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帰省25





「オリゼ…会話に反応できなくともお二方は気にされない。

安心して紅茶を飲みなさい。茶菓子も食べなさい」

「父上…」


固まっていた、

ただ会話の流れを汲み取ろうと必死で

他の挙動が全て停止していたらしい。

それを見かねた父上が、

苦笑を讃えながら俺に言い含めてきた



「その紅茶はね、

昔3人で良く飲んだんだよ…安い茶葉をラクが配合して。

ここに並ぶ茶菓子も、王弟や陛下が本来召し上がるようなものじゃない。この意味が分かるね?」

「…はい」


格式を下げている…

それが父上や陛下の思い出のものであっても…ラクーア卿が俺に配慮した意匠でもあること

多少の無礼を赦されているのか…

その心配りに緊張が少し溶けていく。



…こんな大人になれたらと、

昔憧れた卿への想いが鮮やかに蘇ってくる


美味しい…

…ラクーア卿が差し示す…金平糖

一緒に食べようと…

含んで見せた様子に一粒摘まんで口に運んだ



何から何まで…

俺に対して優しすぎはしないだろうか?

本来なら当主である父上は俺を見限って、責を肩代わり等しない

卿は事の次第を証言するのみ、



「ラクーア」

「はい」

「本題に入るが…新しい事業を始めるつもりだな?」

「何の話ですか…陛下」

「反物や、毛皮…ベルベットから綿まで多様に最近買っているそうではないか」


「…ああ、その事ですか」

「言わないつもりか?咎のつもりだったのだが…」


「御家のことです、事業ならば本来…陛下でも聞く権利はありませんね」

「ラクーア」

「本来はと申し上げました

…事業ではありません、ただオリゼの衣装を作っていただけのことです」



「…綿や反物までか?」

「それは侍従が欲しいと言うものですから」

「仕立て屋はどうした…例え侍従がお前の子息に仕立てるとしても、その生地で良い訳無かろう」



「遊びです、衣服ではなく"衣装"

陛下もお忍びの際にはその様な生地を御召しになることもあるでしょう?」

「…まあな」

「そう言うことです、陛下」


「だが…"侍従が欲しいと言った"…

侍従が指示されて用意するのであればその様な表現にはなるまい…まだ理解が出来ないな」



「…御家の恥では御座いますが…愚息が侍従らにも多大な心配を掛けまして…その普段の働きにも報いる為に好きなものを愚息に着させて良いと私が許可を出しました」

「…して、どの様なものを」


「…動物を模しました」

「ほう?面白そうだな…」




「う…」

「オリゼ君?何か口に合わないものでもあった?」

「いえ、その様な事は。どれも美味しいです」

「なら、"衣装"がそんなに嫌だったのかな?」

「っ…それだけのことをしましたから」



「嫌だったのかな?って聞いたのだけれど?」

「…好ましくは思いません」


「成る程ね…ルチア、オリゼ君に詳しく聞いても良いかな」

「はあ…好きにすれば良い」



色々、手回ししたんだけど…

報いて貰ってもバチは当たらないよね…

等…

やんわりと卿に囁かれれば…


言わないわけにもいかなかった








「さて、そろそろ良い時間になるね…

ルチア、どうする?」

「お(いとま)させて頂けるならば…」


「兄上、宜しいですか?」

「構わない…が、ラクーア、たまには遊びに来い」


「御冗談を…」

「ならば弟を使うか、ここならば良いのだろう?」


「…御命令とあらば馳せ参じます」

「兄上」

「分かっている…ラク、たまにならば忍んでも構わないな?」

「…私は構いませんがね」



その後…

呼ぶのがだめなら、

此方から押し掛けるか…

王命を悪用しようかとぼそりと呟いたり…


立場を考えろだの

ラク、乱心を止めろと散々な言い様

王弟の立場を使わせるなら

それに見あった報酬を寄越せと、

オリゼ君の貸し出し条件は?

と迄…混沌とした…会話

…最終的に3人で言い合いになる


暫くして、折れたのは父上だった



「陛下本日はお招き、多大なる酌量と御配慮…有り難う御座いました」

「構わぬ」

「また近いうちに」


「…ラク分かっている、行くぞオリゼ」

「はい…父上」





魔法陣に立てば

…直ぐに景色が変わる

見慣れた屋敷の庭園風景に、

張り詰めていた気が一気に抜ける





「疲れたか?オリゼ」

「父上…申し訳ありませんでした」


深く腰を折って謝罪する息子は…

親馬鹿ながらこうしてみると、

少しずつ成長しているのだと嬉しく思う


事後処理や算段もつけた甲斐が報われるというものだ…




「…済んだことだ。部屋に戻っていい」

「有り難う御座います」


屋敷に向かって歩いていく背中

それを見ながら、

口角が上がる…




「…やはり礼服には勲章が似合うな、白虎」

「当主…顔が緩みきっておいでです」


オリゼの背中を見ながら、

側に控えた白虎に呟く

…同意ではなく親馬鹿だと苦言が返ってきた。


お前はオリゼの親衛隊長補佐なのだろうに…

それにしては辛口ではないのか?



「ああいうところで、大人びている顔ももう出来るのか…

まあ…普段のオリゼにすぐ戻るのだろうが…」


「甲斐がありましたね…御疲れ様でした」

「…そうだな、私も少し休むか…」


成長を見てきた者として感慨深い、

そんな白虎自身の感情と込められた…俺の気苦労を労う言葉

やっと目処が付いたのだと、

認識し始めれば感じていなかった疲れがどっと出てくるようだ。



礼状を2通書けば、他に急を要する物はない。

…たまには昼寝でもしようか


晴れ渡った晴天下、

心地いい風が頬を撫でた







……


父上に言われた通りに部屋に戻る

侍る玄武に荷物の整理を軽く任せたあと…


そのままソファーに沈んだ。

疲れた…

父親は最後まで俺を責めなかった、

そればかりか俺に対して疲れたかと声を掛けてきた…


一旦退室して、

珈琲を用意する…

玄武にサーブされたそれを何を入れる事もなくブラックのまま口を付ける



「玄武」

「…はい」

「烏から聞いた…手を回したな?」

「貴台…」


「命令違反なんて不粋なことは言わない…助かった」

「勿体無い御言葉です」


「父上は凄いな…当主の、いや父親の威厳は」

「普段の優しいお屋形様も…尊敬なさっているのでしょう?」

「…言わないけどな」


あんな大きな背中、

見せつけられて尊敬しない訳がない。

あれば当主ではなく…

紛れもなく父親として陛下から俺を守ったのだから…



「貴台らしいですね…昼食は如何なさいますか?」


くすりと笑って伺いを立ててくる

その玄武の様子にやっと戻ってきた…と思う

時間にすれば数時間

だが、酷く懐かしく久しく戻ってきていない感覚だった




「軽くしてくれ、何故か茶菓子を沢山勧められた…

…ん、玄武?顔色が悪い…食事は川獺に任せて少し休め」


「…御言葉に甘えても宜しいですか?」

「負担をかけた…下がっていい」


一礼して出ていく玄武を見る

珍しく…

相当疲れたのだろうな

場所が場所だったし、玄武には悪いことをした。


玄武が退室するのを確認して…

一人掛けのソファーに沈み、目を瞑った





うたた寝しかけていれば扉を叩く音


「貴台…よくぞお戻り下さいました」

「ん…約束だからな…」


「御食事の後は如何なさいますか」

「悪いが…湯あみしたい。

早く礼服を脱いで楽な格好がしたい…堅苦しい」


「…我は似合っていると思いますが…残念です」

「残念って…、俺にはラフな方が身に合ってるよ…」


「ならば先に川獺の衣装に致しますか…」



…ラフな服装から何故

その提案に…ああ、出掛ける前に烏の衣装を着ると約束した

それがラフではないから変わりに川獺に権利を明け渡したのか…


「…どんな衣装を作ったんだ、烏?

いや、川獺のもある意味気になるが…」


「お楽しみに…とっておかれた方が宜しいかと。

そうだな、川獺?」

「烏さん…我が先で良いのですか!?」


「仕方無かろう…」

「…烏…いや、いい。川獺」


非常に残念そうに顔を歪める八咫に…

礼服よりも仰々しい服なのかと、想像し掛けて止めた。

烏と言えど、

俺に着させるもの…

それに、昔ほどセンスもましに…


いや不確定要素から推測しても意味はないな、と

そう思い直して目の前に意識を戻す





まあ良い、食べるか


サンドイッチに、スコーン…

量が少なくてありがたい

ほぼ午後のティータイムのそれだ

差し出されるまま、口に運ぶ

スコーンも割ってジャムをつけてくれるものだから一口に食べられる


焙煎された豆の薫りが良い…

見れば…注がれているのは珈琲、流石に川獺も分かってる。

紅茶は暫く飲みたくないかな…



普段なら許さないが…

湯当たりを懸念した烏に押し切られ、

一人でゆっくり湯船に浸かる算段もへし折られて

…湯あみを済ませることになった。


脱衣室で待っていれば…

やけに薄着だな…と思っていると、

ガウン状の…何かをもった川獺が脱衣室に入ってくる


「貴台!御召しになっていただけると聞きまして!」

「…ああ、そうだね」


腕を通せば柔らかいサテンの生地、

確かにシャツには似合うか…

まあ衣装との組合せを川獺が考えたのだろうな





「お似合いです…もう死んでも悔いはありません…

格好良い…」

「川獺…死ぬな。これしきのことで」


吸血鬼か…

表は黒で裏地は深紅…

大きな襟

その襟元には鳩目穴…通された鎖で止めるようになっている。


うん、

やはり滑らかで肌当たりが良いな

回ってみても軽いし…外套にしても良さそうだ

良いもの作るじゃないか





「川獺、これ貰う…ぞ…どうした?」


川獺に目を向けて、

普段使いもしようと言えば…


…予期した高さに川獺の顔はなかった。

鼻血を出して倒れている…?


「…譫言(うわごと)を要約致しますと…あまりの格好いい服捌きに悶え死んだようです」





「そう、…おいしょ…」

「貴台、何をされているのです」


「吸血鬼なら人拐い位するよね?血も出てるなら…今晩の食事にでもしようかなと?」

「その様に追い討ちをかけなさるな。

川獺が瀕死です…我が運びますので川獺を「気分が乗った」…はい?」



「俺が運んでも良いでしょう?」

「…貴台?御疲れでしょうからこちらにお渡しを…」





「…俺の獲物だよ…烏に啄まれるより、俺の糧になる方が勿論良いよね?」

「ひゃう…」



「…あ」


外套で包み込みながら、

川獺の耳元で囁いてみれば…失神した…

…どうしよう

これ…


意識がないなら

あんまり抱き抱えても意味はないか…

それに、今日あまり見れなくてもまた着るから良いかと

呆れ返った烏に渡す


うん、

烏の忠告聞いとけばよかったかもしれない…ね

反省はしてるけど、後悔はしてないよ?

と思いながら

付いてくる烏を、後ろを窺って見れば心底呆れ返った表情を隠しもしていなかった…





そんな事を俺に対して思っていたとしても

部屋の前に着けば、

扉を…川獺を抱えながらも片手ながらスマートに開けてくれる烏は流石



擦れ違う際、烏の腕の中で幸せそうにしている川獺

それを見て…

起きたとき一人だったら…と、

まあ、侍従として云々は置いといてベットにでも…

いや流石に駄目だな。

椅子ですら玄武は死んだ顔をした…


…ならば


「俺の部屋の二人掛けのソファーにでも横にしといて?

…それと、烏にお願いがある」


「貴台…」

「川獺のは御褒美?だから良いの。

で、頼まれてくれるの?」


玄武のように罰を?

と思ったのか、

侍従として好ましくないと咎めたかったのか…まあどちらでも良い





「…内容次第です、我に出来ることであれば致しますが」

「出来る。で、頼まれてくれるの?」


ふわりと外套を翻しながら

振り返って見れば案の定、

…渋い表情



「…何故内容を仰られないか、理由は一つ。

我が反対するからでしょうな」

「御明察」



「ならばお受けで「八咫は俺の侍従でしょ?」…貴台」

「…我をどうされたいおつもりで?」



定位置の革張りに沈み込めば…

川獺をソファーに座らせて、

此方に来る烏は…それはもう悪役の貴族のようにに怖い。

…見たことないけど



「師匠になって欲しい」

「…はい?」

「和の国流の侍従としての所作、立ち振舞いと、知識…仕事かな」

「お受け出来ません」


「やっぱり…

なら…仕方無いね?烏は嫌がるだろうけど…策を練るよ」

「貴台…お考え直しをお薦めします」



「手加減出来なそうなのを含めて烏にお願いするんだけど。

教えてくれないか…暇だなあ。

…父上には休めって言われたけど、ここずっと引きこもりで勉強もほぼ終わったし…あ、木工技術入門みたいな本ある?」


「…探して参ります、我が戻ってくるまでここに座っていらして下さいね」

「いいよ…約束してあげる」

「有り難う御座います…では、暫くお待ちを」



何に使われるんですかと、

変なことをなさるおつもりですか…と副声音が聞こえる気がするが気にしたら終わりだ

読書位良いだろう…内容は置いといてだが


すやすやと良い夢を見ているのか…

隈が皆隠せていなかった。

特に川獺は…

今は寝させてやろうと足を組み、烏を待った



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