侍従講習6
ボフッ…
行儀などなく、
部屋に戻ってベットに倒れ込み掛布に頭を埋もれさせる
やはり、
講習の後…時間が取れたのは、
ここ一週間度々ある主人役の講師の呼び出しが無かったのは…明日からの査定のために体を休ませる意図もあるのかもしれない
それに、
班分けのメンバー同士での取り決めをする猶予であるかもしれない。
つまり…その時間を有効に使うかどうかが、
講師から見られているのかもしれないと…呼び出しがいつになく無い事で今更ながら気付く
「御疲れ様」
「キナ…」
「やっぱり演説だった、
それに見込んだ通りにリーダーとして不足はなかったね」
「…違う」
一足先に帰っていたキナ、
その疲れを繕いもしない仰向けになった俺を、
上から見下ろしてくる様子に腕を目に置いて視線を遮る…
「もうそんなこと言って…、柄でもないと言いながら様になってただろ。
…で、敬語は止めたのか?」
「手に余る立場にならされたんだ、
仮にもリーダーを振る舞うなら口調を戻した方が楽だ…役割をこなす上で負担になるならな。
第1、1度取り払った手前戻すのも面倒だ」
敬語を続けるのも、負担だ。
生来得意ではない上に…
指示を出す側になるのであれば結局いずれ何処かで抜ける
偉ぶるつもりはないといったのは、
指示を受ける側であればこそ…
リーダーに祭り上げれたのならば、
遠慮はしない。
いや、出来ない…
貴族子息として指示を侍従に伝えるような経験しかないのだから
…その様に自然と口調も態度も確実に似通ってくる
先輩役は最低限でいいか、
主人役の講師に対しては…
切り替えて態度も口調も戻しきれるようにしなければな…
幸い、伯爵家の主人役らしい
ラクーア卿と思えばこなせないことも無いだろう
「そう?そっちの方がついていきやすいと思わせるためじゃないの?…高圧的ではあるけど、それがリゼらしいリーダーシップなんでしょ」
「応用も出来ない達でな、
こうしないと力不足に開き直れもしないんだよ。
好きでこう振る舞う訳じゃない、それに上に立つものならば本来優しく余裕をもって導くべきだ」
「それは…昨日言っていた優秀な傍仕えのことか?」
「ああ、何時だって俺に目をかけてくれる
本来ならそんな指導役になることもない役職であるのにな…」
今、殿下の私邸で何をしているのだろうか…
殿下の侍従は学園やここでの侍従服に比べ装飾は多い
階級を示す刺繍も霞むような、
そんな柔らかく穏やかであれど威厳のあるアコヤさんは…
そんな指導力も、
業務にしても…采配にしても歴然とした差がある事は分かっている
ああなれたならば、
少しは殿下の役に立つのだろうか。
友人として心配してくれていることも、その懸念も晴れるのだろうに…
「夕食、ホスファターゼと同席しよう?
あの時間内で班毎のやり取りは満足できるものになったけれど、班同士のコミュニケーションを充分に出来たとは…食事しながら擦り合わせするのも手じゃない?」
「なら、各担当同士相席すべきだな…
この様子だと、明日の開始時間までは呼び出しもなさそうだ
少し遅くまで話し込んでも問題ないだろう。全員が揃う最後の機会だしな」
「乗り気じゃないと思ったけれど、意外だ」
「…少し寝て良いか?」
乗り気である筈がない
必要なことだからするだけだ。
手間であると忌諱して回避すれば…
後々あの時こうしておけばと後悔するのが嫌なだけだ…
「答えないんだな…
良いよ、夕食の時間になったら起こす」
「済まない」
キナも眠いであろうに…
まあ徹夜をさせたのは当人の意思だからな
そう折り合いをつけて自身を納得させる
その了承してくれた言葉に、一旦起き上がる
上着を脱ぎベットの柵に掛けると
投げ出していた足から靴を落とし揃えた
…疲れた
徹夜の上、あんなに頭を使う事になるとは思わなかった
ヒヤリと冷たい掛布が…
知恵熱に浮かされた体を心地好く包み込んでいった
…
キナが言った通り、
先輩侍従役は皆床に伏せた…
数日でその作業と役回りを可能な限りついて回りながら頭と体に叩き込んだお陰で、
そして3番手のサポートによって何とかなっている
「オリゼさん」
「敬語もさん付けも要らない」
「必要な事です」
「…はぁ、で…何か問題が?」
敬語も、さん付けも要らない、
そう繰り返したが…リーダーとして扱う行為だと、
俺の提案ではリーダーだった筈の、
それを断ったこいつは言い張る。
…けじめなのだと、
俺をリーダーとして認める為だと…
理解出来かねている
リーダーになりたかったならば、
リーダー役を受ければよかった
俺をリーダーとして不足だと、
認めないならば最初から俺を推さなければよかったのにと何度も聞いた。
…変わらず
それへの返答は"必要なことです"のみ…
それは、
答えになっていないと言っても無駄だと経験から学んだ。
仕方ない…
今となっては、そんな問答すらする時間が惜しい。
何か判断を仰ぎに来たらしい三番手。
業務の合間…
水分補給の為に庭園のバルコニーの給水口から水を飲んでいた俺
…陣への魔力供給を止め給水を止める
そして、振り返りながらその姿へと目を向けた…
「…」
「火急はリネン室か?」
「いえ、今特に間に合っていないのは調理場と服の選定です。
それと主人が退屈だそうで傍仕えが掛かりきりになっています」
「…手が比較的空いているものは?」
成る程…
急いで来たのだろう、
少し息の上がった上気した血色の顔を観察する…
それほどに、
余裕がなくなってきているか…
先程なんとか巻き返した筈の役割分担、
少ない人員が、
傍仕えと仲間が1人他の用事に掛かりっきりになればすぐこれか…?
それがもう…
こんなありさま?
やはりここが行動に移す最終ライン、
今逃せば永久に盛り返せる可能性は無くなる…か
「いません…もう、苛烈な主人の要求に応えるだけで精一杯です」
証拠に、
こいつも苦渋を嘗めるように…
状況の改善はないと、
そんな希望が潰えたことを伝達だとしても口にしたくないと拒否反応が現れている声
こいつがこんなになるならば
…それ程に状況が急激に悪くなったと、
そんなに切羽詰まっている証明。
…どうにもならないと、
それを解決する糸口すらないと悔しそうな雰囲気をかもしだしている。
今動くべきだと…それの俺の考えが正しい裏付けになった
…
「分かった。お前は服の選定に、俺は調理場の手伝いが終わったら主人の相手を傍仕えと交代する」
「…オリゼさん」
「それと、解放された傍仕えにお前に引き継いだと一言添えるから…今の状況と俺が二時間以上解放されなければ業務の肩代わりをと頼んでくれ。
頼んだ、ラクターゼ」
「…っ」
口を挟んできたがそれを無視しながら、
廊下に出ようとすれば腕を捕まれて止められた…
なんだ、
時間がない
止めてくれるな…ラクターゼ。
「…不興を買うかもしれません」
「知っている」
「…どの様な状況か、
把握していないとは言いませんよね?」
「あの程度、気合いで耐えられる。その手を離せ」
「断ります…何故ですか」
「…何故?
当主の八つ当たりに一番動ける侍従を拘束されていては困る。
それに、今の内に遅れを取り戻さなければ更に状況も主人の機嫌も悪化する。
…万全のお仕えが出来なければ身の回りに不快感を感じられるだろう、
そうなれば、
今以上の更なる御機嫌取りに翻弄され手を塞がれれば…こなせなくなる。そして機嫌が…と悪循環にしかならないのは目に見えている。ならば取り返しがつく内に収拾をつけるべきだろう」
何だったか…
そう、
今日遠乗りに行く予定だった子息が悪天候で行けなくなった。
たしかそんな筋書き…
そして、癇癪を起こした息子の責任を当主である主人に傍仕えが問い詰め寄られていると今聞いた。
子息を宥めるために更に一人多く侍っている…
調理場が遅れているのはティータイムの準備が、
食事の仕込みに割り込んでいるからだ。
傍仕えが主人と子息役への用意から提供までを担っている。
その傍仕えが動けなくなれば、
代行するのは調理場担当の者達…
大分コツを掴み、
作業算段が確立し始めてきた流れ…この時間帯がそれだ。
夕食のための的確な指示や采配が機能しなくなっているからか…
軽食料理を中断、
または人員を減らして進めていくことになる。
皆の手
自ら作りサーブしていく筈の軽食等が通常より遅れる。
そして子息役を宥めるために更に割いた人員の一人は、
俺が何かあれば自由に動いて遅れを補填させろと指示していた…
そう、
あいつは…衣装担当であった筈だ。
つまり
…この遅れは、
起こるべくして起こった……
「…合理的ではありますけどね」
「大した処遇でもなかろう?」
「厳しい処遇の設定でしたよ、
入れ換わりに…退室して暫くして演技とは言えない悲鳴が聞こえてきましたから、恐らく」
「そうか、
ならまだなんとかなるだろ」
その程度か…
信用や信頼を失うことが怖い相手ではない。
主人は役であって本人ではないのだから、ただ耐えれば良い。
不興を、激昂させない程度に打ち据えられでもすれば溜飲はいずれ下がるに違いない
傍仕え役が使い物にならなくなる…設定になる前に、
解放すれば裏方や滞った作業も巻ける。
俺らが、俺がやるよりも効率も仕上がりも良いのだ…
ならば誰でも出来るサンドバッグに俺がなった方が合理的
「…なんとか、なると思うのですか?」
「なると言っている」
…
…ならなくてもやるしかない。
現状に甘んじたまま翻弄されるだけでは侍従足り得ない
屋敷の平穏、
それすら守れないならば…俺に赤の合格は手に入れられない…
何より、
リーダーに祭り上げられた責務を…
皆の評点を下げ続ける訳にはいかないのだ。
「…気を付けてください」
「分かった」
「本当に、気をつけて下さいよ?」
「分かっている。
それに当主も本気でやる訳じゃない、
そうだろ?傍仕えに対してもそうだ…あくまで役を演じているだけ。
…心配するな、安心しろ」
まあ…
俺に対してはきっと現実に近い沙汰が下る。
国家資格の査定なのだから…その可能性しかないことはこの際置いておく、
としてもだ…
役同士あるならば迫真の演技…査定を取り仕切る側の傍仕え役ならば、
痛め付けられる可能性は低い、
…そちらの方が正しい。
だから…
主語を省略することによって、
不安そうにするそいつに、
俺の補佐役に甘んじているラクターゼに、誤魔化す為に言葉を吐いた
一瞬、
掛け続けてきた陣を失効させて安心しろと良いながら感情豊かに笑い掛けてやる。
呆気にとられた…
その緩んだ握力を良いことに
腕を抜き去りながら、踵を今度こそ返した…
煙に巻いている内にと、
バルコニーから…あいつから脱することを成功させ…
足早に、
陣を再発動させながら感情を抑えて…薄めていけば表情筋が落ちていく
笑顔が消え去ったなと、
そんなどうでも良い事を自覚しながらも…
これ以上の時間は割けないと頭を振りながら…
走り出さない程度に足を調理場へと進めていったのだった。
…
…
紅茶に、角砂糖
スコーンと
胡瓜のサンドイッチに…
クロテッドクリームと木苺のジャム
フィナンシェ…
要求通りの物を調理場担当の奴等と共に、
手伝いながらも用意した。
金属のカートにそれらを乗せて…
一番の戦力である傍仕え役を解放するために当主の私室へと押し進めていく
行きたくない…
講習の中には基本的な侍従罰則も、
それに対応する内容も…実施された。
抵触する行為を取らないといけないかもしれない
嫌だとそう思えば思うほど、
その思いとは裏腹に目的地は近付いてくる…
子息役には年を重ねすぎた、
例の加虐性のある講師は…キナだけでなく俺も元々苦手だ
設定とはいえ、その親である当主は厳格で仕事に関する事に対して手抜きを許さない…
ラクーア卿とその子息と、
そう思い込むには無理がある程の…人格
…
甘さはないのだ
侍従として悪烈な環境下で査定する目的であろうが、
二人とも一番嫌なキャストだ
…
コンコン…
「当主…御取り込み中申し訳ありませんが入室してもよろしいでしょうか」
「何用だ」
「仰せつかったアフタヌーンティーをお持ち致しました」
「入れ」
失礼します…
そう言いながら開いた扉
飛び込んで来た景色は…演技か分からないが
状況は想定よりも格段に悪い…
傍仕え役が使い物になら無いまでになっている
ならば取れる手段はやはり子息に付きっきりになっている二人を浮かせること
早急に傍仕えを退かせて手当てすること。
少し休めば、業務を行うことは可能な筈だ…
演技とは言えない
ここも手を抜かず本気で行っているのか…
ならば心して対応せねば、
そう床に転がる傍仕えを見ながら襟を正した
「何をしている」
「アフタヌーンティーを嗜まれるに当たって、当主のお目汚しかと思いまして」
「確かに景観は良くないな、だが途中だ…」
「一旦退室させては如何でしょうか」
「中断しろと口を挟む気か?」
「…その様な意図は御座いません。ですが休憩を挟まれた方が、当主の御意向に添うかと思いまして」
「意向か?」
「ええ、御疲れのようにお見受けします。続けなさるにしても…少し鋭気を養われれば杖の威力も本領も発揮できることでしょう。同時に、時間を空ければ痛みに慣れた体もリセットされることでより効果的になるかと思います」
「ふはははっ…お前面白いことを言うな?
止めもせず、上司を庇うどころか裏切るような物言いだな?」
「いえ、決してその様な事はありません」
裏切る訳ないだろう…が。
目立つために、
覚悟を決めて来たのは…己の評点を稼ぐためにではない。
この人を庇うのは己の利のためだ、
皆の為だ。
今動けている人手の中で一番の実力と処理能力を持つこの傍仕えすら臥せることになれば…
今のギリギリ保っている状況は、
直ぐにでも崩壊する。
屋敷の侍従の作業段取りは繕うことも出来ずに…なし崩しに機能停止に陥るだろうからな。
「…それで、そこまで言うからには何か意図があるのだろう?」
「はい…御子息様は、遠乗りが中止になったとお聞きしました。
代わりの娯楽でもと、こうして独断で此方にアフタヌーンティーの御用意を御二方分用意したのは考えがあるからで御座います」
「そうか、ならば息子を呼んでこい」
「…か、しこまりました」
「とろとろと…早くせぬか」
立ち上がろうともがく…
そして失敗している傍仕えを急かす当主に
テーブルセッティングを中断し、
足を進める
「では私がその手伝いを…当主、宜しいでしょうか」
「構わん」
「有り難う御座います」
一礼してから、
当主の足元で未だに呻いている傍仕えに向かって更に足を進めたのだった




