帰省10。
…
…オリゼが少し大人しくなった後、
父上と母上のやり取りが始まる
…父上も本気でオリゼの言葉が天邪鬼からだけだとは
思っていなかっただろうが…
それでもそう見なせる範疇を大きく外れた行為をオリゼはとってしまった。
流石に…
当主の継承権を示す証でもあるアメジストの原石を、
それを…
返還する意思を目の当たりにしてしまった以上、
圧力目的の計画は実を帯びた。
ある程度乗っ取って…罰を与える算段を進めなくてはならなくなった
「貴方…どうなされますか?」
「…そうだな…目一杯甘やかすか?」
「それもいいですね…でもそれは今までもしてきましたよ?」
「だが…足りなかったのではないか?」
「…当主としての責務が御座いますよね?もしや…四六時中オリゼを甘やかすと…は言いませんよね?」
「…」
母上の言葉に父上が黙る…
この父上も、俺に負けず劣らずオリゼを可愛がっている
それを理由に当主の業務を怠るのかと母上が嗜めているのは…
これ以上甘やかすとなれば、
業務が滞る事では済まなくなると知っているから。
今までも…
かまけかけたことは多岐に渡っていたからだ。
それこそ、
俺の目にも分かるほどに…
「貴方?」
「いや、そのな?…その…」
「…貴方、当主としてと言ったばかりではありませんでした?
陛下からも信頼がありますよね?」
「…なら、どうするのだ?」
そもそも、
今までだって溺愛してきたのだ。
そうすることで、
オリゼが自愛や自己肯定を出来るようになる可能性は低い
それが分かっていても、
此処に来てさえも父上がその意思を口にするのは
甘さではない。
これから罰を与えるとしても…
それは父上にとって大事な子供であると、
オリゼに教えてあげるためだ…
俺によって床に這いつくばらされ…力も抜けているオリゼ
その少し大人しくなった弟には、
ちゃんと此方の会話にも耳を傾ける程度の余裕はあるからね
「一つ、考えがありますが…第7案より厳しくなりますよ?」
「言ってみなさい」
「…オリゼの担当の侍従に責任を問えば宜しいのではなくて?
その光景を見せれば…あの侍従達のことです、少しでもオリゼの為ならばと…喜びましょう」
ピクリと弟が動く、
痛みを伴う罰はオリゼ本人ではなくその侍従達に…
その流れに不味いと気付いたのだ。
「…そうか、それならば効くかもしれないな。
ならば…侍従に悟られて演技だと、疑心にすら覚えさせないようにオリゼ側からだけ見えるようにすれば良いか?」
「ええ…気が進みはしませんが…、
多分アメジスがここまで手をあげるとなると…学園や馬車で出来る万策は尽くしたのではなくて?」
「そうだな…
では山女魚の提案に乗ることにしよう」
母上も容赦ない
俺が今までやってきた程度では済まない、
父上が罰を下すとなれば…俺がするよりも遥かに甘さもないし厳しいものになる。
それが分かっていて、
母上は提案したのだから…オリゼに腹を据えかねたのだ。
それと同時に、それ程までに心配もしているんだな…
そして、
父上も今までの対応ではオリゼに効果はないと判断をした。
荒療治ではあるが、
玄武達が父上の熾烈な罰に耐えれば…
それ程までにオリゼの担当であることと、弟に対する忠心を示せる
それは、
オリゼが自愛や自己肯定を出来るようになる起爆剤
少なくとも大きな材料にはなる
「…な…やっ…」
「だって、オリゼ。しっかりと反省するんだよ?」
「…そ…れは…皆…っ責…任などっな…」
「そうだね?そこにいる玄武にもこの一年近くかな…屋敷に居させて仕えさせなかったものね?」
あーあ、
少し大人しくなったし
ちゃんと話が聞けるように少し手加減してたけど…
まだ抗うの?
そもそもオリゼが言うとおり、
うちの男爵家では責任が少ないと免罪になる事例ではあるけど…
「、ら…ば…」
「それでも玄武筆頭にオリゼ担当であることは事実。
オリゼになにかあれば、傍で世話が出来なかろうと今回は責任を取って貰う。
…遠ざけたのが、何も出来なくしたのがオリゼ本人だとしてもね?」
「…ぅ…くっ…」
「いかに侍従達がオリゼのことを想っていたか、こじつけの理由ではあるけど罰に値するよね?
そんな罰でも進んで受ける姿を見れば少しは分かるんじゃない?
「酷、い…道…理に、合わな…」
…まあ道理に合わないし、
理不尽だよね?
だけどそれが普通
他の貴族なら当然の報いだと処断するところも多い。
甘い家でも…少し減刑するだけで、
何もなく済ませる等しないだろう…
うちの男爵家位だよ…
こんなに甘いのは。
父上がその甘い判断をを今回はしないと言うなら、
オリゼはその貴族として当然の処断を思い出して理解しないといけないよね?
「…普通の貴族ならそれが普通だよ。
オリゼも教育は受けているんだからそれは理解出来てるね?」
「…なん…で」
「なんでも、だよ。
それにそこの側仕えも、傍で侍れなかったからと言って責任を感じていない訳じゃない。
ましてや与えられる罰から免れようともしない筈だ…ねえ?玄武?」
「…勿論でございます。
それに…貴台の為になるならば…今回、少々傷つかれたとしても不肖どもはどの様なことでもこの身を差し出します。
罰とて、仕えが足りなかった為…必然の事でしょう」
「ぅ…」
「ほら、玄武もそう言ってるよ?」
「…ゃ、いゃ…」
「お屋形様、当然の罰に御座います…どうか不肖らに罰をお与えくださいませんでしょうか」
ほら、
玄武はちゃんと分かってる。
そしてこの普通の貴族処断が…
父上が普段はしない、理不尽な罰を選んだ理由も理解できている。
全ては、
オリゼがオリゼ自身を愛せるようになるため…
だから、
その為ならば…
この弟大好きな側仕えは、その自身の身をどう扱われても誉としか思わないだろうし。
この話を聞いていない他の担当も、
何がなんだか分からずとも…オリゼの為ならばと考えて耐えるだろうね…
「合い…分かった。
これで二人とも納得するか?」
「ええ…貴方」
「はい、父上」
「っ…な…なり…っぐ…きゅ…」
「オリゼ、そろそろ限界。父上、宜しいですか?」
「あまり、手厳しくしてやるなよ?
此方が第7でするんだ…せめて其方は第6で止めておけ」
第6、ねえ…
父上、
せめてって言ってもかなり厳しくないですか?
その必要性は、
必死に暴れようとする弟を見ていれば俺でも分かるんだけど…
「父上も…それなりに怒っていらっしゃるのですね」
「それはな、原石…証を返上しようとまでしたんだ…
流石に可愛い息子とはいえ、許しはしないな」
「母上も…」
「同意見も同意見ですね…
少し仕置き部屋に入れてもこれでは治りそうにありませんから…ね」
仕置き部屋、か。
昔はよくオイタをしたオリゼは入れられてたね…
あの時の弟にはよく効いた躾だけど、
今のオリゼには第3位にしかならないかな?
母上も、
先程からの弟の様子からそれは汲み取ったのだろうし…
…
「…やっ…うっ…」
「オリゼ、後悔しても遅いよ?
青龍、拘束してやって?俺が手を離したら大人しくしないと思うから」
「…離…せ、いやだ…嫌だ!
認めればいいんだろうが!俺にっ…ぐっ」
「そんなに魔力圧をかけたままにしてほしいの?
かけるのを弱めたらすぐこれ?本当、学ばないと言うか懲りないよね…」
「あ…あ…」
一瞬、
強く魔力を注いでやれば
一度は身体を床から持ち上げて反抗しようとした初動を抑え込めた。
べしゃりと、
その小さな身体を再び床に…
今度は這いつくばるとではなく、
横向きに…胎児の形でだらりと四肢を投げ出すように倒れ込んでいった
うーん、
予想以上の抵抗
あれ程、
加減してたけど長時間注いであげたのに…
暴言も抵抗も出来るなんて、甘く見てたなあ。
俺の攻撃にも耐えられるってことは、
身体も武力も成長したってことだから嬉しくはあるけど…
誉めてあげたいのは山々、
だだし…この状況下でなければね?
「力抜いて。抵抗したら更に酷くするよ?
…ああ、オリゼにじゃなくて担当の侍従達にね?」
「…っ」
「ん?まだ抵抗するの?」
「い、え…あや…謝りますから…それは…それだけは」
返事しようとしない、
だけど明らかに身体の動きは止めた弟に
もう抵抗の意思はないと見る。
まあ…それでも不安だから聞いたんだけど…
「今更決定は覆らない。
…手を離すよ?良いね?」
「っ…」
「返事」
「…はい…兄…上」
もう一度念押ししてから、
魔力圧を止める。
そしてゆっくりとオリゼの背中から手を引いていく
もう、
泣いてえずくだけで可愛いもんだ…
狐のように丸くなって、
しっぽ代わりに服の袖を抱き込むようにして…その顔を覆っている
「いいよ、青龍」
「御意」
下準備は済んだと、
もう弟を拘束してあげてもいいと青龍に指示をする
「ぅ…」
「大人しくしててね、オリゼ」
問答無用で、
青龍の手で戒められていく…
先程までの抵抗も
反抗一つ見せず…言わず、成されるがままになった弟
玄武なら、
優しい声の一つでも掛けるのだろうが…青龍はそこまで甘くない。
無言で、
冷徹にも見える手際。
自傷や無駄な抵抗で怪我をしないようにと
拘束衣を適切に弟に着させていく。
まあ…枷ではなく拘束衣を青龍が選んできた時点で、
オリゼへの優しさはありそうだけど…
上半身、
腕組みをするように固定されれていく弟は…
自由を失いつつも安全だ。
…暴れても金属で手首周りは傷付かないし、
肩や腕に無理な負荷は掛からない。
普通の拘束具のように…長時間このままでも鬱血や壊死の危険も無い
「足も揃えてあげて」
「…承りました」
固く、固く手を握りしめて控える玄武
そんなオリゼから目を背けることも叶わず、離れた場所からただ見ているだけしか出来ない。
既にその手からは血が滴り、床を点々と汚している
侍従の白手袋を爪が貫通する程、
布で吸収出来ずに垂れる程の血の量…
玄武の掌はその自身の爪によって相当に傷付けられてている筈だ。
破傷風になったらとは思うが、
この後の罰で負う傷の手当てついでに処置して貰えるだろうから心配はしないけどね?
片や手から血を流し、
もう一方は身動きを封じられていく
その二人の様子を、
目の奥では慈愛をたたえながら…両親は見守るように静かに眺めている
「若、これで宜しいでしょうか」
「うん、十分。
父上…手加減は無用ですよ?」
「分かっている、アメジス…オリゼは任せたからな」
「はい、私が運びます。
して…場所は如何しますか?」
「あそこでいいだろう」
「分かりました…青龍、担当の侍従を呼んできてね。
玄武はこのまま一緒に付いて来させる。
オリゼの視界から外れれば他の侍従に玄武が入れ知恵をしたとでも…この分からず屋の弟に勘違いされても困るよね?」
「直ぐに呼び集めて参ります、若。…御前を失礼します」
両親と俺に一礼し、
目の前に芋虫になったオリゼを置いたまま…青龍が出ていく
手も足も動かせない弟は、
俺が運んでやらねば何処にも行けない
上半身は拘束衣で自由は効かないし…
足も揃えて、
幅の広いちりめんの布地で太股と脹ら脛の2ヶ所を結わえられている
青龍も、
仕事が出来る…
伸縮性のあるちりめんなら、
少し暴れても足は圧迫されない…
柔らかいし、衣擦れしたとしても少し赤くなるだけ。
それでいて、
オリゼが本気でほどこうとしても耐久性は優れているから…
裂くことはおろか、緩みもしない
弟の身体への影響は最小限に、
その上で自由を奪う効果は最大限にするためにこうしたのか…
恐ろしいね、
優しくもあるけど…
「さて、
俺らも向かおうか…オリゼ」
「ぅ…、ひぅ」
「運んであげるけど、動くとしても身動ぎ位にして。
暴れてオリゼを床に落とせば…受け身のとれない状態の自分が怪我するのはわかるね?」
「ぅ…」
…それに続き、
床に転がっている弟を…
もう一度耳元で念を押してから抱き上げれば、
とうに歩き始めている父上と母上
…後ろから玄武が付いてくるのを確認し、その両親の背中に続いたのだった
…
兄上に連れてこられた部屋、
外に出ていないから…屋敷の中の一室であるのは分かる。
それだけは分かるが、
一体…此処は何処だろう?
階段を下りてきたから、地下であることは確かだけど
こんな壁も床も…天井でさえ石で出来た部屋に入ったことはないし知らない。
扉は鉄製で、
大きな閂も…外鍵も付いていたし…
まるで牢みたいで怖い。
床や壁には…
至るところに太いU字の金具が埋まっている。
更に…天井からはその金具から重厚な鎖が垂れ下がっていて、
何のためにそのU字の金具が埋め込まれたか
その使用用途は分かりたくなくても推測出来てしまう
多分、
ここは拷問部屋…だ
「…っ」
「オリゼ、大丈夫?」
…目の前で進む作業
運ばれてきたソファーの上に兄上の腕から下ろされれば、
父上の魔力によって俺と玄武との間に壁が出来ていくのが見えた。
こちら側に居るのは…母上に兄上、そして俺
扉は向こうにしか、ない。
それでも母上も兄上も何も動揺しない…
狭い空間に閉じ込められたというのに…
父上や母上の側仕えや侍従が、
向こう側の準備をどんどんと進めていく。
枷や鞣された縄や革ベルトが、
4つずつ…
そして父上が、
勿論兄上も扱うのはかつて見たことはない道具がいっぱい。
こんなものがこの屋敷にあるなんて…
想像したこともなかった。
それでも
ラピスを悪友に持つ俺には…何に必要になるだろうか分かってしまう水桶や火鉢…それ以上の凶悪な道具も並べられていく
此処に、
推測したこの部屋に相応しい様相に…次第に整えられていく
「オリゼ?」
「…っ」
「どうしたの?答えられるよね?」
「…そ…の、玄武…手から血が…」
「ああ、さっきからあんなんだよ?
良かったね、オリゼが想っている証拠じゃない?」
「…な…っ」
父上の指示によって、
父上の側仕えである白虎が玄武の手を拘束して。
天井から伸びた鎖に、
手枷を繋げられて…玄武が吊り上げられていく…
そして…
目につく場所に固定された手。
よく見なくても、
その玄武の掌は…白く汚れ一つない筈の侍従の手袋が赤く染まっている
抵抗一つしてないのに、
そんな玄武に対して父上は更に白虎へと指示を出す
爪先立ちになった足に、
足枷を…そしてそれを床の金具へと緩み無く繋いだのだ
「玄武…玄、武…逃げて」
「言っても玄武には聞こえないよ?
因みに音も魔力も様子も、既にあちら側から感知できないし。
そういう魔法陣を父上が今発動したばかりだ…そしてその魔法陣を隠す魔法陣もね…」
「…兄…上」
「駄目、目を反らさない。
…ほら、青龍が連れてきたよ?久々に見る顔ぶれはどう?懐かしい?」
「っ…」
懐かしいなんて、
そんな平和ボケした感情など湧いてくるわけ無い
目の前で父上は鞭を持っているし…
青龍に連れられて入ってきた、
懐かしい侍従達も今…固い床に膝を付かされて手足の自由を白虎によって奪われていっているのだから…
それもこれも、
皆に非がある訳じゃなくて…俺が悪いから
「それと…さっき、父上のことを"当主"って言ったね?
母上に至っては、呼びもしていない。
まさかとは思うけど、自分を息子として認めきれないからって理由で父上、母上って呼ばないんじゃない?」
「…っ」
「俺を兄上と呼ぶ地点で、その意味はないよ?
その兄上が父上と母上と呼ぶのだから…弟のオリゼがそう呼ぶのと同義だよね?あ、それとも兄とも認めないと、そう言うかな?」
「…そ…んな…ことは」
「なら呼べるね?」
「っ…は、母…上」
「それと?聞こえないだろうけど…」
「父…上」
向こう側に声は届かない、
此方の様子も分からないようになっていると兄上が先程説明していた。
母上と呼ぶ理由は分かっても、
伝わらないと知っていて…何故父上と呼ばせたのだろうか
それに、
どうしたら…
向こう側の父上に、
止めるように伝えられるのか…考えても考えてもその策は浮かばなかった…
…
「良くできました。
その調子で、ちゃんと見てられ…早速始まりますね、母上」
「そうですね、アメジス」
壁にもたれ掛かり、準備を眺めていたが…
そろそろ始まるようだ。
…ソファーに横たわらせた弟、
既にカタカタと震えて泣きそうになっているオリゼを抱え上げる。
抱き込みながら、
母上の横へ、ソファーに俺も座る。
もう、目には溢れ出そうな程の涙
こらえているのも
…何時まで持つかな?
ついに…玄武からか。
天井と床の鎖によって身体を引き伸ばされたまま、鞭を打たれていく
手加減は無用ですよとは言ったものの、
その父上の容赦ない打ち据え方にはただ見ているだけでも堪えるものがある。
侍従服の上から、
素肌に鞭を打ってる訳じゃないとは言え…
あれでは肌が裂ける。
まあ…
シャツや侍従服の上着越しであるから、
その程度で済むとも言えるんだけど…容赦ないことに変わりはない。
「ふうん…流石玄武。
大の大人でも数打で泣き叫けぶところを、
呻き声一つ漏らさないところは感服するよ…ねぇ、オリゼ?」
「ぇ…ぅ…」
…玄武。
耐えているのは、
痛いと叫べば…オリゼへの精神的負担になると我慢しているから?
いくら玄武でも、
限界というものはある。
昔の経歴からしても、傷や痛みに対する耐性が尋常でなくあることは知っているよ?
…が
それでも玄武は人間だ。
そうしたところで、
遅かれ早かれ…叫ぶことになるのに…
…無駄な我慢はすべきじゃないんじゃないの?
「あの人も容赦ありませんね…
私が提案したことではありますが、あれでは玄武以外の侍従は直ぐに気を失います」
「そうでしょうね…
普通の人間なら、耐え難い痛みでしょうし」
と…
母上の呟きに相槌を打ちつつ、
その様子に少し眉をしかめながらも見ていれば、
…手にヒヤリと冷たい感覚
見れば、次々と弟が溢した涙が、
俺の腕を雨粒のように降りしきり……
…濡らしていく
オリゼの我慢していた涙腺が、
大決壊している…
…
…
遂に…玄武が崩れ落ちるように気を失った
側仕えの白虎に、
鎖との連結を外させ…た。
外させた、だけ…
酷く消耗して
意識もない玄武が床に倒れ込むことを、そんなことをすれば分かりつつ…
白虎に支えの指示もせず、
その様を冷たい目で認めるだけの父上
…
許しを乞いもせず…
唯一あちら側の侍従で見られていることを知っていても
最終的には繕えないほどの声、
抑えられないほどの悲鳴を漏らしていた
玄武がそうなっていたのは、
単に弟によって嵌められている腕輪や胸の魔法陣の効果のせいもあるのかもしれないが…
それにしても拷問や責めに強い筈の玄武を此処まで追い込むとは、
父上が本気である証拠。
オリゼに本気で自己肯定をさせるために、
父上がこの鞭打ちに…
容赦も手心も微塵も加えていない事は、俺以上にこの弟は分かってきた筈だ。
…
"次は誰にする?"
床に転がった玄武を、
何の感慨もなさそうな顔で白虎に指示をして部屋の壁際に移動させ…
膝を付かされている他のオリゼの担当侍従に対して
父上は非情にも聞こえる問いを3人に投げ掛けている。
「…お止めを…どうか…、っは…母上」
必死の弟
玄武ですらこの様
次に鞭を打ち据えられるのは、
元スパイに比べれば傷や痛みに耐性等ない侍従達だ
…途轍もない危機感を、
"次に"と手を上げた川獺を見て覚えたのだろう
そんな父上の姿、
オリゼは今まで見たことがないだろうし…
厳しくても…
どれ程弟がいけないことをしでかしても、
何処かに分かるような親の情をその表情に残していた。
…無情な当主の顔、
そう見える姿をこれまでは見せてこなかったからね
だから…
母上に止めて貰うように、
プライドを捨ててもお願いした心中は分かる…
「父上が止めない限り、侍従達が許しを乞うまでは俺らに止める術はないよ?
そうですね?母上」
「そうね…」
「ですが…ですが…」
まあ、
次に鞭打ちされる川獺は…
オリゼと同じ年格好、年だって近かった筈。
まだ俺や父上達から見れば子供で、
代々侍従を排出する家の出自。
どう見ても…
玄武で耐えられなかった父上の鞭に敵うわけ無いからね…
…それが父上も分かっているのか、
足はちゃんと床につくように白虎に目配せしてるみたい
…それに、舌を誤って噛まないように布を口に噛ませてあげている
「ああ、確かにこれ位壊せるよ?
拘束され殺魔石を嵌められたオリゼと違って。母上や俺が父上が施した魔法陣を破ることはね…」
「…っ」
「でも、そういう意味じゃない。
オリゼの為ならばと父上がああやって愚かな主人を振る舞ってるのに、それを発案して賛同した母上と俺がそれを止めるのは間違っているしするわけがない」
「…ごめん、な…さい」
「分かったなら、ほら二人目始まるよ?
次は許しを乞うんじゃない?オリゼを大して想っていないならね…」
「…兄…上」
「まあ、無理だろうけど。
可哀想に…オリゼは…
オリゼは自分担当の侍従達がオリゼ自身への忠誠心と想い持っていることをこうやってしか確認できないなんてね」
「…そんな…直ぐに…」
…
……直ぐに等折れはしなかったね?
川獺も、
他の二人も…
父上にオリゼの担当侍従を辞するかと聞かれても、辞せば直ぐに鞭打ちを止めてやると囁かれても…
最後まで、
決して首を縦にふることはなかった。
「…うっ…なんで?なんで皆」
死屍累々…
玄武を含め四人…床に倒れて気を失っている
普段優しい父上を怒らせれば…俺などまだまだ、だ。
俺の腕に弟の呼吸が響く
それほどの心傷、を受けているのは彼方から見えずとも父上は分かっている筈
その様子を青龍はただ静かに見守っている
流石は青龍…
冷酷な時は冷酷
普段オリゼを優先するような発言も、
結局は俺がオリゼを大切にしているから。
オリゼが俺を…
オリゼの侍従の身の振りがオリゼを、
そして俺がそれを見て傷つけば容赦はしないだろう
それでも弟に向ける視線が今まで変わらないのは、
…俺以外で…
青龍にとっては珍しく弟も懐に入れているから。
それでなければ…この弟は
今まで、無事で済んではいないだろうな
父上が青龍に、指示を出す
平時のようにだが、感情の籠らない声音で応対
…屍のように倒れている
玄武達に冷水を容赦なくかけていく
それでも起きぬ者には、鳩尾に足先を食い込ませて…
本当…俺の傍仕えは怖い…
「オリゼ…だから言ったでしょう?許しを乞うまではって言ったけど誰一人として乞わなかったね?」
「やだ…そんなこと…俺は…」
「ほら、気をやることも父上が許さないって…
皆意識を取り戻したよ?まだ…続くだろうね…」
「そんな…そんなこと!父上が…そんな…」
冷や水を浴びさせられた4人、
痛みで気を失った意識を
玄武に関しては朦朧としたそれがはっきり覚醒するまで…無理矢理に浮上させられていく
青龍も、
父上に感化されて…かなりスイッチが入っているようだ
「…ほら、また青龍が水桶に水を満たしてる。
既に皆…意識は取り戻したのに…ね?」
「…な、…んで?」
「ん?
ほら…白虎が後ろ手に枷を嵌め直してるから、簡易的な水責めじゃない?」
「…っ、簡易…的って」
「まあ…青龍がやるみたいだから、
父上程ではないにしろその責めはかなり苦しいだろうね。…手加減は望めないかな?」
「ごめんなさい…ごめんなさい」
…もう相当、
ずっと泣き続けているというのに…
オリゼの涙は枯れる気配がない。
それだけ泣けば、
体力的にも辛くなるよ?
玄武のように、
耐えたってなにも変わらない…
無駄な我慢はすべきじゃない。
…全く、
玄武程ではないにしろ…他の3人も3人だ。
…こういう要らないところ、何故か無駄にオリゼに似て…
面倒ではあるけど、憎めない侍従達だよ
まあ…水責めなら、
我慢しようがないだろうけど…
…
…かふっ
げほ…っう
暫くすれば、
堪えていないように見えた玄武の水を吐く音が鳴り響く
「…玄…武?」
「辛そうだね…」
…
…息を吹き返せば、
回復を待つことなくまた沈められていく
ごぼり…
身体を痙攣させられるまで青龍に玄武が顔を水に沈められている
始めは
長く息を止めることも出来ていたが、
そうしたところで沈められている時間が長くなるだけ。
青龍が、気泡も上がってこない水桶の水面に騙される筈がない…
空気を吐き出し、
水を飲むまで水中から玄武の顔を上げさせはしない。
そして…
それを繰り返される度に息を止めることも
玄武は難しくなってきている様だ…
「己を軽く…扱わない、自愛する」
「うん?」
「自殺紛いの自傷もしない…もうしないから…」
「へえ、しないの?」
「し、…しない」
そんな玄武を見てか…
遂にオリゼにも、動きが出てきた。
凄く辛そうだもんね、
玄武
さっきからげほげほと、
頭を上げられても呼吸がままならないし…
変に水を飲んで
今も…笛のように喉から呼吸音をたてて息をしている。
…呼吸が止まりかけも、してるし
「何で?」
「…ぇ」
「…何でしないの?どうしてそう思ったの?」
「…俺の、行動が…玄武達を苦しめて…
ツケを…っ、払わせてる」
「そうだね。
だけどそれだと本来の自愛や自己肯定の理由にはならないよ?」
「…反省…してる
兄上…もうしない…し、身に…染みたよ?」
「あのね、オリゼ。
それだと玄武達が傷付くから、
父上や俺の圧力がなければ…直ぐ様逆戻りするってことになる。
とても自愛しているとは言えないし、
何の制約もなければ自棄になる…自傷も止めないってことだよね?」
「…っ」
あ、
遂に玄武が倒れた…
水を含んだ
青龍が玄武の胸を踏みつけて…乱暴に水を吐かせている
吐かせても、
頬を張っても虚ろな目
酸素不足による一時的な混濁かな?
流石の青龍も、
これ以上は危険だと手を引くようだ
「玄武が倒れた…
順番からすれば、次は川獺だろうね」
「っ川…獺、にそんな…止めて…」
「玄武になら良いの?」
「…ちが…」
少し意地悪かな…?
オリゼがそういう意味で言ったことではないと分かってはいるけど、
そろそろ終わらせたい。
序盤でこの有り様…
最後まで続けるとなれば、
オリゼが逆恨みしないとも限らない事を父上はする嵌めになるだろう。
「そう…でも青龍は止めないよ」
「え…」
さて、次は川獺の番。
既に顔が真っ青だけど…耐えられるか、
青龍に引き摺られ水桶の前まで移動させられてる。
あまりの光景に、
それが己の身にも施される責苦であると認知していれば…
恐怖で身体が動けなくなるのも無理はない。
抵抗しないだけ、
オリゼよりも分別はあるけど…
「オリゼが反省もしっかり出来てないのに、
川獺が可愛そうだから止めて欲しいってだけの理屈で手を止めるわけないでしょ?」
「…ちが…玄、武にだってしてほしく…ない」
「分かったよ、
こういうことに慣れた玄武より川獺の方が耐性無い…オリゼが抵抗を感じる度合いが違うのは、理解出来る」
「…不安…にならない訳、じゃ…
それに…耐えられるからって…玄武が苦しくない訳…ない」
そしてその後ろでは、
白虎が火鉢に炭を入れて火をつけている
炭が燃えるには、少し掛かるし…
籠手も真っ赤になるまで熱するには時間を要する
玄武の番が終われば…
他の3人の耐久時間はそれほど掛からない。
それを鞭打ちの時点で概算を出したのか、
白虎の手に迷いはない。
…無駄に優秀な侍従や使用人が揃うこの屋敷ではあるけど、
その筆頭は白虎だからね。
どんな時間管理もお手の物…なのだろう、か?
「まあ、玄武も人間だからね」
「…っ、当たり…前でしょう…そんな、こと」
「ほらちゃんと前見てなよ…オリゼ、水を責めの後は焼き印らしい。
今から籠手をカンカンに熱するためにか、火鉢に炭をいれてるし…
きっと玄武なら易く耐えられるね?」
「何を…!」
「…何って、耐性があることは事実でしょ?」
「…兄、上…だからって…言って良いことと悪いことがあるでしょう!」
「あるね。
籍を抜いて欲しいとか誰かさんは考えなしに口にした言葉も、言って悪いこと
…そうだよね?」
「っ…それ、は」
オリゼと話しながらも、
眼前で繰り広げられる光景は止まらない
…バシャバシャと、
水桶の水面を叩く川獺
声にならずとも、苦しいと叫ぶ叫びが聞こえてきそう…
玄武より空気を吸わせて貰ってるし、
水につける時間も短い。
川獺の限界に合わせて調節しているんだろうけど…
絵図らは…
玄武の時より相当に悪く見える
他の二人は…
川獺とは違って大人だからね
ギリギリまでは
理性を保てるし…罰に対する耐え方も知っている
玄武程ではないにしろ、
耐性がないなりに…ある程度の対処方法は各々確立しているから…
「それは、何?」
「こんな手段にでなくたって…俺を罰すれば良い…
酷い…皆にこんなことするなんて…」
「確かに酷いね、理不尽だし人情味がない」
「なら…そう思うなら…兄、上」
「それでも父上には玄武達を罰する理由はある。
同じく理不尽は理不尽ではあるけれど…仕える相手が思い詰めて自殺しようとするまで看過した侍従の罪は重い」
「…」
「黙るってことは、理解してるんだね。
間違っても父上を逆恨みなんてしないでよ…そうさせてるのは、誰?」
「…ぅ」
「でもさ…オリゼの場合は違うよね?
言葉では飽きたらず、証を返上しようとしたりするオリゼの行動も人情味はない」
「…ぅ…そんな…つもりは」
「酷いよね…こっちはオリゼを心配してるし可愛がってきたのに、
許す算段も整えて、お帰りって手を広げてるのにさ?
あんまりだよね?
それこそ理不尽その物じゃないの?
ねえ、オリゼ…それって人情に応えていることになるの?」
「…なりま、せん」
詰問するように、
言葉を浴びせていく…
多分もう自覚できてるだろうけど、
それを言葉に出来るか出来ないかではその認知度に差は大きい。
特にそれはこの弟には顕著
言えなければ…
どんなに反省しているように見えても自覚はしていない。
…まあ、
言ったとしてもランクはあるんだけどね
その証拠に、
俺は馬車ではオリゼに…すっかり騙されてしまったし
「理不尽なこと、父上にさせてるのは誰?」
「私…です」
「…何のためにやってると思うの。
父上は勿論オリゼを責める為にしてる訳じゃない、玄武達を罰する一般的な理由でもないよ?」
「…俺が自分を大事に思えるように、
その自信をつけるためにも…玄武達からも慕われてるって、可愛がられてるって見せて貰ってる」
川獺が限界を迎えた、
担当を外れるなら止めてやると父上が言っても…
先程と同じく断った。
呼吸もままならず、
苦しそうにえずきながら…
それでも
小さく…はっきりと、担当を外さないで下さいと願ったのだ
その後、
水を飲まない程度に少し長めに水に付けられただけで…
力なく目を閉じてしまった
父上の言葉を断ったことで、
更に長く続くと思ったのだろう…緊張と恐怖から気をやっても仕方ない。
最初から、
青ざめてたから当然の結果か…?
「正解、
それを見せるために父上はどんな気持ちだと思う?
普段…必要だとしても、多分玄武達をこんな風に処断はしないよ?」
「…俺が…私の為になるならって、ヒールになってる
…本意じゃないの、怖いけど分かる。
…俺が自傷した原因も過失も玄武達にはないって…知っててもやってるから」
「そう?
そこまで言えたなら父上もやってるかいがあるんじゃない?」
「え…」
浅く息をしているのを青龍は確認すると、
そのぐったりとした川獺を…
体力温存に徹している玄武のとなりに引き摺っていく
その後は狢
オリゼの担当になる前に…
うちの専属医でもあるから、己の身体がどうなるかは分かってる筈
呼吸が出来なくなれば…
それでも狢は冷静だ。
玄武が川獺の様子を見ていることを確認したのだろう、
その様子に一安心出来ると踏んだのか…
一つ溜め息に似た深呼吸をして、
青龍の促しに抵抗することなく…水桶の前に自発的に進んでいく
「あ…あ…川、獺…息、して…る?」
「してるよ、青龍や父上が殺生するわけないでしょ?」
「…う」
「もし異常があれば、
狢がああやって何も言わずに青龍に沈められてる筈がないね」
「…狢、診察させて貰えたの?
おれ…見逃した?」
「いや、玄武に確認をとっただけだと思うよ?
視線で意志疎通してたし、その後狢は納得したみたいだったから」
「そう…玄武が見てるから安心…え、玄武にそんな余裕ないよ?」
「…あると思うけど?
ぐったり力抜いてるのは脱力させて体力温存しているだけ、休憩はできたみたいだし、まだ耐えられると思うよ?」
「…そういう…問題、じゃ…っ狢…ぃやだ、止めて…」
どんどん、
声が枯れていくオリゼをしっかりと抱き直してやる。
泣く元気すら無くなって、
目の前の光景に目はなんとか向けてはいるけど…
それでもそれ以外の身体の力はもう既にない。
寝ているオリゼをだっこしているみたいに、無意識下の弟を抱えているみたいに自重が段々と重くなってきている。
嫌だと、
止めてと…言う声もだんだんと張りを失って…
当初の勢いや力強さは失われている。
…
父上に声が届かないことを、
どんなに制止を願ったところで無意味だと思ってしまったらしい
だから、
言われたとお眼前で繰り広げられる光景を見させられること…
そして抵抗をしないことで、
現状をこれ以上には悪化させないようにしているのかもしれない
「…そういえばさ、オリゼ」
「は…い…」
「狢にはよく手当てして貰ってたよね?
今では怪我や無理することの多いオリゼのお陰で、狢以外の担当でも程度のことが出来るようになったらしいけど…」
「…狢は、すぐ怒った。
俺、走り回ったりしてすぐに傷をつくるし、遊び過ぎて熱だしたときも…」
…昔から狢と青龍はあまり反りが合わないんだよね
青龍は基本的に好戦的な一面を隠しているし、
狢は医者。
本質的に傷を負わせることに抵抗がない青龍と、
人を守り傷を癒すことを信条とする狢ではそうなるのも道理だ…
まあ、
青龍も狢も私情を挟むことはないけど…
父上に注意されない程度には、
楽しそうな雰囲気を滲ませている青龍
それに気付かない狢でもない。
罰は甘んじて受けているし…
何も言うことはない。
そして、呼吸の苦しさから以外の抗いもしていないが…
苦しそうに顔を歪ませている中で
その…目だけは爛々としている。
気に食わないんだろうね、
…私情から楽しんでいる青龍に沈められてるのは
「怒られて、嫌いになった?」
「…ううん」
「何で嫌いにならないの?
オリゼは狢に怒られるし、怖いんでしょ?」
「怒るのは心配してくれてるからだもん…
看病も付きっきりでしてくれる、それに治ったら優しい狢に戻るから嫌いじゃない」
「じゃあ…もし狢が体調不良をおして、
オリゼの世話をしようとしてたらどうする?」
「怒る…」
「どうして?」
「心配だから…
狢が俺を怒るのと一緒で…ちゃんと手当てして、養生もしっかりさせたい。
それで…きちんと治して元気になって欲しい」
「それが分かるオリゼなら、
今度からは傷の手当てはちゃんと出来るよね?
狢は一例だけど、狢を心配したくないし…オリゼだって心配させたくないんでしょ?」
「…うん、
でも…あんなに苦しそうなのに…傷も負わせたのに…許してくれるかな…」
許すもなにも、
狢は勿論…他の担当侍従のこの姿を見ていればその不安は払拭出来そうなものだが…
それでもこの弟は、
まだ信じきれていないのかな?
これだけの痛みや苦しみを受けても、
オリゼの担当を外れることを望まないのだから…
…狢が、
凄く苦しそうに噎せているね。
水が気管に入ったのか、
息がうまく吸えなくなっている…
青龍も、
し過ぎたと眉をひそめて…
狢の頭を掴む手はそのままに…片手で背中を叩いてやっている
そこは私情を挟まないんだよね、
青龍も…介抱される側の狢も
…変な関係だ
「さあね、
でもそれをいくらオリゼが悩んだって決めるのは狢だ。
オリゼに出来ることは一つ、誠心誠意謝ること…それは知ってるね?」
「う…でも、何でこんなに…こんなになってまで耐えてくれるのか分かんない。
皆…俺のことを良く思ってくれてるのは分かったけど、
何で?辛い思いしても…なんで変わらないの?俺を…嫌いにならないの?」
「それは狢達各々に聞かないと…俺には答えられない。
でもその答えは目前にあると思うけど…
あ、俺がオリゼを嫌いにならない理由なら説明できるよ?」
「…っ」
「ん?」
「…兄上のは…いい、
今更説明されなくても…聞かなくても、何度も言ってくれてたから」
言いずらそうに、
それでもかなり可愛いことを言ってくれる弟に…
この場の雰囲気も忘れてにやけてしまう。
…なんだ、
ちゃんと分かってくれてたの?
「くくっ…なんだ、ちゃんと響いてたんだね?
言ってあげても、いつものオリゼは天邪鬼だし…次男の役割がどうのって言って卑下してる姿しか知らなかったから…」
「ごめんなさい…」
「いいよ、
オリゼが分かってるって知れて安心したから」
「心配してくれてたの知ってる…
でも…兄上の…向けてくる感情は、受け入れ難くても…疑ったことないよ」
ああ…
ほくほくと、
つい口角があがってしまう
怪我や無理することの多いオリゼに、
自愛して欲しいと狢を例に諭したんだけど…こんな解答を聞けるなんて、兄冥利に尽きる…
少し隣からの母上の視線が生暖かいけど、
窘められてはいないから…俺が弟ののろけに喜んでいることに止めは入らなそうだ
「…ぁ」
「ん?」
「兄上…狢が、…八咫、が…」
成る程、
また泣き出したか…
理由は狢が限界に達して、
次の八咫烏に順番がまわったからだろう
「狢のこと、心配?」
「…ぅ…あんなに…辛そうな顔、俺…見たことない」
青龍によって壁際に座らせられた狢は
何とか息を整えて、
ふらふらの身体を何とか壁からずり落ちないようにしている状態だ
少しでも気を抜けば、
そのまま横に倒れて床と同化するね…
「まあ、オリゼの体調や怪我を怒る側の狢が…そんな医者の不養生なんて姿を見せるわけないよ。
そんな体調管理も出来ないような医者…狢に怒られたって、オリゼは納得いかないし養生する気も無くなるでしょ?」
「っ…姿、見せないだけ?
隠してた…だけ、で…無理させてたの?」
「さあ…でも、
何時何時でもオリゼの手当てや看病が出来るように健康面には気をつけてるはず。
いざって時に動けない身体をそのままにするような侍従じゃないからね…」
「そう…なの、かな」
「気になるなら、
今度から無理や心配させ過ぎないようにオリゼが気を付ければいい」
「うん…」
…
対して八咫烏といえば、
なまじ力があるため…青龍も必死だ。
息が続かず、
その苦しみから顔を水面上にあげようとする力に…青龍は腕力だけで対処出来ていない。
遂に魔力を使って、
その反発力を抑え込むことにしたようだ…
「青龍も大変だね…」
「何故…青龍、が?」
「八咫烏の方が力あるでしょ?
魔力まで使わないと抑え切れてないから、ね…」
「…ぅ?」
「どうしたの?」
「…あの…、いや…何でもないです」
何かに気づいた?
それを隠そうとするのは、どうしてだろう…
ここまで素直なオリゼが…
ばれると分かっていて俺に隠し立てするのは、あまり良いことでない筈だ
「オリゼ」
「…おこら、ない?
玄武に…またしない?」
「ん?…何の話か分からないけど、玄武になんで今俺が怒るの?」
強く答えるように促せば、
しょんぼりと…何かに怯えるような仕草をする
これ以上、
何に怯えているの?
「…玄武が罰を受けてないって、感じられたらやだから」
「ごめん、何が言いたいのか分かんない。
オリゼ…ちゃんと言葉にして欲しい」
「…だって、
玄武…八咫と同じ位力強いよ?」
「…あ」
…もしや?
玄武も八咫烏位に力が強い、
その理論から導けるのは…
同じ力を持った玄武にも青龍は今の八咫烏のように魔力を使わないと水に沈められなかった筈。
八咫烏とそれに手を焼いている青龍の目の前の様子を見るに…
それと同じ状況が玄武相手にも起こるべき。
そう…
先程見た筈の光景は、
簡単に青龍が御していた玄武の姿は…現実的にあり得ないことで。
もしあり得るとするならば、
玄武は彼処まで混濁してても、最後まで青龍に配慮して力を制御してたから。
生理的な苦しみを、
空気を求める身体を理性でコントロールしていたなら…
あの光景が現実のものとなる。
「兄上…」
「…まさか、ね」
いや、
考えても仕方ないか…
多分この憶測は正しい
「ううん。
兄上…玄武、普通に抵抗してたら…八咫位の力になるよね?
それって…多分まさかじゃない」
「考えたくないな…
青龍が力負けしないように、
あの状態でも…負担をかけないように限界まで耐えてた、ってことになるね」
「…玄武、大丈夫かな…無理してるよね…
青龍、それに気付いてもう一回玄武を沈めないよね?」
「…あの様子だと気付いてるね。
まあ、青龍としては屈辱的だろうけど…
父上の指示以外の行動はとらないと思うよ?」
「そう…」
そうか、
オリゼが怯えてたのは…
玄武が罰を受ける気がないとか、受けきれていないと見なされて…また水責めをやり直させられることだったんだね?
不安になる必要ないと思うんだけどなあ…
…今青龍が眉間に皺を寄せているのは、
単にその八咫烏に力負けして手を焼いてるからだけじゃない
玄武に、
罰を受ける側に配慮して貰っていたことに気付いて…
青龍のプライドが傷付いたからだ。
…まあ、その様子にオリゼが不安がるのは分からんでもないけど
「もし、青龍個人がそれを望んでも…しないよ?
これが玄武への懲罰目的なら恥を忍んでやり直しを願い出るだろうけど」
「…何故、青龍が?」
「玄武の限界を見極められなかった、
罰を行使するために…行使しやすいように罰を受ける側から手加減させていたって、そんな失態…オリゼならあえて言いたい?」
「ううん…」
そう…
青龍個人がその屈辱を晴らすために父上に提案することはない。
単に玄武への罰なら…
痛め付けが足りないと提案してやり直しするだろう。
その上で玄武が限界に達していなかったと提言すること自体、
やり直しを進言するのは…青龍の自尊心が許さないだろう
玄武の限界を見破れなかった上、
手加減させていたのは己の方だと…自身の手抜かりと力量不足を父上に公言するのと同義だからね…
「まあ、今回はオリゼに自愛を自覚させるためのものだ。
玄武達が苦しむのを見て、オリゼがその意思を確認するのが本筋、
水責めの玄武への効果が足りなかったとしても次の罰に移れば良いだけ…なにも水責めだけが罰ではないから、リカバリーも出来る」
「兄、上…」
「玄武への懲罰目的で、
それが水責めならば…青龍も何度でも本当に玄武が限界になるまではやり直すと思うけど…今回は態々恥をさらす必要はない。
だから…オリゼの心配は的中しないから安心していいよ?」
今回はオリゼに自愛を自覚させるためのもの。
水責めに手抜かりがあったとしても、
玄武が限界まで追い詰められていなくても…別の罰が続く
水責め時点で、
玄武に余裕があるとオリゼが気付いて…安心できたとしても
やり直しの必要はない。
…何も、あの4人を限界まで痛め付けるのが本懐ではない
オリゼが自己肯定する手助けと、
その材料にさえなれば良い
青龍からすれば
足りなければ…更に次の罰を、
水責めの失態と屈辱に固執するのは趣旨違いとなるし、旨味もない…
「…それって、玄武が苦しむことに変わりない…
どうせ水責め以外で…玄武が辛くなるだけ…何も変わらない…っ、ぅ」
「あ、気づいた?」
「ぅ…何も良くないよ、安心なんて…出来、な」
…あらら、
次は焼き印だもんね…
玄武が水責めにまたあうのと、
焼き印なら…どちらがましかなんて聞かなくても分かる。
寧ろ、
水責めをやり直させられた方が…オリゼはまだ安心出来るだろう
…あれ?
あ、そうか…八咫烏が意識を飛ばしたらしい
つまり、
焼き印までの猶予はいよいよなくなったわけだ
オリゼとしては…もう、
これ以上の光景は耐えられないだろうね…
そもそも、
父上…焼き印は計画外なんですが…
俺としてもここまで酷いのは、させたくありませんよ?
母上の様子もチラリと窺うが、
目が据わっているところを見ると…母上も許容しがたいらしい。
俺と同じく…
父上の意図を図りかねている様子だった…




