帰省24
「貴台…夜食をお持ちしました」
「烏?」
「お召し上がりを」
先程玄武と練習した口上と謝罪の定型文
それから目をあげて、
烏がサーブしてくれるのを見る…
「…烏?何か言いたいの?」
差し出された甘味を含み、
紅茶を飲みながら再度訪ねる
「…もし、勘違いでしたら我を叱責して構いません。
勲章を御返しするお心積り。荷物が重くなったのは…賞金も合わせて陛下に差し出すお考えですか」
「…っ」
「ならば…お願い申し上げます。
お止めを」
「烏…ごめんね、そればっかりは聞けない」
「貴台」
「…"一時的"に預かって頂く。必ず次の叙勲の機会に取り戻すと陛下に進言するつもりだ。
突き返す訳じゃない、受け取れないとそう言うつもりもない…それでも重罪に問われるかもしれないことも知っている。
不敬に値することも…分かってるよ?」
「貴台…」
「報告するならして良い、
その手筈はもうしてあるんでしょ?」
「…我は…」
「玄武の指示でしょ?俺に構わずしたら良い」
「…畏まりました」
「烏の衣装も着るよ。その言葉はそのままの意味だけで言ったわけではない…分かってくれ」
「信じて…宜しいのですね?」
「勿論。それに準備に関わった烏や玄武には迷惑かけない。
…ねえ、この甘味おかわりある?」
「お持ちします」
柔らかく笑った…
やはり…きっと烏の手作りの甘味
退室していった烏が情報共有も…まだ今なら起きているだろう父上へ報告がいくようにすることも、
それが分かっていて甘味の催促をしたのだ
自身の意地、
それは曲げない…
それでも
烏を此処に留まらせることも…
父上に連絡がいくことを阻止することは出来なかった。
いや、
そうさせたのだ。
皆が気づいていて報告を上げなければ叱責で済まないこと、
そして俺を心配する行動を、
俺の手で止めることは出来なかったからだった…
………
起きれば狢を筆頭に、調髪や礼服…身なりを整えてくれる
烏が持ってきた荷物が
玄武に重々しく手渡されるのも…
「玄武、ごめんね」
「何の事でしょう…そろそろ下に向かいますよ」
「そうだね…」
冷たい…
それだけのことを俺はしようとしている
だから、
玄武のこの態度も分かりきっていた筈なのにね…
「おはようございます」
「行くぞ…」
「はい、父上」
父上が先に待っていた
庭園に、1枚岩を削って地面に埋められた場所
あまり利用することはない
が、今は魔方陣が描かれ発動している
父上の次に…
久々に練る魔力を注ぎ、陣の上へと足を進めた
…
景色が変わる
見慣れた庭園ではない。
広く手入れの行き届いた栽培の難しい小薔薇や珍しい色彩の花
何段にも連なって、
そこから綺麗な放物線を描いて落ちる水の流れ
綺麗で…そして格調高い噴水が存在感を示している
そして…
面識のある…姿
父上を出迎えるため待っていたらしい…
此方に颯爽と向かってくる顔を直視できなかった
「御待ちしておりましたルチアーノ卿」
「ラクーア卿自らの御迎え、感謝致します。…オリゼ」
「お久し振り…でございます、ラクーア卿…この度の…」
「庭先ですることじゃないね?オリゼ君」
「っ申し訳…ありません」
「愚息が失礼を…後で言い聞かせておきますので御容赦を」
「それならそれで構わないよ」
「…有り難う存じます」
頭を上げた…父上に
目を向けられて、畏縮する
普段の父上じゃない…当主の姿は俺はあまり見たことがない
歩き出す卿にも、父上にも…
足が…
俺の後ろに控える玄武が心配しているのに足が動かない
付いていったら…また失態を重ねる
父上に迷惑をかける
きっと兄上なら上手く出来るんだろう…
…俺には
「いいから付いてきなさい」
「父上…」
目の前に戻ってきた父上に…
腕を掴まれ、引くようにされて何とか付いていく
「お待たせして申し訳ない…」
「口上と謝罪以外は堅苦しくなくていい。陛下も公式で訪れているわけではないからね」
「なれど…」
「ラク呼びでも構わない」
「…分かりました。
オリゼ…御言葉に甘んじようか…ラク、済まないな」
「父…上?」
雰囲気が戻る
普段の父上に…なんで?
そんなに至らないのかと…
気を使わせる迄…謝罪すべき立場にいながらにして…
父上も本当は…
止めよう、
これではいけない…
…余計な感情も自己否定も要らない
自身が出来る限りの振る舞いを
未熟なりにも…誠意を
固く目を瞑って、開ける
掴まれた手を、
父上からするりと抜き去った
「オリゼ?」
「…父上申し訳ありませんでした。
ラクーア卿、御配慮有り難う御座いました」
「…どうした、堅苦しくなくていいんだぞ?」
「いえ…これ以上は甘えられません」
配慮される身分じゃない、
行儀見習い出来たわけでもただ親交のために此処に連れられてきた訳ではないのだ。
謝罪するために来た…
それも御膳立てを全てして貰った上で
親として…当主として俺のためにこの場を設えてくれた、
陛下や卿に謝罪した上で取り持っているのだ。
卿に至ってはあの場を納め、そして陛下をこの場に…
これ以上、
年端がいかない自身でも甘えるわけにはいかない
此処までお膳立てしてもらった人達を、
更に優しいものにするために怖じ気付いたわけではない…
「くっ…オリゼ君は面白いね?
もう大丈夫そうだね…ルチア、行こうか」
「ラク…分かったよ…」
再度手を引くことなく、
そして此方に過度に気を向けることなく歩き出す…父上
卿と軽い社交的な会話をしながら…
それに、
今度こそしっかりとした足取りで付いていった
…
…
通された広間
学園のそれとは違う…バロック調の内観
格式も…隅々迄行き届いた細工や意匠に気圧されていれば…
暫くすれば陛下が壇上にお越しになられた…
「ラクーア卿、次第は?」
「ルチアーノ卿とその子息が口上と謝罪を申し上げたいとお見えです」
「そうか」
「オリゼ」
ラクーア卿のその一言に、
もう片膝を付き、頭を床に付ける
「陛下、ご挨拶が遅れたこと…申し開きも御座いません。
先日の一件…陛下並びに殿下、そしてそちらにいらっしゃるラクーア卿に御配慮頂きましたこと、身に余る処遇に御座います。
…度重なる不敬に値することですが、お願いが一つ…
玄武…」
玄武?
なんで…渡しに行かない?
…そう思っていれば衣擦れの音
目線だけ動かせば…
額をついたまま窺えば…
俺の隣、
同じように頭を垂れた父上…
「陛下、お久し振りに御座います…
挨拶もそこそこに申し上げることを御許しください。
この私の愚息ですが…資格はないと勲章と賞金を返上すると…次回の学園での機会に必ずやそれに見合う迄御返しすると言って聞きません。口を塞ぐことも、諌めることも…当主として至らず信頼に背くことを習知の上で御前に上がらせました。
…咎は当主の私にお願い申し上げます」
「…よい。背信があるからそうしているわけではあるまい。
咎ね…ならばこの後お茶にでも付き合ってもらうかな…ラク、終いで良いね?」
「はあ…陛下がその様に言われるのでしたら終わりでしょう」
「はっ…今何と仰せになられました?」
「ルチア、終わりらしい。さて、お茶にでもしようか」
「…ラクーア卿」
「ルチア…ラク呼びで良いって言った筈」
「兄上、参りましょう。準備はしております」
「そうか…今回はどんな趣向か…」
「ほら、オリゼ君も行くよ?」
「父上?」
ラクーア卿に無理矢理…床と引き剥がされ
手を引かれていく
父上に目を向けるも、
頭を振り溜め息をつくだけ…
「オリゼ…諦めろ。
こうなったら仕方ないんだ…ラク、良い茶葉だろうな?」
「ルチアの好みくらい分かっているが?」
陛下と王弟のラクーア卿
…そして父上
ラクーア卿に手を引かれていくが、
その横で俺を咎めもしない…敬語すらない…
父上…?
侯爵だよ?
陛下の前で王弟にそんな態度で良いの?
連れられるまま…
玄武に引かれた椅子に座る
「…」
「オリゼ、返すから今此処で着けなさい」
「…父上」
「お前の気持ちはわからない訳じゃない…
だから陛下にも口上をさせたんだ。だがここまでだよ、許すのもしてやれるのも見過ごせるのも…」
「父…上…」
「賞金も好きなものに使いなさい、
仕送りも止めないし学費も気にすることはない。分かっていないだろうから…言ってみたが…やはりな」
オリゼを視界に入れながら言えば
豆鉄砲を食らったように…
そんな表情の息子に…溜め息も漏れる。
今後も仕送りがないと、
…本気で自分自身でどうにか生活費を工面しようと思っていたらしい
「ルチアーノ、何の話だ?」
「…今回罰の一つとして仕送りを止めたのです。この賞金と手持ちの仕送りの残りがあれば不自由なく数ヶ月学園で過ごせます。
名目上とは思っていたのですが…思った以上に拗らせてくれまして…」
「面白そうだな…なあ、ラク」
「兄上…オリゼ君が死にそうな顔をしてますが?」
「それくらい良いだろう?」
「兄上…」
「…ラク、庇わなくて良い。
このお茶会はな…」
「ルチアのそういうところ、本当…真面目だね」
陛下が面白そう…
その発言に顔色を失った愚息
家でも、アメジスにも責められたことだ。
その拗らせた結果の最たるものが勲章の返還…
その授与する側の最高権威が経緯に興味を示せば
屋敷でのそれとは比べ物にならないと考えたのだろう
それを庇うためにラクがフォローを入れてくれる
が、
これはその代償の茶会
それですら堅苦しくはないが、
それはそうして頂いているだけ…
尋ねられれば答えるのが筋と言うものだ
「それでどうなった?」
「謝罪に向かう馬車と手土産代に。私がそれを用意すれば陛下に返すと言い始める始末。再び下げ渡されれば…中等部の学費か予備費として取っておくつもりだった筈だと言っていました。
殿下に頂く賃金は全て選択講義代に当てる算段。
前借りはせず、手持ちの残った仕送りでで払い…さらに減ったお金で食費も紙などの消耗品も工面していたようです」
「…マルコが言っていたのはそれか。
新しい侍従が食べなくて困っていると言っていたが…」
「…オリゼ」
「陛下…殿下にご負担をお掛けしましたこと、大変申し訳ありません…申し訳…」
「いや、そういう意味ではなくてな…
なあ、ラクーア」
「…ええ、陛下。心配して頂いてありがとうございます」
これについてはもう話は付いているが、
オリゼだけは知らない。
大事になっていると知ればオリゼがもっと自身を責めるだろうと
…殿下から内密にとの意図があったと陛下から断りがあったからだ。
見かねた殿下に食事させられた…
つまりは雇われ側として賃金の他に食事代もサービスも受けたと言うこと。
愚息の分について補填をさせて頂きたいと文面で申し出たが、
殿下は公費ではない上
自身の小遣いをどう使おうと他家には関係のないことだと言っていると言うことだった。
友人との食事に使っただけだと建前を添えて…
「…兄上、サーブさせても?
侍従が入るタイミングを分かりかねています」
「構わないが…」
「…兄上、仮にもこの国の最高権威であることを…お忘れですか?」
王弟と言えど、
その侍従がこの場の空気をはかりかねる
陛下相手にはどんな優秀な傍仕えでも無理だろう…
「ふ…忘れて良いなら忘れるが?」
「兄上…」
「ラク、代わるか?」
「戯れに次、口にすれば爵位も…立場も返上しますよ?」
「まあそう言ってくれるな、ラク」
「なんのために私が公爵ではなく侯爵になったと?兄上…冗談を言うものではありません」
「…分かった、そう怒るな」
「本当にお分かりなのでしょうね?」
「…」
「兄上?あわよくば等とお考えであられ「ラク」…」
「口が過ぎる」
「…では陛下、その叱責としてどうぞ爵位の返上を」
「公爵位を与え直すには良い機会か?」
「…」
「…」
バチバチと火の粉が此方まで来るような…
ただの兄弟喧嘩にしては質が悪すぎる
最高権威だと言っただろう…その弟迄もが止める側を辞めたら
…誰がその役回りが出来ると思ってるんだ?
継承権二位までその様子では…
睨み合うその様は…
治まりそうにない。
つまり、俺が何とかしなければならないのか?
止める立場にもなってくれ…
「ラク…サーブさせるのではなかったのか?」
「ルチア?…ああ、そうだったね…良いよ入ってきて」
霧散する殺伐とした空気
その声に
失礼しますと…
茶菓子や紅茶の準備がされていく
「…懐かしい」
「そうでしょう?兄上」
「ラクがこういうのをよく好んで持ってきたな」
「…ラク?」
「良い茶葉って最高級品だと思ったかい?
ルチア、そういう意味じゃないから格は合う」
今囲んでいるのは円卓、
格式も取り払った設え
そこに高級な料理や茶器が…紅茶が並べばおかしなことになる
見れば、茶菓子も市井で好まれる物に似ている
格式もない…
それに見合う王弟の言う良い茶葉とは、
と疑問に思っていたことを知られていたらしい。
最高等級のものではなく、
思い出として…良いものだと言うことだったか…
「ふっ…分かった。あれか?」
「御明察、良い茶葉に違いはないね」
「…なら、良いか。オリゼ、ラクーア卿に持ってきたものがあるだろう?」
「っ…父…上」
「見劣りしないから大丈夫だ」
「…玄武」
「此方ですね」
玄武は今度こそ、
小さな包みを俺に手渡してくる
それを、
隣の席に座る卿にテーブルの上に差し出した
「…ラクーア卿、心ばかりではありますが…お口に合えば幸いです」
「ありがとう…何かな…開けて良いかい?」
「…はい」
「これまた懐かしい…金竜髭の金平糖か。良く覚えていたね…
皆で食べても良いかい?」
「御随意に…」
「ラク?」
「兄上?ああ、昔…行儀見習いに来たオリゼ君にあげたのですよ。
そうだったね?」
「…はい、頂きました」
父上…
何故このタイミングで…帰り際で良かったのですが
会話に混ぜないでください…
貝になりたいです…
陛下が此方を見ているではないですか…
「ルチア、やっぱり君の息子は可愛いね?」
「あげないぞ?」
「たまには貸してくれても良いんだけど…ね」
「断る」
「ルチア、マルコにならいいだろう?」
「陛下…致し方ないのでそうしたまでです。約束通り、学園を卒業すれば侍従紋を外してくださるのでしょうね?」
「まあな…惜しいが…」
「陛下?」
「分かっている、マルコもそうする筈だ」
…紅茶に手を付けるどころの話ではない
雲の上の会話に、
知らない事実…
ここで父上に伺いを立てる訳にもいかずただ呆然と
急に振られる会話に答えられるよう、
必死に頭を回転させ続けるしかなかった




