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災い2





「…久々に手の込んだ物を作ったな」

「デザートには季節は過ぎておりますが…渋皮のモンブラン、マロングラッセもふんだんに使用しました。実習で御疲れが残って居られる様子でしたので…御用意してありますが…御迷惑だったでしょうか」


「いや、冬も近いというのに冷水を滝のように浴びせられたからな…疲れも出ないほうがおかしい」

「ええ、冷えきっておいででしたのに…体温を戻しもせず会食まで開かれましたね」



「気だるかったが開いたと言うのにだ、

一番の友人に折角話を振っても無下にされる始末。

説明を代役に任せてアコヤの料理に舌鼓するばかりでな…ああ、お前の料理が美味しいことに罪はない、感謝しているくらいだ」


「…お褒めに預かり光栄です。

今晩も手を奮っても宜しいでしょうか?…是非にと御用意しているものがあるのですが」


「勿論構わない、なんだ?

…良い食材でも手に入ったのか?」

「はい。この時期にしては、形の良い鮟鱇が揚がったそうで…肝も大振りでしたので購入させていただきました」


  

「鮟鱇鍋か…肝に浸けて食べるも、良し。楽しみだ」

「ええ、芯から温まるには汁物や鍋が一番ですから」




目の前で交わされる会話

和やかで、そして多分に毒が含まれたそれ



だが、

俺はその思惑に乗ることも出来ない様だ



既に涎すら出ない

カラカラになった、

干上がった口内

きっと…条件反射の機能の水分もこの体には残されていないのだろうと冷静に思考する



何も感じない

感情と痛みを抑制するために体に巡らせ続けている魔力

生体反応や欲求は希薄だ


羨ましいとは思わない

食べたいとももう思わない…







…部屋を辞す

片付けも任されることはなく、アコヤさんに休憩を取るように言われた



魔力を切ればたちまちに襲ってくる体の悲鳴


とっくに限界など来ている

振り切れている。

飢えや空腹、食欲等で済まされる段階は越えた

胃酸が溢れ、胃が痛む

下っていくそれに腸が悲鳴をあげる


痛い…

痛い痛い痛い痛い



外せない"口枷"が、

吐くことも胃洗浄も

流し下すことも出来ない強酸に対処する術を奪う

出来ることと言えば

苦痛と吐き気を抑えるために、表情や行動に表れないよう…

可能な限り

知りうる限り有効な魔法陣を自身に発動させ続けるだけ




己が身に…

多重に描いたそれに注ぎ続ける

魔力を体内に巡らせ練り続ければまやかしであれど消える疲労

累進的に失われていく激痛

だから今こうして平然と立っていられる

待機している




小休憩、

部屋を辞する度…

節約するため、有限な魔力の供給を止めれば

直ぐ様耐え様の無い生命維持の警鐘が鳴った

正常な生体反応が、防御反応が憎いとあれほど思ったのはいつ振りの事だったか



体を折り曲げど、

腹を抱えようとも慰めにもならない

…容赦ない悲鳴

眠りに逃げることも赦しはしない、

抗えない痛み


疲労、倦怠感…

緊張させ続けた精神が体が無気力だと

僅かに痛みが引けば、

瞬間悪夢のような囁き襲いかかってくる




無理を重ね続けた先

そんな事は悪いことしかないと分かっている

それでも魔力をかけ直した

2日目も侍従として振る舞おうと、行動しようと決めた


きっと愚かな判断

推奨されない自己犠牲の精神


これだけの魔力操作

発現、放出

優秀な二人に

全て気付かれてることは承知している




例え憐憫な目で見られたとしても、

もし馬鹿で愚直と嘲け笑われたとしても…


それでも…



枯渇するまで。

最大限の努力を、誠意を示せ

己の弱さを意思で穿て

立ち続けろ

抑え続けろ


義務を遂行できなくなるよりも正しいと思う

その体現を

この体を可能な限り動き続けさせるために

目減りした魔力を巡らせ、注ぎ続ける


この意思は、判断は絶対に曲げない







僅かな昼食後の休憩も終わる

魔力を再び巡らせて、殿下の部屋へも戻った



「オリゼ」

「…」

「お前が謝るまでそれを外さないと言ったらどうする」


済んだ食器を下げにアコヤが出ていった

ふと、思い付いた様に

目を寄越してきたと思えばこれか


まあ、

…それも仕方の無いこと

主人の采配一つ、命令…

言葉でそう表されたとしても

否定も拒否も、出来ないのが本来の(しもべ)


体を折って…

かしづいたところで殿下が満足されるならばしても良い

だが、求めていない

意見も意思の表示も音に、声にならないのならば

溜飲が下がるまでいたぶり続ければ…

それに耐えればきっと本意なのだろう


捨てるなと言われた命

捨てろと言われるならば…

そんなに遺憾に思ったのであれば…許さないのであれば、

もし死んでもそれはそれで良いか、と


…意に従うのみと

そう会釈をすれば息を飲んだ音がした









……



特に何をさせる事もなく待機させているだけ

アコヤにティータイムの準備をさせようと、

好物であるはずのベリーのタルトを俺が口に含もうと変化することのない表情


夕食のサーブをしている際も、

眉一つ動かさない、

目の色すら変えない

…おかしい、こんなのオリゼではない

昨日の休憩が終わってから傀儡のように侍従然と対応し続ける



ついに、

謝ることもなかったが傍に呼び外した口枷

乾燥した唇に

紡ぐ気がないとばかりに一文字に結んだ口元にオリゼの決意が現れている






「魔力供給を止めろ」

「…」


「ああ、話して良いぞ…咎は終わった」  

「ありがとうございます」


「で、歯向かうつもりか?」

「いえ…ですが業務に支障が出ます」


「ただ後ろに侍るだけだ。

ああそれすらもう出来ないのか…ならば、尚更"切れ"」

「御意に。御前で…苦悶に身を折る姿を所望されるならば、

お見苦しい様を晒せと言われるならば致しましょう…」




「ああ、望む」

「畏まりました」


落ち着いた、温度を抑えた言葉がオリゼから紡がれる

俺の命に従い

発動している魔方陣が失効していく

比例して

次第に痛みで歪んでいく表情

苦悶に身を折りかけて…

呻きながらも必死に立ち続けている姿


抑えられていない嗚咽が、

漏れる声ですら弱々しい




心配である反面

冷えていく感情、表情筋が下がっていく

凍てつくような視線をそのまま向けた



「不様」

「申し訳…あり…っ、ません」


「ああ、本当に抑えていたか。

確かに溜飲は下がったが、もしやそれで反逆心等ないと示したつもりか」

「…ぐぅっ…如何様に、とって貰って構いま…せん」


「そのまま立っていろ」

「…は、っ…」



お前の意地が潰える迄な…

そう付け加えれば、痛みからか

礼を口実に伏せられた顔


表情を隠していても分かる

しかめ、寄せられた眉が…

僅かに肩が揺れたのは痛みからなのか




無情な…

俺の指示に従うのみと腹を括った頑固な友人

侍従見習いとしてもそれは健在だ


極端なのだ

此方が尻込みをする事でも決めたら怖いほど

のめり込む

熱意注ぎ続ける


一度決めたら引かない

愚直で…純粋

今も耐えて見せると意地でも立ち続けようと

そんなことを思っているに違いない


確かに言葉使いについて責めはした

途中、手心を加えてもよかったが

…しなかった。


オリゼが

己が決めた侍従としてのルールを自ら破ったこと、

抑えられなかったこと。

そして…

刃を向けながら感情を俺にぶつけたこと…

それを何より自責していることが分かっていたからだ。




現に…悔いている証拠がこれだ。

従者として正しい振る舞いをと

手を後ろに組んだまま控える姿勢を崩そうともしない

痛みすら御すつもり、

体などどうでもいいと…

そして不始末について己の擁護すらするつもりはないらしい


俺が許さないのであればこの命もそれまで、

そんなことを含んだ会釈までしてきやがった

こうなれば…致し方ない。

最後の砦すらこの手で攻め落としてやる



意思でどうにかなるものでもない痛み、

体の訴えに耐えかねた時、

限界まで放置すれば…折れるだろうと

漸く此方の言葉も届くようになるのだろうと


静かに

見守るように観察することにした








………



「殿下」

「なんだ」


「もうよろしいのではありませんか?」


「いや、まだ体裁を取り繕うつもりだ。

胃が痛いのだろう…少ない魔力と水すら摂取していない体は倦怠感を訴える。意識を維持…擦りきれた精神力で現に留め置いている、

腹を抱えて踞り吐き出してしまいたい、

過多に臓腑にまわる胃酸も持て余し…走る激痛から逃れもせずに。

それでも立ち続けているならば…

俺の侍従見習いはまだ屈していないな」



きっともうこの会話も

耳には届いていない…

そんな余裕もない、

痛みを逃がそうと切羽詰まった荒い呼吸が痛ましい



その様子から一旦目を離して後ろを振り向く

手招きすれば、

目を見張ってから…

顔を近づけてくるアコヤに囁いた






ここまでしないと…

あいつは自らを赦せないんだよ、と


例え

俺が許しても

断糾したとしても。


周りが他意がなかったと擁護したとして…

反対に、怒りに触れて判断を放棄したように見えていたと謗りを受けてたとしても。


確信を持って言える、

あのまま、無感情にどんな言葉にも淡々と受け答えするだろうと。"私の不徳のなすところです"とでも…




体が蝕まれても厭わず

感情を無理に抑えつけて迄…

どの様な理由があれど侍従の立場のまま人前で発露させた私的感情

"理不尽で筋が通らないと分かった上でも"



曲がったことが嫌いな

理不尽な所業、権力や立場を利用したそれを何よりも忌み嫌うオリゼがだ

一つの文句も俺に示さずにこうしているのは

"俺が主人である前にきっと大切な友人として扱っているだからだ"

だから無条件に許容するのだ


そして確かに悔いていると、

侍従として振る舞うと決めた矜持を曲げたと、

原因を作った俺に誠意を尽くせなかったと詫びるために

過度に抑え続けているんだ


そう、このまま殻に篭って…

拗らせてみろ、取り返しがつかなくなる。






"…なれど"

珍しく口を挟むアコヤに頭を横に振る



確かにアコヤの案には乗った

ここまで…自責していないと思っていた。

暫くすれば膝をついて詫びてくるだろうとそう高を括っていた


不器用で天邪鬼な己を

あるべき姿から離反した責任を受け止め不承不承ながらも飲み下す、

俺が意地汚い策を練らなければと責めながらも

友として…許し

(侍従)として非を認めると高い自尊心を納得させ

…謝ってくる様を楽しもうとも思った





それがどうだ…


自殺はしないと言っていたが

身を削る行動


後少しで休日は終わる、

そうオリゼに普段ならば部屋を辞させる日付の変わり目だ




痛みに耐えるながら

立って侍ることも俺の意向ならと

不様と罵ってもすんなりと許容した


死ななければ良いと、

稼動すれば構わないと…自身の体を道具のようにすら扱う態度

明日を厭わない、省みない挙動


凝り固まった意地が…プライドが

昇華するとこうなるんだ




"薄々気付いているだろう?"

そう問えば、溜め息混じりの

らしくない平静を崩した肯定の返答が聞こえてきた





今、甘言を囁いても手を差し伸べても

俺が悪かったと言っても何の意味もない


ここでズタズタに心まで折っておかないと

…真の意味で俺の妥協案も飲まない、納得しない

どんな労りでも受け止められない

清濁合わせて呑ませるには…そこまで削らないと彼奴は





それくらい大人になって頷く位して見せろと

大概にして欲しいと思う一方で…


この策略と薄暗い欲にまみれた貴族社会

かしづくのも汚れるのも生きるためには、上にいくには仕方無いことだと…

次第に理想や志など直ぐに捨てて自ら踏みにじる

それが普通だ… 

御高く止まるためには金が要る

地位がいる

娘や息子も駒にしか見えてこなくなる

そんな目をした

普通の大人になっていくのが定説で当たり前


学園の低学年であれど、

当主ではなく子息…俺らとしてもそれは程度が可愛いだけ

同じ穴の狢だ

そんな有象無象の中



決めたこと、自身の矜持や意志に妥協しない気性が

美しいとも、気高い獣のようでもあると感心する

周りから浮くことを心配して、

生きにくいだろうと、賢くなれと呆れもするが

同時に尊敬もしているのだと…




まあ、呑ませるけどね

建前でなく"俺の凶行を止めるための正しい振る舞い"だったと

納得させる



…それは同時に言葉使いも含まれることになることは必然だ



矛盾している

それは分かっている

今こうして反省させて責を与えて苦しませているのは暴言を咎めるための物の延長

責も咎も無いと…責められた責を使って認めさせるのだ



誉められもしない脅しと人質を用意して

オリゼの矜持を曲げさせてまで、

俺が手合わせをしたかった…そんな我が儘が原因

そんな俺を責めずに

矛盾する行動に責も痛みも負って…


"矛盾も我が儘も矜持を傷つけられ曲げられたことですら水に流して無かったことに"

どんな理由であれ己が全て悪いのだとでも決めたのだろうと思う

何故ならば

"懐に入れた人間にオリゼは甘いからだ"





配下でも部下でも…ここいる侍従達も

それは歯車で役割をこなす為だけの仕組みに組み込まれた部品

…そんな事は分かっている

でもまごうことなく人間だ…配慮をすべき所ではなされる



それをしないどころか正反対の所業を為した


立ち向かうことを同じ学生(立場)としても良しとしない事

琴線に触れるのは仲間を傷つけられること

矜持を曲げることはない


権力や立場を利用した筋違いを…

不義理や無情な所業、

理不尽な事には激昂するほど嫌悪を示すこと

そして

…友には優しいことも


知っている

オリゼはそんなやつであると知っている





そしてオリゼも俺を

冷徹で狡猾で…純粋でない1面も持ち合わせていることは承知


その上でも

王族とて、皇太子で主人であっても信用していた…

友人として…侍従の歯車であっても配慮も理解もしてくれると。

(殿下)自身(オリゼ)が本気で嫌がることをしてこないと信じていただろうにな…





…我慢出来なかった

オリゼを傷つけても、 

社会的倫理に欠ける行動をとるとしてもだ


悪手であろうと

本気のオリゼと戦ってみたかった

競ってみたかった


…だから悪かったと思っている

手合わせをして楽しかったとそう満足する気持ちに掻き消えそうでも

そう…根底に詫びる感情は確かにあるのだ





遂に…膝をついて

それからは早かった

なし崩しに床に踞るように痛みに体を丸めていった


それを見ながら、

俺の目が無ければとっくにのたうち回りたいであろうオリゼの心境を汲みながらも小さく痛みに耐えている様子を

ただ…眺め続けた





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