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「…分かっているなら答えろ」


「…っ」


「答えなさい」



「……劣等感です」


丸薬の苦味か、緑三種懐石のえぐみが一気に振り返し広がるように口が動かない

それでも命令口調になったマルコに、

無理やり声を出した…

この単語だけで納得してくれればと薄い望みを抱きながら、

最近というかここ数日で絨毯職人並みに絨毯を凝視するようになったなと模様を見ながら意識を飛ばす…




「続けろ」


意識を反らす…俺に

強い口調で促すマルコ

まあそうさせてはくれないのは自明だったなと一人で溢した…

覚悟をした筈だ。

…絨毯の柄を眺めていても状況は変わらないと、

目に力を込めて視線を上げた




「分かりました…殿下や兄や親しい友人らの優秀さに対する劣等感です。物心ついたときから分かっていたことです。

純粋に努力すれば、勤勉にラクーア卿の指南に勤めれば…そう自身を騙すのにも気付かないふりをするにも限界が来ただけです。

ただ、それだけのことです。」



「…それで?」


「…努力をやめました。

ここ半年近く自暴自棄なっていたのも、叔父の不正の贄になれとの文に抗わなかったのもいい機会かと諦めたからです。

これ以上兄やラクーア卿の手を煩わせても殿下に仕えていくような立場に成長することが、

俺…いえ、私にそんな価値が生まれるとは思えなかったからです。」



「…そうか、それで?」


感情のない声音…遂に怒りと呆れも通り越したか…

器が小さく、矮小な俺に侮蔑の感情でも湧いただろうか?


…まあ、

ここまできたら俺としてはどちらにせよ促されるまま答えていくしかないが…




「…これ以上の期待を裏切る前に、

皆に諦めて頂きたかった。

早く見きりをつけて捨ててくれたらと…見限った己を楽にしたかった。

精一杯努力し続けてこれだけかと幻滅したくない、

失望されたくない…その様な自己防衛から行動と発言になった…と思います。」


「それで?」




「…っ」


「…」


「皆の…殿下の努力を否定するわけではありません。

人一倍昔から影でされてきたことはわかっています。それでもその優秀さと能力に私が羨望と嫉妬を覚えていたのは…殿下であればお分かりかと思います。

の才の裏になにもないとも申しません。

…ただ、人の何倍もの時間と労力をかけても平均以上にすらならない自身に、早く幕をひきたかった。もう…楽にして欲しいのです、殿下…」





…やめた。窺う余裕なんて既にない…言えるだけのことを洗いざらい吐ききった。

添えない期待に

答えられない期待に晒されるのはもう疲れた…

疲れたんだ…



「…」


「…」


ここまで吐露されられたら、もういい

二通の封筒の文面は返事を前提にしたもの。


殿下邸宅を介して強制的でも叱咤だけではない。非才ながらも、長男でも上級貴族でなくても思われていたら満足だ。

兄とて、無関心の人のために足を運ぶほど暇じゃない。

替えとしての次男としてだけなら、時間と労力を割いて殿下と取引などしない。

ましてや事件の始末だけでなく牢に様子を見に来るなんて無駄なことをするくらいだ。

それは殿下も同様に……




「…言いたいことはそれだけか?」


「…はい。」


それでも期待に応えることはないと言いきった…

これだけの体たらくを見せたんだ、これで終わりだ。

ここまでの心遣いを無下にしてと…マルコも見限ってくれるだろう。

アコヤには申し訳なかったな、

あれほど啖呵を切ったのに…

せめて下級の侍従にまでなってトラウマを払拭させたかっ…


「…ほう、それだけでいいのか」


!?

気づくのが遅すぎた…

一変

既に先程までの冷静とも静けさとも言える空気は何処にもない

一気に魔力が上から降りかかってくる


「…うっ」


急激な変化に意識が持っていかれる…

倒れかけそうな体を付いた手で必死に押し止める

加減のない…いや、調整はしているか


本当に加減がなければ倒れないで居れる筈がない、まして今は体力も体調も万全ではない

無防備のままだ。相殺する力も覇気も出そうとすら思えない。

俺程度の実力では意味を成さないからだ…


それに出す許可などそもそも出ないだろうが、出したところでどうにかなるとも思わない圧力…

実力云々のまえに精神的な部分で既に負けているのだ…

…じわじわと耐えることすら敵わなくなって、

このまま意識を手放せばこの場は楽になれるだろうか…




"二度はない"


刹那、脳裏にその台詞がよぎる。

許しなど要らない、期待も捨ててほしいと言った筈だ。

己のことはとっくの昔に見限った筈だ。

なのに倒れないで抗おうとするのは…


二度目とならないように思考が動こうとするのは…

なんて矛盾だろうか

見限って欲しくないと何処かで諦めない欲が己にあるのは何故だろうか…




礼やら作法やらで耐えているなんて、今更そんな建前や言い訳など自身すら欺く役には立ってくれない。

そんな性格でもない…

それは周知だし一番己が心得ていることだ…



ここまで来ても利己的になれるとは

汚い

賤しい…

…それが人としての性だとしてもなんて賤しいのだろうか


結局、期待を裏切りたくないと…見限られたくないと己が己に一番望んでるじゃないか…

魔力圧によって、蜃気楼のように歪む視界に渇いた笑みがこぼれ落ちた





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