帰省8。
…そんな兄上の優しさに、
かまけていたのがいけなかった。
そして
琥珀糖が包まれた薬包紙を俺の手に、
赤く擦りむけた掌に…
そっと乗せてくれた玄武
その側仕えの当に悪化していた雰囲気を俺は、
あろうことか見逃していたんだ…
「貴台」
「っ…玄武?
な…んで取り上げるの?」
悪化の一途を辿る、
その玄武の機嫌を窺おうと俺の意識は其方に向き…
…つい、身体の動きを静止させたのが敗因。
スルリと、
右手に乗っていた薬包紙が玄武の手によって奪われていく
…その上、
琥珀糖は侍従服の内ポケットにサッと仕舞って
俺の目に触れないようにしてしまった…
「これは"お預り"します。
まずはその御手と右肩を手当て致しましょう?」
「…擦りむけた位で、大袈裟だよ。
今食べちゃ駄目なのは分かるから…それ返して?」
いつもより少し低い声が、
この擦り傷を心配していることは分かる。
だから左側に座る玄武から見えないように、
空になった右手を自身の身体を盾にすっと隠し…
そして、
代わりに無事な左手で
奪われた薬包紙を催促したのだが…何故か手首をやんわりと掴まれた
「おあずけ、と申せばお分かりになっていただけますね。
不肖は今の今まで…貴台の手当てを待ちましたがまださせて頂けぬのですか?」
「ひ…ぐ」
怖い…
ひたすらに横に座る玄武が怖い
少し低かった声音は、
瞬く間に蛇が地を這うように低く恐ろしさを含んだものに変貌した
ただ声が低く、
腕を掴まれているだけ…
玄武が俺に危害を加えないと知っているのに、
それだけで玄武のことが怖くて怖くて仕方がない。
反射で、
左手を引っ込めようとすら出来ない…
俺の身体は動いてくれず、
蛇に睨まれた蛙のように…ただ震え始めるだけ
「離し、て…」
「治療をさせて頂けるとの確証が得られるまでは、離しません。
貴台が破傷風になられるのを未然に防ぎ、肩の痣と痛みを取り除けるのであれば…不肖は貴台に怖がられようと、嫌われようと一向に構いませんので」
「…琥珀…糖、
もう…食べれ、ないの?」
「御自身の身体を大事にされない方には不要かと存じます。
が…大事にされるならば、後で美味しく召し上がって頂けるかと」
あの琥珀糖、
あれは俺が手に出来る最後の玄武のお菓子なのに…
もう…屋敷についたら、
手作りの甘味なんて…俺は口にする機会と立場を失う
"また作って!"
なんて俺は言えなくなるのだから…
だからこそ、
大事に食べようと思ってた…
情けなく、
声や身体が震えても…取り返したい
そう思うのは当たり前だ
「…どうしても、駄目?」
「譲れない事も御座います」
「…っ」
「貴台、ならぬものはならぬと申し上げているのがお分かりになりませんか?
その隠しているお手をお出し下さい。
少し不肖に…その手当てをさせて頂けまれば良いだけの事です」
「…」
藁にでもすがる思いで、
絞り出した声は…伸ばした手は空虚を掴む
"おあずけ"
取り上げたわけではないと、そう言ったけど…
それはきっと今時点の話。
このまま手当てを拒めば、
この手に2度と琥珀糖は戻ってこないし…口にすることも叶わない
そう…玄武は俺を脅している
まあ、
玄武としては取り上げたとしても
また作ってくれるつもりでいるのだろうが…
…残念ながら、そんな機会はきっともう来ない
玄武が今内ポケットにしまった琥珀糖、
その数粒が最後に俺が食べる甘味になるかもしれない。
俺はそう思うけど、
玄武は…そんなことはきっと考えてもいないだろうから、
こんな風に遠慮なく…
正論という圧力を俺に掛けてきているのだ。
「…兄、上」
「馬鹿だね…
俺は擦り剥いた時、すぐに消毒しなかった玄武を罰したいくらいだ。
例え楽しい空気に水を差したとしても、すべきことを怠った侍従には然るべき処遇がふさわしいとは思わない?」
「…もし、俺が…破傷、風になったら?」
「現在進行形でも、玄武がそのリスクを高めていることに俺は頭にきている。
もし破傷風にでもさせでもしたら…
地下牢にぶちこんで、貴台のためだったとか二の次も紡げない程にするね。
オリゼのことを思うなら…直ぐにでも手当てすべきだったと、玄武に判断間違いを認めさせる」
腕組みをして、
目を細くしてこちらを見据える兄上に
助けを求めること自体が失策であったと…ありありと分かる
兄上に縋る、
この行動こそ…俺の最たる判断間違いだった…
兄上も、
俺に藁を掴ませる気はない。
そもそも、
この傷を心配していたのは兄上も同じこと…
手当てせず、そのまま放置するなどと俺が示唆すれば怒られるに決まっていたのに…
「…っ」
「それが嫌であれば、
今からでも大人しく手当てを受けるんだ」
「今から…手当てを受けても、
俺が破傷風になったら…兄上は玄武に対して然るべき処置を、する?」
「愚問だよ、オリゼ」
もう手当てが間に合わないなら、
既に破傷風になっているなら…時既に遅し。
今さら何をしたって意味はないじゃないか…
玄武への処置も、重い物になることに変わりはない
そう…兄上の言葉に思ってしまう
自身の脳の片隅で囁く、
もう手当て等別にしてもらわくたって良い、と
…無駄じゃないか、と
「なら…もう手当ての意味なんてな「オリゼ」…っ」
「オリゼ…ごねるのも大概にして。
手当てしないといけないことは理解出来てる筈だよね?」
「…」
分かってる
…分かってる
分かってるさ!!!
そういう問題ではないことも、
だからといって俺が手当てを受けなくて済む理由にもならない…
今手当てすることで、
破傷風にならずにすむかもしれない…
既に罹っていたとしても、
その症状緩和には手当てが必要だ
それくらい、理解出来てる
それでも右手を隠したままなのは…
俺が意固地になっているからで、傷を晒したくないから
もし予想以上の傷が出来ていれば…
それだけで玄武への処断が下るかもしれない。
…そんな危惧から、
俺の手は動かない…動かせない
「貴台、手当て致しましょう?」
「…玄武?」
「不肖の身を案じて下さっているのですね?
ですが、今なさっている貴台の行動は相反する結果を招きます」
「うん…」
放置すればするほど、
それだけで玄武が俺の世話を怠ったことになる
色々な危惧をして、
強情張って手を隠し続けたところで…破傷風リスクも高まっていくだけ
兄上に突き放され、
黙った俺に
…玄武が更に声を掛けてくる。
「不肖に手当てをさせて頂けますね?」
「うん…」
少し優しめに諭す言葉にこれ以上は抗うことも出来ずに折れれば
左手は離され…
丁寧な手つきで、
玄武の方に膝を付き合わせるように…横座りをさせられていく
俺の想いなど反映されない、
自動的に出てしまった音声と…
まるで意思の欠けた、
子供に与えられたお人形のように…
「汚れを落としてから…消毒して、包帯を巻きますね」
「…」
そう言い、
肩に痛みが走らないようにと、
ゆっくりと玄武の方に手繰り寄せられた俺の右手は
俯いた俺の視界でもはっきりと確認できる程に、
土で汚れ、
…白詰草の草の汁で緑に染まっていた。
改めて見れば…酷い有り様。
そりゃあ怒られるはずだ、
雑菌が入りやすい状態その物だと素人目にも分かる…
「っ…玄武」
「貴台…痛みますか?」
何処から取り出したのか、
水差しと小さなボールを出して俺のその手をすすいでいく
水差しから注がれた綺麗な水は、
俺の掌を滴り流れ落ちる。
そして、ボールに受け止められて溜まった水は…
その透明度を著しく損なって濁っている
「…ううん」
「では…染みますか?」
俺の声に少しだけ、
一瞬だけ動きを止めた玄武
優しいな…
こんな俺に仕えたばかりにいつも損ばかりさせてきたのに、
俺をまだ見捨てない。
その上…心配までしてくれる…
…
掌が痛いんじゃない、
柔らかなガーゼで傷に障らないように拭き清めてくれる
勿論、
傷に水が染みるからでもない…
ただ、
ただ…俺を労りながら手当てしてくれる
その玄武に申し訳なくて、
俺の顔はどんどん下を向いていく
兄上が、
これを見て何も思わない筈がない。
…玄武が罰を受けるかもと考えるだけで、目の奥がかっと熱くなってゆく
「…ごめんなさい」
「貴台は…誰に対して、どのような事を謝られているのでしょう」
「…」
優しいのは優しい…
でも、主語も述語もないおれの謝罪の言葉を許諾する程には甘くない
優しくしてくれるのと、
甘くしてくれるのは別問題だと釘を刺された格好となる。
…とりつく島もない、か
ただ謝ったところで、
玄武はその俺の心中を察することを快諾して許すつもりはないらしい
そうすれば、
そうやって甘やかすことは俺のためにならないからと…
世話役でもある側仕えとして、
玄武は締めるところは締めているんだろうな。
…
俺の潤んだ目から、
汚れたガーゼや水差し達が消え…
消毒液が含まされた清潔なガーゼが当てられていく
ピリピリと傷に染みる消毒液の後、
軟膏が塗られ…その上から巻かれた包帯によって五指までも木乃伊になっていく…
確かに指の腹も赤くなってたから、
そうするのは途中から見越せてはいたんだけど…
…それでも自由に動かせなくなるのはあまり気分は良くない。
下手に動かしたり、
物を掴んだりさないようにそうされたのは分かるが、
何も一纏めにせず、指1つずつ巻いてくれても良かったのに…
「貴台、スカーフと襟を緩めます。
濡れ湿布を貼りますから少し冷たくなるのは我慢してくださいね?」
「…」
力を抜いたおれの手を、
真っ白な包帯で覆われたミイラをそっと俺の膝に置く
もう、
右手の手当ては済んだということか…
そして、
それが終われば右肩の処置
痣が既に出来てても、
後で痣になるとしても…どちらにせよ冷たい湿布を貼ることで治りを良くしたいのだろう
窓際に背中を預け、
肩を出すように少し着衣をずらされていく
「…っ」
「貴台、もう少し堪忍してくださいね?」
「玄、武…」
我慢しろと…
そんな物言いを、
無理を承知させるなど…側仕えが仕える相手に言うなど有事でなければあり得ない。
だからこそ、
身を引かない様に注意した
抵抗しないように心掛けた…
「申し訳ありませんが、
ここで手当てさせてくださいね?」
「…」
例え馬車の中で、
外から見えないようにベルベットのカーテンが引かれていようと。
…身内しかいない、
兄上と視線を軽く外した青龍しか居なくとも
外は外
人目がある環境…
母上が和の国の出身ということで屋敷でお風呂に入るときは
父上や兄上と一糸纏わず入浴してきた。
限定的な場所で肌を晒す事に、
この国の貴族よりもいかに俺が慣れているとはいえ…
ここで着衣をはだけさせられることには、
かなりの抵抗がある
「もう少しですよ」
「…う、ん」
あれ?
急に…?
すっかり普段の優しい口調?
いつもの甘い声に戻った玄武が、
湿布の冷たさに
僅かにびくりとした俺を気遣ってくれる…
「貴台、後は包帯で固定するだけですからね?」
「分かった…」
何故、
まだ手当ての途中だというのにと疑問が湧く。
完全に終わるまで、
そんな手を緩めるような事をすれば…俺が抵抗するとは思わないのだろうか?
大人しくしているのは、
玄武に隙がないからであって…
甘い対応をすればすぐに天邪鬼が顔を出す。
それで…
過去、玄武は二度手間を被ったことは枚挙に暇がないのにどうして?
瞑っていた目を、
薄く開いて…玄武の表情を盗み見すれば
それに気づいた玄武が柔らかな眼差しを、
肩から目を離して俺にくれた…
そしてもう少しで終わると言うのは本当らしい。
患部に、
視線を元に戻した側仕えは…
包帯で湿布がずれないようにした後、
玄武ははだけさせたシャツやスカーフを元通りにしてくれていく
「終わりました、
楽にして下さいね?」
「…っ」
「やはり…染みますか?」
「…うん」
楽に、
そう言われて窓側に軽く背を預けていく…
姿勢を崩し、
着衣を整えられたことに気を抜いたのが痛みを認識する誘発材となったか?
肩は冷たい湿布でじくじくした痛みが緩和されているし、
右手は…
最初は何も感じなかったかすり傷
その傷が思ったより深かった為か、消毒液が染みてヒリヒリしてきている
放置して、
済むものではなかったと…今更になって自覚が追い付いてくる
「手が痛いのですね?」
「ヒリヒリ…する」
…ん?
ヒリヒリ…?
…思えば、
アスにあげようと琥珀糖の瓶の蓋を開けようとした時…
ハンカチを塗らしていたのは水ではなく消毒液だったのかと、今気付く
俺が受け身をとって、
手を土に着いた時に既に玄武はそれに気付いていた…
だから、
珍しく…少し強引になることも分かった上でハンカチを俺の前に差し出して手を拭かせたの…?
「…貴台?
そんなに痛みますか?」
「…」
眉を下げて、
俺の容態を把握しようとする玄武に
目線だけではなく、
面もあげた。
そこまでは痛まないと、
我慢出来る範囲であると首を緩く振る
「では、
何故その様に痛ましいご尊顔をされているのですか…貴台」
「ごめん…」
「それでは分かりませんよ、貴台」
先程と同じやり取り、
それでも今度の玄武は甘い顔をしてくれている…
だが、
先程の厳しい声でなくとも玄武は注意を俺に促した
甘えるのは、
そこではないと自覚させるように…
厳しく世話役として指摘されないだけ、まし。
俺の性格を鑑みてくれているだけ…
甘い対応はその一点
俺が自ら玄武に指摘される前に、
自発的に口を開けるようにと促してくれているんだ。
多分、
そのための甘い対応なのだ…
「楽しくて…兄上に言われるまで擦り傷に気付かなかった。
琥珀糖の瓶の蓋を開けるときに、
ハンカチで手を綺麗にさせたのは消毒するためだったのに…その後も手を汚して玄武を心配させた」
「はい」
「手当て…も、必要なのに…その状態も把握せずに放置しようとして
玄武や兄上…多分青龍にも更に心配させてしまった。
…だから…ごめんなさい」
こんなに俺の事考えてくれてる、
その玄武が万が一にでも俺のせいで兄上に叱責されたなら…
そう考えれば考える程、
どれ程自身の行動が我が儘であったのかと…忸怩たる思いになってくる
「…お分かりになられたのであれば、
不肖から申し上げることは御座いませんね」
「え…もう、怒ってないの…?」
「不肖は元より怒ってはおりませんし、
謝罪もなくて構わないのですが…貴台の側仕えや道理の観点からは許容は出来ません。
ですがこうして、
貴台は貴台なりに心配をかけられたアメジス様と青龍に義を通されました。
…世話役としてもこれ以上何も指摘することは御座いませんね」
「…ぅ…非を認めるのは得意じゃない」
「ええ、存じております。
して…何か御要望が御座いますか?」
言わないと、伝わらない
ちゃんと言葉にすべき事はすべき…
何が悪かったのか、
何で俺が謝っているのかを示さなければ…
玄武としても、
謝罪の享受も出来ない
その一心で口に出した言葉は…すんなりと玄武に受け入れられた
それも、
ちゃんと言えたならば…褒美とばかりに甘やかしてくれるらしい
そんな…
普段の俺に優しい玄武になってしまえば
こちらも…
少し残っていた張っていた気も
プツリと音を立てて切れていってしまうじゃないか。
駄目だと理性が抑えようとするのに、
最後の見栄も…
我慢していた涙の臨界点も崩れてしまう
「貴台?」
「っ破傷風…なりたくない」
「貴台が掛からないように最良の対処は致しました。
その様に不安になられることはありませんよ?」
玄武が言う通り、
過度に不安になる必要はないのかもしれない
でも、
俺が不安なのは破傷風に罹ることへの恐怖が大半ではないんだ…
玄武は俺が破傷風になることを、
凄く怖がっているように思って心配してくれているけど…それは誤り
「違う…」
「…そうですか?」
「こうして手当てしてくれた玄武が罰を受ける事になるのが嫌なんだ。
怖いんだよ…
だから…兄上、俺を想うなら玄武を叱責しないでくれませんか?」
分かってる、
我が儘だって事も…
破傷風になれば俺ではなく玄武が怒られることも。
…
…最良の対処はしてくれたが、
玄武は俺のせいで"最善の処置"は出来なかった。
それが理由で…
万が一俺の体調が崩れれば、
玄武が全力を尽くさなかったとして…その責を負う。
そうなれば、
軽い叱責ですむわけもないことも…察しがついてきたのだ
「オリゼ、
オリゼの気持ちは分かるけど、破傷風は命にも関わる物だ。
だから最悪…もし罹患すれば玄武を無罪放免には出来ないのは分かるね?」
「…ごめんなさい」
「謝っても…駄目。
規則違反を無かったことにして、その処断を無いことにも出来ないんだよ?」
「ごめん…なさい」
謝っても…
玄武がちゃんと対処していたと示しても、活路は開けない。
…玄武が罰を受ける可能性は0に出来ない
規則なら、
そうだとしても…きっと俺に甘い兄上ならば情に訴えれば軽くなる
僅かでも、
罹患した俺の意思ならばと玄武の免罪が得られるかもしれない
「駄目」
「…謝るから…もう、危ないことしないから」
「まあ、
玄武は直ぐにではないけど消毒はしたらしいし…酌量はしてあげても良い。
それに最悪の事にもならないんじゃない?
今ちゃんと手当てしたから、リスクはかなり低いとは思うけど」
「琥珀糖…もう食べないから…」
リスクは低いと宥める声は優しい、
けど
はっきりと兄上には規則を無視することはしないと…駄目だと言われた
最悪の事になる可能性だって…あるじゃないか
そうなれば、
手当てが遅れた件に関しての酌量など意味をなさない。
…重罰でそんな物はかき消える
ならば、
好きなものを今後食べられなくなっても構わない、
せめて…それをもってして…
その最悪の場合の刑量も軽くしてもらうしか、
俺にはそれを兄上に願い出るしか手立てがない
愚鈍だろうが、
見苦しかろうが…情に訴える事しか手段はない
「ならないことを祈る、
後ね…オリゼが琥珀糖断ちをしたところで玄武が悲しむだけだよ?」
「でも…」
「オリゼに喜んで欲しくて作った砂糖菓子を、
オリゼが食べない事を玄武が望むわけがないね」
「…」
望まないことは分かってる。
玄武手製の甘味
…俺だって食べたい。
いつだって玄武は俺に作った甘味を俺が食べることで
…侍従らしからぬその表情を
更に嬉しそうに少し緩めることも知っている
だからといって…
減刑を望めるならば、
その代価として兄上が認めてくれるなら。
例え、今回が玄武のお菓子を食べられる最後の機会だとしても
…返上したい。
折角作った玄武が悲しむのは、
食べることで浮かぶ側仕えの笑顔が無くなることに…
…行き場を失う琥珀糖自体にも申し訳なくなるけれど…
俺だって譲れない事がある
犠牲になるのが、
俺の一時の楽しみと玄武ならば
どちらかを選べるなら決まっているからだ
「…例え己の処遇が重いもののままになったとしても、
主人の楽しみを犠牲にしてまで玄武は減刑を求めはしない。
侍従としては出来ないし、個人としても…それは望まないんじゃない?」
「…俺が求めているんですよ、兄上。
俺が楽しみを犠牲にすることを望まないとしても、玄武の想いを踏みにじってでも…そう望んでるんです」
俺が犠牲になってまで、
玄武は己の安全と命を望まない…
兄上の言葉には、
俺だって全面的な同意をする
けど、
それでも俺が望むなら…玄武は生きてくれる
そして、
時間が経てば痛みも癒える
俺なんか忘れて…もっと仕えるに値する主人、兄上の下でならきっと幸せになってくれる
兄上の代用品でしかない俺より、
もうすぐ男爵家子息ですらなくなる次男に…
優秀で唯一無二の玄武が失われる方が損失だ
「だからね、
オリゼの気持ちは分かるって先程俺は言ったよね?
ただ…分かるのと、望みを叶えてあげることは別だとも教えたはず」
「俺が琥珀糖を食べようと、食べまいと…結果は変わらない。
なら…美味しく食べた方が玄武の為になるって、
…そう兄上は仰りたいのですか?」
膝上で、
緩く握った拳が白くなっていく
歯を噛みしめながらも兄上に言葉を返すが、
やはり先程言われた厳しい内容から酌量してくれるつもりはないのか…
普段から甘い対処ばかりしていれば、
規律が崩れる。
だから兄上は引き締めることも大事だと
そう言うのは分かる。
理解は出来るが…
やはり納得までは、俺には出来ない
「玄武に対する情はオリゼ程、俺にはないけどね…
まあ玄武の、
何よりオリゼの益になる。
…今後も琥珀糖を食べて幸せになる方が良いに決まってるって言いたかったんだよ」
「…兄上なんか、嫌いだ。
俺の意思を汲んで減刑を乞わない玄武も嫌い…何にも擁護してくれず黙ってる青龍だって俺には必要ない!」
もしもの場合責を負う玄武を傍目に、
琥珀糖を食べながら俺だけ幸せになれ?
…どれだけ俺は非道になれば良いんだ。
苦しむ玄武を視界の外にやって、
良心の呵責など掃き捨てて過ごせと言うのか
そんなことを、
平気で言える兄上なんて…
それに、
お願いだから…
まるで俺が代わりの効かない人間であって、
大事な弟であるように今言わないでくれ…
玄武が、
俺のことを忘れて…幸せになれることなどないと暗に言わないで欲しい
兄上も、
玄武も…俺なんかにこれ以上心を割く必要はない。
決心が、揺らぐ。
すがりたくなってしまう…
兄上に玄武、
静かに見守っている青龍
このまま…この優しい人達に囲まれていたい。
父上達の庇護の元で、
これからも男爵家子息として過ごしたくなる…
此方から、
突き放さなければ…
見限ってくれるように酷い事を言えば良い
そう、
もう…俺には必要ない
家から出る、
その俺には男爵家の家名を名乗る資格は無くなるのだから…
「貴台」
「なに、玄武?
俺は訂正も撤回も…謝りもしな…っ痛」
痛い…
伏せていた顔を強制的にあげさせられた。
本当に力ずく…
無理やりに、だ
「今後一切、その様なことを口になさいますな」
「…っな…ぜ」
打たれたり
頬を張られた訳でもない。
だが玄武は俺の側仕え…立場上そんなことをすれば
手をあげたことになって無体扱いになる。
確かに通常であれば
俺は大抵の事は許容するし…
それに玄武も、俺が本気で嫌がることはしないから容認している。
が、
今はこんなことされたくないし、容認もしない。
それに…
面をあげさせる玄武の腕にしっかりと顔を下げたままにしようと抵抗したのに、
無理やり暴力じみた真似をされるとは…
…
「玄武…やり過ぎ。
弟の世話役を全うできるなら手出しも許すが、首を痛めさせる真似だけは許さない」
「申し訳ありません、アメジス様」
「あ、勘違いしないでね…止めはしていないから」
「え…兄上?」
玄武のそれに、
兄上が制止をかけてくれたと思ったけど、
…そんな俺の考えはすぐに覆されていく
首を痛めさせて後遺症になるようなことをしなければ、
手荒なことも…手を上げることも玄武に許可を出したに等しい
「オリゼ、
このまま玄武に怒られなさい…」
「っ…や」
あ…
玄武は既に、俺を叱ってるんじゃない?
まさか…
俺は…怒られ、てるの…?
言われてみれば…
確かにそうだ。
玄武が言葉尻を強めるのは、
声音を低くすること以上に俺の恐怖を掻き立てているし…
…先程までとは比にはならない程、
玄武の言葉には怒気が孕んでいる…
「嫌じゃないでしょ?
そもそもオリゼに決定権はないし、議論する側ではないからね」
「でも…」
「…玄武」
「…宜しいのですか?」
「許可する」
「…む…ぅ…うぐ」
兄上が俺に黙れと、
玄武に口を塞ぐようなジェスチャーをしたかと思えば…
玄武は顎を上げていた手を、
素早くずらし大きな手のひらで俺の口を覆ったかと思えば
そのまま…
俺の後頭部と、背中までをも窓側に強く押し付けて動けなくしていく
「気をつけてね。
ただ止めはしないし、玄武が理性を保てるならオリゼを怒ってやっても良いよ?
指導の域を越えても構わない」
「御意」
「怒っているのは俺もだし、
それにオリゼは普通の指導では足りないみたいだから。
少し痛い目にあわないと…此方の感情も分からせて上げないと理解出来ないらしいしね?」
「その様ですね」
「…ぅ、む…ぐぅ…」
不味い…
兄上も堪忍袋が切れ、
青筋が浮き上がって…滅多に出さない怒りの感情を出している
どちらも、
怒りのコントロールはするものの抑えることはせず、
それを俺にぶつけることを厭おってはいない…
感情を抑えることは、
叱る相手に道理を説くには有効だ。
頭ごなしに怒ったり、
感情のままに声を荒げたりするのは
指導する為にはしてはならないこと。
…必ず、
必要な事なのに…
それでも兄上は
一線を越えなければ、感情のままに怒って良いと言った。
そして…玄武も快諾した…
それでも
二人は…感情のままに怒ることを選んだのだ
「畏まりました、
以後指摘された点に関しては留意して行います」
「そうして」
「御随意に致します」
…話しは済んでしまった。
俺が口を挟む余地も…
抵抗することもさせず、方向性を決めてしまった
玄武に口を塞がれていたから…
片手で窓側に身体を押し付けられていて物理的にも無理だったけど、
左手でそれを剥がそうとはしたのだ…
力では叶わないことを知りつつ、
嫌だと玄武に訴えた…
訴えているのに、
それを歯牙にもかけず兄上との会話を進めていったのだ
それ何より…玄武が怒っている証拠、でもある
「では、貴台…アメジス様の許可も出ましたので遠慮なく致します。
黙ったままで結構ですから、聞いてくださいね」
「…ぅ」
それもこれも…
俺が分からず屋だから。
本気で兄上や玄武が俺に負の感情をぶつけてくる理由は、
それによって…そんな俺に自身らの俺への想いを分からせられると踏んだため?
全うな指導や叱りでは効かない、
痛い目にあわないととまで兄上言ったのは…荒療治で構わないという認識を玄武に与える行為だったんだ…
「貴台?」
「…うぐ!」
でも
嫌だ…
怒られたくない、
…痛い目になどあいたくない
玄武の手をどかそうと、
固定された身体の自由を取り戻そうと玄武の腕をつかむ力を強めていく
玄武だって、
痛みは感じる
勿論俺の指圧では効かないし、
耐えることも容易だろうけど…もしかしたら
俺の抵抗を警戒していない、
そんな今ならうっかり力を緩ませるかもしれないと…足掻いた
足掻いたが…
「何ですか、この左手。
…それが不肖を庇った方のなさる行為ですか?」
「…っぐ」
「…さて、話を戻しましょうか。
貴台が暴言を御吐きになられた後、不肖はその様なことを仰るなと申し上げましたね?」
「…ぃ」
容赦ない教育
俺の気性や性格を鑑みてくれていた、
先程の世話役としての道理を説いている面影はない。
俺の反論も許さない、
有無を言わせない指導…
この場合、
昔の経験から…凄く嫌な未来しか予測出来ない
俺が泣こうが、
抵抗しようが分かるまでは逃がしてくれないし…
文字通り二の次も言わせてもらえず、
こんこんと言い聞かせが続くのだ。
その証拠に、
左手の抵抗は矛盾していると言われて無効化された
先程まで、
俺が必死に守ろうとしていた玄武
自らの失態で傷つくことに、
規則をねじ曲げてでも守ろうとした側仕えを…
何故今、
その手で痛みを与えようとしているのか…と。
「アメジス様はもしもの場合は、
規則通りに処断はしなければならないと仰っているだけです。
…加えて規則に抵触しない事柄では、
貴台の楽しみを犠牲にする必要はないと…かつ不肖にも配慮していることを貴台にも分かるように、言葉を尽くしてくださっていましたね?」
「…」
「その上、
貴台のことを想って…不肖への酌量もしてくださると明言されました。
そのアメジス様に何故噛みつかれたのですか?
そもそも、貴台が悪いのです。
責める相手が違いますし、自身の思い通りにならないからといって怒って八つ当たりされるのもおかしな話です」
「…ぇぅ…」
「貴台にそのようなことをする権利は御座いません」
「ぁ…」
つらい…
…言葉が、痛い
針の筵等生ぬるい、
自重で刺さる針の痛み等軽く思える程…
直接…
面と向かって玄武に投げられる言葉は
五月雨のように、
そして凄まじい勢いと鋭さをもって降り注がれていく針の雨
「感謝なさるならばまだしも、
思いどおりにいかないからと暴言を吐かれる等有り得ません。
道理から外れた行為です、
…今すぐに、お謝りになられた方が宜しいかと」
「…ぁ、…ぅーう」
「やーだ、ではないでしょう。
このまま口を塞いだままに致しますよ?」
「…ぅ」
「まだ足りないようですね、
それにこの左手…大人しく出来ないようであれば結わえて差し上げます。
如何、なさいますか?」
「…っ…ぁ"、ぅ」
力を緩めなかった…
玄武が手を下ろすように言ったのに、
俺は聞き分けなかった。
それが
いけなかったのだろう…
…玄武の腕を掴んでいた手は、
ツボを押され、痛みで緩んだ隙を狙って…自由を利かなくされてゆく
「そうですか。
では、最初から…そして追加分も今度はしっかりとお聞きくださいね」
「…っ…、ぅ」
…そして初めから、
言われた通り何故己が守ろうとした側仕えを痛め付ける真似をするのかと…
兄上の気持ちを考えろと、
何故譲歩してくれたのに感謝1つ出来ないのか。
そしてそれに満足せず、
それ以上の無理を要求をする…
そして聞き入れられなければ、暴言を吐く。
こんこんと、
俺が目を背けることも許さずに…
怒りの感情を抑えることなく。
その俺の行動が、
考えなしに放った言葉が…どれ程相手が傷つくことになるのかと聞かされ続ける
…
「すっかり…大人しくなられましたね」
「ぅ…」
時間にして、
10分も多分経っていない…
それでも俺の体感は…何日にも渡るような時間が経った気がしたし、
対時間効果は抜群だ。
もう、
何の反論もする気になれない…
大人しくなったと、
揶揄されても天邪鬼は雀の額程も顔を覗かせはしない
左手の自由が、
玄武によって…既に取り戻して貰っていてもだ
「貴台、
不肖の言葉は身に沁みましたか?」
「…ぁ、ぅ」
玄武の怖さは変わらない、
容赦ない追及の手も緩められてはいない…
それでも、
泣いていた俺の視界は既に砂漠のように明瞭に玄武の表情を捉えられている
目を反らすことも…当に叶わなくっている
きっと枯れたのだ、
怖くてももう涙一滴も出てこない。
滲んでぼやければはっきりとその細かな機敏は分からなくて済むというのに、
それすら出来なくなった
そして、
そんな玄武から視線をずらすことも…
抗う気力すら底をついた俺にはもう少し足りとも出来もしない
明瞭な言葉が言えなくされていても、
嫌だなんて…嘘でも口にすることもままならず…
素直に認めていく
「では、貴台?
手を離して差し上げますから…御謝りになってください」
「…ぅ、」
そう言うや、
玄武はあれ程緩めなかった手を…
俺の口許から引いていく
泣き疲れ、
身体中の水分が干上がっている。
喉も張り付いたように上手く声が出ていかない
それでも、
きっと…声は出ない訳じゃないから…
「ぁ…あに…上、申し訳、ありま…せんでした」
「いいよ、本心じゃないのは分かってるからね」
「…ご、めんなさい…玄武」
「ええ」
「青龍、あらぬ、中傷…して悪かった」
「心得ております」
まだ屋敷迄は時間があるのに…
最後の猶予位、
楽しく過ごしたかったのに…俺は玄武や兄上を失望させた
どうせ、
今失望されようと見放されようと…遅かれ早かれそうなった事。
俺が男爵家子息でなくなれば、
兄上や玄武が今回の比でなく傷つく。
今度こそ、
兄上達も許しはしないだろうし…怒りの感情すら向ける労力を惜しむだろう
そんなことは覚悟してる。
だけど…
今すぐにそうなるのは悲しい。
やはり…
もう少しだけ、
…もう少しだけはその結末から目を背けていたいから
だから、
謝ったのだ…
無駄だと知りつつ、
暴言を謝れば許してくれた
その好意を…数時間後には今度こそ何処までも無下にすると、
そう決めていても、だ…
…
……オリゼが鼻を啜る音がする
目の前の馬車の座面に座る弟。
背中を丸めて俯いているから、
その表情は見えないけど…吃音と、泣いているのは明白
…玄武がオリゼに対して献身過ぎるから、
弟も俺が悪いのにと、過度に自己嫌悪になっているのだろうし
そしてもしも、破傷風になった場合…
その軽薄な行動の叱責をとるのが己ではなく玄武だけだなんて不条理は、
やはり納得出来ていない。
まだ幼いからね…
仕方ない面もあるけど、貴族子息としてはそれでは駄目だ
「オリゼ?」
「…うぐっ…ひぅ…」
それにしても
何故、甘味を食べない等と言ったのか…
それでも食に関して尋常ではない程の関心と執着を見せる弟が、
"好きなものを断つくらいのこと"
"それくらいの贖罪も望みはしないなんておかしすぎる"
とまで言うのは明らかに異常
反省しているのは誰の目にも明らかだが、
…項垂れるにしても少し心配になる程。
玄武が少し厳しい態度を見せているにしても、
俺に嫌いだと啖呵を切ったことを含めても…
少ししょんぼりし過ぎている
「オリゼ、大丈夫?」
「…聞き、分け…悪くて…っ、嫌い…って…言って、
…ご、めんなさい」
「うん、そうだね」
「…ひぅ…ぐ」
弟の白くなっていく左手の拳
右手に巻かれた右手の包帯には、
本人も良くないと分かりつつも力が緩められずに爪が食い込んでいっている…
嗚咽も大きく、
吃音も…本気で泣き始めている
「何で…オリゼはそんなに落ち込んでるの?」
「…」
「怒らないから、言ってごらん?」
「兄、上…に嫌われたかと…
玄武を…犠牲にするような、行動…とったし」
「うん?」
「兄上、嫌いって…言ったし。
面倒ばっかり…起こす、
っ、こんな…弟、可愛げ、ない…でしょ」
加えて…自己嫌悪から、
過度の自信喪失。
…俺に嫌われないか、不安になって聞いてくるほどに。
意地っ張りで変なところでプライド高い弟なら、
俺に嫌われたかと不安になったとしても…普通なら聞かない
それが、
聞いてきた。
熱に浮かされたように、何度も謝罪の言葉を紡ぎ…
素直に謝ってきてもいる
それらの様子から、
オリゼの精神的な状態がかなり良くない兆候だと判断できる
「たしかに…可愛げないって、たまには思うこともあるよ?
でも、オリゼは生まれた時から俺の可愛い弟。
…今まで嫌いになったことはないし、これからもそうだよ」
「…ごめ、んなさい」
「分かったから、そんなに泣かないの。
…玄武も叱るの止めて、オリゼの"右手に"さっきのお菓子返してあげたら?」
俺が宥めても、
安心させようとしても泣き止まない
このままでは、
自身を責めすぎて自傷行為に走りそうなくらい…
暗い雰囲気を滲み出している弟
弟には甘い玄武が珍しく…
強く嗜めていた。
言葉尻と口調が厳しかったのも、
この泣き止まない原因の大きな要因の1つだろう…
だから、
ここらでそろそろ…手を緩めてやってはどうかと
示唆してみる
「…そう致します」
俺の意図は分かったと、
そしてオリゼの状態もそろそろ危険域を越えると…
俺と同じ判断していたのか…
玄武は俺に、
深く一礼して了承の合図をしてから
…オリゼの方に身体ごと向き直っていく
「貴台」
「…ごめんなさい」
「貴台のために差し上げたものを奪って苦しめるのは本意では御座いません。
ですから…その様に己を責めすぎる事はなさらないで下さい」
「俺が、悪い…っ…のに」
「もしそうなったとしても、侍従の誉れです。
…貴台はそれが嫌だと思われるでしょうが、今後そうならないよう立ち振る舞えば宜しいかと」
玄武もオリゼの精神的なぐらつきを察して、
厳しい声から普段のトーンに切り替えていく。
俺に引き継ぎ
玄武も弟を安心させるために…柔らかく宥めなから諭してはいるが…
一向に、
弟の声の揺れは収まらない
「…今後、があるの?」
「御座いますよ」
「浅ましく己の心配をしてるわけじゃない。
俺は…玄武に今後があるかって聞いてるんだ!」
オリゼは"玄武の今後を心配していた"
それなのに玄武が、
"オリゼが己自身の今後を心配していた"と取り違えたから…
オリゼは怒ったのか
まあ…
玄武も弟に指摘されなくても己の今後の予測くらいはつく。
オリゼが懸念していることも、
それ以外の事も承知しているし覚悟してる
処置とは名ばかり、
仕える家の子息の健康を損なわせ…命が危ぶまれる重篤な状態にさせた側仕えの末路は1つ。
それをオリゼが薄々勘づいて懸念している
煙に巻いたところで逆効果、
かといって愚直に具体例を口にすればオリゼが自己責任から、
玄武への呵責で精神を病むかもしれない…、
「不肖が御仕えする貴台には自明の理でしょう。
…この側仕えが敢えてお教えしなくとも、既にお分かりになられている筈」
「…ぐっ」
自身の仕えるに値する貴台ならば
…当然分かっているはずのことでしょう、と。
だから敢えて不肖がそれを言う必要は御座いませんよね…と言うことで
玄武は弟の自尊心を擽りながら追及を免れたのかな?
成る程、
…賢い立ち回りだ
その証拠にオリゼはまんまと黙らせられたね…
「ほら、その様に手を握りしめていてはなりませんよ。
貴台…指を広げてください」
「良いの?」
「ええ、貴台の琥珀糖で御座いますからね」
パッと、面をあげて驚くオリゼ。
俺が玄武に指示したとは言えど、
我慢出来ずに声を張り上げて…嗜める言葉をまた貰う始末になっていた
だから今…
本当に返してくれるとは思わなかったのか、
弟は少し嬉しそうにその手の包みと玄武の顔を見比べていた
が、それが最後。
…その琥珀糖が再び玄武によって手のひらに落とされた時以外、
もうオリゼの目線が大きく上向きになることはなかった




