表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
185/300

帰省5。






すっかり日も暮れた

そろそろ宿につく頃だと言うのに、起きる気配はない。





日没の前、

室内灯をつけた際の眩しさで起き掛けたものの…


その後のオリゼは、

玄武の用意したタオルケットにくるまって

すやすやと眠り続けている


たまに夢心地に呟くことも、

謎の寝言も言うくらいに熟睡中


あまりの気持ち良さそうな顔に

玄武が凄まじい視線を注いでいたとしても…

玄武や青龍と会話しても、

途中大きく馬車が揺れた時も

…気にもせず夢の中を満喫しているのだから、凄いと思う…




何がって?

タオルケットの威力は凄まじい…


途中、少し暑そうで…

寝苦しいのかと、

タオルケットをずらしてあげようとしたのだけど


…唸り声をあげられた



その後…少し引っ張って、

遊んでみたところ

たちまち半覚醒…力の入らない筈の手でむしり取り返された


玄武の目があまりに剣呑になったものだから、

2度はしなかったけど…



弟にとってのタオルケットの立ち位置が、

安眠効果へのかなり大きな比率を占めていることだけは分かった…






「若、着きましたが…」


「分かった…起きて、オリゼ」

「んっ…」


「オリゼ?」

「んん…ま…だ…」



かなり強く揺らしても、

起きてくれない…


オリゼが朝弱いことも、

俺の魔力圧で疲れているのは分かっているけど…

むにゃむにゃと言うばかり


…目を1ミリたりとも開ける素振りもない






「タオルケット剥がすよ?」

「ん"ん…」



「オリゼ…起きないと…」


「む"…うぅ…ん」


ならば

安眠をもたらすタオルケットを剥がせば起きるかと…

引っ張ってみたが、


…かなりの反発

殆んど寝ている筈なのに、

しっかりとタオルケットだけは確保しようと暴れてくれる始末

狭い馬車の座面、

俺の膝の上でそんなことをされれば

床に落ちて怪我をする


…敢えなく断念した





「…後で文句言わないね?本当可愛い…可愛い…

仕方ないなあ…」



そんな

宿に着いても一向に起きない、

体にタオルケットは巻き付けたままの弟


指示を飛ばし、

馬車を降りる算段をする



馬車からオリゼを抱いて降りればいつもの宿が目の前に。


城下を抜けて走らせてきた馬車

屋敷に帰るまで後1日は掛からないが馬や護衛達、

そして俺ら…馬車の揺れで疲れた身体を休める事は必要だ。


比較的治安の良い場所

そして帰省する、城下に向かう貴族は此処をよく利用する

その為に建てられたと言っても良い宿なのだ



少し冷えた夜風が顔を撫でる

それでも起きる気配のない、腕の中の弟に苦笑を浮かべながら…

先導して算段している青龍を追って入口に向かった









「……ん?」



「あ、起きたの?お早う、オリゼ。

今晩はここで休むよ?」


「ここ…?」

「そ、見覚えあるでしょ?」


目をパチリ…

寝たのは馬車の中だったから、

此処が何処だか直ぐには把握できないでいる


お陰で

抱き抱えていても、

不安そうに周りを見渡すだけで大人しくしてくれている



まあ、

見覚えあるよね…なんて聞けば

まさかもう屋敷に着いたかと思って、怖がっているのかもしれないけど。

家に帰れば、

オリゼには厳しくすると予め俺は言っていたから




「…分かんない

俺…何処連れてくの?」


「屋敷の…」



びくり…

と小さく反応して、途端に固まる弟に

此処はもう屋敷で

罰を受けると思い込んだのだろう


そして、

やはり何処かに閉じ込められるとでも思っているみたいだと確信を得る




この騙しが通用すると思ったのは、

弟のオリゼが次年度学生だから。


入学式の往路で一回

一年前…去年の長期休みの往復二回利用しただけのオリゼ

幼かったし…

始終学園への期待やらで興奮していたから、

部屋への興味は示さなかった。


加えて直近の学年末の休みは、

皇太子の屋敷の地下牢と客室で過ごしたから帰省が出来ず

…つまり此処に泊まりもしなかった




ここの宿の部屋が、

記憶に残っていなくても仕方がない



対して俺は五年生

入学式と

年に二回往復で利用してきた為、今回で泊まるのは18回目

勝手知ったる間取りになっている




「…屋敷の何処でもないよ、

まだ宿の部屋。泊まるだけだから安心して?」


「っ兄上、今すぐ…下ろしてください」



部屋と聞いて、

たちまち元気になる弟…

まだ脅威はないと分かった途端、下ろせと抵抗し始める


…あのね、

今頃恥じらったところで遅いんだよ?

…ここで降ろしたところで、

目撃者は減らせない。

此処には俺しかいないし…その俺は抱き抱えている本人だからね?





「どうやっても起きなかったんだから…

仕方なく馬車から此処まで、抱き抱えて来た兄に対する感謝がそれ?」


「…っ、

何をなさっているんですか…まさか…外でこんな姿を…」



そう、

一番人目につく馬車から部屋までの外はもう通ってきたのだから

覆水盆に返らず、だ。


まあ…

弟が気にすると思って

玄武と護衛に指示してなるべく人払いはしたが、

完全ではない…



大勢でなく、

数人に見られだけだと言ってあげても良いけど

見られたことには違いないと、

恥だと可愛げのない言葉を吐かれそう…


その予測と

これだけ我が儘な様子を見ると、

その気遣いも

教えてあげる気にもならなくなってきた…




「オリゼ、危ないからバタバタしないでね?

もうベッドに下ろしてあげるから」


「う…」



丁度今、

部屋に入ってベッド上に横にさせようとしているところ



万が一激しく抵抗されても、

弟が床に落ちて怪我をしないようにと

ベッドの上に着くまでは…

種明かしはここまでおあづけしたのは…


やはり正解だった





あのタオルケットへの凄まじい反発力は何故か無く、

予想したよりもずっと抵抗が弱い弟をそのまま、

宿のベットに弟を下ろす。


…タオルケットをかけ直し、

その上から布団をかけてやる





ゆっくりと…

勝手の効かない体でモソモソと布団に埋もれていく…



遂には頭の上まで

掛布とタオルケットに埋めて、

ただの布団の膨らみと化す


そんな弟のその横に、

俺も掛布の上から腕をついて頭を支えながら横になる






「…何故同じベットなのですか?」

「そんな状態の可愛い弟を別の部屋にするわけないじゃない、ね?青龍」


「…左様で御座いますね。はい」


背中越しから返ってくる返事

どう聞いても、投げやり…

あんまりじゃないかな、青龍?



確かに今のオリゼはあまり可愛げはないけど…




「…今からでも遅くありません、兄上」

「駄目だよ。

その願いは聞けない…今もまだ殆ど動けないでしょ?」


「いいえ…動けま「また詭弁?方便?…嘘をつくなら手打ちにするよ?」…せん」


「うんうん、素直でいいね」

「兄上…」



布団のかたまりが、

もそりと動いて…弟がびくついたのが分かる



寝る前に見せたあの張り詰めた雰囲気もない

先程屋敷と脅したのも功を奏したか…


こうして一言

嗜めれば、

諌めれば簡単に御せる…



…先程躾たのが余程聞いたのかもしれないね





「オリゼ、分かってる筈だよ?

同室に青龍と玄武も居る理由、二人も同じベットを交互で使うことになるね。こうなった原因は…知っている筈だ」

「…」


「分かってるね?」

「…"私"のせい、です」


しおらしい…


貴族御用達、安全な宿ではあるが

だからと言って気を抜いて良いわけではない。

派閥もある、

況して帰省の時期、宿は盛況

少ない護衛と玄武が居れば部屋を分けたとしても大抵は大丈夫だが…


それは…

"オリゼが動けるならば"

その条件付きでだ。



中立の男爵家であれど、今は皇太子と密な関わりがある弟

…万が一のことも、無いとは言い切れない

だから交互で青龍と玄武に見張って貰っているし、

案パイとして、俺も付き添う体制にしたのだ。





素直に認める辺り、

引け目も、反省も感じているようだ

俺に怯えるのは自身に非があると思っているから…

…だから、天邪鬼がむくむく出てきても

最後にはこうやって認めるのだ


「ふふふ…殊勝なオリゼが近くで見れて嬉しいな…

これも兄としての役得だね?」


「っ…」




「それはそうと、オリゼ…もう少し寝ると良いよ?

夕食迄、少しでも体を休めておいた方がいいからね」


「兄上は…?」



受ける側だけでなく

魔力を使うだけでなく高い魔力操作

それも大事な弟に向けて圧をかける、細心の注意を払った


その後はずっと膝枕と腕で、

弟が落ちないように支え続けてきた




そして面倒な書類や、

手紙の仕分け…

加えて、

玄武と青龍の仲裁やら…も



…だから俺も…

少し疲れているのは、確かなんだけど




「…ん?」



またもぞもぞとする様子を見れば、

先程被った筈のそれ

臆するようにゆっくりと、

オリゼの意志でそれを鼻先まで下げている




布団から少し出した顔

と言うより、目だけだが…


成る程ね…

魔力圧の件、負担があるのは自身だけではないと気付いたか

俺の疲れを心配しているのだろう。




聞こえた声音にも、

やはり同様に俺を窺う色が目に滲み出ている…


そしてそれ以上に、その行動の結果俺に負担をかけたこと

今の状況…

青龍や玄武に余計な負担をかけることになってしまったと

それに…傷心していることも、

陰った表情から良く分かる





「あの…兄上、運んでくれてありがとう」


「どういたしまして。

俺も隣で横になって居るから寝なさい、分かったね?」

「…はい」



俺が横になって体を休めると、

近くに居ると案に示せば大人しく目を閉じる





布団の上からゆっくりと、

ベッドに肘を付いていない右手であやすようにリズム良く拍子をとっていれば

オリゼは直ぐに寝付いてくれた




あどけない顔つき、

規則的な呼吸と鎧の外れた表情


…その顔を見ながらほっと、静かに一息ついた



そして暫く


部屋に戻ってきた青龍に、

護衛と馬車の御者の配置や休憩、食事の計画を聞いてから

俺も少し仮眠をとったのだった








………



仮眠の後、

宿に備え付けられている机に向かう。

早く済ませてしまえるものはしてしまおうと、

早速仕分け後の手紙の返信を書いていた


当然、

男爵家家紋の透かし彫りの入った格のレターセットを束で用意して、だ。

これでも全量ではなく、

俺が直筆で返信すべき相手だけ。

仕分けして減らした後の返信用の数と書き仕損じの余分数でこれだからな…



仕方ないと、

書き始め…書き終えれば時計は一周半



さて、

そろそろ夕食時と


ベッドの上のオリゼを机から立ち上がり確認すれば…

まだ寝ている


後少し、

オリゼを起す時間まで俺も横になるかと、ベットに向かった






そう言えば…

オリゼが手紙を送っていた記憶はない


父上も

外交に子供を使うような人ではなかったし…

学園に入ってからの弟の交友関係は狭く、かつ深い。

学園内では

手紙でのやり取りも多くはないだろうし…

もしあったとしてと、

オリゼには上辺ではなく親しい友人しかいないため、返信も楽だろう





横になりながら、

弟の寝顔…可愛いもんだと眺め

考えに耽っていれば懐かしい記憶が甦ってくる



そう、

昔一度だけ見た中身は、皇太子宛のもの


オリゼがこれ送るんだ!と

無邪気に見せてくれた文面は…


気兼ねなく書きたいことを書く、

聞きたいことを文字にするだけ…の内容。

流石の俺も、

慌てて父上に手を加えて送りましょうかと提案したが

何故か父上はそのままで良いとの賜った。


…あの後も文通は続いていたみたいだが、

何故あれで通用しているのかが未だに理解出来かねている

そして、

あの時の父上の判断もだ…




考えたくもないが、

多分今でも友人にはあのスタンスだろう…

特に仲の良い弟の学友には、

子爵家…この中でもかなり力のある家があるのなのだけど…

友人枠扱いの皇太子相手に臆することのない弟が、

そんなことを気にする筈もない


怖い…

考えれば考える程、

俺の弟って色んな意味でかなりの大物に見えてくる…







「…にゅ」


パチリ…

何度か目をしばたかせ、

起きた様子の弟



そんな考えをしながらもオリゼの寝顔を見ていた俺


どう見ても起きた弟と、

目があった筈なのだけど…何故かまた目を閉じていく



…何故?



「起きた?お腹すいたでしょ、もう少しで夕食出来るからね」


「…」


「…喉乾いてない?大丈夫?」

「…」


試しに声を掛けてみても、

不自然に寝込みを装い続けるオリゼに…


まさか、

夕食後の薬を回避したいからかも知れないと閃いた




「オリゼ、狸寝入りしても無駄だよ?」

「…はい」


「体調悪くない?」

「悪くない…」



「そう、

なら起き上がらせるからね…」


「…」




ご飯食べられそうか…な?


あまりこの一年余り、食べたり食べなかったり…

休日は粗食で、平日は溜め食いのように沢山食べたりと

散々な食生活をやらしてたみたいだし…


確実に胃は弱ってるよね?




寝言で

ステーキ美味しいとか、

ガレットはカリカリベーコンやら

カヌレもっと!

とか…馬車の中で言っていたけど


胃の負担を考えると、好ましくない



青龍に頼んであるメニューも、

消化に負担が掛かる肉や油もの

甘いデザートは抜いてもらうように言ってある





「はい、起こすよ?

…んしょっ…と」


「…ん」


俺も起き上がって、

ベッドヘッドに枕とクッションを敷き詰めて…

それからオリゼの体を引き上げるようにして上半身を凭れ掛されてやる


勿論オリゼの両サイドはクッション二個体制

力を抜いても体を安定させるため





掛布は俺が下敷きに座っているから、

引き上げられない。

だからタオルケットだけ引き抜き、

オリゼの身体と両サイドのクッションの隙間に端を入れ込んで寒くないようにしてあげた


勿論…これも弟の身体の安定化のためだ



「さてと」


「…やだ」


「どうしたの?

クッションのあたり具合が悪かったりして、痛いところでもある?」




「…やだ…兄上、やだ…」


「ん?」



この状態

腕も手もタオルケットに包んで覆われてる。

今から夕食だと言うのに、

これでは自分は匙や箸を使うことができない…そこから察したのか




流石俺の弟


今から己が俺に何をさせられるか、分かったらしい。

介抱される…

自分で食べられないことを忌んでいた。

薬だけでなく、

これも嫌だったのかと府に落ちた…


嫌がっているのは分かるが、

…悪いけどその希望は聞いてやれない。




「…お話し中失礼いたします、お食事をお持ちいたしました」

「ああ、青龍ありがとう」


「滅相も御座いません」


既に入室していた青龍から、

椀と匙を受けとる。

オリゼを振り向くも…

どう見ても顔を背け、食べるのを拒否している…


片手で顎を扱えばブリキのように此方に向けられはした

そして、手を離しても顔を下げない辺り…

やはり可愛いところがある




「ほら、口開けて?」

「…」



「食べなさい」

「ん…むぐ」



一文字に閉められた口

その唇に押し付けるように、匙を運ぶ

おずおずと開く隙間に押し込めば、後は簡単


一旦素直になれば…可愛いもんだ




緑色の鮮やかな木の芽味噌、

胡麻や白味噌

色とりどりの色彩が、見ても楽しい田楽

どれも一口サイズに豆腐を拵えてくれている


そして少し多目に持ってきてもらった

卵の雑炊。


弟が昔から粥が苦手なのは知っている…

消化の観点から言えばそれが一番望ましいのだが

仕方がない、

少しでも食べてほしい…と雑炊にした。






さてさて

先程の様子とは打って代わり…


…次々と匙を口元に触れさせればその城門は割とすんなり開く




合間に田楽を挟めば、

淡白な雑炊にはない味が楽しいのだろう…


その証拠に頬も少し緩んでいるし、

もう口も雛鳥なように開けてくれる…



「美味しい?」


「…うん」


「良かった、どれが好き?」





「白味噌の田楽…甘いから」


素直に返事するくらいには、

どれも口にあって美味しいのか…

…やはり

好みを優先してよかった。

もう少しで食べきるかな、そう思い少なくなった椀の雑炊を匙に掬い取っていた所だった…




田楽は一口サイズ

先程食べた一個で終わり。

そしてデザートは抜きにしてある


胡麻の田楽も食べさせたし…

後は雑炊が残るだけ、


…もう甘いやつは何一つ残ってない…ね



「んー」


「兄…上?」



見ればオリゼにもそれが分かる

甘い物など無いことに…


あまりにしょんぼりとするものだから…


甘いから美味しかったと

小さく言った言葉に、流石に可愛そうになる




オリゼが自分で食べていたなら、

最後の楽しみに…デザート代わりに残していたかもしれない


俺が食べさせてたから、

順番までは…




「オリゼ、まだ食べたい?」


「…もうないですよ?」



急に匙を差し出さなくなった俺に、

自分の盆にはもうない田楽をまだ食べたいか聞くことに


空になった田楽の皿と、

俺を顔を確認して…

不思議そうに首をかしげている…



「この後、俺も夕食食べるけど…

お腹の余裕があるから、俺の分の白味噌田楽をあげようか?」


「っ…いい」



「あれ、気に入らない?」


「それは兄上の分でしょう…

それと、青龍にも頼まないで下さい」



首をゆるゆると横にふって、

要らないと遠慮する


こういう時に限って…

変に気にして、

我が儘でもない事を必死に我慢するのは…どうしてなのか



「あのね、オリゼ。

俺は我慢したわけじゃないよ?

オリゼが食べたいなら丁度ここに同じものがあるから

食べて欲しいと思っただけ」






「…兄上に悪い」


「食べたければ同じもの頼めばいいだけだよ?

…それと同じ理由で、オリゼも俺の分を食べてもまだ食べたければお代わりすればいい」




田楽くらい譲るし、

食べたくなれば青龍にもう一つ持ってきてと言えばいいだけの話


お代わりにしろ、

青龍なら追加で頼まれることも考えているだろうから

それに備えて

…少し多めに作ってある白味噌の田楽の用意がある。

一から作るわけでもないし、

大した手間にもならない…



加えて言うなら、

白味噌や豆腐…その他の食材の予備も残ってる筈。


移動手段は馬車で

食材を運ぶ労力も徒より無いため

有事を考えて、

食材の余裕は持っている


その上、

短日移動

田楽一口…俺のお代わりくらいの食事の増量は、

何の問題にもならない…




「青龍に迷惑…掛けてるからいい」


「それに応えるのが侍従の業務、

オリゼが気にしてるなら教えるけど…それにこれくらいで青龍の負担にはならないよ?」




田楽と、先程侍従の負担について叱ったのは別物


そもそも

食事の用意は侍従の業務範囲内、

主人の我が儘でもなく負担になる様な要求でもないのだ



「…」


「頼みたいなら頼んでいいし、

…俺の分だって食べたいなら食べていいんだよ?」



叱ったわけでもない

ただ田楽を譲ろうとしただけで…


俯いてしまった弟、

先程よりもしょんぼりとしてしまった






「…ごめんなさい、兄上」

「ん?」


「あの後…謝りに行けなくて…

折角殿下の別邸でも道化を演じて…負担をなくして下さったのに」



「ああ…あの時の事?

んーオリゼの真似をしたんだけど、

少し餓鬼っぽ過ぎたかな?…あ、オリゼがそうだって意味でじゃないよ?

いや、実際可愛い弟ではあるけどね」


「…」

「まあ、猶予は与えたね。

日常の些末なら良いけど、今回はそれも含めてちゃんと反省して貰うから心配要らないよ?

卿にもまだ頭を下げてないでしょう?」


「…はい」




此処まで拗らせると、解決に田楽は悪手



どうしたものかと考えあぐねていると


まだ屋敷に着いていないというのに謝ってくる始末

反省出来ているのは良いのだが…

今責め立てる事でもない


夕食を食べて、

体力回復とつかの間の時間を過ごして欲しいだけ




「さてと…話しは終わり。

覚めないうちに、後少しを食べてしまおうか?」


「ん…」


そうして、

残っていた雑炊の匙を差し出せば


おずおずと口を開いて含んでいく



「後3匙くらいかな…はい」

「…」


「オリゼ…口、開けて?」


「うっ…」




「…うん?」


「少し、待っ…てください…」


2匙目を差し出して、

今ここで食べたくないと言うのかといぶかしんだが

どうならそれは違うようで…



辛そうに

弟の睫毛が目に影を落とす


そして嗚咽…

胃から競り上がり、

逆流する先程含んできた雑炊や田楽を飲み下したのだろう







無理させ過ぎたな… 


多めに雑炊をと、欲張ったのが失敗で

既にかなりお腹いっぱいになっている状態だったらしい。 


それに追い討ち、

仕置きの話で負荷をかければ

吐きやすくなるのは…当たり前だったね



「喉、通らない?

ごめんね?脅してる訳じゃなかったんだけど…」


「食べます…」



「駄目だよ」

「兄上…?勿体無い…」


「…受け付けないんでしょ?」

「ですが…うぷっ」


「ほら…言わんこっちゃない。

オリゼ、残りは俺が食べればいいから。…ね?」

「それは…」


匙を口元から引いて、残りを食べていく

目の前で食べれば気がすむだろう…



残り物を食べる俺を、

きっと承知を出来かねている様な…

そんな顔をしている。


なんだかんだ、俺を好いてくれている

それを見て可愛いと思う俺も重度のシスコンではあるな…





「ね?無理しないの」

「そ…んな」


「…ほら、もうないよ?無駄にはならなかった。これでいいよね?」

「はい…」


空の椀をオリゼに見せる

流石は青龍、味は相変わらず良い…


単調で淡白にならないように工夫してある

飛魚(あご)と宗田節か、

…ともかく出汁がよく効いていた







…オリゼの嗚咽が、

落ち着くのを待つ間…


様子を見ながらも

自身の夕食を食べ終えてしまう




「さてと、薬。飲んで貰うよ?」

「…なんの、ですか?」


隣に来た

青龍に椀を返し、代わりに

コップと薬を受けとる



「ん?栄養剤とか」

「…分かりました」


「そう?…はい、あーん。それと…お水ね」

「…んぐ…」



薬包紙の一包を開けば

包まれているのは錠剤は2つ

見たところ、

ビタミンと胃腸薬


…もう一方、

こっちの包みは…顆粒の漢方薬か




先ずはビタミン

口を開けた弟の舌に一錠乗せてやる

大きなコップに並々と入っている水を唇につけてやれば、

みるみるうちに水位が下がっていく



「もう一錠」


「…あーぅ」


眉を寄せながらも

再び開く口。


ビタミンどうならに胃腸薬も舌に乗せ、

水を含ませてやれば…こちらもちゃんと飲んでくれる



「さて、次は漢方薬だけど…いつもの通りでいいかな?」


「…」


返事の代わりに

口を大きく開ける弟に、


薬包紙に折り目をつけて

したの上に流し込んでやれば、

錠剤とは違って直ぐに舌に溶けていく顆粒




…独特の漢方薬の味がするのだろう、

不快そうに顔を険しくしている弟は


薬を流し込むために

コップに残る水を数回に分けて全て飲みきっていく


薬3種で、

水1L近く…





「飲んだね…素直、もっと嫌がるかと思ったのに…」

「…飲みますよ、これくらい」


「これくらい?」

「我慢出来ます…」



何の心境の変化だろうか

吐く様子もない、素直に薬を飲んだ弟


珍しい…

特に粉薬や顆粒の生薬や漢方薬は苦手

飲ませるのにここまですんなりといったことはない。




これくらい飲める?

これくらいの薬は我慢できるようになった?


…どちらにせよ、

オリゼがそれだけ学園で薬を飲む機会が多かったと…

そう邪推出来なくもない。




薬を飲めるようになった理由も、

服用しなければならない機会が何故出来たのか…


とても気にはなる…


が、

こうして薬を飲んでくれた。


屋敷に帰れば機会はいくらでも…あるか。

問い質すのは、

それからでもいい

屋敷に着くまでの、後一日はせめて甘やかしてやろう…か


と、

話題を考えたのだった









……


…今まで、

薬飲むのは戦いだった


錠剤は飲み下した後でも、

喉に不快感が残って暫く気持ち悪い


粉薬は舌に変な味が張り付いて

いくら水を飲んで流し込んでも消えてくれない

そして苦い…




漢方薬の独特の香りと味も、


「まあ、いいや。

…すぐに横になるのもなんだから、雑談でも少ししようか」

「はい」



直ぐに横にならせてくれる分けはない。

逆流防止と消化の為に、

暫くこの姿勢の状態でいるのが好ましいのだろう


その間、

お喋りでもしようと…?




「そうそう、

テスト頑張ったんだね?凄い順位高かったじゃない」


「…いいえ」





「なんで?剣術もオリゼにしては点が悪い訳じゃなかったでしょ?

他も…総合的にみれば上位の上位なのに…どうして、どうしてそんな顔するの?」


「…どうしてって…言われましても…」


"兄上に比べれば"

それしか答えようがないが、そうは答えられない

どう言えばいい

取り繕うのでもなく、嘘でもなく

真実で返答するには…





それと、何故点まで知っている?


剣術のテスト…

いつもなら高下駄を履かせてもらって、単位がとれる赤点にならないギリギリ

それが高下駄だけではない点にはなっていたのだ…

低くても可を貰えた、そして最下位でもない

だからと言って兄上に褒められるものじゃない

褒められて良いものでもない

…決してそんな点ではない




それに…他の講義だって、

上位だと誉められても喜べない…

兄上に…誉められるような順位じゃない。

兄上はいつも満点だったし、

どの講義でも1位だった…




だけど…だからと言って、

此処で俺が兄上に引け目を感じているような台詞を言えば…


それは悲しませるだけだと分かっている





「ん?」


「…もう少し上位に…なれたら良かったと…」


「オリゼなりに頑張った結果でしょ?

胸を張れる結果の筈だけどな…」


「…」

「流石だよ、オリゼを買ってるんだよ?

やっぱり俺の目は間違ってなかったね」



きっと俺みたいに1位を取れなかったのにと思っているのだろう…


流石のでも、

胸を張れる結果でもない


ずっと主席の、

テストでも実技でも…魔力に関しても学年一番の兄上

その兄上に

俺を買ってくれていると

見込まれていたと言われれば嬉しくない訳じゃない


でも、

流石でも…

胸を張れる結果でもない。

兄上みたいに一位を取れたのは一つもない





…兄上に比べたら霞む結果

それでもそう兄上に言ってしまえば

眉を下げることも、

自身を誉めてくれた気持ちも否定すると飲み込んだ言葉



多分、

飲み込んで言わなかったその言葉

兄上の事だから、

どれも手に取るように分かってしまっているのだろうけど…




「頑張ったね」


「っ…」



努力だって足りない

そう思っても…優しく認めてくれるから


今にも泣きそうになる、

涙が溢れ落ちそうになる




それを隠す為に俯いた俺の頭を、

兄上はあやすように撫でてくれる始末

だからこそ…

気の済むまでその撫でてくれる手に甘えてしまったのだった






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ