侍従講習2
2日目からは…
座学も実習も講習の始めは前回までの内容のテスト
それが終わればひたすら詰め込み作業
そして、知恵熱が出そうになるほど疲れきった頭で
乳酸が溜まり稼働しにくくなった体を引きずりながらも…
一人ずつその内容の習得確認の為だろうかテストをされる
基本的に、四六時中頭に本を乗せたままだ
盆を持つときも…紅茶のサーブの時も外套を預かるときも
座学の最中であれどだ。
暇を見つけて、学園で練習しておいてよかったと切に思う…
慣れれば意識がそこにいくことは次第に少なくなり
落とすことへの強迫観念も薄れていった。
2週目からは予想通り、
寝ていようと夜だろうが早朝であろうが…
講習を終えた直ぐ後でも、
お構いなしに呼び出されるようになった
今日も呼ばれて、
先程帰ってきたばかり。
先にキナが仮眠をとって、交代で俺が寝る
熟睡したいのと
万が一呼び出しに気付かなかった…
そんなことがないように相談して先日決めたのだ。
座学の割合も次第に減り、
実技が増えてきた…
今日の内容は基本的な料理と甘味の調理で、ほぼ調理場で立ちっぱなし
そんな…疲れた身体を押して机に向かっているのは、
その内容を忘れない内に頭に入れておく為。
クロテッドクリームやスコーンの材料のメモの暗記だ。
基本的な紅茶の種類と蒸す時間等々、
今日の復習を含め、
明日やるであろう内容についてもイメージトーレニングを挟んでいたところだった。
…
「リゼ…、話しかけていいか?」
…やはり寝ていなかったか、
呼吸音も違う…中々寝付けないのか寝返りを打つ度に掛布が刷れる音がしていた。
机の上の物を直している頃合いを察して話しかけてきたのだろう
もうそろそろ交代の時間だと言うのに、
寝ていなくて大丈夫なのか?
「ええ、どうぞ。切りがつきましたから」
「なんで良いところの子息が侍従なんてなるんだ?」
「…跡継ぎではありませんから」
端的に説明すれば、
あからさまにため息を疲れた。
…遠慮がなくなってきた、
要らない気遣いをされるよりは良いだろうと思っていたが…
最初の声かけされた時よりも、
フランクで…
何が気に入ったのか知らないが親しげに雑談をすることも多くなってきた同室の奴…
「居ないことはないが、理由にはならないだろ」
「誓約の為ですかね…
なれと命じられて選択の余地はありませんでした」
それも会話を続けようと迄している…
直球の、
答えにくい質問の内容に苦笑しながらも椅子越しに振り返った
「誓約って…大丈夫なのか?」
「私を案じての物ですから…主人なりの。想像しているような事はありませんよ?」
「は?お前もう主人がいるのか?!?」
「…見習い以下ですがね、
仕えることはしていると思います」
「良いなあ…仕え先が決まっているならばそれほど恵まれてる事はないじゃないか」
「そうですね。ただ…
考査に落ちたならば、方々から蜂の巣にされますよ?」
…
「…すまん」
「いえ、事実ですから」
変な表情でもしていただろうか?
布団から此方を見据えているキナは…ばつの悪そうにそう言って来る。
確かにこの時点で内定が、
仕え先が決まっている事は恵まれている…
コネがあるか、
才能が見込まれているか…大抵は侍従になるケースは家系を継ぐ場合
…それくらいしかないのだから。
…
これ以上は踏み込んでこなさそうだ…
黙って何か思案している様なキナを見切って
机に向き直り、上の物を片付けてからベットに入る
やはり疲れている…
くたびれたマットレスに、お気に入りとは程遠い綿の掛け布団は避けて
タオルケットだけに身をくるむ。
横になるなり、
それでも心地良い睡魔が襲ってくるのだから
講習に気を張っているだけで、堪えているのだろう
もう、
キナが起きている時間…交代の時間は過ぎている。
勿論、
俺がこのまま寝てしまっても構わない事を確認したのだから…
「私は寝ますよ…」
構わないだろう…
寝てしまっても、会話が変に切れたままでも
講習の観点からは支障はない。
よし…寝よ…
「なあ、リゼ?誓約だの蜂の巣だの物騒な言葉がちらついているけど…」
「ん?ああ…見習いとしても、人としても未熟ですから失態は多々起こしています。…心配要らないと言ったのは、軽い咎めで済ませて頂いていることも恵まれてる事の大きな1つだからです」
断り文句を…
キナが起きていることの確認と交代の時間だから寝ると言ったのにだ。
横向きになって潜った、
次第に自身の体温でぬくぬくと心地好くなってくるタオルケットの中
お休み等と返ってくるのだと思っていた。
が…寝させてくれるのではなく、
先程の会話の続きか…
「この前、実技でやったような事がやっぱりあるのか?
慣れていた風だったから…」
あれか…
キナがグループの実習で失態を犯した時のことか。
連帯責任でもあったのだし、
あの程度の叱責…気にしなくて良いのにな…
「誇れはしませんね…
本来侍従に失敗は許されない事、見習いの免罪符と主人の性分…
もし別の主人であれば下手したらこの世に居ないかもしれません」
「…見習いの癖に主人の傍で仕えているような口振りだな?
役回り、普通なら裏方かフットマンが良いとこ…会話も接する機会も殆んど無い筈。
それなのになにしでかしてんだよ…」
何しでかしてる?
…
「…何してるんでしょうね?」
何でこんなことになったのか…
原因は叔父の一件で、
画策した自殺が未遂に終わってしまったからだとは分かっているが…
何故、
侍従見習いなんてやっているのだろうかと…
性に合わないことをしているのかと…
たまに思うことはある
「悪い…、窓から見てたんだ。お前が此処に来るとき…
遠目でも分かった、あの馬車は上級貴族階級…その子息が仕えてるのならばどんな高位の家柄だ?聞いておいて何だが…怖くなってきた」
「なら言わないでおきましょう」
「…差し支えあるのか?」
「侍従になろうという者が、馬車の紋章も知らない筈がありませんよね?
窓から見ていたというならば私の家も、
貴族であることをやはり…名前も初めから知っていたんですね」
「…ああ」
「そうですか…気になるのにも関わらず、耳に入ってくる噂にも聞こえ無い振りですか…何を躊躇しているのか知りませんが、調べも情報を集めもしない様子…聞きたいのであれば答えますよ?」
「知っているが…
その上で聞きたい…怖いが」
俺の名字が分かっていた
貴族子息だと警戒された初日…
馬車を見られた事が原因だったのかと納得がいった
…ならば、
俺の噂についても…
最近の貴族家での事件と言えば俺の叔父の一件位だ。
どんなに噂に疎い奴であろうと、
耳には入っている筈…
キナは、頭が回る
加えて侍従見習いの立場
公開されている情報については、
将来仕える家になるかも知れないと調べはしているだろう…に
ならば俺の主人が誰か…
知っている上で聞いてくるのか?
何のつもりだ?
「ご想像の通り、殿下ですよ」
「…嘘だろ?」
「虚偽であれば不敬罪になるのに、ですか?
噂も装飾を除けば、そこからなされる推測も憶測も大体はあっています」
「そうか…断及された時、否定しなかったって聞いた。
そんなに精神操作を受けていたのか?犯人の叔父に何されてた?」
侍従見習い、
侍従資格がまだ無いとは言え…それを目指す者。
中には心構えがしっかりとしたこんなキナのような…
向上心が高い者や優秀な見習いはいるようだ。
役に立つ事を見越して…
今からでも貴族社会や噂、
情勢や事件等についても把握しているのだろうな…
「ふっ、何も…ただ優しい叔父でしたよ」
「…お前」
「だからと言って罪は罪。
何も責を被る事もなく野放しにする為にあんな行動に出たわけではありません。その点は勘違いしないでくださいね?」
「ならなんでだ?」
「試したんですよ…不敬にも程がありますよね」
「不敬?…おまっ…まさか!」
「その通り。
陛下が私がそれを成したと即判断をするならばそれまで。
己の命を賭けに乗せて、それが尽きるまでに気付くか調べをつけてくるか。それを見たんです」
「箍が外れてんのかてめえ…
下手すりゃ間に合わなかったんだろ?」
「罪を被れとの指示があった旨の内容は殿下へ書きました。
その手紙が届くのは早くて処刑の前日、それまでに俺の冤罪の裏をとるために動いてなければ間に合わなかったでしょうね」
「そこまでして何がしたかった?」
「殿下の信頼を、兄の愛情を…父上を測りたかった」
「…」
「そして、陛下の心眼を見極めたかったんです」
…
返答の代わりに背後から
掛布の大きな擦れる音がする。
起きたのか…
確かに交代の時間だが、起き上がっている必要はない。
布団の中で体を休めつつも目を開けていればいい
このタイミングで何故?
そう思いつつも壁側に向かって布団を被っている体勢でその意図は窺い知れはしない…
ベットから降りたらしいキナが、
近づいてくる足音が、近くで止まった
「リゼ、幸せなやつだな?
俺にはそんな試したくなるような暖かい家庭的な縁者も、そんなことをして守って貰えるような恵まれた家でもなかった」
「…幸せ者ですが?」
「殿下は友人なんだろ?
…お前のところの男爵家は長男が次男を可愛がっているのは有名な話…何で試した?」
「気に触ったのであれば…申し訳あ「ああ!気に食わないな、測りたかった?違うな、試したかったんだろ?その向けられた感情を信じることが恐くて、裏切られて傷付くことが怖くて信を…心をかけて貰った相手を疑って、哀しませて何様だ!」…そう、ですね」
正論だ、
そして事実だ…
非があるのは俺の方、
そんな手法でしか己を納得させられなかった愚か者だ
何で…会って少ししか経ってないキナに分かる?
…気まずくて、身体を壁側に向ける。
顔を覗き込まれる様な…そんな雰囲気がしたからだ
「そうですね、だ?
分かっているならなんでそんなことをした!」
「…したかったからです」
「こっち向けよ」
「私はもう寝ます。向く必要も義務もありませ「おい!」…っ離してください」
「離してなんかやらねえよ」
「そうですか…ならばご自由にどうぞ」
掛布を引き剥がされ、
肩を捕まれて横にて寝ていたというのに仰向けに…
部屋着の襟足を掴まれて面と向かう羽目になる
…何がしたい?
防ごうと思えば、
避けようとすれば良かったのだろうがそんな気にもならなかった
気だるげに見返せば
強く引き寄せられたせいで、目を見開いているキナの顔が…近くで対面している状況にある
たく、
…なんなんだ、
話くらい付き合うが、
眠いし暖まってきた布団のぬくもりに埋もれていきたい…
そんなこと思っているのに
キナはそんなことを考慮してくれそうにも無いようだ
「それこそ、そういうお前の行動こそ相手に信じていないと言って裏切る行為その物だろ…?」
「…ええ」
「試したのは国の権威だぞ?友人だとしても次期最高権威に、兄とは言え…次期当主だぞ?
如何程の愛情があったとしてもだ、何処の貴族当主ならば息子でも普通なら切って捨てる判断を下すぞ」
「そう思います」
「あまっちょろい事言ってんなよ…」
「…はい」
「どうせならもっと憎たらしい顔してろよ、
なんでそんな表情してるんだ…責められねえじゃねえか」
「…そう言うキナは何故そんな顔をしているんですか?」
充分、
責めていると思うが…な?
此方とて問い質したい位だ。
心の底を、深くを抉るような問いばかり…
そんなことをしておいて、
掴み上げる真似までしておいて何でそんな哀しそうな顔をする?
「そんな顔ってなんだよ…?」
「痛々しいです」
「なんで…なんでだ?
何でもかんでも飲み込んだような、それでいて自身を諦めてるような顔をするなよ…痛々しいのはまごう事なくお前の方だ…」
「それは、申し訳ありませんね」
「なあ、本当に切り捨てられてもよかったのかよ…」
「ええ」
「恵まれてるんだぞ…」
「知っています」
「誰でも持ち合わせることなんてできないくらいの境遇だぞ?」
「…知っています」
「その上で試すのかよ…
見捨てられてもいいって何で、何でそんなこと思えるんだよ!」
「…私がそれに見合わない価値の人間だからです」
「そう相手は思ってないって知ってるんだろ?」
「痛いほどに、身に染みるほどに分かっています」
「…なら」
「甘え以外の何物でもありません。相手の優しさに付け込んで試して疑って、傷付けて…
それでも切り捨ててなど誰もしてくれなかったんですよ。自身が諦めた己を誰も…今もその考えに変わりはありません。
ですが…
漸く腹を決めたんです。
その誠意に、心に…期待に信頼に応えられる迄の器になると。
例え自らが蔑み嫌悪する非才で愚鈍な身でも、その相手はせめて報いようと。そのためには…その評価に値するに相応しい人間になるしかありませんからね」
「…」
「これで御満足頂けましたか?」
返答代わりに、
襟足からキナの手がゆっくりと離れる
漸くぽふりと枕に頭が納まって人心地付く
まるで尋問だな…
殿下や兄上とは違った、父上やラクーア卿とも異なる視点から核心を突いてくる。
痛い…
やはり何処かで自身を軽視する癖は抜けていないと自覚させられる
それを…
己の弱味を誤魔化すことも、隠すこともキナは赦さないとばかりに断及してきた。
だから、嫌でも本音で返した…
何処かで矛盾しているだろう自身の理論を、
信念を、筋を。
間違っていたとしてもこれを通すと主張した…
キナは正しい
信頼や心を尽くしてくれる周囲を大事に思うならば、
それを受け止めろと言っている。
己が想われていると自覚して無条件に感謝しろと言うのにだ…
「…そんな考え方しかできねえのかよ?
相応しい人間とか器とかそんなんじゃねえ…今のお前自身を見てそう思ってくれてるんだろ?」
「否定する事はしませんね。
ただ肯定もしません…それをすればそう私を判断をした人の裁量が疑われる。そんな汚点を作っていい方々じゃないんですよ…優しくて優秀で、聡明で尊敬できる…だから傍を離れたかった、でもそれも許されなかった。
それに…彼処までされたら今度こそ、その向けられたものを己が手で振り切れもしなかった…身に合わないと言いながらも享受したんです、してしまったんです」
「…なあ」
「はい?」
「リゼ、お前ってやっぱり変なやつだな」
「よく言われます…何故かは分かりませんが」
「首、痛めてないか?」
「大丈夫です」
「そうか、悪かったな…感情的になりすぎた」
「お気になさらず、それを誘発した私にも非がありますから」
「まだ話、してもいいか?」
「…寝ます、今の私の発言を流布しないと確約すると契らない限りは寝ます」
「困ることでもあるのか?」
「…」
「分かった、約束する…で?」
「この発言が耳に入れれば今度こそ半殺しで済むかも分かりません」
「は?」
「まだ懲りていないのかと、己を省みろ…大事に扱えときっとこの会話を聞けば仰る方々にですよ」
…
なんとも言えない表情
遠くを見るような目で何処を仰ぎ見ているのか…
閉口したキナを一瞥しながら、
はね除けられたタオルケットを引き寄せて潜り込んだのだった




