目を閉じ耳を閉じ
冷たい
…そう意識し意識が覚醒する…
底冷えしたのは、長時間、石畳の上で横たわったせいか
目を開け、冷えきった体を起こしながら周囲を見渡す
…
予想通りの光景
期待外れの光景でもあるが…
あの絢爛豪華な内装とはうって変わって簡素な…
寝惚けられもしない、
直ぐに覚醒した意識…何の有り難みもない。
現実は夢の中よりも残酷なのだから…
失わされた意識から覚めれば、
何の意匠が施されることもない大理石でもない灰色の壁が視界に映った
…記憶が正しければ、
そして脳がまだ正常ならばそれは第七までだったはず。
夢だったのかとあの式典で言われた内容を思い返す…
八は王国、陛下を象徴する数字
日常で使うことは勿論、ましてや監獄に使うなど決してないはずの数字だ。
だからレアスポットかと楽しみに…いやましな環境だと期待していたというべきか
温情等やはり無かったかと…
普通の、
ほぼ想像通りの待遇に希望がひとつ無くなった…
読み上げられた罪状に見合った至極真っ当な扱い
罪を犯したものに対する処遇
…収容される場所に相応しい施設。
魔方陣の描かれた石畳の床に
捕縛、生命維持の陣
その上から穿たれた杭から鉄の鎖がのび
自身の手足首、首、太股、腰回りに回された枷に繋がっている
舌には、特有の味
自害禁止の陣が刻まれたのだろうことはありありと自覚させられた。
…試しに下を噛んでみようか、と試みてすぐさま後悔した。
中等の教科書の記述の効果をそっくりそのまま…
実体験することになった…
なかなか悪くは、ない。
うん、貴重な体験だとそう信じ込ませれば目線が横に流れつつもそう返答できよう…
中級魔方陣学
p.386(その陣を舌に施された人間は、その意思、方法にかかわらず自傷、外傷内傷に至るまで全ての損傷が起こりうる行動が生じた際において、筋弛緩の後、その結果に至る間での体験を安全かつ鮮明な意識のまま疑似体験することとなる)
…
…
ただ、ひとつだけ気になる点が
鉄格子がない。
八方に扉があり、広間のような間取り
出入り口ならば一つが好ましいのではと思い空を仰げば…天井が
滑車と杭が数ヶ所打たれている天井が目に入り、
先程初体験した陣の効果を増大させそうな仕組みかとしたくもない想像をさせられることになった…
…
目の前には
囲炉裏で焼かれて香ばしい匂いをたてる魚
火にかかった鍋には熱々の肉鍋
さて、飾り塩した魚から…
じゅるり
灰に刺さった竹串を引き抜き
豪快に腹からかぶりつ…
ん…ん?魚になぜかかぶりつけない…
ぬくぬくと暖かいはずの炉端なのに
床が冷たい…寒い…ん?
…ぉぃ
…おい
「おい起きろ!」
…ん!?
「起きろ!」
「…ぅん?」
「なにが、ぅん?だ!呑気に寝やがって!」
…眠い眠い瞼を抉じ開けてみればお怒りモードの皇太子
もとい友人と衛兵一人
疲れていつの間にか寝ていたらしい
何をすることも、
暇を潰すこともままならない場所
逃避するならばと思っていたがなかなか、
幸せな内容だった…
「…」
対して現実は…
…面倒そう
……いいところで水差しやがって。
せめて魚くらい食わせてくれてもいいじゃないか
…いや、今なら間に合う、寝直して続き見よう。
例え虚無感を感じるのならば、
魚食べて肉鍋すすって、炉端で微睡んで……
それくらいの事をさせて貰ってから目を覚ますべきだ
よし、
…寝直そう
…zzz
「…吊るすよ?」
…!?何に、だ?
寝ている振りをすれば諦めて出ていくだろう
うん、
そうしてくれると有り難い
あの幸せに満ち溢れた夢の光景を思い浮かべればあの中にまた戻れる筈だ
きっとまだ遅くはない
強く瞼の奥で…思い浮かべれば…
「…zzz」
…
…温かい湯気が鍋から沸き立ち
柔らかい座布団…
冷たくなどない炉端の傍で…そうそこに俺は…
「…狸寝入りしてるのばれてるからね?続けるつもりならあの天井から釣り下がった鎖の出番が来るけど?」
「…」
「…沈黙は肯定だと解釈するよ?いいんだね?」
「…」
…霧散した
背筋に冷や汗と戦慄が、
冷たさが
湯気や微睡みかけた意識が
石畳の固さが舞い戻ってくる…
「…はあ、衛兵こいつ吊り上げ…」
「…っ、起きるからやめろ」
チャリ…
鎖がうるさい、
寝る前より更にギシギシとした体が痛い。
今すぐにでも凶行を実行に移しそうな声音に流石に急いた…
霞んだ視界を開けながら腕で体を立…
…てられなかった。
…
…
「おい、いい加減…」
「…悪い、起き上がれん」
冷えきったのか腕の感覚がない
力が入らず、横向きのままの視界
…
そこに写る靴に向かって言えば…
「…冗談いってるんなら許さんが…」
「いや、冗談抜きで力入らないんだ。起こしたいなら吊るした方が早いと思うが?」
「…。…分かった。衛兵、そいつ起こすの手伝ってやれ」
『はっ』
本気で呆れたと、
そんな声が落ちてくる。
近づく軍用靴
目の前に膝をつき
床に預けたままの体に腕を差し入れ起こしてくれる
「…悪い」
衛兵に支えられたまま座れば、広がった視界に見た目の前の表情に思わず詫びた。
あの場での悲壮に
嫌疑に満ちた目ではない、
…
何処か安堵したそんな感情も汲める相手に、マルコに対して…
体を起こして貰った返礼ではなく
ただ悪かったと本気で思って口から出た言葉だった
「ほんと、にだ…、こんなに心配かけやがって」
「…悪かったって」
「っ、本気でそう思っていってるのか?式典直前にあんなもの受け取った僕の気持ちが分かるか?」
「…」
あんなもの、ね?
受け取ったのか…正しい判断と行動を取ったに過ぎないのだから、
お前がそんな後悔するような…
見ていられない様な表情浮かべるなよ…
俺にをそれを向ける必要ないんだ。
それとな…
人目がほぼ無いとは言え
貴族も貴族、王族らしい振る舞いってもんがあるだろうに…
「マルコ…?」
「あのなあ!
何でこんなに怒ってるかさも分からないって顔して逃げられると思うなよ!失神したおまえをここに運びいれて、やっとの思いで完了報告書書いて提出して!
…大変だったんだ、大変だったんだぞ!」
「…そうか」
「そうか?
労いのつもりか?俺に対する言葉はその一言だけか!?
その後執務室に訪ねてきたラクーア卿に、把握しているだけの事の次第を伝えているときに、お前の伝書梟が飛んで持ってきた内容!
『多分策略に嵌まるとすればこの式典の時だろう、お二方には今後のことを考えた身の振りをしていただければ幸いです』
…幸いです?どの口がそんなこと言うんだ!?
執務室に入ってきた時の卿の顔色!そんな卿に伝書を差し出すときのやるせなさ!
それと何より事前になんで相談しなかった!
…僕はそんなに…そんなに頼りにならんのか!」
ガクガクと震える背中に…
やはり心配させたのかと、
なんだ…やはり優しいじゃないかと笑いが溢れる
こんな、
ただ一人の切り捨て易い俺を
怒り…胸ぐらを掴んで揺さぶってくる…目の前の人間は
冷徹で皇太子らしいと評判のお前は此処には何処にもいないじゃないかと
苦笑が…抑えきれない。
「…非は詫びる、お前からの責も望み通りに受ける。何でも言うことを聞くと約束する。だから一旦落ち着いてくれ」
冷静さを欠くまでの自制しないその身振りに
此方は変に落ち着いていく。
だからだろうか、
珍しくそう他人行儀に聞こえたのかもしれない
それでも
俺なりに詫びて答えれば…みるみるうちに
ひゅっ
「落ち着いてくれ?そんなこと出来るわけがないだろう!?こんだけこんだけ心配しているのに…!
その笑みはなんだ!何が可笑しい!」
苛立った感情のまま滲み出た魔力、
ひりついた充満した空気限界に達しようとした空気が喉元に一気に流れ向かって来る。
次第に大きくなっていた背中の支えの震えが更に大きくなりすぎて視界も揺れて気持ち悪く…
ガッ
「おい!何で笑ってるかって聞いてんだよ!」
「ぐ…」
鷲掴みされた顎を無理矢理上に向けられ、ジャラリと引っ張られた鎖が音をたててながら身体ごと持ち上げられる
「なあ、何とかいえよ!」
「ぐ…」
声帯をこうも強く圧迫されて話せるわけなかろうに…そう泣きそうとも言える皇太子の目を見ながら、他人事のように考えていれば
…呼吸困難で意識が遠退く落ちる寸前で離された。
…
投げ飛ばされた
そう表するのが正しい離され方だったが…
「ぐ…ゲホッ……ゲホッ」
思わずくの字に身体を曲げ、両手を喉に伸ばし……いや、手は枷で動きはしない
喉元を慰めるのも無理だったか…更に体を曲げて咳き込む
乾燥した空気に荒い自分の息の音が響く
生理的な涙で滲むうっすらと開けた目の先に、予想通り魔力に当てられ腰を抜かせている衛兵が……
少しは慣れた場所で心なしか震えている様に見受けけられた
…
呼吸が収まる頃には皇太子の方に目をやると、
やり過ぎたと思ったのかそちらも魔力を収め落ち着いた様に見える
「ごめん…」
「…ゴホッ…いやそこの衛兵のことも考えてやれよ…お前の魔力に当てられて萎縮しきってるじゃないか、魔方陣で制御されているとはいえ慣れてる俺はともかく、ただでさえ王族の力は強いんだから」
「…」
「…?」
「お前なんて友人でもなんでもない」
いやいや
「…なんでそういうことになるんだ」
「こんだけ心配させておいて…気をやるのは僕にじゃなく衛兵にか?」
「あ、いや…そういう意味で言った訳じゃないんだけど、」
そう早口で弁明するが間髪入れず
「…もういい」
「いやいや、そういうつもりじゃないって言ってるだろ?」
虚栄心からか、
ひきつった笑みが顔から剥がれない…
そんな表情でも
このままじゃ取り返しがつかなくなると焦って呼び止めようとするも、
説得力に欠けたのだろう…
マルコは悔しそうに唇を噛みながら、
一睨みしてきたた思えばふいっと顔をそむけ
…
そしてそのままドアに向かって出ていってしまった…