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帰省2。




隣に座れば

もう、

俺が無駄に抵抗が出来ない事を見透かされている


兄上に頭を撫でられながら、

こんこんと説教が続く…



「そう。

己の担当…側仕えとも認めない玄武が罰を受けることが堪えるんだね?」


「…」



俺が玄武を傷つけることが嫌だと、

それが本意でないと見透かしているからこそ

先程の兄上の言葉は脅しとなる


俺が人の心なく、

玄武が罰を受けようが歯牙にも掛けない貴族子息なら…

あれは脅しにはならない。

好きに罰を下せば良いと、

あの席に座ったまま兄上の言葉を無視すれば良いだけの話




俺が学園から屋敷に返した事で、

玄武は俺の世話が側仕えとして全うできなかった。

侍従として、その罰が下ることを知りつつ

俺は玄武を学園の部屋から追い出した。

俺は玄武が嫌いだと、

側仕えとして認めないとか…阿鼻雑言を吐いた。


散々傷つけたのに、

今更…罰一つ回避させた処で大差はない。

そんなこと…頭では理解できてる

だけど…

それでも、

今更なのに…己の行動のせいで玄武が傷つける事が許容出来なかった





「いい子…

あんなこと言えば怒られるって分かってて何で言うの?」


「…っ」



玄武や他の担当侍従を認めない

俺に侍従はいないと言うことは、

仕えている玄武達の想いを愚弄することになる


あんなことを言えば、

目の前の玄武をまた傷つけることも…


言われなくても分かってる


…兄上に怒られることも理解してる




「オリゼ?」


「…俺の信条に反する、からです」



「頑固だね…気付いてて分からない振りをするよね?

玄武がどれだけオリゼに仕えたがってるか知ってる癖に、いや知ってるからこそかな?

傷付けるように振る舞って、突き放してさ…」


「…」


でも、

それでも言わなきゃいけない



玄武が俺に仕えたいと思っている?

…そんなことは認めない。


役不足のまま、俺とは違う優秀な人材を使い潰すなんて駄目に決まっている

玄武然り、他の担当の奴等も仕事が出来る…

寧ろ出来すぎて困る程


そんな侍従達を、

出来損ないの俺の担当や側仕えに留め置いていてはいけない






だからこそ、

一年前…

傷付けて…彼奴等から恨まれるような事をして

手を離したんだ。

俺の担当から外れて…

もっとその能力を発揮できるように




「嘘、つくの?」


「気づきもなにも、元からそのようなものはありません。

無いものに気づき様もあり…っぐ」


俺が

玄武達の想いに気付くこともない。

何故なら

もう玄武達が俺を慕う、

そんな事実もないのだから…





そう思っていれば


言葉とは逆に優しく撫でてくれていた手が、

頭から離れ…強く容赦なく

片腕で引き寄せられる。


抱き締められるように、

背中から、

俺の心の臓の真上に置かれた兄上の左手





「!…ぐっ…ぅ…」



「苦しい?可哀想に…」


「あ…兄…上、っ何故…」


突然の圧力で

自衛の魔力反発をしようにも勝手が効かない


されるがまま、

手を胸から外そうとするも

既に体も言うことを利かない

力ない手を兄上の腕を押す程度…



「緩めないよ?放出しないでね、魔力。

魔力反発を少しでも感じれば更に強めるからそのつもりで」


「…ぅ…っぐ…」



鷲掴みにされたような感覚

少し足りとも放出が許されないならば…

自衛の抵抗も禁止されるなら…

このまま

錬度の高い兄上の魔力を無防備なまま直に受け続ける事になる。


兄上の事だ、

俺にこんな事をしても一線は越えない。

決して後遺症は残さない筈だが

それでも体への負担が半端ではない…痛みも尋常でない事を分かった上でやっている






先日のレベルとは違う

限界を見極める配慮はあるが、甘さから来る手加減はない

これが終わっても介抱されなければならなくなるくらいの圧力

魔力量、錬度…

俺の無駄な抵抗を削ぐ、その意図は明白




痛い…辛い…

怖い…徐々に腕に触れていた手も重力に逆らわず落ちていく

体幹も維持できない

垂れかかるように兄上の方へ崩れていく

何処かで警鐘がなっている…


脅かされていると、

体が震える…身の危険を訴えはじめてくる




「オリゼ様…オリゼ様!」


「っ…はっ…その…呼び名、許した…っ覚えはない」



何、してる

声に無理矢理意識を取り戻し、見れば

腰を浮かしかけているそれ

気力を振り絞って叫ぶ

…間に入ろうとするな、今は優しい兄上じゃない



「五月蝿いよ、オリゼ。

少し黙ってようか…」

「な…に言っ…んっ…ぐ…」



ただでさえ苦しい、

それを習知の上でだろう…もう片方の手で口を塞がれる


駄目だ…

こうなったらきっと兄上相手でも玄武は引かない

そして兄上もそれを許さない

身体を捩るも、両腕で抑えつけられれば何も出来ない


…勝手に状況が悪化していくのを見ていろと言うのか?

己の身から出た、その結末を…

ただ、ただ傍観させるのか?





「…貴、台…アメジス様、どうかお止めを…この通りで御座います」


「玄武?何してるの?

舗装されてるとはいえ、揺れる馬車で無闇に立ち上がるものじゃないよ?」

「申し訳ありません…ですが魔力抵抗もさせずなぶるような真似をなさいますな」


「俺に向かって、そんな口利くの?

優秀な玄武らしくもないね…どうなるかなんて分かっている筈だと思うけど…?」


「勿論で御座います、

暇を貰うことになろうと…魔力を納めていただければ。

…この身で払えるものは全て差し出し、払いましょう」



床、

ゆっくりと

かしずく玄武の姿が…

馬車の床に膝をつく姿が

目に映る





何でこんなことをする…



俺の担当として、

側仕えとして俺を守ろうとすれば…

兄上に礼を失しても願うなら


今までの俺の苦労が露と消える…

側仕えや担当侍従等要らないと傷つけたことも、

玄武達が俺を仕えるに値すると認めておらず…心配もしていないと言い張った甲斐がない





「っ…痛っ」


「っや…めろ、玄…武

っぐ…席に、座っていろ!」


振り絞れるだけ振り絞る

押さえ付けられた口元の手を顔で振りほどいて、

それでも抑えようとする兄上の手を容赦なく噛んで跳ね退ける



俺に命をはる…

そんな価値はない。

今すぐ兄上に対する非礼を止めさせなければ…


俺の苦労が消えるだけではすまない

玄武が酷い罰を受けることになる






「っ…痛いなあ、噛むなんて」


「玄…武、っ…う…いい、から座れ」



緩むことのない兄上の左手

心臓の上に置かれた手は、振りほどけない


それでも…

身を捩って

膝を付いたまま、

俺の言葉に耳を貸さない玄武に向かって必死に声をはる




「オリゼ?謝る気ないの?」


「…ぐっ…俺の、いいから」


兄上を無視したこと、

手を噛んだことも

確かに謝らなければとは思うが、それよりも玄武が先だ




「貴台」


「…ぅ…玄、武…や…めろ」


「止めません、

不肖の身一つで貴台の痛みが無くなるのであれば本望ですから」



先程…

玄武達が俺を仕えるに値すると認めておらず、心配もしていないと言い張った

そんな兄上に対する発言が…

この玄武の行動を見れば嘘であることは誰の目にも明白だ







「オリゼ、抵抗する気?そんなに俺を無視してまで玄武が大切なの?…ふーん?どうしようかな…」


「ぃ…っ兄、上…?」



胸を少し強く押さえられた手

平常なら何ともない筈の圧力差



それでも魔力圧の差異は何ともなくはない

身を抉るような強さ、

心臓にミシミシとかかるその圧にからだの震えが止まらない

限界を訴える



「少し、お口閉じておこうね」


「ん…ぅ…」




先程噛んで払った筈の手も、

俺の口を塞いでいく

玄武が膝を付いたまま、

兄上に対する非礼を止めようとする言葉も今度こそ完全に封じられた



俺の行動が裏目に出た


状況が悪い方に…

俺が玄武を優先した事で、

兄上の怒りを更に買った…それは俺に向けられることなく玄武へと注がれている



それなのに…

その状況の好転のために、

俺は何一つ行動出来ない…


元はと言えば

全部俺が悪いのに



またあの使用人の仕置き部屋と同じ

オニキスと…ビショップを守れなかった時みたいに…













…口を再度塞いであげれば、

今度はもう抵抗する力もないのだろう

強めた魔力圧に、腕の中の弟はただ震えて耐えている


最初は

俺の腕を外そうとしていた手も、

身動ぎして振り払おうと暴れた身体も、

今は痙攣するだけ。

力を失って大人しく俺の腕に収まっている



しばらくそうしてあげていれば、

呻き声も小さく…

口を塞いであげている手もオリゼの流す涙でびっしょりと濡れてしまった。




うん、


…そろそろ、意地を張るのも限界になってきたかな?




「何か話したいことある?」


もう身に染みただろうと、

頃合いを見てオリゼに声をかけてあげれば

僅かに頷く仕草。


その動きを察してゆっくりと口を自由にしていく




「…ぅ」



ガタガタと震えが止まらない


俺が怖くて仕方ないのはわかるけど、

言わなきゃいけないことを言わないと手を緩めないことも知ってるよね?




「ちゃんと言葉にしなさい」


「ぁ…玄、武…を、許して…」



開口一番がこれか…



反省も謝罪もない


口を自由にしてあげたのは、

…何もオリゼの要求を好き勝手言わせるわけではない






「オリゼの答え次第かな?」



「…っぐ…兄、上…」


「分かってるよね?

何を言うべきか…信頼している傍仕えがあそこまでオリゼのために心配してるんだよ?それを否定するなら、同じくオリゼを思った行動だと甘味した…弟思いの俺の酌量も無くなるけど?」




「…ぅ」




何も玄武を嫌って

その目の前でオリゼを痛め付けてるわけではない。


そうすることで玄武が

オリゼを庇うために玄武が俺に換言や

礼を失する行動をとることも想定していた。

そしてその玄武への罰

その減刑と引き換えにオリゼの口を開かせる


…こうでもしないと

頑固で天邪鬼の弟が素直になれないことを知っているから。




意地が悪いけど、

この状況を作ったのは俺だ


オリゼが嘘を認め、

今までの行動や言動を省みれるように。

だから反省したら、

謝れたなら…俺も可愛い弟が大事にしている玄武を過度に罰しはしない


あまりにも情状酌量の域を超えている非礼だが、

それでも目溢しはしてやるつもりだ





そう


オリゼが

反省しなければ、玄武への減罰はない。


自身を守るために

侍従らしくなく俺に反発する玄武を守るには、オリゼ自身が非を認めること。

それしか道は残していないのだ






「玄武や担当侍従の気持ち分かってて

嘘…ついたね?」


「ぅ…」



「オリゼは自分の担当侍従のこと、

側仕えの玄武のことも…大事にしているよね?」


「…大事、にしてたら…傷つけない」



「大事にしてるからこそ、でしょ?

側仕えや担当侍従等要らないと傷つけたことも、

認めないとはね除けたことも…この際本心ではなかったと全部認めなさい。

オリゼが、

自分自身を卑下して己には玄武達が勿体ないと…宝の持ち腐れと考えた。

それで己の担当ではなく、

俺や父上の担当になって活躍して欲しいと思ったから、そんな言動や行動に走ったんだよね?」



「…」



最後まで

嘘はつこうとするし…

口をつぐんで、

何も話したくないと…抵抗するの?





非を認めることが

玄武達への思いを認めする事であるから…

格好悪いとでも思っているのかな?







そもそも玄武や担当侍従等…

俺や父上達もオリゼのこの奇行の原因を察している。



だから父上も玄武を咎めなかったし、

側仕えから降格させなかった。

他の担当侍従も…

オリゼの意向を伝えた上で他の担当になるかと聞いたらしいが、

誰もオリゼの担当を外れることを望まなかった。




本当にオリゼは想われてるね…

実際己の言葉通りに、担当や側仕えがいなくなくなれば

心を痛めて涙が枯れるくらい泣くくせに…

悲しくて辛くて、

落ち込むだけで済まないんでしょ?


それが皆分かっているから、

オリゼの表面上の阿鼻雑言には取り合わない。

矢面に立つ玄武も、

俺や父上もだ…



屋敷でオリゼの意向を聞いた担当侍従達も、

仕方ないですねと…

聞き流して苦笑していたらしい。


ひねくれて、

手間も掛かるけど…そういう所が可愛いとも言える

だから…

オリゼの担当は皆

侍従の立場からではない情を持ってるのにね


まあ、

父上や母上も…俺も

普通の貴族家よりもかなり情に厚くなった一因はオリゼのせいでもあるから

侍従達のことはとやかく言えはしない。







つまりは…

バレバレの嘘が未だにバレていないと思っているのは、

残念なことにオリゼただ一人だ…






「オリゼ、

もっと口が動くように痛くして欲しい?

それとも…今すぐにでも玄武への処罰決めようか?」


「…ゃ」


ふるふると、

必死に頭を横に降って否定する


これは魔力圧や恐怖からの震えではなく、

オリゼの明確な意思表示だね…


だけど、

まだ口を開こうとはしない





「そう、

まずは痛くして欲しいんだ…?」



「ぃだ…ちが、…ぃうから…

ぅ…認め…玄…武が、俺の…っぐ…傍仕え、であること」


オリゼが話しやすいように少し緩めていた圧を、

もとに戻す。

それでも言えなければ

脅しではなく今度こそ玄武への沙汰を下すとと示唆すれば


もう意地を張れなくなったのか…

やっと口を割ってくれた






「それと?」


「…っ…うっ、はぁ…」

「オリゼ?…それと?」


「…ぐぅ…っ…他の担当っ…の者も…っく」


魔力圧が元に戻って辛いんだろうね

だけど、話しやすいように手加減すれば先程のように口をつむぐ


泣いても、

抵抗しても最後まで言わないと…

魔力圧は

もう少しも弱めてはあげないつもりだ




「担当侍従がなに?」

「…ぁ、彼奴ら…が嫌じゃなきゃ…担当で…いて欲しい」


「そう?

やっぱり嘘ついてたんだね」


「…ぅ」




「それで散々皆に嘘ついて振り回して、傷付けたのはどう落とし前つけるの?」


「も…ぅ…嘘、言わな…」


「ふーん?」

「報いなら…受、ける

兄、上…の、言うこと、うっ…く、聞くから」


「そう?ならあと少し耐えられるね?

謝りもしないで…」


「ひっ…ぁあ"ああ…っつあ」




急に引き上げられた錬度

先程までの比ではない痛みや魔力圧への生命体としての恐怖


頭中に警鐘が鳴り響き、

勝手に暴れまわる手足も押さえ付けられる



俺の与える暴力にも似た密度と、魔力量に

腕の中の弟は恥外聞もなく泣き叫ぶ





「貴台!」

「青龍」


「…畏まりました」


視線


それひとつで

俺に手を出そうとしてくる玄武を留めた



その隙に青龍に玄武に勝手をしないように指示を出したが

全く、主従揃って…

青龍に拘束された玄武はまだ射殺すような目で俺を見てくる。


オリゼへの

忠誠心は買うが…

それ以上は見逃せなくなるね




「青龍…目を塞いでやれ」


「…宜しいのですか?」

「玄武の為だ、これ以上の非礼は俺も看過出来ない」


「…畏まりました」


シュルリ…

既に抑え付けて手足の自由が利かない玄武に

青龍が魔方陣を描いた。

身体の固定と…

非常用…本来ならば盗賊対策のそれを目に当て巻き付けた



馬車の床で、

身体の自由と視界を奪われた玄武は

それ以降は抵抗しなくなったのだった…







………


永遠に続く、

そう思っていた兄上の魔力が暫くしてから霧散した


それでも怖くて、

止まらない震えも自制出来なくて…


また再開される…

一旦俺の体が持たないからと

単に小休憩にしてくれただけかとしれないと


次に何を言わないといけないのか、

もう考えても分からなくて…





「オリゼ」


「ゃ…ぅ」


「反省、少しは出来た?」

「…っ」



後ろから降ってきた

兄上の声は未だに低い…

口調が柔らかくても、俺を怒ってるのは終わってない

を出来なければ…どうなるかなんて分かっている



「反省、出来たの?」

「…うっく…っく」


「これに懲りたら…もうしないね?」


「…うっく…」




身体が強張って、

言うことをいかない…

返事しようにも嗚咽で言葉にならない


それでも…

何も言わず、返事も出来なければ…と、

強張った首を必死に縦に降る




「オリゼ、返事」


「ぅあ…」


「落ち着こうね、

俺にこれ以上させたいならするけど…もう言えるよね?」



少し柔らかく、

優しくなった声に

震えが少しだけ収まっていく


呆れたような、落ち着いた声音が

これ以上は兄上も魔力圧を掛けることは気がすすまないと言っている様に聞こえる。




落ち着いて…

言えば




「…ぅ、言う」



「反省してる?」


「してる…ごめ…な、さい」


「そう、もうしないね?」



「…ぅ…ん」





「良い子」


そう言った兄上に、

もう痛いことはされないと安堵する




もう注がれる魔力はない

胸に手は当てられてもいない


力を失った身体を支えるためにか、

膝枕されて座席に身体を横たわされて…

そしてカタカタと震える俺を抱き締めるように

しっかりと左腕が回されていく


それでも、

俺がまた抵抗すれば…容赦はしてくれないだろうけど






「兄…上、ごめんなさい」


「分かれば良いよ…本当、主従揃ってこれだから困ったものだよ」



不穏な兄上の言葉に、

玄武が酷いことをされていると…



俺が怒られるのはいい、

身から出た錆だ。

自業自得で…痛くされるのだって納得出来る


だけど、玄武は…





「玄、武が?…っ…なっ…」



眼下には…


魔法陣によって固定され、

馬車の床に貼り付けられるように横たわったまま動かない。

目隠しされて

青龍によって抵抗力を奪われた玄武がそこにはいた



そんな

玄武へ手を伸ばそうと

身を乗り出そうとしたけど、

思ったように魔力圧の疲労からか身体が動かない。




「動けないのに動こうとしない、オリゼ…危ないよ?」



「な…なんで?兄上!」


「ん?」

「玄武に酷いこと…なんで、離して…なんで」



「玄武が心配なのは分かるけど、

動いたら駄目…離さないよ」


そんな俺の緩慢な動きを兄上が見過ごすこともなく、


伸ばした手も届かず…

乗り出そうとした身体も

頭と腰をがっちりと抱え直した兄上の腕が自由を許してはくれなかった。





「兄上、離して」


「駄目だよ…

今のオリゼは自力で座ってられないでしょ?」


「離して…座れるし、立てるから」





「嘘、言わないんだったね?」


「…っ」


「本気で座れると思ってる?

立てるのなら手を離して上げてもいいよ…けど、出来なかったら」


「ごめんなさい…」


「自覚してるならいい、

大人しく俺の腕に収まっててね?」



だけど、

心配せずにはいられない


玄武の元に近寄らせないのは

兄上が俺の身体の勝手が効かないことを知って止めているだけ。



俺も抵抗しない方が良いことは分かってる…



けど



あんなに強くて、

痛みにも耐性のある…

そんな玄武がピクリとも動かないから…


意識を失ったように

何も言わないし、

これだけ俺が騒いでも反応一つ返ってこないんだよ?




「…兄上、

お願い…手を離して」


「俺の言うことを聞くんだったんじゃないの?

揺れる馬車の中、

バランス失って何処かぶつけたら危険だよ。お願いだから動かないでね」


「…」


「オリゼ、言うこと聞きなさい」


「…はい」


最後まであがいたけど

仕舞いには

強まる兄上の力に、

身を捩ることも身を乗り出すことも出来なくなった…



嘘はつけないし、

兄上の言うことを聞くと言った手前…

これ以上抵抗は出来ない


俺の身体を案じて言ってくれているのも分かる。

手が緩んだ隙に、

と…不意打ちする気も削がれてしまった…










…あれ、

少し強く言いすぎたかな?

オリゼの安全のために、

釘を刺したけど…此処まで無抵抗に身体から力を抜くなんて殊勝すぎる


玄武を心配して

力なくとも本気で腕から逃げ出そうと暴れてたのに…




もしかして、

俺が油断して手を緩んだ隙に脱出しようとしているのか

そう思って

自然に隙を作ってみたもの…

ビクリと身体を固くしただけで逃げる様子もない




「オリゼ…具合悪い?」


「…悪くない」


「寒いなら、ブランケットかけようか?」


「要らない」





「…なんで震えてるの?」


「震えてない…」



そう、

支えている腕の振動は

馬車の物だけではなく、

オリゼの身体由来も含まれる


大人しくなってから、

…僅かにずっと震えているのだ。







…具合が悪いのかと聞けばそれも違う。

寒いわけでもないし、震えている自覚もない


どちらの質問にも、

弟が嘘をついてるようにも見えない。






それでも身体が震えるなら、 

無意識に先程の仕置きの緊張状態が続いているか

怖がっているからと考えるのが定石だ。



何時なんどき魔力圧をかけられるかと、

警戒してはいないだろうし…

俺に怒られるとびくびくしてるわけでもない。

それを理解はしていても、

本能が不安定になれば…震えが止まらなくなることもあり得る


だから

オリゼをちゃんと安心させないとと考えた




「具合悪くないのは分かったよ。

じゃあ…気分転換にでも馬車止めて、美味しいものでも食べて昼寝する?」


「…食べないし、昼寝も必要ない」




宿に馬車を止めれば、

オリゼの身体も休められる

昼寝も、

二度寝も大好きなのに…

甘味処に寄れば、

オリゼの好きな美味しいものも食べられる。


でも、

どれも要らない


お気に入りのブラケットでさえも…




どれも欲しがろうとしない




「他に欲しいもの…ある?」


「…罰」



「っ…オリゼ、俺は冗談が聞きたいわけじゃないよ?」



「俺が悪いの…さっきので足りてないなら…

もっと痛くしていいから

魔力量上げてくれて良いから…

だから玄武の罰はこれ以上重くしないであげて…減刑してくれるんでしょ?」




そう言ったオリゼの震えは、

次第に大きくなっていく



玄武のために

本気で罰を乞うてはいるけど…


また俺に怒られたくはないし、

魔力圧だってさっきので限界だった筈で…

それ以上の負荷や痛みには恐怖しか感じていない。







「そういうことね…

オリゼ、これは罰じゃなくて処置。俺は約束は違えないよ?」



やっと理解出来た。


俺が手加減して…本当にオリゼを許したと思っていなかった。

だから俺に対しての恐怖心が完全には消えず、

震えが止まることもなかった…と


そしてその理由も。




「罰が…足りてない、のではないのですか」


「さっきのはあれで終わり。

だからこれ以上オリゼが痛くなる必要はないよ?」



「処置…

罰じゃないなら…なんでこんなこと玄武にしたの?」




不安そうに俺に聞きながら


震えが止まらないオリゼを、

安心させるように頭を撫でてやる



「なんでって…俺に掴みかかってこようとしたんだよ?

だから青龍に指示して抑えさせたけど、その上でも殺すような目で見てくる始末…流石の俺も看過できない。

だから床に張り付けて、目を塞いであげただけだよ」


「え…

玄武が…兄上に手を上げようとして、

その上睨んでいたのですか?」


驚いた声を上げるオリゼに、

苦笑が漏れる



玄武への処置を罰と勘違いしている。

それに気づくまで

失念していた…


玄武が俺に掴みかかって来ようとした時、

既にオリゼは痛みで周りを見る余裕はなかった事を。




だから

魔力圧をかけるのをやめた後…

オリゼには何で玄武がこうなっているか、

その経緯が分からず…

微動だに抵抗しない玄武を見て気を失う程の罰を与えられたのかと勘繰ったのか…



自身が反省と謝罪の言葉をなかなか言えなかったせいで、

玄武の減刑がなくなったと思ったんだね…




「まあ、

平穏に言うなら…そうなるかな」



「っ…兄上、玄武が申し訳ありませんでした」


「玄武の殺意が本気でないのは分かってるし…

まあ…多少の非礼は減刑してあげるつもりだったからね?」


「玄武…気を失ってる?」



「それはないから、安心していいよ」


「分かった…ならいい」



そこまで言えば、

震えはピタリと止まった…

すっかり安心したのか、

ぐったりと力が抜けて膝にかかるオリゼの自重が先程よりも重くなった


先程力を抜いていたのは、

オリゼの意志で…

此処までリラックスしてはいなかったからか…




俺もまだまだ、

見抜けないことが多いらしい


オリゼを更に安心させるために、

更にゆっくりと優しく…頭を撫でてやったのだった









…兄上が

頭を撫でてくれる


俺が玄武のことを不安に思っていたから、

それを拭おうとしてくれているのか…



玄武が気を失う程の罰を受けていないならいい

それを聞いて落ち着いたし、

もうそろそろ膝枕も充分なんだけどと考えていれば、



「ああ…青龍、それもう解いてあげて良いよ?」


「…若、なりません」




「青龍?」


「…若に手を出そうとした輩ですよ、

危険でないと何故…早々に御判断されるのですか」



「玄武は俺の視線で踏みとどまった。

その後青龍に羽交い締めにされても、

魔法陣で張り付けられて目隠しされる間に…一回でも抵抗した?」


「…いえ」


「今もこうして…無抵抗で大人しくしてるじゃない」



「若、それは魔法陣がそうさせているだけでしょう」




「青龍、

本気で玄武が抵抗したらその魔法陣に意味はないよ?

それをお前が分かってない筈ないよね…

それとも玄武が危険だと分かっていて、その程度の処置しかせず俺の危険を放置しているの?」


「失言を…お許し下さい」



「いいよ、青龍が玄武を咎める気持ちも分からないわけじゃないから。

でもオリゼが落ち着いたら

俺は自由にしてやるつもりだったからね。分かってるでしょ?」



「はい…若」





その言葉通り

青龍によって玄武の拘束が解かれていく


兄上の膝でぐったりとしつつも、

玄武の様子を伺う




「…貴…台」


「…」



解かれた玄武の言葉に力はない

俺と目を合わせようともしない…

自分を棚に上げるのもなんだが、後悔するならやらなければ良いのに…

俺と違って自制だって効くだろう


精神的にも俺よりもずっと大人だろうに

思慮を欠いた、激情に身を任せるなんて玄武らしくもない

その最大の原因が俺自身だと

…分かっている、

そう振る舞わせたのも…俺の責任だ



だけど、

俺の痛みを無くすためだけに

命を差し出すような真似をしたことは許せない


玄武が俺を呼んでも、

返事をしてやる気分にはなれず

視界に入らないように…兄上の腹側へと寝返りをゆっくり打つ。


兄上に補助して貰いながら、

顔と身体を反対へと動かしていく






「玄武、俺が弟を可愛がってるの知ってるでしょ?

加減を忘れるほど理性も欠いてない、オリゼを守ろうとするのは分かるけど、やりすぎだよ?」


「どのような沙汰でも…受ける覚悟です」




上から聞こえる兄上の問いは、

玄武を咎めるもの。


それに答える後ろから玄武の声は、

分かった上で耐えられなかったと言う返答



呆れた…

俺の命が危ぶまれているなら、

まだ兄上に逆らうのも分か…


いやいや、

押し止められ無かった玄武の気持ちが分かるだけで

してはいけないし

…そんなことは俺は望んでもいないんだけど




「屋敷に帰ってから、オリゼから罰を受けるんだね。

同時にオリゼの良い経験にもなる…命令違反して迄自分を守ろうとしてくれたのに処罰するんだ、苦手だよねオリゼはそういうの…」



己の都合と考えだけで

俺は一方的に担当や側仕えから外そうとした

玄武達を傷つけ、

本人達の意思や気持ちも確認することなく

侍従の誇りさえも踏みにじった


俺の"他の担当になれ"

"側仕えや担当侍従は要らない"

という言葉は

侍従から見れば"俺の担当侍従には不適格だ"

"満足のいく仕事がなしえなかったかから首だ"と聞こえるだろう


玄武や彼奴等は

役目を果たし、

その上俺を理解し

時には業務以上の事もしてくれた

話し相手にも、

時には味方になって一緒に怒られてもくれた。



不義理をしたのは俺だ

だからそれに関して兄上から怒られるのは道理だ、

魔力圧を当てられて、

反省させられたとしても得心している






「…兄上

俺が罰を受けるのは分かります。

ですが…」



「オリゼ、

玄武達はオリゼの担当侍従だ。

仕える相手の失態は侍従のせいになる」



「納得出来ません」




それなのに、

それで怒られている俺を守るために玄武が非礼を犯し…

罰を受ける羽目になった。


原因は俺のせいだ、

理由も俺のせいだ。


…玄武は悪くない

だから…

玄武を俺の手で罰するのは気が進まない



「主人の失態は侍従のもの、

侍従の功績は主人のもの…だから今回の一件も玄武の失態になるね?

だからオリゼが罰を与えないといけない

その原因がオリゼに起因していたとしても、だ」



主人の失態は侍従のもの

侍従の功績は主人のもの



そんな定常文の意味くらいは

…分かってる


だけど何故、

原因を作った俺が玄武に直接手を下さなければならないのか


加害者()被害者(玄武)を、

加害者として審判を下すのは…

不条理過ぎやしないか?



苦手どころか、したくない。



「それでもオリゼは玄武を罰しないといけないよ?

侍従の職務には主人を諌め、正しく導くことも含まれている。

それが出来なければ…

主人が過ちを犯す事は、侍従が職務を全う出来なかったことになるんだから」



「…兄上」



「それが嫌なら…

オリゼが玄武達の立派な主人になること。

玄武達を大切に思い、その能力を認めているなら…なおのことだ」


「…」



痛い程に正論だ…


主人の誉れは侍従の誉れ

そんな諺があることも知っている




何も"侍従の功績は主人のもの"と言うのは

侍従の功を主人が横取りしているのではない


侍従が有能で、

主人もそれに応えられる能力がなければならない。

そして主人が人格や器に優れていなければ、

侍従の能力も発揮されず…有能な人材も下には付かない



主と従


一方だけでなく、

その互いが共に優秀であるからこそ功をなせる。

つまり、

誉れを手に出来る主人には

それと同じだけの誉れがその主人の侍従にはあると言う意味なのだ





「胸に刻みます」


そしてその逆が、

今の俺のこと


"主人の失態は侍従のもの"だ




侍従が有能でも、

主人がそれを活かし、応えられる能力がなければ功績は得られない

悪ければ失態を犯すこととなる意だ。



それが続けば結果は見えている。

そんな主人の下に、

真に有能な人材が留まることはなく…次第に他へと流れていく。




残った…次に有能な人材も、

その能力を発揮出来ず無駄遣いする

換言や進言を疎み、その残ってくれた材も主人が放逐すれば…


残るのは、

集まってくるのは能力の低いものか…

最悪の場合、甘言や耳障りの良い言葉だけを紡ぐ者達だけとなる。

主人の益となる事はせず

ただ給金に釣られて侍っているだけの烏合の衆だ


そんな侍従は、

侍従ではなく取り巻きだ。

そしてそんな器や人格、能力の主人は功どころか過ちを犯す。

止める換言や進言はすでになく、

もしあったとしてもそれに耳を貸して受け入れ…方向修正出来ることもない。




つまり、

最終的には

行くところまで落ち、

失態を犯した主人には能力がない人しか侍らない



己の失態を侍従に押し付けることを意味することではなく、

そうならないように

自身の侍従を大切に扱い、

どんな換言や進言にも一度は耳を貸すこと、

主人側として己の人格や器、能力を大きくすること


それを忘れないために、

胸に留め置く言葉なのだ…






「手加減はしないでね、

玄武が嫌うことは分かってる筈…何が罰になるかもね?やり方は任せるけど…そこまでが情状酌量の限界かな?」



「…分かって、います」


「オリゼ…」


「…やりたくなくても、やります。

それに玄武が俺のために命を捨てるような真似をしたことだけは許せない。

兄上に対しての行動も、

本来酌量に値しないことだと理解しています」



「なら、任せたよ」

「はい…」



そう言えば、

兄上の腕の力が緩み

頭に手が落ちてくる


膝枕して…

馬車の揺れで落ちないように左腕一本でしっかり支えてくれているのか




そして、

空いている右手では…


先程と同じ手とは思えない

うって変わって…俺の頭を撫でる、

その掌の熱はいつもの優しい兄上のものだった





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