観
「アコヤ…責は責だ。手加減はしないぞ」
手から離れた足がアコヤの前で止まる
杖を手に取りながら言う殿下は、
その声には覚悟も含まれているのだろう…
手加減をしない
その言葉の意味には…俺にきっと怒っているから
責の場面を見せることで、
俺がきっと立ち直ることを望んでいる。
そんな風に感じとれもするのだ…
『心得ております』
何の恐れもない、
そう…当然のように左腕を捲りながら差し出すアコヤに、
止めてくれと…そう声を出そうにも喉は動いてくれない
「規定だと30回だったか…ああ、追加分含めると80回か。で、拘束は必要か?」
『…そうですね、流石に動くと思いますので…』
それを聞くなり
サイドテーブルに歩みを進める殿下
「…お前でもきついか」
何をしているのだろうか…
カツカツと固い音、
拘束と言ったならば魔方陣か?
その想像を体現するようにマルコがサイドテーブルに魔方陣を描く音がする中、呟くように落ちた言葉が重い…あまりに重い
唯の演技ではない
叱責するためのものに甘さなど無い
…これが俺のためであるとしても、
辛く痛みを伴う責であることを会話の内容から気付きたくなくても察していく
「描けたぞ、腕を乗せろ」
『かしこまりました』
未だ横の視界で着実に事は進んでい…
「で、いつまでその体勢で居るつもりだ?目を背けて見ないつもりか?」
!
「…いいえ」
急に振り返って飛んできた言葉に
びくりとする…
そうか、
もうこうして冷静に思案する俺の状態を分かっているのだ。
その上で床に寝転びながら、
楽な姿勢で見るつもりなのかと見咎められたのか…
無理やり体を起こす
…立ち上げればふらつく体を必死に押し止めた
「…それでいい。アコヤ、始めるぞ」
それを
俺の心情すら認めたのだろう
こちらをちらりと見た後…
マルコが…殿下が腕を振り上げた
鞭を振るうように、
俺に見せつけるように本来杖を打つような速さ以上に…
ビシィ…
ビシ…
『うくっ…う…』
アコヤの噛み殺しきれない嗚咽と杖の音だけが響き渡る
もう左腕は赤くないところなんてない…
鬱血、
みみず腫れ
その上から打ちつけられる度に更に血が滲んでいくのが分かる…
最初に見えた白い肌、
そしてアコヤの侍従紋はそれがなんであるかすら…その存在を知らなければそこにあったかも分からない…
赤色でなにも見えなくなっている…
もう十分だ…
…良心なんて痛むどころか既にズタズタだからもうやめてくれ
被害者面等しない…
期待される重圧から逃げはしない
受け入れられはしないが…少なくとももう見習いとして逃げはしないからと、
「…休憩いれるか。」
そんな心の声が聞こえたのか
手を止めてアコヤに問う
既にアコヤは固定された腕だけがテーブルに上がり、
座り込んでうつむいた状態
…もう片方の腕はもう力なく絨毯に投げ出されている様に…
力ない
『殿下がお疲れでなければ…続きをお願いいたします』
「で、後何回だ?」
『…30回です』
「…腕の向きを変えるぞ」
そんなアコヤに構うことなく…
無情にもマルコはアコヤの腕を、血塗れの内側を下にして再び責の続きを始めた…
いつまでも
いつまでも…
終わりがないような時間が流れる…
期待する側とて
痛みを伴うのだと示すように
裏切られたとしても諦めないと言っているように聞こえてくる
どれも、
俺を責めるような言葉
そしてそう感じて、考えてしまうのは…
少なくとも俺が俺自身を責めているから
期待に応えろと、
ここまでしてくれる人を裏切るなと…
己の実力に能力に絶望しても、
努力をしても結果が伴わなくても…
その辛酸を舐めることから逃げるような弱さを捨てろと…
「終いだ」
固定の魔方陣を解きながら言う殿下に
『…ありがとうございました』
アコヤは右手から放たれた魔力でサイドテーブルの出血をかき消し、
放たれた左腕の袖を戻しながら直ぐに立ち上がる
痛くない、のか?
深く息を吐いただけ、
それだけで何事も無かったかのように
唯の業務だと言わんばかりに血を清め直立するアコヤは…
侍従にしても、
皇太子の傍仕えとして優秀であったとしても…
人間としての味がない。
理性でここ迄抑え込めるものなのだろうか…
そして、
侍従というのは…
俺が目指さなければならないそれは、
主人の前では責の後でも
…ここ迄の振る舞いを要求されるのだろうかと冷や汗も出てくる
俺には…
「アコヤ、戻るぞ」
その様を見ながら、
アコヤの状態を確認してからドアに向かう殿下
俺に一瞥もくれず、
一言も掛けずに出ていくようだ…
『かしこまりました』
キィ…
「ああ、後で軽食と強めの飲み物も持ってきてくれ」
それに応えるように平常と変わらないような所作
…
マルコに追い付きドアを開け、
殿下を通し、
何事もなかったように会話しながら去っていく
…それに侍り続いて出ていくアコヤ
…そんな二人をドアが閉まるまで
ただ、だだ…立ったまま呆然と見送ることしかできなかった




