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帰省4。





…兄上に床に座りたいと言って座らせてもらった



床に座ることで馬車の車輪の揺れが

臀部へとダイレクトに伝わる


まだ道の舗装は街のもので

大きくはないが、

決して振動が無いわけではない




正座して

背は座目の縁に預け、

そして兄上に右肩を押さえて貰った状態で体勢を安定させている





「玄武」

「…っ貴台?」


俯いた玄武の膝に手をそっと置く


少し顔を上げた玄武の目、

その奥を見透かすように…俺は下から覗き上げるようにして視線を合わせていく




はっと目を見開いて、

状況把握が追い付いていない様子に

これまたらしくない玄武の一面を見た気がする


うん、

ちゃんと目の焦点は合っている。

…きちんと俺の方にピントが合っているかを

先ずは確認した




「もうとっくに兄上からの躾は終わったぞ?

玄武、何をそんなに動揺してる」

「貴台?」


「悪かった、見たくないものを見せたな」

「な…」


此方に注意を向けた玄武に、

その顔から手を離し…俺は頭を下げた




この傍仕えには

昔から迷惑ばかりかけてきた。


俺の望みを叶えるために辛酸を舐めさせた…

スパイが貴族家の侍従になる、

その為には並大抵の努力では足りなかった筈。

そしてなれたとしても

ずっと針の筵に座ることになると分かった上でも、俺の侍従…側仕えにすらなってくれている




その上

俺は扱い難い餓鬼。

問題を起こす度、その対応に追われただろう…

いい加減嫌になっても仕方ないだろうに、

恩義を忘れずいてくれて…


今回もそうだ。

再三の愚行、

それでも諦めずに側にいてくれる…

いつも俺の味方をしてくれて、

俺を庇うことを止めない…


だから…



「いいか?

俺が悪いんだ、手段選択の余地がないまでの状況で…玄武に守らせようとしたのも俺の責任だ。

庇うのはいいが…少しは方法を考えろ」


「貴台?頭を下げないで下さい…床に座って…

謝るのは不肖の方です…こんな…」




玄武が俺の顔を上げさせようと、

座面に座るように画策するが俺はそれに応える意思はない


今回、

兄上が玄武を信用してくれたからいいものの…

そうでなければ玄武の身は危険だった

俺が助命を嘆願したとしても、疑われたら最後。



…元スパイの経歴

元々俺の侍従になるには、

それを払拭して相当の信用と信頼を積み重ねてきた

それが一度失われれば、

侍従の職位を失うだけで済みはしない。





「頭を上げはしないし立ち上がる気もない、それと帰省すればこれ以上の光景になる。我慢できるか?

今までは極力見せないようにしてきたが…

俺が悲鳴を上げようと血を流そうと平静を保てるな?」


「…確約、出来かねます」


「ならば里帰りするか?

男爵家の侍従として、仮の主人の…俺の為とはいえ嫡男に歯向かってただで済む筈はない」



「承知の上で「黙れ、破格の扱いを受けてそれを無碍に扱うことは俺が許さない」…有り難いことと思っております」


「…裁量の一部が今俺の手にあるのは兄上の温情だ、帰省してからは国に反意がないことも父上に説得してくれる…

そうですよね、兄上?」


「勿論、そうするつもりだよ?」





「…だそうだ」


「確約すると言えば、どうなるのです?」


「帰省してから、父上達からの私刑が終わるまでは俺の世話はさせない。

ただ見ているだけだ、俺がどんな様になっても見ていろ。

…玄武はどんな沙汰でも受けるんだったな?

今回は俺の生命が脅かされるわけではない、それくらいの光景…

そんなに仕えたいなら、その俺が命じれば…叱責だと思って静観くらい出来る筈だよな?」


「…貴台…それでは貴台があまりに…」




そう、

今の今まで玄武の命があるのは…恩赦


あの時、

玄武がこの国に害なす事はないと示し

父上からの魔法陣を身体に刻み、ラクーア卿の御墨付きを貰えたからだ。




2度目の恩赦はない

男爵家の侍従でなくなることは、

玄武にとっては死も同義


職を解かれた後、

里帰りなど許されはしないだろう

文字通り…命の望みは無くなる




今回のような事を、

俺が屋敷に帰省してからまた仕出かさせるわけにはいかない

兄上のお目こぼしだって、

何度も有りはない…


それを分かっていない玄武ではない

そして俺が玄武が自ら命を捨てることを、一番忌むことも



「分かっている筈だ、俺はお前の主人じゃない。

兄上が当主になれば平民になる…もし爵位を持てたとしても一代限りの準貴族で、侍従は雇えない。お前は屋敷の、今は父上のそしてゆくゆくは兄上の侍従になるんだ」


「…貴台」


「納得できないなら、今ここで切る。

その事を飲めるなら、今から俺が家を出るまでは侍従として傍に仕えさせてやるから…割り切れ」




取り返しのつく時に

確認しておくのが相互のためだ…


今この時、

玄武が許されたとしても

この約束を守れないなら俺は結局…玄武を失うことになる




玄武を失うなら、

俺が原因でこの世から居なくなるのなら…

どうせなら今が良い。


玄武の死に、

ちゃんと向き合える

…悼むことが出来る


原因が分かっている…

俺のどんな行動がその結末に至ったか、理解して責任を感じることが出来る





「…」


「玄武、青の侍従としての矜持はないのか?

俺に心を割くのは自由だが、主人に仕えるのが侍従本来の業務。当主や嫡男に対して敬意を払えない侍従だとは思っていない」




「…貴台、申し訳ありませんでした」

「何に対して謝ってる?」


「侍従としての至らなさと、貴台を測り間違えていたことにです」


「はあ?」

「もう…あの頃の貴台ではないのですね。

申し訳ありませんでした」

「…あの頃の…ああ、そういう意味か」


「成長、なされたのですね…」

「ちっ…少し位はする。余計なことは言わなくていい…

で、分かったのか?」



そんな昔のことはどうでも良い

…重要なのは


未来のこと




「はい…貴台が大丈夫だと言われるならば信じます、耐えろと言うのであれば耐えます」


「…何か違う…父上への忠誠心は?」

「勿論あります、アメジス様に対しても侍従としての敬意はありますよ?」



敬意があって、あれ?

本気で無くても、

恣意的な殺意を滲み出すのは…玄武からしたらグレーゾーン扱いなの?


それとも…

侍従としてのあれこれを

逸脱した行いだと分かっていて平然とこんなことを言うの?



どちらにしても、

大物過ぎる…悪い意味で



「…なんか腑に落ちないんだけど、

俺に対しては?」


「それはもう…何を差し置いてでも形容しがたい程に御座いますよ」


「…」


何を差し置いてでも…って?





不安しかない


論点は、

今回屋敷に帰省してからのことだけじゃない。


俺がどんな状態になったとしても

兄上や父上が俺を殺したとしても…だ。

それが原因で、玄武が刃を向けないと確約してくれないと困る


確証が得られるまでは…引けない





俺は

純粋に玄武の死を望まない。

そしてそれが叶わなくても、その死を悼めなくなるのだけは何があっても嫌だから…




歯向かった瞬間、

俺の施した従属紋が発動して玄武は意識を失う

俺がその時死んでいれば、

陣は失効。

…父上の魔法陳が直ちに発動し、玄武の命を刈る事になる


そして…

万が一にでもその刃が父上達に届くことがあれば、

俺は親や兄不孝者になるのだ





「貴台?どうされました?」


「…せめて隠せ。絶対に主人と次期主人に抵触しないようにするんだよな?」

「ええ、貴台がそれを望まれるならば致しますよ?」


「逆恨みなんてしてくれるなよ?

俺がどんな処遇になろうと、父上達…母上や弟にもちゃんと仕えて天寿を全うしてくれるよな?」


「…貴台のご意向であれば」

「凄く激しく、心の底から望むからそうしてくれ…」





…上記のどちらにしても、

玄武の運命の行き先は同じ。

この世から去るのが早くなるか、刑までの少しの期間延びるだけだ



それと、

そんなことをすれば玄武の名誉が落ちる。


俺が望んだが為に

此処までしてきた玄武の努力、苦労

積み重ねた信用や信頼を無かったものにはしたくない。


俺が原因で玄武を貶める事になるのは…悲しすぎる





「…貴台、不肖に信が置けないのであれば

どのような命でも承ります」


「違う。

俺は…玄武が俺にどれだけ尽くしてくれるか知ってるだけ」



「畏まりました、

真名に誓っても御随意に致します」



少し、

そんな思考に気を取られ過ぎていたのだろう

その様子に

玄武が信頼されていないと勘違いする。


自身の言葉に…俺を信用させきれていないと感じたのか

不穏分子になるなら、

今ここで俺にその芽を摘み取れと迄言った


信頼をしているから、

信じているからこその不安なのだと…




「それとね…玄武が俺に嘘をつくわけがないことも、知っているから」


「…有り難き幸せ」






………そこまで言って、

やっと玄武との話し合いは収拾した

その旨を…

兄上に話しは終わったと、

もう気は済んだと玄武に下げていた頭を上げて

兄上へと視線を向ければ…


席に引き上げて貰えた。


貰えたのは貰えたのが…

そのまま元通りに座席に座るのは許されず

再び兄上に膝枕されながら、横になっているのは不可抗力だ。




玄武の説得に疲弊し過ぎた

座っていても、

何かの拍子に馬車が揺れれば何処かに頭を打つ自信はある


大人しく…まあ

するしかないのだが、適度な馬車の揺れが伝わってきて

心地が良い





「「「「…」」」」


しかし…釈然としないな

玄武のあの発言を聞いても…兄上も青龍も何も気にしていない様子

…俺に脅威がないことが分かっているからだと信じたい



深刻な話し等無かったかのように、

今日のおやつは何にしようか…なんて他愛もない会話をしていただけに見える


ただただ兄上は穏やかに

膝枕した俺を撫でてくれている…




「…兄上」

「どうしたの?」



「…俺が当主を望むような次男でなくてよかったですね」

「ん?望んでもいいけど?」

「…は…い?」


「オリゼなら継げるでしょ?」

「…何を…」


「父上も母上も異論はないと思うけど…」

「…止めてください、冗談も過ぎます」





「ね、青龍?」

「小生は当主に仕えるだけです、意見をする立場でもありません。する気もありませんね」


「まあ…青龍はそう言うよね、…まあ俺としては寂しいんだけど?」

「…若……少々、残念には思います」


「珍しい…そういうこと言うなんてね

…オリゼに続いて青龍までも…今日は良い日だなあ」




もうすぐ日も落ちる…


いつの間にか引かれていたレースのカーテン越し

…入射角が鋭くなった西日が馬車内に差し込んできて

ぽかぽかと心地が良い


だけど、

"今日は良い日だなあ"

なんて呑気な感想が持てる平穏なやり取りも、

何事もなく和やかだった事も…どう考えても無かったけど?




首をそちらに向ければ

青龍と目が合う


お互いに半目だ…

どこが良い日なのかさっぱり理解できない

そう同意見だと確認し合う


そして…青龍の隣から視線が刺さってくるのは…

…気づかない振りをしていたが…

ちらりと見て、酷く後悔する




燦然と輝いてる


そりゃあもう、綺麗にカットされた宝石が日の光を浴びて

四方八方に何色もの光の影を作るように…



「…あのですね、兄上」

「ん?」


「…どうしてくれるんです?折角言い含めたのに玄武が爛々とした目で見てくるんですが…」


「本当にキラキラだ…

でも事実だし構わないでしょ?」


「構います!それに何て戯言言ってるんですか!お家の大事になりかねますよ!」



事実ではないし、

構わない事なんて天変地異が起ころうと、ない




兄上は、

玄武の目を見て…のほほんと感想を言うが

そんなこと、言っている場合じゃない




兄上の今の言葉を真に受け、

玄武がその気になれば大変だ…


俺を担ごうとするだろう。

目的のためには手段を選ばない、侍従の下にある…そういう冷徹な面を覚醒させられては困る




「なんで?俺を殺すの?」

「…兄上、そんなに俺を家から追い出したいんですか?

学園の卒業を待たず、家出しますよ…」


「どうして?」

「…分かって仰られているんですよね?兄上?」


「んー?何の事かなぁ」



殺すの?って…


首をかしげてしょぼん顔で可愛く言ったって、

これらの自身の発した言葉が意味することも危険や責任も、全て理解した上での狂言でしょう?


本当に分かっているなら言うなと、

そう俺が言ったのに…

何の事か分からないと、冗談めかすものだから

どんな呆けた顔でもしてるのだろうかと怒ろうかと見上げる



「あにぅ…っ」


そして言葉を続けようとした、

その時


兄上は俺に見られていることに気付くと、

すぐに表情を変化させていく



やはり…騙されるところだった。

惚ける台詞とからかうような暖かい声音は真逆、

薄く貼りつけた様な人工的な笑みを浮かべ

…俺の意見は俺のものだと、介入する余地を与えない






「ちっ…能力差やら長子だから、慣例や男爵家の存続云々を置いておいても…

"私"が兄上を尊敬しているのを知っていて言うんですか?

次期当主の座からこの身が兄上を押し退ける位ならば…」

「ならば…?」



っ…


ピタリと

俺を撫でてくれていた手が止まり

貼りつけた貴族的な笑みすらも消えて溶け落ちた

ほぼ無表情、

俺や極一部の人間以外にむける有名な兄上の顔に似ている


眉を潜める兄上に、

続ける言葉を飲み込んだ…




「いえ…何でもありません」


「身を投げるとか、言わないよね?思ってないよね?」

「言いません」


「思って、ないよね」

「…」



「俺を慕ってくれてるのも凄く嬉しい。

ねえ、オリゼ…己を卑下するのも時には必要だけどね、し過ぎはだめだよ?

少しは己を大事にしなさい」

「…」




「オリゼ?」


「先程の発言を撤回して下さい」


ヒリつく空気

だがここで退くわけにはいかない

兄上の声音が変わろうと

恐怖心を押し込めて強い口調で言い放つ







…落ちる静寂




オリゼが、

俺の弟が可愛い…


俺を牽制しながら、

威圧感を出そうとしているのだろうけど

…全く怖くない



手は掛かるし

我が儘奔放、その上頑固で意地っ張り

…無茶ばかりするし、

心配もいっぱいかけてくれる弟


俺の膝の上に頭を置いて、

腕の中に収まってしまう程まだ小さい弟が


…無表情の俺に正眼を切っている




「オリゼ?」


「発言の撤回をお願いします。

兄上と言えど、それ以外の返答を俺は認めません」



少し声を低くしても怯えない、

撫でていた手を止めて…少し強く力を込めても怯まない。


恐れられていると知っている、

血も涙もないと俺の影の渾名にもなっている無表情をしても


…一歩も引くことはなさそうだ。






「…分かったよ…当主にちゃんとなるよ?」 



此処までの頑固に主張するとはね…

根負け



甘えることも、

自衛も捨てるほどに糸を張っている、

その緊張を解すように

…宥めるように背中を擦る



跡目争いを避ける為、

玄武やオリゼ自身の反意を疑われないためだけの意思表示じゃない。

弟は当主になど興味はなく、

そしてなる気もないのだろう…




「…ほんと、ですか?」


「なるから安心していいよ。

オリゼがなりたくないなら、無理強いはしない」



残念…


父上も目をかけてるし…

強ちオリゼが当主になるのも間違いでもないんだよ?




オリゼが強く望むなら俺は身を引いたって良い。


この弟には資質がある

…例え正統派の貴族らしさや強靭なリーダーシップはなくとも、

俺には出来ない当主の姿をきっと見せてくれると


少しオリゼが当主になった姿を想像して、

楽しみにしていたのだけど…ね




「兄上…二言はない、ですよね?」

「無いよ…?」



でも…オリゼには受け入れ難かったみたい


己は凡才で、

魔力量に関しては落ちこぼれだと思い込んで過小評価している。

その上

兄の俺を優秀だの、

完全無欠であるかのように思っている


そんなに慕ってくれてるのも…嬉しいんだけど…

少し過剰じゃないかな?





「…よかった…よかっ…た」

「オリゼ、そんなに気にすること?」


「…よかっ…た…ほんと…うに…」


止めていた手を再開し、

撫でていれば…

漸く、肩の力が少しずつ抜けていく



落ち着いたかな…

膝にかかる重みも、戻ってきたところで


普通の兄の顔に戻して行ったのだった










…そして暫く


安心させるために、

弟を撫で回しながら青龍と連絡事項のやり取り


差し出される書類や、

昨日今日で一気に溜まった手紙の山




何をするにしても同じ時が過ぎる


折角の纏まった時間

弟も話しかけてくる様子もなく暇で空いているのだからと、

先ずは書類

そして今は膨大な手紙の処理…

せめて仕分けだけは宿につくまでは終わらせてしまおうとしていたのだ





「ジェット男爵家次男、

後期学園にてお茶会の御誘い…目的は家との親睦でしょう」



「…あいつね、

相変わらず文面は失礼千万の非礼尽くし、か?」


「…お薦めは致しかねますが、

御希望であればお読みになられますか?」


「青龍、代筆で…礼を欠くことなく当たり障りなく断れ。

次」



何通目だろうか、

元から男爵家であってもうちの父上が陛下と交遊があること、

そしてその弟…王弟殿下でもあるラクーア卿、現侯爵当主と親しい仲であることも知る人は知っている

その男爵家の次期当主の俺には、

その繋がりから格上の家柄との繋がりも多い




が、

オリゼが入学してからは更に多い。

弟が皇太子と仲が良い事が、周知の事実になって…その血縁でもある俺には更に多くの手紙がおくられてくるようになった


まあ…

初学年後期の引きこもりと学年生活態度から

利を得ようとする繋がりの薄い家からは遠巻きに

半年前の一件があってからは、

更に様子見で笠は減ったものの…


それでもまだ数は多い




「アンバー騎士伯子息、中立派。

来月中旬の親睦会…此方には御出席されますか?」


「休み期間中か…

繋がりは一応持っておきたい、後で俺が返事を書く」


特段親しくはないが、

騎士伯の中では一つ抜きん出ていて勢いのある家

準貴族の情勢や情報を得るには適している


確か一昨年から組が同じになってからは、

たまに話す程度の交友関係は保っている…が



今回の長期休みは

殆んどオリゼのために使うからな…

次回また誘ってくれるように、丁重に返事をしなければ…





「畏まりました。

これで最後の一通、クリスタル伯爵家…御嫡男です

懇親会と舞踏会への御誘いとありますが…若、近頃親交がおありでしたか?」


「…伯爵家?

あの剣術名門に親交等ないが…

話したこともないし…舞踏会にまで招待される言われも、親密さもない

学年だって離れ……ん?」



「…オリゼ様と、同学年でしたでしょうか」


「そうだな、

もしかしたらオリゼと親交が?

…俺の知る限り、親しい仲ではなさそうだが…」


「申し訳ございません、

小生も把握しておりません…」


「」






「…少々宜しいですか」


「玄武…何か知っているのか?」



「貴台のご学友、子爵家嫡男オニキス様のご友人に伯爵家嫡男のジルコン様がおられます。

今学年ではオニキス様とジルコン様は、貴台と同じ組

学年末の課題では通例フォーマンセル…

今のところ直接の交友はなくとも、オニキス様繋がりでグループを同じくされる可能性が高いかと存じます」



「…うん?」


「そのジルコン様の伯爵家当主とクリスタル伯爵家当主は、

同家業や御家の親交に留まらず…毎年両家にて非公式の食事会を開いておいでです。その機会から、その御嫡男も仲が宜しいと聞いております」



「…うん、

つまりオリゼがオニキス君を通じてジルコン君と親しくなる。

そしてジルコン君繋がりで、そのクリスタル伯爵家嫡男とも親しくなる可能性があるってこと?」



「左様に御座います」



「…ねえ、玄武?」


「はい、アメジス様」


「玄武はここ一年余り、学園ではなく屋敷に居たんだよね?

オリゼの意向で…側に侍れなかったのにその情報収集はどうしたのかきになるんだけど?」



「屋敷に居りましたが、

学園で侍らずともそれくらいの情報は易く手に入ります」



「…そう、

それで?」


「補足するならば、皇太子殿下の派閥にも属しており…学内でも御交遊される程のご関係ですね。

初年度、皇太子殿下の事で数回話されていたのは記憶に御座いますが…何せ貴台の気性とは合わず、倦厭されていたかと…」



相手の名前と家柄

目的や会の種類を簡潔にまとめて読み上げてくれる

派閥と



「」


「今、何時になる?」



もう日も暮れようとしているのか…


昼過ぎ、

学園を出発した時には高かった光

今やレースカーテン越しに、

その日の色は濃い橙色に変化して薄暗くなっている



「後2分で18時となります、

日の入りが約14分後…若、室内灯をつけましょうか?」



「そうだな、

紙面が流石に見にくくなってきた」


「畏まりました…若が宜しければ良いのですが」



「構わない」


「では御随意に」






「ん…むぅ…」


「ね、だから…ってあれ?」



青龍が歯切れ悪く、

何を躊躇しているのかと疑問に思ったが

その理由は直ぐ様理解した



室内灯を灯した瞬間…

腕の中の弟が呻いて、もぞりと動いたのだ


気付けば、

オリゼの身体の強ばりも

呼吸の感覚も異常がなくなって安静時のもの

てっきりリラックスしているのかと思っていたが…





「…」


「オリゼ…寝てたの?」

「とっくに寝ていると思いますよ…若」


「…そう」



眩しかったのか、

もぞもぞと俺の膝に潜ろうとしてくる…

灯しててしまったものは仕方ないし、

また数分後には結局灯すのだから消すわけにもいかない


消して灯したら、

オリゼが起きる可能性が増える



「それと、玄武が…先程からブランケットを手に闘牛士のように扱っているのですが…」




「…ん?」

そう言えば、ちらついていた気もする…


「アメジス様…先程は大変申し訳ありませんでした。

ご配慮、その上…咎も済んでいない身ではありますが、これを…貴台に掛けても、宜しいでしょうか…」

「良いよ、オリゼの傍仕えでしょ?何をためらうことがあるの…玄武」



「…ですが」

「本当、オリゼのこと大事にしてくれてるよね。

それを懸念には思っていないけど…俺や父上に刃を向けることはないってくらいはね」

「…申し訳ありませんでした」



深々と頭を下げる玄武に…

これが玄武の普通なんだよな、オリゼが絡むと豹変するけど。

…それでも男爵家への忠誠心はある

オリゼのことを貴台と呼ぶ

例えそれがオリゼがそれしか許さなかったとしても、

本気で嫌であれば玄武の性格上、呼ばないはずだ




だからそう呼ぶ時点で

…信用に足りてはいるのだ





「いいから掛けなよ…本当、張り切りすぎ」


「ありがとうございます…

久しくお傍で仕えられなかったので…」


いそいそと、

多分オリゼの大好きな肌触りであるだろうそれを

玄武が弟を慈しむように掛けていく


うん…

口元迄掛けた事典で、

むにゃむにゃと気持ち良さそうに頬ずりしてる

これで起きる心配は無くなったかな



幸せそうにしているのは、

弟だけじゃなくて玄武の方もだけど…

恐ろしいことに、

見たことのない程…顔が緩みきっている




「ああ、

世話一つ出来なかった玄武は辛かっただろうね」


「…はい、

…結果、こうして御言葉に甘えて馬車にまで…青龍にも大変申し訳なく思っています」



オリゼにブランケット…

つまりタオルケットを掛け終われば


…渋々席に戻っていく




「ん?…青龍、気にしてたの?」


「いいえ、そのような事実はありません。

…玄武、出発前にも頭を下げてきましたね?

若がなされたこと、決められたことに異論はないと小生は申し上げたはずです」



「青龍…、ですが」


「オリゼ様への忠誠心の結末…いえ顛末ならばもう結論は出たはずですね?」

「責めているのであれば…謝罪致します」


「必要ありません。若の命に従ったまでです、今小生の腕が疲れていようと玄武のせいでは決してありません」


「…」



オリゼから視線を青龍に、

あまりの言葉に玄武が僅かに目を見開いている




これは辛辣だね…

玄武も思わず閉口するほどの威力


こんな毒を吐くことは…記憶の限り殆んどない

その数える程度の毒も、

俺に対する諫言だったから…


こんなに、

感情を抑え切れないことはなかった筈…

そもそも、

侍従同士の諍いや言い合いなどは主人の前ではすべきじゃない。




青龍が、

玄武を怒る理由は分かるけど…

俺に敵意を、

行動に移そうとしたのだから…理解は出来るけど


その一件は結論が出た、

そしてそれが済めば俺は許すとしたのだから…

青龍が玄武に対して攻撃する理由は、

侍従としてはない筈だ


あったとしても、

此処までの示しは要らないし…

極力本心や意見は隠して執務に当たるのが侍従の美徳だからね…




「青龍…そこまでにしてあげなよ」

「若…」


「あのね…青龍も平静を保ててないよ?

本当、玄武が守ろうとして攻撃するのも…今青龍が玄武を攻撃して俺を守ろうとするのもね?同じことでしょう?」


「…そのような、事は…」




「あれ?俺の心労を心配してくれてるんじゃないの?

守ってくれようとしてたんじゃないの?」

「…若」


「おかしいな…黄の侍従なら…

当然こんな簡単な問いに答えられない筈はないよね?」



侍従のランクは役職とは別物

青龍と玄武の役職は傍仕えだけど、

ランクの色は同じではないんだよね…


玄武よりも青龍の方が色のランクは上

こう言う風に言えば、

玄武の手前…青龍が本音を言わない事はないだろうと…


黄ランクはその程度の応対能力しかもたないのかと、

含めるために、

わざと意地悪くあえて付け加えたのだ






「……心配しておりました。

オリゼ様のために心を割いて悪役になられているのも、

万が一それが一因となって…若が傷付くことになれば…と。

…小生とは違い容易に言葉に出来る、玄武に当たっていたのは認めます。申し訳ありません」



歯を食い縛りながら

とても言いにくそうに発言する



俺の口車に乗れば、乗ったで被弾すると分かっているから


玄武がオリゼを守るために俺に歯向かったこと

青龍が俺を守るために玄武を牽制したこと

どちらも己の仕える相手の守りの為、

その点においては玄武も青龍も同じだと。

言い訳はさせないと、

暗にプライドをくすぐれば…予想以上の事まで自白してくれた




うん、

青龍が玄武に対してそこまでの感情をもって

牽制していたのかとまでは分からなかったんだけどね…


…呆れた


その自分の傍仕えに、

玄武だけでなく…青龍も大概だったかと思い出していく





「だそうだよ?

玄武…青龍も大概でしょ?」


「…その様ですね」


ちらりと青龍を窺った玄武

どう見ても不服そうな…そんな青龍を見て玄武の眉がみるみるうちに下がっていく


僅かだが…眉間に皺を寄せてもいるのだ





どう見ても、

青龍が悪いな…

玄武と同じ穴の狢だと言ったこと、

大失態を起した傍仕えと同列に扱われる事への不満


加えて、

俺に無理矢理…

そんな玄武相手に実力を認めるが上に嫉妬し、

八つ当たりしていたと認めさせられたのだ。



つまり、

いつも玄武を諌める側である青龍が

玄武相手に知られたくない本心と八つ当たりの事実を開示

その結果、

更に今から玄武に謝らねばならないと察した為…

そんな顔をするのだろう




けどね…

流石に良くない。

玄武も表情豊かすぎるけど…眉を下げるくらいの態度になってるんだよ?



「青龍」





「若…承知しております。

玄武、申し訳ありませんでした」


「不肖こそ…申し訳ありませんでした」



青龍も子供じゃない、

謝るべきところでは謝る…

互いに非を認めて謝りはしたものの


青龍だけでなく、

何故か玄武も不服そうにしているのは…?





「さてと、これで一段落したかな?

ね、二人共?」


「「はい」」



肯定の返事を聞いて、溜め息を漏らす


返事は満点…

俺に対してはちゃんと侍従の顔を見せるのだから…

これはこれで有り?


いや、確実に良くないよな…





…父上


見る目があるとは言っても

ここまでだと俺の手にも余ります…

優秀な侍従同士が何故こんなことになるんですかね?


主従の相性がばっちりなのはいいのですが、

…その采配が良すぎるのも弊害が有りすぎませんか




玄武はオリゼに

青龍は俺に…

侍る相手の事となると冷静さを欠くし、

互いの仕える相手の事になると譲らず火花が散る有り様


そのお陰で、

まわりまわれば…玄武と青龍の仲介を俺がしなければならないのは…?


…あるべき理想の、

主従の本来の姿なのでしょうか






すやすやと膝で眠る弟を、

タオルケットにくるまりながら頬をそれに寄せている

そのあどけない顔を見ながら…


全身全霊で癒されようと、

様々な邪念を頭から追い出していったのだった



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