帰省15
「貴台、失礼します」
「…お前」
「何か…川獺では支障が御座いましたか?」
「ちっ…そんなわけないだろ。お前より丁寧だ」
「作用で御座いますか…」
さっと顔色を悪くする川獺に
すかさず言葉を紡ぐ…
何て事言うんだ
部屋に立ち込める薬草の匂い
…効き目も調合も間違いはないだろうが
容赦がないな…
「どうせ薬湯だろうが…さっさと済ませろ」
「そうですか?私めではなく、川獺にさせましょうか…
私より丁寧で宜しいのでしょう?」
「川獺が嫌がるだろ…やめろ」
「私めならば良いと?」
「…悪かった、狢に…飲ませて欲しい」
「最初からそう仰れば宜しいのです」
嫌がらせで作ってきた訳ではない
それくらい分かる
薬が嫌いなことを知っていても、
それでも調合して持ってくるのは俺の為になるから
丸薬に最初からするつもりなど、きっとなかった
…
譲らないと意思表示したのは理由がある
胃の負担と、嚥下のしやすさ…
入れ違いに盆を下げて出ていく川獺に変わって
此方に来る狢
「口を…」
「分かってる…」
「貴台」
「…」
「貴台…?」
「…吐いたら…すまない」
「もしそうなったとしても…貴台が気にされることではありません」
「分かった…」
再び運ばれた匙に口を開く
懸念する嗚咽は、胃の反動はなかった
微かに八角の甘味
…本当、出来たやつ…嫌がっても吐いてしまえば俺が気にすることを知ってる
「大丈夫ですか?」
「…問題ない」
暫く、
胃が落ち着いたのを見計らって横にさせられる
柔らかに
そして好きな肌触りのタオルケット…
落ちそうになる意識を留める
「狢…烏は?」
「玄武の世話をしています」
「玄武は…大丈夫なのか?」
多少の…いや、多大な無理をしてでもここに来ない
世話をされるくらいならば…
白虎に…
夢に錯乱しかけた時、自身の叫びだけではない
聞こえたのは玄武の…悲痛な声
そして狢が抱えて出たとき、
狢は見せないようにしていたが、牢の隣で鎖に繋がれた姿
見えてしまった…
…
そして今、大人しく養生しているとも思えない
それか…意識を失っているか、そのどちらかだ
「ええ…アメジス様から言われたことが余程。
灸を据えられていましたね、大人しく見ていることもできないのか、青龍と俺に手間をかけさせて貴台に顔向けできるのかと…」
「うわあ…」
「それと…私めらに劣ると。
形振り構わず振る舞った、その状態で貴台の世話が出来るのかと。傍仕え失格だとも…」
「…大丈夫じゃないじゃないか」
精神攻撃が過剰だ
兄上…やりすぎです
だからあんなに肩を落としていたのか…
眉間に皺が寄る
一言くらい文句を言っても良いだろう
そう心に決めかけた時、
「大丈夫です、神妙に養生に勤めておりますよ」
「…あ?」
「何か御不満でも?
それとアメジス様に物申すおつもりでは御座いませんよね?
…やり込められるのが落ちです」
「…お前」
「宜しいのですね?」
「…分かったから…その笑みを止めろ」
「畏まりました、それではそろそろ御就寝を」
そう行って出ていく背中
「…悪かった」
一言かけた
一瞬揺れる肩、
それを認めてから目を閉じた
珍しく、
ありがとうと言われましたね…
"悪かった"とはそういう意味でしょうに
ふわりと笑い
気が緩みながらも扉を出れば、
…
壁に持たれているアメジス様と…当主
「寝たのか?」
「ええ…明日にされた方が宜しいかと思います」
「そうか…」
「それはそうと父上、何故止めたのですか?」
「分かってるだろうアメジス」
「…父上は抱えても大丈夫だったのでしょう?」
「そうだな、震えてはいたが…」
「それが精神的なものだと言うのですか?」
「…念のためだ、明日には完全に落ち着いている、
狢もそう思うだろう?」
「ええ…」
いや、振らないで欲しいのですが…
アメジス様の視線が痛い
「はあ…折角時間巻いたのになあ」
「弟の安眠とどちらをとるんだ?」
「父上…愚問でしょう」
「ならばアメジス、お前も早く寝ることだ」
「はい、父上」
………
「…父上、私はオリゼと朝食を取りたかったのですが」
「隣で常食をお前は食べるのか?
オリゼはきっと粥と薬だ、その顔を見て弟を苛むつもりならば
今からでも行けばいい」
「まあ、貴方…言い過ぎですよ?ねえ、麒麟?」
「そうですね」
「山女魚…一応私が主人なのだが?」
堂々と、淀みなく
躊躇なく主人の味方ではなく山女魚の肩をもつ
…たまには言っても良いだろうと
「玄武然り、今更ではありません?」
「酷いことを言うな…?」
「玄武に許して、あら、お酷い。麒麟は許さないのですか?」
「それはな…」
芝居かかったら、
終いだ…
ふわりと笑うその表情に手を引かねば、
痛手を被るのは私の方だ…
「事実を言ったまでですよ、ねえ、麒麟?」
「その通りですね」
…
「…食べるか」
「父上…」
「なにも言うな、アメジス」
「はい…」
もう何も言うまい
そう呟き頭を振って思考と説得を放棄した父上
録なことがない
朝から弟に会いに行けないし、
目の前では痴話喧嘩のようなやり取り…
仲が良いのは良いが、勘弁して欲しいよ
…はあ
癒しが…弟を早く補給したい
今日は
クロワッサンにオムレツ、
フルーツ。
母上と麒麟が楽しく話す中、
黙々と父上と男二人食べ進めた
…
打って変わってオリゼの自室
「貴台、おはようございます」
「んっ…烏?」
掛布とタオルケットからもそもそ顔を出せば
…無表情
盆を持ったまま立っている…
「はい、我に御座います」
「…それは?」
「貴台が良くなるようにと、我が丹精込めて用意した朝食です」
「…」
「さあ、御召し上がりを」
「怒ってるのか?」
「勿論怒っています」
「…八咫」
「っ…貴台」
「起こして?…食べさせてくれるんでしょ?」
手を伸ばして甘える
八咫と言うことも…あまりない
別称で呼ぶのは4人中、この烏だけだ
無表情が崩れていく
狙った通りの効果に頬も緩む
「…敵いませんね」
「玄武の世話、ありがとうね」
「本当…我をどうされたいのですか…貴台」
盆をサイドテーブルに置いて、
ゆっくりと起き上がらせてくれる
怒っていたのは事実だろう
昨日の夜、俺の顔を見に来れなかった分
…余計に心労もかけた
滅多にない言葉の羅列に…それはもうほだされてくれただろう
「…手は緩めませんが」
ぼそりと呟かれた物騒な言葉
「へ?…」
「ご希望通り…食べさせて差し上げます、
さあ、口を開いて頂けますね?」
「…」
思わず…
烏が手に持つ碗の中身を見て閉口する
「貴台」
「やだ…それ霙でしょう?加熱してないから辛い」
「喉に良いのですよ、少量ですが肉も御用意しました。消化も助けてくれます」
「…八咫」
「さあ、口を」
「分かった、食べ…うっ」
「…まだ残っております」
「ん…ぐっ…」
口に広がる辛味…
眉を潜めながらも飲み下す
ステーキに乗せて食べたい
どうせなら霙鍋にして食べたい
それならば美味しいのに…
恨みがましい目を向けるが…
分かっているくせに気にもしていない素振り
サイドテーブルから別の小さな椀を手に取るのを眺める
「さて、済みましたね
次は鶏の中華粥です…まだお食べになれますか?」
「…ああ」
「では…」
そういって蓮華を差し出してくる
口に含めば薄味ではあるが
鶏のだしに細かく裂いたささみが旨味を引き立てる
胡麻の香りもいい…
薬味がないのは…消化によくないから、か
食感は兎も角、苦手な粥にしてはましだ…
…差し出されるまま口にすれば
すんなりと食べ終わった
「…素の茶碗蒸しも御座いますが」
「食べる」
「それは良かった」
これまた小さな器
この為だけに出汁を作ったのか…よくやるよ…
小さな匙にとられた…
黄金色の芸術は、沁みるように消えていく
食べるスピードは勿論調整された…
うん、小さな匙の理由はそれだな
性急に食べれば…
本当、烏といい…むかつく位仕事ができる
「…美味しかった」
「それはそれは…後は薬ですね」
「…」
「貴台?…素直なのもここで終わりですか
可愛らしかったのに」
「ちっ…飲めばいいんだろ?そんなこと分かってる」
「…今、何と?」
「っ…飲ませて下さい」
「良くお分かりで」
物騒な雰囲気、
平時であれば魔力や霊力を牽制するように…
今は…殺魔石が嵌められた体調が戻りきらない俺に出しはしないが…
その空気だけで怖い
運ばれるまま
薬湯を大人しく口に含んでいった…
そして口直し
…
リンゴジュースが出てくるのも
砂糖菓子でないのも胃の負担になるからか…
勿論冷たくはない…
常温のそれで、
口内に蔓延る苦味を洗い流した
「烏」
「紙とインク、肩掛けと風呂敷の包みも持ってきて」
「お休みになられないのですね」
「…駄目か?」
片付ける烏に言えば、
少し低くなる声と止まる動作
…
「いえ、間食をお持ちする迄ならば。
余り根を詰められないようにお願いします」
「分かった、後…玄武も」
「…まだ使い物にはなりませんが、それでも宜しいのですね?」
「目的はそれじゃない。そこの椅子も此方に持ってきて」
「お優しいことで…」
「八咫」
「余り過ぎま「分かるけど、それ以上は駄目」…賛同は出来ません」
そう言いながらも椅子を置き、
要求した物が乗ったベット用の机をセットしている烏は
…
なにか言いたげな顔
「はぁ…八咫にもすると言ったら?」
「辞退します」
「それが罰でも?」
「…お受けします」
「そういうこと、甘いだけじゃないよ」
「畏まりました…ではまた伺います」
「…ありがとう、烏」
「ふ…勿体無い御言葉です」
そう言いながらも含みのない笑顔になるのは…
卑怯だと思う…
既に退室した烏
消えた扉をただ、暫く見つめていた




