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帰省37




抵抗も気力も、

一欠片も残さ無いまで打ち据えさせられた。

本来この鞭は此処まで打つものではない、

大の大人でも十回と打てば泣き叫ぶものである筈なのだが…

それに耐えきった息子

勿論手加減はしたものの回数が回数だ


ふらふらと、

姿勢を崩さないまでも覚束ない様子

俺が手を収めたことにも気づかない程余裕は無さそうだ





こちらとしても

好き好んで息子を痛め付けていたわけではない…

こちらとて心身が痛まない、

そんなことあり得る筈無いのだが…


普段なら道理も聞き分けもある息子が、

そこまでしてやらねば弟を手打ちに出来ないと…

口にすら出来なかったからだ


全く、

頑固なのは誰に似たのか…

言いたくないと口を閉ざすのはオリゼの十八番である筈なのだが…兄弟らしいと言えばそれまでだが

面倒なところばかり似よって…からに



はあ…

…とりあえず手当が必要だな




「終わりにしようか」

「…有り難う御座いました」


「青龍を呼びにいかせる、後で手当てしてもらいなさい」


ぐったりとしながらも礼をとるアメジス

その姿から視線を離す。

そう指示を、扉の前で控える侍従に視線をやれば

意図を汲んでアメジスの部屋に青龍を呼びに出ていった




「父上…」


「ああ、最後の最後で気を失った」


アメジスの目線が

オリゼを探しているのが分かる。

そして白虎の腕の中でぐったりと意識を失った弟を見つけ、

怒りに震えていく様子を視野に収めながらも用がなくなった鞭を纏めた





「…何故許可したのですか」

「いずれ学ぶことだ、アメジスよりは軽いだろうがな」

「それは分かります。

…が、何故このタイミングである必要がありましたか?」


「損な役割は纏めて済ませたかった、からかな?」



「御冗談を!

私はいいです、弟は…感情を取り戻したばかりです。

それを…また見捨てるような見限るような台詞を何故耳に入れさせなければ…」


面倒事は纏めて済ませたいとめかすように言えば、

噛みつく息子


こんなに聞き分けがないのは珍しい…

理由は分かる、

弟のオリゼに執着しているからだ。

何事も俯瞰して見るアメジスが

弟を守ろうと子供らしくなるのは貴族としては誉められなくても…

感情を発露させている事は喜ばしい


のだが…

こうなることを予想していても叱責を止める理由にはならないからね




「だから辛いぞ?と私は言った筈だが…」

「私に選択肢など無いでしょう」


「選択肢どころか全て私に預けたのがいけないな」

「…分かっています」


「八つ当たりのほかあるまい?」

「仰る通りです」



言い含めれば

項垂れた息子

まあ…可愛くもあるか


聡いこの子が分かっていない訳はない、

それでもオリゼが可愛いのだろうな…


責め立てれば…

言い訳1つせず答えながらも意気消沈する、

崩れ落ちたままの息子の傍に寄り頭を撫でてからソファーに座る



そのすぐ横、白虎を手招きすれば

抱えられた優しい手付きによってにオリゼが座らさられる

それをゆっくりと左腕で掻き寄せ、

自身の膝に横たえていく


その様子に、

俺がこれ以上オリゼを害することはないと悟ったのか

向けられていた殺気に似た嫌悪は霧散した




「まあ、これで暫くは"兄上"にベッタリだろうからな」

「四肢を切り捨てるといったのですが…」


「殺せるな?と言った私よりましだろう…

私を畏怖した目で見ても、アメジスがそう言ったときには辛そうな顔をしていた」

「…父上」


「だから損な役割だといったろう」




溜め息をつき、

疲れが滲む返答に…


オリゼを優しく撫でる手も、俺にそう言う声音も穏やかな物

本意ではない事をさせた

父上のその言葉に恥を知る…


何も好んで俺やオリゼを責め立てた訳ではない

必要だから、

俺ら息子に必要だから教育しただけのこと


痛んでいるのは、

俺の身体やオリゼの心だけではない

父上の…

その鞭を打った手も息子を思う心も…




「申し訳ありませんでした」


父上に悪役を演じさせた

もし、あの時父上を殺めようとも思わなかったが

…覚悟はあったのだろう


簡易な足枷だけで…

例え白虎を後ろに控えさせ帯刀しているとは言え

あの台詞と場所には似つかわしくない程万全は期していなかった


それでも、

万が一を考えていたことは確か

俺に殺されることも考えていた筈だ…


そんな覚悟も判断もさせた。

オリゼに俺を通して見せつけた

なんて…酷い所業を指せたのだろうと思っていれば



ほら、迎えが来たぞ

と落ちてくる言葉





「若」

「青龍…」


下がっていた視線を上げて見れば…

扉を開ける白虎の後ろから現れた侍従は、

俺の傍仕えは…



「…部屋に戻りますよ」

「立つから待ってくれる?」


「時間が惜しいです」

「命令してもいいんだぞ…っ」


「当主に命令し直していただければ済む話です」

「青龍…」



立てないこと、

それくらい自覚している

時間が惜しいと言う理由も分かる、


少し待ってもこの四肢が言うことを利かないことは…

立ち上がろうとして殆ど動かなかった身体から明らかだけれど


これ以上情けない姿を晒したくはない

青龍に見られたくないと、

俺がそう思っていることを知りながらも冷たい目をするのは…

そこにあるのは心配と怒り


普段俺がオリゼに対して、

自身の身を大切にしない弟に向ける感情その物だ





くくくっ

笑い声が聞こえる

父上だ…


「青龍の言う通りだ、何時間掛かる?

オリゼの前では気を張ってなんとか歩いてはいたが…2度はなさそうだ。

オリゼも寝ているし無理そうだな」

「父上…」


「青龍、早く連れていけ。抱き抱えてな…くくっ」

「畏まりました」



見透かされている

オリゼの前ならば、その目があるならば意地でも立ち上がれたかもしれないと…

だが、

その肝心な弟は幸せそうに父上の手で夢の中だ


…気力もない

恥ならもう晒し尽くしている

格好をつける弟にバレることもない…


近付いてくる足音に、

身動ぎすら億劫になった身体から力を抜いた…




「…屈辱だ」

「何を仰っているのです?若」


抱き抱えられ、視線が高くなる

父上に膝枕され…すやすやと眠る弟の顔がよく見える…

まて、玄武は?



「父上」

「玄武は…まあ多分全員だが後で来る。

今晩は私の部屋で寝かせるつもりと言えば、全く…過保護な奴等だ」

「何かあれば知らせを」


「無理をしてでも来るのだろう?何も無いとは思うが…必ず知らせるから部屋で寝なさい」

「畏まりました」






部屋に戻ってきた様だ

何処かに座らされ、落ち着いた揺れに瞼が落ちていく


疲れた…

でも良かった

感情が一応は戻ったようだし

これで…このまま元に戻れば



「若、寝るのは早いです」

「…青龍、厳しくない?」


薄く目を開けて

見れば

湯の用意…

傷の処置の為の薬箱に…

侍従達が控えている



「では、清拭から」

「青龍?」


「何か、仰いましたか?」

「いや…何も言ってないかな?」


有無を言わせない雰囲気に言葉を飲み込んだ

青龍に支えられながら

処置は進んでいく


珍しく人に身を委ねた気がする…

起きていろとは言われなかった

半分寝かけながらも

痛みに度々覚醒させられる



清拭に、手当

最後にベッドに横たえられられて掛布を掛けられれば

そのまま…

沈むように夢路に旅立った







………



「そろそろ起きなさい、オリゼ」

「…ん」



「オリゼ?」

「…!」

「やっと起きたね」



父上の声に目が覚める。

身体を起こそうとして手で諌められる

それでも探す、

視界が利く限りの場所を…必死に兄上の姿を探す。



覚醒していく意識に冷や汗が出てくる…


どうなった…

何故寝ていたんだ。

結末まで見届けもせず、

寝ていたなんて情けない…



先程迄何が起こっていたか思い出し、

隈無く兄上の姿を探すも…



…何処にもいない

この部屋に居ない…

嫌な想像が広がっていく、

知らない間に兄上がどうなったかと…




「あの…兄上は…」

「一足先に部屋に戻っているよ、青龍達が付いている」

「そう…ですか」


柔らかな父上の声音に

その言葉はすんなりと受け止められる


本当に大丈夫なのだろう…と、

もう許されたのだろうと…

痛いことも怖いことも、

あれで終わりだとその優しく微笑む顔に宥める手つき…父親の顔をした父上に戦慄は溶けていく…




「今日は私の部屋で寝なさい、侍従達は居るから安心だろう?」

「父上…は?」


「私は徹夜しないといけなくてね…

様子も見たいし、丁度良くベットも空く」


「白虎そうなの?」

「…当主がそう言われるならばそうでしょう」




「父上…」


どう見ても嘘だ

確かに怖かった

だけど今目の前の父上を見ればそんなこと思わない

俺が怯えると思って…

だから添い寝もしない、同室にではなく隣の此処で待機するつもりなんだ



前回と同じ場所に行った

牢に入りはしなかったけど…

直ぐに何かあれば対処できるように…か


心配されている



此処は父上の部屋なのに…

白虎達にではなく俺の世話を態々玄武たちにさせるのは俺が気を休められる様にとの心遣いだ…


きっと徹夜でしないといけないことなんてない、

そんなこと父上はなさらない

方便だろう…

普段から仕事の算段は、締め切り間近になるほど放置するなどされない筈だから…




「白虎、何故分かりやすく視線を反らせて含みを持たせる?」

「オリゼ様に嫌われたくないかと思いまして」




「そうか…オリゼ聞いても良いか?」

「…?父上なんでしょう」

「白虎は嫌いか?」


「いいえ…何故そのようなことを?」


脈絡ない質問に

疑問符だらけのオリゼ、

後ろに控えさせた白虎を振り返れば表情が僅かに揺れる




「散々暴れるオリゼを手荒く押さえ付けられてきたからな…

嫌われているかと気にしているようだったから聞いてやったまでだ、なあ白虎?」

「…御心遣い有り難う御座います」


「くくくっ、白虎。

"余計な気遣いを"だろう?…同じ言葉を私も返すよ」

「…作用で御座いますか」



互いに

…険悪ではないが目で会話している


…?

もしかして気にしているのか?

父上も白虎も

横になったまま、二人を見上げながら頭上の会話

紐解いて聞けば…

確かに白虎にも迷惑はかけたとは思うけれど…

嫌ったりはしない。






コンコン

「入れ」


「失礼致します」


…玄武の声

足音は…複数



「やはり全員揃ったのか…」

「ん?」



「御迷惑かと思いましたが…」

「分かっている、白虎構わないな?」

「お心に従うまでで御座います」


少し陰った表情

白虎のそれに気付いた玄武

一人ならまだしも、四人

白虎の領分に入るのだ…

それも当主が疲れた時に設えた寝所に主人を休ませることも叶わない…



玄武もそれが分かっていて、

それでも息子が心配で大人数であっても押し掛けたか。


当主とはなんだろうな…

雇い主である俺を軽んじて要るわけではなくとも、

体裁を捨てるほどにはオリゼを想うのは…



まあ、

それを許すのがここの屋敷だ。

担当の侍従が、

当主よりも担当する相手を優先するのは…

勿論、

規約に抵触しない程度で、

俺が口出ししない限りの範囲ではあるが…な





「御屋形様…有り難う御座います。

貴台、御言葉に甘えましょう」

「玄武?」


「夜食と薬を御用意しました、召し上がって頂きます」

「な…」

「それはもう…狢が念入りに用意した薬湯ですから。

ああ、それと川獺が…」



ドナドナ…連れ去られていく息子

扉の向こうで、

形だけは抵抗している…そんな様子が窺える

普段のオリゼだ。

淡々と薬を飲んでいたと言うが…

そんな様子もない、甘えているのだろう…


薄く開かれたままにされた寝室の扉

そこから駄々をこねる愚息の声と、

詰め寄る侍従達のやり取りが聞こえてくる…




「騒がしいな…ふっ」

「ええ…なれど」

「ああ、嬉しいに決まっている…どうした?」


此処数週間、

聞けていなかった我が儘に振る舞う声

大人びたオリゼも悪くはないが、

無理を自覚出来もせずいたいたしかったからな…


そう表情が緩むが、

陰ったままの白虎の様子に気が付く




「当主、私に断りは要りません」

「…ああ、先程の話か。

そう言うな、私の部屋…それも寝室だ、気にするだろう?」

「…当主」


「侍従同士の領分もある、それに今夜は早く私を休ませようとしたのだろう?」

「心労が溜まらない筈がありません」


全ては叱責の為だ。

息子達を好んで痛め付けた、そんなことはないと白虎も分かっている。

…多少の無理をした俺を気遣っているのか



「設えた…お前の心配りを受け取れなかった」

「…」


「白虎すまない」

「…当然の仕事をしたまでです」



「…どうせ何かあるのだろう?」

「御用意しております、暫し御待ちください」



やはりな、

暫くして運ばれてきたのはマロングラッセにブランデー

その心遣いを嗜んでいれば

隣の賑やかな声も落ち着いたようだ


「何かあれば起こせ」

「承知しております」


ソファー横たわると

毛布を掛けながら落ちた白虎の声に、

長い一日、その幕を閉じるように目を閉じた





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