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昇級9



陛下に殿下、

ラピスとその当主…


オニキス…


そして良く分からない、

いや貴族名鑑と家系図…歴史学で覚えているその家柄の奴ら…

何故か俺にも寄ってきて話し掛けてくる。

それも男爵家以上の家柄ばかりだ…



その苛烈な…状況を全身全霊の礼儀作法と笑みで、

冷や汗と悪寒と共に…過度の重圧を潜り抜けた…


それだけで…腹はいっぱいだ

これ以上の試練はないと、俺の気分を更に際立たせていくような真逆の軽やかなシンフォニーが響く。


そう、

これは物語の最終章でもない。

まだ、半ばにかかっただけ…本当に大変な事は、これから始まるのだ。


疲れきって擦りきれたこの状態で…漸く満身創痍でその場その場を切り抜けた後には、弟の約束…難易度が跳ね上がるイベントが待ち構えている…






「…父上」

「ああ、そんな時間か。殿下、宜しいでしょうか」


「卿、構わないよ」

「有り難う御座います、

ジェイデン…オリゼのところに行って良いぞ」



「はい父上!あにじゃ!」

「行こうか、楽しみにしていたものな」



会が始まれば直ぐそこに、

挨拶に来る招待客に父上に手を繋がれながら慣れない言葉を交わしている時も振り返れば、

ずっと同じ場所で…手を伸ばせば届く距離にあったそれ。


挨拶回りと呼ばれるがままに引き連れられ、

離れていく目当てのお菓子。

その誘惑を我慢しながら社交辞令が頭上で飛び交う退屈な会話に混じり続けていた弟


出来て当たり前なんかではない

礼儀正しく、受け答えしていたのだろう


会場で把握していたジェイデンの居場所、

そこに足を向けた。


父上の隣にいた…殿下に一礼して、

手を伸ばしてくる弟の手を握り背を向けたのだった…








やっと辿り着いたお菓子

それを阻むように…その目の前には俺を待ち構えている王族


今回の目玉…

此方の算段も、俺の壁の花計画も頓挫させてくれた張本人…元凶がそこに居る



「やあ、オリゼ君」

「ベリル様」


「そんな顔をしないで?言った筈だよ、壁になると。

水を刺されないようにと言った本人が刺しては台無しだ、私のことは気に掛けずに楽しみなさい」


会釈して、

その不満げな顔を隠したつもりだったが失敗したようだ…

そして兄上と離れて挨拶回りしている際、

何故か甘美な条件提示をしてきた張本人でもある。


何が目的か、

それも分からず断ることも出来ずに承諾したが…



どうやら、

阻むように立っていた訳ではないらしい。

無理難題を吹っ掛けることもなく、

身体をずらして…目的のものに近づく事をその手は誘導した…




「有り難う御座います…さ、何を取って欲しい?」


「あにじゃ、いいの?」

「ああ…ジェイデンはどれが気になるかな?」


「わあー!」


その弟の声に完全に吹っ切れた。



確かに弟が問うことは正論、今俺は王族の相手をすることなく構うこともなく

その上不敬を重ねる事を…甘美な条件をのんで王族を人避けの壁として利用しようとしているのだから。


それを察したのだろう…

だからその質問には答えない、

不安そうな弟の注意を目の前の綺麗なお菓子に釘付けにさせた。


不安は俺だけが感じればいいこと、

付けを払うことになったとしてもそれは俺で弟ではない。

今ジェイデンがすべき事は…ただ楽しむことだけだ





「あれ!」

「分かった、これだね?」


色とりどりの、

下の方にある黄色い細工菓子を取ってやる



「ありがとう!…あとは…あ、あの青いのも!」


「分かった……よ」


弟の視線を辿り、見上げていく

高く豪華絢爛に創られた、

飴細工や焼き菓子…様々な種類が組合わさった芸術と言っても過言ではないその作品


ジェイデンが指を指したのはその上に飾られた見慣れた砂糖菓子…

その形と意匠を変えて宝石のように煌めいている

かなり上の方だ、

手を伸ばしたところで届く可能性もない場所

…あまり、

人前で使うことは気が進まないが仕方がない

玄武に指摘された未熟なそれを、練習を重ねたものが役に立ちそうだ


「あにじゃ…とれる?あの…」

「ジェイデンはあれが欲しいんだろう?遠慮は要らないよ」



勢いが萎む声に目を向ければ弟の視線が落ちていく…

成る程、

下に同じ様な形と色のものは確かにある。

それに侍従の手を借りる事も頭に過ったのだろうが…

俺が取ってやると言った。


それに、そういう問題ではない

遠慮等させるものか、

あの上の…光に反射したあれが欲しいのだと分かっているから



左手で頭を撫でながら、

右手を内ポケットに差し入れる

人差し指と中指に挟み、目的の人形の紙を1枚取り出した

霊力を込めればに式神に変化する

玄武の白蛇とは違う姿…


その式が、目的のものを取りゆっくりと降りてくる様にする…

弟の手元の小皿に既に乗っている青い宝石(琥珀糖)と、朱雀を象った飴細工。

それを欠けさせることなく、ゆっくりとその上に落とせば紙に戻るそれ

同様に指に挟み取り、右ポケットに戻した





「お眼鏡に叶ったかな?」

「あにじゃ!すごい!

あんなたかいところの…とってくれて!」



「今日1日頑張っただろう?

それにこれはジェイデンの為に用意された菓子だ、好きなものを取って食べる権利があるんだよ?」




「うん!たべても…いい?」


「勿論、それにまだ時間はあるからゆっくり食べて大丈夫だからね?」


嬉しそうに摘まみ上げ、

眺めて口に頬張る姿は本当に可愛い

こんな姿が見れるのであれば…この会に出席して良かったと心から思える。



疲れもかき消えていく、

口角が自然と上がり…目が細くなっていく

すこしだけ、

兄上の気持ちが推し測れた気がするな


返事も忘れて、

目を爛々と輝かせて夢中になっている姿に


自然と伸びていた…

弟の頭を撫でている左手を頭から離した






「ベリル様は御賞味されますか?」

「気にしなくていいと言ったのだけれどね」


流石に放置は不味い、

本人かま水を差さないと言ってはくれたが…このまま人避けの壁扱いを出来るわけがない。

そう思って、ジェイデンと反対側に身体を向ける




「会話が聞き取れないほど周囲は離れていますが、この光景は目に映ります」

「つまり、気に掛けたのではなく体裁を保つための会話」

「ええ」


「ならば、その力も体裁を保つためのパフォーマンスか」

「いいえ、弟のためです。

ああ…もしかして勘繰っておられるのですか?」


何か考え込むような表情に、

もしやと思い至る…

そこまで落ちぶれてはいない、

力を周囲に示すために菓子を取ったわけではない。

ただ、弟の頑張りに応えたかっただけでそんな薄汚れた物の為にしたことだと汚さないで欲しい




「いや、済まない…今はっきり分かったよ」

「そうですか」


「確かアメジス君もそんな目をしていたかな」

「兄が、ですか…」


部屋の角に向かって俺は今向いている。

壁に凭れているこの元凶への視線や表情は…この本人にしか映らない


会場の誰にも見られないことをいいことに、

そんな目…俺が今不敬に当たるような目を差し向けているのは自覚しつつも止めるつもりはない

この司書に咎められるとしても、周囲にこの視線は見えないと分かっている。

それに、信条に反する事を言われては…

自身のみならばどうでもいい

だが…弟が利用される駒になったと評価されるのは極めて遺憾だ 


それにしても…兄上がそんな自制を欠くなどということがあるのだろうか?

…考えにくいが、

司書は嘘を言っているようにも見えない




「…同じ様な事を言った時だったよ」

「成る程、どの様な事をとは聞きません」


「何故だい?」

「気にはなりますが、もう兄がこちらに向かってきているでしょう。またそれを耳に入れて兄を激昂させたいのですか?

このような場でするとは思いませんが…避けるべきでしょうね」


「…背中に目でも付いているのかい?」

「付いていたとしても、衣服を通して視界が保たれる様な事は有り得ません。

…ジェイデン、食べ終わったかい?」


「あにじゃ?」



最後の砂糖菓子を含み、

食べ終わった頃合い…呼び掛ければ空になった皿から意識を取り戻して俺の問いかけに反応した


「締めの挨拶が残っているだろう?

それが終われば今日は早めに寝なさい、疲れただろうからね」

「…はい」


優しく言い聞かせたつもりだったが、

空の皿に視線を落としながら眉を下げる様子

きっともう少し食べたいのだろう…

まだ魅力的な菓子や料理は沢山あっただろうにな


だが、これは仕方がない

頭を撫でながら空になった皿に手を伸ばせば素直に渡してくるが、動く気配はない

少し腰を落として視線を合わせれば…

大人になろうと必死に折り合いをつけようとしている表情に此方も眉が下がる



「分かったよ、

ジェイデンの気になったものは全部食べさせてあげる。少しずつだけれど後で部屋に運ばせる。それで我慢できるかい?」

「え…、よいの…ですか?」


「勿論だよ、朱雀にも伝えておくから挨拶頑張っておいで?」

「はい!」



「…兄上、お待たせしました」

「オリゼ、待ってないよ」


後ろを確認することなく、言いながら振り返ればそこにはやはり兄上の姿


やはり礼服も着こなして…

様になっている貴族の品格を称えた笑みに血の繋がった俺でも見惚れそうだと思いながら

ジェイデンの背中を少し押して、兄上の方へと送り出した




「本当に有り難う御座いました」

「いや、いいものが見れたから気にしなくていい。

私達も所定の位置に戻ろうか」


「先に…私は所用を済ませてからすぐに戻ります」

「分かった」



テーブルに置くこともなく弟が食べ終わった空の皿を持ったまま、

勿論…それを無視するような侍従も使用人もこの屋敷には居ない


視線をやるまでもなく、

司書が少し離れたところで側に寄ってきた狢

皿を受け取らせながら




「朱雀に伝言を頼めるか?

舞踏会迄の客人を掃かせる間、ジェイデンの視線が向いたものを見繕って持っていってやれと。特に疲れているだろうから了承しないかもしれない、その時は俺の命令でと言って良いからな」

「…お任せ下さい」

「悪いな、特にテリーヌとさっきの菓子の上と中ほどのチョコレートの飾りは外すなよ?…忙しいだろうが頼んだ」


「御随意に致します」


視線を向けもせず、早口で伝えるだけ伝え足を踏み出す

もう時間の猶予はあまりない…

後ろから聞こえた言葉を確認して歩みを早めた






…会が仕切り直しとなる

令嬢や婦人方はお色直しだ。


時間のかからない子息はその後休憩、

当主方は葉巻や煙管片手に大人の会話でもしているのだろう






そして俺も漏れなく衣裳替え…だ。


夜会の場に合う服装に着替えて戻れば、既に先に済ませたのだろう父上と兄上が此方を見る

…詮索の目が突き刺さる。

きっと弟を引き連れている時に、同伴していた司書のことについて聞きたいのだろうが、やはり聞く暇すらない程忙しそうだ。



指示を飛ばしている二人と、母上の隣に立てば度々そんな視線を感じつつも束の間の休息…

身内だけの空間にやっと息が出来るなと、近くにあった飲物を煽った







舞踏会が始まる

何か吹き込まれた子息達と令嬢方…

大人の糸にあやつられながらもその任を果たそうと隠しきれない雰囲気を纏いながら躍起になっている


…見苦しい

憐れな傀儡と成り果てた

そしてその操作する糸の先も、また誰かの傀儡である。

物語の最終章が遂に始まった…



大人は更に達が悪いな

歳端のいかない子息令嬢を引き連れなくなった、

体面の為の仮面か…ただ単に漏れ出ていた感情によるものかは分からない。

だか…少なからず保っていた父母の顔は完全に消え去り、


仮面の下に隠した大人の思念や思惑が色濃く渦巻いている…

糸は縺れ合い絡み合う。

表面上にこやかに話し合って、

楽しげに踊っていてもそんな腹の探りあいをしながらではな…




陛下も操っている側の人形師の一人

延びてくる弱く脆弱な糸を払いながら、操作される立場には決して落ちてこない人

その指先からは強く切れない糸が此方に延びている

蜘蛛の巣に捕らわれた羽虫

そんな生易しい表現で済むのならば獲物も楽だろう

目をつけられた傀儡は…

…そう、御多分に漏れず俺自身もその一体に過ぎないのだ





俯瞰も、三者目線を決め込むことも出来ない当事者


壁の花…

いや、壁になりたい

柄にもならない視線を留めるまでもない壁になりたい


そう思いながら、意思に反して足は庭側へと向き動き出すのだ

御令嬢が集まり話し合っている…

目的の子女が混じるその輪に歩いて行かされるのだ

舞踏会では下の爵位であろうと、立場であろうと踊りに誘うのであれば話し掛けられる

無礼に当たるどころか、それだけ利のある者であると周りに示せる。

格の高い堅苦しい所とは違って、

その優劣や人気が垣間見える場なのだ…







「御歓談中、失礼します。…宜しければ私と踊っていただけませんか?」


「喜んでお受け致しますわ」




右手を差し伸べて誘えば添えられる白い手


令嬢らしい柔らかな手が、

ん、何の感触…いや肌には変わりない、皮膚が一部少し厚いのか?


何かしているのだろうと思うがここでそれを示すのは相手にとっても俺にとっても得策ではない。


腰を少し落とし、

その手の甲に口付けを…

そしてフロアに誘う…今演奏されているのはワルツ

不得手な俺でもまだ様になる曲調だ




二曲目…

転調され、リズムも速まる。

講義で学んでおいて損はなかったな、と

心の中で今年度の己に感謝する。


昔から唯一、

最低限だと覚えさせられた簡単なワルツだけで終わらなかった…のだ。

身に付けた物がこうして活躍するとはついぞあの時は思ってもいなかった…

舞踏会等と言うものに出る機会があるとは


ただ楽しそうに…

純粋に舞う令嬢をリードしながらも薄く口角が上がっていく

その華麗な華のある踊りに

それが社交のツールとして、武器として備えた品格でないことは肌で感じられた…

そのお陰で此方も、好きではない踊りが楽しめているのだった




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