表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
265/300

侍従講習12








ん…

暖かい、身じろきすればもそりと音がする…

目を開ければ掛布、

その肌触りが自分好みのそれの衣擦れの音だと認識する。


見慣れた簡素な天井に部屋の設え

寝返りを打てば机には…見慣れた背中。




…此処はキナとの相部屋か、

と状況把握が出来たところでまさか…と時計を確認してかなり時間が経っている事に気付く。


傍仕え役が退室して机に伏してから気を失っていたようだ。

時計の針は俺の業務担当時間が終わってから3時間程

今はホスファターゼが業務をこなしている…


つまり、

次はキナーゼの担当時間が迫っている。

ホスファターゼと交代する担当時間迄に休憩を…この時間は普段ならば仮眠を取っている、

その筈なのに…




申し訳無い事をした…

疲れているのにも関わらず、起きてくれていたのは俺のためだろう。

机に向かうその姿は何をしているのだろうか?




「キ…ナ…」

「!漸く気付いたか…

何やってんだてめえ、大丈夫だと言って出てったのは嘘か?」


声を掛ければ振り向いたその顔、

安堵と…その次に表れたのは怒りの表情…か


強張った身体を

ベッドの上で横向きに動かしながらそれを確認する




「算段外の…ことも、起こります」


「心配した…心配したんだ。

連絡受けて行ってみれば、机に倒れ込んだままピクリとも動かない。叩いても、呼び掛けても気を失ったまま。微かに肩が上下していなければ死んでいるかと思うほどにな」


「…」


そこまで酷くは無かった筈、

誇張し過ぎだろうとキナに向けてそう言い掛けた口を閉じる…



あまりにも、

俺の様相が心配無用でなかったことは自覚している。


気を失う程、

こうして査定の最中にもかかわらず何時間も寝てしまったこと。

大丈夫だと言い張ったとしても、

反論される材料は相手に多く与えすぎている…



「連れてきて、寝かせて…もっと自分自身を大切にしろって俺は前に言ったよな?」

「…言いましたね」


大丈夫だと出ていった手前、

どう見ても大丈夫でないこの状態を晒したのだ。

こう言われるのは当然…

そして言われることを認めざる終えない





「少しは俺らの気持ちも汲めよ…」


「…心配、掛けました」


椅子に腰かけたまま、

背もたれに腕を乗せながら振り返っている姿勢のキナーゼ…


その心情を組んで謝るも、

逆効果。



眉はつり上がっていく一方だ…



「分かっててもまたお前は同じことをするだろうな」


「良くお分かりで…」


「懲りない奴だ」


「…意地は曲げない」



あれだけ水分は摂取した筈なのに…

この短い問答をしただけなのに喉がカラカラだ。

その様子を見かねてか、

怒り心頭にも関わらず席を一旦はずして出ていった







「水」



ベッドサイドにキナーゼが来る

その手には言葉通りに水の入ったグラスを持っている



「キナ、悪い…な」


一見乱雑に、

飲めと…そう俺の方に突き出されたコップには水が満たされている。

それを飲もうと…

ベッドから起き上がろうとするも勝手が利かない、

…支えにする筈の腕と手に力が入らなかった。








何分経った?


…やばい。

甘く見積もっていた…



己の身体が強張っているのは一過性だと、

起きがけの覚醒していない、眠気による一時的なもので…


キナと会話している内に治るだろうと、

動くには支障がないと試算したのは大誤算だった



「っ…」


「起き上がれすらしないのか?」


そう、

俺は先程から…ベッドの上で揉んどり打っている様な動きを繰り返している

水を飲む為に、

上半身を起こそうと何度も試みている…



「そんなことはな「…どう見ても"大丈夫"じゃないのは確かだよな?」…そんなことはない」



グラスを持ちながらただ立っていたキナーゼが、

遂に口を開いた…

そして、結論を出した。



が、キナの言うような状態ではない。

そこまで酷くはない…


起き上がれるはずだと、それを証明するために…

より一層起き上がろうと気を振り絞る。




俺は大丈夫だ、

寝てしまったとはいえ疲労回復はした。

だから…

体調も良いし、心配するまで酷くはないのだと…



そうキナーゼに対して否定しようと…

気張って、

力を込めて身体を起こそうとするもこうも何度も失敗しているとは…情けない。




が、その様を

俺の足掻きとも言えるその一挙一動を…

1度開いた口を横一文字にして…上から見つづけるキナに折れた。


遂に俺は起き上がれないと、

…認め、悟ったのだ。




魔力を補助にすれば出来なくはないが…

そういう問題ではないと分かっているから…無言で水の入ったグラスを持ちながら見下ろしてくるキナの前で

起き上がることを…足掻くことを諦めたのだ





「で、起き上がるのか?」


俺の無駄な努力が終わった事を察したのだろうか…

力を抜いて、

完全にベッドに横たわった俺に突き刺さる視線と、言葉




「…いや、起き上がれない」


そう言えば、

呆れたと溜め息をこれ見よがしについてくる…

言い返したくもあるが、

これも当然かと言葉を飲み込んで出来ないと明言する




「起こすから身体を預けろよ?」

「分か…った」



深い溜め息を吐いた後…


焦れったく思っていたのかもしれない。

グラスを持ったまま、

身を屈め…片手で俺を起き上がらせてくれるキナーゼ



その所作は、

俺の身体を支えながら口許まで水を運ぶ手付きは…

飲ませてくれる動作も…


しかめた表情とは反対に始終優しかったのだった









ゆっくりとコップを傾ければ、

水に口を付けて嚥下していく様子…

何時もなら意地を張るだろう行為もこうして受け入れる



…目に力もない

あの生意気にも見える生気が宿っていない。


起き上がれもしないその身体

こうして支えているリゼの体も力が抜けきっているし、

預けられた重みも軽く感じられるほどだ。

元から色白で細身であるのもあって、酷く弱々しく見える…


喉が渇きは解消できたか…

頃合いだ思えば

もういいと、

顔を背けた様子に半分ほど減ったそれをサイドテーブルに置いた






…枕を背に差し込んで、

クッション代わりにして腰を頭側に移動させて座らせて暫く



「捨て置いてくれって傍仕えに言ったらしいな、訳を言え…」



「…何処まで聞いているのですか?」


「言えって言ってるだろ」




「…もう、査定を合格する可能性は無いと思います

後2日迷惑はかけません、キナは頑張ってく「少し黙ってろ」…」


「途中で諦めるなんて、失望した。

まだ、査定が続けられているならば可能性はあるだろう?巻き返せるだろうに、早々に匙を投げるのか?

お前の策で俺らは動いてるんだよ…辛くても皆で耐えてきた、それを先頭になって鼓舞してきた…そのお前が一抜けするなんて認めるわけ無いだろう」

「…」




「何があった?」

「…侍従としての基礎の基礎が出来てないと言われた」


「それでも、チャンスはまだあるだろう?

出来てないと言われたとしても出来るようになれば良いだけだ。俺にプライドを捨てて振る舞えと、そう言ったお前なら必ず出来る」


「性分でないと言った筈です」




「聞き分けがない、他に何があったか?」

「…」


「何された?」

「大したことはありませんでした」


「…掛布も増やした、とうに冷えも収まっただろ?

なんでこうも震えが止まらない?ただのコップに入った水を見てからだ、隠しきれてないぞ?」

「…」


「ならば言い換えようか?

お前から事の次第を聞き出すのが傍仕えからの指示。それが成し得なければ俺の評点も下がるだろうな?」


査定を盾にすれば…

圧力を掛ければ、こいつは口を開く


己の行動で俺の評点が下がることは回避すると見込んで、

脅し文句を口から紡ぐ




…静寂が落ちる


「水に浸けられただけです」



間があったもののそれも短く、

目を泳がせ…

暫くの無言を破る声。


…リゼの呟くように言われた言葉





矛盾がありすぎる


水に浸けられただけね…

楽に休めるように上着や靴を脱がせた、シャツのボタンやベルトを緩めた際に袖口や裾から見えたのは手首と足首の圧迫痕

枷の跡だ。


浸けられた?

沈められたの間違いだろう…

何日も嵌められたわけではない、あの短時間でこうなるとなれば暴れなければ…そうでなければあそこまで枷の後が濃く残る訳がない



責めるように睨めば、

嘆息…

長く息を吐いて俯き、視線を外すリゼに立っていた己の青筋が遂に切れる音がした時だった





「水牢に…水に沈められました。

甘かったです、抵抗する余地は残されていましたからね」


「抵抗する余地?どうせそれをしないように言われたんだろう?

あの講師達の事だ…その選択肢はあってないようなもの、甘くなどいだろ。自身の意志で…呼吸出来ない状態でも選ばせないのだから、試されているに等しい」



「…言われませんでしたよ」

「なら、気付くことも要求されたんだな?」


「さあ…何故しなかったとも聞かれましたが。それと、精神力が強いとも言われましたね」


他人事のように、

つまらない劇を観た後の感想を述べるような…

当事者ではなく、

まるで客か評論家のように第三者の目線からの感想に聞こえる返答…





「1度や2度ではない…何度も繰り返し溺れたのか?」

「限界を越える前に水は引きましたから問題ありません」


問題ありません、か


なあ、リゼ。

…ならば何で痣が出来た?



「お前な…俺がお前の手足の跡に気付かないと思ったのか?

枷を嵌められて自由が利かない体で水に覆われれば恐怖しない事は無いだろうに」

「外そうと思えば外せるものに意味はありません」


「外そうと思えば?

お前の事だ…外そうと思わなかっただろ、それに外せば外せなくされるだけ…どちらにせよ結果は同じことだ」

「そのような方法もあるとは仰いましたが、実行する気は無さそうでしたよ?」





「結果的にそうなっただけだ、状態としても状況としても何も変わらない」

「…精神的には変わりますので」


こいつ…

殺魔石を嵌められなかったから、枷の意味はないと言うのか?

自由が利いたとでも言い張るつもりか?

あのドS講師達なら、反省しているのならば呼吸が止まろうとも溺れようともその束縛を外さない筈だと…

その自発的な意志を存分に試したに違いない…


そもそも主人と息子役

抵抗も出来るわけ無い…外す、そんな選択肢はリゼには用意されてない。



…呆れた。

命の危険を感じても理性を保てと、

己の意思で自らを戒めろと言われているような物じゃないか…



「余力があったと?

その余力はお前の意志で…選択しないことで更に辛い責め苦になっただけだろうが…」

「元から罰なのですから、多少の趣向が加わっても大差ありません」


「…辛かったんだろ?」

「規律違反、命に背く行為…指示の不履行と無視。

その上不敬も働けば…当然の沙汰だと思います」



「おいおいおい…まあ、程度は置いておくとしてもだ。

確かに腐っても講師として間違った罰は下さないよな…で、そこまでの罰になったんだ、何しでかした?」



「…それも報告するのですか?」

「そうだな、指示は洗いざらい吐かせろと…」


「ならば始めから話した方が良いですね。…メモを取らなくてもよろしいですか?」


リゼが背を枕に預けながらも

…顔を上げて時計を見る

その様子に俺の評点を気にしていることがありありと分かった




「…準備する」


背を向けて散らかった机上を片付けてから、

更の紙を広げた


口を開いたのは俺のためだろう

流暢に…

きっと言いたくない事も避けずに洗いざらい、隠すことなくそのまま紡いでいく声に…

水を指すことなくただ書き取っていく


背中越しに、

どんな顔をしているのか…

平静を装う声音が度々揺れるのを知りながらも止めることはしなかった







きっと省略することもなく、

俺と別れて…

俺が知る共用スペースでの光景までの出来事を話し終えた…

早口で、

言葉を紡ぐことを止めたリゼを書き取る手を止めて振り返る


「それが顛末か?」




「…洗いざらい吐きましたよ」


此方を見て、

自嘲気味に薄く笑うリゼに苦笑が漏れる


「その様だな…っと」


立ち上がり、

懐中時計と掛け時計の時間の狂いがないか確認する。

早めに出なければと思っていた時間に既に針が指し示している


机の上のものを片付けて、

身なりを整えていく





「…溜飲は下がりましたか?」


「一言多い、怒る時間がないことを知っていて言うんだから質が悪い」

「ただの確認です」


「リゼ…お前な…」

「…」


上着を着ながら茶化す様に掛けられて始まった会話

か、無言になったリゼに

不審に思って見てみれば…掛布にもそもそと潜っていく様子に言葉が無くなる

まあ…分からんでもない

きっと水牢よりも、ああやって事の次第を素直に言う方がリゼは苦手なのだろうから…





「おい!」

「…行ってらっしゃい」



ずりずりと…

身体を横たえ、掛布に潜っていくリゼ。

ベットの膨らみに変貌した、

もう喋る気もないという意思が伝わってくる。




直ぐに破れる装甲だ…

タオルケットを剥がすだけで何の意味もなくなる籠城…

それでも知り合いの餓鬼が拗ねた時の、

そんな行動に似た物を感じて…


怒りを忘れ

つい…にやけてしまったのは秘密だ。


リゼに拗ねられて、頑固になられて困るのは俺の方なのだから


もっと怒っていたかった、

だが…こうして妥協して譲歩してやるのも…

悪くないな

と、口角が上がっていく






最後に身だしなみを確認しながら

髪を手櫛で整え、

部屋を出ようと足を廊下へと向けて踏み出した



「ああ…お前、もう少し寝とけよ。

どうせ何を言っても働く気だろうから止めはしないが、時間前に誰か寄越すから安心して休め、な?」


「…済まない」




「そうして普段から素直ならなあ…水はそこのピッチャーのを好きに飲め、まあ行ってくるわ」 


「睡眠不足だろ、悪い…気を付けろよ」


気を張ったまま休んでも疲れは取れない。

寝過ごす事を危惧して起きたままでいられても困ると思い至って、閉めかけた扉越しに言い放った


ぼそりと、布団の中から返ってきたくぐもった言葉は…

低い声、

オリゼの飾らない…紛れもない俺への謝罪と心配だった




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ