帰省19
「大人しくしててね?」
そう言って兄上の部屋のソファーに降ろされる
「ふふ…返事が聞こえないんだけど?」
「…」
誰が声など出すか…
あんな音になるくらいなら…
丸まって顔を埋めれば、少し空気が重くなる
「…オリゼ?」
「みゃっ…(はい…)」
屈辱だ…
その声を聞いて、
顔を少しだけ出す
…
…
…兄上の顔を窺えばだらけていく…緩みきった顔
暫くの間見つめてくるも
満足したのか、呆れたのか…背を向けて退いていく
…
もそり…
今度こそ顔をしっかりと出して書斎に消えた兄上と青龍を確認する
…出てこない
これなら…と、あまり力の入らない体を起こし
ソファーから降りて扉に向かう
…開かない
扉のノブを回そうとするが…上手くいかない
掴めない…上に、滑る
何度も繰り返してみるものの結果は同じ…
首周りに走る電流のような痛み
それに耐えて、何度も何度も…
開かない開かない開かない…
なんで…
立っているのも、もう辛い…
鍵もかかっていない…魔法陣も描かれていない
だから出れると思った
扉に手を付きながら…
仕方なく崩れる体を持ち直しも出来ずに座り込んだ
「やっぱりね…オリゼ、そんなところで何してるの?」
「…みっ(…ひっ)」
いつの間に?
言葉と共に肩に置かれた手に体が反応する…
気配なんて無かった…
足音も、書斎の扉の開閉音も…
「そう言えば、これは規律違反の罰だったよね…
逃げようとするなんて…駄目だと思うよ?
反省しておりますと言ったのに、オリゼ…どうしてかな?」
「…」
「反省、口先だけじゃなくしっかりとさせてあげる」
「に…ゃっ…やあああ!(な…やだ…離して!)」
腕をとられ、
引き摺るように…連れ戻されていく
遠くなっていく扉に絶望しかない
…普段ならこんな荒いことはしない。
こういうときの兄上は優しいが…優しくない
俺のための怒り、
それが弟の為になると分かっているから。
抱き抱えられもせず、
引き摺るように無理矢理にでも連れていくのは…
容赦しない証拠
そして、腕を離された
暖炉の前で…
そして、その隣のドアが開いているのも…
嫌でも…視界に入る…
「そう言えば、地下牢はあんなに暗かったのによく耐えたよね?暗いの、苦手なのに…
あ、そうか玄武のためかな?あまり玄武に心配かけないようにしたんだ?」
「入って、オリゼ…
狭いからまだ大丈夫だよね?暗いけど…」
「昔、かくれんぼだっけ…隠れるためにここに入ったよね?
外からしか開かない事を知らないで…鬼の俺が見つけるまで怖い思いをしたんだよね?」
「…反省出来たら出してあげるね?
規律違反した理由を説明してもらうから…しっかりと考えておくんだね。
分かったら、入りなさい」
「…みゅ」
肩を落としきっている姿を見て薄く笑う
少し待てば立ち上がって、
低いドアを潜って入っていく、
その姿は何時にもまして小さく…背を向けたまま動かない…
ドアを閉めていけば
射す光が段々と細くなっていく
それが意味すること、
閉じ込められるということが分かっているのだ
閉め終わる前に…
最後に見えたのは肩を揺らす姿だった
閉め終えて、
言うべきことを扉越しに伝える
「あ、良い忘れてたよ。
声は聞こえるけど、その意味までは面を合わせてないと伝わらない魔法陣だから。もしかしたらドア越しだから反省してるか、俺でも汲み取りきれなかったり分からないかもしれないね?」
「っ…みゅ…(…それ…って)」
「じゃあ、俺は書斎で続きをするから…大人しくしててね?」
「…み…にゃ…にゃう(ま、…待って…兄上)」
ふふふ…
あれだけ黙っていたのに、
恥ずかしがってその声を出さなかったのにね?
余裕を崩してやるのも一興
反省しているならば、
許しを乞うならば、
分かりやすくそう聞こえるように鳴けと言っているように…
ああ言えば…
俺の言葉をそう、弟なら受け取った筈だろうから…
…半分は嘘なんだけど。
どんな声になろうと弟の言う事は分かるし自信はある、
その自負は多分に、ある。
そもそも反省していないなんて思っていない。
それに…
少し経ったら出してやるつもりだ
可愛い声で鳴く向こうの弟
どんな表情で姿であるか…想像はつく
まだ、葛藤している
虚栄心も抜けきれていない
それでも声を出すのだから…この弟は可愛いのだ
もう少し時間が要るかな…
天邪鬼と意地が折れやすい様に言葉も重ねたし、
ただでさえあまり体調が回復していない状態
それに苦手な上、悪夢を見たのも暗闇の中
…無理をさせるのは俺の本位じゃない
暫く…
ぎこちなくも
確かに甘えるような…短い声を聞いてから
踵を返し…
呆れたような表情をする…
…後ろに控えていた青龍に一瞥をくれ、
中断した用事を済ますために書斎に戻っていった
一方、
そんなアメジスの心境も考えも分かっていない
オリゼは…
必死に…
鳴けと言われるままに兄上に訴えるが…
無情にも
俺に分かるように足音を立てながら…
暗闇の中小さくなっていくそれを
縋ろうと、引き留めようとする手を阻む冷たいドアを押しながら…ただ聞くしかなかった
書斎に戻って、オリゼ関連の
ラピスとオニキス、そして一応殿下の調査を纏めた書類を見直す
今後、男爵家と関わるならば
弊害がないか調べるためだ…
俺が当主になった際、
利益があるかどうか
…そしてオリゼの為に関わり続けるかに足るかどうかの判断
既に父上は済ましてある筈だが
念のため。
俺の観点からも見ておいた方がいい
決して父上の手腕や技量、選別眼を疑うわけではない
とっくの昔に
俺の交友関係も洗っているだろうしな…
本当、ああ見えて頭も切れる
王家と…
陛下や殿下と関わりを密に取りながらも
…男爵家で中立を保てている
その力量には…舌を巻く
ふう…
…まあ、問題はないかな?
分野は違うけれど、いざとなれば使える
コネを持っておいても良さそうだ…
「若」
「何?」
「一時間程経ちました」
「それが何?」
「っ…いえ」
俺の心配ではない
その言葉に冷たく返せば息を詰める青龍
分かるけど、それは良くないよ?
確かに弟を心配することは俺を心配することでもあるけれど…
順番が違うんじゃない?
いや、俺を一番に…
心配して、忠言したとも考えられるけれど…
「ふうん?青龍らしくない。
とりあえず紅茶か何か持ってきて、俺もオリゼに見習って復習しないといけないから」
「御随意に…」
どう見ても…
オリゼの心配だよなあ…
確かに俺は疲れてないし、オリゼを過度に心配してはいない
青龍にもずっと後ろで控えさせていた
様子を見に行かせてもいない
まあ、軽く勉強を済ませたら
少し遅い昼食を用意させて一緒に食べるけど…
甘やかさないとね?
そもそも、それくらい放置しないと
素直にならない弟がいけないんだよなあ…
本当、
可愛いけど…此方の身にもなって欲しい
少し…
いや珍しく凹んだ表情を隠しきれていない青龍から
紅茶を飲みつつ
積み重なった本の中から一冊を抜き取り…
済ませるべき範囲の頁を開いた




