実習11
「おい、大丈夫か?」
先程の威勢は何処へ行ったのか
一足遅く広間に着いて悪友の姿を認めるも…
力なく看護テントに連れられていくオリゼの背に声をかけるジルコン
「…ねえ、大丈夫?」
「俺に…構う…ないで下さい」
振り返りもしない
その様子に異変を感じてカルサイトが心配そうに声をかけるも
梨の礫。
感情の籠らないように抑えた声音が帰ってくるのみ
「おい、心配してるんだ…そんなふらふらで構うなって言う方が無理だろ?」
「あれ、裏切ったのに優しくするなんて…ジルコン、さんらしくないんじゃないんですか?」
「お前な…」
ジルコンが更に口を開く
それでもオリゼは自身の意思を曲げる気はないらしい
カルサイトを無下にして、
ジルコンにも取り合わない…
…
隣で拳を握ったジルコンを見て
溜め息を漏らす…
本当、世話の焼ける悪友だ
「あー、ジルコン。嫌味じゃねえから怒るな…これ通常運転だから。
多分後ろめたいんだろうよ、仲間を助けず傍観して裏切ったのに…悲鳴が聞こえて来ても成す術なかったからな。
結果俺らは少し痛め付けられただけだったがそれですら言い訳にせず、己を許さないんだろうさ」
「はあ?だから、突き放すってか?」
「まあな、結局負ける要因を作ったのは全部自分のせいだとでも思ってるんだろ…なあ、オリゼ?」
「…事実ですから」
「な?」
「な?って…オニキス、まあそうみたいだが。
あー…言いたくねえけどよ、俺ら惨敗してたんだよな…太刀打ちできなかった、どちらにせよ負けてた。
オリゼが本気で戦って、彼処まで追い詰めて殿下から勝ちを掴めなかったのを勝てなかった俺らが責められるわけ無いだろ?」
「うん…ジルコンの言う通り、僕らどちらにせよ負けてたよ?
悔しいけど…」
「オリゼ…俺も同じだ。でも、お前のことだ…裏切ったのにってまだ言うつもりだろ?」
「…何もせず、静観して投降しようとしたことは裏切り以外の何物でもありません」
頑として聞き入れる気はないか…
テントでの傷の手当てと、
栄養状態等の問診や確認をされながら
会話を続けた…
テントには俺らのグループ以外、
誰もいない。
だからオリゼが敬語を使う理由はない…
だが現状は違う。
オニキスに対してもそうするってことは、どうせ距離を保とうとしてるんだな
罪悪感か…?
言葉を重ねた、
それでも聞き入れない…だから怒りそうになったのをオニキスに諌められた
オリゼが最初から殿下の相手取っていたとしても、
何も戦況は変わらなかったのに…
それでも可能性があったかもしれないと、
それを否定せず姑息であったと自己嫌悪。
俺らに悪いことをしたと思っているのか…
裏切り…ね
当初、
殿下の相手は…そうか。
そういうことか!
あの場で俺はオリゼに何て叫んだ?
それを気にしているんだな…?
「おい、俺がああ言ったのが気になってるんだろ?
約束したんだけどな…土壇場になればお前の立場を考えずに口走った」
「ジルコン、どうしたの?」
「ああ、何してるって暗に立ってないで助けろって言っただろ、俺は戦闘中に。
事前の打ち合わせでオリゼは殿下以外と手合わせするって言ってたのに、
俺らは殿下の策に嵌まってそれを叶えてやれなかった…
その上、戦えって責め立てた様なもんだ」
「成る程ね、僕も…つい。でもオニキスは違ったよね、助けに行けないって。
…オリゼに対してそう言ってた」
「まあな、カルサイトは気づいてたんだろ?
一度オリゼが俺らを助けようとしてたこと。直ぐに殿下に抑えられてたけどな」
「魔力が漏れてたから。あんな大きな圧力に当てられて平然と立ってられるなんて…どんな鍛え方してるんだろうね」
「殿下の?…気付かなかった」
オニキスはそもそも責めることを言わなかった
それはきっと殿下に抗うことをオリゼがしなかったとしても…
そして、
俺だけが気づいていなかった。
助けに来ようとしていたなんて…ただ立っていただけではなく
それは足止めされていた姿。
戦わないのであれば、仲間の…俺達の劣性の闘い様を見せつけられて
助けにも行かせて貰えない状況を作り出した。
全てはオリゼと戦うため、
そうだとしても殿下の思惑は…怖いものがある
「ん…ジルコンとオリゼの間、僕らが魔力合戦してたから分かりにくかった。それに余裕なかったでしょ?あの三人の中一番強い相手してたじゃない…」
「辛辣だな、遠慮しろよ…カルサイト」
それを言い訳に、
気付けなかったなんて己を理解させられるわけないだろ…
カルサイトもそう言う毒舌を最近隠さなくなってきたよな
「してなんになるの?」
「…いや、まあ何もなんねえけど。
オリゼとりあえず悪かった、あんな目で見て」
「貴方が謝る必要はないです」
…
…堅物か?
こんだけ言ってんのに、
頑なになるにも程があるだろ…
気にする必要はないって、
俺らにも至らないところがあったし…悪かったって謝って示したのに
これ以上、
解きほぐす策は思い付かない…
お手上げだ
ならば、オニキス頼り…か?
隣に座る奴に、視線を向ける
「…おいおい。これ、どうするんだ?」
「まあ…お前らが望むなら、手当て終わったらやるか?
どうせ後で殿下にみっちりやられると思うが…なあオリゼ」
「っ…」
「えっと…侍従として無礼を働いたからって、そう言うこと?」
「怒らせたのは殿下だろ?」
「まあな…素直に手合わせしないんだ、仕方なかったんじゃねえのか?
殿下も初めから悪手を選んでた訳じゃない、オリゼがそうしただけだ」
「うーん。敵役だったとしても…最初に侍従としての立場を取ってたから、
罵声云々の言い訳するにしても齟齬が生まれるよね…」
「同学年で平等な立場だとしても…それを否定した。
まあ、オリゼがそう言う風に振る舞ったんだ…擁護し辛いな」
全て悪手に変わったのはオリゼが
立場を貫いたせい…か
ただ手合わせしたかった殿下の意図を知りつつ
オリゼは意地を張った。
その事態を性格を予想し把握していた、
見越して…策を練っていたってことだな…
「そうそう、
素直に手合わせすれば良かったんだ…ねえ、オリゼ」
「っ、殿下」
「そのままでいい、傷痛いだろう?」
「御配慮…有り難う御座います」
気配もなく、
テントに入ってきた殿下の一行
それに気付いたオリゼが素早く
床に膝を付こうとする行動に…口が塞がらない。
先程の無礼千万な口調は?
荒々しい怒気を纏っていた姿は?
きっとそんな風に思っているのだろう…
思考に沈んでいたジルコンも、
心配そうに話を窺いながら参加していたカルサイトも固まっている
そんな横の二人に代わって入ってきたグループに向き直る
「マルコ」
「ああ、お疲れ様。オニキスに…ジルコンとカルサイトだったっけ?悪かった、俺の我が儘に巻き込んで」
「まあ…それはいい」
「オニキス、何が言いたい?」
「これ、どうすんだよ…俺はめんどくせえからな…
疲れてるし、オリゼの負担も軽い方がいい。今吐かせるなら吐かせろ、立場を使えばマルコなら楽だろ?」
座りながらも低頭しているオリゼ、
それを顎でしゃくって示す。
お前の責任だろうと…策を練って原因を作ったマルコが手を打てと言外に含め言い放つ
ジルコンが託すように言ってきたが…俺だってごめん被る
手がない訳ではない…
が…俺がやれば、ラピスよりも時間が掛かるし…消耗もさせる
そんなことしたくはない
「脅せばすんなり…まあオリゼ基準で口は開くね。
此処じゃ何だから…13時で良いかな?昼食を振る舞うから、手当て終わったら皆連れて来て」
「分かった…」
短い会話のやり取り
その間、
軽く検査をするだけで…
殿下のグループは直ぐにテントを出ていった
傷も疲弊も無さそうだったが、
優秀すぎるだろう…
こちとら満身創痍だ…
傷だって多い、
魔力だって限界ではないが残り少ない。
オリゼに至っては心身ともにボロ切れになっているし…
流石D組の奴等…最上級クラスは伊達じゃねえってことか
…
「え…オニキス?どういうこと?」
「おいおい…なに大事にしてるんだよ」
「ん…ああ、回復したのか?
諦めろ、どちらにせよオリゼがこうなったら…楽なのはこれだ」
解凍した動き
思考も追い付いたのだろう…二人から…
事態を悪化させたのではないかと、
そう責めるような視線が両隣から向けられる
「…えっと?」
「理解したくない…」
「ま、美味しい昼食にありつけるなら良いだろ…
味がするかは、保証しかねるがな」
からかうように言えば再び、固まる両隣。
さては…
今から既に会食する気分にでもなっているのだろう…な
緊張で顔がひきつっている二人に一昔前の俺自身の記憶が思い出される。
慣れるしか無いんだよ…
オリゼに関わった時点でお前らも同じ運命を辿る。
ま、悪いようにはならないだろうから…
恨むなら俺じゃなくオリゼにしてくれと思考を纏め終えた
「で、オリゼ…諦めた方が良いぞ?」
「…分かっています」
「はあ…なら良いけどな」
頭を下げるのを止め、立ち上がる悪友。
皆のとりあえずの処置も終わり、
着替えの後でオリゼの部屋に集まる約束をして一旦解散した
………
「玄武」
「お疲れ様でした、貴台」
寮の自室の前で待っていた玄武に、
今まで張り積めていた気が緩んでいく
扉を開けてくれるその動作も、
この数日目にしてはいなかったなと…
懐かしい気分に浸りながらも部屋に足を進める
「この後の御予定は如何されますか?」
「…後でグループの奴等が来る。
その後連れだって殿下の所で昼食をとる予定だ」
「畏まりました…」
御用伺いをしながらも手を差し出した玄武。
背負っていた薄汚れたバックパックと、
帯刀していた剣と短刀…サバイバルナイフをベルトから外して手渡した
汚れたままで座るのは、
そう思いながらも一人掛けのお気に入りのソファーに体を収める
…適度に沈み込む、
それが心地良い…柔らかい所になんて座っていなかったからな…
枯れ葉の上か、
それ以外の数日間は砂利か石の上だった
「悪いな、準備してくれてたんだろ…お前の食事にでも回してくれ」
「…そう致します、湯浴みはなさいますか?」
「いや、浄化魔方陣と服の召しかえだけでいい…それとその前に」
「甘々のミルクティーですね?」
「ああ、頼む」
「既に用意しておりますよ」
「出来た侍従だな…本当に」
「出来て当然ですよ」
「くくっ…そうか」
…暫く、
座って目を瞑っていれば良い香りと共に玄武が入ってきた
そのサーブされた、
角砂糖が飽和したそれをてにとって口をつける。
甘い、
殺人級に甘い。
この数日間、
甘いものを取ったとはいえ、それは必要最低限のもの。
趣向のためではなかったし、
無駄使いも出来なかった…
甘味に慣れない舌が、
吃驚するのも分かっていたが…
飲みたかったのだから仕方がない
…旨いな
コッヘルで煮出した紅茶とは大違い
渋みも苦味も出さず、香りを引き立てた手腕
ミルクも適量
砂糖のことを考慮して濃い目に抽出したのも利に叶っている
さて…どうしようか
…
…
「貴台…」
「なんだ、ああ…旨いぞ?」
「有り難う御座います」
「はあ…落ち着かれましたかってか?
…落ち着いたし、そんなに心配することじゃない」
「…何か考え込まれていた様でしたから」
「甘いものを飲めば頭も回る…疲れも取れた。お陰でな、腹は決まったよ」
玄武の心配を払拭させる為に言葉を紡ぐ
労いも忘れてただ飲んでいたな…悪いことをした
少し顔色が上がったことを確認して、
まだ思考に戻る
敬語は取り払おうと、決めた。
どちらにせよ自室に戻ってきて気が緩んだ、
何杯目かの甘いミルクティーを啜りながら、人心地ついて考えを纏め上げたのだ
ジルコン達…あいつらに敬語で取り繕う気力はない
無意味だろうし、
殿下の部屋に行くと言うことは友として振る舞う事を要求される。
オニキス達に敬語を使うことも許されないだろうから…
まあ、叱責された後にな…
空にしたカップをテーブルに置き、
玄武に視線を送る
魔力消費は控えたい、
だから魔方陣を起動するのは玄武に任せると
汚れた衣服と体を清めるため、
居心地の良いソファーと一時決別したのだった
…
コンコン…
「オリゼ」
「入れてやれ、玄武」
「畏まりました…貴台」
「…早いな」
「まあな、邪魔するぞ」
「好きにしろ…」
「で?敬語外してどうした」
「…」
開かれた扉からはオニキスを先頭に、
3人が部屋に入ってくる。
玄武に三人掛けのソファーと軽い茶請けをを進めるように目で促した
「オニキス…」
「なんだ、ジルコン」
座っても部屋のなかを見渡しているジルコン
俺が金の使い込む奴じゃないと、
慎ましい奴だと言った
証拠にオリゼの自室を確認してみれば良いと言ったことを覚えていたらしい…
「言っていた通り、質素だ…」
「そうだろ、もう少し格を上げたって良いのに…
まあこれでも豪華になった方なんだけどな」
「豪華?これで?
金のある騎士伯の子息でももう少し見栄を張るだろ…」
「…備え付けの家具に、剥き出しのベッド」
「あ?」
「その調度品を使ってた」
「…あれ、そのまま使う奴がいるのか?」
「此処にいたんだよな…」
「で、ベッドに寝具は?
無いならどこで寝てるんだ…今此処には無いが?」
「マルコの使用人部屋だな、
まあ…来年度は部屋も広くなるだろうし自室にも設えるだろ」
サーブされた紅茶に口をつけながら、
オリゼの侍従を伺う。
…
「クラスが上がるってこと?
そう言えばオリゼは最下位クラスだったよね…」
「そうだ、
今回は流石に上がるだろ…」
「うん、成績も良かったし
2つ位はクラスが上がるだろうね…」
「流石情報通…、そこまで把握してたのか?」
「オニキスに誘われたからって、
僕…何の才も努力もしない下位の成績の人となら組まなかったよ?
ね、ジルコン?」
「ああ…足手まといは要らないからな。
オニキスが買っていた通りの奴で良かったが…おい黙り続けるつもりか?」
「ちっ…本当になぶられてないのか?」
「くくっ…ははは!それ、一言目に言うのか?」
「何がおかしい」
大爆笑するジルコンに、
眉を潜める。
殿下の言葉を疑うわけではないが…
もしされていればあいつに下げる頭は持ち合わせない。
「安心しろ、ジルコンの言う通り。
俺も肩を外されて戻された、それだけだからな?
因みに他の二人も、ノニジュース飲まされて関節技を決められただけ…うめき声も悲鳴も敵役がアフレコしてたぞ?」
「それな…耳元で敵が叫び出すんだ…。何事かと思ったが、殿下も侮れない」
「オニキスとジルコンはまだましじゃない…僕なんてジュースだよ?
それにあれを…大真面目に演じてた敵役が憐れだよ…」
「…何だそれ」
俺の目に、
なぶっている様に見えるように仕向けた。
ただそれだけ…
まんまと殿下の策に嵌まったのかと、
改めて知らしめられる
「それと、殿下をオリゼが抑えていた事に違いはない。
突っ立ってようがなんだろうが、それだけで戦力だった」
「…まあ、倫理的なものを取り払うならば」
「珍しく素直に認めるじゃないか…で、他に何か言うことは?」
「…何もないな」
感心したとばかり…不名誉だ。、
認めなければ何か言ってくるだろうし…仕方ないから言ったまで。
更なるオニキスの追求から逃れるため、
時計を見やる。
頃合いだ…
立ち上がり、扉の方に視線を向けてオニキスを促した
「…まあ、そうなるよな」
「何が言いたい?時間だし行くぞ…」
「ああ、そうだな」
「あー、行きたくない」
「うん…何で殿下の自室に招かれるのさ…」
時間が差し迫っているとオニキスとの会話も耳に入っている…筈だが、
一向に動こうとする気配のない二人。
どうやら決心がつかず、この短時間でソファーに根を下ろしたらしい
「行くぞ、ジルコン。
カルサイトも何してるんだ?」
少し痺れを切らした、
そんなオニキスが声をかける
「…うん、分かってるんだけど」
「ああ、分かってるが…」
…そう一言溢しただけで、動かない
「はあ、殿下は優しいと思うぞ…俺以外にはな」
オニキスの発破にも動かない、
仕方ないと口を出すが…カルサイトは目を泳がせるだけ。
ジルコンは眉間に指を強く押し付けている…
「それ、安心させようって意図で言ってるの?」
「そうだが?」
「ねえ、オリゼが酷いことされるなら…」
「カルサイト…行かないわけにいかないだろ?
それにお前らの目もある、少し咎められるだけだから安心しろ」
「少し咎められるって何だ?」
「…頭を下げて済む話だって言ってんだよ、
お前らの身の安全は保証する…どうせ無礼講にしてくれるだろうし、あいつが俺の友人らに何かするわけないだろうが」
「…友人、ねえオリゼそれ本気?」
「本気だ…早く行くぞカルサイト」
パアッ…そう表現するのが正しいか
表情筋を弛ませて…そんなに嬉しがられても困るんだが…
俺の友人ってそこまで価値はないぞ?
付与される物はあったとしても、
それを目的に喜んでいそうもないカルサイトに溜め息が漏れる
「いや、カルサイト…なに絆されてるんだ?
オリゼ、てかその友人達をなぶられたって疑ってたじゃねえか!」
「うるさい、頭に血が昇ってたんだよあの時は。
それにさっきも確認しただけだ…良いから行くぞ、ジルコン」
殿下は…休日が楽しみだと言った。
その意図を汲むならば叱責の罰自体はこの後の昼食では執り行わないだろうからな
俺が間違わなければ、
殿下は許す筈…
本当に行きたくないのは俺なんだけどな…
こいつらは気楽に構えられるだろうに、
何をそんなに気負っているのか理解に苦しむ
これで動かないならばもう放っておこうか…
この際…
「まあ、オリゼが一番行きたくないと思うだろうが…なあ?」
「オニキス…好きで恥を晒しにいくわけじゃないに決まってるだろ」
遂に立ち上がったオニキスに、俺も立ち上がる。
半目になりながらも答えれば、
ニヤリと悪どく笑う表情…
ちっ、
俺の身がこの後どうなるか、それを薄々分かった上で聞くなんて悪友にもほどがあるぞ?
「ま、オリゼの言う通り二人は気楽で良いと思うぞ?
まあ、雰囲気に飲まれなきゃ良いけど…」
「その言葉、不穏でしかないな…」
「ねえ、オニキス…気休めにならないよ…」
慰めにもならない事を言いながらも、
廊下に出たオニキス。
それに渋々、
気が進まないと体現した…漸く重い腰を上げた二人を先に通してからそれに続いたのだった
………
…ふう
姿勢を正す
謝罪が先…つまりは私服であっても侍従見習いとしての振る舞いが先だ
オニキス達を手で制して、
殿下の扉の前に立つ
コンコン
「殿下…オニキス様達をお連れ致しました」
「通せ」
「畏まりました」
入室の許可、
扉を開けて三人を通す
ソファーに座った殿下と三人のグループの面々
その反対側の空いた席に誘導する
俺は座らず、
殿下の側…
その横、少し後ろに足を進めて膝をつく
「…オリゼ」
「はっ…」
「オニキスはともかく…この5人にあの場面での阿鼻雑言、その記憶を消して貰う口添えは要らないのか?
勿論俺からのリークも止めないといけないな?」
「大変申し訳ありませんでした」
「そもそも、侍従としてではなく友人として戦うつもりで…まあ、予想通りの立ち回り。結果、自分で自分の首を絞めることになった訳だな?」
「申し開きのしようも御座いません」
「侍従として扱えって言うなら、するが…
講義でそれを執拗に持ち出すのは俺と戦うつもりが元々無かったんだろ?」
「…御明察です」
「俺への愚弄に他ならない、相手にするほどのものでもないと言われたようだ…」
「その様な意図はありません…ただ、侍従見習いと本気で戦いたい等と…人前でその様なことをすれば、殿下の権威が傷付きます。
私は…仮にも殿下の侍従であることには変わりはありませんので」
「なら、なぶると言えば阿鼻雑言に剣まで容易に抜いたが…主人は俺ではなく、その3人にあの時鞍替えしていたのか?」
「その様な事は御座いま「なら何故だ?」…っ」
…口が閉じる
これまで矢継ぎ早にされる問いに答えられていたのも此処までか…
状況を鑑みれば、
鞍替えしていたと見られても仕方がない。
利にかなっていなくても、
苦し紛れの言い訳を…するしかない、か
「っ…主人の凶行を止めるのも侍従としての役割…
そう理解してくださいませんか?謝りますから…この通りで御座います」
冷や汗が滲む、
暴論…
理屈にしても散々な言い訳だと分かった上で口にする
納得して貰える様な言い分でないことは…
だが、こういうしか道はない
平に謝り…
聞き入れて貰えるのを、
待つのみ…
頭を更に下げて、
ただ返答を待った…
…
「まあ…一応は筋は通るか。で、単に3人が心配だったんだろ?」
「それは…」
「侍従として云々、主人に刃を向ける等々は要らない。
素直に認めれば詭弁も含めて許してやろう」
「…っ、認めます」
「どうせ、裏切ったのにとか思ってそこの3人を突き放したんだろ?そもそもあの間は俺がずっと魔力圧を掛けていた、助けに行ける筈もないだろうが…
それでも裏切ったと要らない物まで抱え込んで自責して距離を置く気か?」
「…いえ」
「オニキス…だそうだ、これで納得したか?」
「ああ…充分だ、2人もこれで良いんだよな?」
「…はい」
「う…うん」
同意をマルコが俺に求めてくる
…
カチカチになりながらも、促せば
了承するジルコンにカルサイト
まあ、オリゼがこんな空気を作ったのがいけないんだがな…
「もう良いぞ…オリゼ、"友人"に戻れ。
この3人には元々口止めしてあるからな…それに、オニキスだけじゃなくジルコンとカルサイトにもどうせもう…敬語使ってないだろ?」
終わったか…
先程の空気
それを破る言葉
許可もなく膝を上げ、立ち上がり頭も上げた。
侍従らしい姿勢も態度も崩して
…柄が悪くも片方のポケットに手を入れながら、
空いているソファーの端に腰を深く下ろした
「…分かった、話しゃあ良いんだろうが」
「お前な…」
「なんだ、友人として扱うんだろマルコ」
「だな…ほら食えよ」
「ああ…」
立ち上がり、テーブル越しに差し出されたそれを座ったまま受けとる
取り分けてくれた上にフォークまで添えて殿下が俺に
アコヤ…侍従を介することなく自らの手で皿を差し出したのだ。
先程の光景が焼き付いているらしい、
侍従と主人のやり取り…それを見ていた事を疑うような景色だ。
オニキスと殿下以外は、
目の前の敵役3人もびしりと言う音が聞こえるほど動きを一斉に止めている
まあ…時間が立てば動き出すだろうしと
構わず、
料理に手をつけようとした…が、その手を隣のオニキスに抑えられる。
…なんだよ、
事態を回収しろってか?
「くくっ…オリゼらしいが、皆が固まってるぞ?」
「はあ?一年前なら何処其処構わずこんなんだっただろ?
噂くらい知ってる筈…」
「落差が激しすぎるんだよ、そもそも敬語抜いたのは良いが…ジルコンやカルサイトに向けて話すより殿下に話す言葉使いの方が酷いだろ?」
「…そんなことはない」
「いやいや…嘘は良くないだろ」
「まあ、嘘だとしても後が辛くなるだけだ…オニキスが気にすることじゃない」
「お前な…」
呆れたオニキスの手が離れる
それを良いことにフォークを進めて好物を口に運んでいった
「美味しいか?」
「ああ…」
皿の半分、
スモークサーモンが盛られたそれを食べ進めていれば殿下が声をかけてくる
「で、オニキスの言う通りだぞ、明日から楽しみだなオリゼ?」
「最低だな、マルコ。
…あ、これも美味いな…ジルコン食べて…って何してんだ?」
意地が悪い…殿下の笑みを無視しながら口に運んだそれ。
スモークサーモンの横に添えられていた物…それが美味しくて
ジルコンにも食べてみろと言いかけて言葉を止める。
オニキスの横、
そこにいる筈のジルコンに話を振れば…
錆びたブリキ人形みたいになっていたからだ
「…あのな、ただでさえ御近づきになれない殿下に自室に招かれて緊張しないわけ無いだろ…その上こんなことになるし」
「こんなこと?ジルコンに怒ってる訳じゃない、責めを受けたのは俺だ…ってカルサイトも何縮こまってるんだ?」
「そ、そりゃあ…その、ね?」
そのブリキ人形の向こう…
寒さに怯えるようなフェレットみたいに縮こまり体を小さくしているカルサイト
猛獣の前の小動物…
ああ、今さっき…悪どい笑みをしてた奴がいたっけか?
「…ああそうだ。言いたいことは分かった…俺だけが原因じゃないだろ。丁寧じゃないマルコの口調だって、怖く映るってことか。繕ってな…「それ以上言うなよ…」…はいよ」
なんだよ、
まるで俺だけが悪いみたいに…
まあ、
殿下の口調が原因であるとは言うな…本人がそう言うなら…仕方ないか
「まあ、悪かったな?全てオリゼが悪いんだ」
「はあ…オニキス?」
「オリゼが根源だろ…」
「まあな、
なら2人が無礼しても被る…まあそも空気を固くしたのも俺のせいだから、責は俺が負担する。これでリラックス出来るだろ?」
オニキスが二人の緊張を解そうと、
俺を悪者に仕立て上げている…雑だな
まあ、良いけど
「おい、俺は?」
「オニキスはもう慣れてるから要らないだろうが…
で、いい加減肩の力抜けよ…好きにして良い、部屋の主じゃないけど咎めはないのは保障出来る。あの3人はマルコが掌握してくれるだろうしな?」
「掌握とは言い方に気を付けろ…
無礼講だ、そもそもな。咎めはしない、
で、お前ら六日間何やってたんだ?全く感知も探せもしなかった」
俺に実習の行動を聞いてくる、殿下
が…俺は相手にしてやらない。
説明役ならば俺でなくても良い、他にいるのだから
「ジルコン、説明任せた」
「おい…オリゼがしてくれよ…」
「面倒、ジルコンなら建設的に分かりやすく纏められるだろ?俺より適役…何より今はこのバーガーが食べたい」
「面倒って…お前な」
「で、ジルコン?」
俺からジルコンに矛先が変わる…
殿下に促され緊張しながらも説明し始める。
飲み物くらいと勧められながらも概要を纏めて語っていく
大丈夫そうじゃないか
伯爵嫡男らしい受け答えが出来ている…
さて…かぶりつくか
う…美味いな…
このオランデーソースがパティーに掛かったハンバーガー
ジューシーな肉感に良くマッチして…
てか、あの敵役3人は始終言葉を発していないけど…
まあ、寛いでいるとは言えないが食が進んでいるところ、
会話を聞いているのを見る限り放置して良さそうだ
…
「で、マルコ達はどうしてたんだ?」
「拠点候補を手当たり次第潰してた、雨の間は流石にしなかったが」
「良く持つな…食料は?」
「携帯食に甘味を少しと、2日分のパンと缶詰位だ」
殿下の聞き込みが、
ジルコンの説明が終わった後頃合いを見て
オニキスが話を振る。
…少なくないか?
良くそんなんであんな動きが出来たもんだ…
「マルコ…それだけ動いて、腹…空かないのか?
自制出来るにもほどがあるよな…」
「おまえな…」
「何だ?」
「機動性を考えたらそれが上限だろうが」
「機動性を捨てれば良いだろ?」
「はあ?」
バーガーを胃に収め、
指についたソースを口に含んでから話に割り入ったが…
…ん?
何かおかしいことを言ったか?
頭を抱え始めた殿下に、
その隣の敵役3人も食事の手を止めて…理解不能だと言わんばかりの視線を向けてくる
「オニキス…俺がおかしいんじゃなくてオリゼがおかしいって言ってやれ」
「あー、マルコ?
あれだけの食糧抱え込む方がおかしいのは分かる。
だがこちらの食事担当の常識は違う…
四日間位は簡素な食事と大差なかったし、残り2日もカレーやら味噌の雑炊やらが出る程だったんだ」
「…携帯食糧はどうした?」
「最終日とその前日以外、殆ど食べてないな。それに珈琲やら紅茶、ナッツもあったし…それだけで済ましはしなかった」
「…オリゼ、何してんだ?」
「体調万全の方が越したことない、野営での一番の楽しみは食事だろ?」
「…はあ…で?どうせ、快適な睡眠もとか言うんじゃないだろうな」
「言うけど?」
「…理解不能だ、野営だぞ?」
「ふかふかとまでは行かないけどな…うん」
「…説明してくれるんだろうな、理解出来るようにだ…オリゼ」
剣呑、
いや疲れた顔になる殿下に
説明責任を投げる相手を考える…
あ、ベッドの設営ならカルサイトに手伝って貰ったな
…よし
「…カルサイト、説明宜しく」
「え…オリゼに聞いてるんじゃないの?」
「…コネ作っといた方が良いだろ?それに今忙しい」
「ねえ…パイ食べるのに忙しいとか言わないよね?」
その通りだ、
カルサイト…
にしても、甘さと言い調度良いな…
「カスタード、これ良い卵つかってるだろ。何処のだ?」
「…明日アコヤに聞けば良いだろ」
「それもそうだな…」
カルサイトを無視して殿下に聞けば、投げやりな返答
明日…は果たして聞けるか疑問しか湧いてこない
意図して言ったわけではなさそうだが、
明日俺はお前に怒られるんだぞ?
それを放棄してアコヤさんにカスタードのことを聞けると?
…ほらな
控えているアコヤさんを見てみれば…
努々そんな気は起きてこない
まあ、後日聞こう
「で?」
「えっと…凄く快適でしたよ?」
俺に聞くことを諦めたのか、
カルサイトに向き直る殿下
斯々然々…設営から寝心地や工夫、そんな詳細まで全て丁寧に説明していくカルサイトの声を聞きながら
…次第に緊張も解れていく様子を確認して、
それを良いことに俺は
パイや豪勢な料理を次々と食べ進めていったのだった




