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侍従講習7




「っ…」

「身体を預けて下さい」


当人の意思の確認も、

指示を仰ぐこともなく痛みに歪むその顔を見ながら

…そんな傍仕え役に構わず、

床に落ちた上着とシャツを拾い…

俵を担ぐように肩を差し入れて部屋の外へ運び出した。


…と言うより半場引き摺り放り床に転がしたと表現するのが近いか?

意図してではない、

体格差でゆっくりと横たえることが難しかったからだ






扉がしっかりと閉まっていることを確認して

どう見ても子息を呼びに行ける体ではない様子に溜め息を漏らした。



奥の手、

使うしかないか…

決死の作戦で、

結果が動けない傍仕え一人の救出と捗らない業務では割に合わない。


作業の巻き返しをして貰うために、

行動した意味がなくなるのだけはなんとしても避けなければ…




「何をして…」

「少し我慢してください」

「オ、リゼ…?」


手を内ポケットに差し入れ、取り出した魔方陣を描いた紙、

それを体の下に差し込み魔力を注ぐ


傷を塞ぐだけの効果しかない…

完全に治す事は俺の今の実力では難しい上、

元来短時間で行うことも出来ない。

それでもこの人ならば動くには充分になった筈…




それに、

巻き返しをして貰うためには…と


首から下げた、質の悪いアメジストのペンダント

自身の胸元からそれを取り出して、

それに一定量の魔力を込めて痛み止めの魔方陣を発動させる



「これを首から掛けてください、

私のサポート役と情報の共有を…詳細は引き継いであります。

御子息をお連れした後のここはお任せ下さい」


「本気…か?」


発動させたネックレスと共に、

衣服を差し出せば…身に付けながら身なりを整えていく傍仕え

応急処置と…痛み止めの効果か、少し顔色も声音も戻る




「業務に遅れが出ています、傍仕えの貴方が居なければ…私では対応出来る許容範囲を越えました。申し訳ありませんが、尻拭いをお願いします…後でどの様な御指導でもお受けします」

「…無理はするな」



「御安心を、私の事はお気に為さらず当主の御命令を遂行して下さい」


何だ…?

本気で心配してくれているような顔で言われると、

苦笑しか出てこない。


厳しい講師だった筈だ…

ここ数日の役柄でも、決して甘くはなかった

どうしたと言うのか、

まるで…

まるで心から後ろ髪を引かれているような素振りを見せながらも歩き出した様子に、

扉をノックし直して再び入室する



…体罰など身代わりになるつもりも、引き継ぎもするつもりはない。

一歩でも間違えれば、

俺自身が不興を買いに行くようなことをするだけだ…矛先を関心傍仕えから己に変えさせる。


二方の溜飲を同時に下げながら、

その間に人員の確保と滞った作業の巻き直し

合理的で生産性がある方法は…

これ以上の策は俺には思い付かなかった







「…失礼いたします、御子息様を御連れ致しました」


速い…

直ぐに子息役を引き連れて戻ってきた傍仕え役に驚嘆する


そして…

子息の背後に控える傍仕えが、

扉越しにも背筋が伸びていることを確認する


きびきびと…

普段通りの挙動。

子息に入室を促すだけでも、その模範に相応しい動作に

改めて感心する




思った通り以上の所要時間だった

丁度頃合いに蒸されたであろう茶葉…

何か言いたげに、

傍仕えを呼び止めようとする主人に子息分のテーブルセットも出来上がった席に誘導する

ゴールデンドロップまで注ぎ込んだティーカップを

その横に子息が座ってから給仕行った




「…どういうつもりだ」

「如何されましたか?」

 

「気づかぬ振りか?

何故回復している…浄化魔法陣を発動させただけでなく、傍仕えを手当てしたのはお前だな?」

「その通りで御座います」


「退かせろと言ったのは庇いだてするため…肩を貸してあれの血に触れて衣服を汚したのも、扉越しに魔力の発現が分かっても疑問を抱かせない理由としてだな?」


「御子息様の御迎えが遅れれば、御迷惑になりましょう?

業務に支障が出ない様にしただけで御座います」



「ほう?あくまで庇いだてではなく私のためだと?

ならば今その業務が終わっても、私に意見し…止めてまであの回復しているそのまま退かせた?」

「御二方、先ずは温かい内に御召し上がりを…御説明は致します」




…明らかに不満だと、

回復させたならば俺の甘言通りに…また傍仕え役を鞭打ちそうな当主役に水を差す


それをさせるわけにはいかない。

矛先は俺に、

使えなくなるのは俺だけにしなければ計画は成り立たない…





「甘い…」

「確かに息子か言うようにいつもと違う…これは?」


「お気に召さなければ…申し訳ありません。

私がコック長の手を借りてお作りしました。疲れには甘いものがと思いまして…普段より砂糖の量を増やしました」



「成る程…

甘いが、酸味の強いジャムとクロテッドクリームの比率が息子と対照なのは考えたな」

「有り難う御座います」



動いた当主役の視線

その先には子息役の前にあるスコーンの横に向かった




当主役が言う通り、

俺は酸味の強いジャムとクロテッドクリームは同量盛り付けてはいない。


甘味を好む御二方と言えどその程度も趣向も異なる

大人、子供役からの偏見ではなく

この講師達の好みだ。


当主役は甘党、

対して子息役はあまり甘いものを好まなかったと記憶していたからの判断。

役に徹したとしても、

好みまでは設定を変えずにいることを、

初日に先輩役に聞き込みと同伴した際に確認してあったのだ。




だからこそ

当主役はジャムの方を多目に、

対して子息役は少な目にしてクリームを多く盛り付けた




各人、配合を変えて別に作れれば一番だが…

思い付いたのはスコーンを始め…ほぼ全てが終わり掛けた頃。


…新たに作り直すまでの時間の猶予はなかった。

熟練しているとは言えない技量、平行して習っていない知識しかないものを失敗なく…そして作る勇気もなかった。


だからコック長の手を借りれるだけ借りて、

砂糖の配分等…自身が工夫を凝らせる部分に時間を割いたのだ





スパイスを効かせた香りの強い紅茶も…気分を落ち着かせて貰うため。

普段とは異なった物だが、

どうやらお気に召したらしい様子に内心胸を撫で下ろす。


当主と子息役

その2人が雑談や先程の事について談笑しながら…

ティータイムに用意した物は、

その合間を縫って口に運ばれ消費されていったのだった…






「さて…言い訳でも聞かせてもらおうか?」

「御随意に…」


「虚偽を申せば手打ちにする」



「…心得ております、では先ずは先程の返答の補足をさせて頂きます。手当てした事については隠し立てをしたわけではありません…

御子息様をご案内する様子を見れば、聡明な当主であれば直ぐに御気づきになられます。

直ぐに判明する事を隠す理由が御座いますでしょうか」


「余程の馬鹿でない限り…

まあ、そう弁が立つお前ならそうではないかもしれないが…万が一私が納得しない場合は己がどうなるかまで考えたのか?浅はかで考えが無いな?」




分かっている…


不興を買わなくとも、

中断させたそれ…傍仕えを逃がしたところで直ぐに命令して呼び戻されることも。

罰の再開など、

手を打たなければ容易になされてしまうだろうことも知った上だ。



…そして俺自身も、

不興を買えば…


そうなれば動けなくなる人員は二人になる。

共倒れになるだけで、

被害が拡大するだけになる可能性は高いのだ…


浅はかで考えなし、

それはそうだが…それだけで済ます筈がないだろう…




「否定は致しませんが…

休憩を挟まれた後の方が良いと言ったことは虚偽ではありませんよ」



俺は当主役に罰を続けさせる気はない、

万が一…止められなくとも作業の巻き返しに必要なその時間分は稼ぐつもりだ。




そして、

止められなかった場合…

当主に言ったことは本音で事実だ。


当主役が休めば、

罰を再開したとき…その力は回復する。

疲れで弱まることはない



加えて、

治療と休憩を挟めば…痛みで麻痺した身体はリセットされる。

連続して鞭打たれるよりも、

さらになった後また打たれた方が…痛みは、

与えられる罰のその効果はてきめんになることは自明だからだ




「撒くつもりか…小癪だな?」


「お応えしない訳ではありません。

ですが…もし、宜しければ…不敬かもしれませんが御提案が御座います。御子息様も悪天候で予定が延期になられ退屈しておられるご様子…暇潰しに私の思考をゲーム感覚で推理為されては如何でしょう」





面白そうですね…

隣で会話を聞いていた子息が口を開く


お前の思考など問えば良いだけだろうと、

推理する必要もないとばかりにそれに片眉を上げた主人もその言葉に思案し、遂には口角を上げた…



「くくっ…まあいい、許可しよう。

大体推測は付くが、それこそ侍従の領分を越えた行為ではないのか?」


「浅はかですので…」



これしか脳はないのだ…

呆れ混じりのその主人の問いに返答すれば苦笑迄も溢れ落ちさせた

怒っていないだけ、まだ目はある

薄い望みだが…

傍仕えの代わりを全うできない俺にはこの手法しか残されていないのだから仕方がない。

何処まで想像が付いているのかは知らないが…

いや、深い溜め息を付き…

頬杖を着いて此方を見透す目は結論に達していそうだ

リスクに伴う結果を手に入れられるか…



「ならば息子とすると良い…

解に至らないとも思わないが、楽しめれば傍仕えの罰についてはあれで済ます事にしよう」

「有り難う御座います、当主」



「お前の罰は別、この遊戯の後だ」

「っ承知しております」


一瞬

紅茶の御代わりを注ぎながら返答すれば、

遂には面白そうに口角を歪める主人に…

自然と眉が下がってくる


傍仕えに指示を仰ぐこともなく独断で好き勝手にとるこの行動と、主人に意見を重ねる無礼な振る舞い

重ね重ね問いに答える事も引き延ばし、

意を汲みながらも相反する処置をしたことか…



此処まで来れば、

不興を買うことは避けられないと知っていた。


が…その不穏な言い方に胸騒ぎがする




どれのことだろうか?

どれもこれもだろうか。


どちらにせよ処罰されるのは決定している。

この策に予め織り込み済みのリスク



改めて確認してみたとばかりに、

自覚はあるのかと意地悪げに紡がれた台詞に鳥肌が立った


なにも好きでしているわけではない…

そちらにとっては本当に遊戯であっても、

査定としても実際の状況であっても…此方側としては死活問題

それでも…

悪循環を止める最終の機会が今であるのだから、

決断を下したのだ…






「そう、俺の暇潰しになるって?」

「はい」


「議題は?」

「先程の私の行動について…

主人に意見をしてまで、罰の途中で傍仕えを退室させたことです」


「受けてたとうじゃないか…」



当主は管理する、

雇う側として把握している前提らしい…

その前提が間違っていれば、

これは指摘や上告になり侍従規程に抵触するどころか明らかに主人への離反であると捉えられてもおかしくなかったのだ


…もし間違っていなければ越権行為

抵触する事は避けられない

それでも、試してみる価値はあると思った



受けてたとうじゃないかと、そう言うが…

勝敗は試合の前から決している。



役に添うのであれば子息は侍従の立場を考えもしたことはない。

だが、中身は講師…

侍従見習いを育てる手腕を持つ侍従で講師だ…


稚拙な俺の策が分からない筈もない。

…だが

拙く、青い考えであろうと

鼻から勝負にならないことは分かっていても、

今の状況を打破する為に…時間を稼ぐ、暇潰しに付き合って頂こうと提案したのだった





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