実習3
「どうしたものか…」
平等に
且つ、負担の分散が出来る方法…
「ワッチに入る前の人が作るのはどうだ?」
「確かにそれも一理ある。
が…ワッチ明けに食べる人は冷えた物になる、
それに夜間食べ物を野外に置いておくのは好ましくない。
野性動物がいるからな…」
「なら、個々で作るのは?これなら良いだろう?」
確かに良い提案…
だがそれはこのメンツでなければの話。
ジルコンは思い付いたとばかりに言うが、
どちらも実現不可能な問題がある…
「…偏見になるが、
出来るのか?伯爵家嫡男に…子爵嫡男だったか?」
出来る出来ないもそうだが、
そもそも使用人の仕事。
紅茶のサーブ位はするだろうが、それと話は全く違う
料理することは下賤である…そう忌諱する筈
騎士や準男爵ならともかく、
二人は高位貴族の中でも高位の子息だ
そんな目で見ていたのだろう
見てしまっていた
次第に、ジルコンの表情が消える
「君だって男爵家の子息、同じだろう」
「いいや。嫡男とは違う、それに侍従だからな」
「…成る程、オニキスが堅物だって言ってた意味が分かった。
これもまた"敬語"と同様に平行線を辿るんだろ?」
「譲る気はない、家を軽んじる訳じゃないが…
"私"にそこまでの…御高く留まるだけの地位や価値はない」
固まる空気
それでも一歩を引く気にはなれない
「ね、ジルコン」
「なんだ?カルサイト」
「オリゼがどうこうは置いといてね…僕らが自分の食事くらい作れるって言えば解決するよね?」
「まあ…そう言われればそうだが…
言い出したのは俺だしな。
オリゼ、構わないし作る気もある。これで良いな?」
…良くはない
お前らに材料を渡して調理出来ずに、腹でも壊されては困る
が…
そう言っても更に怒らせるだけだ
仲介に入ったカルサイトの好意を無下にすることにもなるしな…
ここはオニキスに頼ろう
それしかないな。
「…分かった。ならオニキスに確認してくる」
「うん…」
何か含んだカルサイトの返事
重く頷くジルコンの挙動…
どうせ俺が悪いんだろうがな
言い回しから推測するに…料理などしたことも無いだろうに
一昔前の俺と同じく
そんなことは矛盾過ぎて絶対言えないが…
そう思いつつ、テントを後にした
「…オニキス」
「ああ、妙案があったか?」
「各々作る、それで良いかと…ジルコンが言った」
「くくっ…俺は構わないが?
それにしても、お前何言ったんだ?
カルサイトは兎も角、ジルコンは正真正銘貴族然とした奴だ。
理に敵った提案をするのは置いといて…そう言いきったのか?」
信じられないと、
オニキスの顔にかいてある…やはり伯爵家の嫡男に違いはないじゃないか
普段からそうなのだろう…
だが、
「…ああ、確かにそう言った」
「くくっ…流石、オリゼだな」
「褒めてないだろ…貶しか?」
「どうだろうな、だが最初は一緒に作ってやれ」
「止める気はないのか…オニキス、本気か?」
「本気だ、
ジルコンは自身の言葉には責任を持つ」
「ちっ…後で配分は渡す。
…分かってるだろうが、1食を跨いで取り置きや食べることは厳禁だ」
「心得てる」
からかうようなオニキスに
そうかと、
それだけ言って踵を返した
…
「どうだった?」
「…了承を得た。
配分を渡す、オニキスにも言ったが1食を跨いで取り置きや食べることは厳禁だからな?そこは自己管理出来ると信用している」
「分かったよ…理由もね」
「同意した」
…仕方ない
オニキスもそう言っていたしこの二人が料理すると言うならば一食分に分けていくか
ベットの端に座りながら、
小分けにしようとバックパックを引き寄せたが…
なにやら表情が暗い、
項垂れた様…そんなカルサイトの背中を心配そうに擦っている
「…で、なんでカルサイトは落ち込んでるんだ」
「ううん…なんでもな「カルサイト」」
「でも…ジルコン」
「言った方が良い」
「…う」
ごそごそ、バックパックを漁りながらだが…
カルサイトに問い掛けた。
予備で持ってきた懐紙や薬包紙に日付と朝昼晩と書いて小分けしていく
あまり好ましくないが…2日ほどなら切り分けても良いか
っと…その前に
どうせ俺のせいだろうからな…
「言いたいことがあるなら、時間を置かずに解決した方が良い。互いのためでもあるし、グループのためでもある」
ベットの前に、
腰掛ける二人の前に移動してカルサイトに視線を向ける
…しゃがんで目線を合わせた
「…じゃあ…さっき言ったでしょ?
子爵嫡男にはって。オニキスもそうじゃない…親密だからこそなんだろうけど差別的に感じられた。
それに…僕誉められたことじゃないかもしれないけどお菓子くらい作るんだ、家からは外聞あるから言うなって…言われてるけど」
「俺が聞いて良い話じゃないな…
だが、言わせたのは俺だ。悪かった」
「オリゼは悪くないよ?僕が言っただけ」
きっと…この二人は仲が良い
アフレコでジルコンは知ってる事だったのだろう
そこまで言うなとカルサイトを見咎めている
そして心配する色も…
俺がカルサイトの秘密を話すことを危惧しているのだろう、
俺に向ける視線が強く良くないものになった…
「二人に己の価値観を、拘りを押し通した。
オニキスも確かにカルサイトと同格、
仲が良いとか人となりを知っているから…それは俺の詭弁に過ぎない。
"子爵家嫡男"だけを理由として個を知ろうともせず偏見を押し付けてカルサイトを傷付けた…そういうことだろう?
…同様に"伯爵家嫡男"もだ、提案したのはジルコン本人なのにな…出来る訳、する訳がないと思ってしまった。
…本当に申し訳なかった」
まあ…俺が悪かったからな
嫌でも誠意は見せなければならない
だから軽くではあるが…
しゃがんだままの体勢で頭を下げた
…
「へえ、謝れるんだ」
「っ…ジルコン、失礼だよ?」
「当然の言い様、カルサイト…礼を欠いたのは俺の方だ。
二人共申し訳なかった」
間があって放たれたジルコンの台詞
少し低い声は…
やはり感情を隠すのがうまいな
先程はそこまでの様子も見せなかったのに…
謝ったからこそ、少しは軟化したのか?
「まあ、カルサイトの事もそうだし俺自身も色眼鏡で見るとはな、少し勘には障った」
「それについても…詫びる」
「ねえジルコン…謝ってるよ?」
「だからなんだ」
「…僕の為に怒らなくても」
「俺に怒る権利すらないってか?」
「そうじゃないけど…」
「じゃあなんだ」
「その…」
…
言い合いに似た会話は…暫く聞いてはいたが
止まる様子がない
はあ…
下げたままの頭の上で…?
確かに原因は俺だが…
かといって気分の良いものじゃない
ったく…
「…本当、どいつもこいつも」
「あ?」
「いや、比喩で悪いが…俺がカルサイトで、オニキスがジルコンみたいだと思っただけだ。受け取る側も心配する側も…その心情は似通った物だろうと想像してしまって…な」
「正直言って…今、虫の居所は悪い。何が言いたい?」
「推測するに…間違っていたら済まない。
カルサイトはジルコンが心配してくれて嬉しくない訳はないだろうが、それを含めて俺を責めるのは心苦しいと。
権利云々ではない事も身をもって知ってる…掛け値無しの人を心配する情は掛けるも受け取るも義務でも強制出来る物じゃないからな。
だが対等で居たい親友からのその心配は同時に有り難くも受け取りにくい、与える側が何故受け取れないと苛ついたとしてもだ」
「…確かにそうかも。ジルコン、心の内を翻訳されたみたいだね?」
「癪だ…認めるが」
「…ならば不快感も俺の責任にすれば良い」
「俺の影響力、それを知っててそう言う奴は中々居ないが?」
「っ…、本気じゃないよね?」
「はっ…本気だ」
「…僕は謝罪してくれたし良いよ、本気なの…?」
またもや
間に入ってくれるカルサイト。
有り難いが、拗れそうだからやめてほしい…
そしてその影響力がどんなものかも噂に疎い俺には分からない
伯爵家子息だから、決して軽くはないのだろう…し、
避けて通るに越したことは無いが…
…だからと言って非は俺にある
被るのが道理だ
「分かった…この7日間が終われば好きにすれば良い」
「要求を飲むのか」
「"私"に出来ることならば」
「…なら、この実習が終わっても"敬語"無しにして貰おうか」
「は?」
影響力は?
提示されたのは対…個に対するもの、爵位も家の権力も何もない要求
そして普通…非礼にしては軽すぎるそれ
…俺にとっては違うが
「は、じゃないだろ?」
「…ラピスを含むこの場にいる四人の私的な場」
「条件つけるたあ…肝が座ってるな?
いいよ、それで許してやる」
「ジルコン…?」
「あ、勿論カルサイトに対してもな」
「それは理解してる」
「ははっ…面白い奴だな、オニキスが親友にするわけだ」
漸く…
その台詞に重い空気が霧散した
だが…殺気も魔力もなくてこれだ
甘さのある兄上よりもこれは難敵になりそうだな…
…
「はあ…ともあれ気が済んだのなら俺は作業に戻るぞ」
「構わない」
ジルコンの了解を得て、立ち上がり作業に戻る
その足で…
腰につけたサバイバルナイフを抜き
火に軽くくべる
…
カッティングボード、小さな板だがそれを背面から取り出して…
パンもか。
殺菌した後刃元、パン切りナイフの代わりに
保存に向く固い茶色のそれを切り分けていく
…
「オニキスが言っていた、オリゼは天邪鬼で不遜だが悪い奴じゃないってな」
「とんだ説明だな」
「否定はしないとこを見れば、その表現は納得してるんだろ…」
「オニキスでなければ許さないが?」
急に話し掛けてきて…
なんなんだ?
雑談にしても世辞にも良くはない話題選びだな?
「…くくっ、素直じゃないっても言ってたか。確かにその通りだ」
「…それで?」
「素直でなくても、自身が悪いと思えば信条を曲げても謝るし要求も飲む。
オニキスの言っていていた通りだ」
「気に食わない奴には信条は曲げない」
「でも…謝って要求は飲むんだろ?
その要求が信条に反していても…違うか?」
「違わない…これで良いか?」
こいつ…何が言いたい、
俺の事を中傷したいだけか?
意図はなんだ…
「効くだろ?」
「は?何がだ」
「信条に反してこうして…拘っていた敬語を外すのも、多分その逆も同等の負荷の筈だろ?
趣味じゃないが、あの水攻め以上のことを"普段"ならしないとお前は渋々でも了承をしなかったと見てるが…」
「御名答だ。
なんで呑んだかも分かってるならそれ以上は言うな」
「つんけんした見た目に反して、お前なりに謝罪する気持ちがあるからだろ?」
「性悪め…言うなと言っただろうが」
間髪入れず、言うなと言ったのに言葉にする…
本当、一筋縄でいかない奴だな…
謝っただろうが、
それで此方の意図は知れた筈
態々、信条を折って俺が要求を飲んだのは、この二人に悪いと思ったからだと
…そう紐付ける事で何になると?
「だから、俺は疑わずに理解できたし謝罪を受け入れられたんだが?」
「…それはどうも」
成る程、
オニキスの俺に関する予備知識によって俺が本気で謝ったと分かったってか?
ちっ…
煩い奴だ…
さてと
懐紙で1食分ずつ…他の包みと麻紐で括れば、
当座の一人に渡す分の塊の完成だ
「おい、怒ったか?」
「…」
「これで許してやるんだから良いだろ?」
「それはそれは…恐悦至極に御座います」
二人分を手に持って、立ち上がり振り返り様
俺が本気で謝った、それをそんな不遜な発言で茶化してしてくれるジルコンに意匠返しをしてやろうと、
侍従の礼をとりながら返礼してみる。
敬語を抜けと言われたばかりでそんなことをすれば眉を潜めるだけでは済まないと知りつつ…
「お前…」
「謝罪は終わった。
今の揶揄するような言動を咎めなかったのは、認めたくはないが…お前がオニキスが認めてグループに入った奴だからだ」
「ほう、俺を許さないと?」
「ああ、愚弄されれば俺は遠慮なく怒るが?」
「口が乾く前に敬語を使った…反故にしたお前に言う権利はあるのか?」
「普段ならば許さないと言っている」
「…普段なら?」
「お前はオニキスが買ってる奴だ」
そう、普段なら…
オニキスが認めた奴でなければ…昔であれば手出ししていた。
今はグループとして行動している、
学園の学生として同等な立場で扱われる体裁もある…が、
俺は侍従見習いだ
体裁も詭弁も通用しない…ジルコンに手を出せば俺の家だけでなく殿下にも迷惑が掛かる
溜飲を下げること位は出来る…が、
遺憾に思ったのは確か
先程俺がカルサイトとこいつに頭を下げたのはそれが理由
信条に反して条件も呑んだ
それなのにからかうなんてな…
謝らさせねば、
気が済まない…
「オニキスが、なぜ今出てくる」
「…本気で怒ってはいない、冗談だ。お前だって"普段"ならこれを冗談で済まさないんだろ?ジルコン」
「冗談で…」
「俺はオニキスに免じて冗談で済ますと言ってるんだ」
「つまり…お前がオニキスに免じて俺を許すと言うならば、俺もそれに免じてお前を許せと?」
「理解が早くて助かるな」
「…ちっ、悪かった。お前はオニキスが買ってる親友だからな、
…冗談で済ませてやるよ」
普段ならば、遺憾に思えば権力を使うことも厭わないんだろうと揶揄した
それでも此方とてそれは同じこと
遺憾に思ったと、それでも譲歩してやると示せば、
お眼鏡に敵ったようだ…
済ませてやるよと言うことは、
そう言うことだろうから…
だが、
足りない…
「"へえ、謝れるんだ"」
「ははっ…予想以上だ。
"オリゼ…礼を欠いたのは俺の方だ、申し訳なかった"」
先程のジルコンの台詞を借りて謝罪を催促してみれば、
苦笑しながらも俺の台詞で返してくる
俺に頭を下げさせた自分が同じことをしたと認めて謝るか…
なかなか、
筋は通すみたいだが…
「予想以上、ね
…俺はかなり下に見られてたってわけか」
「…ちっ"それについても詫びる"、頭も下げる…これで良いか?」
まあ…お前に比べたら俺の権力なんて高が知れてるけどな
権力の圧力はない
…それを知っていても頭を下げた、
俺が要求すれば価値のあるそれを下げるのか…
御高く留まっているのに、よく出来たじゃないか
及第点だ、
これで腹の虫も治まる
「ああ、それで良い」
俺の許しの言葉、
それを聞くと直ぐにその立ち振舞いを崩し顔を上げる…
てっきり…
屈辱か…はたまた怒っているかと思えば、
邪気もなくただ可笑しそうにジルコンが頬を弛めているのを確認した
…
「お前…俺に啖呵切るなんて…胆力あるぞ?」
「はっ、なにせオニキスの親友だからな」
「負けた…悪かった」
「許してやるって言ってんだろ?」
「何なんだ…上から言いやがって」
「お前だってそうだっただろ?」
「くくっ…違いない」
「ほら、やるよ。雨にもよるが当座の分」
「分かった」
「カルサイト、お前の分。
それと気にするなよ?あれは俺が悪い」
「う…ん、ありがとう」
受け取った物に対するもの、
その言葉はそう言うことにしておこうか…
「で、ジルコン…さっき作ってるのを見ただけでやれるか?
ワッチ入る前に晩飯作るが、練習するなら見てやる。
ああ、何の含みもないぞ…念のため言っておくがな」
単にジルコンが料理出来るかと聞いているだけだ
それは伯爵家子息だからと言う偏見ではないと棘を含ませて…
「やけに上から目線だな…、だが御教授願おう…
…ああ、そう言えばオニキスはいいのか?
"ああ、何の含みもないぞ…念のため言っておくがな?"」
すかさずオニキスの心配はしないのかと聞いてくる
それは単にジルコンがオニキスが料理出来るか知らないからと、
決して子爵家子息だから出来ないだろうと言う思い込みからではないと揶揄してきた。
…まあ、本気でオニキスのことをそう揶揄しているなら容赦しないが
ただの軽口であるなら許容範囲か…
「ふっ…あいつなら出来るって信頼してるからな…
もし出来なきゃ聞いてくる」
「俺は出来るって思わないのか…聞くことすら出来ないって?」
「さあな」
「オニキスは嫡男なのにか?」
「ああ、嫡男だとしてもだ」
「なら俺だって嫡男だが?」
「親友じゃないからな、信頼に足らん」
「じゃあ俺が親友になったら?」
「足るだろうが、今のところ友止まりが良いところだな」
「だから信頼に値しないって?」
「ああ、そうだ」
「くくっ…暴論すぎるだろ」
「論破出来ればそれで良い、何か文句あるのか?」
「無いな…くくっ」
「ふっ…」
…
「ねえジルコン…オリゼも何で笑ってるの?」
「何だかって?端的に言えば、この鼻持ちならない男爵家次男様が俺を認めて下さったからだ」
「…それ、何が面白いの?」
「面白いかは分からんが笑えるな。
オリゼによる意匠返しさ…始まりは俺に頭を下げて謝った、その理由は俺らが遺憾に思ったことに対すること…オリゼ、そうだな?」
「ああ」
「その上で俺がオリゼを遺憾に思わせる言動をした、
ならば同じことを求めても問題ないだろうとこいつは判断した」
「人聞きの悪い…」
「事実だろ、
俺が非を認めて頭を下げられるか…それを試した。
人に非を認めさせ謝罪させた、その責として信条に反する条件まで飲ませた…その当の本人である俺がそのオリゼの心から謝罪を揶揄すれば遺憾に思う…当然だ」
「そう…ジルコンはオリゼと同じ事をしたってことだね?」
「そうだな、そしてそれならば俺も同じ謝罪をしろと要求した。
お前に出来るのかと、この俺が見極められたんだ」
「オリゼはジルコンの報復が怖くなかったの?」
「その危険は承知の上だろうな、
個人的には俺が優位、家柄も爵位が継げない事も権力差は見て明らか」
「なら何で?…僕にはリスキーだとしか思えないな」
「試すってことは、初めからこいつは俺を買ってたって証拠。
リスキーだとしても俺が事を謝って納めると見越してだからリスクは少ないと見たんだろ…
…その真意に気付くこと、そしてそれに気付き頭を下げられるか。
気付かぬ振りも権力をかさにきて跳ね除ける…そうすれば俺の沽券に関わる。ましてや人に求めたことを己が出来ないとあっては名折れだ。
だから…誠意を見せるしかなかった」
「…そ、ジルコンは同時にオリゼを認めたってことだね?」
「ああ…悔しいがな。
それにオリゼは鼻から俺に同じ謝罪なんて求めてない、膝を付くことも責を求めることもこいつはしなかった…それでも手を打った。
…ったく、舐められたもんだぜ」
「…でも、それは権利差があるからじゃないのかな…
だから手を打つしかなかった…違う?」
「個人的にはって言っただろ、
こいつが形振り構わず俺を潰そうとすれば手は幾らでもある」
「…え、まさか」
「そのまさか、だ。
身の丈を弁えてはいるが、殿下の太いパイプ…
懇意にしている子爵嫡男であるオニキスとラピスラズリは場合によれば俺の伯爵嫡男何て肩書きは通用しない。
最後に、こいつの男爵家…ラクーア卿と深い仲であることは黙認されている、その当主、次期当主もオリゼのことを可愛がっているそうだからな。
何か間違いはあるか?オリゼ」
「事実ではある、が…それが俺が選び取れる手段とは成り得ない。
それを利用するようであれば、俺の命はない」
「…っ、命って!」
「その程度にもよるが、
そもそもその様な性格であれば今名の上がった人達は俺を側に近付けないし、当の昔に父上に排除されているな」
「…だから、選び取れないって言うの?」
「選べるさ、ジルコンが言った通り…皆、一度きりではあろうが大抵の些末であればな。その暗い後先を天秤に掛けてでも俺が乞えば叶う」
「でも…ジルコン、おかしくない?
オリゼはオニキスの名前を出したよ?」
「そうだな、だがそれは子爵嫡男としてではないと話のやり取りで示した」
「ああ、暴論にも程があるって言ってたあれ?」
「そうだ、自身の"親友"としてカードを切った。
親友が認めた奴なら許してやるとな…俺に膝をつくことも責を求めもせずに許したのは情状酌量の他ならない」
「なら、ジルコンは完敗したの?」
「…ちっ、だからそうだって言ってるだろ…俺の負けだ」
「頭は切れるみたいだな、だが一つ言い忘れてるぞ…ジルコン」
「…オリゼ、何か欠けがあると?」
「俺があいつらを利用しなかった?
違うな、俺らが利用しなかった…これが正しい」
「…ぷっく…ははははは!」
「情状酌量してやったのは、それが理由。
分かってて言わないなんて親友想いだな?なあ…ジルコン」
「くくっ…白旗上げるぜ、してやられたな」
「よく言う…どの口がそんなこと吐くんだ?」
「…オリゼ、どういうこと?」
「どうもこうもない、ジルコンは親友のカルサイトを利用しなかった。
オニキスやラピスラズリと同等の権力を持つお前をな」
「…僕にはそんな力ないけど?」
「あるさ、情報収集と操作能力はお前の家の専売特許。
俺のパイプや家の内情もどこ迄把握されているのか…それくらい気が付かない筈ないだろ?」
「それは…」
「言わなくて構わない。
話を戻すぞ…問題ない部分迄はジルコンに教えていた、
そしてそれをジルコンは活用したものの…それは此方にもカードがあると仄めかしただけで名前を出すことも脅しに利用もしなかった。そうだな?」
「ああ、御名答だ」
「はあ…オニキスが中傷されれば俺は怒る…当然カルサイトが中傷されてジルコンが怒るように。
例え立場がどうであれ、矛盾しようとも…親友を大事にしている事、それは一貫して変わらない。
俺もジルコンもな…その点において似た者同士、
だからこの短期間で互いの性分を察して、認め合った。そして理解したからジルコンは潔く負けを認めたんだろ?」
「…癪だがな、くくっ」
「はっ…此方とて癪だ」
ニヤリ、
そう形容出来る笑みをニヒルに笑うジルコンに返す
成る程、嫌いじゃない
俺を見下さない
こいつは俺を俺として見ている
確かに伯爵を継ぐ物として足り得る
地位が低くとも、本人を見て評価する
自身の地位が高い…そう振る舞いはするが話は通じる、
権力や肩書きだけに頼らず驕らない所もある
…成る程、
"色眼鏡"で見た俺が悪いな
クツクツと笑いが漏れる
本当、侮れない…
その上気づき謝れば許すんだからな
上に立つ格だ
認めるよ…お前は凄い奴だってな
右手を差し出せば、
何処まで心の内を垣間見てるのか知らないが
まあ、分かりやすい俺のことだ
目や顔に表れてるんだろう…
スッと出され、力強く握られた手に苦笑混じりの笑みが浮かんだ
「そ、和解したなら良いけど…なんなの?もう…仲良いの?」
「こんな腹が黒い奴と?」
「カルサイト…冗談だろ?俺がこの意固地で頑固な奴とか?」
「あ?聞き捨てならないな、ジルコン…誰が意固地で頑固だって?」
「そう言うお前こそ怖いもの知らずだな、俺は腹黒い何て言われたこと無いが?」
「それは皆が"普通"のジルコンが怖くて言えないだけだろ」
「そう言うお前だって"普通"は「あれ、否定しないのは怖いと思われているって自覚があるのか?ジルコン」…てめえ」
「やっぱり仲良いじゃない…」
「…誰が誰とだ?」
「そうだ、カルサイトなら俺は怖くなんて無い筈だ、このわからず屋に訂正してくれ」
「訂正なんて知らないね。
…喧嘩するほど仲がいいって言うし…僕だけ置いておくのは狡いんじゃない?二人とも…」
「ちっ…むくれるな、一番はお前だ」
拗ね始めたカルサイトを宥めるためか…
その手を握り、
そしてその手を離したかと思えば、
エスコートするように淑女を…婚約者か?それを扱うように手を差し出す様子に…
役者だと、
様になっている所が更に面白い
「何それ…浮気する男の常套句じゃないの?…もう訳分かんない」
ふいっ
そう顔を背けたカルサイトを放置して
此方に視線を向けてくる…
ニヤリと笑うジルコンに口がひきつった
はあ…その役者に加われと?
…まさか、愛人役になれというのか…この腹黒は
「で、ジルコン…何番手が空いてるんだ?」
「そうだな…空いてはいるが8番手位が妥当だ」
「随分、懐が深いようで…感謝に耐えませんね」
「まあ改まる必要もない…目をかけてやるのは俺の意思だからな」
「では、一番手様がいる前ではありますが…厚顔で申し訳ありません、カルサイト様」
カルサイトに差し出していた手を俺に…
成る程な。
意図を組んで…
スカートを摘まみ上げる所作
続けてそれに手を翳すようにジルコンのそれに手を重ねれば、口付けを落とすような仕草までもしてきやがった
…
ふっ…
茶番だが愉しいな
俺の手をとり、片膝までついてまさに求婚でもしているようだ…
見上げるジルコンの口角も上がりきっている
「二人とも…?僕も怒って良いんだよね?」
「機嫌直せ…つい楽しくなってな」
「知らない…」
「改めて、宜しく…まあ多分…いや確実に面倒だろうが」
ジルコンの手が離れた
その右手を拗ねた一番手、もといカルサイトへと差し出す
…ゆっくりとだが握り返されたその手
迷いはない。
ジルコン同様に…初めから侮蔑も何もなかった
値踏みも、忌諱も示さない
本当…こいつも変な奴だ
"置いてくな"
そう言うのは…意図してはいないだろうが、
末端でもジルコンと自身の輪に
俺を友として入れるつもりがあるからこそ出る発言だ
本当…有り難い奴等を紹介してくれたもんだ
オニキス…
「で、何が面倒なの?」
「そこの"旦那様"の言った通りで俺は意固地で頑固だからな…直りはしない。
面倒な性格の上、訳あり物件なのも知ってるだろ?本当…酔狂だな?」
「酔狂って…ねえ、それ褒めてる?」
「半分な…」
今度は俺が顔を背ける番だった
座る二人に構わず、
寝袋にダイブする…ふて寝を決め込めば
背中越しに聞こえるジルコンの
…"有り難い"俺の行動と発言の関連考察、心境解説をカルサイトと共に長々と聞く羽目になった




