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帰省35





縁側に座る



甘い

ここ最近甘味と言えば試作品の余りを食べていただけだ

他は食事だけ

それですら義務的に…


言わずとも

胃の負担にならなそうな、

食べやすいものばかり用意してもらって

勿論手間隙が少ないものをと言う意図はあったのだが…



烏が復帰してから

何か言いたそうに目を細めて見つめてきたが、

結局なにも言わなかった

何を言いたかったのか気にもならず…

問いもしなかった




簡易的に抹茶を点てながら、

日常の些末が頭のなかに思い出されていく


泡も薄く、大きく粗いまま

茶筅でそれを綺麗にする事なく点て終える

自分が飲む用だ、

見た目はどうでもいい…粉が溶ければ良いのだ



もう1つ

もう1つと練切りを口に入れてから

そうして点て終わった抹茶を飲んだ




「オリゼ、謝りに来たんだ」

「謝られる様なことは記憶にありませんが」


残った最後の1つを口に放り込む

水差しかわりのピッチャーから水を注ぎ

茶碗の掃除をかねて椀を煽った


…隣に行くのは憚られる

が、話を聞くにはこの距離は些か不便

雨足がつよく、

その雨音で声が聞こえにくいのだ


仕方ない…

盆手前を挟んで逆の柱に、

寄りかかるように正座を組んだ





「…ごめんね、オリゼ」

「ですから、謝られることは御座いません」


「…拝見はしなかったよ。

茶碗も花も、掛軸も…菓子も全て後悔や詫びを表すものだと分かったから。

オリゼがここ最近より一層努力してきたことは分かっていた筈だった、だから特別に喜ばせようと海の幸を取り寄せたんだ」


「申し訳ありません」


海の幸か

結局、日の目も見ることなく棄てられたのだろうか…

漁獲され命を奪った

折角手間隙掛けてここに運ばれてくるも、

ついぞ食べられることなくその命は無駄になったのだろうな

運良く、

侍従達に下げ渡されて食べられていれば良いが…




「何も悪くないのに謝らないで…

大人気なかった俺が謝る事だから…

それを受け取る事すら余裕が無いことも分からず…俺の心遣いを拒絶するのかと背くのかと自分本意に怒ったんだよ?

勝手にやって、余裕が無いオリゼに無理強いした…感謝まで強要、何故しないと激昂したね。

兄として…人として失格だ」


「弟が不出来なだけでしょう…

心遣いを無下にした私が悪いだけの話です」


「…そこまで思わせてしまった。

一番の理解者であると自負していたのにね…努力することがこんなにも美しくて眩いものだと分かっている俺がそれを全否定した。

してはならない、取り返しがつかないことをした…だから心まで閉ざす迄させたんだ」


「私が非才だったと言うだけの話。

才能の差があることは周知の事、…見下される事があっても仕方ありません。

今まで優しくして頂いていたことが異常だっただけで…きっと、気の迷いだったのです。それから目を覚ました…ただそれだけのこと、当然の対応でしょう」



「っ…」

「それを今まで勘違いしていた私が悪いのです。

戯れとはいえ暖かくしてくださったことは、あの時間は互いに夢だったとすれば良いだけ。

何も兄上が気にされることはありません」


そう、当たり前…

向けられる優しさや甘さは当然で普遍であるという勘違い

これまで数えきれない程失態を、

そしてこの度に本来受けるべき父上からの叱責を代行した。

甘い、緩いものにして


それも全快で終わりだったのだろう…

何度も何度も失態を繰り返してきた俺に堪忍袋の尾が切れた

見切りをつけられた、

そう言うことなのだろうから




「…分かった。そこまで言うなら1つ面白い話をしようか、

馬鹿で憐れな人形の話をね」

「悲劇ですか」


「さあね…

その前に寒くなってきたし部屋に入らないかい?」


雨も本降り

更に強く降り始め、

…風も冷たさを増してきた



話が長くなるのであろうことは察した。

が、特に雨がはいってくる訳でもない、

背もたれ替わりにこうして寛いでいる方が楽

横を伺うも寒そうにしている様子もない

…必要ないのではないか?


「私はここで構いませんが…いえ、入りましょうか」


言葉を…

提案を無下にするそれを紡げば眉を下げる様子

何か気に障ったのか…

機嫌を損ねてはと、それは回避しようと言い直して立ち上がった








………



「元の人形に戻ることを叱責とするならそれでも良い…でも、もう一度だけ機会をくれないか…この通りだ」


「兄上、頭を上げてください」



分からない…

兄上がこうして頭を畳につけていることが

泣きそうな程、声が揺らいでいるのも…


悲劇

喜劇…どちらともつかない一人の物語

才に恵まれ過ぎた兄上の話




……


何もかもが、色がついていない様に見えた

周りの愚鈍や非才には辛く当たってきた

それが当然だと心の底から思っていた

努力等、些末

もがいても才能があるものには勝てないと…

冷笑しか浮かばなかった


つまらない世界

何をするにも簡単な盤上のゲーム

少し駒を動かせば思い通りに進んでいく

父上や母上が窺うようにしているのも、

鳶が鷹を産んだからだろうとしか思わなかった



そんな時、

弟が生まれた


一目見て

人形に心が宿ったのだと

世界に色が付いたのだと


ただ純粋に向けられる

損得も裏もない…あどけない笑みで手を伸ばしてきた赤子

畏怖もしない

距離も推し量りもせずに…


ただ、可愛いと

守りたいと思った




上手くいかない

思い通りにならない


母上に願って世話をした時には困惑した

こんなこと初めてだと

そう溢せば

そういうものよ?と母上が笑って言った

こんなに優しげに笑う人だったか…

後ろで見守る父上や侍従達の顔を

初めて見たように思う


赤子に向けるのと同じ…慈しむような顔を俺に向けてくる

そうか心配して…いたのかと、

畏怖や距離を取るために窺っていたのではないと

…初めて気付いた



ぎこちなくとも、

母上達と会話をしながら


言いたいこともどうしたいのかも分からない

良かれと思ってやったことは

気にくわないのか泣き止まない

そんな弟の世話をする内に

俺も人として成長出来たんだよ…


例え弟が

剣から逃げても、鬱々として引きこもっても

それを嘲る感情なんて何処にも起こらなかった

心配して…心配して

ただどうしたら元気に笑ってくれるのだろうと

そればかり思うだけだった


心が戻ったと言っても…

他の人間が努力すらやめたら、見切る筈なのにね

そんな事は一切思わなかった

思わなかったんだよ…


大切で、眩しくて

俺の持ってない物を沢山持っているオリゼだから

懸命に努力することが、それ自体が才能だと気付かせてくれた弟だからかもしれない

少し休憩したって

このまま腐っていたってそれでも良いと思った





でも、命だけは捨てるのは許せなかった

我が儘だね…これこそ"自分本意"

生きる気力も無くした弟に生きるようにと枷を増やした


…そして立ち上がったね

前にも増して努力をするようになった

痛いくらいに、

頑張る姿は見守るだけでは辛かった

だから甘やかしたかった

…自分のできる限りの心を込めて



もうそれを享受出来る余裕が無い事も分からず、

跳ね退けられれば何故受け取らないと激昂した。

剣を再び持ってくれたこと、

それを嬉しく思う行動が報われなかった…


…ただ自己防衛のためにオリゼに当たってしまったんだ

受け取って貰えないことを、

俺が褒める事を享受しなかったことに怒りを。

それは本来受ける側が喜ぶもので望む事でなければならない筈なのに一方的に押し付けた、ありがた迷惑だっただろう…


幼いままで良かったと…

何より弟の努力を認めていたはずなのに

それに救われたはずなのに否定した


享受出来なかったのは

成長し己を省みていたから。

トラウマの克服、それ程度で褒められるに値しないと…

今まで迷惑かけてきたからと




……





そんな、

知っている完璧な兄上とは違う…

俺が生まれる前の話


そして、

隠しておきたかっただろう事をさらけ出す様子を

淡々と聞いていた




「許すもなにも、ありません。

兄上を元より責めもしていません」


「悲しませた、感情が擦りきれて無くなるまで…」

「何を仰っているのですか?

喜怒哀楽はあります、それにこうして普通にいるではありませんか」



「…ごめんね、ごめん…」

「…っ急に抱き付かないで下さい。

割れ物もあります、危ないですよ」


盆手前、

割れ物…茶器が傍にあるのだ

勢い良く抱きついてきた勢いを支えきれず、

片手を後ろについて堪えなければその上に倒れ割れていた


…危ないな、

少し考えても分かることを失念するとは兄上らしくもない






「ごめん…」

「何事もありませんでしたので構いません」


抱き締めていたオリゼから、

体を離す。

肩に手を置いてどんな顔をしているのかと思えば…

何処を探しても、期待した表情はそこにはやはりなかった



「っ…これで戻らなかったら、もう打つ手がないよ。

ねえ…何でもするよ?オリゼがしたい事なら何でも…」


「…特にありません」

「ねえ…何でも良いんだけど無いの?」


「では、また剣の相手をしていただけますか?」

「分かった…ありがとうオリゼ」


仕方ないとばかりに…

無表情ながら、提示された物は

期待した責でも、可愛らしい願いでもない。

それでも繋ぎ止める約束だけは…

出来たのだろうか?





ガラリ…

引き戸の音に視線を向ける

にじり口側ではなく屋敷に続く扉だ



「あら…遅いとは思っていましたが。

光が見えたので…まだ使っていたのですね」

「母上…もう少しで終わります」


遅い、

その単語に少し表情が変わる

盆を片付けようと直ぐに動こうとしたオリゼ

そして、

その行動に母上の視線が向けられている


「気にすることはありませんよ?

道具があるなら…どうせですからオリゼ、一服していきなさい。アメジスも…」




「母上…私は…」


付け加えられ、

向けられた視線は鋭いもの。

普段寛容で滅多なことでは怒らない母上のそれは

きついものがある…


「アメジス…弟を残して部屋に戻るのですか?

このまま引き下がるのですか…」

「いえ、頂いていきます」


事態を回収出来なかった上に、

投げ出すのかと…

そう問われ引き下がるとも俺が言えないことを知っていて

…この場に留められたのだ






……



抹茶を飲み終えた

母上が終いにかかってそれも終わりを告げる

叱責…

その猶予がもう無くなったことを示している



此方に直り、

視線が向けられる…


「申し訳御座いませんでした」


「本当に困った息子ですね?

玄武や青龍から聞き及んでいました…どう解決するのかと見守っていましたが、上手くいかなかったようですね、アメジス」

「…見ての通りで御座います」


真の礼を…

手のひらを畳につけ、深く頭を下げながら…

近くなり過ぎてピントが合わない、

滲む畳の目を見ながらも責める言葉に肯定を示す




「…まるで昔のアメジスのようです

少し毛色は違いますが…弟をそうさせたのは何が要因だったか、それは漸く理解出来ましたか」

「母上…昨日遅れながらも理解したつもりです」


「昨日…少し遅かったのではないですか?

この様では、継げるものも継げませんね。…麒麟、アメジスを彼処に入れなさい」

「母上…」

「何か意見でもあると言うの?」


「私は構いません。なれどそれでは弟が…」


気付くのが遅すぎる、

それによって大幅に対処が遅れたことも咎められる

だからと言って納得出来はしない。

彼処…それは地下のあの場所

ならば、

それは廃嫡の可能性が多分に含まれる…


つまり、

俺の代わりにオリゼが当主を継ぐ…

赦されなければあれ程嫌がっていたそれを背負わせることになることもあり得る

万が一にも…あってはならない、

それだけは呑めない…

こんなに擦りきれてボロボロにさせた上にそんなことをさせるわけにはいかないのだ。



「それを含めて貴方の咎でしょう?

望まない当主を引き継がせる事になっても、弟1つ守れない人間がとやかく言える資格はありませんね…」


「…母上、精進致しますから」

「なりません」


「どうかお願い致します」

「…アメジス、万策尽きたのでしょう?」



「っ…もう一度機会を…お願い致します」


策がない、

これ以上考えても打つ手はない

それでもこの場を免れるために機会をと口にした

母上がそれに気付かないことはなくても、

許すことは無いとしても…


「不十分ですね…麒麟」

「畏まりました」


やはり…

考慮に値しないと一蹴

そして、近付いてくる麒麟の気配

なにがなんでもここから連れていかれるわけにはいかないと、

侍り畳にすがり付いた…




…おかしいな


御許しを…とそう繰り返し叫びながら連れていかれる姿

畳に頭を下げたまま座り込み、

張り付いて抵抗し続けた…

どれも孤高の冷静沈着な兄上らしくもない


そんなに当主を継げなくなるのが…

俺に譲っても構わないと、

そんなものどうでも良いと行っていた筈なのに

いざそうなると惜しくなるものなのかもしれない…


抵抗虚しく引き剥がされ、

麒麟に無理矢理つれていかれる姿を

ただ…ただ見送った




「さてと、片付けて夕食に。

昼食もこの様子から食べていませんね?」

「頂きました」


「菓子やチーズを摘まんだ程度で食事とは呼べませんよ、オリゼ」

「…申し訳ありません」


「それ程、この場を設えるのに気が向いていたのは分かっていますから責めはしませんが…」


「あの…母上、私が継ぐのですか?

兄上の他に適任はおりません、それに私は守られています」

「それを判断するのは当主ですよ」


「母上…」

「なにかしら?」


「そんなに私は変ですか?」

「そうね、明日の朝地下に様子を見に行きましょうか。

オリゼにとってはアメジスらしくない姿かもしれませんが…」


「畏まりました、明日の予定を空けておきます」




盆手前と

茶室を清め終える


1足先に行かず、

引き戸の前で待っていた母上

…誘われるまま母上と遅い昼の、夕食を兼ねた食事

足を進めていく度…その為に揺れる、

綺麗な絞りを施した羽織を目と足で追いかけたのだった



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