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進級5






疲れた…


確かに剣で受けるとは言ったものの、

あいつら…普通彼処まで容赦なくやるものか?

病み上がりだと心配していたのに…

そんな気配も感じさせない手合わせ。



…ったく

そもそもは怒らせて発散させようとしたのは俺。

だから…挑発しておいて直接あいつらに文句を言う権利はない、

道理もない

…が上手くいきすぎた




俺が筋違いを起こす気が無いと知っていて…

逃げないことを知っているから。


それで好き放題に八つ当たりで、

…二人はそんなつもりで遠慮無く打ち込んできたのではない。

俺の気性を知った上で遠慮なくいたぶってきた、

そうすることで俺の気が済むから…

俺の謝罪になるからだ。




憎い奴らだ…

乳酸が溜まりに溜まった身体では歩みが遅くなる。

だから先に帰るように急かした


ゆっくりとした足取り、

考え事をこうして

すっかり暗くなった寮への道は深々と

夜風に吹かれて今は一人、静かな夜の中を堪能する






ランタンの光が、

寮に近づくにつれその明かりに溶け込んでいく

人気のない入口、

そこから入り直ぐに使用人通路に。



数日ぶりの悪友どもとの2回目の約束を果たした、

一旦部屋に戻る事なく給湯室横の湯浴み場に直行する。

どうやらいつの間にか当てにされていた浴槽…

今日からはまた湯を張るのだ


皆の為もあるが

何より俺自身が入りたい、

浄化魔法だけで身を清めたところで気分は晴れない

数日間それと、

清拭だけでフラストレーションが溜まっている。


加えて容赦ない二人の手合わせを相手した…

汗を流したせいで、

土埃にまみれたお陰で気持ちが悪い。

…直ぐにでも身を湯に浸けたかったのだ





…さて。

誰も居ない一階の給湯室を過ぎ、脱衣所も水瓶もそのまま通りすぎて湯船に直行する。


その浴槽内に土足のまま入り…刻んでいる浄化魔法を発動させれば一朝一夕、

服も少しざらついた靴や浴槽内も綺麗になっていく。

全身も清められたから、

一石三鳥か…?




次いで井戸から水を供給する陣に魔力を注ぎ…適温になるまで火を入れる。

手で少し熱めになったことを確認して、

後は保温の為の魔方陣…

そこに据えた宝石にはならない生活用の輝石に五時間程度の魔力を注ぐ

そしてそれから

それを、脱衣所に一旦置きに…

未だ一糸処か二糸も三糸も纏ったままだからな。



脱衣所に清潔になった着衣帯刀のまま戻る

これで色んな手間隙が省けた…

剣を立て掛け、籠に服を脱ぎ捨てる様に入れて…いざ浴室へ





「くぅ…染みる」


久方ぶりの湯だ!

冷えた身体が解れていく、

その熱さが中に染みて先程まで張っていた神経が、強ばりが緩んでいく…

暫く…

何をするでもなくただ揺蕩う様に力を抜けば

疲労も落ちきっていないように感じていた汗も土も流されていく…



いつまでそうしていただろうか、

気を取り直し

張っていたふくらはぎ、

二の腕や手首を揉みほぐしながらも気の済むまで長湯をした






ああ、

良い湯だった…

視線をやることもなく給湯室へ続く扉を開けて通り抜け様とした時



「…オリゼさん…様?」

「っ…敬称は要りませんよ、ルークさん」


「そうでしたね」

「お忘れですか…毎度変わらない題目の台本のようです」



湯上がり、

長湯したせいか…

普段から人気のない一階の給湯室

加えて此処最近は湯を張らなかったお陰か、

噂では更に態々此処に来る侍従や使用人は少ないと気が緩んでいた。


…先程も誰も居なかったしな

無人だと、思い込んだ給湯室に響いた声に少し過剰反応する。


俺は…制服姿ではない、

かといって侍従服でもない。

私服だとは言え、剣を持ち…格が高い俺の今の身なりを見ても俺だと分かったルークはいつぞやの硬い表情で固まることもないらしい



苦笑気味に、

そろそろ様々付けの確認作業は割愛してくれと含みを持たせた…

何時も通りの言葉をルークに返す。

俺への嫌悪はいつの間にか軟化して、

気軽と迄はいかないものの

この様なやり取りも何度繰り返してきただろうか…






ルーク硬直事件…か。

思えばあの事があってから…だな

使用人通路を通る際には少し気を付けてはいるが、たまに制服でも此処を利用する。

その時であっても…俺を侍従見習いとして扱ってくれて構わないと、

ルークに限らず、表通路や学園での学生や男爵家子息として扱わなくて言いと触れを出した。


慣れないと、

初めはすれ違う皆々から…固まる反応をされることもあったが今ではそれも俺だと判別がつけば…

過度の挨拶や対応をされることもない。



が、

ルークは必ず様付けするかどうか

毎度俺に問う、その確認を怠らない…

流石…ラピスの傍仕えか、

俺が貴族子息の立場を使っていちゃもんを付ける気もないし、触れを反故にすることもないと知っていても念を入れるのだ




どうやら、

ラピスの湯上がりの後に冷たい飲み物でも用意していたのだろう…

俺の返答に頬を僅かに弛めるあいつの傍仕え、

俺に向けた目を作業に戻す。


成る程な…

どうやらアイスティーらしい、

右手に持っていた懐中時計を見てポケットに仕舞う。

そして頃合いになったらしい、

その濃く抽出した紅茶をポットから氷に目掛けて注いでいく様を見る





カラン…


「ふっ…そうでしたね」

「はい、貴方より格下ですから」


きっと、

溶解している…

キンキンに冷やされた陶器の大きなポット。

結露したその表面から玉になった雫が線を描き伝っていく、

その中で氷が鳴らす音が聞こえてきたのだ


それを皮切りに何を言い出すかと思えば…

終わったと思った会話を、

何時もの定番化したやり取りの続きをする気らしい…





「ええ、侍従という枠組みの中では…ですが」

「枠組みの中…ですか、見習いは正確に言えば侍従資格はありません」


「一昔前であれば…繕えど、そう本心では思っていましたね。

ですが、今では資格はどうであれ認めています」



認めている、ねえ…

質の悪い冗談だ、

それも声音は…ルークはまるで本気でそう思っているように聞こえる


ちっ、

冗談じゃない…



「…体調の自己管理もままならない私を、ですか?」

「ええ、それでもです。

では私はこれで…オリゼさん」



苦く笑う、体調を崩したのは平日…

回復したのは一昨日の夜、

つまり契約上は休みであって契約上欠勤はしていない。

が、侍従はそういうものではない…休みであっても要望があれば呼び出しがある


そう、今も…

制服を着ようと格の高い私服を着ようと何だろうと…俺は殿下の侍従見習いには違いない。



そもそも色物。

休みの方が多い侍従、見習い等どこを探しても居ないだろう…

休日や休憩時間には今まで呼び出しもない、

その上…要求しないとまで殿下に言われている。

普通であれば仕える相手に…そこまでの気遣いをさせる侍従など見習いですら言い過ぎだろ…


それもラピスを通じて、

噂や情報からルークは知っているはずなのに?

何故…




はあ…

聞いたとしても無駄か、

それ以上の答えは聞いても返ってこなさそうだ

切り上げられた雑談…

言うつもりがない


それにアイスティーは仕上がり、

そろそろ…それを求めるラピスの帰還の時間になるらしい。

ポットやその他のものを揃え…

盆に載せて運び出ていこうとする姿に心の中で嘆息する




「…湯は張ってありました」

「はい?」


何の話、

脈絡のない単語にそんな反応が…

背中に投げ掛けた俺の声に足を止め振り返るルーク



「…主人に仕える身としては、

特に悪い学友に翻弄される主人を持つ傍仕えとあれば…気苦労が多い事でしょう。ああ、一般論でルークさんの話ではありませんよ?

加えて…かなり皆様をお騒がせしたようですので、何処かの誰かはその詫びとでも言いたいのかもしれません」



「全く…懲りない方ですね」

「ええ、全くです」


他人行儀、

ルークに向けられたその方がまるで自身ではないと表すれば呆れたのだろう…

苦笑された


そして俺も苦笑を…

肩を竦めながら苦く苦く返せば、溜め息を一つ置いて…

今度こそルークは放たれた扉から姿を消していったのだった










…そのルークを見送って、

俺も主人に戻るかと開け放たれたままの扉を潜る


部屋に帰ったら…

読みかけのあれを目を通さなければ、

等と思考に浸りながら表通路に出て歩いていれば直ぐに自室の前につく




「えっ…げ、玄武?」

「…」


何の考えも無しに、

部屋に戻れば仁王立ち…

そう表現するのが適切な玄武が待ち構えていた





…失念していた。


そうか、

手合わせが終わった時点でとうに夜も更けている…

更に長湯に、ルークとの談笑


そして今、湯を張る等して放出した…

この身に纏う魔力の残光…



過保護な傍仕えが漸く認めた病み上がりであったことを。

嫌がおうにも玄武のその態度から思い出していく…

一度も部屋に寄らず、

帰りを心配して待っていただろう玄武の怒りが部屋に充満している。

…藍染めの着流しと羽織、

それを両手に携え向かってくる傍仕えは…


怖い。



無言のまま…近づいてきたその般若にされるがまま、だ…

蛇に睨まれた蛙状態…

催促された手に剣を回収され、

促された室内。


マネキンのように立ち尽くしながらも着替えが終えればソファーに…問答無用とばかりに沈み込まされた。



そして座れば目に入る、テーブルの上…

冷たく保たれたガラスの水差し…結露でその机上に接する底は水溜まりの上に浸っている。

荒くダイス状になったライチの果肉が浮かぶ、それ

随時と遅い帰りになったようだ…



何も発することなく…

それをクロスで拭い、

マグに注ぎ差し出されるまま受け取った。



「…済まない」

「…」


どれ程玄武が俺の帰りを待っていたのか、

そう思い知らされる…

そして、急に喉の乾きを覚える。

煽るように飲み干し、空になったそれ…


机に置くこともなく、

また注がれる

…飲み干していなくとも…足される



塩気のあるそれを飲み下す

…発汗による塩分補給、疲れへはライチの甘みだな?


少し小腹が空いていたのも、察していたのか…

多めの果肉にお陰で満たされていった。

その頃合いも分かるらしい…

止めどなく思えた供給は呆気なくピタリと止まった…




「貴台、お帰りなさいませ」


一瞬、

それでも意図的に作られた間が開いた後

部屋の空気と同じ、重厚な響きにぞわりと鳥肌が立つ


「ああ…なんだ、玄武…

言いたいことがあるなら言えば良いだろう…」


「…いえ」




視線を逃すため、

そして自己防衛からの反射でもある…

反らした視線の先に、

無言の鬼に差し出された古い選択講義の教本を受け取り…

そのまま玄武に一瞥もくれずに開こうとした。


が…

短い単語の後…再び落ちる沈黙



…ちっ


「帰りが遅くなって…心配、掛けて悪かった…」


「では本日はこの辺にしては如何でしょう」


いや、

この辺も何も開いてすらいない…

活字一つたりとも見てはいない…んだが?

渡しておいて、読ませないつもりか?



やっと…

やっと、まともに口を開いてくれたかと思えば、

疑問符も付かない提案…

どうやらそれはもう俺の意見等聞く余地は無い玄武の決定事項らしい。


此処最近の日課、

寝る前に軽く目を通す…

さらに朝同じところをさらえば記憶しやすくなる。

効率的、

理解も会得もしやすい…



日課…

そして兄上からの最低限Fクラス昇格要求。

それが分かっているだからこそ、

玄武は教本を準備して俺に手渡してきた、


ものの…

一行も読ませない…

…いや表紙すら捲らせない心積もりらしい。


早く休ませたい、

その玄武の示唆は…俺への心配は重々承知

…が、俺は開く。

突き刺さる遠慮のない視線を余所に、

挟まるブックマーク…褪せた朱色の紐を向こうにやって続きから始める




「…そうだな、少しだけにする」


猶予はない…

それ程に兄上が当然だと思い込んでいる最低クラスのFは高い壁

今、選択講義で習っている範囲は基礎講義の応用編

例年通りであれば、

戦術を主とした学年末の実習でもきっと役に立つ…


少しでも

…少しずつでも確実に身に付けなければいけないのだ




「承知…」


目を落とし、

小隊を率いる長としての基本原則…

その項目を読み進めようとした


…が、

何か堪える様に飲み込んだ声に顔を上げる


「玄武」

「…どうなされました?」  


「湯船に10分は浸かってこい。今すぐに」

「…はい?」


何を急に…

そんな呆気に取られた顔をするが、

此方としては大真面目。

心配そうに傍に控えられていれば集中出来ない

短期集中するには邪魔だ…


それに、

湯船に疲れなくて疲れが溜まっているのは皆と同じく、玄武もだ。

特に…俺の看病で気を消耗しただろうからな…



俺の勉学、

玄武の疲労回復、


それを同時に解決するには…それを叶えるのには、

玄武を湯浴み場にぶちこめば良いのだ。

…我ながら名案ではないだろうか?




「命令だ、行け。

俺にだらだらと起きていられたくないならな」

「っ拝命致しました…行って参ります」


「ああ…」




呆けて動かない傍仕えに、

解説次いでに口を開いてやる


命令、

その単語より…"起きていられたくないならな"

というフレーズに背筋を正し、

素早く去っていく玄武に

…溜め息をついたのは誰にも責められないだろう。



全く…変な奴だ…


自身を棚にあげて言えば、

うちの男爵家の変わった侍従や使用人に…命を下す時、

真に効力を発揮させるのは、

…立場でも力でもない。


父上を筆頭に全員…

忠言も諫言も…ある意味侍従や使用人規約を逸脱した行動ですらも必要であれば認めている。

そう、かなりの自由を許している

人を動かすには…

権力を振り回すだけでは足らないと知っているからだ




先程…俺が部屋に帰ってきても一礼するのみ、

扉を開けることも閉めることも、そして挨拶や言葉もなかった玄武。

規約に則って責を与えても良いが…

それは愚策。


何より、

悪いのは俺だ


ならば…代案を。

傍から離れさせる…労いも込めたそれならば

今、俺から目を離したくないだろう玄武へは責にもなる




そう、命令だけならば

食い下がってきたかもしれない。

妥協案にもこの様にすんなりと乗らなかっただろう…

俺の真意が汲めたから、

加えて心配している玄武は俺にだらだらされるより、

短時間で済むならと判断を下した…

勇んで使用人部屋へと消えていく姿を確認して、

本に目を戻したのだった。










体調が戻り、

方々に謝罪をする羽目になった…


選択講義の教授らも、

最近になって漸く溜飲を下げてくれた…

口先や振る舞いからは分からないが、

何処か此方を気にされているような違和感を感じていた。


先週からそれもやっと無くなり…

落ち着きが戻ってきた、

…普段通りの日常を此処のところ過ごせている。






軽めの昼食後…

さて、次は選択講義だと…

向かうかと気合いを入れて外に出るも一瞬怯む。



冷麺で冷やした身体がたちまち湯だっていく…


強い日差し、

暑い…

食堂から出れば、上着を脱ぎたくなるほど


木陰に沿って特別棟に、

足早に駆け抜けるように移動した。





「ふう…」


やっとの思いで、

今…選択講義の教室に向かい定位置の机にやっとたどり着いて座ったのだ…

たいした距離もない、

それでも吹き出した汗


魔方陣で浄化した後

開け放った古い硝子の嵌まった窓…

立て付けの悪い音を立てながらも下から押し上げて開ければ風が通る…





そして…

腕を枕代わりに机に突っ伏して…

だらりと足も投げ出した


見咎められる可能性は無いからな…自由に振る舞える。

去年から誰もいない静かな此処は、

書庫の自習スペースよりも勉強に向く。

そして同時にこんなふうに寛げる特等席であると判断している



(束の間の堕落だ…風が心地良い…)



前髪を風が揺らす…

直射日光で火照った身体が自然に落ち着いていく

此処では玄武の目もない、

疲れているこんな様を晒したとしても心配は掛けなくて済む





(涼しくなってきた…な)


日が上り、

東側の窓際のこの机に射す直射日光はない

開け放った窓から見えるのは学園内の街路、

大きな常葉樹の葉が揺れてサワサワと心地良い耳障り…


(眠い…)



薄く開いていた目が、

目蓋が落ちていく…

最近、

暑くなったせいか…体力消耗が激しいからな…うん…


ん…



ん?


(っ…不味い、このまま昼寝…?

駄目だ、寝たら終わる…教授が来ても起きない自信しかない!)


ガバリと起き上がる…

引いた筈の汗が、冷や汗が流れるような感覚





「ふーっ。ん”ーー、っし!」


手を握り、

思いっきり頭上に掲げ伸ばす


気合いを入れてから

机横に掛けた肩掛けから教本を取り出す。

まだ昼休憩は…

うん、少しばかり残っているな


懐中時計の文字盤を確認…そしてポケットに直した



思えば…

この動作もすっかりと習慣になったものだ…

侍従見習い、つまり週末でなくても制服であろうと洋装の時は普段から右ポケットに入れておかねば空をつかむのだ。


懐中時計の文字盤を確認


先ずは…

さらりと今日受けた基礎講義の内容をと、復習していったのだった




ガラリ…


「熱心ですね」

「教授…本日も講義の方、宜しくお願いします」


予習のため、

開いていた古い教本から目を上げる

手で示されたのは隣の机



「では、何時も通りに」

「はい」



立ち上がり、

隣の机に魔方陣を描いていく。

俺の定位置の机と、この机

それ以外は今でも埃を被ったまま…


魔方陣を描くこと、発動させること一年と少し

焦げや、

失効して落ちきらなくなった木炭の汚れが蓄積されている机上



…講義の度に一度は火の魔方陣を描いて魔力を注ぐ、

これは去年からずっと変わらない。


お陰で…

最初に比べれば魔力の練度も効率的な発動も叶っている

普段から魔力操作も出力も心掛けて鍛練している。

湯を張るのも…習慣の一つになったしな…




「まずまず…ですね。

これならば攻撃魔方陣でも十分な効果、発動に足るかもしれません」

「…教授」


「なんです?」

「いえ…」





昨年度よりも高度になった基礎講義の内容

それはまだいい…

選択講義はその比ではない…反比例するがごとくレベルが引き上げられていくのだからたまったものではない。

ついていくのに必死にならねば…直ぐに次の講義を聞くことすら理解出来ない、頓挫するのだ…


そして座学であれば、

百歩譲って努力次第だと奮起も出来る…

才能やセンスがなくたって、

ある程度は天才には届かなくても秀才にはなんとかなれる可能性はあるのだ。


が、

魔力は生まれもった限界値がある。

霊力とは異なって、成長と共に増えていく量も少ないのだ


努力で魔方陣が描けたとしても、発動出来るとは限らない。

攻撃魔方陣はその極み、

魔力クラスが一般にD以上でなければ発動すらしないと…

そう、一般に表されているものだ。


だが、

この教授が出来ると言うならば…



「教授、教えて頂けるのですか?」

「…君は私の魔力量を忘れたのかな?

私は届かなかった、発動はするもののどれも小さくはぜる程度だったよ…」



だから、

生活魔方陣の教授になったのだと…

そう独り言のように続ける


「…あの」


「悪いね、感傷に浸っていた訳ではない。

それに、君ならきっと出来る。あいつに頼んでおくから教えてもらうと良い」


「あいつ?」


「そう、あいつ。さて、今日は…」



誰だろうか、

明言を避けて講義が始まった…


前回習った魔方陣を描き、

教授の指示のもと…次々に発動させていったのだった









夜…

暑さも少しはましになる

本当に暑くなってきたな、長期休みが近付いてくる時期だと…

その前にテストもあると…

そんなことを思いながらも二人について歩いていく



いつも此処で手合わせをやっている、

そのせいか…

この開けた場所には草が生えていない

踏みしめた昨日の俺らの足跡が残っている



「っ…なんだ!」


ランタンを掛け終えて

振り返れば…直ぐ後ろにラピスが、

俺の驚きも余所に顔を近付けて覗き込んでくる…

…なんだ?



「んーオリゼ…もしかして疲れが取れてないの?」


「選択講義で少しな…手合わせには影響しない程度だ、ラピス。

そんなに気にし「昨日今日の話じゃねえ。最近のおまえ、どんな面してるか分かってるのか?」…オニキス、鏡は身嗜みを整える為に見ているが?」



「おい…そういう意味でないことは分かってるだろ?

体調管理も睡眠もとってるのは分かってるが、少しは気晴らしもしないと病むぞ」

「甘味も、好きな食べ物も食べている」




「…あのな、効率を良くするための休憩に多少の趣向品を嗜んだところで程度は知れるって言ってるんだよ…それも机には直ぐに再開出来るように教本や参考書が開かれたまま…そうだろ?」



「…それが何だと言うんだ?」


その通りだ、

ここ半年…あまりオニキスもラピスも俺の部屋を訪れない。

俺に気を使って、

雑談もこの手合わせの合間にする程度


だから、

何故その状況を見たように話せるのか…

千里眼、

いや透視能力でもオニキスは持っているのだろうか?




「そんなものを視界にいれた状態で、短い時間しか取らない…体調管理と勉学の効率化目的…その為にとっているそれはな、

…必要最低限のそれを気晴らしとは言わねえんだよ!」



遂に語気を強めたオニキス…


気晴らし、ね。

言いたいことは重々承知。

茶会に興味のない俺は学園のサロンには勿論、

こいつらと一緒に…半年あまりで一度足りとも城下街に遊びに行っていないのだから。



悪いとは思っている、

俺とて…

でも、退っ引きならないんだ

ここ迄根を詰めてやってきた、その結果が悪くとも後悔だけはしたくない


そう…


「…オニキス、テストは来週だ」

「だからなんだ?

疲れは免疫力をさげるんだ、そのテストが大事なら万全の体調で挑むべきだ。

…オリゼ、違うか?」


「いや…正論だ」

「なら今日はや「手合わせはする」…お前な…」


腰の剣を鞘ごと引き抜き置こうとした、

手合わせをすることはないと示すオニキスの…

その予備動作を受けて、吐いた意思表示。

その本気を裏付ける、意思は曲げないと示すために鞘からオニキスに向けて剣を引き抜いた…





「ねえ…オニキス?

提案があるんだけど」



「…なんだ、ラピス?

まさかお前、オリゼが消耗するようなことはしないぞ?」


覗き込むことに飽きたのか、少し離れた…

ラピスの好戦的な横顔、

それを至近距離で見ながらも…

オニキスの言葉に俺の挑発は通じなかったかと剣先を降ろして溜め息を漏らす。






「あのね…オニキス?

何を考えたのかは分からないけど…俺は休養をとるように言い聞かせるつもりはない、オリゼに縄を打つことはしないよ?」


分かるだろ…

察しがついてるだろ、俺らがどう考えたかなんて。


…一つしかない、

家業を持ち出す気だと俺もオニキスも思ってたぞ?

証拠にオニキスが間抜けな顔をしているじゃないか…俺だって口が塞がらないのだから…




「なら…どうする気だ?」

「手合わせはする、但し一試合ずつ。

それが終わったら…戦術の議論をしない?そうすれば無駄な雑談ではなくなる…勉強になるでしょ?」




「確か、今回の学年末…例年通りであれば戦術明暗を分ける実習の課題だったか」


「うん、オリゼは普段の講義でも特に力が入ってた科目。

こればっかりは座学では足らない…実戦や実習のことを考えれば不充分。

…そ、書の知識を踏まえた上で議論をすれば気づきもある、見識も広がるよね?」


合点がいった、

そんなふうに頷くオニキスだが…

思案顔。

…もしかして乗り気ではないのか?



「組が違う俺が居るんだが?」

「…オニキス、悪いけど今年はオリゼと俺が組む。

今からオニキスと議論して研鑽したとしても、成長するのは僕らも同じこと。

…負けないよ?」


「…くくっ、言ってくれるじゃないか…

で、オリゼ…ラピスの提案で良いか?」


「構わない、議題に不満も不足もないからな」


同意する、

講義でも意見交換をすることはあったが充分には思えなかった。


そしてなるほど、オニキスの思案顔の理由が分かった…

組が違えば実習のグループは組めない。

オニキスは敵になる己に塩を送るかもしれないと、それで俺の実習の順位が下がるかもしれないと言いたかったのか。

それを、

ラピスは些末だと…影響はないと断言した。


良い性格してるな…



「…ったく、

素直に議論したいって言えば良いだろ…なあ、ラピス?」

「そうだね…目が爛々としてる、

興味を引かれたって、バレバレなのに…」


ちらり、

俺の顔を視線を寄越して確認するラピス

正面のオニキスも俺を見て溜め息をつく…

なんだ、二人して?





「ま、これがオリゼだよな…」

「うん…素直がデフォルメになるなんてないだろうね、諦めよう」


…好き勝手、言ってくれる。

素直じゃないだの…

既に顔に出ててて無駄だとか、

諦めるだの…


オニキスに対して抜いた刀身を、

横向きのラピスの首もとに持ち上げて添える


悪口もそこ迄だと…

口を開くなと

無駄な時間は割かないと指し示すように。




「オリゼ…流石に俺も怒るよ?」


「ラピス、手合わせ」


剣を引いて、

言いたいことだけを言い放つ。

発露する力…

ラピスの纏う魔力が量を増した…やる気はあるらしい



「分かった…その喧嘩、買った。

覚悟しといてね、オリゼの為を思って提案した俺に刃を向けるなんて…

負けたら一つ俺の望みを叶えてもらう!」



「はっ…今日こそ、俺が勝つ。問題はないな!」


「言わせておけば…オリゼ、後悔しないでね…いくよ!」

「ああ!」


シャリ…

引き抜きながら此方に身体ごと向けてきた、

そのラピスに俺も口角を上げて剣を構えたのだった…




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