帰省22
「おはようございます、若」
「んー?青龍か」
「…お目覚めですね」
「何怒ってるの?青龍」
「…その様なことは」
「手酷くしない、甘やかすとは言ったけど仕方ないじゃない。
俺だって好きで弟を進んで傷付けてるわけでも、厳しくしたい訳でも無いのは分かっているよね?」
「承知しております」
「…分かったなら朝食持ってきて。
着替えもせず…無作法だけど、ここで食べるから」
「っ…直ぐにお持ちします」
分かりにくいが、
僅かな機微でそれを不満に、
オリゼのことを心配に思っている位分かる。
青龍のそれが少しでも洩れるのは、俺や弟に関することだけだけど…
昔と比べて…柔らかくなったな
それと…
鎖の音が先程からしている
目を横に落とせば…
やはり起きているね
珍しい、背を向けていると思ったが…此方を向いて見上げている弟と視線が合わさった
「その様子、やはり寝てないね。
夜中…反省した?目が真っ赤…」
「…ふにゅ…みゅ(…ごめん…なさい)」
「オリゼ、もうベットに上がれるね?…そう、なら上がって来なさい」
「…みゅ(…でも)」
「気にしないから」
反抗する様にも聞こえるが、
力もない。
床で寝たから、かな?
此処に上がるのは気が引けただけだろう…しきりに服が汚れていないか確認している
「おいで」
掛布を持ち上げながら、待ってやれば
耳も尻尾もぴくりと持ち上がる…
そう…昨晩はかなり厳しくした…
今は普通に言っただけだけど…昨晩に比べればかなり優しくも聞こえるし感情が直ぐ振れもするか
もそもそと、よじ登ってきた弟
丸まって顔を俯かせているが…顎を上に持ち上げてから
ベルトごと鎖を外してやる
これで本来の可愛い声が聞ける…
本当は猫なで声とか単純に甘えた鳴き声とか聞きたかったけど、
仕方ないね。
掛布を掛けて、
びくびくとする弟を…温かく包み込んだその上から落ち着くまで背中を擦ってやる
…
「兄上…ん?声で…る」
「ベルト外したからね」
「反発して…ごめんなさい」
「いいよ、可愛い弟のためだから」
「嫌われたのかと…」
「ふふふ…これしきで嫌いにはなれないよ。
さてと、起き上がれるね?一緒に朝食食べよう?」
「…はい」
「手、出して?」
「っ…は、い」
杖で打った記憶が蘇ったのだろう
おずおずと差し出した手を取り、
猫の手を模した部分…袖口で連結していたベルトを外してやる
それと…殺魔石も
「足出して」
「…はい」
掛布を少し捲り、
同様に足首のベルトも外して…
朝食をちょうど並べ終えた様子の
青龍に纏めて渡す
これで耳と尻尾がついただけ。
…耳が手足の開放感に喜んでいるのか…動いていて可愛い
生地や裁断、
意匠は格好いい服装の筈だけどそれを帳消しにしても足りない
可愛さが滲んでいる…
「青龍、それ仕舞っておいてね」
「畏まりました」
2食抜いたから、
常食とまではいかないけど…
薄くしたオニオンスープに多めのクルトン
卵の雑炊…
細かく切って柔らかく煮込まれた野菜がふんだんに入っている
ゆっくりと匙を進めている様子を見ながら
同じメニューを食べ進めた
「…ご馳走様です」
「どういたしまして。ねえ、オリゼ?
二度寝するから付き合ってね?」
食後の紅茶に手をつけながら
弟は白湯を…飲んでいるのを確認する
添えられていた薬も何も言わず飲んで…
少しは成長したのかな?
「…兄上が…二度寝、ですか?」
「たまには良いじゃない?青龍、これ片付けたら暫く他の用事済ませてて良いよ」
「宜しいのですか?」
「愚問…他の雑務たまっている筈だ
まあ、俺のせいでもあるんだから気にしないでね?
…ほら、何してるの?寝るから邪魔しないで出てって」
「ありがとうございます」
そういって出ていく青龍を確認して
掛布を直しながら横になる
オリゼの睡眠も取れるし、俺も添い寝を楽しめる
その間、遅れた業務を青龍は巻き直せる
一石三鳥だ
「こっちおいでよ…オリゼ」
「兄上…」
「むぎゅむぎゅさせてよ、抱き枕になって?」
「な…」
「それくらいの褒美があってもいいんじゃない?
俺、疲れたんだけどなあ…甘やかすつもりだったのに結局厳しくしないといけなかったし…
青龍にも咎められるし…疲れたんだけどなあ?」
…座ったままの弟を見上げれば、
ため息をついている
それでも…
掛布に潜り、俺の腕のなかに納まった弟を緩く抱き締める
胸に手を当てて来る、
丸まった弟を柔らかく包み込んだ
「起きて、オリゼ」
「…ん」
「少しは楽になった?」
「兄…上…?」
ベットに寝ているのは俺だけ…
既に兄上は着替えて
俺の様子を窺うようにしてベッドの橋に腰かけている
…机をみれば、何かしていたみたいだ
乱雑とまではいかないけど、本や紙が広がっている
インク壺も開いているままだ
先程まで作業をしていたことは一目瞭然
もしかして…
二度寝は俺を寝させるための方便だったのか?
「…兄上」
「ん?ああ…二度寝はしたよ?そろそろお昼だから起きてね」
「はい」
やはり…
俺を寝させるために二度寝したのだ
それが一番の理由
でも…
お陰で安心して眠れた…
疲れもとれている
気を使わせて…本当に情けない
かといってあまり天邪鬼も反抗も抑えられないけれど
…肌触りの良いタオルケットは
兄上が用意したものか…
どうりで…
それを退けて寄りかかりながらも体を起こす
「兄上…俺も勉強していいですか?」
「オリゼ?」
「…魔力は使いませんから」
「そう?なら誰かに持ってきてもらおうか…昼食の後ならいいよ」
「それと…卿への謝罪が終わったら…
剣の練習に付き合って貰えませんか?お暇な時間があればでいいです…無理は言いません」
「…嫌いでしょ?
無理をしなくても良いんだよ?」
「前ほどは…嫌いではなくなりました。
オニキスに勝ちたいのです…ラピスにも」
「そう?それなら空いた時間、練習に付き合うよ?
まず、それには…体調完全に戻さないとね」
「はい…兄上」
可愛い…
尻尾が揺れている…
俺も久々に練習でもするかな
中等部は剣術の講義はないから…一年近く握っていない。
格好がつかないと困る
座学はもうほとんど済んでいるし…
卿への挨拶の間、
父上も居ないことだし…勘を取り戻しておこうか
可愛い弟には、
失望されたくないし…
…
…
その後は各々、
勉強を進める静かな時間が何日か繰り返された。
教本を届けに来る…その度に顔触れがかわるオリゼの侍従
順番なのかな?
オリゼの猫の姿に口元を緩めながらも安心して退室していく
穏やかな日々が
甘味も、オリゼが好きな料理も…
たまに問題に向かって唸る弟に手解きしたり
幸せな時間がゆっくりと進んでいった




