表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
195/300

帰省14




「…様子…、は?…はっどうだ?」

「落ち着いています」



その声も落ち着いたもの。

他の二人を見るも、穏やかな表情にその言葉の通りなのだと瞬時に判断がつく




「そうか、良かった…」


走ってきた、その呼吸を整え、

見れば…

くるりと背を丸めて3日振りに見る弟はやはり可愛い

表情は見えないが、寝ているのか… 

呼吸と共に規則的に動く体



対して…隣を見れば

憔悴しきった玄武

…先程の一件だけでこうなるとは思わない

少なくとも2日は…暴れた続けたか?



鎖に遊びはあるものの、

変わらず…

壁に拘束されているのは聞いた話と相違ないな…

弟とは違って、此方の様子は玄武からも見える、聞こえる




「玄武、傍仕えがその様なの?

オリゼにもここに居る3人に…部下に示しがつかないね」

「…面目御座いません」


「青龍から聞いたよ…」

「言い訳の次第も、御座いません」



「夜には出すんだってね…その時にオリゼに仕えられる状態?」

「…即答は出来ません」


「ここの3人に劣るんじゃない?

1日は暴れたようだけど…その後はきちんと養生したらしいよ…

それもどうかとは思うけど、オリゼ担当なら仕方ないかなとも思うのも本音」

「…貴台がその様に判断されれば下からやり直します。

冷静になれなかったことは、…事実です」


「そう…」

「一度ならず…アメジス様と傍仕えの手を煩わせたこと、

申し訳ありませんでした。叱責ならば…如何様にも受ける所存です」


「いいよ、3度は無いけれど…

いや、オリゼの傍仕え足るもの…こんなことはもう無いよね」

「はい…」


「ならいいよ、オリゼのこと宜しくね」

「畏まりました」




今晩のために…いや、今晩からか

卿の屋敷に行くまでの間は小休止…可愛い弟を愛でる為にも

今済ませられることは済ませておく


社交界の返事も溜まってきている

必要最低限と…興味のある家だけに絞ろう


それと…







………


ギィ…

「ん…」


「貴台」

「…(むじな)、か?」


「はい、そちらに参っても?」

「…休暇はどうした。傷も直っていないだろう」


「休暇中、傷の治りを妨げなければ好きにしてよいとの当主のお言葉です」

「そう、か」


「お迎えに上がりました、先ずは湯あみを致しましょう」

「…狢、すまない」


つまり、御世話の許可は出たと言うこと

直接的な言葉は出なくても…

これでも素直な方、ですかね…と小さく口角が上がる

小さく丸まった、

その背中ごと包み込むように抱えれば

…冷えきった体



水気を含んだ拘束衣は重く、冷たく

貴台の体を蝕んでいる様で…






「貴台、降ろしますよ」


はやる気を抑えながらも

浴場の更衣場の長椅子に横たえ、ベルトを解いていく

腕を交差させられ、胸元に固定しているそれ

足を纏めたそれらを丁寧に外していく



固く結んだ口元

目を瞑る貴台が、何を感じているのかは…

想像が易くつく


怪我人の私に世話をさせていることへの後ろめたさ

このような姿を晒す事への羞恥


何より、普段なら一人で入られる浴場に、

裸を見せることを得意としない貴台が…

こうして静かなことはそれが理由

例え体の自由が効かなくて疲弊していても…

抵抗は必ずする筈のものなのに…



汚れた、

冷えきった体を温めのお湯と石鹸で清めていく

ぐらつく体を支えながら

洗っていけば、

左腕の新しい傷と…侍従紋に気づく



「…狢」

「はい」

「気にするな」

「…善処致します」


「くくっ、だろうな…お前には無理な注文か」

「…はい、申し訳ありません」


実質は断り文句

それにもかかわらず笑う貴台に

…不敬ながらも有り難いと思う

少しからかいの音が出てしまう返答にも、ただ笑うだけ


本来なら

侍従が言えないことも、

そして私達の性格も…認めている


一見、寛容さも優しさもない

その様には見せない言動と態度。

ただ…たまに表に出る言葉や行動はやはりそれを裏付け

証明するもの…


後で川獺(かわうそ)に自慢でも致しましょうか…



「少しでいい、湯船に浸からせてくれるか?」

「お勧めは…」

「少しでいい」

「畏まりました」


眉を潜めたのが

分かったのだろう…

私が懸念することも、知っていて…

仕方なく抱き上げ、湯船の方に足を向けた








1分程か…縁に寄りかからせながらも入れてくれた

狢にしては…

きっとかなりの譲歩だ


体を引き上げられ、

拭かれ肌触りのいい室内着に袖を通して貰う




ふと、昔の記憶が蘇る

言わなくとも肩まで浸からせてくれるところ、

覚えていたか…


流石は狢

たった数回、湯あみの世話をさせた…

その時の事を覚えているのか

風邪を引いたんだったな…

湯あたりと熱を気にかけて、制止されたが

ふらつく体で

命令をして留め、振り切り…

そして足を滑らせて頭から湯船に突っ込んだ

結局、肩まで浸かりたいと

堪忍袋の切れた狢に無理を言った事を覚えているのだろう


再び抱き上げられ、

運ばれながらも懐かしさに口元が緩んだ






「なあ…」

「はい」


「いや…やっぱりいい」


「そうですか?

この後、川獺(かわうそ)が腕を振るうと息巻いていましたが何が食べたいものでも御座いますか?」


「…好きなようにしていい」

「作用で御座いますか」


何でもいいと言えば

言葉だけは従順だが…隠しもせず嬉々とする雰囲気が漏れる





ベットの…

過剰に背にあてがわれたクッションに沈む


はあ…

どうせ、川獺が張り切ったところで、

この狢が止める。


胃に優しいものしか結局出してこない

どんなメニューを希望をしたところで、それが適切でないと判断すれば…俺の体のことになると命令ですら破る

…あまり、病人食が好きでないことも分かった上でだ



「で、なんだ?

粥か?葛湯か?どうせ狢が指示を出したんだろう?」

「よくお分かりでいらっしゃいますね」


「嫌いだ…」

「貴台のことです、川獺が手をかけて作ったものを残すはずがありません」

「…狢」


「はい」

「分かっていて…川獺に作らせたな?

ちっ…この性悪め」


「聞こえていますよ…薬、やはり薬湯に致しましょうかね…効きも早いですし…ええ、そうしましょう」

「まて…おい…」

「どうされました?」


「わかってるだろうが…」

「さて…私めにはさっぱりですね」


のっけらかん…

どの口が言うんだ?

それにこんな凶悪な笑顔があってたまるか…

顔がひきつりつつも、丸薬にしろと目で睨み返す



コンコン


「失礼します…っ狢?貴台?」

「…さて、私めは準備をして来ますね。

川獺、その間貴台を宜しく頼みましたよ?」


「…は、はい!」





…間の悪い時に入ってきた

いや、この時間すら計算づくか…


川獺の前で言い合いなどしようものなら、俺側に立った川獺が狢に負ける…

それは流石に忍びない


ここで狢を呼び止め、競り合ったとしてもだ。

川獺が間に入って…丸薬にして差し上げてくださいと、

そう言い続けるに決まっている


俺が折れるまで、な

本気で嫌がっていないこと、心配だからこその処置であることを理解している

…そしてそれを知っているから、

狢は命令に逆らっても我を通すのだ


だから折れるしかない

狢に川獺が勝てるはずもない…いや、可能性はあるか?


どちらにせよ

本当、性格が悪い…






さて…

川獺は何をしてるんだ?

膳を持ったまま立ち尽くしているが…


「…早く持ってこい」

「はい!」


「…」

そんな無邪気に振る舞うな…

他の家のものには普通だろうが…礼儀正しい侍従の一人

そう見えるはずだが

何故こんなに小動物感が…


普段通りの

俺に向けられる気の抜けた無害なそれ…


純真無垢ではないし、

爪も牙もあるが、それは俺には向けられない

俺を守るときに出すだけだ






膝に置かれた盆

目を落とせば思わず溜め息が漏れる

…好き好んで食べたくはない

そして小さいとはいえ

陶器の器と蓮華を…落とさない自信もない

あの狢め…計りやがったな


醒めにくい器を選ぶのは当たり前だ

ここ4日近く何も口にしていないのだ、食べきるまで温かくという気遣い

それは侍従、川獺としても当然の判断





「貴台?お気に…召しませんでしたか?」

「いや…」


「…貴台?もしや…」


ただ、川獺に介抱されろと

そういう意図が透けて見える…

それも川獺はおれが介抱されるのが好きでないから

気付いても自ら進んでは口に出さない。


俺が気にすることを言わない

俺がそれを指示するのを苦手としていてもそちらを優先する

つまりは…だ

俺が言わない限りこの状況は動かない…


「…食べさせてくれ」

「畏まりました、失礼しますね?」



「…」


白湯からか…

蓮華で掬い冷ませて、口元に運んでくる

ゆっくりと嚥下すれば、

通る…冷えた内が胃が温まる


胃が少しずつ動き始めた

葛湯とそして、最後に少量の粥を含めば…漸く終わった




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ