災い1
「…おはよう御座います」
「来ましたか、オリゼ」
怒られることは分かっていた
傍仕えの表情は厳しい…
頭を下げて、
次の言葉を待つ
「はぁ…全く、侍従としてやってはならないことをしましたね」
「はい」
「自覚があるならば、何故。
主人に仕えるのが侍従でしょう…私的な感情を持つなとは言いませんが、抑える事くらい出来て当たり前です」
「仰る通りで御座います」
「…沙汰は下るでしょうから、私からはこれ以上は言いません。
次の休暇ではマルコ様の屋敷に上がるのですよ?
この様なこと…決して為さらないで下さい」
「申し訳ありませんでした」
長い空白
構うことなく仕事の算段でもしているのだろう
机に向かって背を向けたまま…
邪魔になら無いよう、
小声で1人…心得を呟くしかなかった
「さて、そろそろ行きますよ。
オリゼは御召し物と、目覚めの紅茶を宜しくお願いします」
畏まりましたと、一礼して
自身の使用人部屋に下がる…
準備に取り掛かる
まだ仕事を任せてもらえるだけ、
指示がもらえるだけ幸せと考えなければと…
沙汰がどうあれ、
平常を繕いながらも殿下の部屋に足を踏み入れた
………
自身の仕事が終わり、
アコヤさんの朝食の給仕が始まった…
普段ならばただ後ろで控えているだけだが
人目がなくても…何を言われるまでもなく、今回ばかりは膝を折った
「で、アコヤ…厳しくしたのか」
「いえ、苦言を少々呈したのみで留めております」
「なら、ここまで素直にかしづいてるのは何故だ」
「…私の意見を述べても宜しいのでしょうか」
「ああ」
「…思うに、本心から反省しているのでは無いでしょうか。
昨日"凶行を止めるのも"等と方便を使っておりましたが…侍従としての心掛けを崩した己を悔いていると思われます」
「アコヤ…お前も丸くなったな」
「…そうお見受けされるのであらばそうなのでしょう」
「侍従として失格だとか言ったのかと思ったが、
違うようだな…まあいい、用意してあるんだろ?」
「此方に」
見覚えのあるもの…
それがアコヤさんから殿下の手に受け渡されるのを見る
…出番は来てほしくなかったと
そう思うも、それを招いたのは自身だと奥歯を噛み締める
「オリゼ、傍に来なさい」
「はっ…」
「失言を悔いているのならば、その口を自ら戒めるんだな」
「畏まり…ました」
何時だったか…
ラピスの他人格、ラースに着けられた物
いつの間にかラピスは殿下に献上していたらしい…
結わえた髪をほどき…掻き上げてから
手に落ちた、
受け取った革の口枷を自らの手で装着する
…
髪を後頭部のベルトに被せ、
手櫛で調えながら纏め上げる。
首回りも戒めた後で最後に簪を差した
「似合っているな…2日間己を省みるには良いだろう?
ああ、業務はこなしてもらうからそのつもりで」
「…」
喉元に魔方陣もない
外そうと思えば鍵も陣も掛かれていないそれは外せる
声とて、出そうと思えば呻き声位は…
だが…それを所望ではないだろう
…辛い
呼吸が制限される
開口も出来ない…僅かに鼻呼吸が許されるのみ
声が出せないのは…
受け答えが出来ないのは…
そして…
口を利けなくても業務もこなせるだろうとその言葉に
この姿で…
人目のある外を歩くことを想像する
それが何より辛い
頭を垂れて了承の意を示すが
胸に当てた手が震えているのは嫌がおうにも自覚出来た
………
「マルコ様」
「何だ」
「いえ…」
「言え、アコヤ」
「…休憩に下がらせてもオリゼは何も口にしないと思います」
「外すだろ、何のために魔方陣も鍵も掛けないままだと思っているんだ」
「そうですね…」
言いはしないが、
業務もこの部屋で済ませてやることを。
俺の体裁もあるが、何よりオリゼに恥を晒させはしない
…いつ、給湯室やリネン室等に行かねばならない用事を申し付けられるかと怯えているのは分かっている。
それが何より罰になるだろうから…
その姿を晒させる気がないことは明言しない
それに休憩や、
部屋から下がった時は外しても良いと思っての処置
そもそも2日間とは言ったが
四六時中口が閉じたまま過ごせる筈がない
口枷を着けたままならば
飲み食いも、
湯あみの際だって髪や顔を満足に洗うことが出来はしない
…流石に外すだろう
だから、魔方陣もないし鍵もかけなかった
己の手でさせたのは外せることを自覚させるためでもあった
「午後は如何なさいますか?」
「ゆっくりする…本も要らないからな」
「それまた…珍しいですね」
「流石に疲れが取れていない…強行軍さながらに実習期間中動き続けた上、止めに容赦なく滝の水を浴びせられたんだ」
「それは…」
「オリゼ…彼処まで剣の腕が上がってるとは思わなかった。
不意を付かれて、立ち止まった。何かあると分かっていたのに罠にかかった…俺もおちおちしてられないな…」
「明日からの屋敷では、オリゼが仕える補填分の期間…手合わせ等練習されてはいかがでしょう」
成る程、
オリゼが俺の屋敷で使える期間のことを言っているのか…
まあ、相手の実力も分かるし良いとは思うが
「名案に見えて…オリゼが関わると名案にならないのが残念だ。
命令して強制させた所で本気で向かっては来ないだろう、素振りでもするよ」
「畏まりました」
…一方
そんな会話がなされているとは知らない使用人部屋のオリゼ
休憩に下がらせられた時間
何をすることもなく…上着を脱いで梯子を昇る
布団を被った
…何も口にするなと言うことか
渇いた喉も潤せない
使用人通路に出るなど論外だ
今のところ、部屋での業務のみで済ませてくれているが
殿下の気が変わればと…そう思うと気が滅入る
この部屋で出来ること…
既に対策として…
出来うる限りの侍従関連の本は読み込んである
講義の予習復習も、
休み期間後半、帰省してからでないと次年度の教本が届かない
つまり、
こうして休息を
消耗を少なくする他何もやることは無いのだ
例え…ばれることはなくとも、するつもりはない
己で戒めろと言われた意味は、
容易に外せるようになされた意図は…
選択の余地が有ろうと、誤魔化す隙があろうとも
己の意思で抑圧しろと自制しろと言うのだろう
血が上って、
主人にむけて罵声すら吐いた俺には
感情に任せて抑えることが出来なかった見習いには
きっと…この姿が相応しいのだろう
本当に"お似合い"だ
………
翌日昼前
普段ならば休憩には早い時刻だが下がらせた
アコヤに淹れて貰ったハーブティーを飲みながら
口休めの砂糖菓子を摘まむ
「…アコヤ」
「何か御用命でしょうか」
「いや…用ではないが、おかしくないか?
休憩に下がらせたが…顔色も悪いし、ふらついていたのも気のせいではないだろ」
「昨日私は申し上げた筈です」
「な…まさか!」
「その"まさか"ですね。
昨日1日…執務を終え部屋から下がってから、就寝と思われる時間から今朝までオリゼは使用人部屋から出ておりません。
御命令に無い行動を独断で取ったこと…先にお詫び申し上げます
私生活まで暴くことは良しとされない事は知っておりますが…噂が立っていないことから、確実に使用人通路ですら誰も姿を見ていません。
念のためオリゼの部屋のドアノブに感知魔方陣を発動していましたが、今の今まで魔力反応は御座いません。触れてすらいないと言うことですね」
「だが…」
「身なりは浄化魔方陣を使ったのでしょう。
部屋も改めました、食事に関しては…飲むものすら飲んでいないでしょうね」
昨日の朝、そして今日も
ピッチャーも水もない、記憶に残っている乾燥野菜等が入っている筈の瓶にも何も…全て空でしたと
そう…
顔を歪めて呟くように続けるアコヤは
俺から見ても痛々しい程
他人に、それも指導する部下に心を割くようになった事は嬉しいが…だが
「何故分かった」
「2日間省みろと仰いましたね…その言葉通り戒めているのでしょう」
「外せるのにそうしない理由は?」
「貴方様の御命令に従っています」
「それはそうだが…」
「…推測でよいですね?
外せる余地を残した理由はその選択肢を選ばせないこと。
外せても外さない事で…暴言を抑えられなかった己を律せよと、自制しろという意図だと解釈されたのだと思います」
「…馬鹿だな」
「私も…失言をしてよろしいですか」
「疑問符もついていない、了解を得るつもりもない…
俺の意見を聞く気がそもそもないだろうが」
「お分かりでしたか。では…
まず、殿下は言葉が足りませんでした。
本来の意図するものとは違っていたとしても、責は全うしています。マルコ様がそれを責める事は御門違いです。
…まあ、本音を言えば訂正などされない方が宜しいかと。
このまま解釈違いさせている方が身に染みるのではありませんか?」
「くくっ…何を言い出すのかと思えば。
…俺の傍仕えは怖いな、逆鱗に触れているだろうと思ってはいた。
が、…やはり、相当頭にきていたんだろ?」
「いえいえ…そのようなことは。
最近指導の手を緩め過ぎていたかと後悔していたと頃でしたので良いタイミングと判断しただけに御座います。
それに…
折角素直に反省しているのです、その決心と努力を途中で取り上げてしまうのは…それこそ酷と言うものでしょう?」
「ふっ…なら、昼食は豪華にしてもらおうか。
オリゼが好むような料理でな?」
「畏まりました、腕を奮って参ります」
普段ならば、決して見せない笑みを…
俺の数倍邪悪で…ニヒルな雰囲気を醸しながら出ていったアコヤに
あれは確実に準備していた
俺に言う前から…許可なくしれっと出したかもしれない。
用意周到だったな…そもそも昨日のメニューも、朝食も…思い返せばオリゼの好物が数品
加えて久々に腕を奮うとまで来たか
勿論、俺の好物でもあるのだろうが…
全く…
オリゼはどんな思いで、
それを見てサーブの補助をしていたのかと…
そして
策を練って密かにそれを観察していた傍仕えに…
無断で主人を巻き込んでと呆れながらも
アコヤのその策を何処か楽しんでいる自分がいた




