3学年進級1。
学園の始業式前、
初年度と昨年度は足を止めなかった場所で立ち止まることになっている
また学園生活かと
ぼうっと考え無しに兄上についていけば、
まだ会場でもない外で急に立ち止まるものだから不思議に思ったが…
何故と考えて、
そういえば俺は今年度からのクラスを今確認しなければならなかったと直ぐに思い至った。
去年までは始業式後にクラス章は配られていたし、
同クラスでの順位付けも無かった…
そもそも最下クラスであることは分かっていたから気にもしていなかった面もある。
けど、今年度からは違うんだったな
…
嫌なことをまた思い出した
この学園が明確に実力主義の鱗片を見せ始めるのは…
この初等部3学年から。
こうして中学年になれば
競争心や切磋琢磨を目的として成績序列が明確になる
ただ単に今まで張り出されてきたテスト順位ではない。
魔力力や発現出来る魔方陣のレベル、
格講義での成績を引っくるめた個人の総評価の優越が明確に示される。
そう組分けはともかく
クラスとその中での順位、それと合わせた寮の部屋順も張り出されるようになる…んだと
「…はぁ」
溜め息も漏れる
嫌で忘れたかったとしてもだ、
何故俺はそんな肝要な事を忘れていたのだろうか、と。
兄上がクラスに関して昨年度、
俺に注文をつけたのはこのせいだったと
去年何故言われた時点で気付かなかったのだろうかと…
愚鈍にも程がある。
この事を忘れていなければ、
もう少し…もう少し勉強や実技の練習時間を捻出すべきだったと後悔に苛まれる
「どうしたの、
溜め息ついてないでオリゼも自分の順位を目で確認したら?」
「はい…兄上」
確かに…
将来的にこの学園の成績は重要になる
それは流石に俺だって忘れはしない
だけど…去年までと違うのは公開されていることと、
順位付け
それと何よりも問題なのは同クラスでも優越が明白になっていることだ
…重要度が違う
初等部の掲示板を凝視して
俺にも確認したらと聞く…その兄上の様子からも嫌になる程その示唆は感じとることが出来る。
当人の兄上は高等科…
学園最高学年なのだから初等科の掲示板をみる理由は俺のクラスや順位を見る目的意外殆んど考えられない。
掲示板は
高等科なら高等科に
中等科には中等科、
そしてここ初等科には初等科のものしかない
だから勿論此処には兄上の結果が分かる高等科の掲示板はないし、
もう始業式までの時間もごく僅か…
呆けていた俺は棚にあげておくとしても、
普通の学園生ならば直ぐに己のクラスや順位は気になって確認するだろう…
確かに始業式後でも自身の情報だけは確認は出来るには出来るが、
こうして各学年毎の順位の一覧は見られない。
兄上が普通の学園生ではないにしろ、
最終学年である兄上は、
次期当主にもなる身として…同期の当主の有能さは把握しておいた方が後々役に立つことも分かっている。
後で情報を買うにしても
原紙で確認出来るならその方が信用出来る。
それに俺の学年にめぼしい奴がいたとしても、
最終学年の成績を見る方が有益
今はまだ伸び代が大きい初等の3年目では実力の判断をする材料として相応しくはないだろう…
だけど…
兄上はその重要な高等科の掲示情報を見に行かなければという意思を、
急く様子も機微も感じ取らせてくれない
更に言うなれば、
己のクラスや順位に関しても興味を持っているとも微塵にも察せない…
関心があって、
最重要であると言わんばかりの事柄は俺のそれ
己のものより、俺のクラスや順位こそ第一に確認するべき重要事項らしい…
その結果が、
兄上的にはとても良いものとは目に映っていないことは…
前を向いたままの、
俺からは背中しか見えていなくても分かる
…分かってしまう
「…ちょっとあれはないんじゃない?」
「…」
掲示された物を見るなり、
機嫌が急降下していった兄上…
促されて
自身の目でも掲示板を確認するが、
兄上が俺に希望したクラス以上のクラスが俺の名前の横には記されている筈と
上からDEFGHIKと続くランク
その順位付けのそれを、気が重くなりながらも下から目で辿れば…
思った以上に俺の名前が書かれた場所は上
…恐る恐る、その書かれた自分の名前の横に視線を流せば、
Hと確かに書かれてある
兄上はGもしくはHになれと言った。
まさか要望以下の順位やクラスであったのかと、
あまりの不機嫌さに不安にかられたが…
「オリゼ?」
「あれはないとは…ですか?」
結果はHクラス
最低限であれど、少なくとも御要望には添えた筈
はて、不機嫌な理由は…
この成績では、やはり駄目なのか
それとも、
それ以外の別の何かが不満なのだろうか?
怒る理由は分からない、
一見、周囲には兄上が機嫌が悪いのは分からないだろうから
不平そうなその言葉に変な注目を向けられてはいないが…
…が、長年身を持って兄上の不機嫌さを経験してきた自負はある…褒められたものではないがそれを弟として察することが出来る
「そう、Hなんておかしいよね…
オリゼ、後で俺の部屋で意見交換しようか?」
「畏まりました…始業式の後ですね」
勘違いでは…やはりなかったようだ
普段より少し低い声音、
そして俺を振り返った顔…少し寄せられた眉間の皺。
疑問符のつかない決定事項として俺に部屋に来いと言うその言葉も
…全て
兄上が超絶不機嫌であると証明していた…
Hであることがおかしいと言う兄上
でも俺はそうは思わない、
この結果に不服や疑問点を俺は抱いていない
だけど、
兄上が不服なら原因とした考えられるのは一つ
この結果が気にくわない
…本当はHなんて本心では望んでいなかったと言うこと
俺がもっと上のクラスでなければ駄目だったのかもしれない…
最下クラスのKからHになった
だけど家柄でクラスが決まる初年度以外はDクラス一位の兄上から見れば、
…確実に出来は悪い
Hクラスで褒められるわけなかったんだ、
見劣りする
…そんなことは分かってるけど
才覚で劣るなら…
もっともっと努力すればよかったのだと忸怩たる思いが感情を暗く染めていった
…
…そんな重くのし掛かる気分のまま、
そのまま始業式に向かう
それももう終わる。
兄上と話すのが一旦先延ばしになったのも
たった一時間程度
いつもなら長く退屈に感じる始業式が短く感じるほどなのに…
終わってほしくないと願ったのはこれが最初で最後だろうな
「これにて会は終わりとする。
…初学年は勿論、各々この学園の生徒としての誇りと威厳を保ちこれから一年間過ごしていくように心掛けるように」
兄上との会話を引き延ばせるならば、
まだこのつまらない式が続いても良いと願うのも叶うこと無く
学園長が式次第の最後、
閉会を告げる
折角始業式のお陰で傍を離れられたのに、
その執行猶予の時間もなくなった…
またあの不機嫌な兄上にまた会わなければならない
時間を置いたことで、
俺の億劫さは増しているし…
兄上の機嫌が更に劣悪になっているかと想像すれば足取りは重くなっていく
それでも学年毎に列をなして此処を出ていかなければならない、
その流れに従って
俺も入口に足を進めてはいたが…
「貴台、お疲れ様でした」
「…」
そこには待ち構えているように、
既に控えている玄武が…
耳慣れた俺を呼ぶ声に無言で目を向ける
殿下の侍従見習いであることを考えて…
退っ引きならない事情でない限りはこの玄武を傍に侍らせることはない。
だが、
多分俺を連れてくるようにとの兄上の命令を青龍から伝達されたのだろう…
一瞬、
髪が逆立つような怒りを覚えたが…
俺が玄武にやつあたっても仕方ない事だと考え直して
式終了後ではけていく学園生の流れから俺は外れた。
それにしても出入口である必要はない。
こんなに一目につくのに、
何でそんなところで待ち構えているんだと…
迎えに来たと、
一度俺が寮に帰らず直ぐに来いと言うならば…玄武の行動原理は理解できる。
人の流れの本流は左側…
初等科の寮も買い物や遊びに行くにしてもその方向だ。
俺もその流れにのって流されていきたかったが、高等科は逆の右側
考えなくとも
俺を兄上の部屋にと伝言するには此処で俺を玄武が待つのは利に叶っている
…理由は単にそれだけなのだと分かる。
分かるが、
仕方ないとは分かっていても、いやがおうにも青筋がびきりと膨張する音が自身の右額から聞こえてくる…
「御気分でも優れませんか?」
「そう…お前の目には見えるのか」
御気分?
優れる筈もない
俺が式の間、
玄武は移動になった俺の部屋の用意をしていた
だから掲示板での一件を玄武は知らない、
兄上が超絶不機嫌なこともそれが兄上の部屋に行く要因になったことも多分。
単に兄上が俺に用があると、
そしてその言伝ついでに侍ろ指示されたに違いない
だけど、
俺の表情が異様に芳しくないことを不安におもったのか
心配する声に変わっていく
「御部屋で直ぐに御休みになられますか?
アメジス様には不肖の方からお伝えします」
「どちらも不要だ」
どいつもこいつも
全くいい気なもんだ…
こっちはそれどころじゃないのにと、悪態が吹き出しそうになる
心配そうにこちらを伺う玄武を尻目に、
足を止めて流れから離れた俺とは違って…
新学期で楽しげな奴等も、
浮き足だつ初年度の奴等も半目になりつつ見送っていく
はけていく学生は思い思いに久しぶりとか、
遊びにいこうだとか楽しげな会話をしながら派閥や仲の良いグループになって
遠く散っていく…
人数的に…
人通りも初等科に向かう方が多い。
逆にそちらに混ざる方が目立たないのかもと、血迷い掛けるも
どちらの道を選んでも誰かの目には入るかと
今からでも逆の方向に歩き出したい気持ちを心の仲で踏みとどまらせていく
「ですが、顔色が宜しくありません」
「…体調不良ではない」
仕方がない
楽しげな奴等を見たところで俺はそれに混じれはしない…
兄上の部屋に向かうことは決定事項。
此処で俺が玄武を無視して振り切ったところで、
状況は好転しない
加えて体調が悪いから行けないと
玄武から兄上に伝えられれば悪化することは確定
…面倒になること請け合いだ。
俺は後日、
更に機嫌を損ねた兄上を相手取ることになる…
それに
玄武が兄上の命令を守れず罰を受ける可能性も否定できない
つまりは
今直ぐに兄上の部屋へ向かうしか道はない。
呼ばれたとは言え、
只でさえ初等の俺が高等科の寮に入るのは…通常でも断りたい事象
こんな状況では益々気が引けるが
そんな言い分も兄上には通じないだろう…
「貴台?」
「…兄上の部屋に向かう、付いてくるなら付いてきて良い」
各々、
掲示板での結果や
馴染みの相手に夢中で俺を気にかける奴はいない。
視界には入っているだろうが
認識には至っていない。
だがこの人の量
このまま此処で立ち止まっていても、
確実に俺がけえんしている侍従を侍らせているこの状況が更に多くの一目につく
注目や玄武と居ることを記憶に残す奴が出てくるかもしれない。
とリスクは低い方が良いと考え直し、
今更だと思いつつもせめてもと足早に高等科の方へと歩き出したのだった
…
…
行きたくない、
そんな気持ちを引きずりながらも到着した高等科
その寮の兄上の部屋に辿り着く
「玄武、下がって良いよ」
「…この状態の貴台に侍らず、傍仕えと言えましょうか」
此処まで来れば
後は俺が入室することを見届ければ済む。
兄上が玄武に下した命令は解消されただろうと、
部屋に戻っているように指示した
クラスの変更があれば、
寮の部屋も自ずと変わる…
今年度から初めて学園に来た川獺には勝手が違う上に、
1人だけで負担が多いだろうと言ったのにこの玄武の言い様
式が始まる前、
公表された新しい部屋。
見習い侍従でありつつ
学園生としてその式に出席する俺は殿下の居室をそうすることはないが
発表から
その短い式次第が終わり部屋の主が帰ってくる
その限られた時間の中、居室を整えるのも侍従の腕の見せ所だと知識としては知っている…
無論、
玄武に出来ないことはない。
だが今回はその時間を
俺の出迎えによって捻出することはほぼ叶わなかった筈。
そして今も俺の傍に侍っている…
ならば、
その仕事は全て川獺がしていると言っても過言ではない
まあ…これから、
兄上にどれだけ長時間俺が絞られるかと考えれば
多少時間がかかるから川獺に猶予が生まれるかもしれないけど…
「体調不良ではないと言った筈」
「何時いかなる時も、
恙無く主人の御要望を賜るためには御傍で仕えさせて頂きたく存じます」
体調不良でなくとも、
主人の為に動くのが侍従の本来の姿
特に身の回りや、
言葉に表さない要望もおしてはかって応えるのが傍仕えである存在意義
普段は抑圧させている、
その矜持をせめて今だけはとだと言われれば…
俺にも後ろめたい感情はある。
「兄上の意向か?」
「アメジス様の御命令は帰路も含まれてはおりますが、
その様な意味で申し上げたのでは…決してございません」
なんだ、
此処で終わりじゃないのか
…もう今回は既に人目についているのだと諦めはついている
川獺を手伝えと今言ったところで、
川獺も侍従で心配御無用だと玄武に窘められる上…
話の流れ的に、俺が川獺を侍従として認めていないことにもなりかねない
「分かってるさ…お前ら担当侍従の狂信振りには」
「貴台」
「兄上の命令なら仕方ない、
好きにしろ…」
「畏まりました、
ですが煩わしいようでしたら…」
別に玄武を面倒だと追い払いたいのではないし、
玄武が兄上の命令だからと…それを守るための体裁からを口にした言葉でないことも分かっている
忠誠心を疑ったわけでもない
学園では極力侍るなと言う俺の命令がなければ、
玄武だって、
俺には過分すぎる忠犬ぶりを当に発揮しているに違いないから
「命令違反になって痛い目にあいたいのか?
それと、放っておいてくれとは思うときはあるが…お前らを煩わしいと思ったことはない」
「ありがとうございます」
肩を少し落とす玄武に、
流石に言い過ぎたかと言い訳を吐いてから切り替える
コンコン
「…兄上、参りました」
通せと微かに聞こえた兄上の声の
1拍後…
青龍によって開かれた居室の扉
その部屋に足を踏み入れればそこには屋敷の兄上の部屋のように落ち着いた雰囲気が広がっている
「ん、そこに座って」
「はい」
促されるままソファーに座れば、
やはり居心地がいいと感じたのは一瞬
錯覚したのだと肌で感じていく
「青龍、何か淹れてあげて」
「畏まりました、若」
部屋の暖かみ、
それに対してその部屋の主は逆、
穏やかではない気を放っている…
だけど、
青龍に俺をもてなす指示を出したことで明確になった。
飲み物を出すのであればその怒りは俺に対する物ではない。
それを裏付ける様に、
此方に向ける視線もやはり鋭いものではない…
クラスが…不出来な結果になったと弟の頭の足りなさを責めるつもりもないらしい。
ならば、兄上の怒りはその結果を査定した側…
掲示板の前での発言を甘味すれば、
やはり…俺を正当に評価しなかった学園への感情か?
「…ねえ、オリゼ?
もっと評価されるべきだと俺は思ってたんだけど、どう思う?」
機嫌が直っているどころか…
増している。
不機嫌さを隠すことなく言い放たれた言葉が"これ"か…
足を組み、
肘置きに左のそれをついて顎を支える…
好戦的な含みを持たせた発言を紡いだうっすらと笑みを浮かべる唇は、
…妖艶さや魅了と言うよりも、
ただただ…兄上の恐ろしさを体現したものだ…
…
いや、飲み込まれてはいけない
深く息を吐いて心を落ち着ける。
俺まで平静を欠いては説得も出来ない
そう、心に留め置き
寛ぐことなく背筋を伸ばして座ったまま…
深く息を吐き考えを纏めきった後で口を開いた
「…充分です、お忘れでいるようではありますが…私は侍従見習いでもあります。評点は身分も含まれます」
「そうだけれどね…でも充分ではないね」
学園での学生は平等
それは理想で、理念だ。
それは本当に平等を履行するではない…
身分や出生はやはり無視できないもの
平等など、
この世の何処を探してもないのだから仕方がない
…もし兄上が言うように、
上位クラスの成績が反映されるべきテスト結果だったとしても
それは男爵家次男の立場があった上だろう。
…見習い侍従の立場あることは、
兄上の頭には、勘定に入っていなかったとも考えにくいのに…
「私の努力が足りなかっただけです。
次は上位クラスになります…お願いですから怒りを収めて下さい」
「上に掛けあ「兄上、贈り物を下さるのでしょう?楽しみにしていたのですが」…そうだね、青龍用意して来て」
「…お持ち致します」
加賀茶か…
青い新緑の香りがする
誰も座っていないソファーの前、
そのテーブルに信楽焼の湯飲みをサーブしてからまた部屋を出ていった
腰を浮かせ掛けた…
もしもそんなことをさせれば兄上の顔に傷が付く
そう思って口を挟んだが、
効果は薄そうだ…
学園や教授に掛け合う、
つまりは評点に疑問視や異論を示すなんて、
そんなことをさせるわけにはいかない。
…
まして自身の事ではなく俺の事で…
関心を反らす為に用意してあるからと言われたプレゼントをねだってみても…あまり表情は晴れない。
が、少しは冷静になったのか…
立ったままの俺に漸く気付いたのか、
湯気の立つ新茶の前に…進められたソファーへと座った
「兄上、期待する以上の…Hクラスになれたのですから溜飲をお下げ下さい」
「ああ…オリゼの素質からすればEクラス以上になるのは当然じゃない?
それに今回のテストと実習であれだけの点数と順位とったんだから…
オリゼが嫌がるだろうから馬車では言わなかったけど、俺はFクラスは固いと思っていたんだよ?」
…駄目だ
これは何をいっても無駄だ
心の底からそう信じきっている
俺を高く見積もりすぎている。
そう言っても
…聞く耳も持たないだろう
「っ…そういえば兄上、御自身のクラスと組は見られなかったのですか?」
「ん?確認したよ?始業式に向かう途中青龍に報告させたし、クラス章も持ってこさせた。ああ…DクラスでD組、心配しなくても変わらなかったからね?」
「まあ…兄上ことですから心配はしておりませんが」
「そう?」
「…はあ」
口を開けて呆然とする…
先程までの緊迫も忘れて嘆息した
それはどうかと思う
…最上クラスに組は兄上なら当然の結果ではあるけれど、
始業式ギリギリまで…
俺の部屋番号やらを知ることを優先に着いてきて。
普通…自身で確認するものではないのか?
やはり兄上は首席だから、
そしてそこから落ちることを危惧することもないほどの自信がやはりあるのか?
だから、
気にならないのだろうか…
「もしかして、その顔は気にならないのだろうかとか思ってる?
勿論気にはするけど、オリゼの方が関心高いからね?」
「…兄上」
「で、話を反らそうとしてるけど…溜飲は下がりきってはいないよ。
せめて…身分がどれだけ評点下げたのか、正当に評点がなされなかったのか位は教えてもらわないと…ね?」
「今度の長期休暇、父上にお願いして短期の侍従講義を受けるつもりです。殿下とアコヤさんにも考査の許可を願い出ます。
平民と言えど"見習い"の肩書きが取れれば傍仕え補佐の役職は身分として決して低くありません…
そうなればクラスも上がることでしょう…ですからお願いします、兄上…」
見習いから正式な侍従資格を得る、
そうすることで騎士伯子息位の身分は持つことが出来る…
男爵家次男の立場と合わせれば、名目上の"平等"の枠組みへの仲間入りは一応果たせる
平民や見習いよりも大きく、
身分差がクラス判定に響いて出ることはない筈だ。
そしてそれまでに更に予復習と、成績の向上をはかれば…
平等と銘打った、
確実に横たわるその評点への格差
それ分を埋める…余分に努力すれば良いだけのこと
そう、
何とか…
何とかなる筈だ。
いや、してみせる
「…そう、分かった。
来年度オリゼが正当に評価されるなら我慢するよ」
「…あり、がとうございます」
冷や汗が止まらない
分かっている…
学園では男爵家次男の立場は底辺に近い
その上…兄上にはああはいったし、
自身も納得させては見たが…侍従として役職付きであっても、そのハンデすら俺には重い
凡才の俺には重い…
超越するような天才の兄上とは違うのだ。
兄上にとって些末であっても、
俺には大きな壁だ…
それを負って、上位クラスに食い込むには…
兄上はなんともないように…
実際は男爵家長男とて底に近いそれを歯牙にもかけず主席なのだから当然と思っているのだろう。
兄上程の才覚や実力であれば、そんなものは微々たるもの…
成績が大半の評点に影響する、逆に言えば親の爵位や立場は少なからずやはり考慮されるとしてもだ。
だが、約束を取り付けた。
DEではなくても上位クラスに食い込んでみせると言ってしまった…
上位と見なされるのは最低でF
KからHに三段階クラスをうわぶりするのとはちがう
HからFが二段階だとしても、
その難度は比較にならない
DEF G HIK
クラスの数から見れば
平均に見えるGでも平均ではない。
統計学的なな中央値を示すものでもない
…言えない
今更、兄上だから些末なことのだと。
ここで、自己否定やそんな実力がないと言えば…
きっと兄上が腰を上げて部屋から出ていく。
我慢すると言った、
それは本気…
来年度、
上位クラスに俺がなると…
その兄上が思う正当な評価がなされると保証したからこそ腰を落ち着けたに過ぎない。
それを反故にする弱気な発言をすれば、
確実に…学園を悪者にする。
断糾にでも行かれては…困る
俺が頑張ればいい
"見習い"を卒業してマイナスを減らし、
そしてテストと実習で片手に収まる順位を取れば…なんとかなるだろう
その前提がまずもってなんとかならないと思うが、
やるだけやらねばと…心に決めた
贈り物を渡すタイミングを計っている…
後ろに控えている兄上の傍仕え、青龍が哀れんだ顔をしているだけ、救われもする
兄上が異常だと…
俺の認識が正しいのだとそう証明しているから
……
「貴台?…お疲れ様でした!」
「ああ…」
迎え入れる川獺にも生返事
疲れ果てた…
ほとほと、疲れ果てたのだ。
去年とは違う階にある自室の場所、
クラスが上がったお陰で部屋数も広さも大きくなった…
使用人部屋も2部屋になり、
控えているのは玄武だけでなく川獺もいる。
が、
そんな感慨も何もなく、ただ疲れしか感じない…
ソファーに沈み、溜め息を吐いて暫く動かなかった
案じる玄武や川獺の空気は感じつつも…
…
何も言わずとも、
暫く経った頃に珈琲をサーブしてきた玄武
それを口に含み
気を持ち直していく。
兄上の贈り物はアメジスとをあしらったアンクレット
ブレスレットでは侍従の際に支障が出るだろうとの配慮、
お揃いだと袖を捲って見せた兄上の左腕には同じデザインの物が付けられていた。
嬉しい…それは嬉しいが、
何故その心遣いや配慮が評点やクラス云々に活用されないのだとも思ってしまう
さて、
こうしてぐだぐだとしていてはいけない。
抜かしてはいけない、
今日中にやるべき事が一つ残っている
「貴台…もう御休みになられますか?」
「いや、悪いが出来ない」
「承知しております…クローゼットに御座いますよ」
「分かった」
そう…
始業式の間も、主人の新しく部屋の設えをするのが本来の侍従だ。
川獺も玄武も…
俺が部屋に帰る前に整え終えていた。
俺も名目は侍従。
本来であれば、ここで寛いで居ることはない…殿下の居室を設えて迎え入れている筈。
だが俺の場合特殊だ…
殿下の侍従とは言え、学園の長期休みを除く休日が契約。
こうして半休扱いの始業式の日であっても仕えていないのは、
代休扱いになるからだ。
そう…業務を免責され、その分長期休暇に仕える算段は去年と同じなのだ。
だが、それはそれ。
遅れながらも今日中に挨拶はしないと礼を欠く
殿下もアコヤも一息ついた頃だろう…
疲れているが、玄武なら分かる筈だ。
仕える相手が無理をすること、
それは俺の立場上…仕方ないと飲み込む事は何度も去年度もさせてきた。
俺は名ばかりでも、配慮されていたとして"侍従"なのだから…
だから、着替えも手伝わない
場所を教えて貰うだけ…そもそもその準備から本来はするべきなのだが今日に限って贅沢は流石に言えなかった。
始業式に手荷物を持ちながら参加するわけには、
だから荷物は全て玄武に…整理も任せたのだ。
三階の部屋、
調度品も揃い広くなった部屋
隣接する"使用人部屋"のクローゼットに向かう。
視界の端で改めて川獺の姿を認めて思う、
違和感…学園で川獺の姿
ああ、侍従の使用人部屋も一階とは異なり二部屋になったんだった…かと。
「で、川獺…新たな一枠の侍従はどうやって決めたんだ?」
「っ…我では御不満ですか?」
「いや、ただ八咫と狢は納得したのか?」
「…厚かましいとは思いましたが、遠慮しませんでした」
「…遠慮?」
「当主が…自己推薦してみせよと仰られました」
それぞれの売り込み文句、
それを聞いて父上が一枠に選んだのは川獺。
勝負と言って良いのかは分からないが、
当人同士で戦った訳でもないのだ。
そこに明確な勝ち負けがあったわけでもない…父上の裁量で決まったこと
だから川獺は…
他の二人が納得したか、
それは明確ではないと言いたいのだろうな…
こうして川獺が此処にいる以上、
八咫も狢も納得はしたのだろうが…その程度は本人達しか知らない
なるほど、な…
「…それで?」
「経験や実力から見ればあの二方とは勝負になりません。
ですから、…畏れ多くも貴台と同年代という事を武器にしました」
「同年代…か…
狢のメリットである手腕は…玄武の大抵の処置と学園の主治医が居れば賄える。
玄武と負けず劣らずの実力を備えた玄武が居れば…八咫烏の侍従としてのメリットは大抵は賄える。
それならば、遊び相手としても共に育ってきた川獺のメリットは玄武では代わりが利きにくい…そう言うことか?」
「…ええ、厚かましい限りです」
「くくっ…まあ川獺を見ていれば和むからな。
気が許せる、昔馴染みみたいなものだし…気を置けない友役みたいな役割か。
八咫や狢がいる時の安心感は確かに劣る、が…それは確かに川獺の強みだな」
「…貴台」
「違うのか?」
「いえ…」
「分かっている、
その方便が使えるのは玄武ありきだと、己の力量不足を示すものであることくらいな。それでも俺の学園での心的負担を考えて…
父上に自身を売り込んだんだろ?」
「…それは…」
「…貴台、そのように言葉に出されては…」
川獺の眉が下がりきった、
それを見咎めて忠言してくる玄武…
俺の意図が伝わっていないと、そう言いたいのか。
俺が川獺をなじるわけ無いだろうにな、
それが理解できているのは残念な事に川獺ではなく玄武のみだ。
…はあ、
仕方のない
「玄武」
「…畏まりました、川獺」
「はい」
川獺の方に向き、
声を掛ける
「全く…川獺、貴台は貴方を律したいのではありませんよ。
貴台…あの発言の意図は不肖に圧を掛けたのですね?」
「そうだ」
「…え?」
「狢や烏が身を引いたのは自身と同等の働きを出来るだろうからと不肖を認めたからでしょうね。
その信用を裏切れば、貴台に充分なお仕えが出来なければ…次の学期では傍仕えは烏になっているやもしれません」
「そうそう…
川獺が負担に思うことはない、玄武がしっかりとして居れば良いだけの話。
その上で烏と狢は身を引いた、
…当主の父上の決定の理由を理解した。川獺にしか出来ない事を分かっていたからに他ならないな?」
「そうでしょうね」
目を泳がせている川獺に説明する、
それを目的に玄武が口を開き…それに対して俺も会話を続けた
理解は至ったようだ…
だがそれでも、
表情は払拭されない
…
「…玄武さん、
それって我はやはり色物扱いの…」
「何を卑下しているのです?
選出の土俵に上がる資格があるのは侍従としての基準を越えた上です…それは決まりきった事でしょう…
貴方独自のメリットがあるとはいえ、貴台に迷惑を掛けるような未熟者にあの二人が一枠を譲ることはしません。
御屋形様も、判断を誤るような方ではありませんよ…川獺」
「…玄武、それくらいにしてやれ。
それくらい川獺も分かっている…自信が少し揺らいだだけだろう?」
「それもそうですね」
澄ました顔の玄武、
そして晴れない表情から更に眉を下げた川獺…
ったく、
これでは俺のために勇気を振り絞ったらしい川獺が可哀想だろうが…
玄武の言いたいことも分かるし、言うことも構わない。
が、
…語気が少しばかり…いや、強過ぎた。
持ち上がりかけた川獺の頭がまた下がったではないか…
「あまり川獺を苛めるなら、玄武…八咫と勝負させてやろうか?」
「っは、…貴台?」
「お前に分のある暗器も罠も…魔力も不可にして、八咫の得意な霊力対決にしてやろうな?」
「貴台…歯が立たないことを知っての条件ですか?」
「さあ?
八咫と…同等の働きを出来るだろうからと期待しているから、からかな?」
「くっ…畏まりました」
臍を噛んでいるのだろうか、
俺の期待に応えると…そうかしずく玄武の表情は見えない。
それでも、
胸に添えた手…そしてもう片方の手も固く握りしめて震えている
まあ…
自信の得意分野を全て取り上げて勝てと強制している、
それも期待していると圧力を掛けて。
流石に苛め過ぎたか…
…うん。
やり過ぎた…
「頭を上げろ…冗談だ、そういう意味での働きでないことは知っている」
「はっ…」
先程の表情は何処へやら、
上げた額には一転して冷や汗を滲ませる玄武に、川獺が不思議そうな顔をしている
川獺から見れば、
玄武も八咫も強い…勝負しても玄武が惨敗するような事はないと思っているのかもしれない。
…まあ、敢えて解説してやるつもりはない
川獺の気分が切り替えられたのであればそれで良い
玄武の霊力や式神を扱う技量は低くない、
それでも八咫にはどうあがいても勝てはしない。
本気で八咫がすれば、
なぶられるだけになるだろう…
…
しかし…玄武によれば、結局はその一枠を3人で争っていたらしい…とは
酔狂な奴らだ。
…そんなに良いものでもないのにな、
侍従の侍従がもう1人増えるのも歓迎できないということを皆は承知していた。
そして…最初は当主の父上の指示を三人…共に辞退したと迄は知っていた。
それに…
説得させるため俺の通り道と着替え部屋が欲しいと、
2つに増えた一つを、通路として使いたかった。
それも父上の意向で消し飛んだ、無理だった。
侍従服で表通路をあまり出歩きたくないというのが本心だったのだが…
当主の意志が固いと見れば、
それ幸いと俺の意向をバッサリと捨て去ったか。
そこまで俺の世話がしたいのか?
屋敷に居れば、手間隙掛からない業務をするだけで済むかもしれないと言うのに…
全く…呆れたものだ
俺が本気で嫌がっていないと知っていた上で…
図太くなったのは、
玄武だけでなく川獺もそうらしい。
烏や狢を差し置いて此処に居るのだから…
そんな会話をしながらも身支度を進めていく
…着なれた侍従服に手を通す、
貴族らしいベルベットのリボンを髪から引き抜き、
腕に巻いていた平紐に換えて簪を差し直した。
…
…
…殿下への挨拶も昨日済ませた、
そして始業式の翌日
講義が終わるなり、悪友達が部屋に乗り込んできた…
朝食の際も誤魔化したというのに…
部屋番号は教えていない筈だが、またあの寮監が個人情報を垂れ流してくれたのかと頭を抱える。
やることがあるからと、
遊ぶ暇が無いといったのにも関わらずだ…
「へえ…様になったじゃない」
「…ラピス」
「立派なもんだな」
「…何言ってるんだ、オニキス」
内装を見ながら、
二人で勝手に感想を言い合っている…
部屋の間取りはオニキス達と殆ど同じ筈
調度品とて兄上達が好みの物を取り揃えてくれた…
落ち着いたウォールナットの色味の机やベット
革張りのソファーも愛用しているものと同じくらい座り心地が良いものだ。
…もう少し経てば、革が馴染めば更に良くなるだろう
全て細工も装飾もほぼ無いシンプルなもの
あまり身合わない格にしてもらっても困ると思っていた。
落ち着かないのだ…
だからそれが分かっているからこそソファー以外は騎士伯家程度の格にしてくれたのだろう、その点については本当に有り難かった。
本音では要らなかったのだがと…
そんなことは今更言っても仕方のない。
それに、俺に仕える侍従…玄武や川獺の格を下げることにもなりかねない
だから要求を飲んだのは良かったと控える傍仕えを見て思ったことも確かだ
そんな設えですら、
…去年よりは良いと言うことが言いたいのだろう。
オニキスもラピスも部屋を座りもせず、
まあ、ソファーを勧めてもいないが…
興味深げに眺めている
来てしまったものは…追い返すのも流石にと思い直して溜め息をついた
入れてしまった者を放置して、
もてなさない訳にはいかないか…
「玄武、何か摘まむものと珈琲を人数分頼む」
「畏まりました、貴台」
「何突っ立ってる、ソファーに座れ」
玄武に目をやってから、
二人にも視線を投げつける。
そう言い放つだけ、
一人掛けのソファーから動こうとは思わない。
最低限の事はこれで済んだかと…
視線をすぐに紙面に戻した。
座りながら書きかけていた選択講義の用紙に記入事項を書き込んでいく、
三人掛けのソファーで駄弁る暇はない。
相手をするにしても、
あの二人だ…やることをやりながらでも構わないだろう…
去年の選択講義の上級編と思われるものにチェックを入れていく。
他、気になるものを幾つか…
加えて肩掛けのバックに仕舞えば当座の事は全て終わる
切りがついた、
後はこいつらが帰ってから香水の件、屋敷と両親にそれぞれ返礼の返事を書くだけだな…
今後は朝食の短い間しか相手も出来なくなる、
ならば、まあ…少しならいいか?
視線を感じていたこともあって相手をしてやるかと、
立ち上がり三人掛けのソファーに向かえば二人で甘味を摘まみながら喋っていた
「終わったか…今年も選択講義を取るのか?」
「終わって等いない…切りはついた、なんだ悪いか?」
不満げにそう聞いてくるオニキスに、
その隣に座れば玄武がサーブしてくれる珈琲
それを含み、返事を返した
「いや、悪くないが…遊ぶ暇が無くなるだろ?
ただでさえ組が違う…ラピスは同じだから良いだろうけどな」
「去年はオニキスが一緒だったでしょ?
これで平等になるだけじゃない…去年の僕の疎外感を味わえばいいと思うよ?」
「お前な!誰がハブったって?」
「…やめろ、二人とも。
それと、悪いが選択講義の問題ではなくあまり遊ぶ暇はない」
「…オリゼ、なんで?」
「はあ?また身分差が云々言うんじゃねえだろうな?」
すかさず、
噛み付いてくる二人に苦笑する
違うよと…頭を振り否定しながら…
色とりどりの琥珀糖を摘まみながら兄上の話をすれば、終いには青ざめた顔で二人が黙り込んだ
まあ、そうなるのが普通だ
DEFGHIK…この順でクラスは分かれるが
子爵家長男で俺よりもテストの順位が上、実習はグループが同じで同じ成績のオニキスはGクラス
オニキスよりも更に成績の良いラピス、勲章をとれなかったとしても高い順位であるのに…
それでもGクラス…
俺がHクラス、
オニキスの素行が多少悪くて響いたとして…
ラピスが勲章がとれなかったこともしっかりと甘味されている…
そう、
身分というよりも実力差が反映されていることは分かる
が、それはGクラスまでの話…
「Dは6人だろ?
EFだって10人ずつの極僅か…合わせて上位26人のD組に入れってオリゼの兄上は言いたいのか?」
「多分オリゼなら当然だと、思っていそうだよね…あのブラコン」
「…ああ、そうだな」
「こう言ったらオリゼは怒りそうだけど、あれ程の天才を兄に持つと困るよね…」
「もしそんな兄がいたらどうする?…俺なら匙を投げるが」
「俺も…諦めるかな、適度に手抜きしないとやってられないもの」
「で、オリゼは…諦めないと?」
「ブラコンなのはオリゼもそうだからね…兄がそうだと言えば頑張るんだから愚直というか…普段から素直であって欲しいのはそこだけじゃないんだけど…ね」
…茶々も交えつつ、
二人で好き勝手に会話してくれている。
大方、それに異論はない
俺はその一握りに…入る。
Eクラス…せめてFにはならないといけない…
テストや実習で少なくとも26位以内
そして俺の場合は殆ど一桁に入らなければ無理だろう
多くない魔力量
加えて剣術が足を引っ張るからだ…
そして、
上位になればなるほど些末で片付けられない身分差。
どんなに頭が良くても、才能に恵まれていたとしても少しのハンデが無視できなくなる。
断トツの一位でも狙えれば話は別だが、兄上のようにそれを自身が成し得るとは流石に思えない
男爵家で主席で卒業した者は…
きっと後にも先にも兄上だけだろう
それがどれ程凄いものなのか、本人だけが意識していない
「はあ…そう言う訳だ。俺だって遊びたいが去年のように駄弁っている時間はない」
「お前な…倒れるぞ?
去年も相当頑張っていたじゃないか…」
「そこまでではない」
「嘘、暴いてあげようか…
そもそも去年だってあまり遊べなかったと思うよ?」
「ちっ…あれは一年近くの復習、つけを払っていたからだ。今年はその分余力が残る筈だから大丈夫だ」
「その余力を残す気はないんだろうが…なあ?」
「そうだね…オリゼが大丈夫って言うのは、説得力に欠けるんだよねえ…倒れても大丈夫って言うじゃない?」
「ああ、言えてる」
「これだけ心配してるのにね…本当」
オニキスやラピスの言うことにも一理ある。
一年の猶予はない、
他の奴らと違って全ての時間を当てられない…俺は見習いで殿下に仕えなければならないからだ。
加えて侍従講習を受ける期間も…
必要のない娯楽や、
お茶会…令嬢に現を抜かしているような人達が相手ではないのだ。
選択講義の時間分もハンデにある…
時間を捻出しなければならない、多少根を詰めなければ…予復習に当てる時間も足りない。
剣の練習も…ん?
俺に対する愚直を続ける二人…
「なら…剣の練習、付き合ってくれるか?
それなら一石二鳥…いや、息抜きも出来るし三鳥だ。利用されたくないなら断ってくれ」
「え、オリゼ…駄弁る代わりにしても良いけど、平日は毎日するつもりなの?」
「勿論だ…」
「内容は俺らが決めていいのか?」
「…その方が身になる」
なんの確認だろうか?
そう言いきれば
流石、息の合う二人
…顔を見合わせて何を話始めているのか
青ざめた顔は何処へやら、何か悪巧みでもするように小声で
耳に囁き合い始めた
「で?」
暫く…
録でもない算段でもし終わったか?
ゆるりと休憩を兼ねて珈琲をすすっていれば
話をやめた二人
結論が何かしら出たと判断して、
投げ槍に声をかければ…
ニヒルに、そして妖艶に笑う顔が此方に向けられた
「体調チェックもさせて貰うがいいのか?」
「…勝手にしろ」
「そう言う目的なら僕も実力で向かうけど良いよね?」
「手加減させるつもりはない、これでも少しはましになったし腕も評点も上げなければいけないんだ…遠慮はしなくていい、というかするな」
「なら、楽しめるな」
「オリゼならそう言うと思ったよ」
…なあ、ラピス?
何処が疎外感を覚えるんだ?
そもそも何時もこんなんでついていけないのは、ハブられているような立場は俺なんだがと…
そう思うのは間違いではないだろうし、言及もしたくなる気持ちは当然なのではないか?
此方を放って
…
俺の了承を得て、
また何か話始める二人。
言葉の端々に物騒な用語が聞こえる気もしたが…
聞く必要もないと、
どうせ体験するのだからと逃避のために…
二人が来る前に読んでいた本を
向こうのテーブルから玄武に持ってこさせて…開き直したのだった




