帰省17
さてと…
白湯を飲んだらもう少し頑張ろう
あの様子、
すぐに戻ってくるだろうし昼までは二時間程
兄上の襲来を考えれば
少しでも一段落ついたとはいえ復習をもう一度しておきたい
止められることは分かっているから
肩掛けに全て戻さず、
一冊だけ…
基礎講義の教本をマットレスの間に押し込んだんだ
「…貴台、白湯です」
「ありがと…ねえ、そんなに怒らなくても…」
軽いコップに入れられた、それ。
机の上に置いてくれたのは良いけど…
少々…
いやかなり雑に置かれたそれを
両手で包みながら手元に…
確かに玄武の世話を強制したけど、
そんなに?
一応俺の目の前でしたんだから
直接でなくとも何かあれば俺の世話も出来たじゃない…
何か無いようにはしたけど…そんなに不満?
「我をそんなに心配させたいのですね」
「へ…?八咫…?」
「バックを片す際、重さの違いには気づいてはおりました。
まさか…とは思っていましたが…玄武が本をベットに隠すのを見たと。貴台、体調の戻らぬ内に無理をするおつもりですか」
「…」
おうふ…
「愛用の万年筆はどうなされました?
何故簡素なガラスペンを使っておられた?
…
そして質の悪い紙を、何度も使い回していると…貴台にその様な粗末なものを…
準備してしまった我にも分かるように説明を。
二度と…二度とこのような失態をせぬように、今後の教訓と致しますので御享受を願います」
「はぁ…烏はただ俺の指示に従っただけで十全な仕事した。何も失態何てしてないし、気にする事はない」
「貴台、一先ず…教本を片付けたく存じます」
「分かった…場所も分かってるんだろ」
「確認済みです」
「…優秀で何よりだ」
確認済み、ね…
おかしいなあ
玄武の意識が逸れたのを確認したのに
雑紙についても後で情報共有するかと思ってたのに
どんな体調でも傍仕えは傍仕えか…
優秀な侍従だった事を失念していた
烏が教本を見つけ出し、マットレスから引き抜く
…どこに片すのかと思えば
肩掛けもインクもガラスペンも…普段使う机の上から取り上げ
書斎へと消えていった。
目につくところに置けば、
意識からも反らそうという魂胆か…
片付ける許可は出した
何処にとは指定していない
そして、制止の声も掛けなかった
…まあ、俺を思っての行動だから…仕方ない
過保護だ…
復習の範囲ではないが
外欄に
折角便利そうな魔法陣が載っていたから復習を終えたら
覚えようかと思っていたのに本当に残念
溜め息をついていれば隣に
烏が戻ってきた
コンコン…
「オリゼ、入っていい?」
兄上か…
目線で烏を行かせ、扉を開けさせる
「…どうぞ」
「体調は?」
「過保護な侍従のお陰で」
白湯を飲みながら、反対側の脇に控えた烏をちらりと睨む
「数日振りにやっと会えたと思えば此方を見ようともしないね…
もしかして、そんなに"長男"が嫌い?」
「…その節は取り乱して済みません。
決して兄上を嫌ってなどいませんので、ご心配なく」
「…そう、
とりあえず確認するけど、前に男爵家の本…
俺が居ない隙に部屋で勝手に読んだんだね?」
「ええ」
「そうだよね、"ここ"を指し示す意味を汲み取り間違えた。
一般的な地下の使用理由を知っていてああ言ったかと思った。
でも、それだけで父上に怯えた要因も
譫言も"ここが"…つまりあの牢が特にそうだと知っていたから。
…そうだね?」
「はい、兄上」
「父上はその様な意図は無かったと後悔なされていたよ?
ただ、他の場所が使用に耐えなかっただけだと。
…心配した…後悔した、
無用心にもその本を読ませてしまった…
憎しみを向けられたらどうしようかと、思ったんだよ?」
「私はあのような次男ではありません。
尊敬こそすれ、兄上をあのように思うことも罵ることもありません。…兄上も父上も後悔する必要はありませんよ、
盗み見した私が悪いのですから」
「オリゼ…ならなんで此方を見ないの?
…震えてるように見えるよ?」
「…」
その言葉に目を落とせば白湯が、
コップの中に波紋を描いている
…やはりか
その理由も、
混乱していた時父上に怖いと思った理由とは違うことは
分かっている
「オリゼ…俺が怖い?
…今日はやめておこうか?」
「いいえ…その様に遠くで、何をなさっているのですか?
兄上らしくもない、何時もならば私が嫌がってもベタベタしてくるでしょうに」
「…でもね?」
見なくても分かる
扉近くで立っていることも、此方に近づいてこないことも…
「なあ、烏」
「貴台?」
「…俺は今どんな目をしてる?兄上を射殺そうとしているか?」
「いいえ、我にはそうは見えません」
「憎しみをたたえているか?」
「いいえ、哀しみが映っておいでです」
「そうだろうな…
俺は少しでも"兄"をそう思ってしまった。
首を刈られると…ただ心配している"父上"を"父"として当主として怖いと思った。
…
あの"父"も"兄"にも罪はない。
そして俺の父上と兄上が反心を抱いていない俺にそうしないことも知っている。
…それがただ、ただ不甲斐ない、
身に合わない知識を得て、自己嫌悪から見た夢に。
強迫観念に惑わされ…自身を一瞬でも保てなかった己が許せないだけです」
「オ…リゼ?」
「申し訳ありませんでした」
「…良かった、やっと見てくれた。
父上、聞いた通りですよ?」
「は?兄上…今、何…と?」
「ふふ…見舞いの順番待ちしているらしいよ?
盗み聞きしたいって言うから、オリゼも本を盗み見したからお相子だね?」
「…」
薄く…開いた扉
その隙間から覗くのは、決して1対の…父上の目だけではない
白虎も…青龍もいる
川獺も狢も…そして玄武も…
「烏…お招きして差し上げろ」
「…畏まりました」
「あー、その、な?」
「父上…皆して良い大人が何をなさっているのですか?」
「「「…」」」
「オリゼ、良いじゃない?
皆に心配かけたのには違いないんだから、ね?」
「兄上…」
近づいてくる兄上
そして、烏が扉をあければ…
「…兄上、誰が頭をなで回して良いと言いましたか?
父上、近いです。当主と足るもの息子のベット脇に等に容易く座らないでください」
定位置に戻った烏
その隣には狢に支えられて立つ玄武に、川獺…
兄上と父上の後ろには青龍と白虎
…
一様に会した…
ベット周りに8人、狭苦しい事この上ない
…観念するか
仕方ない
「…父上、兄上…それに皆、心配かけて済みませんでした」
「か、可愛い!オリゼが…オリゼが可愛い」
「アメジス…分かるが、な?」
俺の言葉も甲斐なく
下げた頭を撫でまくる兄上
座ったままの父上…
そもそも何してるんだ?この兄は…
それとだ、なんで玄武が居る?
養生してる筈…
「父上…分かるもなにもありません。
玄武を何故養生させないのですか」
「この際、懸念材料の共有をしようと思ってな…
この方が効率がいい」
「父上…」
血の気が引いていく
隣の…先程問うことを押し止めた筈の烏が生き生きとしている気がする
すっかり収まっていた筈の震えが
兄上に伝わる
くすり…優しいだけではない笑みが
腕が俺を包み込む
「さて、各々順番に報告を聞こうか」
死刑宣告にも似た
父上の言葉が発せられた




