帰省13
「…どうした、白虎」
「過呼吸を起こされました…私の声も届きそうになかったので致し方なく首を打ち、失神させています」
「向かいながらだ、詳しく話せ」
「はい」
険しい顔付き
執務を中断して立ち上がる主人
傍に控えていた補佐に指示を飛ばすと足早に部屋を出ていく
その歩みに遅れないよう、付いていく
「それで」
「…外から見る限り、この3日間同様に安定していました。
が、扉を開いた瞬間、怯えるような反応。音が怖かったのでしょうか…」
「それはないな、閉めるとき何の反応もしなかったのだろう?」
「はい」
「他には?」
「オリゼ様とお呼びしても反応がなかったので、心配して肩を触りました。決して…ただ触れた程度です」
「…」
「…そこからです、殺さないでと…
何度も繰り返し呼び掛けましたが…聞こえない御様子。
…そして過呼吸が始まりました」
「変だな。オリゼから聞けなければ…玄武に聞くしかないな」
「はい」
「お前のいった通り、4日はキツかったか?」
「当主の判断は間違ってはおられません」
「なれど、このまま続けるわけにもいかないな」
「…私が判断出来ることでは、」
「そう言うな…本音はなんだ?」
「自室に戻された方が宜しいかと…原因にもよりますが」
「そうだな…」
鍵を玄武に開けさせる…
気を失った…
濡れるのも構わず、座り
…肩に触れないように抱き抱える
「起きなさい、オリゼ」
軽く頬を叩いて気付け…ていれば
うっすらと目を開く
「オリゼ」
「…ち…ち、上?」
「大丈夫か?白虎が分かるな?」
「はい」
「ならば…何故殺さないでと言った?
白虎が反心を抱いているのならば…「違います!」…そうか?」
「…なにも、されていません。
その様な事実も噂も、白虎にはありません」
「ならば何故?
過呼吸になる程怯えていたのだろう?」
「…夢見が、悪かったのです。
目が覚めて間もなかった、夢と現が混同していただけです…」
「…それだけで白虎が動揺するまでの振る舞いになると?」
「…御心配お掛けしました、もう大丈夫ですので…お戻りを」
「こんなに震えて、か」
「…気のせいで御座いましょう」
「分かった、ならば後一日だ」
「…畏まりま…した、父上」
どう見ても
震えているが…まあいい
目はしっかりとしていた、
大丈夫と言うのは強がりだけでないことを認め…
床に降ろし、出てから扉を締めた。
やはり
…なにも、音に反応することはない
大丈夫、と言うのは嘘ではなく本音でもあるだろう
無理をしているのは、分かってはいるが…
………
「宜しかったのですか?」
「少しでも異変があれば、部屋に移す」
「…有給1日、あの三人はあの牢の前で過ごすのでしょうね」
「傷も大方治ったことだろうしな」
白虎は四六時中此処でオリゼを見てはいられない、
だから執務室に戻る際にすれ違った青龍に
あの三人をベッドから出しても良いと許可を出した。
屋敷の何処で休んでも良いと、付け加えて…
「"少しでも異変があれば"あのもの達であればすぐに報告してくるでしょう」
「何が言いたい?」
「御心配には及びません」
「…白虎、彼処で殺された先祖を知っているか?」
「…っ当主…」
「次男だ、もし…いや」
「…その本を見せられたことは無いのでしょう?」
「優しい長子だったと聞く…
ああ、ない。男爵家の歴史には違いない。必要とアメジスには読ませたが、オリゼに手渡した覚えはないな」
「作用で御座いますか」
「…そんなもの、居る筈はないが…」
幽霊、
そんなまやかしを信じてはいない
だが…
いないにしても幽霊と暗い所が苦手な愚息には辛かろうに…
それでも彼処に留まった…
まあ、それだけ反省が出来ている証拠でもあるか?
…
コンコン
「父上、アメジスです」
「入れ」
「…どうか、なされたのですか?」
青龍から、オリゼ担当の三人を牢の前に居ることを許可したと聞いたのか
何かあったのかと勘繰って直ぐに此処にいたらしい…
耳も足も早いものだ…
「良いから座りなさい、白虎紅茶を」
「…それで、お話とは何でしょうか」
無理やり…
進められたそれを飲んでからでないと話し始めない。
だからと言って味わいもせず、
口を付け終われば直ぐに質問を繰り返す…
そんなオリゼ狂いの跡継ぎ、
それに関しては諦めた筈の教育を再びしたくなったのは此処だけの話だ
「…お前に前、男爵家の本を見せたな?それをオリゼに見せたことはあるか?」
「ありません、盗み見の可能性は…否定しきれませんが」
「そうだな、そうだとは思っていた」
「あ、…いや…」
「どうした?」
「地下の話でしたら…
牢に入れる前、この場所がどんな場所か知っているかと八つ当たりのように言ったのです。
するとオリゼは知っていると…上部だけの意味であれば良いのですが」
「そうか…」
「…父上何故そ…まさか!」
そうかと言っただけにも関わらず、
…相変わらず察しが良いことだ。
…
何らかのオリゼの行動からそれが上部でないと分かった。
だからその本を見せたことがあるかと、
自身が確認されたと直ぐに分かったようだ
「そのまさかだ。その本を読んだのか読んでないのかは分からない。まだ聞いていないからな」
「…父上」
「何かあれば対処できる、手抜かりはない」
「オリゼは…」
「"殺さないで"と言ったそうだ」
「っ…父上!」
何故そんなになったオリゼを出さなかったのですか?…だろうか。
責めるように叫ぶそれを手で制した
「出そうとした、がオリゼがそれを断った」
「…父上」
中断、
つまりはそこがどんな場所であったとしても…今の当主の俺がオリゼに出す意図があることを伝えた。
オリゼの侍従に、格子を隔てているとは言え側に侍ることを許した…
咎を受けるとオリゼが言うならば、
…その覚悟を無下にしない為にとれる安全策は…これが限界の処置であることは言うまでもない。
「心配せずとも今日の夜には出す、4日はそれで経つだろう…」
「様子を…見てきてもよろしいですか?」
「鍵は要るのか?」
「…いえ、オリゼの決心を無下には致しません」
このオリゼが絡めば愚かになる息子も…
オリゼがそんなことがあっても留まった理由を、
俺が中断しなかった理由を察しているらしい。
鍵は要らないと、
様子を外から見るだけで満足すると…
苦手で恐くても、大丈夫だと言って最後まで咎を受けると決めた愚息の心意気を…アメジスも無駄にはしたくないようだ。
「そうか、なら話はそれで終わりだ」
「ありがとうございます、それでは」
立ち上がり、礼もそこそこに退室していったアメジス
足早に、
いや、閉まった扉の向こうからは走り去る音が響いてきた




