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無言




『起きてください、オリゼ』

紅茶の良い香りと共に目が覚める




…見たところサーブする手つきに左腕をかばう所作は見られない


「…」

昨日はいつの間に寝たのだろうか


ベットに戻った記憶すらないが、見ればきちんと上掛けは掛けらているし寒さを覚えてもいない

あのまま立ったまま…意識を失ったとしたら、

…床で寝ていたとしたら?

アコヤの…

俺のせいで傷だらけの…その痛むであろう腕で介抱させたことになる




あるまじきことだ…

目を手で押さえながらなんて詫びればす…済みはしないな

ここに来て他の侍従や使用人を見ていない


…アコヤ以外の可能性はほぼないだろう





『オリゼ』

いつの間にかベッド側に来ていたのか

近くからする声に思わず掛布を手繰り寄せ潜る…

会わせる顔なんてない


「…」


『オリゼ、目は覚めていますよね?』


モソモソと動いているのも止める。

寝ています体を繕う

微動だにしない布団の塊




「………」




カチャリ

カップを置く音だろうか

続けて溜め息


『…置いておきますね』


足音が遠ざかりドアの閉まった音がした後



「…」

布団を捲り、目だけを出して確認…


腕の力はちゃんと入る…体を起こし足をサイドに下ろそうとすれば

目に入るサイドテーブル


紅茶と軽食が置かれているが直視できない上に食欲なんて覚えもしない…

目を背けながら洗面所に向かえば

…制服が整えて置いてある




ああ、合点がいった

学園に行く日だったか…そう言えば


色々と…ありすぎて忘れていた

そして、学園でまた過ごせる事を考えもしなかった…可能性など無いと思っていたからだ。

日数は、

あの式典からそれだけの日が過ぎたのだと…


シャワーをざっと浴びて制服に腕を通す

普段整えもしない髪も、

洗面室の…貴賓室に描かれている魔方陣のお陰で整うから便利だ…


…溜め息をつきながら、

冷たい水で顔を洗って意識をはっきりさせた。






サイドテーブルに向かう


置かれたものに目を向ける

食べねば…


また手を煩わせる訳にはいかない

心配もさせられない。




椅子に腰掛け無理やり流し込む


滅多に作法は守らない主義だ

元よりそんな性格でもないけれど…今後はそうもいくまい

最後の一切れを突っ込んで飲み込めば…





ドアの開く音…


『ちゃんと食べましたか…』

食器を確認したのか意外そうに呟く

手に持った盆を持ちながらこちらに近づいてくるアコヤ


「…」




『はあ…薬、飲めますね?』

そう言いながら目の前に薬方紙が差し出される

丸薬なのがまだましか…

差し出された薬をつまみ口に頬る


……


……


「…」


水無し一錠的なことだろうか?

口に広がる苦味と独特の匂い

紅茶はもう飲んでしまった…


洗面所に飲みに行くわけにもいかない。放り込んだ後いつもと違う空気に気づくが時既に遅し



目の前に立つアコヤに阻まれて立ち上がれないからだ…


水が差し出されるわけでもなく…

これは、

何の虐めだろうか…


口に含んでしまったそれは

そのまま飲める大きさでもない…

仕方なく…

噛み潰し、無理やり嗚咽しながらも嚥下していく


「…ぅく」




『…』


「…っぅ」


口に手を当てて吐かないのが精一杯

噛み潰したことによって

口内に広がって張り付いたようにいつまでも消えない後味




嗚咽がやっと収まった次には胃が薬を受け付けない…

拒否するように動かない。

吐き気…

薬の味に拒否反応しているのだ…

口にやっていた手を当てて馴染むか消化するか…撫で回しながら早く過ぎ去るのを待つ


嫌いだ…本当に薬なんて嫌いだ




『…少しは身に染みましたか、オリゼ』


胃を丸めるように…背を丸めた俺に、

耐えてる肩に置かれた手は滑るように喉元に。


姿勢を正すように力を加えられて…

いつまでも無言で顔を見ようとしない俺に痺れが切れたのか顎を持ち上げられる





背けようとした

その手の袖口から包帯など見えなければ跳ね退けて。



「…十分過ぎるほどに」


力を抜いた…

姿勢も正した。

アコヤの手に従って、負荷を掛けないように…

そして上から落ちる視線に目を仕方なく合わせ答えれば、

そこには咎める色


薬を飲ませたのは…水すら用意されていなかったのはこういうことか。

感覚的に肌で感じた、

制服を着ていてもそれを言い訳に、盾にされても逃がしはしないという意思表示



主人の友人として値するか見極めるような目…

指導すべき見習いとしての俺を、

未熟である人間として…見定めようとしている。

成長する覚悟は出来たのかとでも言いたいのだろうか?


何もかも投げ出して、

堕落した生活を送ることはないだろうと確認しているのだ



「十分…ですか?」

「…逃げずに認めたのですから、十分でしょう?」


『その割には反抗的ですね…ねえ、オリゼ』



そう…


期待に応えるとは明言していない

逃げないと言っただけ…

努力するとも言葉にしない上に、

あのように責を受けた…責をさせた二人に何の感謝もしていない



朝からの無言と無視を咎めるような…

俺が…期待されることを、

それを向けられる己を心の底から受け入れてはいないと示した行動


…まるでそれを見透かして、

あわよくば視線からすらも逃げそうになった俺を責める言葉が降ってきたのだった




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