナに首をかしげる



「その後が問題なんだよ…良く分からないがずっと掃除は良いと触れさせなかった棚の物を全て燃やせと言われて裏庭で燃やしている」

「…内容は見たのですか?」


「領地の税収関連か…後は良く分からなかった」




「証拠隠滅、の可能性ですね」

「ああ…」



侯爵家が動くとなれば山が動く事と同義

ここの当主が不正な税徴収や管理を行っていれば…国政、つまりは国に関わる不祥事を犯していることになる。




…ラクーア卿の元で学んだこと

貴族の次男として領地経営についての教育

もし反逆であれば…

主人役が触れさせなかった棚は幾つもある、

書類量もかなりあるはずだ。


ならば…キナから引き継いで俺も燃やす作業に当てられる。

…まだ証拠であろう物は残っているはずだ



が、その証拠を手にしてどうする?

断糾するにしても俺らの立場は嫌疑をかけられている主人役の見習い侍従

さて…

この査定の意図はなんだ?




「言われるがままに燃やしたのですか?」

「そうするしかないだろう…」


「キナ、もし貴方が侯爵当主であればそんな侍従をどう思います?」

「…心象は良くないだろうな」


「証拠を侯爵に差し出せば命に反する、

…侍従として失格、人としては正しい選択ながら主人を守らない侍従など再就職先は見付からない…侍従としての価値は無いでしょう。

…反対に当主役の命に従えば、それは侍従としては正しい…が、同時に国家反逆者の手足となった共犯。傍観し直接証拠隠滅に加担せずとも…知りながら黙秘したと同罪、人として不正解。

…捕まりますね」


「なら、どうしろって言うんだ!

選択肢何て無い…燃やすしか、ないじゃないか…」



仕える主人を間違えただけだ、

…加担せざる終えない立場であってもだ。


証拠を隠滅した罪は罪



「ええ…手遅れです。もう私達の班間では方々で今情報共有されているでしょうし、知れば加担した事と同じ。

休憩中のホスファターゼの班も完全に知らないで業務を続けれる筈ありません」


「俺が…悪いって言うのか?

ほかにどうすればよかったんだ」

「いいえ、悪くありません…選びとれる筈の無い机上の選択肢です」



使用人や侍従や見習いに他にどうすることも出来ない…

主人の命令は絶対だ、

それが国に逆らうことでも…


それが嫌であれば、

手を染める前に逃げるしかない。

次の仕え先が無くなることを覚悟で、ここの見習いを辞める

…侍従としては正しくない選択肢を選べばいい。




「…リゼ!」

「リゼ…既に手遅れですが、今からでも選びとれる正解が一つだけあります」


が、

それもキナとその班員はもう無理だ。

手を染めた…

そして俺やホスファターゼにも選べない

これが侍従を目指す査定であるならば、辞める訳にはいかない。

書類を燃やしたとしても…

国に離反せず、侍従足り得る道がある筈だと信じるしかない




「は?方策があるなら言えよ」

「主人役の命に従いながら、侯爵に…犯罪の片棒を担がされない道はあります」

「…勿体振らず言え」


「既に手遅れですが、取り返しはつきます。

…主人役が証拠を差し出す命を今からでも私達に下せば良いだけの話です」

「…お前何言って、る」



「減刑になるように講じるしかありません。

"立場がなくとも信用して忠言しろ"その方がましだと仰った当主役に忠言してきます。

証拠隠滅を思い立って実行したが、最後で踏み止まったと…当主役が侯爵当主にそう言えば…手足となった私達も加担した罪はあれど残った証拠を"当主命によって"準備すれば恩情はあるかもしれません」


これならば、

まだ希望はある。

当主に反旗を翻して裏切ることにはならない、

侍従としてもこの国の民としても一戦を越えずに済む



「…どちらにせよ詰んでる」

「本当に…講師達は何を考えているのでしょうね?

ですが出来ることから…先ずはもてなしを、侯爵を迎い入れる準備をしましょう…時間がありません、仮眠をとっている傍仕えとホスファターゼに連絡、班全員にに連絡を。

キナの班は申し訳ありませんが一時間ほど小休憩の後合流を」


完全に免責されるような、

白い身ではなくなるが…この可能性にかけるしかない。

悪事を知ってしまった以上それを秘匿するだけでも共犯、

…だから俺らの立場やれることは当主に良心があると信じるしかないのだ




「…分かった、お前の班はお前がするんだろ?」


「勿論です、それと…私の忠言が通らなかった場合…査定の終了時刻間近でしょう。業務や班編成をし直す手間もありません」


「ああ、そんなことは出来ない」



そう、

苦節を乗り越えてきた班はもう最良のパフォーマンスを繰り出せる状態までなってきた。


大事な局面を迎える…

だからと言って、それに合わせて個々の能力を見て最適な編成を直したところでそれは実際には現状の物に劣ることになる。

…個人の能力も発揮し尽くせなくなる。




それほど迄にこの三週間、

班毎に動いてきた…

…苦楽を共にした。


無理難題をどうにかしようと試行錯誤する中で連携力も養われてきた。

そのお陰で互いの呼吸も望む以上に合ってきたのだから…


やはり…

キナが再編を否定するのは当然だ




「証拠は燃やしながら、有効なものはその時まで私達が保管します、忠言を飲んでくれても罪は罪。

どちらにせよ詰んでるとしても事が起こった際…侯爵側に付いて断糾するか、当主役の命に従い侍従として毒を皿まで喰らうか決めておいて欲しいと」




俺の提案を聞きながら思案でもしているのか、

納得出来かねると思いながらも選択肢等無いことは分かっているのだろう…

肩肘を付きながら手に顎を乗せる、

そのキナーゼの眉間は皺が深く刻まれている



「なあ、ホスの班だけでも救えないのか?」

「…知らずに居られると思いますか?」


知ることもなく、

過ごせると思うのか?


見習いとして作業に当たれない、

情報共有しなければ、効率も最後の晩餐での連携が為せなくなる…


それと…



「…だがホスの班のやつらだけ「これが査定の課題でしょう、阻止できる可能性は低いです」…そう、だな」


「それに、ホスファターゼの立場になったらどう思いますか?

危険だからと情報共有されず庇護されて…それは同じ立場で闘えないと、仲間であると認められていないことに等しい処置。

もしそんなことをされれば、キナはホスファターゼに何を思いますか?」


「…何で言わなかった、

肩を並べて一緒に解決すればいいじゃないか…と」


「そうでしょうね、

私はともかく…キナとホスファターゼは互いを認めている仲でしょう?

それと、重要事項…その情報共有が出来ていなければそれだけで侍従としての評点は下がりますし…知らなければ咄嗟の判断や処置に機敏に対応できません、評価が下がるのは必須です」



「…リゼ」

「なんでしょう」


「お前、馬鹿じゃないのな」


「…キナ?こんなときにその様なことを…誰でも考え至ることでしょう?」


「まあ、リゼにとってはな…

分かった、ホスと傍仕えに情報提供してくる。お前はもう時間だろ?」


「行きますよ、言われなくても刻限ですので」




真面目な話をしていたと言うのに…

眉間の皺がも消え失せ、ニヤリと急に笑ったその心は?

理解できないと、

少なくても俺が何か可笑しかったのだと言いたいのは分かる。


構っていられないと、立ち上がった





「…釈然としませんね、何が可笑しいのでしょうか」


当主役の執務室に向かいながら思う、

独り言になって疑問が口から滑り落ちて音となる


トラウマにならなければ良いが…

時間を開けず同じ愚行を、

今度は"進言"をするために断頭台に足を進めていった







……


拗ねた様子で扉から出ていく背中を眺めながら思う。

…あいつは本当に自己評価が低い、と


馬鹿じゃないと否定しなかった、貴族の子息だとしても他人の意図に気付くのは生来の質であるか…

気質でなければ経験や努力で身に付けられるもの。

リゼは半々、と言うところか?


どちらにせよ、判断出来る奴は一握りだ

…行動に移すことは並の人間じゃ出来ないってことを知らない、分かっていない…



それに覚悟を決めたような顔

一人で背負い込んでいるのがありありと感じとれた…




この最終日の各々の判断が査定の合否に大きな比重を占めることは明白

それを先導したリゼは、

例え最後のあってないような選択肢を選んだのが各々自分自身でも、結果が悪ければ皆の恨みを買うのはリゼ。


こうして査定の課題…

無理難題を今までなんとか上手く回しきれてきたのも、この指示形態を仕組みの恩恵を受けられたのもリゼがいたから…

それは道理で…

乗ったのも、選択肢を最終的に選んだのが己であっても

不合格や一部のやつらは赤の侍従認定でも…責任転換、リゼを恨む事だろう

人間はそういうものだ…

リゼに責任等無いと頭の片隅で思っていても、あいつのせいだと責め立てるだろう。




理性が、知能が備わった動物ホモサピエンス…

そんな名称は不完全利己的で不条理で、複雑な感情を抱えている俺らに相応しいのだろうか?


卑下し続ける、

皆に責め立てられても構わないと…

己の采配に責任を一身に抱え込むリゼこそ

その名称に少し近いのでは無いかと、そんな考えが頭を占めた





とりとめもない、

そんなことを考えながらもやることはやる。


リゼの指示通り、

寝る前に休憩は一時間になったと…短いが仮眠を取れと班員に伝えた。


そして傍仕えを起こし状況説明を…

査定の流れも意図も分かっている筈なのに顔色を変えて、

仮眠を切り上げたのは一重にリゼがまた懲罰物の行動を…主人役に進言をしに行ったと知ったからか。


もう既に手遅れかもしれないがと、

足早に消えていった姿を認め…足を傍仕えとは逆に進めた









「…キナ」

「ああ、助かった」


自室に帰れば俺のベットに腰掛けているホス…

此方を見て直ぐに疲れた顔をしているが分かったのか、顔をしかめた。

それも一瞬…

溜め息をついて隣に来いと少し横にずれた




「なんなんだあいつ…キナーゼがオリゼを放置できない気持ちは分かったが」


「ホス…何かあったか?」


開いたスペースに腰掛け、横を見る

苦々しいと、

いつもより言葉の切れ味が悪いのはリゼの行動が原因なのは分かる…また何かしでかしたのかと続きを促した





「お前が気にすると脅さなければ、飯すら食わない。

水だけで良いと言わんばかりだった」

「…予想の範囲内だな」


ホスが不満をぶちまける様に事となりを説明する

し勝たなさそうに、

貸し借りを無くす為だと…素っ気なく言っていたが…


こいつも俺と同じだ。

…らしくなく情からリゼの面倒を見る羽目になったようだ




「"世話"しないと、いつか倒れそうで目を離せない。最低限の基準が低すぎる上に、己を省みなさすぎる」

「本当…それな。それにまた懲罰受ける気だぞ?」


「…止めなかったのか?」



「止められる、止めるの問題で済まない」


「大人の意見など聞いてはいない…まだ懲りてないなんてことあるのか?」


「リゼだからな、仕方ない。

俺が止めても聞かなかったろうし…止められなかった、それは動きがあったからだ」



「暗殺予告か…」

「いや、もっと達が悪い」








状況や情報共有をし終え、

ホスなりに今後の道筋を構築しているのか難しい顔をする


そんな様子が続く…



「キナーゼ、お前はもう決めたのか?」

「いや…まだだ」


「どちらを選んでも悪手、だ」

「…選択肢は無いんだろうな、本当悪趣味だよな」



「はあ…こんな不条理な世界なのか?」


侍従の世界とは、

こんな事ばかりおきる世界…

ホス同様、俺だって何処かで信じたくない気持ちもある。


でも、

やはり清い物ではないと確信する…




「…極端ではあるが、査定の課題に選ぶならば多かれ少なかれ実際に起こり得ることかもな。

で、飯すら食わないってなんだ?」



考えが一段落したのか

少し穏やかになったホスに、話題転換をする。




俺がリゼを頼んだ間何があったかと聞けば…

ホスがらしくもなく心配そうに、

怒りすら露呈させながら紡ぐ言葉…プライドが高い偏屈だとリゼを表現する。


…それなのに、

罵倒しながらも見切らない様子に

俺も何となく分かると頷きながら呆れていった




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