日常10
目を瞑り、背を丸めてただただ…
はあ…
呆れた溜め息が落ちてくる
と、頬に触れる冷たい感触
…
思わず目を開け、顔を向ける
綺麗に磨かれた革の光沢は普段なら何て事もない
敢えて言えば侍従の質が良いことの表れ、と思うくらいか
足を崩した兄上の靴がそこにあった
呆然とそれを見ていればあげた頭、床との隙間に…靴先が滑り込んでくる
俺の頭を持ち上げながら、足を組み直した兄上
…力ない顎を持ち上げれたまま
覗き込むように顔が近づいてくる
「折角甘やかしてあげたのにね…ほら、これで上げられるでしょ?」
「っ…」
バチリ
交錯する視線
強い力でも言葉でもない、
それでいて抵抗を奪う…反らせない眼光
靴先で掬い上げられた頭はもう下げられもしない
「こんな酷いことをさせるなんて…まあ、愚弟なら愚弟なりの可愛さもあるけど程度を越えれば…躾ないとね?」
「…ぁ」
「…オリゼ、これで三回目。返事は…教えたね?」
「は…い」
「なら、続けようか。
いくら愚弟とは言え、自ら犯した事の事情を言わない…責任を放棄してまで帰省しないとは思わない。
…実家への引け目から馬車を手筈を整えていないことも分かっている。
だから傍仕えをやって此方から馬車の用意をすると仄めかした、がそれも断る。一瞬逃げるのかと思ったけど…感づいても俺が部屋くるまで待っていたからそれも違うようだ。
ならば、馬車を使わず、帰省もする…考えられるのは徒…そうだね?」
「はい」
「領地まで…屋敷までは馬車で二日。
歩きで何日間かけるつもりだったのかな?それに最近節約しているようだ…そこから邪推すれば途中で宿をとるつもりもない、野営でもする気だったね?」
「…はい」
「下位の貴族子息でも、市井のものからみればどう見えるか分からない筈はない。世間ずれしてない子供が道端で寝れば、結末など想像できるだろう?」
「はい」
「良くて金銭を奪われるか、
拐われるか、最悪殺されるよ?学園や城下であればまだしも…
自分ならばそんな目に遭わないという自信は根拠のないものだよね?」
「…はい」
「拐われたらどうするつもりだった。
父上や母上、俺が心配しないとでも思ったか?縁切りでもして対処するだろうからと勝手な想像して、実家には迷惑がかからないとでも思ったか?オリゼ!」
「…はい」
「三男が生まれたから、用済みになるとでも思ったんだろう?
…顔をあげろ」
「…はい」
少しでも下がれば見咎められる
靴先でしゃくられ、視線を合わせられる…
辛い…痛い
その視線が怖い…
それでも…
「こんなことは言いたくないが…俺になんかあったとき男爵家を継ぐのは次男、次男に問題があれば三男。
三男が生まれたから俺の代役が自身の他にも出来た…って考えが透けて見える。
無意識に徒を選ぶのは…故意ではないのも分かる、
が…自己評価が低いのも大概にしろ。
いいか、叔父上の事となりなど既に把握している上で、見限った息子から話を聞くほど当主は暇ではない。
認識しろ、当主としても父としてもオリゼが未だ"次男"である何よりの証拠だ。
理解できるな?
…その上でもし万が一にでもその身を自らの手で二度まで危険に晒してみろ。俺が許さない、分かったな?」
「…っ」
「オリゼ!」
「はい…」
「…ならいい」
掠れた…疲れたような声と共に
そっと退かれた足
糸が切れた操り人形のように、
支えを失った頭から崩れ落ちていった




