侍従講習4
朗々と…
キナが語る内容は、最後一週間を丸々使った物であること
この建物全体を館と見なし傍仕え役等の講師について各班に別れて業務をこなす。
勿論主人もいる、
その家族も使用人役もいるらしい
まるで…
実際の状況さながらか
それに、これは同時に
至るところに採点する講師の目があるということ…
「…面倒な」
「本音出てるぞ?」
「ぼやきたくもなりますよ、後一日で準備と心積もりをしろというのですか?…何の対策も講じられません」
思わず顔をしかめて呟いた言葉に、
キナは面白そうに笑いながら指摘を下す
笑い事じゃない。
時間がない…
己を器用な方だとは世辞にも思わない。
地道に築き上げていくだけが取り柄だ…土壇場の臨機応変な対応など不得手の中の不得手
冷静さを失って動くと録な結果にならないことは過去の経験から痛いほど学んでいる。
「最初は先輩役の指示にしたがって動くだけだ…講習内容の所作やサーブが出来ていれば、構える必要もない」
「最初…それだけではないのでしょう?
キナがその程度の篩に落とされるはずがありません」
「3日目でその先輩役らが寝込んだ、
その穴を埋めながら傍仕え補佐役の上役から指示を受ける事になった。自身の持ち回りをこなしながら、代わりに俺らをまとめる役を担うやつと、その指示に従うやつら…協力しながら皆で乗り切る」
「それだけで終わるのですか?」
「いや、敵襲予告と襲撃を受けるんだ…
傍仕え一人が司令塔、臥した先輩役は回復しない筋書き。
ただでさえその疲れた状態で有事の対応を強いられる、講師はそれでも俺らが動けるかを見るんだよ」
「…成る程、どんな状況下においても
主人らを守りつつ侍従として不足ない環境を整える事が合格する基準ですか?」
「そうだ…多分な」
指示に従って業務をこなせること
…指示がなくとも自ら考えて的確に動けること
3段階目には代役として纏め上げる人材、もしくは協力する手腕
集団として問題に対処できるかが見られる
そして、
敵襲予告…
各班の連携とリーダーシップをもつ人間が不可欠
疲労困憊であろうと抜け出し人員、その役割の作業だけでなく指示系統の構築すらをしなければならない?
傍仕え役がいると言えど、
一人で対処できる台本ではないな
そして、最後…
主人に忠誠を尽くせるか
各々の役割を理解し、果たして動く
組織力、
個の力だけでなく館全体での対処能力の最大化をはかる
たった一日、
やれることと言えば…
「各班の振り分けは誰が行うのですか?」
「講師だよ、前回と同様であれば明日中には発表されるはずだ」
「班の役割については?」
「前回…と同じならば、それは俺らに任せられる筈だ」
苦々しい、
何か問題が起こったのか…そんな表情になるキナ
…そうか、
そうだ。
これは査定だ…役割分担は、
合否と色に直結するかもしれない利害が絡むこと。
いざこざが、
班を取り仕切る班長はその旗頭
上手くいけば…評点を大きく稼げる役割で、争いになるかもしれない。
ならば…
それを含めての査定?
どのような役割分担にするかも…そこから講師は見ていることになる
そして、
最初のこれが上手くいかなければ…
査定期間中、余裕がなくなれば更に指示伝達も、上手く作業や指示をこなすことは難しくなっていく
…仕方ない
眠気なんて気にしてられない。
「すべてのテスト結果が欲しいです、キナ…長期課程ならば把握している筈です。それに合わせて全員の性格や特性は分かりますか?」
「…あ、ああ。
大体は知ってるが…それとテスト結果何て何に使うんだ?」
「全員の得手不得手の傾向を参考にするためです。
それにここでのヒエラルキーでもあります、私には何の力も権限もありませんから…もし纏め役になるにしても己の役回りをこなすためにも。
皆がある程度納得できる序列を反映した役回りに配置する為には必要なことになるでしょう?」
「…リゼ」
「前に話していただけましたよね、
上位になれば赤以上になれると…きっとそれは数枠の狭き門。
皆狙っている筈です…活躍したいと思うはず。
指示を出す側ならばその機会も自然と多くなります、
その立場を手に入れても溢れた結果纏まる処か、全体での協力等は下手すれば皆無に近くなります」
「そうだな…前回も班のリーダーを決めろと言われて一悶着処ではなかった。皆同じ立場だったのに、役割分担を暫定的なリーダー役のやつに決められてしたくもない役割に身が入らなかった」
なるほど、
先程の苦々しい顔の原因はこれか…
「…キナは指示役ではなかったのですか?」
「最終のテスト結果、僅差で負けた相手にな…
あいつは役割をこなした、対して俺は対抗心も疲れを御す事も上手くすることも出来ず…主人役に無礼を働く結果になった」
「…そうですか」
「言い訳するとな…主人役が苦手だったのもある、今日のあの講師だったんだよ。それから苦手意識も恨みも増すばかりだ」
「それで今日の強行な態度ですか…」
「分かってるんだけどな…頭では。
でも心はどうしてもそう、簡単にそう納得できるわけじゃないんだよ」
こいつは優秀だろうに…
まだ査定は始まってすらいないのにな。
だが査定で余裕がなくなればそんな感情からの行動も取ってしまうことは誰にだってあるだろう…
感じた限り、
キナ…班のリーダーに限らず前回の役割分担は上手くいっていなかったらしいし
今回は…
まだ話は聞いていないがキナがリーダーを務めることは確定だろう。
そしてキナに同じ過ちをさせないためにも…
その能力を最大限発揮させることは必須…班が同じになればその指示下で俺が動くことも考えて利害も絡む。
…事前に出来ることは対策しておかなくてはならない、な
「キナ…キナは得意でしょう?
繕えない私は、己に主人役の講師は理想の主人だと思い込ませて動いていますよ…
それならば多少の横暴だろうと、無茶であろうと許せますから。それでも顔や仕草に漏れます…講師にそう指摘を受けるのですからやはり合っていないのでしょうね」
「…色んな侍従がいても構わないんじゃないのか?
主人に楯突く奴がいても…な」
笑うようにして、
冗談めいてそんなことを言うキナに半目になる
「ふっ…どんなフォローですか?
でも、ありがとうございます。気持ちだけは受け取っておきます」
本気で思っている訳でもなかろうに…
俺に甘言をくれるだけ、
キナが心遣いをしてくれたのは認めるが
それを鵜呑みにして良しと出来るわけにもいかない
「素直じゃないやつ…
まあいい、テスト結果なら纏めて書き留めて置いてある。明日の班分けの後で良いだろ?
で、性格や特性だったか…」
笑うのを止めたキナ
少し、宙を仰ぎながら考えでも纏めているのだろう…
その様子を見ながら
名残惜しさも薄れたベットから降りて、
寝るはずだった至福の場所を後にして…
仕舞った筈の筆記具を取り出して机に着いた
…
「キナ…」
「なんだ?」
「何故私の事も…必要ないでしょう…?」
「二言か?リゼは"全員の"と言っただろ」
「確かにそれはそうですが」
「納得していなさそうだな…確かに主観が混じっていないとは言わないけど、俺の知りうる限りの評価は悪くない。
…悪評を抜かなくてもな?」
キナの評判や性格や特性を本人から聞いた後
最後に口から出てきたのは俺の情報。
欠点だらけ、噂も周りの目も評価も…キナの贔屓目の考えではないのかと思うほど。
疑念の籠った目で振り返れば、
肩を軽く竦めて何ともなく答える様子に嘆息する。
買い被りにもほどがある
机の前にある小さな窓からは、
朝日がとっくに昇っているのが分かる…
個人ごとに書き留めた情報、
家では使わせて貰えなかった雑紙には眩しいほどの光が射している
「…ならば、
私の高評価がキナの主観だけで無いのであれば耳を貸す位はしていただけそうですね」
「演説でもするつもりか?」
「そんな大層な事は出来ませんよ…
一つの提案をするだけです。テスト結果も今貰えますか?
あるだけの情報を総合して纏めて考えて進めた方が効率的で合理性もあります」
「…何のスイッチが入ったんだ?
やけにやる気になっているじゃないか…」
「スイッチもなにも…必要に駆られるからするだけです。
私には要領も才能もありません、人より努力と準備をしなければ貴方達と同じ土俵どころか同じ場所にも視点にも辿り着けません」
「卑屈だろ…それはあまりにな?
今日の、いや昨日か。テスト結果次点だったろうに…本音だろうけど謙虚が過ぎれば嫌味にしかならない」
「首位のキナに言われれば、それこそ嫌味その物ですね?」
「俺は謙虚に受け取ってなどいないんだが…
前回のリベンジの為に身に付けてきたものが実を結んだだけに過ぎないと思っている」
「それは真実でしょう?」
「ならばお前がこの短期間で昨日のテストでは次席になったことも事実だ、
俺らと同じ土俵の実力者じゃないのか?」
「…優秀な傍仕えに手取り足取り、
数年間指導していただけていたからです。
非才な私がこの短期講習の期間で付いていける迄になるわけないでしょうに…」
「俺はここでのリゼしか知らないけど、
でもどんな恵まれた環境でも、時間があっても…才能云々を除いてもだ。努力しない奴にここまで到達できるとは思わないな」
付け焼き刃だ…
そして毎日侍従見習いとしているわけでもない。
努力したところで、
到達できる次元はキナとは雲泥の差になる。
今でこそ
テストでやっとこさ点数が取れているだけで…
実際働き始めたらすぐに追い付けなくなるだろう
肌で感じるんだ、
出来る奴だって事くらい。
俺とは違うことくらい…
「…もう、講習の時間になりますね。
準備しましょう」
「おい、褒めてるんだぞ?
認めてるってのに素直に受け取れよ…逃げ口上に講習の時間を使うな」
「…毛頭分かりかねますね。
準備しなければ間に合わなくなるのは事実でしょう?」
「そうやってはぐらかすつもりか?
数秒の猶予も無い訳じゃないだろう…それに会話しながら準備すればいいだけの話だ」
「…キナ、有り難う御座います」
「おうよ…認めはしないんだな」
「どうとってもらっても構いませんよ?」
「頑固者め…」
「これでも歩み寄った方だと誉めていただきたいですね
この場に友が居て会話を聞けば、目を見張るでしょうから」
「どんだけだよ…」
「これが最高の素直な状態だと言うことだけ、明言しておきます…それと、いい加減向かいますよ」
「そうだな、行こうか」
その声に纏め終わった荷物を持ち立ち上がる
…
さて、予想通りになるか…
目星をつけた班分けのメンバーが大きく変わらないことを祈りながら、
キナの後について部屋を後にしたのだった




