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帰省33



コンコン…


「入って…」

「失礼いたします」



扉をノックすれば、

入室許可を求めれば聞き慣れた声音


最近は…聞けなかった感情がある若の声

固く、冷たいものではない…





「…御待たせ致しました。

熟考されましたか?どの様な沙汰でしょう」


苦い表情をする…

顔に、目に温度が感じられる

それでも、片膝を折って床につけた


「勘弁して…

俺がそんなことをする気がないことは分かっている、

そうでしょ?」



「さあ…、分も弁えず、

主人を怒らせる迄気付けない侍従には分かり得ません」








「青龍…頼む」


取りつく島も無い小生に、

突き放した言葉を放つ自身の傍仕えに頼み込むとは…


長い間が、

静寂が落ちた後

腹の底から絞り出された感情の乗った言葉が聞こえてくる


窺えば…

髪を掻き上げながら、

両肘を机につく

頭を抱え込む様に支える姿…





これで言葉が届く

…漸くですね



「…小生を繋ぎ止めようとされましたね。

自惚れでしょうが、傍仕え以上の信頼を得ていると思っています。認め認められたいと願う相手に見限られて何を御感じになりましたか」



「虚無感を」


「左様で御座いますか。

なれどオリゼ様が貴方様に向けられる物はその比ではないでしょう…それでもすがりも致しませんでした。


"幼い無知なままの方がよっぽど良かったと"


見限られるだけでなく、

一番の理解者である筈の"兄"に努力とアイデンティティーを真っ向から否定された。

背を見ることも追うことも拒絶される、

挫折から立ち上がり必死に身につけてきた知識や成長を無価値だと捨て吐かれたも同然です。


どの様なお気持ちでしたでしょう。

尊敬する相手から…向けられたそれをそのまま呑み込んで、

自己弁護もせず擦り切れた状態で。

無知に戻る事も出来ず…

否定された努力と成長を諦める事も出来ず。

己を戒めながら、矛盾するそれを抱え気丈に振る舞っているオリゼ様は今どの様な状態でしょうね?」


「知ろうともしなかった」

「ええ…放置されましたね」





「…」


「ああ、最後の仕事を忘れていました。明日の午前薄茶を振る舞うそうです。"良ければ傍仕えと共にお越しを"と。

傍仕えが誰を指す事になるのかは…貴方様次第です」


"貴方様次第"

その最後の単語だけ

からかうような声音で吐かれた台詞


選択の余地はある。

部下から指名しろとは言っていない

ならば青龍も含まれた…選択肢を提示されたも同じ


まさか、ね…

完全に騙された

誘導された

俺が俺を取り戻せるように身を呈した

俺の傍仕えは…悔しい程に格好が良いな



「…はあ…顔をあげて。青龍、引き継ぎなんてしていないよね?」

「しておりませんね、まだ」



上げられた顔は


滅多に見せない笑みまで見せて…

"まだ"していないと言う

引き継ぎ…そんな重要な業務を失念する筈がない

手抜かりがある筈がない


ならば…

確信を抱く


まだ傍仕えでいてくれる可能性があることに…





「俺の傍仕えは昔も今も、これからも青龍一人だけだ。

…明日からも変わらず仕えてくれるか?」

「若のお心のままに」


品のある所作で

礼をする青龍を見て…一息つく




が、次第に血の気が引いていく

鏡を見ずとも青ざめていくのが分かる


思考が、追い付いてきた




業務の引き継ぎと言った時間は方便だ


嗜め、一人にさせた

俺が考えるための時間を猶予を稼いだ…

それだけじゃない

本気で切られる一歩手前だった



…ぞっとする

もしも1つ間違えれば、

少し遅れていれば…

本当に見限られていた


2週間…いや、

10日程の期間査定に入っていた筈だ


許容範囲限界まで待てるだけ待った

この1時間程が

最後の機会

その前になされた口上に似た言葉は

最終通告



多分に盛り込まれたヒント

これで本当の意味で気付かなければ

兆しすら無ければ…冷や汗が落ちる


青龍は甘くない

懐に入れた人間には多少の挽回の機会は与えてくれる

だが、

そうして切り捨てた相手には…

想像に固くない

入れなかった者に対するものよりも確実に冷酷で残酷だろう

きっと命令で縛っても"この青龍"は戻ってこなかった



退室した時間

引き継ぎは実際していないだろう

そしてこの後もしない


…が、

袂を別つ場合には

俺がどんな沙汰を下して身動きがとれなくなった状況下でも

引き継ぎが成されるようにと

"完璧な手段"を高じた筈。

それを実行に移す算段は…手腕は分からない

が、推測は間違っていないだろう





見限られる前に

取り返しがついた





「…青龍」


「どうされますか」



「…甘やかしたい」

「享受するか疑問ですね。

…当主の許し、いえ玄武達に命令をして頂いてあらましを聞き出しました。

既に手を尽くしたそうです、手打ちになる覚悟で…考え付く限りの事を手を変え品を変えて。

甘やかしも…全て断られたそうです」



「オリゼが…?

少しは玄武や烏には甘えるだろう?」

「…いえ、我が儘1つ言われないそうです」



「え…美味しいもの食べたいとかさ?」

「…口にしたいものを言われはするようです」


「何食べたいって?

タルトとかグラタンか…いや、シャーベットとかだろうか」


「間食は…ナッツ一択です」


ナッツ…

父上が良く食べられる

菓子やサラダに多用されるもの

殻を向いたり加工するのは手間であるものの、

間食程度の量であればそのついでに少し時間が取られるだけ


後は皿に盛るだけの手間…

オリゼの好物はタルトやシャーベット

それならば、

細かい仕込みを含めれば三時間程掛かるだろうが…ナッツね…





「…アフタヌーンティーは?」

「カントリースコーンだけで良いと…」


「だけ?」

「付けるものはありふれたマーマレードだけです」



…スコーン

そもそも作るのは簡単

加えてカントリーであれば細かい手順も必要ない

ただざっくり混ぜて焼くだけ…の筈。


オリゼは…ナッツやチョコのはいった物が好物

その上、木苺やブルーベリージャム、クロテッドクリームをたっぷり付けるのが好きなのに…




マーマレードは好まない筈だが…

俺を含め万人受けする、手に入りやすいそれは…屋敷の使用人向けにまで大量に常備されているジャムはそれだ。


ブルーベリーはともかく、木苺や山桃などオリゼの好むものは量が少ない

季節感のあるそれは、保存が効くとはいえ一回に買い付け出来る量は僅か。

手に入る時…足りなくなればその都度作られている


加えて…日持ちのしないクロテッドクリームを要らないと言うならば、

添えるものは瓶から掬うだけで用意が事足りる…な



「食事は?」

「召し上がっていると聞いてはいます」



「何か問題でもあるの?」

「…量も栄養面からも無いという意味では」


渋い顔をして含みのある言い方

…何かある



「つまり?」

「基本的に狢に任せてはいるものの、伺いを立てれば食材の用意や調理の手間がないメニューばかり指定されるようです。

それはもうオリゼ様の我が儘でも希望でもなく、余計な労力を玄武達にさせないという心配りでしょう…」


「牛タンのワイン煮込みは?」

「川獺が申し出るも断られたそうです…」


「ほくほくの銀杏を沢山入れた茶碗蒸しとかは?」

「烏が提案するも…和の国の手の掛かる料理はことごとく御断りになられたそうです」



「なら、朝食にはパンにスクランブルエッグ

保存の効くベーコンやジャムばかり食べてるの?」

「想像されている通りにございます」



そう、か

そう言う意味か

希望するのは直ぐに手に入るもので、手間が下処理や調理行程の少ないもの

煮込み時間の掛かる物も断る…

食事でこれだ、


だが…惰眠ならば手間隙は、

侍従に掛かる迷惑は少ない筈だ



「布団は?タオルケットにくるまってぬくぬくするのが好きなんだ…少しは…二度寝位するよね?」


「致しません。

規則正しく就寝され、起床されていると狢から聞きました」


「…何故?」

「ベッドメイキングや洗濯のことも考えておられるようだと、

その様な些末の時間の変更など負担にも成り得ないのにと烏が溢していました」


「…我慢、してるんだ」

「その様ですね」


「そう…」


オリゼなら、

見習いとして侍従の仕事の算段を理解している筈

仕える相手が規則正しくそうしているのならば、

侍従としては行動しやすい…か


そんな考えが透けて見えてくる




「そんな様子に、せめて好きな本をと…

部屋や屋敷の書庫にある本を、それも内容は貴族的な物ばかり選んで読まれているそうで…玄武は裏で業務時間外にオリゼ様に何かして差し上げようと調達に走り回ったそうです」

「それで?」



「机の上に、他の物と混ぜて用意して置いておいたそうです…

誰が用意してくれたのだと聞かれ己だと答えれば…部屋を辞させられその時間分…謹慎という強制的な休みを取らされたそうです」


「…貴重な本だったの?」

「烏が手打ち…いえ、あの沙汰の前に頼まれていた関連の本ですね。

専門書でなくとも、余り数は多いとは言えないでしょう」


サバイバル…

野営に関した無いようだったかな?


それならば書籍になる必要は余りない、

識字率が平民でも高いとは言え出版には金も掛かる

そもそも、

実践や口頭で身に付けていく物だ

態々活字にする必要も、その需要も少ない…


戦術的な本ならば

野営に関したものも載っているだろうが…



「少しは…屋敷の書庫にあるだろう?」

「…あの者も"一応"傍仕えです、それに気付かないとでも?」


確か、貴族的な本でもクーデターや謀反の起こった際の対処法として、

野戦や一部の地域で嗜みとして行われている鷹狩り

そんな手法ならばオリゼの求める内容に類似する…と


そう思って、

それを用意すれば良かったのではと言えば…


自身と同じ役職

それに就いていると認めていないとも聞こえる評する言葉

それでも青龍が玄武を同じ立場の傍仕えだと認めていると言ったならば…


オリゼの事を思って行動に移したと、

屋敷の…玄武が用意したそれに関する本はことごくここ数日で読み尽くされていたらしい事が分かった



青龍の反応からみるに

それはもう

オリゼが許す範囲での手間隙で用意できる物をと…

そう手を付くし知恵を絞り、

そして万策尽きた…



だからオリゼに勘づかれないように準備した後で玄武は業務時間外に行動に移したらしい。

気付かれないことを…

その低い可能性に掛けて。


それが、

屋敷の書庫に眠っていた本であるかのように用意して…






「…手遅れ…かな」

「もう擦りきれている様です。

律しすぎて感情すら残っているかは分かりませんが若に何か返そう為さっているのは事実です。

けじめを着けようとされているのであれば、お茶に招かれるその時が最後の機会かもしれません」






「…どうしたら良い?」


「それを小生に聞いてどうされるおつもりです?

確かに考えや手段を提案することは出来ます…

ですがそれをただ実行する事に若の気持ち全てがそれで示せますか?オリゼ様の心に響くと思われますか?」


「だが、有効な手筈が思い付かない…何も」

「小生が仕えてきた主人は、思考を放棄する御方ではありません。安易に巷に転がる手法を模倣される御方でもありません」



「…分かった、明日には間に合わせる。

で、なんで膝をついたままなの?」



「まだ沙汰がありませんので」


沙汰を乞うにはあまりにも不可思議な声音

愉しげに言う…青龍、

まるで褒美を待つかの様な…


褒…美?



「…まさか」


「ええ、"褒美"でも構いません。

仲直りされた折には烏と同じものを戴きとう御座います」




「…」


取り返しがついただけか

完全に懐に戻った訳ではない


オリゼを取り戻した上で

オリゼと同じ痛みを少しでも知れと…そういうことだ




「若?顔色が宜しくありませんが…過ぎた願いだったでしょうか?」


オリゼと仲直りすら出来ないのかと

痛みを享受する資格すら持てないのかと…そう言いたいのだ

そんな…

にこやかに笑う青龍に冷や汗を握った



「…それくらい出来るよ、青龍」

「楽しみにしております、若」




惨敗だ

…夕食は如何致しましょうとなんとも無しに続けた青龍に、

用意してくれとそう言うだけで精一杯だった





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