帰省16
コンコン…
「…挨拶はいい、入れ」
「貴台…」
「そこに座れ」
椅子を指し示し、
入室を躊躇うような、
…命に背き床に座ろうとする予備動作に
流石に眉を潜める
「…ですが」
「座れ」
「っ…畏まりました」
はあ…
やはり繕っているか
おずおずと入室してきた
その足音は、足取りは遅い
…
侍従として仮にも仕えている相手の前で休むなど
それは進まないのもそうだろう…
か、体調が戻りきらない、
それが一番の要因だ
そして、近くでそれを悟られるのを避ける意図も無意識
いや、意識している
顔を向け、
漸く座ったの玄武を確認する
「それで?」
「…申し開きも御座いません」
「そうだな、
あれだけ静観しろと言った筈だ」
「その通りに御座います」
「ならなんで、暴れた?
憔悴仕切るまで、兄上や青龍の手を煩わせて何がしたい」
「申し訳…ありませんでした」
「理由を聞いている」
「…っ、不肖の至らなさに御座います」
「次はもうない、きっと兄上もそう言った筈だ。そうだな?」
「…はい」
「今後、対策を考えて実行する位の事は出来るだろうな」
「も…勿論です」
全く…
何でこんなことしないといけないんだ?
見習いの自分ができるかと言えば否
次男としても…否
自身を棚に上げてまで言わないといけないなんて、
俺の矜持が廃る
…それでも言うのは、
男爵家に連なる者として言わなければならないから…
それだって、
あまり気が進まない
先程目視した…
本来在るべき場所、机の上に乗せられた…
アメジストの原石、証がそうさせるだけだ
まあいい…
久々に使う、
目の前の上質なインクと紙に心踊る
肩掛けから
ガラスペンと選択講義のメモ、つまり雑紙を取り出す
ちっ…息を飲む音も無視だ
構うだけ罰にならない
つい窺えば、
やはり姿勢こそ崩れてはいないが…
何の仕事もさせて貰えず座っているのはさぞかし辛いだろう
さて、インク…と…
蓋は…既に開いていたんだった
流石、烏
玄武の手を借りなくても済むようにだ
俺が罰だと言ったこと、それを中断させない為
玄武へのマウント…二つの意味に口角がつい上がる
…危ない
確認すれば薄かった文字が更に薄くなっている
難無く読めるギリギリだ
テスト用紙とまだましな紙の講義のメモを広げ
書き直しと復習、まとめ直しを同時に進めていく
次は基礎講義
同様に机に広げる
肩掛けから出そうとして思い止まる
…安インクを使いたいが仕方がない
蓋を開けられる自信はない、
そして手の届く距離に用意はされていないのだから…
…
避けた書き写し、
そう不要になった選択講義の雑紙を
計算用紙代わり、書き写して覚えるために再利用するか
インクの濃さの差がこれ程あれば
上から書いても文字は読める。
せめてもの節約
その発想に自画自賛しながらも
講義内容の紙とテスト
合わせて復習し直していった
……
「ん"ーーー!終わった!」
やっぱり上質なインクだけある
紙と合わせて使えば、久しく忘れていた書きやすさを思い出す
進む進む
雑紙を使っても、インクだけでも違う
勉強が捗って復習が終わった
これで一区切り、一安心だ
伸びをして腕の疲れを、
軽く首を回わして肩周りを解す
…ん?
「…あ」
集中して、すっかり忘れてた
玄武が萎れてる…
膝に拳を押し付けるように置いて
項垂れている
視線が落ちてるよ…まあ仕方ないか
見るものは、雑紙は見ただろうし
他は罰になるような物が…
んー、病人が休まずにって点くらいか?
それくらい、見なくてもわかるから良いかな…
使わなかった更の紙と軽く蓋を閉めたインク
それ以外を講義毎に分かりやすく纏めて、
肩掛けに直した。
机の上の雑紙も外ポケットに、と
捨ててもいいけど…
でもバレるしなあ
せめてもと、玄武や兄上が報告するまで隠しておこうと仕舞った
さてと…
「玄武」
「はっ…」
「もう部屋に戻って養生しな」
「は…っ…」
ふらりと立ち眩み…
椅子に座り込む様子
「…立てるなら、だけど」
「申し訳…申し訳ありません」
「玄武…この4日、いや5日録に食べてない。違う?」
「…何故それを」
「どうせ俺が食べてないからと、そんな理由で断食したってところかな?そして、昨日もきっと食べてない。
兄上が叱咤した後でも、俺が食事をしてもね…何か相違ある?言うことある?」
「…申し訳ありません」
「聞こえなかった」
「相違、ありません…言うことも御座いません」
謝罪ではなく、
事実確認がしたい
そう意を込めて言葉に乗せれば流石に理解はしたか…
「そう…やっぱりね」
はあ…
立場が違えば台詞も違う
殿下に、悪友に…兄上に言われたこと
そちら側の台詞を紡ぐ
気持ちが分かる
視点の変換だ…
大切にする相手が…蔑ろに己を扱うことへの怒り…哀しみ
そして心配
コンコン…
「貴台、烏に御座います」
「入って」
「勉学はお済みですか?
間食の方は、もうお持ちしても宜しいですか?」
「いいよ、でもそこの亀にも何か作ってきてやってくれる?
少し遅れてもいい。出汁、余ってるよね?」
「「…はい?」」
烏と玄武の声が重なる
それに烏が冷たい空気を出すが
考慮はしない
「玄武、誰の許可を得て発言した?
んー、うどんでも、雑炊でも何でもいいよ?豆腐でも…
消化よければいいかな…烏が楽なので」
「貴台…よもや…」
だから…
怖いってば。
でも、ここは引かない
引けない。
「八咫、俺の願いだ。
…勿論、それくらい叶えてくれるよね?」
「…畏まりました、準備をして参ります」
出かけた言葉を飲み込んだのだろう
硬く目を瞑ってから深く一例をして出ていった
悪いことしたなと思いつつ、
罪悪感はない。
それくらい
料理するのは手間かもしれないが、問題はそこではない
俺の目の前で…
傍仕えたる玄武が何をするのか。
ここで、座るのにも飽きたらず
食事までする…
その事を理解したのだろう
それは俺が意図したことであっても、一言でも二言でも忠言したくもなるか
項垂れている玄武を眺めながら…
間食のためだろう
片付けられてしまった机の上のもの
特になにもやることもなく…
もう90度を越えた礼をし続けているそれを見ながら、
静かに間食が運ばれてくるのを待った
……
「お持ち致しましたが…」
盆を二つ
異様な空気の中入ってきた烏
「ありがとう、烏。
俺の間食はここに置いてくれたら良いよ」
「…畏まりました」
不審げ
ならばもう一つの膳は?
どこに置くのかと言う目線にニヤリと笑う
「ほら、食事。そこで座ったまま、烏の手で介抱されながら食べきれば赦してあげる。仕事が出来なくなるまで体調管理を怠った罰だ、
食べられるよね?玄武」
「その様な…」
「何?赦されたくないの?」
「…いえ」
「なら、その機会を物にするんだね。
ただ、その目の前で俺が一人で食べるのを食べながら見てればいい。だって烏は玄武の介護で手一杯だし仕方ないよね?
椀は持てないけど、
…匙くらいは持てるし支障なんてないよ?」
「御勘弁を…どうか…」
「食べるの?食べないの?」
「っ…いた、だきます」
「だって。烏、宜しく」
「…承りました」
碗と匙を取り、
盆を脇にはさみながら膝を折る
顔を上げた玄武に
匙を運んでいく
烏のその姿
玄武の今にも泣きそうな表情
視界には俺も映る角度だ
少々、視界は滲んでいるだろうがそこは見過ごして、と
さてと…
目の前の自分の分
盆を見てスプーンを手に取る
プリン…か
左手を器に添えるも…冷たくない
そうだよな
デザートも常温に近くしてるよな…
掬い、一口
バニラの香りはいつもより強い
甘さはない
好きなカラメルソースも
掬えど掬えど…やはりない
美味しいけど…
やっぱりプリンなら砂糖たっぷり、
カラメルソースの苦味に
バニラエッセンスではなくバニラビーンズ
そしてキンキンに冷えた奴が良い…
生クリームも添えてあるといいな
少しずつ、
口に運ぶ
意識しながら時間をかけて食べ進める
本来ならパクパク食べるところをだ
烏が気を向けているのも分かるし…仕方ない
食べ終わり、見れば
…苦行を終えたような…二人の雰囲気
後で怖いなあ…
背中に何か背負っている烏が
玄武に、最後の一匙を口元に運ぶのが見えた
「烏…ありがと」
「いえ、お役に立てればそれで。
…そちらは、お口に合いませんでしたか?」
「ううん…美味しかったよ?
それと…片づけたらさ、白湯欲しいな」
「承知しています」
「烏?そう…?
ああ…玄武、また食べなかったり養生しなかったら、
また同じ事をするからね?
…分かった?」
「…は…い」
机の上の盆を片付けている…
…無表情を通り越して能面のようになった烏
でも、
流石にこのまま玄武をここに留まらせる訳にはいかない
「烏、悪いけど下げる次いでに玄武を部屋に連れてってやって」
「畏まりました」
そう言うや否や、烏は
片手に盆を…
椅子に項垂れている玄武をもう片方で掬い上げるように…
…まるで穀物の頭陀袋を背負うように運ばれていく玄武を見送った




