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休息




殿下の屋敷…

着いた日の翌日からは記憶がほぼない

必死すぎて…



そう、熾烈を極めた…

きっと俺は本来の業務の1割もこなせてはいなかっただろう


屋敷にはアコヤ並の侍従しかいない、

そんな環境の中…加えて慣れない包括的で組織的な業務。

覚悟はしていたが、

この一年教わってきた、身に付けてきた知識も経験も些末

殿下の屋敷では勝手も業務の忙しさも難易度も学園よりも格段に跳ね上がった。

業務内容の種類も幾多にも増えた


…付け焼き刃とは言え、文献で読み込んでいた知識が無ければ

体調を戻していなければどうなっていたことかと…


そして結局

何も…一つとして満足に出来なかったと、そう自責の念に駆られるばかりだ

あれじゃあ…従僕その物だ。

人1人分もこなせなかった

役職に見合った働きなど、到底…



際下級の役割であるフットマンですらあの質だ

経験はともかくその知識やスピードにも格段に落ちる俺が

この中で2番手を名乗る事。



学園での指定とは違う…殿下の侍従である侍従服

本物の役職付きの見習いの余地もない、

…そう補佐役の役職の裁断と形がなされたそれに身を包む


力不足過ぎる、

服に着られた感じしかない…見合っても似合ってもいないその姿。

だから影で何か言われるのではないかと、

…咎める視線くらいは受けるのかと思っていた

殿下やアコヤさんの目があるから従っただけだろうと

…そう…思っていたのに



蓋を開ければ

やっかみも責めも、妬みも向けられることは誰一人として…

矮小な考えだった、

そんな事を考えていた自身が醜い。

高度で洗練された侍従がそんな姑息なことや振る舞いをする筈がないと言うのに…


あれが、

殿下に…時期国王に仕える誇り高い、

真の侍従と言うものだと知らしめされた気がした








………


補填の日数を終え、

迎えの男爵家の家紋が入った馬車で、家族の待つ…

屋敷へと帰ってきた…

玄武に荷物を持って貰い、

玄関口につけば、そこには俺の到着を兄上が待ってくれていた…




「お帰り、オリゼ」

「兄上…只今戻りました」


自室で待っていれば良いのに…

こうして屋敷の外で迎えてくれる兄上

その感謝で、

挨拶の御辞儀の角度が深くなっていく




「ほら…疲れたでしょ?父上達は挨拶は夕食の時で良いって」

「なれど…直ぐにしないわけには」


「良いんじゃない?

そのための俺の出迎えだし…緊張を解いて良いんだよ?

らしくなく気を張ったままだし、甘やかし甲斐がありそうだね…

ね、玄武」

「…そうですね、アメジス様」



荷物を預けた、後ろを歩く傍仕えはやはり俺に遠慮はしないらしい

俺の事を思っての行動なのは…分かっているが。

学園で分かれる前もそうだったように、

少し明け透け過ぎると思うのは俺の自由だろう…



異論すら聞く暇を、

意見も採用されそうにもない。

付いてこいと

それ以外の俺の行動は念頭にないらしい…兄上に付いていった





異様に懐かしく感じる…

見慣れた兄上の部屋に入れば、何十年も訪れていないような気がする

感覚の問題だ

それは頭では分かっているが…

漸く帰ってきたのだと過剰な感情が押し寄せてくる

寂寥を満たす安堵感に疲れが出始めてくる


青龍によって閉められた扉、

その近くに立ったまま…その温かくも何度も怖い思いをした景色を眺める



「ほら、何してるの?」

「っ…申し訳ありません」


「ここに座って寛いで?

…まだ気負ってる、侍従の振る舞いが抜けきれてない証拠だよ」

「…すみません」


反射だ。

兄上の言葉に…

殿下の指示ではないと、分かっていても体が動いた。


思わず控える場所を探して兄上の座るソファーの後ろに顔を向け、

足を進めれば…


指摘された。

俺の視線の先、

そして雰囲気から侍従見習いの振る舞いをしようとしている事を察したのだろう…

分かりやすく、

ソファーを指で示されて…



そう、

世話される側なのを忘れていた…

振り返れば玄武が眉を下げているのも、

きっとそれが原因だろう。


…兄上に指し示されるままに

ソファーに座り、

青龍や玄武によって次々と提供される甘味や食事を摂っていく





癖になっている

無意識だった。

…時計を見る視線も咎められた


業務の合間の食事休憩ではないと、

今は俺の弟でこの屋敷の子息

ゆっくり時間等気にする必要はないと言い含められる事

…数回


…五回、十回…



そして…数十回

遂に兄上の一言で、

部屋の掛け時計が青龍に外され…

壁掛けのそれがなくなれば自然に手が延びていた、

習慣になった挙動を見咎められ…身に付けていた懐中時計も玄武に取り上げられた





落ち着かない

数時間前まで、1分1秒を気に掛けながら

時間を確認しながら指示されたことに必死に食らい付いていたのだから…


それに、早く食べて仕事をしないとと

そんな切迫感も…

ゆっくり飲めと言われた玉露を飲み干せば、

苦笑混じりの兄上においでと、

昼寝でもしようと誘う様子に

口を開こうとした



…やることがあると言う暇すら与えられず、

兄上の指示が飛ぶ。

その内容が、脳内で理解出来る頃には…

もう、背後から玄武に毛布にくるまれていた。

そして、

ベットまで運ばれる羽目になった…


なにもさせず、

横に…寝させる気らしい…

こう言うところで兄上と玄武が息がぴったりなのは、

誉めるべきなのだろうか?

俺対策が過ぎるのではないかと

添い寝してくる兄上の手に、睡魔に抗えずに眠りに落ちていった







「オリゼ…いつ迄寝ているのです?」

「っ…」


「」

「申し訳ありません!」

「謝って済む事ですか?」


「いえ…今すぐ支度します」

「…後で肩代わりしてくれた担当の者に謝りなさい」

「はい、申し訳ありません…でした」


怒られた…

もう2度と寝坊はしない

業務を満足にこなせない、その上遅刻して…




ん…

起きないと、

もう仮眠は終わりの筈…

閉じた瞼にも明るさを感じる


…っ

明るさが…?

え、まさかもう日が射している!?


また?

また寝過ごした!

仮眠し過ぎてしまったと

がばりと起き上がり、条件反射で時計を確認しようとする。

殿下のティータイムの準備をと

ばくばくと波打つ心臓を抑えながら内ポケットを探った


ない!

今何時だ?

遅刻するわけにはいかない、1度の寝坊は許されても2度目はない!

早く身支度を…

着替え…




っ…ない、俺の着替えは?

侍従服は…


あれ…

ここは?

景色が違う…

俺は今…殿下の?


いや、兄上の部屋だ…

遅刻してない…

昨日で終った、


…よ、良かった…

本当に良かった。


俺は失態を繰り返していない、

ばくばくと拍動する心臓を宥めるように…

撥ね飛ばした毛布が床に落ちたままになっているのも気付かず

胸に手を当ててそれを宥める。






落ち着いた心音、

そしてかいた冷や汗を拭えば

…やんわりと、その腕を掴まれる。

どうやら見られていたらしい…

横を見ればいつの間にか近づいていた兄上が落ち着きなさいと、

もう少し夕食の時までは時間はあるよと…


俺がそんなことを思って焦っていた訳ではない事を知りつつも

青龍と玄武に目配せして、兄上のベッドに押し戻され

…背もたれには枕を、

膝には新しい掛布掛けられ、

レモングラスの香りを移した紅茶を飲まされる事となったのだった…







そして落ち着いた頃合い

父上の私室、兄上と共に夕食に向かえば


成績…その順位すら誉められはしたが

話の大半は…

担当のものから聞いたぞと…

寮の自室の有り様について責められる事になる

どうやらあの余計な金を掛けたソファーやウォールナットで揃えた調度品も設えですら、

俺以外の誰もが充分ではないと…そう、納得していないらしい




何とか更なる調度品や装飾も断り…

部屋に戻って、一息


そんなに酷くは無いと思うのに…と、

机やベッドの機能に変わりはないと愚痴を呟いれば

それすら許されなかった。


聞き耳を立てた烏達が取り囲むように…

いや、取り囲まれ詰問された


決して現状の学園の自室の有り様は

十分ではありませんと…

設えたウォールナットの調度品も満足しておりませんと言われる始末…




それもはね除け、

諦めさせる言葉を何度も重ねて終わらせれば…

お次は世話を焼かれまくられた。

玄武達の好きなようにさせて…自由にさせてはいるが…


確かに好物の夜食も、ブランケットも

興味のある本も…紅茶も、確かに助かるが…

寮から運んできたのだろうお気に入りのソファーに沈み込めば

瞬時の内に取り揃えられたのは心配りがいき過ぎだろうと…

過保護過ぎるのではないかと、

そう思うのは俺だけなのだろうか…?






気の進まない、

そんな様子を隠すことなく渋々用意して貰った来期の教本

予習しようと

先ずは軽く目を通そうと全講義の最後、

その教本を閉じる。

最初から、と…

手を始めの講義のそれに伸ばす、

もう一巡読み返しておこうとで理解を深めようと思っていた時だった



「貴台…少し休まれては如何です?」

「休んでいる」


「確かに座って寛いでいらっしゃいますね」


棘の含まれた言葉…

額面通りに思っていないことは明白だ。


貉…お前までそう言うな

楽な姿勢で、手厚い世話を受けていても読書も大概にしろと言いたいのか。

そもそも、時計がないのがいけない…


部屋に帰って視線をやればある筈の場所に

掛け時計がなかった…

元に戻せと言っても、兄上が修理が必要とか言って持っていったらしい

懐中時計も催促しても父上の手にあると…玄武は宣う


ならば新しい物を用意すれば良い、

玄武達は…部屋の主に不自由を掛けるような不出来な侍従ではない

つまり、

意図的にしたことだ。

時計を、

時刻を俺の目から排することを…



まあ…仕方無いことか、

少し休まれては?等と言ってくる

言葉通りの意味合いではきっとない…俺は既に寛いでいるのだから。






玄武が早く休めと言うなら…休もうか

貉が口を出してきた、

川獺が心配そうな表情をしている



「ベットに入る…烏、寝る準備を」

「…畏まりました、貴台」


烏は…その言葉を聞いて

扉から足早に寝室へと消えて行った。

確信をもって言える、俺の気が変わらない内にと急いで就寝準備をしに行ったのだ



この状況で…

昼寝したからそこまで疲れていないと言ってもまた

俺基準だとか言われて論破されるだけだろうと、

そして皆を休ませるためにもと、

溜め息を付きながらも手を掛けていた本から指を離したのだった…










………




「オリゼ…毎日何してるの?」

「…読書して過ごしておりますが」


「目が泳いでるけど?」

嘘をつくのかな?と副声音が含まれているだろう、

圧力のある言葉が返ってくる

兄上に呼ばれ、

部屋まで来たは良いものの用事と言うのはこういうことか…

好ましくない



「御存知の通り…先程まで領地の山で体力作りをしていました。

屋敷では姿勢の改善と未熟な部分の復習を、後は読書と…学園の課題、来年度の予習復習ですね」


嘘ではない

事実の一部だ

そんな言い訳を通してくれる訳はなかった

少し厳しくなった目尻に

とっくに知り得ているだろう俺の行動を俺の口からも言わせたいらしい…

意図があることは、

"根を詰めすぎだ"と言うところか




「…まあ、流石に自覚も俺の詰問の意図することも分かってるね?

頑張るのは良いけど、今日は俺に付き合ってもらう。部屋から出さないよ?」

「…っ」


「なんでそんなに怯えるかな…ねえ、青龍?」

「…御答えしかねます」

「何?」

「"ベットから出るな"…その言葉と類似しているからではありませんか?」


「ああ…類似することはするから。

オリゼ、安心して?まあ、言うことは聞いてもらうけど」

「…若、萎縮なさっておられますが宜しいのですか?」




「そこまで言わないと、休まないでしょ?

父上達も玄武達も再三心配して言って聞かせてきたのに…休むとしてもお茶を飲んで一息つくだけ。大好きな二度寝も惰眠もしてないって、聞いているよ?」

「貴族子息として模範的な生活態度…これくらい普通ではありませんか?」


「まあ、一理あるけどオリゼの性分じゃないでしょ?

好きなこと我慢し続けて…このまま頑張り続けたらどうなるかくらい想像がつく。だから止めるんだよ?」

「…大丈夫です、心配して頂いて有り難う御座います」



無駄に休んでいる暇はない

非才で凡庸以下

その上怠惰で寝腐って、差が開いた。


特に体力と剣術…それの分を取り戻すこと、

歴然とした実力の隔たり

それを少しでも埋めるには…最低限の休息は取っているのだから構わないだろう?


剣呑な空気

嫌な予感

くるりと兄上に背を向けて、退出しようと扉のノブに手を掛けかけた





「当主命令も出てるけど…父上に背くの?」

「…どう言うことですか?」


「オリゼが戻ってきたら、何もさせるなと。

部屋から出さずに休ませろと俺に命が下ったんだよ?

帰るなり、湯あみもせず剣を持って裏庭に向かって…何する気だった?2週間山に籠ることを許可する代わりに帰ったら休むと父上と約束したんじゃないの?」

「…それは…その」


「約束、破ったね?

父上は怒ってないから俺も問わない。

けど…珍しくこんな事に当主としての権限を利用するくらいだ、その扉から1歩踏み出してみな。これ以上は父上も俺も怒るよ?」



「うっ…」

「…本当はただ心配してるだけなんだけどね、俺の弟だとどうしてこうなるのかなあ。うぃしょっと…」




「せめて…読書は許されるでしょう?」

「だめ」


「兄上…」

「駄目だよ、さっき玄武に頼んでいた本でしょ?

何冊読む気なの?それも教本に野営の侍従の専門書…趣味の本ならば許す気にもなるけど、そう言ったらそれを趣味だと言い出しかねないからね」


「…でも」




「休むことも仕事の1つ。

無駄な時間じゃないよ、ぼうっとすることも大切なことくらい分かってるでしょ?」

「今、何時ですか?」


「教えないよ、それとソファーとベットにしか居させないから。侍従の耐久力をつける訓練でもしてみな、嫌がるだろうけど鎖と猫の衣装を持ってこさせるからね?」

「…っ」


そんな侍従の耐久力の鍛え方等ない…

そう異論を挟もうとした口は止まる、

続けて兄上が発した言葉で音にならなかった…のだ。




「従う気になった?

少し寝たら良い、湯あみしたから眠気が襲ってる筈だ」

「…はい」


「素直で良いね…可愛い。

起きたらティータイムにしようね?」

「兄上…」



開けることの叶わなかった扉

それを見ていれば、

会話が切れた瞬間、青龍か…

背後から肩を持たれ、誘導される先には兄上のベットがあった

強制的に掛けられたタオルケットに毛布

好みの感触…素直にくるまれれば、香も焚かれる

沈香の心地好い香り

調合された人工的な何処かつんとしたあれではない

張っていた気が、嫌がおうにも緩んでいく






「あに…うえ」

「なに?オリゼ、どうかしたの?」


暖かい…

次第に自身の体温でぬくぬくになっていく


眠気が襲いつつも

口元まで引き上げた掛布から隣を窺えば、

丁度青龍が用意した小さな腰掛けに座っているところ

枕元で眠る迄居るつもりらしい…

本を開き掛けた兄上

その目線を上げ、合わせて反応をしてくれる


声音から読み取るに怒っている訳ではなさそうだと、

意を決した

右手が外気に触れていく…

思ったより布団内部の温度差があるようだと変な思考をしながらも右手を手を出した




「あの、手を」

「…いいよ、握っておいてあげる」

「有り難う、御座います」


少し呆れたような、

苦笑混じりの顔で差し出されたそれを手にとって握った





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